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2016年6月30日 (木)

偏狂リスクということ~諭吉の見解

偏狂を広辞苑で調べると、「ある物事に執着し、常識をこえたことを平気でする者」とある。偏執狂とも言う。諭吉はさらに詳しく、次のように記している。
 
「偏狂とは、英語ではモノマニアという。精神面は普通一般の人と変わりなく、事物の大小軽重を知り、利害・栄辱の所在を見分けることができ、道義の範囲内にありながら、一種類について見るべきものを見ず、聞くべきことを聞かず、全て常識の外に身を置くという病である」と。
 
ちなみに、単に、マニアというと、広辞苑では、「一つのことに異常に熱中する人」とある。そして、諭吉は、西洋人の説として、偏狂に七種類あると紹介している(解説は流風)。
 
一、猜疑という偏狂
 
他人の言うことを何でも信ずるのも問題だが、逆に何でも疑って信用しないというのも問題である。人は、一度、猜疑心を持ってしまうと、なかなか、それから逃れられない。親友や家人の言うことを信用できなくなる不幸。
 
二、迷信幽冥という偏狂
 
昔からある迷信や慣習に何の思慮なく従ってしまうこと。科学的根拠は何もないことが多い。占いは遊びと割り切るべき。妙に信じるようになると、自らの人生の墓穴を掘ることになる。
 
三、外見を張るという偏狂
 
要するに、見栄っ張り。実際は、周囲から見透かされてバカにされていることにも気づかない。いつまでも地位に拘り、引退すべき時にも引退せず、老醜をさらす政治家や経営者たち。
 
四、恐怖という偏狂
 
強度に神経質なこと。五感が敏感になり過ぎて、却って身を誤ることに。例えば、ドアノブや他人が触れたものに触ることを嫌がる潔癖症も、その一つ。また周囲の言うことを過剰に気にし過ぎることもストレスを抱えることになる。
 
五、高慢大望という偏狂
 
大言壮語のこと。知識も能力もないのに、大きなことを言う輩。自らホラを吹いて、目標を設定するやり方もあるが、ただホラを吹くだけで、何の努力もしないなら、人々から軽蔑の目で見られるだけ。
 
六、盗心狂
 
他人のものや人を何でも欲しがり、奪おうとする人。単に盗人を指すだけでなく、他社からスカウトして引き抜き人事するのも、その一種。足元の人材育成を怠る愚。
 
七、飲酒狂
 
常飲が習慣となり、禁酒できない人。自らをコントロールできない者に、いろんなことを任せることはできない。
 
以上を見ていくと、何事もやり過ぎはよくないということ。
 

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2016年6月28日 (火)

ミヒャエル・エンデの『モモ』を読む

先日、美的センスのいい宝塚歌劇団出身の彩乃かなみさんのブログを拝見していて、彼女の2016年秋の舞台の予定の『オフェリアと影の一座』というのが少し気になって調べたところ、原作は、ミヒャエル・エンデという人の絵本だとわかった。それで、どのような本なのか関心を持ち、調べたところ、絶版だった。
 
そこで、代わりに同じ著者の名作と言われる『モモ』というものがあると知り、内容も調べずにネットで注文。そして、届いてびっくり。小学校高学年向きとある。岩波少年文庫刊とは確認していなかった(苦笑)。あれっー、間違ったかと思ったが、後の祭り。それでも、読み進めていくと、なかなかの内容。とても小学生向きとは思えない内容。
 
子供では、案外理解しがたいのではと思われた。不思議少女モモが、時間空間をさまよう。その中で、時間を課題として捉え、現代社会を強烈に風刺している。現代人に、お金のために効率に追われ、持ち時間を空しく過ごす人生でいいのか、と問いかけているようだ。
 
生活するためには、稼ぐ必要があるが、金に追われることは人間性喪失につながる。時間を効率的に使って、稼ごうとすれば、人としての人間性は犠牲にされる。ある程度までは生活のために止むを得ないが、人間性を喪失するところまで追い込んでいいのか。
 
だが、現代人の多くの人々は、もっともっという欲望の罠に嵌っている。その結果、時間に支配され、自分を見失い、折角、与えられた時間を人生を豊かにするために有効に使われていない。つまり、時間の効率性と効果性のバランスが問われているということだろう。
 
現代人に対する警告の書籍として、自らを戒める座右の書とするのも悪くない。
 

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2016年6月27日 (月)

燕の旋回 2016

時季外れの鶯が鳴いている中、今年は、燕の旋回をよく見る。毎年、数回見るとこはあるが、時間も短く、すぐに他所に行ってしまう。ただ、今年は、何回も日常的に見る。家の近くに巣を作っているのかもしれない。
 
ものすごいスピードで旋回を繰り返す。それほど、エサが多いのだろうか。少し、見とれてしまう。美しい飛形だ。カラスの旋回は不気味だが、燕の旋回は好ましい。何かいいことあるだろうか。そう思っていると、それを打ち消すように、鶯が、「ホーホケキョ」と鳴いた。
 

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2016年6月26日 (日)

『日本の昔ばなし』を読む

最近、童話に関心が行っている。昔、テレビで『日本昔ばなし』という子供向けの番組があったが、時々視ても面白かったと思う。ただ、子供たちは、内容を本を読むより深くは理解できなかったかもしれないが、それなりに意義のある番組であった。
 
今回、読み始めたのが、『日本の昔ばなし』(関敬吾編、岩波文庫刊)。ⅠとⅡがあって、Ⅰの方は「こぶとり爺さん・かちかち山」、Ⅱの方は「桃太郎・舌きり雀・花さか爺」となっているが、収録されている話は、これらだけではない。Ⅰの方は40話、Ⅱの方は70話収録されている。
 
先日、読み終わったのだが、子供だけに読ませるのは、惜しいぐらい。貧困から来る妄想的な話も多いのだが、含蓄のある話も多い。東北、とりわけ岩手の話が多い。『遠野物語』と併せて読むと、内容は深いものがある。その他では鹿児島の話が比較的多い。
 
ただ、どうしたわけか、関西の話は、ほとんど収録されていない。無いはずはないのだが。その中で、一つだけ兵庫県飾磨郡(現在の姫路市)の話があった。それが「芋をころがす」というもの。
 
内容は、村の者たちが、お寺から招待を受けたが、作法も行儀も分からない。そこで庄屋に相談に行くというもの。庄屋さんに聞くと、「わしのやるように皆すればいい」と言ったので、実際、村人は、そのようにするのだが、何もかも同じようにするから、おかしなことになる笑い話。落語のネタにもなっているようだ。
 
例えば、お箸で芋をつかみ損ねて、転がるが、それもまねた。また庄屋さんは、芋を挟み上げようとしたが、なかなか挟めず、芋は次々と転げまわったので、また、それを村人がまねた。それを見た庄屋さんはおかしくなって、立ち上がり表に出るが、そうすると村人たちも表に出る。
 
庄屋さんは、あまりにも笑い過ぎて、腹が緩んでふんどしが外れた。そうすると、皆も、そのようにする。ただ一人、若い男が、「わしはふんどしがないんじゃ」とわめいて終わり。この話は、単に笑い話に留まらない。人を導くには、トップは言葉を選ばなければならないという教訓を含んでいる。他者を惑わしては決していけないということ。
 
この話以外にも、含蓄のある話ばかりだ。案外、現代日本人は、大人になれば、仕事に追われて忘れがちだ。時々、思い出して、読んでみるのも悪くない。
 

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2016年6月24日 (金)

英国のEU離脱とその裏にあるもの

英国が国民投票でEU離脱を選択した。欧州を一つにと理想を一応実現したかに見えた欧州共同体(英訳すれば、この表現はまずいかもしれない。一般には欧州連合と訳されている。欧州共同体は、その前の呼び名(EC)だが、個人的には、こちらの感覚でとらえている))だが、やはりハリボテで作った組織運営には無理があったようだ(*注)。
 
今まで、誤魔化し誤魔化し、何とかまとめてきたが、各国の国民の不満を止められない。ギリシャの崩壊の頃から、綻びが目立つようになってきていたが、今回は、英国のEU離脱問題が持ち上がり、世界を震撼とさせている。確かに世界経済にとっても大変なことかもしれないが、不自然な組織運営の継続は不可能だろう。仮に今回は回避しても、いずれ近い将来同じ問題が出ただろう。
 
英国は、域内移民が問題を大きくしたが、域内移民で成り立つ経済もあることから、離脱すれば混乱は避けられないと言われている。やはり安易な移民は、問題が多いことが、これからも分かる。英国は今後も矛盾する課題の解決に追われることだろう。
 
ただ、国民投票には、政策実行への強制力はないらしい。せいぜい参考程度の意見に留まる。後は、英国政府がどう判断するかということになる。世界の金融市場は、悲観的になって大きく反応しているが、英国は現実的に対応するだろう。
 
むしろ、今回の世界金融の大混乱をユダヤ資本は楽しんでいるかもしれない。こういう時こそ、大きい利ザヤを稼げるチャンスで、既に彼らは大きな成果を上げているだろう。いつの時代も、こうしたことに惑わされる人々がいる。そうであるならば、逆に利益も大きくなるわけだ。日本政府は、慌てることなく、冷静な対応を望みたい。少し時間がかかるかもしれないが、落ち着くところに落ち着くはずだ。
 
*注
 
そもそも欧州憲法さえ、まとまらないのに、一致した政策を取れるとも思えない。仮に、「欧州合衆国」を目指すなら、米国の建国過程が参考になるかもしれない。
 
*2016年6月28日追記
 
英国が混乱している。離脱を選択した人々が後悔しているというのだ。離脱派の公約が嘘だったことが明らかになったからだ。国民投票は、ポピュリズムの傾向があって、リスクが高いということだろうか。このことは、我々も学ぶ必要がある。すなわち、政党の公約の精査が必要と言うことだろう。人気投票してはならないことを肝に銘ずる必要がある。
 
 
 

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求められる福祉関係の自治体権限強化

以前にも少し記したが、福祉関係のの自治体権限強化が望まれる。例えば保育園問題は主として都市の問題だが、それが地方も巻き込まれて悲劇が起こっている。それは厚生労働省の全国一律の政策を押し付けされるからだ。

地域には、それぞれ地域の課題があり、その解決方法も様々だ。それを一律の政策を押し付けられると地域住民と行政は混乱する。地域住民は行政に不信感を持つが、行政側は、予算を執行するには、国の意向を無視できず、結局、変な政策を推し進めることになり、住民の反発を招くだけだ。

今、国の権限の地方移譲がよく議論になるが、最も急がれるのが、福祉関係であろう。地方で自由な予算を握れば、政策にも自由度が増し、地域の実情に合った政策を推進できる。早く、国は福祉の自治体権限強化に努めるべきだろう。

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ピンクのバラ咲く 2016

ナンジャモンジャの木に白い花が満開だ。そして、いろんな蜂が集まって来る。今の時期は、近くに寄れない。少し離れて見る。また、キキョウの花も次々と咲いている。今年は、姿形もいい。ギボウシも満開。
 
そして、なかなか咲かなかった薄いピンクのバラの花が数日前、雨の中、開花していた。なかなか品のあるタイプ。バラは三種類植えているが、白いバラが一番早く咲き、今は赤いバラと、この薄いピンクのバラだ。残念ながら、同時開花はないようだ。
 

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2016年6月22日 (水)

去る者は追わず

ディオンヌ・ワーウィックの歌に、“WALK ON BY”がある。これは捨てられた女性の未練たらたらの歌。日本だったら、男が歌いそうな歌の内容(笑)。一般に、女性は、過去の恋愛関係に捉われないから、少し例外的な歌だ。もちろん、女性にもいろんなタイプがいる。

それに対して、男は、いつまで経っても、未練を残し、うじうじ傾向があると言われる(笑)。過去の女性関係の物をいつまでも持っていたりする。流風は、別れた時点で全て清算する。何も残さない。

ところで、父からは、「去る者は追わず」で行けと、若い時にアドバイスされた。別に男女関係だけに限らない。職場で、同じ志を持った者であっても、時と共に、意識が変わり、心変わりするのは致し方ない。

去っていく者を無理に引き留めても、いずれ、一旦そのように思った者は、後悔する。それなら、放してやれという考え方。一応、体面的に引き留めるポーズはするが、必死にならない。要らぬエネルギーは使わない。

これは自身が去る場合も同じ。去った場合も、決して後悔しない。前を向いていく。時に、追いかけられても突き放す。冷たいと言われるが、過去と訣別した方が楽。「去る者は追わず」の考え方は正解と思う。

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2016年6月21日 (火)

姫路城で武道大会を

兵庫県武道会館で、いろんな試合が行われていることが時々報道で流れるが、興味のある人以外、一般人が接する機会は、案外少ないと思う。そこで提案したいのが、姫路城(三の丸広場)で武道大会をやったらということ。
 
それに外国人観光客が知りたいのは、本当の日本の歴史や文化だと言われる。となれば、武道も、その一つであろう。それを姫路城を訪れたついでに、見ることができれば、彼らは喜ぶだろう。もちろん、ある程度のレベル以上の試合が望まれるが、一般人が見ても楽しいはずである。
 
最近の、ちゃらちゃらした偽物のキャラ踊りを見たいのではないのは確かだ。きちんとした伝統文化と接したいと言う外国人の要望を取り入れるのも観光活性化手段の一つだろう。関係者には検討してほしい。

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2016年6月20日 (月)

お試し地方移住

最近、ある地域では、お試し地方移住に取り組んでいる。この手法は、播磨地域で導入してもいいだろう。確かに、お試し移住はないことはないが、今のところ、地域によってはホテル並みの高い宿泊価格を設定していて、他所から人を呼び込めるところまで行っていない。

お試しという以上、それなりに受け入れ審査は必要であろうが、光熱費を除いて、一定期間、無料することが求められる。そもそもお試し移住と言うのは、他所の人が、地域の人々と感覚的に合うかどうかを確認するためのもの。それを有料にしてしまうと、旅行意識になり、定住を目的とした考え方にならない。

地域に他所から定住を目的として人を招くには、日常の生活レベルでの付き合いが見えるものにする必要がある。すなわち、地域に溶け込めるか、地域の人々と一緒にやっていけるか、あるいは、気軽に相談できる人はあるかということである。

それには心の負担をなくして、気軽に来られる環境づくりが求められる。移住を促したいのなら、「お試し移住」の考え方を改める必要があると思う。

 

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2016年6月19日 (日)

考え方の均衡~『菜根譚』より

久しぶりに、『菜根譚』を取り上げてみよう。今回は、均衡のとれた考え方ということ。
 
 気象は高曠を要して、
 
 而も疎狂なるべからず。
 
 心思は縝密(しんみつ)を要して、
 
 而も瑣屑(させつ)なるべからず。
 
 趣味は冲淡を要して、
 
 而も偏枯なるべからず。
 
 操守は厳明を要して、
 
 而も激列なるべからず。
 
『菜根譚』の解釈には、いつも苦労する。先人が、解釈を多く示されているが、同意できる場合もあるが、疑問を感じる場合もある。それを敢えて解釈するのは無謀な感じもするが、一応、自分の解釈を示しておく。
 
「(宇宙の法則である)原理原則と、そこから発生する現象は、高邁、理想的であっても、粗雑なものであってはならない。心に思うことは、緻密で細かく慎み深いものであらねばならないが、些末なことに捉われてはならない。趣味は無欲であるべきで、心が偏って、こだわりが強くなるのは問題だ。決められたことをきちんと守ることは大切であるが、忠実過ぎて極めて厳しくするのもいけない」と。
 
全般的には、均衡の取れた考え方をし、心を柔らかく、ということであろうか。
 
 

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2016年6月18日 (土)

今は規制緩和も構造改革も不要 2016

日本経済の立て直しの手段として、よく規制緩和とか構造改革が取り上げられる。しかし、これらは、いつの時代にも通用する万能薬ではない。今は規制緩和とか構造改革も不適切な手段だ。
 
というのは、規制緩和も構造改革も、本来、好況が続いている時になされる政策であるからだ。しかしながら、現在の日本は、ずっと、とても好況とは言えない。ところが、政治家の方は、アホの一つ覚えのように、規制緩和や構造改革を主張する。
 
それで、景気がよくなると錯覚しているようだ。政治家の方々に経済政策に対する勉強が足りないとはっきり言える。では、どうすればいいのか。答えは、逆のことをやればいい。
 
すなわち、規制緩和ではなく、新しい規制で新市場を作ることだ。もちろん、古い規制は見直してもいいが、同時に新しい規制を作っていく。日本は、規制によって、多段階かつ多様な新市場を創っていくしか道はない。そうすれば、新しいビジネスが生まれる。
 
構造改革についても、これは生産効率を上げる手段だ。しかし今の日本は、明らかに需要不足。その時期に生産効率を上げて供給量を増やせば、ますますデフレを加速させる。かえって混乱を招くだけだ。よって、まず需要不足をいかに解消するかに政策を集中するべきだろう。決して構造改革の時期ではない。
 
与野党を問わず、政治家の方には、規制緩和や構造改革について認識を改めてほしいと思う。
 
*追記
 
大体、御用学者やコンサルタントが提供する政策案は、我田引水的なものか、海外の政策の真似事が多く、経済の実情を無視したものが多い。官僚、政治家の方は、彼らの意見を鵜呑みにせず、一旦、疑って、自分の頭で考えてもらいたい。
 

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2016年6月17日 (金)

珍しい昆虫を庭で発見

先日、庭の草取りをして、家に入ろうとすると、服に虫が取りついていた。何だろうと手に取ってみると、なんと、なんと、ホタルではないか。子供時代に見てから、長いこと見ていない。まさかと思って、もう一度見直しても、これは明らかにホタル。
 
昨年の夏に、暴風雨の後、蛙を発見したが、それと同じくらいの驚き、桃の木、山椒の木。しばらく、手の平に乗せていたが、放してやることに。でも、なかなか飛んでいかない。止む無く、適当に雑草が生えているところに逃す。
 
水気の少ない庭に一体どこから舞い降りたのか。不思議。去年の蛙同様、生き残るのは厳しいかもしれない。時々、見慣れないものが出てくるのが、ガーデニングの楽しさでもある。今のところ、熊もイノシシも出ないし。イタチはいるようだけど。
 
 

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『東海道中膝栗毛』読了

先日、長年、読みたいと思っていた『東海道中膝栗毛』を、やっと読了した。原文を読むべきか迷ったが、現代語訳のものにした。今回は、伊馬春部訳(岩波現代文庫刊)のものだ。内容は、言わずと知れた十返舎一九の作で、借金取りに追われているのから逃れるため、弥次郎兵衛と北八という江戸っ子二人組の東海道珍道中。日本橋をスタートし、最終的には、大阪の淀にたどり着くという話。

現代であれば、漫才師が青春18きっぷを使って、普通電車に乗り、気になったところで降りて、旅の恥をさらし続ける話と言えようか。日本のお笑いの原点と言われる。読み進めると、多くの落語のネタになっていることも分かる。

構成は、初編で始まり、その次が後編となり、その次からは三編となって、以後編を重ねていく。一編、二編となっていないことからすると、当初は、駿河への旅行で終わりだったのかもしれない。ところが意外に評判を取り、続編が作られたように思う。

そして四編辺りから書き手が変わっているように思う。五編からは経路に連続性はあるものの、明らかに独立した話として展開している。ここから感じることは、十返舎一九が、全行程旅行した作品ではなく、多くの旅行者の話を聞きながら、編集したのではないかというイメージ。

当時、旅行ブームだったのかもしれない。よって耳にする多くの旅での失敗談に、尾ひれがついて広まったのを作品に取り入れたのではないか。そして、関西人の私が強く感じるのは、江戸っ子の見栄っ張り感。これは今も続いてるように思う。但し、助平衛なところは、関西人もかわらない。気楽に楽しめる作品であることは確か。

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2016年6月15日 (水)

東京都ナンセンス劇場~舛添氏辞任

舛添東京都知事がついに辞任に追い込まれた。流風は、この騒動自体、批判的に見ていたのだが、やっとバカ騒ぎが収束する。彼を辞めさせたところで、東京都自体の改革をしないと、何も改善しないだろう。
 
基本的に、今回の舛添氏の無駄遣いを否定すると言うことは、国会議員、地方議員のすべてを否定することにつながる。舛添氏は、妙に領収書を残したが上に、批判の俎上に乗ったに過ぎない。
 
不明朗な金の使い方をしている議員は、追及されずにいる矛盾。某国会議員は、限りなくクロだったが、証拠隠滅に成功したのか、検察もお手上げで、不起訴処分になっている。もちろん、今回の舛添問題は、多くの議員への警告になった効果はあるかもしれない。
 
しかしながら、都知事選に50億円も要する。結果的には、大きな無駄遣いにつながる。東京都に住んでいない者には関係ないとはいうものの、国全体としてみれば無駄には違いない。東京都民の方々は、「東京都ナンセンス劇場」の損得勘定をどのように考えられているのだろうか。
 

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6月の花々 2016

一応、深紅のバラの開花で、春の花は終わったと認識している。そして、今、咲き始めたのが、キキョウ、コスモス、カラー。一応、秋の花だろうか。急に、季節が飛んだ感じ。夏から秋へかけての花なのだろう。ちなみに、キキョウは、絶滅危惧種ということだが、そんな感じはしない。
 
そして、木々の中では、ナンジャモンジャの白い花が今にも咲きそうな雰囲気。咲く前から、まさに夏の雪のようなイメージ。花言葉は、清廉とか。この木は、母が実生から育てたもので、以前にも記したが、異なる樹種と思い込んでいたものだ。母が亡くなった後、私が植え替えると大きく成長した。
 
絶滅危惧種ということだが、これも、そんな感じはしない。いくらでも大きくなる感じだ。この木の実生から、更に2本も、順調に育っている。大きくならないように、毎年、剪定している。木の枝は柔らかく折れやすいので、注意しないと変なところで折れてしまう。ただ、今の時期に咲く花は、賑やかにしてくれるので有り難い。

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日本にとって厳しい時代

消費税も、国内経済は、必ずしもよくないが、10%に上げることを延長することは、財政再建を考えれば、望ましくないかもしれない。ただ、日本の消費税率は他国と比べて低いので、まだ上げる余地はあるというものの、消費税を上げるだけで、財政再建ができるというものでもない(*注)。

27年度末で、公債残高が約807兆円。この金額の重みは、やがて国民に圧し掛かってくる。それほど国の状態は危ういのだが、政治家も官僚も呑気で、毎年、赤字国債を発行して、多額の予算を計上している。

本来、赤字国債で賄っている公務員の給料は、最早上げられないのだが、2016年1月20日には、一般職の月給が0.36%、ボーナスが0.1ヶ月分増えることが決定している。これは本来、許されないことだろう。公務員人員カットには反対だが、俸給やボーナスが上げるのは、どうかしている。本来は、俸給を削減し、ボーナス停止が必要だ。それが日本の財政状態なのだ。

他方、基礎年金(国民年金)は、支給が65歳からとなっているが、もう少し経てば、厚生年金も同様に支給が先延ばしになるだろう。更に、厚生年金は支給額がカットされる可能性は高い。更に、いずれ支給上限が設定されることになるだろう。そうしないと、財政が持たない。

医療や介護も、同様だろう。昔は介護費用の負担はなかったが、社会構造の変化に伴い、高齢者への費用が増大している。それをカットするだけではなく、何かお互い助け合う社会に変革していく必要がある。

ところが、国の政策は、必ずしも地域の実情とマッチしないことが多い。国に地方の実情は見えないのに、予算を握り、全国一律の政策を実行している。しかし、社会保障は本来、地方の問題だ。国が一律に物事を決める時代は終わろうとしている。社会保障の自治体権限強化が望まれ、厚生労働省の縮小リストラが必須だ。そうすれば、多くの無駄な政策を省ける。

ただ、このように、公務員の人件費や社会保障を主体に財政支出を細かく削減して、消費税は、ある程度まで引き上げるだけでは、財政再建は不可能の域に入っている。すなわち、これにプラスするような政策が求められる。

それが第三の税、現在の政権が考えている、つまり「インフレ」を起こすことだ。ただ、金融緩和によるインフレは、虚業によるインフレを狙ったもので、これだけでは、あまり望ましくない。本来は、実業の活性化によるインフレが望ましい。

だが、実業によるインフレのコントロールは難しく、よほどしっかり管理しないと、暴走する。「管理されたインフレ」を起こすには、日本銀行の金利を最大3%までに抑える必要がある。それ以上になれば、もうインフレを金融政策で止めることはできない。

逆に、マイナス金利とか低金利であれば、人々の気分は上昇せず、現在の日本では、インフレは起こらない。人々の活動が停滞するからだ。すなわち、人々の欲を刺激するには、基本的に、虚業にしろ、実業にしろ、金利差の利得を得られる仕組みを作ることが、インフレを生じさせることを忘れてはならない。

そうすれば、国にも、相当の税収が吸い上げられる。人々が金を借りても、利ザヤが稼げると思わせる仕組みが求められる。日本銀行は、金利を上げ下げしながら、人々の心理を操る巧みさが大切だろう。財政に配慮し過ぎたマイナス金利政策では、決して財政再建はできないだろう。多くの人が納得する財政・金融政策が望まれる。

*注

安倍政権は法人税の減税を主張するが、現実は、大企業が節税のため、資本金を1億円以下にして、中小企業化を図っている。そうすれば、税率が安くなるからだ。このような実質、「脱法行為」を規制せずして、法人税を優遇する措置は決して認められない。

また、そのような悪知恵を提供する税理士等も罰する法律が必要だ。法人も、国民だから、納税の義務がある。企業の規模は資本金だけで測れないのだから、「脱法行為」を許さない法人税法の確立が求められる。

また、その他の税制に於いても、各種減税措置や租税特別措置も、段階的に廃止が求められる。現在の税制は、「ザル法」だと言われても仕方ない。また、それ以外の補助金政策も大幅に削減・廃止することが必要だ。補助金の仕組みでは、ほとんど成果に結びつかない。せいぜい官僚の天下り先を潤すだけだ。これらを改めない限り、消費税だけの増税は認められない。

*2016年6月24日追記

英国のユーロ離脱で、外部環境は更に悪化する。ただ、円高に振れることは財政再建にとっては望ましい。残された数少ないチャンスを活かして、財政再建に取り組むのもいい。その場合、金融緩和政策は有効ではない。しばらく政策転換が必要だろう。

 

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2016年6月13日 (月)

本格化するマイナス金利不況

日本銀行が、マイナス金利を導入後、経済が明らかにおかしくなっている。株式市場も、原因は、これだけでないにしろ(今回は英国のユーロ離脱の可能性が大きな要因)、暴落に次ぐ暴落状態。この流れは、当面続くだろう。最悪、数年続く可能性がある。それは予定された下落幅より大きくなるかもしれない。
 
金融機関や保険会社も、皆、マイナス金利対応に焦っている感じは拭えない。本来の経営努力を怠ったことも一因だが、金融機関が利益を出すことがより難しくなった。更に、それは一般事業会社にも波及している。各種積立金の運用が難しくなっている。それが事業経営に悪影響を及ぼすことは間違いない(例えば、賃金カット、退職金減額、配当カット等)。
 
また消費者も、この雰囲気を察して消費を全般的に控えている。特に高所得・高資産層が消費を抑制し、高額品が売れなくなっているという。株価の下落や利子等の受け取り減少と共に、市場の雰囲気から、消費は停滞するのだ。その他の層も、デフレ時代と同様の対応を取り、完全に不況感覚。
 
日本銀行が、このままマイナス金利政策を取り続けると、更に景気は悪化していくだろう。それは企業収益の悪化に伴い、税収が激減することを予測させる。そうなれば、税収増による財政再建は、全くあり得ない夢の話になる。
 
その時、積み上がった国債はどうなるだろうか。考えただけでも、ぞっとする。日本銀行は、よかれと判断したことが、今は明らかに逆回転している。これを回復することは、かなりの時間を要する。この不自然な政策を続ける限り、景気の回復はないかもしれない。
 
*追記
 
マイナス金利政策を続ける限り、消費税は上げられないだろう。そういう経済状態が続くのは否定できない。
 
 
 

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2016年6月12日 (日)

初夏のガーデニングに登場するものたち

少し前から、ガーデニングで、雑草取りをしていると、各所で、トカゲが神出鬼没。一番驚いているのは、奴らかも。そして、次に多いのがミミズ。細いもの、中くらいのもの、太い奴も。そして、時々、異常に長いミミズがいるが、少し気持ち悪い。
 
更に、木々の間の草を取っていると、青虫、芋虫、毛虫が溢れると言うほどではないが、ところどころにいる。。害虫といえば害虫だが、特に何もしないことにしている。そのため、先日、残していたサニーレタスが、虫食いされた。
 
でも、彼らも何か食する必要がある。そうして、やがて蝶か蛾になるのだろう。そして、青虫、芋虫、毛虫も、いつの間にか、成虫になったのか、居なくなる。ところが、一部は、何かの原因で死んでいたりする。そして、そこには、素早く、蟻が集っている。しっかり食物連鎖が機能している。

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笹の開花は不吉か?

愛知県設楽町の山間で、笹の花が120年ぶりに開花したと報道があった。子供の頃、祖母や母は、笹の花が咲くと不吉と言っていた。凶作とか地震が起こるというのだ。確かに、笹の葉の開花は、最近、全国的に見られる現象。
 
それに合うように、大きな災害は多く起こっている。迷信と捉えるのも分かるが、先人が言い伝えてきた言葉も無視できない。今年は空梅雨の傾向があると言うし、農産物は作況に影響があるかもしれない。
 
科学で解明されていないことは、自然界に、たくさんある。科学的根拠がないと否定する人も気をつけた方がいいかもしれない。

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2016年6月11日 (土)

窪田順生著 『スピンドクター』を再読~情報操作の裏側

久しぶりに、窪田順生著 『スピンドクター』(講談社+α新書刊)を再読してみた。スピンとは、情報操作のこと。「世の中に溢れている情報は誰かが意図的に流したものだ」ということに気づかず、多くの人々は、マスコミやネット情報を入手している。
 
だから、余程注意しないと「洗脳された」状態になる。例えば、テレビ等に、同じ内容の情報をくどくど流す場合は、裏に何か別の意図が隠されていると考えてよい。誰がが、今、情報として流さないで欲しい場合、人々の注意をそらすため、この手法が取られる。本著の構成は次のようになっている。
 
第一章 闇に葬り去られる記事
 
第二章 スキャンダルをモミ消せ!
 
第三章 国家のスピン
 
第四章 官僚たちのスピン
 
第五章 選挙というスピン合戦
 
第六章 異形のスピンドクターたち
 
第七章 新たな「スピン」の台頭
 
現代社会は情報に溢れている。それらは意図して流されることもある。あるいは、流されないこともある。よって情報を読み解くには、それなりの心構えが必要になる。本著では、具体的にスピンの例を取り上げ紹介している。きちんと情報を読み解き、間違った判断をしないようにしたいものです。若い人たちは、特に読んでもらいたい。
 
 

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現代語訳 『好色一代男』を読む

先日、現代語訳 『好色一代男』(西鶴著、吉井勇訳。岩波現代文庫刊)を読了した。部分的には、過去にも少し読んだことはあるが、全編読んだのは初めて。また、『好色二代男』(諸艶大鑑)は書籍で持っているが、原文なので、江戸時代の作品とは言え、読みづらいので、積読状態になっている。
 
よって、今回は、実質初めて完読したことになる。『好色二代男』も、追々読んでみようと思う。この本では、世之介は、7歳で恋を覚え、60歳までの恋の遍歴を、自慢たらしく記している。花柳界の女性はもちろん、いろんな階級の女性を相手にし、評論を加えるというもの。現代でいえば、プレイボーイの愛の遍歴自慢日記と言うべきもの。そして、登場する女性たちは、いわば男から見れば理想型。
 
でも、読後感は、私自身が歳が行っていることもあるが、あまり羨ましいとは思わない。世之介も、最終的には、虚しさしか残らなかったのでは。それは『伊勢物語』にも通じるものがある。西鶴は何を描きたかったのだろうか。結局、そういうことではないか。
 
もちろん、世之介の一生は愛慾に溺れるばかりでもなかったとも思える。それ以外の面は、極力描いていないだけだ。ただ、彼の愛慾の部分にスポットを当てたのが、この作品だろう。ある意味、マニア的作品と捉えることもできる。当時、そういう需要があったのかもしれない。そう考えれば、西鶴の一つの作品手法なのだろう。現代作家にも参考になるかも。
 

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2016年6月10日 (金)

高齢社会にスーツ売り場は通年で必要か

時々、新しい服が欲しくなって、見に行くが、あまり「いいもの」がない。それはデザインであったり、仕上がりであったり、予算に合うものが少ないのだ。確かに、ほとんどの売り場は女物で占領されているのもある。

多分、男物は、あまり売れないのだろう。確かに買う頻度は、男はファッションに凝っいる者以外、低いかもしれない。だが、スーツ売り場、一年を通じて必要だろうか。スーツ専門店を除けば、百貨店もスーパーも、必要はないように思う。

ところが、これらの売り場に結構場所を取っている。一体、誰が買うのだろうか。高齢社会でスーツを必要とするのは、ほんの一握り。大抵がカジュアルな服装かブレザー類で十分だろう。若い人も、そんなに頻度高く、スーツを高く買っている雰囲気はない。

多くのスーツ売り場は、売り上げ効率が悪いのではないか。販売商品の構成を変える必要があるのではないかと余計なことながら気になってしまう。

*追記

百貨店に置いてある男物衣料品は、確かに、いいものも多いが、価格は高い。結局、バーゲンでしか買わないのは、女性と同じ。最終的には、一部しか売れず、多くはミスマッチな無駄な展示になっているのように思う。

常に実売価格で売れとは言わないけれど、姫路のような地方都市に相応しいように、もう少しマーケティングが必要ではないかと思う。地域に相応しい需要を掘り起こせば、まだ売れる可能性は高いだろう。

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2016年6月 9日 (木)

一休の「大用庵の破却を止む」を読む

一休の詩に次のようなものがある。「大用庵の破却を止む」と題しているもの。大用庵とは、大徳寺大用庵のようだ。当時、大用庵を遺すべきか、壊してしまうかで、論議が分かれていたのだろう。本質を無視して、大徳寺内には、派閥争いがあったのかもしれない。僧侶の世界も、一般世界と何ら変わらないということだろうか。
 
 邪を破して正に帰する
 
 識情、勝負、人我の無明
 
 羨む可し、出塵の羅漢、
 
 青天、月白く風清し。
 
 定盤を認む、檐板漢の禅、
 
 衲僧の作略、
 
 豈に絃に膠せんや。
 
 殺活縦横、悪手段、
 
 正印を鋳消す、漢王の前。
 
解釈は、なかなか難しいが、強いて訳してみる(笑)。
 
「誤りを除いて、正しいことをしようとする分別も、所詮、相手を打ち負かして勝とうとする、迷いに過ぎない。羨ましいことは、塵を払うように、煩悩を断ち切った羅漢であり、これ以上ない澄み切った青空から月の光が、煌々として、清々しい風が吹くことである。
 
計器の目盛りに気を取られ、ひさしの板を担いで、自ら見えるものを塞ぎ、偏った見方しかできない禅が溢れている。あるいは修行の僧の本分は、細部に捉われて、切れた琴の弦を膠(にかわ)で、つなぐようなことではないだろう。漢王が、目の前で、諸侯に与える金印を鋳たり溶かしたりして、活かすも殺すも自由自在、彼らの心を惑わすようなことでもない」となるのだろうか。
 
マスコミが、一つの事象について、わいわい騒ぐが、所詮、本質を捉えず、お遊びに過ぎない。せいぜい、人々の心をを惑わしているだけである。一休の指摘は現代人にも警告として聞こえてくる。
 
 

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2016年6月 8日 (水)

熊本地震復旧・復興への提言を読む

雲本地震の復興を話し合う「くまもと復旧・復興有識者会議」の最終提言(要旨)を覚えとして、記しておく。提言は、10項目からなっている。
 
一、地元が活用できる基金の創設
 
二、公共機関(役所や役場)の耐災害化
 
三、今回の地震を踏まえた防災教育
 
四、義援金の一部を使った住宅の耐震検査
 
五、仮設住宅設備における要援護者らへの配慮
 
六、益城町だけにとどまらない熊本県東部地域全体の中長期的なグランドデザイン
 
七、東西の交通を支えるトンネル建設
 
八、阿蘇の観光の発展に向けた国、県、地元が一体となった議論
 
九、熊本城の復旧は、プロセスを見てもらう手法を駆使
 
十、有識者会議のメンバーが発信を続ける
 
播磨地域でも、山崎断層がらみの地震が予測されている。これらの提言で、熊本という地域性はあるものの、私たちも参考にして、震災前に手を打てることもあるだろう。
 
特に、震災を受けると、地域の財政は悪化する。そして、国からは支援は受けられるものの、使い勝手の悪いものもある。そういう意味では、地元の判断で、早く使える、一、の災害基金の創設が特に重要ではないかと考える。

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2016年6月 7日 (火)

子供の躾と生きる力

小学校二年生を山に置き去りした事件がしばらく話題になっていた。いずれにせよ、無事保護されてよかった。親は、躾のため、そのように処置したと言っていたが、どこでも、男の子の躾には苦労するのは確かだろう。だが、男の子で、おとなし過ぎる子供は、それはそれで不安だ。
 
あの親にすれば、子供のまさかの行動が予測できなかったことが、問題を大きくした。報道によると、子供さんは、親を追っかけるつもりが、混乱して、逆方向の山に向かったという。子供の行動は、なかなか、大人には予測しがたいということだろうか。
 
私も、子供の頃(小学生に上がる前)は、おとなしい部類に属したと思うが、それなりに親を煩わしたようで、時々、父から雷が落ち、押し入れに入れられたり、夕食抜きとか言われたり、家の外に立たされたりした。
 
ある時には、「嘘をつくのは、ウチの子やない。出ていけ」と言われて、素直に聞き入れて、遠くに行った記憶もある。いつもは、母のネットワークで、見つけ出されたが、ある時、どうしても見つからず、母はおろおろしたらしい。父と相談し、警察に知らせようかとした時、帰って来て、「おかあちゃん、お腹空いた」と言ったらしい。
 
この時の母の顔は今でも目に浮かぶ。実は、親の騒ぎは全く知らず、後でわかったことだが、少し離れた神社の境内の大きな木の下にいて、昼寝していたらしい(笑)。そして、父は、怒ることもなく、何も言わなかった。ただ、静かな夕食が、少し不気味だったのは、今でも記憶がある。
 
男の子の躾は難しい。ただ、何が正しくて、何が正しくないかを繰り返し、教え込むしかない。ある本では、人間は赤ちゃんとして生まれてきた時は動物。これをいかに人間に育てていくかということにあるとしている。ところが、動物から人間に変わる境目の判断がなかなか個人差もあって難しい。
 
テレビの報道では、躾の次のような段階があるとしていた。
 
一、口で優しく諭す、二、お小遣いなし、三、食事抜き、四、怒鳴りつける、五、無視、六、押し入れに入れる、七、お尻を叩く、八、頭、頬を叩く、九、家から閉め出す、十、山に置き去り、だ。
 
私の場合であれば、十を除いて、全て経験している。子供にとって、親の躾はうるさいものだが、でも、社会で生きる知恵を習得させると考えれば、重要なこと。親は、辛くとも、子供の将来を考え、躾を考えていく必要はある。
 
今回の山での置き去りは、問題だろうが、塞翁が馬とも言えないこともない。彼は、少なくとも、一つの生きる知恵を獲得したことは間違いないのだから。彼が立派に育っていくことを祈りたい。
 
*2016年6月8日追記
 
今回の事件について、専門家は、虐待との見解を寄せている。ただ、親子に信頼関係はあったようで、子供さんも、「両親は助けに来てくれる」と確信していたようだ。ちょっとした親子の行き違いが事件を招いたことは確かだが、今回は、あまり両親を責めず、静かに見守った方がいいのではないだろうか。
 
 
 

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2016年6月 6日 (月)

面白かった 『日本舞踊 梟祈願』

本日のお昼に、何気なくテレビのチャンネルをいらっていると、NHK Eテレで放送していた、『日本舞踊 梟祈願』を途中から視たのだが、吸い込まれる感じ(笑)。日本舞踊なんて、全く知識はないが、どことなく面白い。
 
出演者は、松本錦升(市川染五郎)、尾上紫、猿若清方。市川染五郎さんは名前は知っているが、他の二名の方は初めて聞く名前。でも、踊りの雰囲気は、能でもなく、狂言でもなく、よくわからないが、おそらく歌舞伎とも違うのだろう。
 
謡いと音楽と踊りの組み合わせが、従来の日本舞踊(よく知らないが)と全く違う感覚。舞踊など全く知らなくても、何とか楽しめる意外さ。出し物の「梟祈願」については、途中からの視聴であったので、よくわからないが、輪廻のような話。
 
このような公演が近くで催されるなら、観に行きたいと思わせた。久しぶりの感動ありがとう。再放送だったらしいのだが、もう一度、放送してくれないかな。
 
*追記
 
後で調べてみると、この作品は、宮沢賢治著 『二十六夜』がベースとなっているとのこと。ネットで、ざっと読んでみたところ、舞踊に、うまく反映されていることがわかった。題材も、よかったのだ。
 

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沖縄で、米兵が酒酔い運転で人身事故

沖縄の元米兵による女性遺棄事件から、米軍撤退の必要性の声が上がる中、2016年6月5日、また米兵による飲酒運転による人身事件が発生した。今回は、米軍が「当面」基地外での夜間飲酒の禁止命令が出されている中で起きた。
 
嘉手納基地に所属する女の海軍兵が、深夜、酒酔い運転し、国道を逆走し、軽自動車と衝突し、男女に大怪我をさせたもの。容疑者からは、基準値の約6倍のアルコールが検出された。米軍が、いかに綱紀粛正の声明を出しても、効果がないことを意味している。
 
米軍は統制が、とれていないということは明らかだ。地位協定の改定をしないと米国は言っているが、むしろ破棄すればいいこと。米国の都合で、いつまでも日本人が不幸を受ける必要はない。
 
*追記
 
日本の外交・防衛戦略は過渡期に来ている。いずれ米軍の日本駐留の根拠はなくなる。そのことを想定した外交戦略が求められる。
 
この辺の考察については、以前、拙ブログ記事にした。「本当に、米軍駐留は必要なのか」(2009年11月14日付)。今も、この考え方は基本的に変わっていない。
 

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2016年6月 5日 (日)

オールディーズCDを買う

若い頃、先輩たちが、オールディーズを聞くと、ほっとすると言っていたので、「それは歳が行った証拠では」と冷やかしたものだが、今は、自分自身、そのオールディーズをラジオ等から流れると、ほっとする年代になってしまった。
 
先日、百貨店をうろうろしていると、そのオールディーズCDが販売されていて、ついつい買ってしまった。かつて姫路市には、大手のCDショップがあったが、商業施設の撤退に伴い、無くなってしまった。
 
今は、若い人たちはネットでダウンロードしたりするのだろうが、私は形の無いものは不安。やはりレコードとかCD、DVDがいい。今後も、ネットで音楽を聴くことはあっても、最終的にはCDを買うだろう。ショップかないので、最近は止む無くネットで購入するが、手に取ってみないと、確認できないのが、少し嫌だ。
 
さて、今回買ったオールディーズCDは、「Oldies Collection BEST 80 SONGS」というもの。サイモンとガーファンクル、パーシー・スレッジ、メリー・ホプキン、カーペンターズ、プラターズ、ポール・アンカ、シャーリー・バッシー、アンディー・ウイリアムス、ナッツ・キン・コール、ベンチャーズ、ルイ・アームストロング、オリビア・ニュートン・ジョン等若い頃、耳にした様々な有名な歌80曲が、CD3枚にメドレーで網羅されている。ないのはビートルズくらい。
 
曲の歌詞や訳詞とかはないけれど、問題はない。BGMとして活用し、読書すると楽しい。どうしても詞の内容を知りたければ、今の時代、ネットで検索すれば、すべて解決してくれる。それにしても、オールディーズは、やはり落ち着く。
 
*追記
 
姫路市では、「懐かしの洋楽ヒットパレード」を姫路キャスパホールで定期的に開かれていて人気がある。司会進行は、元ラジオ関西アナウンサーの三浦紘朗氏。昔、ラジオ関西でやっていた「電リク」の公開版だ。
 
第4回 テーマ「オリンピックとポップス」
 
      2016年6月16日午後2時開演
      リクエスト期限は既に過ぎている。
      入場料500円
 
第5回 テーマ「Come September~9月になれば~」
 
      2016年9月15日午後2時開演
      リクエスト期限は8月10日。
      指定のパンフレットのハガキでリクエストする。
      入場料500円
 
 
問い合わせ先 姫路キャスパホール(山陽百貨店西館7階)
          TEL 079-284-5806

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2016年6月 4日 (土)

てるてる坊主のこと

6月に入って、いよいよ梅雨の季節。本日の夕方より、天気の方は悪くなるようだ。鬱陶しい天候は嫌だが、これも仕方ない。空梅雨は、それはそれで困る人もいるだろう。
 
さて、子供の頃、明日は遠足というのに、天気が悪く、子供心に残念だと、ぐずっていると、母が、よく、てるてる坊主を作って、「明日、天気になあれ」と祈ってくれた。期待に沿ってくれたこともあったが、駄目な時もあった。
 
そういうと、子供の頃、よく歌った「てるてる坊主」という歌もある。大体は、一番の歌詞しか知らなかったが、三番まである。期待に応えてくれたら、金の鈴やお酒を献じるというもの。でも、期待に応えないと大変なことになる。
 
一、てるてる坊主 てる坊主
   明日天気にしておくれ
   いつかの夢の 空のよに
   晴れたら 金の鈴あげよ
 
二、てるてる坊主 てる坊主
   明日天気にしておくれ
   私の願いを 聞いたなら
   あまいお酒を たんと飲ましょ
 
三、てるてる坊主 てる坊主
   明日天気にしておくれ
   それでも曇って 泣いてたら
   そなたの首を チョンと切るぞ
 
この歌の詞は、浅原鏡村という人によるものらしい。彼は、実家が事業で失敗し、逼塞する。その結果、故郷を失うことになる。そういったことからできた詩らしい。本来、四番まであったが、作曲家の中山晋平が、本来一番にあった詩が暗すぎるとして、除外したようだ。また三番の「首を チョンと切るぞ」は、結果に厳しい子供の心を表しているらしい。幻の一番は次のようだ。
 
(一)、てるてる坊主 てる坊主
    明日天気にしておくれ
    もしも曇って ないてたら
    空をながめて みんななこう
 
確かに暗い内容。でも、浅原鏡村が、本来、詩にしたかったことだろう。作曲家によって、真意は伝えられなくなったが、おかげで歌という形で残ったのは、皮肉。
 
ところで、てるてる坊主のルーツは中国らしい。てるてる坊主自体、平安時代に、既に慣習としてあったが、元は、中国の伝説上の人物「掃晴娘(サンチンニャン)」らしい。晴天を祈願するのも、そこから来ている。それが日本に伝わって、いつのまにか、女性から男の僧侶に変わった。
 
この辺のプロセスは、よくわからない。日本でも、占いなどは古代は卑弥呼のように女性が実権を握っていたが、時代の流れにより、男の範疇に入り、てるてる坊主も、そのように変化したと考えられている。
 
そして、信賞必罰を厳しくされる、てるてる坊主。どこかの経営者の従業員に対する発言のようですなあ。この歌は、純朴な何も知らない子供が歌ってもいいが、大人には厳しすぎるかもしれない。
 
*参考文献
 
千葉公慈著 『知れば恐ろしい日本人の風習』(河出文庫刊)
 
 

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2016年6月 3日 (金)

サニーレタスの収穫 2016

今年、初めて、家庭菜園で、サニーレタスを作ってみた。種からだったので、できるかどうか不安だったが、どうにかこうにか2株だけできた。7株ぐらい期待したのだが、5株は、雨風にやられて成長が止まってしまい、いつの間にか消えてしまった。
 
そして、本日収穫。出来は、販売されているものと遜色ない。不思議と虫食いもない。比較的手間いらずというか、特に何もしていない。ずぼら家庭菜園向き(笑)。夕食に、牛肉炒めと共に味わうことにしよう。

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2016年6月 2日 (木)

花の終わりかも 2016

毎年、深紅のバラが咲き始めると、花の季節の終わりを告げる感じ。今朝、その深紅のパラが咲いていた。ただ、このバラは、次々と咲き続けるので、咲き終わるのは、少し先。
 
また、マスコミでも話題になっていたハナショウブも、わが家でも咲き始めた。ただ、花が少し元気がない。後は、ギボウシが、蕾を大きくしている。この花は、個人的には、蕾のままの方がいい。
 
6月に入ったものの、今のところ天候はいい。もうしばらく、これらの花を楽しめそうだ。
 
*2016年6月5日追記
 
ハナショウブが元気がないと先日記したが、ここへ来て、雨の中、一斉に咲き始め、少し豪華な感じ。水分を欲しがっていたのかも。
 

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2016年6月 1日 (水)

消費税は、なぜ支持されなくなったか

国は、徴税コストが安くつく消費税を高く評価しているようだが、国民からは低い評価になっている。なぜだろうか。消費税はなぜ支持されなくなったのか。一応、私なりに分析してみた。

一、まず、この税の持つ逆進性があるということ。所得の低い人も高い人も、同じ比率で税がかかること。

二、そこで、所得の低い人たちの税を軽減する発想が出てくる(いわゆる軽減税率)が、線引きが難しく、却って不平等になりかねない。

三、また消費税は社会保障に使うと言うけれど、人気取りのため「社会保障の範囲」がどんどん広がり、それが消費税の増税を促すという矛盾が生じること。

四、消費税増税による財政再建は全くされていないこと。それは大手輸出企業への利益の付け替えになっていることだ。すなわち、大手輸出企業に巨額な輸出還付金が交付されてることにある。そのため、税務署は何と赤字になっているところもある。

五、逆に、大手の下請けをしている中小企業は、消費税の転嫁ができずにいる。結局、自腹を切っている。結果的に消費税を滞納する比率が高い。消費税は徴税効率がいいというのは誤解だ。

六、消費税増税分が結果的に法人税減税への振り替えに使われている。

七、日本が消費税を上げると、米国が、いろいろ要求してきて、むしろ財政悪化の要因になる。

八、安倍政権の円安政策によりエネルギーや食料品の輸入価格が上昇し、所得が上がらない中、消費税増税とのダブルショックにより国民は消費を抑えざるをえないこと。

九、更に大きなポイントは、消費税率の硬直性だ。当局は、上げることばかり考える。これが支持されない大きな要因かもしれない。他の税は、上げたり下げたりしている。それが全く考慮されていない。これでは、国民の、この税に対する理解は深まらない。

大体、以上のことが考えられる。国には租税政策の再考による再構築が求められる。

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