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2016年6月11日 (土)

現代語訳 『好色一代男』を読む

先日、現代語訳 『好色一代男』(西鶴著、吉井勇訳。岩波現代文庫刊)を読了した。部分的には、過去にも少し読んだことはあるが、全編読んだのは初めて。また、『好色二代男』(諸艶大鑑)は書籍で持っているが、原文なので、江戸時代の作品とは言え、読みづらいので、積読状態になっている。
 
よって、今回は、実質初めて完読したことになる。『好色二代男』も、追々読んでみようと思う。この本では、世之介は、7歳で恋を覚え、60歳までの恋の遍歴を、自慢たらしく記している。花柳界の女性はもちろん、いろんな階級の女性を相手にし、評論を加えるというもの。現代でいえば、プレイボーイの愛の遍歴自慢日記と言うべきもの。そして、登場する女性たちは、いわば男から見れば理想型。
 
でも、読後感は、私自身が歳が行っていることもあるが、あまり羨ましいとは思わない。世之介も、最終的には、虚しさしか残らなかったのでは。それは『伊勢物語』にも通じるものがある。西鶴は何を描きたかったのだろうか。結局、そういうことではないか。
 
もちろん、世之介の一生は愛慾に溺れるばかりでもなかったとも思える。それ以外の面は、極力描いていないだけだ。ただ、彼の愛慾の部分にスポットを当てたのが、この作品だろう。ある意味、マニア的作品と捉えることもできる。当時、そういう需要があったのかもしれない。そう考えれば、西鶴の一つの作品手法なのだろう。現代作家にも参考になるかも。
 

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