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2016年8月14日 (日)

李白が先人を敬慕した詩

誰でもそうだが、先人や先輩を敬い慕う人物がいると、それが励みになる。李白の場合は、南斉の詩人、謝朓(しゃちょう)が、その一人であったようだ。彼が宣城の太守であった頃、町の北に一つ楼を建てた。李白の時代に、まだ、それが残っていて、彼はそこに登って、五言律詩を作っている。『唐詩選』にあるもので、題は、「秋、宣城の謝朓の北楼に登る」というもの。

 江城は画裏の如く

 山晩(く)れて晴空を望む

 両水 明鏡を夾(はさ)み

 双橋 彩虹を落とせり

 人煙 橘柚(きつゆう)寒く

 秋色 梧桐老ゆ

 誰か念(おも)わん 北楼の上

 風に臨んで謝公を懐(おも)わんとは

解釈が難しく、いろんな見解があるようだが、自分なりの解釈を示しておく。

「川沿いの風景は、まるで絵に描かれたような感じだ。山は暮れると、はるかに晴れ渡った空が見渡せる。二つの川の川面は、まるで両方から鏡を挟んだよう。川に架かる二つの橋は、沈む太陽を浴びて、鮮やかな虹色に染まっている。

また人家には煙が上がり、それがかかって、青いスダチとユズを寒々しく見せている。秋が深まる中、青桐の葉は、枯れている。ああ、誰が、このように思っただろうか。北楼の上で、この私、李白が、風に漂うように身を任せ、ここに立ち、かつて、謝公も、同じことをしたことを偲ぼうとは」ぐらいか。

李白は、時代は違えど、謝朓と同じ経験をできることを素直に喜んでいる漢詩と言えよう。それほど、彼は謝朓を敬慕していたということがわかる。果たして、謝朓とは、どんな人物で、どんな作品を残しているのだろう。今後の関心事でもある。

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