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2016年7月29日 (金)

長寿高齢者への敬意は必要

最近、長寿高齢者(概ね80歳以上)に対する扱いが少しおかしいように思う。彼らに対して犯罪を起こして死刑判決を下された人もいるようだが、彼の神経を疑う。確かに、問題長寿高齢者も存在する。ある高齢の男がウナギのかば焼きを大量に万引きする事件も起こっているのは、どんな事情があったにせよ、情けない感じもする。
 
だが、概ね長寿高齢者は善良で、人生の荒波を乗り越えた、ある意味、成功者だ。彼らを社会全体で敬うような雰囲気が欲しい。報道によると、介護状態が違う高齢の夫婦(確か、夫婦ともに90歳以上)が、同じ施設で過ごせない例もあるという。ここら辺は、行政の運用次第でどうにでもなるだろう。
 
決まったことを正しく行政運用することの基本は大切だが、例外も検討されていい。それができるかどうかは担当者の考え方と熱意次第だろう。いずれにせよ、長寿高齢者を敬う雰囲気の醸成は必要だろう。それに、彼らは、人生の成功者であるのだから、彼らの生き方を学ぶ価値はあるはずだ。皆で傾聴の姿勢も必要だ。

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2016年7月28日 (木)

いい加減に自国自賛の番組は止めろ!

以前にも、少し触れたかもしれないが、最近、テレビで、自国の自慢話をする番組が非常に多い。海外の専門家を招いて、日本の技術がいかに優れているか認めさせようとする番組だ。時々、目にするが、虫唾が走る。
 
そういう番組を見れば、日本の技術は優れていると思う人もいるだろうが、技術は日進月歩する。少し油断をすれば、あっという間に他国に追いつかれ、追い越されていく。技術というのもは、常に上を目指して切磋琢磨しなければならない。
 
現在の技術を自慢しても、何にもならない。せいぜい、技術者に慢心を生むだけである。このような番組は、早く中止すべきだろう。そうしないと、放送局の知性が問われることになるだろう。

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2016年7月27日 (水)

恋人を同性の友人に紹介してはならない!

昔から男女の三角関係で悩む人は多い。そのきっかけの一つが、恋人を友人に紹介することだろう。恋人ができると、ついつい嬉しくなって、他者に知ってもらいたい欲が働く。しかし、ここで留まるかどうかが、幸せになるかの境界線だ。
 
ところで、メダカの世界は、それを忠実に守っているようだ。自然科学研究機構基礎生物学研究所と岡山大学の研究チームが、最近発表した研究によると、メダカの雄は、ライバルの雄が雌と交尾するのを直接阻止するだけでなく、間に入って接近を邪魔し続けることで、ライバルを雌に覚えさせないという。
 
雌にすれば、雄同士が競争して、競争に勝った強い者を選択することによって、よい子孫を残せるという本能があるらしい。よって、雄のメダカは、三角関係になると、別の雄と雌の間に割って入り、一日中、その位置を巡って争うらしい。そして、競争に勝つと、雄は雌の産卵と共に、精子を放出し、交尾が成立する。
 
つまり、雌に他の雄を近づけなければ、三角関係にもならず、無駄な争いもなく、雌を取られることはないということ。雌は近くの見える範囲で、雄を選択せざるを得ない。ただ、雌を他の雄から守る意思の弱い雄だと、遠い雄からも奪われる可能性があるらしい。人間世界の恋愛にも、きっと役立つ話だと思う(笑)。

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2016年7月26日 (火)

清少納言の季節感

明け方から早朝に、かけて、ざーざーと凄い雨だった。最近は、こういう雨が多い。梅雨の時期も、かつての梅雨のようなしとしと雨はなく、このような雨であった。気候が、どこか、おかしくなっているのかもしれない。
 
ところで、滅多に読まない『枕草子』を、ぱらぱら読んでいると、清少納言が、季節について、次のように記していると、改めて確認した。
 
まず、二百四十五段。
 
「帆をかけたる舟。人の齢。春、夏、秋、、冬」
 
暑い暑いと言っていても、確かに、いつか過ぎ去る。それは、蝉しぐれの中、もうトンボが飛び始めたことからも分かる。どの季節も同じ。そして、人生も。
 
もう一つが、百十四段。
 
「冬は、いみじう寒き。夏は、世に知らず暑き」
 
冬は、大変寒く、夏は、途方もない暑さがいい、と言うのだ。確かに、人間社会、その方が景気がよいと、よく指摘される。ただ、暑さは凌げても、寒さは苦手なので、個人的には、同意できないけれど(笑)。
 

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姫路市街地で、駐輪場社会実験始まる

姫路市では、市街地で、店舗前駐輪が、街の風景を汚すとして、批判の元になっていた。そこで、始まったのが、店舗前駐輪を完全に禁止し、その代わりに、歩道に駐輪施設(初めの90分は無料)を設定する社会実験を始める(2016年8月1日から2017年1月19日まで)。美観上、止むを得ない措置だと思う。多くの人の理解が必要だ。
 
御幸通りの、三井住友銀行前、ヤマトヤシキ前と二階町通り側、ボンマルシェ大手前店の前から駐輪を中止することになった。これらは以前から駐車禁止地域であったが、徹底しなかったので、改めて社会実験を始めるようだ。
 
ただ、これらの地域には、今回の歩道駐輪場だけでは不足なので、大手前通り地下駐輪場(初めの2時間は無料)があり、それの活用の推進も求められる。しかしながら、地下駐輪場の方は、9月から11月にかけて水漏れ工事をするようだ(その期間、閉鎖される)。
 
今のところは、路上駐輪場に、かなり空きがあるので、当面は大丈夫と思われるが、問題は、地下駐輪場が水漏れ工事をする9月から11月が、どのようになるか。
 
いずれにせよ、社会実験がされれば、御幸通り、二階町通りも、すっきりする感じ。通りや店のイメージも若干改善する。現在も、自転車駐輪禁止地域にが駐輪禁止であることが、市民に徹底すれば、いいことだ。
*2016年8月1日追記
社会実験が始まるはずだったが、今のところ、社会実験は実行されていない。以前のように、店の前に駐輪されており、汚い姿をさらしている。
 

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2016年7月25日 (月)

姫路の土産について考える

東京駅では、グランスタ丸の内が、増床して、新しいエリアができるらしい。改札内エキナカ商業施設グランスタは、2016年7月27日にオープンする。扱う商品をネットで検索(「グランスタ100 ITEMS」)すると、おしゃれな店が多い。これで、特に女性は、東京土産で悩むこともないようだ。
 
翻って、姫路で土産品というと、食の分野では、姫路伝統の和菓子とか、日本酒、あるいは焼きあなご、揖保乃糸ぐらいしか思いつかない。食以外では、伝統工芸の明珍火箸(風鈴)、姫路革細工、姫路独楽、しらさぎ染、姫路張子玩具ぐらいか。
 
従来、姫路市は、特別の観光対策を取って来なかったため、土産品でも、充実しているとは言い難い。さりとて、どこにでもあるものは、開発しても無駄。地域文化を重視しつつ、新しい感性の手軽な土産物の開発が急がれる(*注1)。
 
更に、土産物店の充実が求められる。東京駅のようには行かないかもしれないが、駅ナカに、衝動買いでも、手軽な価格で買える非食品の土産物店も充実しさせてほしいものだ(*注2)。
 
*注1
 
探せば、全く、姫路に新しい土産物がないわけではない。ただ、全体として、訴求力が弱く、普及していない。制作企業単独の努力では限界がある。姫路土産業界全体で盛り上げる努力が必要だ。観光客が買いやすく販売しやすい価格帯、価格体系、店舗展開、販促、姫路新土産イメージ創出等が十分でないと感じる。
 
*注2
 
姫路駅南口を出て、少し西に行くと、すぐ「播産館」という施設がある。そこでは、播磨の物産が揃っており、土産物を探すには、最適とも言えるが、駅から近いにも、かかわらず利用者は少ない。食品が多く、非食品の扱いは少ない。また姫路城を見た人が、わざわざ駅の南側に行かない。
 
*追記
 
「姫路土産物委員会」てなものが、あるのかどうか知らないけれど、仮に作るなら、若い女性中心に作った方がいいかもしれない。特に、非食品の土産物は、「雑貨」の部類。雑貨を買うのは女性だから。
 

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2016年7月24日 (日)

蝉の大合唱

朝は比較的涼しい日が続いているが、蝉の声は朝から聞こえる。多くはクマゼミだろう。この声が暑さを徐々に感じさせるようになる。一定の時間になると、蝉の大合唱が始まる。テレビの音声も、かき消される。止む無く、スイッチを切って、雑草取りにかかる。
 
どうも、蝉は、わが家周辺が一番鳴いている模様。蝉は樹種を選ぶのかなと思っていたが、よく見ると、あらゆる樹種に蝉の抜け殻がある。特に、選んでいないようだ。水やりを始めると、一斉に逃げていき、いつの間にか、また戻って来る。
 
ところで、ある新聞の投書欄に、子どもさんが持ち帰った荷物の中に蝉の抜け殻があり、大声を上げたと若いお母さんの話が載っていたが、わが家の近くには、腐るほど蝉の抜け殻がある。そんなものにいちいち驚いていたら、生きていかれない(笑)。
 
蝉の他に、バッタ、トカゲ、ヤモリ、いろんな蝶や蜂もいる。時々、蛇も登場。警戒心が強い楽しい奴らだ。もちろん、毒蛾やスズメバチや、いろんな害虫もいる。でも、これらとも付き合い方を間違わなければ、被害も最小限に収まる。
 
もっと自然や昆虫を理解して、付き合ってほしいと思う。そうしないと、子どもさんが自然と向き合わなくなるよ。

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2016年7月23日 (土)

マスコミは権力に批判的であるべき

最近、マスコミは、権力に対して、遠慮がちだ。局によっては、権力に迎合して、おもねている。しかし、マスコミが権力を批判できなくなるとマスコミの存在の意味はない。現在の放送法の問題と権力側の圧力があるのかもしれない。
 
しかし、権力側は、本来、マスコミの批判を謙虚に受け止めるべきであろう。権力を握ると、見えない部分が多くなる。自己陶酔すると、「裸の王様」になりかねない。周囲が悪い話は持ち込まないからだ。
 
権力の周辺が、権力者に耳障りが悪いから権力でマスコミの発言を封じることは簡単だが、それは、いずれブーメランのように権力者に降りかかって来るのは歴史的事実だ。権力を持つ者は、視野を広くして、器を大きくする努力が求められる。
 
マスコミは、常に権力に批判的であるという原点に戻るべきだろう。権力と結びつくマスコミは、権力者にとっても危ない存在だ。また権力者は、マスコミの批判が嫌で、広く国民の声が聞こえなくなったら、自らの地位が危ないと覚悟すべきだろう(ただ、大抵は、気づかず、手遅れになりがち)。

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2016年7月22日 (金)

映画に見る結婚観~映画 『裏窓』

昔、テレビで視たことがある映画 『裏窓』を久しぶりにDVDで鑑賞した。原題は、“Rear Wiindow”。1954年の制作だから、若い方はご存じないかもしれない。あのアルフレッド・ヒッチコック監督で、主演は、ジェームズ・スチュアート、グレース・ケリー。グレース・ケリーは、後にモナコ王妃になった。
 
話の展開は、貧乏雑誌カメラマンのジェフ(ジェームズ・スチュアート)が事故で左足を骨折し、下町のアパートで療養中。よって、閑で仕方がない。ただ、見るともなく見える向かいのアパートを毎日見ていた。そこには、幾組かの男女の生きざまが見える。それが結構、面白くて、少し覗き見気分。
 
ある日、一組の夫婦の妻が病気がちだったが、急に見えなくなった。夫の動きも挙動不審。そこから彼の推理が始まる。恋人や友人の刑事を巻き込み大騒ぎになるというもの。
 
さて、今回、取り上げる話題は、毎日、彼のところにベテランの通いの看護師がやってきて世話をしているが、彼と交わす会話が面白い。彼には、恋人のリザ(グレース・ケリー)がいるのだが、リザは、金持ちの娘なのに、聡明で美人で性格もよく、非の打ちどころがない。
 
ところが、彼にすれば、それが却って不安にさせる。それに、いわゆる格差婚になるので、彼女に、ああだこうだと理由をつけて、結婚を言い出せない。看護師も、彼らの恋愛事情を知っていて、彼の煮え切らない態度に対して、批判的にものを言う。「昔は、好きあった者同士なら一緒になったのに、今は、難しいことを言って、まわりくどいことをやっている」等々。
 
また、彼とリザとの会話も面白い。彼女の方が彼にぞっこんなため、彼がどんなひどいことを言っても、こたえない。自分の関心事を除いては、適当に聞き流している(笑)。映画では、彼は、結局、最終的には、彼女のペースに乗らざらるを得なくなる雰囲気。現実にも、男は、女性に惚れられたら、勝ち目はないということかな(笑。注)。
 
*注 追記
 
ただ、このような結婚で、男が幸せになるかどうかは分からない。常に妻のペースに合わせざるを得なくなり、いずれ大きな不満を持つことになる。基本的に、尻に敷かれることを覚悟する必要がある。でも、男は、大概、そこまで器は大きくない。
 
結局、夫のプライドを適当に、くすぐる妻の絶妙なかじ取りがなければ、結婚生活は続かないということになる。こういった場合、女性も、それなりの覚悟が必要なのだ。
 

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2016年7月21日 (木)

パンの耳に思う

先日、ある喫茶店でサンドウィッチを買うと、パンの耳がついたままであった。そのため、結構ボリュームがある。家でサンドウィッチを作る時は、耳を落とすのを省いているが、まさか販売されているとは思わなかったので、少し驚いた。
 
なぜ「パンの耳」というかについては、諸説あるようだが、一般的に、「パンの端っこ」にあるところから来ていると理解されている。耳が顔の端にあるというのは面白い見方。それなら、パンの鼻や目があってもいいのだが(笑)。
 
それで思い出したのだが、子供の頃、母がよく、早朝、パン屋さんに行って、たくさんのパンの耳をもらってきていた。「パンの耳は、このように捨てられるんやけど、栄養が集まっているんやで」とか言いながら、嬉しそうだった。
 
それを適当に切って、油で揚げて、砂糖をまぶすと、おやつになった。そんなに美味しいとは思わなかったが、いつも走り回って遊び疲れてお腹を空かしていたこともあり、砂糖がついているので、それがうれしく、牛乳を飲みながら、よく頬張ったものだ。今は、パン耳は、どうされているのだろう。

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2016年7月20日 (水)

夏休み~姫路「桜山公園まつり」の開催案内

学生は、夏休み突入。町に子供たちが溢れるのかな。日ごろ、家にこもりがちの子供も、太陽の下で、元気に遊んでほしい。世間では、ポケモンGOが騒がしいが、おそらく、それよりも楽しい催しが姫路である。
 
それが「桜山公園まつり」。先日、新装オープンした姫路科学館、星の子館、こどもの館、姫路市自然観察の森が一体になった催しが、2016年7月23日・24日の両日開催される。詳しいことは、ネットで検索してほしいが、いろんな催しがたくさん。私の子供時代より、かなり豊富。羨ましい。
 
各施設をつなぐシャトルバスも運行するそうだから、それを利用して、多くの催しに参加してもらえばと思う。まず、ネットで催し内容チェック!!

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2016年7月19日 (火)

“You Light Up My Life”の歌詞を改めて確認

デビー・ブーンの“You Light Up My Life”の歌詞を確認しながら、改めて聴いてみた。直訳すれば、「あなたは私の人生を照らし出してくれた」となるのだろうか。邦題は、歌詞の内容から「恋するデビー」となっている。
 
1978年の歌だから、若い人はご存じない方が多いだろう。デビー・ブーンは、あのパット・ブーンの娘。パット・ブーンも、もちろん若い方はご存じないだろう。パット・ブーンは、甘い声で、当時の女性たちを魅了した。
 
さて、この歌の歌詞を一部取り上げると次のようになっている。
 
So many nights I sit by my window
 
Waiting for someone to sing me his song
 
So many dreams I kept deep inside me
 
Alone in the dark
 
but now You've come along
 
You light up my life
 
You give me hope
 
to carry on
 
You light up my days
 
And fill my nights with song
 
(以下省略)
 
一見、内容からすると、恋人に対する歌のように取れるが、デビー・ブーンは、「この曲は、私の人生の成功を与えてくれた神様に感謝する歌」だと言っているという。果たして、神様は誰だろうか。よく見てみると、この歌は、父親のパット・ブーンへの思いのように感じる。パット・ブーンは、娘の前で、よく歌って、元気づけていたのではなかろうか。
 
*追記
 
日本では、宝塚歌劇団出身の花總まりさんが、ファースト・アルバムで、この曲を取り上げている。彼女は、歌詞をどういう意味として捉えたのだろうか。少し興味のあるところである。

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2016年7月18日 (月)

姫路市は、滞在型観光に脱皮できるか

2015年度の姫路市入込客数・観光動向調査によると、姫路市内を訪れた客は、約1190万2千人だった。これは7年ぶりの大台。世界文化遺産の国宝姫路城のグランドオープン効果が続いた結果だ。入込客の内訳は、観光施設等入込客数が、664万6千人、まつり・イベント入込客数が、234万5千人、スポーツ・自然鑑賞等入込客数が、291万1千人となっている。
 
ただ、問題なのが、日帰り入込客が多く、全体の約7割だという。観光施設等入込客で見ると、市内宿泊施設を利用した訪問客は、15.4%の107万5千人に過ぎない。基本的に、姫路城を見たら、目的を達成したと思い、他所に移動されるのだ。これでは、観光による経済効果は薄い。それでは、滞在してもらえるように魅力ある姫路市にするためには何をすればいいのだろうか。
 
一、基本的に、大中小の催しを切らさない工夫が求められる。市内での催しに加えて、近隣地域との連携催し、提携市との交流強化等。2年ごとに大きいプロジェクトを目指す。また、いつ姫路市に行っても、何かやっているというようなイメージを植え付ける必要もある。
 
二、姫路城以外の観光の核となる施設及びその周辺の観光開発強化と周遊券の開発。基本的に、各種催しの継続的必要性と休憩施設・飲食店の充実が求められる。
 
    ①手柄山周辺
 
      手柄山遊園、水族館、温室植物館、平和資料館
 
    ②書写山周辺
 
      書写山圓教寺、書写の里美術工芸館
 
    ③桜山周辺
 
      自然観察の森、こどもの館、星の子館、
 
             姫路科学館
 
    ④姫路港周辺
 
      各漁港及び家島周辺クルーズ
             灘のけんかまつり等の秋祭り
 
    ⑤寺社仏閣周辺(仏舎利塔含む)
 
       京都並みとは言わないが、
 
                  寺社仏閣の観光整備開発
 
    ⑥その他
 
               姫路セントラルパーク、太陽公園、
 
               日本玩具博物館等は点にならず、
 
        周囲を巻き込んで面開発必要
 
 
三、地区ごとの各種観光催しの祭化と催し情報提供の多面的展開
 
    月ごとの催し情報パンフレットの発行や
 
        ネット情報提供
 
    基本的には「場」の提供がキーポイント。
 
四、移動手段の多様化の確保
 
    電車、バス、タクシー、貸自転車
 
    ①城周辺観光ループバス以外の展開
 
    ②既存の周遊バス割引のアピール拡大
 
    ③無料自転車貸し出し及び姫チャリ
            の各地域ごとの展開
 
    ④観光タクシーの柔軟な多様化プラン対応
 
五、旅行会社とタイアップして姫路観光の更なる公報強化
 
    「姫路観光フェア」を随時展開
 
    ただし、アピールする注意点としては、
         物産展と併設しないこと。
 
六、宿泊施設の連携強化
   量的な宿泊施設の確保
    ただし、市内だけにとらわれず播磨圏での調整要
 
   宿泊施設の催しの連携と調整
 
   各種体験型催しの推進
 
          日本文化の体験
 
      茶道、華道、着物
      武道
 
      日本の古き遊び体験等
 
     ものづくり体験
 
      各種手作業を伴うもの
       練り物、和菓子作体験等の推進
 
七、播磨圏での宿泊産業フェアの定期的開催
 
    宿泊産業のレベルを上げるための催し。
 
    東京、大阪での催しより規模は小さくてもいい。
 
八、姫路観光ファンによる情報拡散を促す
 
    昔から、口コミが大きな意味を持った。
 
    現代情報化時代でも、積極的な情報発信
 
    姫路観光ファンを登録してもらう
 
     優先的に催し情報等を提供
 
     ブログ、フェイスブック、ツイッター、
 
     インスタ等で拡散
 
九、市民を含めた対観光客対応・教育
 
    観光客を迎える意識の向上
 
     各種サービス内容の充実
 
     ホスピタリティー(おもてなし、接客)の改善
 
      そのための教育・訓練機会の増加
 
以上
 

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2016年7月17日 (日)

宮家邦彦は、国民にとって危険人物

元外務官僚の宮家邦彦は、マスコミで民主主義にとって危険な発言をしている。
 
 「東京五輪のテロ対策として基本的人権の制限も必要」と。
 
もっともらしく聞こえるが、このような発想をマスコミで発言することは決して許されることではない。大体、元外務官僚の発想としては非常に貧困。
 
このような基本的人権の制限は、全面的な基本的人権の無視と何ら変わることはない。このような発想をする人がいるということは、この国も危なくなってきたと言えなくもない。
 
*追記
 
今後、彼をマスコミに登場させてはならないだろう。マスコミの見識が疑われるからだ。
 
*2016年7月20日追記
宮家氏は、未だマスコミに登場している。
*2016年9月11日
マスコミは、相も変わらず宮家氏を登場させている。フジテレビや読売のセンスが問われる。彼が所属しているキャノングローバル研究所もいい加減、彼と契約を解除すればいいのに。当面、キャノンの製品は買わないと決めている。それに商品も、そんなに良くない
し。
*2016年11月11日追記
またマスコミは、外交について彼に論評を求めているが、ほとんど見当違いのことを発言している。いろんな意味で、彼にはマスコミを卒業してもらおう。いい加減にマスコミも目を覚ませと言いたい。
*2017年1月8日追記
大体、テレビに出演する外交評論家は、いい加減な人物が多いが、宮家邦彦も、その一人だ。もう少し、まともな外交評論家はいないものか。頓珍漢な発言が多すぎる。本当に外交官僚だったのだろうか。
 
 

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世にも不思議な物語~『閲微草堂筆記』を再読

世の中では、不思議なことが起こっている。「不思議」の範囲は、各人の認識で違うかもしれないが、古典には、不思議な物語で溢れている。現在の日本でも、注意深く観察すれば、いろんな不思議の発見があるかもしれない。
 
中国の古典で見れば、まず『聊斎志異』がある。それの双璧をなすものに、日本では、あまり知られていない『閲微草堂筆記』(紀昀著。前野直彬訳。平凡社刊)がある。先日、それを再読。霊感の強い人等から見聞きした話を集めている。これからの季節に相応しい。ほとんどが短編で、ちょっとした空き時間にでも読めるのがいい。

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2016年7月16日 (土)

『姫路城現代美術ビエンナーレ2016展』を観覧

『第五回姫路城現代美術ビエンナーレ2016展』を観覧してきた。ビエンナーレと言うと、神戸ビエンナーレが比較的有名であったが、規模を大きくしたのが禍したのか、お金が集まら無くなり最近中止している。
 
それに比べると、姫路のビエンナーレは規模も小さく、余程のことがない限り、継続は可能だろう。その目標は、次のように示されていた。
 
「展示された美術作品の持つ個性豊かな感覚、力に接することによって市民生活の活力となり、人々の心の潤いになればと願うものである。この関西の姫路という場で、市民、美術家と行政によって運営する美術展を開催することを趣旨とする」と。
 
さて、今回の展示は、日本とイタリア国交150年ということもあり、イタリアから20名の参加を得ている。やはりイタリアの感性は、いつ見ても面白い。日本人では、なかなかできない発想だ。
 
日本人の作品では、個人的には、竹村京子氏、元木昭治氏のものに注目した。両者の作品はともに、それぞれのデッサンに異なる色彩付けをして作品にしているのだが、色によって、受ける感じは全く違う。それが単純に面白いと感じた。その他にも、いろいろ展示されている。各人の感性で受け止めてほしい。
 
場所は、イーク゜レひめじ1階 姫路市民ギャラリー。観覧無料。図録200円。図録を見て、作品のよさがわかったものもある。2016年7月24日まで。
 
*追記
 
ただ、現代美術も、作品によっては室内展示に留まるのは、限界も感じる。市内の各種施設と連携しながら、広がりを見せてほしいものだ。

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2016年7月15日 (金)

『日本国憲法』の持つ意味の再確認

自民党は、かねてからの主張は、「自主憲法」の制定であり、彼らは憲法改正とは言うものの、現在の「日本国憲法」の改正ではない。つまり、現在の憲法を廃止して、全く異なる憲法(正しくは、憲法とは言えないもの)を制定することをもくろんでいる。

自民党のホームページには、2012年に発表した「自民党憲法改正草案」が示されている。それを熟読してもらうと判ることだが、これは国民主権ではなく、国家主権を謳ったもの。要するには、権力者には都合のいいものだ。すなわち、国民が国家に統制されることになる。そういうリスクを抱えることを忘れないでほしい。

端的に言えば、戦前の「全体主義」へ逆戻りである。日本国憲法によって、権力が国民に渡ったのが不満と言う内容である。すなわち、大日本国憲法に戻して、国が権力を取り戻したいのだ。これには米国も危惧している(*注)。
 
日本国憲法は、主権在民、戦争放棄、基本的人権の保障を原則としているが、それを否定して、ひっくり返そうとしている。日本は、現在の日本国憲法に基づき、70年平和を維持してきた。そういう意味では、この憲法は成功していると言える。
 
今、自民党の目指しているのは、決して「改憲」というような甘いものではなく、現憲法を廃止して、全く新しい憲法(中身は憲法とは言えないようなもの)の制定を目指すものだ。若い人たちは、正しく憲法を理解し、政治動向に関心を持ってほしいと思う。
 
*注
 
日本が国家主義的憲法に改正すれば、米国は、日本と同盟する意義を失う。
 
*参考
 
若い人たちは、なかなか憲法に関心は向かないかもしれない。でも、憲法をしっかり理解しておかないと、将来、火の粉が降りかかってくることを覚悟すべきだ。主権在民、戦争放棄、基本的人権の保障は、一旦、失えば、取り戻すには、かなりの困難を伴う。
 
最早、憲法について、無関心ではいられないはずだ。ただ、憲法について、記したものは色々あるが、憲法学者の書いたものは詳細過ぎて、一般人には理解が難しい。一応、次の書籍を推奨する。
 
一、『増補版 憲法は、政府に対する命令である』(C.ダグラス・スミス著。平凡社刊)
 
二、『いま知りたい日本国憲法』(東京新聞政治部編。講談社刊)
 

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2016年7月14日 (木)

女性の飲酒について考える

個人差はあるけれど、女性の体質は、酒に強いようにできているという。最近は働く女性も多いので、仕事がらみで内外の飲酒の機会も多いかもしれない。時々、自ら、酒は強く底なしだと豪語する女性を見かける。更に地域によっては、子供の頃から仕込まれ、強い女性もいる。
 
かつて男も、ビジネスマンの条件として酒が強いことは必須とされた。どんな状況になっても、酒に溺れることなく、冷静に対処できることが求められた。接待漬けで相手に呑み込まれないにするためでもあった(*注)。
 
ただ、今は接待の形も変わりつつある。必ずしも宴席ということでもない。そうであるならば、女性に、それほど酒は必要はないとも考えられる。むしろ、女子会という集まりでの飲酒機会が多そうだ。
 
だが、飲酒は、将来、子供を生み育てるためには、女性には弊害も多い。それに、そういう女性をパートナーにすれば、酒代もバカにならない。酒飲みの女性は遠ざけるべし、という先人の言葉を若い男性諸氏は心に刻むべきかもしれない。
 
*注
 
本来は、接待は接待、ビジネスはビジネスと割り切れる沈着冷静な目が必要。それができないで酒に飲まれて、業者とずぶずぶの関係になって、やがて身を滅ぼしかねない。そうした例は過去に枚挙にいとまはない。
 

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2016年7月13日 (水)

おおさか維新の党は変われるか

2016年の参議院選挙では、おおさか維新の党は、大阪、兵庫では議席を獲得したものの、全国レベルでは不振であった。要因はいろいろあるだろうが、地域政党と見られたことが大きな原因と考えられているようだ。そこで、党名を「日本維新の党」に変えるよう検討しているらしい。果たして、本当に中身も変われるだろうか。

この党は、「大阪都構想」の実現を目指した党の成り立ちからして、地域政党と見られている。それが全国展開しても、なかなか有権者の理解を得ることは難しい。そこで、党名から「おおさか」を外すことを考えたのだろう。

ただ、名前を変えても、中身が変わらなければ意味がない。離合集散を繰り返した過程を見ると、主張は、かなり右寄りと考えられている。ただ、自民党と憲法改正のスタンスも異なるようであり、行政改革のための憲法改正を目指しているようにも見える。しかしながら、その主張は、ころころ変わるので、本当のところは分からない。

国民政党に脱皮し、全国の支持者を得るには、いろいろ手を打つ必要があるだろう。現段階で言えることは、行政改革に重点を置き、後は規制緩和、構造改革といったような景気の好い時に必要な政策を掲げている。ただ、大阪レベルでの政策の考え方と全国レベルでの政策の考え方は必ずしも一致しない面を、どのように調整するのか。

また、現代表は、「あんちゃん(関西弁で、遊び人)」風に見え、金貸しの風貌を持ち、話し方も嫌みな感じだ。大阪以外では違和感を感じる人は多いだろう。よって、代表は、彼には悪いが、クリーンなイメージに変えた方が得策だろう。

いずれにせよ、党名を変えたぐらいで全国に支持層を増やすことは難しい。行政改革で実績を挙げて、党勢を拡大するつもりだろうが、行政改革は、生半可なやり方では、難しい。政党としての背骨をしっかりして、地域に寄り添い、地道な活動が求められる。

 

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民進党の選挙戦略の問題点

民進党は、2016年の参議院選挙では、旧民主党時代より復調したかに見える。与野党のバランスのためには、民進党が、それなりの勢力を持つことが必要と思うが、その選挙戦略は、自民党と比して、かなり拙いようにに思う。他党と組まなければ選挙に勝てないのは、選挙が、かなり弱い証拠だろう。一応、一般人から見える弱点を記しておこう。
 
一、基本的に、日頃の地方での地道な支持層拡大への努力が足りない。そこには具体的な経済戦略や具体的活動も求められる。単に口だけの「雇用を増やせ」では、誰もついてこない。
 
二、不思議なことだが、地域によっては、選挙活動が停滞、不活性なところがある。選挙活動せずして、当選できると思っているのだろうか。地道な選挙活動ができていない。
 
三、労働組合等から支持を得るため、彼らの代表を立候補者にしているが、これは時代遅れ。彼らに政治センスがあるとも思えない。それに仮に議員になったとしても、一般市民に訴求する政治活動は皆無に近いから、支持層を厚くできない。
 
四、比例代表に無名な人か多すぎる。選挙区ではないのだから、それなりの知名度がなければ、選挙公報を見ても有権者にアピールできない。もちろん、それは芸能人やスポーツ関係者を候補にせよという訳ではない。それなりの各分野での知見は必要だが、名の通った候補者を入れることも考慮に入れるべきだろう。
 
五、折角、党中央では、公約を掲げているのに、選挙戦が始まると、「あれもやります、これもやります」と公約以外の様々なアピールをして、公約がぼやけてしまって、有権者に訴求できなくなっている。焦点を絞り、有権者にわかりやすいアピールをするため、シンプルに首尾一貫性が求められる(ただし、都市部と地方とはアピールするものを変えることも忘れてはならない。都市部と地域とでは、課題が異なる)。
 
六、選挙中だけでも、党内の意思統一を図るべきだろう。意見の分散は、有権者を戸惑わせる。外部からの問い合わせにも、「千歳飴」のように、どこから切っても同じ答えであることが必要だ。党内のブレは問題だ。
 
以上
 
 

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やはり必要なのはリベラル系保守新党

2016年の参議院選挙では、与党の自公が、一応、大勝したと報道されている。果たして、そうだろうか。支持政党が明確な選挙民を除けば、多くは、どの党に投票するか迷った人たちだろう。それに、実際、今回の選挙では、必ずしも支持政党に投票されていない。有権者の迷いが感じ取れる。
 
地元兵庫県でも、選挙区では、投票するに相応しい候補者は見当たらなかった。いろいろ問題を抱えていた与党候補には、投票できない。さりとて、野党候補にも魅力的な候補はいない。与野党共に、組織選挙に頼り過ぎて、一般有権者には、何も伝わらない。
 
せいぜい、辻立ち演説で頑張っていたのは、おおさか維新の会の落下傘候補ぐらいだ。おおさか維新の会全体の主張は、その成り立ちから未だ定まらない感じがするが、有権者は彼の姿勢を評価した。
 
選挙運動の基本は、辻立ちだろう。そのことを忘れた政党が多すぎる。これが選挙をしらけさせるのだ。野党は、与党より、もっと努力しなければならないのに、与党と同じことをやっていては、勝てる勝負も勝てない。
 
そして、以前にも述べたが、感じるのは、やはりリベラル系保守新党の必要性であろう。関西では、結局、投票に迷った人々が、おおさか維新の会や公明党に票が流れた。この評価は別にして、新しい受け皿として新党が望まれる。
現在の自民党は、国家主義的反動右翼の傾向を強めており、欧米の海外のマスコミからも警戒をされている。今回、それに対する動きがなかったわけでもない。それが憲法学者の小林節氏が起こした「国民怒りの声」だ。
 
選挙公報から見る彼らの主張は、以下のようになっていた(文章は一部編集)。
 
一、メディアへの介入に反対し、自由な言論報道の回復を目指す
 
二、消費税の再増税に反対し、まず行財政の無駄をなくす
 
三、辺野古新基地建設に反対・中止し、アメリカと再交渉する
 
四、TPPへの参加を反対し、再交渉の上、日本の国益を守る
 
五、原発の再稼働に反対し、新エネルギーへの転換を促進する
 
六、戦争法と関連予算に反対し、子育て、教育、雇用、福祉の充実を図る
 
七、憲法改悪に反対し、人権・平和国家ブランド発信を続ける
 
これらの主張には多くの人の同意が得られるはずだった。彼は、その経歴からして、保守派の人だが、その発想は、中間層の標準的な日本人のものだ。但し、準備不足と学者の政治戦略の拙さから、今回の選挙では多くの支持をえられず、議席の獲得には至らなかった。
 
彼の主張を政治レベルに高めるには、やはりプロの政治家が必要だろう。彼は政党の代表顧問に就任すればいい。いずれにせよ、早く彼の考え方を広げられるリベラル系保守新党が望まれる。消極的自民支持層、無党派や中間層の一定の支持を得られるはずだ。
 

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2016年7月12日 (火)

一風変わったドラマ 『神の舌を持つ男』

先週から放送が始まった『神の舌を持つ男』(TBS)は、少し変わったドラマだ。特別の舌を持つ男が、難事件を解決していくのだ。何気なく、題に惹かれて視たのだが、ドラマの展開が従来のテレビドラマと明らかに違う。
 
それはなぜかと考えたが、どうも舞台風なのだ。舞台で演じれば、多分そうなるだろうなと思わせる手法。大げさなリアクション、大げさな表現、持って回った言い方、それらが組み合わさって、喜劇風サスペンスの感じだ。
 
強いて難点を挙げれば、劇場のように直に笑いが取れないことだろう。ただ、新しい試みは評価できる。もし、許されるなら、この脚本に基づき、素人が舞台で演じても面白いだろう。学祭などでやっても面白いかもしれない。
 

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2016年7月11日 (月)

気になる若い世代の保守化

参議院選挙が終わった。結果は、ほぼ予想された通りだ。ただ気になることがある。若い世代(10代、20代、30代)の多くが与党の自民党に投票していることだ。これを何を表しているのだろうか。一般に、若い頃は、革新思考が優先し、年齢を重ねるごとに保守化していくのが自然だ。
 
ところが、今回の投票行動を見ると、与党の自民党に多くを投じている。野党がだらしないとみるべきか。しかし、若い世代でも女性は比較的野党に投じている。ということは、若い男の世代が、若さがなく元気がないと見るべきかもしれない。あるいは思考が停止気味なのかもしれない(*注)。
 
これは裏を返せば、為政者にとって非常に都合がいい。若い人たちは自分で考えるより情報に流されやすい面がある。マスコミをコントロールして、現象を煽って政治の稚拙さの真実を隠す。若い世代は、権力に対して批判精神を持つべきだろう。そうしないと、真実を見る目は養われず、未来は危うくなる。
 
*注
 
若い時に、保守化してしまうと、彼は思考停止し、一生、革新的発想はできなくなる。結果的に、縮こまった考え方に固執するようになり、権力への批判精神は育たないので、他者(権力)に従属せざるをえないようになる。
 

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2016年7月10日 (日)

投票は習慣

本日は、参議院選挙投票日。私は期日前投票をしたので余裕(笑)。若い人の中には、投票を難しく考える人たちがいるが、まず投票することが大事。もちろん、投票する意味は、たとえ一票でも、いずれ自分の身に降りかかってくると判る。
 
投票所に行くことをためらわずに、まず行ってみる。投票自体は、きわめて簡単。システムが出来上がっている。事前に誰に投票するか決めていく方が多いと思うが、どうしても迷えば、白票を投じるのもいい。これは棄権と同じではない。
 
それに今は、「期日前投票」というものがある。これは投票日前に、有権者の都合に合わせて、事前に投票できるシステムだ。これだと私生活に影響なく、投票できる。私は、ほとんど期日前投票している。これだと投票日当日、何かの都合で投票できなくなる懸念がなくなる。若い方は、是非、検討しほしい。
 
まず、はじめはゲーム感覚でもいいから、投票行動を起こして習慣化することが大切と思う。いずれ、その後の結果(投票した候補者が当選するのかどうかとか、投票した政党の票が伸びているのかどうか等)が気になるようになる。そうなれば、しめたもの。いずれにせよ与えられた権利の行使は大切だ。
 
 

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2016年7月 9日 (土)

王安石の漢詩 『初夏即時』を読む

宋代の王安石は、宰相に抜擢されて、抜本的な行政改革を行う。一般に新法派と呼ばれている。これに対して、旧法派の蘇軾らに巻き返されて、失脚した。王安石は、一般に切れ者の政治家と思われているが、詩人の側面もある。
 
彼の有名な漢詩に、失脚した後の晩年の作と言われている『初夏即時』がある。中国の自然と日本の自然は異なるが、今の時期に相応しい題だ。なお、自らを追い落とした年下の政治家の蘇軾とは交流があり、蘇軾は王安石を尊敬していたという。
 
 石梁 茅屋 彎碕有り
 
 流水 濺濺として 両陂を度る
 
 晴日 暖風 麦気を生じ
 
 緑陰 幽草 花時に勝れり
 
「臨んで見るに、石の橋、茅葺の家、そして川岸は曲がりくねっている。水は、さらさらと二つの堤の間を流れている。晴天の中、むっとする暖かい空気の中に、麦の匂いが漂う。緑豊かな木陰や誰知ることない草たちは、花が満開に咲くころよりはるかに美しい」ぐらいか。
 
田舎に隠棲して達観した感じかな。政治家として頑張っていた時期より、恬淡として、自然体で、あるがままに自然を見ることができるようになり、心が落ち着いていることを表現しているのかもしれない。
 

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2016年7月 7日 (木)

参議院選挙後も、引き続き株価下落か 2016

長期的に下落基調とはいえ、日本の株式市場は下落に次ぐ下落が続いている。この流れは、しばらく変わらないかもしれない。俗に、安倍バブルは終わったと言われている。また、選挙で与党が勝てば、一時的に上げても続かず、更に下落していくことが予測されている。
 
過去の選挙後の動きは、景気対策を政府に求めるため下落すると言われてきた。しかし、国に打てる政策は、過去の政策が禍いして、はっきり言って最早ないに等しい。そこを無理に、追加政策を投じれば投じるほど泥沼に落ちていく(*注1)。
 
仮に与党は参議院選挙に勝っても、難しい政権運営を迫られるだろう。本来は、与党の政策をすべてひっくり返すぐらいの勢いが野党に必要だが、今のところ、それも見えない。いずれにせよ、国民は政策転換を望んでいる。
 
少なくとも、今は規制緩和や構造改革ではないことは明らかだ(*注2)。そんなことを未だ主張する勘違い政党や議員がいれば、いずれ消えていくだろう。
 
*注1
 
日本銀行による更なる金融緩和を期待する向きもあるが、今後、そんな大きな金融緩和はできないだろう。また財政支出にも、今の財政状態からすれば、無理がある。今年度の税収は大幅減が予測されているからだ。むしろ、マイナス金利政策の撤回が望まれる。
 
*注2
 
もちろん古い規制は見直ししてもいいが、撤廃はしてはいけないだろう。むしろ、新しい規制で、新市場を創造する発想が求められる。海外から構造改革を求める声はあるが、これらは海外にとってもメリットはあっても、日本にとっては、むしろ害の面が強い。国益を考えるべきだ。
 
 
 

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杜甫の漢詩 『江村』を読む

久しぶりに漢詩を取り上げてみる。今回は、有名な杜甫の漢詩 『江村』。杜甫は戦乱に巻き込まれた長安を逃れ、成都に行く。浣花渓(かんかけい)の川のほとりに草堂を営んだ時の漢詩だ。
 
 清江 一曲 村を抱いて流れ
 
 長夏 江村 事事幽かなり
 
 自ずから去り 自ずから来たる堂上の燕
 
 相親しみ相近づく 水中の鷗
 
 老妻は紙に画いて棊局を為り
 
 稚子は針を敲(たた)いて釣コウ(金偏に勾)を作る
 
 但だ故人の禄米を供する有らば(*注)
 
 微躯 此の外に更に何をか求めん
 
今の時期に当てはまる漢詩だと思う。解釈は不要だろうが、念のために記す。
 
「曲がりくねった清流が村を抱きかかえるように流れている。日の長い夏の川辺の村は、何も存在しないくらい本当に静かだ。草堂の軒端に巣を作っている燕だけが、せわしなく、行ったり来たりしている。そうかと思えば、水中に戯れる鷗だけが、人がいると近づいてくる。老妻は、紙に碁盤の目を描き、幼い子供たちは、針を曲げて釣り針を作っている。古い知り合いから、禄米を少しでも分けてもらえば、つまらぬ身には、これ以上何も求めない」くらいの意か。
 
まるで隠居した人のような淡々とした生活。でも、戦乱に巻き込まれるよりはいい。平和の有り難さを詠った漢詩と言えよう。ただ、杜甫の場合、ここに落ち着くことなく、漂泊の旅を続ける。一か所にじっとしておれない性格であったのだろう。
 
*注
 
この部分が、「多病須(ま)つ所は唯だ薬物」となっているものもある。ただ、ネットで検索すると中国語では、このようにはなっていない。
 
 

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2016年7月 6日 (水)

七夕の歌

明日7月7日は、一応、七夕。でも、七夕は、季語では秋。本来、西暦では、この日は七夕は似合わない。関西は、一か月遅れの8月7日。その方が、旧暦に近い。そのことは無視して、今回は、七夕からみの和歌を取り上げてみる。
 
古典に、いろんな和歌が紹介されているが、今回は、古今から次の二首を取り上げてみよう。
 
 ひさかたの 天の河原の 渡し守
 
   君渡りなば かじ隠してよ
 
 契りけむ 心ぞつらき たなばたの
 
   年にひとたび あふはあふかは
 
解釈は不要だろう。前者は、女の立場から、後者は男の立場から詠っている。

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2016年7月 5日 (火)

うざい政党のネット広告

参議院選挙のために、選挙公報以外に、新聞や折り込みチラシに入るようになった。ただ若い人は、新聞を読まないと聞く。そこで某政党は、ネットで盛んに広告を出しているが、同じ内容で、中身がなく、うざいとしか言いようがない。
 
期日前投票をしたが、センスのない、この政党は外した。なんでもかんでも、ネットに広告を流せばいいというものではない。有権者をバカにしたような広告は止めるべきだろう。

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中国の昔の名医の話

出典は不明だが、中国に、名医に関する次の話がある。但し、事実かどうかは判らない。創作の可能性もある。そのことを踏まえて、以下に紹介する。
 
中国の、ど田舎の県に、張何某という男がいた。家は貧しく、常々何か仕事で儲けたいと思っていた。ただ、いろいろ挑戦するが、うまくは行かなかった。その彼が、ある時、道で道士に出会う。
 
道士は、彼の顔を見て、「お前さんは、術を職業にすれば成功する」と言う。「それでは、一体、どのような術を、もとに商売をすればいいのでしょうか」と問うと、道士は、「医師がいいだろう」と薦める。
 
ところが、彼は、「医師なんてとんでもない。貧乏人で、文字も読めない。医書も当然、読めないから理解もできない」と言うと、「だから駄目なんだ。字を多く知っていて、医書を読みこなしていても、必ずしも名医とは言えないだろう。医師の目標は何だ。患者の病気を治すことだろう。病気が治せればいいのだ。騙されたと思って、やってみろ」と言う。
 
そこで、彼も、やる気になって、医者の真似事を始める。民間療法や草根木皮の類を集め、医者の看板を上げる。現在の日本では、医師法違反になるが、昔の中国は、そういうことはお構いなし。今の漢方薬屋のように、各種民間薬を並べ、患者が来ると、適当に見立てて、調合するが、不思議と苦情はない。
 
そうこうするうちに、某府知事が重い咳の病気になり、各地に命じて、名医が呼び集められる。張何某のいた田舎県だったので、もともと医師の数も少なく、府知事の命を恐れた県知事は、数合わせに無理やり医師を選出される。どういうわけか、彼も選出されてしまう。
 
ところが、当時、彼は、ひどい喘息に悩まされ、「私のような田舎医者に、とても勤まる役目ではありません。もっと有名な医師を呼んでください」と一旦断りを入れるのだが、却って、名医こそ、そのように謙遜するものだと思われて、逃げられなくなる。
 
役人に付き添われて、府知事のところに行くことになったが、山越え谷越え、長い道のりであった。喘息がある上に、慣れない旅なので、喉は乾くし、喘息の発作も起こる。ある村に着いて、水を所望しても、水に乏しい地域なので提供してもらえない。しばらく行くと、一人の女が、桶で菜をわずかな水で洗っていた。
 
黄色く濁って、とても飲める代物ではなかったが、喉が渇いていた彼は、彼女に頼み込んで分けてもらう。それを一気に飲んで、しばらく休んでいると、喘息の発作が、ぴたっと止んだ。彼は、菜を洗った水に効果があると悟った。それから更に旅を続けると府知事のいる場所に着く。
 
そこでは、すでに集められた医師による治療が試みられたが、全て失敗していた。最後に呼び出された彼は、密かに様々の野草を摘んでこさせ、誰も入らぬようにして、部屋に閉じこもり、野草を洗い、その濁り水を府知事に提供する。そうすると、なんとしたことか、少しずつ咳が収まり、二杯目を服用すると、咳は、ほとんど止んでしまう。
 
府知事は大変喜び、礼として大金を渡し、医術を高く評価する額まで与える。それを機会として、張の名声は響き渡り、門前、市をなす状況になる。彼は以前同様、あてっずっぼうに調合するのだが、不思議と病気がぴたりと治る。ある患者には間違った処方をしたにもかかわらず、治ってしまった。
 
しかし、それからの張が賢いところは、有名になるに従って自重する。すなわち、金持ちや名家以外、診察しなくなる。この結果、一生、ぼろを出すことなく名医で終わったということだ。
 
最初に記したように、この話は事実かどうかは分からない。ただ、大昔であれば、可能性は、ないでもない。この男の優れたところは気づきがあったことだろう。現代の医師たちは検査データに基づき、機械的に病気を見ている。また薬の処方も、製薬会社や薬剤師任せ。変な分業が医療をダメにしているかもしれない。
 

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2016年7月 4日 (月)

努力の積み重ね

ある女優さんが、「努力の積み重ねは大切」とブログで記していた。確かに、どんなに能力が高くても、努力を怠れば、成果はでない。
 
「努力」の「努」の文字は、「女の又の力」と書くように、子供を出産する時の力を表しており、そこに、更に力を加えている。男には、女性が出産する時の力というものはなかなか理解できないが、文字になるくらいだから、相当の力が必要と判る。
 
更に、能力が劣れば、人一倍努力をすることを迫られる。私も、子供時代、母から、「お前は、頭は悪くないと思うけれど、ハンディがあるから、人一倍努力しないといけないよ」と度々言われた。そういうと、学校卒業時に頂いた楯も「努力」の文字が刻まれていた。
 
ただ、なかなか成果が出ない時は、努力することに疲れてしまったこともある。そういう時は、往々にして無駄な努力をしている場合が多い。つまり方向性とは違う努力しているのだ。成果が出るはずがないのだ。それに気づかず、回り道したこともある。
 
でも、サキャは、次のように言っている(サキャについては、以前記したので、ここでは説明しない)。
 
 努力を止めてしまった者は、
 
 この世でも、あの世でも何もできない。
 
 努力なしには、いい畑にも
 
 作物は実らない。

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2016年7月 3日 (日)

幼児教育の基本

最近は、幼児教育(満6歳未満、小学生に上がるまで)として、いろんな教育がされているようである。あるところでは、特別な英才教育で集中力を養うことをされていた。別のところでは英語教育に熱心だという。私の子供の頃とは、全然違う。確かに、お金持ちの家は、家庭教師を雇うなどしていて、いろんな情操教育をされていたように思う。
 
しかし、最近は、幼児に、いろいろ詰め込み教育をされていると感じる。更に情報機器の活用により、子供たちが、それらに支配されることも起こって、子供らしさが失われている。これらを使うと、結局、屋外で活動する時間が減り、自らの発見能力の機会が失われる可能性がある。
 
諭吉は、「身体の発育こそ大切なれ」として、次のように述べている。「子供が生まれた時は、人間の子もまた一種の動物であると観念して、賢いか愚かであることは考慮せず、もっぱら身体の発育を大切にして、牛馬や犬猫の子を養うのと同じに考えることである。
 
衣服・飲食の加減、空気・日光の注意、身体の運動、耳目の訓練など一切動物の飼育法にならって発育成長を促進し、動物の体と同じ身体の基礎ができた上で、徐々に精神の教育に進むべきである」と言っている。
 
彼は、「身体は人間第一の宝」として、早くから精神に負担をかけてはならないとしている。身体が出来上がってから、子供の持つ資質は、より分けてもいい訳で、あまり早くから、いろんな教育を詰め込むのは、子供にとってストレスを受け、災難と言える(これを教育虐待と言うらしい)。
 
基本的に、例えば、一を聞いて十を知る資質は、いずれ発現するので、身体が出来上がっていない段階で、親の思い込みでする早期教育は、あまり意味がない。せいぜい、日頃から、注意深く、子供の資質を観察して、必要なものを与えるのが、親の役割であろう。
 

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2016年7月 2日 (土)

起業の心構え

若い頃、起業するには、どうすればいいのか、学びに行ったことがある。そこでは、経営コンサルタントや中小企業診断士、社会保険労務士等によって、かなり詳しく説明された。話の内容は、もう忘れたが、問題は、彼らが皆、士業で、起業の経験がないということであった。だから、どうしても説得力に欠ける。ぼやけた話に終始した記憶がある。
 
これから起業する人に、もっとシンプルに説明できないものかと思ったものだ。彼らはお金をもらっているがゆえに、与えられた時間いっぱいに、専門的な、いろんな話を盛り込むのだろうが、結局、分かりにくいの一語に尽きる。
 
後で、渋沢栄一の書いた書物を読んだが、この方が極めてわかりやすい。それを以前にも取り上げたような記憶があるが、一応、若干解説を加えて紹介しておこう。彼は、「起業」のことを「企業」と言っているが、内容は同じだ。それが次の四か条のもの。
 
一、その事業は、果たして、成立すべきものなるや否やを探求すること
 
要するに儲かる事業になりうるかということ。経営環境、事業環境、ビジネスシステム、競争環境を加味して、採算が合う事業になるか。
 
二、個人を利するとともに、国家社会をも利する事業なるや否やを知ること
 
おおよそ、税金が納めることができない事業は失敗の類に属する。起業時は、節税しても、事業継続することがてきて、地元社会や国家に貢献できるか。
 
三、その企業が、時機に適合するや否やを判断すること
 
要するに、チャンス・タイミングに合っているかということ。どんなに筋のよいビジネスでも、チャンス・タイミングを逃せば、事業は、成功しない。
 
四、事業の暁において、その経営者に適当なる人物ありや否やを考うること
 
自身が経営者に相応しい資質を持っているか。まず営業能力は欠かせない。その上で、それを支えてくれる参謀・人材がいるかどうか。基本的には、営業、財務・管理業務の分担は必要だ。なお、起業で、財務・管理業務系のトップは、あまり成功しない。
 
渋沢の指摘は、もっともだと思う。起業を志す人は参考にしてほしい。

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2016年7月 1日 (金)

環境省は環境汚染省か

環境省は、東京電力福島第一原発事故に伴う除染廃棄物を巡り、放射性物質濃度が基準以下になった土などを全国の道路や防潮堤などの公共工事で再利用する方針らしい(*注)。何をか況やだ。全く無神経としか言いようがない。
 
同省の試算では、再利用後、放射性物質として扱う必要がなくなる濃度に減衰するまで170年かかる、としているのにである。そういうことを知っておりながら、除染土を全国にばらまくなど決して許せるものではない。環境省は、実際は、環境汚染(拡散)省と名を改めた方がいいのではないか。
 
*注
 
原子炉等規制法は、原発解体で生じる金属などの「安全に再利用できる基準(クリアランスレベル)」を放射性セシウム1キロ当たり100ベクレル以下と規定している。
 
他方、原発事故後に成立した放射性物質汚染対処特別措置法では、8000ベクレル超を指定廃棄物とし、同べくレル以下を「問題なく廃棄処理できる基準」と定めている。
 
要するに、ダブルスタンダード。それを誤魔化そうとするから、余計にややこしくなる。非公開会合で、議論を進め、国民には知らせなくてもいいという蓋をしようという発想。むしろ矛盾するものは、官僚の不作為の結果とは言え、オープンに議論することが大切だろう。
 
*追記
 
除染による汚染土について。
 
住宅地などの地表面をはぎ取った汚染土は、フレコンバッグなどに入れ、現場の地下に埋設保管されているほか、自治体などが設置した仮置き場で集積保管されている。
 
推計で最大2200万立方メートルとされる福島県内分は、双葉、大熊両町に整備中の中間貯蔵施設で最長30年間保管後、県外で最終処分する方針だが、処分先などは未定。
 
福島県外では、栃木、千葉など7県で、計31.5万立方メートルが2015年9月末時点で保管されているが、今後の扱いは決まっていない(毎日新聞)。
 

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