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2016年6月 9日 (木)

一休の「大用庵の破却を止む」を読む

一休の詩に次のようなものがある。「大用庵の破却を止む」と題しているもの。大用庵とは、大徳寺大用庵のようだ。当時、大用庵を遺すべきか、壊してしまうかで、論議が分かれていたのだろう。本質を無視して、大徳寺内には、派閥争いがあったのかもしれない。僧侶の世界も、一般世界と何ら変わらないということだろうか。
 
 邪を破して正に帰する
 
 識情、勝負、人我の無明
 
 羨む可し、出塵の羅漢、
 
 青天、月白く風清し。
 
 定盤を認む、檐板漢の禅、
 
 衲僧の作略、
 
 豈に絃に膠せんや。
 
 殺活縦横、悪手段、
 
 正印を鋳消す、漢王の前。
 
解釈は、なかなか難しいが、強いて訳してみる(笑)。
 
「誤りを除いて、正しいことをしようとする分別も、所詮、相手を打ち負かして勝とうとする、迷いに過ぎない。羨ましいことは、塵を払うように、煩悩を断ち切った羅漢であり、これ以上ない澄み切った青空から月の光が、煌々として、清々しい風が吹くことである。
 
計器の目盛りに気を取られ、ひさしの板を担いで、自ら見えるものを塞ぎ、偏った見方しかできない禅が溢れている。あるいは修行の僧の本分は、細部に捉われて、切れた琴の弦を膠(にかわ)で、つなぐようなことではないだろう。漢王が、目の前で、諸侯に与える金印を鋳たり溶かしたりして、活かすも殺すも自由自在、彼らの心を惑わすようなことでもない」となるのだろうか。
 
マスコミが、一つの事象について、わいわい騒ぐが、所詮、本質を捉えず、お遊びに過ぎない。せいぜい、人々の心をを惑わしているだけである。一休の指摘は現代人にも警告として聞こえてくる。
 
 

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