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2016年5月15日 (日)

李白の『越中覧古』を読む

先日、岑参の漢詩 『山房春事』を取り上げたが、今回も、『唐詩選』から李白の『越中覧古』を見てみる。李白の漢詩は、それぞれに好きだが、この漢詩は、少し李白らしくないように思うのは、『山房春事』同様、昔を偲んだ漢詩だからかもしれない。でも、昔から、日本人の感性にはぴったりで、高く評価されている。

越中というのは、中国・春秋時代の越の国都・会稽のこと。「呉越同舟」の言葉で有名な呉と越の争いの内、越側から見た詩だ。呉王・夫差に降伏させられた越王勾践は会稽山に、こもって、薪の上に寝て、肝を嘗めて自分を励ました末、夫差に復讐の戦争を仕掛けて彼を自殺させる。これが有名な「臥薪嘗胆」とか「会稽の恥を雪(すす)ぐ」という言葉を生んだことは多くの人に知られている。

 越王勾践 呉を破って帰る

 義士家に還るに尽(ことごと)く 錦衣す

 宮女は花の如く 春殿に満ちしが

 只今唯(た)だ 鷓鴣(しゃこ)の飛ぶ有るのみ

鷓鴣とはウズラとキジノ中間サイズの鳥で、ギジ科シャコ属。越の雉として知られていた。「義士」というのは、困難に耐えて、勾践に従ってついていった戦士というイメージが強い。解釈は、「呉を破った越王の戦勝ムードで、戦士は恩賞で沸き立ち、宮中の女性たちも安堵感から、その笑顔は花が満開のようだ。だが、今は、宮殿も廃墟になり、もちろん当時の人々も居ず、鷓鴣だけが飛び立っている」というくらいの感じ。

呉王夫差の栄耀栄華も短く、彼を倒した越王勾践も今はいない。人の一生は短く、まるで花の一生と変わらない。同じ一生をどう生きるかが問われている。

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