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2016年6月28日 (火)

ミヒャエル・エンデの『モモ』を読む

先日、美的センスのいい宝塚歌劇団出身の彩乃かなみさんのブログを拝見していて、彼女の2016年秋の舞台の予定の『オフェリアと影の一座』というのが少し気になって調べたところ、原作は、ミヒャエル・エンデという人の絵本だとわかった。それで、どのような本なのか関心を持ち、調べたところ、絶版だった。
 
そこで、代わりに同じ著者の名作と言われる『モモ』というものがあると知り、内容も調べずにネットで注文。そして、届いてびっくり。小学校高学年向きとある。岩波少年文庫刊とは確認していなかった(苦笑)。あれっー、間違ったかと思ったが、後の祭り。それでも、読み進めていくと、なかなかの内容。とても小学生向きとは思えない内容。
 
子供では、案外理解しがたいのではと思われた。不思議少女モモが、時間空間をさまよう。その中で、時間を課題として捉え、現代社会を強烈に風刺している。現代人に、お金のために効率に追われ、持ち時間を空しく過ごす人生でいいのか、と問いかけているようだ。
 
生活するためには、稼ぐ必要があるが、金に追われることは人間性喪失につながる。時間を効率的に使って、稼ごうとすれば、人としての人間性は犠牲にされる。ある程度までは生活のために止むを得ないが、人間性を喪失するところまで追い込んでいいのか。
 
だが、現代人の多くの人々は、もっともっという欲望の罠に嵌っている。その結果、時間に支配され、自分を見失い、折角、与えられた時間を人生を豊かにするために有効に使われていない。つまり、時間の効率性と効果性のバランスが問われているということだろう。
 
現代人に対する警告の書籍として、自らを戒める座右の書とするのも悪くない。
 

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