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2016年8月21日 (日)

嚢中の錐(のうちゅうのきり)とは

少し前だが、夕食にお惣菜を食していて、食べる寸前、少し光るものが目に入ったが、少し酒も入っており、ままよと口の中に入れてしまった。口の中では、特に違和感はなかった。

しかし、数日すると、胃の中でチクチクする。ああ、あれは針であったかと推定。指切りして、嘘ついたら針千本とは言うけれど、昔、針の1本や2本食しても死なないとは聞いていた。だが、チクチク感は数日続き不安だった。そして5日目にして、やっと痛みは消えた。やはり食事は慎重にしなければならないと反省。それにしても、悪意によるものか不注意によるものか不明だ。

そういうこともあって、嚢中の錐という言葉があるのを思い出した。嚢(のう)とは袋のこと。昔のことゆえ、頭陀袋(ずだぶくろ)をイメージ。本来は、僧が首にかける袋だが、ここでは粗末な袋。錐(きり)は大工道具で先が尖っている。要するに、袋に錐を入れると、錐の先が出てしまうこと。

実は、この言葉、『史記』が出典だ。趙の恵文王の弟、平原君趙勝は、多くの食客を抱えていた。ある時、秦が趙の都、邯鄲を包囲する。そこで、趙は楚と同盟するため、平原君を派遣する。

その時、食客の中から、文武に通じた者を20名同行しようとするが、19名までは、決まったが、最後の1名が、なかなか決まらない。そんな中、毛遂という者が、名乗り出る。だが、彼は食客になっても鳴かず飛ばずであった。

平原君は危ぶむ。「有能な者は、ちょうど錐が嚢中にあるものの如く、その先が現れるものだ。しかしながら、先生は3年もいて、そんなに優れたという評判は聞かない」と。

それに対して、毛遂は、「私を嚢中に入れてくだされば、錐の先はおろか、頴脱(えいだつ)し出ていたでしょう」と切り返す。頴脱とは、「才能が群を抜いて秀でること」。そこまで言うのならと同行させる。そうすると、交渉は難航したものの、毛遂の説得で同盟が成ったというもの。

だが、実際は、嚢中の錐のように、人材を見分けることは難しい。人材の才能は形がないものゆえ、トップは部下の能力をなかなか見抜けないもの。また評判だけで判断すると間違うこともある。ある経営者は、日々の観察が大切と仰っていたが、それが正解なのだろう。でも、観察を怠って、針を食した流風は、駄目の典型かも(苦笑)。針は使うもので食するものではないことは確か。

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