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2016年5月 6日 (金)

知日派を歓迎する危うさ

海外の政治トップに親日派が選ばれると歓迎するようなコメントや記事が流れる。これは本当に正しい判断なのか。確かに、彼らが、日本を「一応ある程度知っている」という意味では、いいことのように聞こえる。ただし、中途半端に知識があると、却って判断を誤る可能性もある。

それぞれの国の代表は、それぞれの国の国益を守る必要がある。よって相手国に有利になる政策は本来取れない。それを親日派だから、自国に有利に交渉がまとまるというのは大きな勘違いであろう。むしろ、各種知識があるだけに、難しい交渉になる可能性の方が高い。また親日派と呼ばれると、彼の国での立場は、日本に対して、より厳しく接することを求められる。

親日派の人々を歓迎するのも善し悪しである。もちろん、民間レベルでは、親日の方が、何かつけて交渉しやすいことは言うまでもない。しかし、政治となると、必ずしも、そうとは言えない。相手国の複雑な心情を察する必要に迫られる。

むしろ、外交交渉は、相手が日本のことついて中途半端に知らない方がいい場合もある。交渉事は、「常に白紙」でと言ったのは勝海舟だが、彼の本意とは違うかもしれないが、外交とは、そういうものだろう。外交において、親日に過大な期待をしてはならないと思う。

そして、逆に日本が他国と交渉する時も、相手国を十分に知った人物が必ずしも適任ということではないということになる。仮に知っていても、海舟の言うように、「常に白紙」であるという気持ちで交渉に臨む必要がある。その方が、いい結果が得られるだろう。

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