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2016年4月 6日 (水)

古典に見る色事~橋本治著 『性のタブーのない日本』

学生時代、古文は苦手の部類だった。解釈が難しく、読解が難解に思われた。最近は、現代語訳が多く出版されていて、果たして、そういう内容だったのかと改めて理解することもある。ただ、解釈をそのまま受け入れている訳ではない。

自分なりに解釈するのも、古文の楽しさだ。こういうことは学生時代は経験できなかった。まあ、学校は、学生に古典の紹介という意味合いが強いのかもしれない。そして、改めて読んでいくと、男女の恋愛関係について、こと細かに描かれている。しかし、その解釈は、ぼかしてあることが多い。

今回読んだ橋本治著 『性のタブーのない日本』(集英社新書)では、当時の時代背景を説明しながら、男女の恋愛について、詳しい解釈を示している。橋本治氏というと、彼の著作『桃尻娘』が有名だけれど、読んだことはない。出版された時は、かなり話題になったことは知っている程度だ。最近では、彼の『枕草子』の現代語訳を少し読んでみたが、あまりに詳しいので、投げ出した(苦笑)。

さて、この著作では、日本の古典に見る性の表現について、かなり突っ込んだ分析をしている。いつも古典は読んでも、さらっと読んでいるだけなので、今更ながら、ああ、そうなのかと思った次第。

日本の古典の性の表現は、古代の『古事記』、『万葉集』も含めて、そのものずばりの表現が多いと気づく。ありのままに、生としての性を受け入れて表現している、そこには何の衒いもない。ごく当たり前のこととして描かれている。よって、いやらしくない。

帯に、日本の古典に描かれた性に、「タブーはないが、モラルはある」とあったが、目が合うことがセックスすると同等の意味があった古代。あるいは平安貴族の複雑な愛の形。パターンは、いろいろあった。日本の文化の根源は、案外、ここに潜んでいたと納得した。

それにしても、よくも、ここにポイントを置いて、マニアとは言わないが、書かれたものだ。ただ、学生時代、こういう焦点の当て方をすれば、古文に、もっと興味を持てたかも(笑)。昔、あまりパソコンが普及していない時、なかなか習得できないので、エロサイトにアクセスしようと努力することで、なんとかパソコンを触ることができた事実がある(笑)。物事の習得のきっかけは、案外、そんなものだったりする。

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