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2016年9月30日 (金)

暴風雨によって家の修理を迫られる

今年の度重なる暴風雨のため、古家の我が家は、少し大変なことになっている。そうかと言って建て替えの資力はないし、それでも、かなり大掛かりな修理が必要になる。経年劣化では保険も下りないらしい。

震災等で被災された人々のことを思えば、まだいいのだろうが、それでも気分は少し重い。しかし放置もできない。やれるだけのことはやろうと思う日々だ。

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女の五つの罪~『梁塵秘抄』より

『梁塵秘抄』に、次のような文言がある。

 女人五つの障りあり。

 無垢の浄土は疎けれど

 蓮華し濁りに開くれば

 龍女も仏になりにけり

不勉強で申し訳ないが、女性には五つの罪(五障)があると、仏教にあるらしい。五障があるため、梵天王、帝釈天、魔王、転輪聖王、仏心になれないとするようだ。

調べてみると、五障とは、楽欲障、瞋恚障、睡眠障、悪作障、疑惑障らしい。別の項では、「五善根」の「信、精進、念、定、慧」の障害になる「欺、怠、瞋、恨、怨」のことらしい。なんとなく分かる気がするけれど、ここでは、これ以上の説明を加えない。

上記の『梁塵秘抄』の文言の「龍女」とは、嫉妬心や猜疑心の強い女性で、結婚を嫌い独身者で満足する人を指している。ただし、龍女も、正しい信仰と陰徳を積むことで、普通の女性になることができ、結婚生活もできるとする。

『梁塵秘抄』は、後白河院が、民間の歌謡を集めたものだが、宗教的な教えが、当時の歌謡に既に取り入れられていたことを示すものだろう。ただ、現代人にも、多少参考になるかもしれない。

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2016年9月29日 (木)

熊本県による熊本地震被害額試算

熊本県から、熊本地震被害額試算(2016年9月14日時点)が発表されたので備忘録として記しておく。

一、総被害額 3兆7850億円

二、被害の内訳

   イ  住宅関連      2兆377億円

       全壊 8166棟、半壊 29225棟 

       一部損壊を合わせて約17万棟

   ロ  商工関連        8200億円

       工場設備やホテルの被災等

       旅行客のキャンセルなどの被害含まず

   ハ  公共土木施設         2685億円

       道路や橋などの被災

   ニ  文化財関連       936億円

       熊本城、阿蘇神社などの被害

   ホ  農地や農業用施設  1487億円

   へ  廃棄物処理関連     900億円

以上のように見ていくと、住宅関連の被害が特に大きいことがわかる。地方都市型の被害と捉えることができる。

*参考

北海道が8月から連続して台風の被害を受けているが、道は被害額を試算している。インフラや農業などの被害が大きく、総額2786億円としている。

内訳

 イ 河川     661億円

 ロ 農業     542億円

 ハ 道路     158億円

 ニ 水産      74億円

 ホ 林業      60億円

 ニ、国が所管する道路や河川

            824億円

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キンモクセイの花と剪定時期

昨夜は、またザーザーと激しい雨で、何度も目が覚めた。今年は、暴風雨がよくやってくる。あまり経験がないだけに、ちょっとびくつく。ところが、今朝起きて、ミニ菜園の方を見ても、以前のように水浸しになっていなかったので、少しほっとする。

そして、庭の方も、水はけがよく、水は溜まっていなかった。こちらも一安心。ふと見上げると、キンモクセイの花が咲いていた。雨の中、開花したのだろうか。いずれにせよ、そういう時期なのだ。季節を忘れず、自然はしっかり認識している。このキンモクセイの花が終わると、剪定時期になる。

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2016年9月28日 (水)

プリンシプルとルールについて

今回は、ある本(*参考)に啓発されて、プリンシプルとルールについて、記しておこう。この英語、プリンシプルは、principleであり、ルールは、ruleだ。外国語の翻訳は難しいのだが、日本人は、案外、これらの違いを混同して、十分に理解していない。一応、備忘録として記しておく。

一、principle 日本語表記 プリンシプル

  意味:原理、原則

      基本的真実、理由の基礎

      基礎的資源、最初の立案

      基本的に変更しない

      「考え方の同じ人や組織の中に発生」(*参考より)

      「状況に左右されない」(*参考より)

      「自律的」(*参考より)

二、rule 日本語表記 ルール

  意味:規則、規定、基準、規律

      行動に移す時の取り決め

      ルールは変えるためにある

      「考え方の違う人・組織間の決め事」」(*参考より)

      「状況に合わせて変える」」(*参考より)

      「他律的」」(*参考より)

*参考文献

   青木高夫著 『なぜ欧米人は平気でルールを変えるのか』

           (ディスカバー・トゥエンティワン刊)

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2016年9月27日 (火)

TPPは農業だけの問題ではない

どういうわけか安倍首相がTPPの承認案件と関連法案を早く成立させる方向で動いているらしい。しかし、米国を初め各国首脳は最早TPPに否定的だ。そう言わないと国内がまとまらないようになっている。

そんな状況下、日本だけがTPPを推進したところで意味はない。またTPPは、どうしても農業だけが話題になるが、実は、それ以外の問題の方が大きい。政府・自民党は農業に焦点を当てて論議していて、マスコミも、それに流されているが、肝心なことは無視されている。

政府も、意固地にならず、TPP推進の旗を降ろしてもいいのではないか。世界の状況は変わった。状況変化に柔軟に考える必要がある。

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品のない司会者たち

最近、テレビで、時事問題に限らず、司会者が絶叫型評論で強弁するのをよく見受ける(多いのは関西のテレビ局。主として読売テレビや関西テレビに出演)。彼らが、どれほどの人物かは知らないけれど、傲慢な感じを受ける。一体、強弁すれば受けると思っているのだろうか。もしそうだと言うなら、大きな勘違いだろう。

彼らは、フリーのアナウンサーであったり、実質お笑いを卒業した芸人だったりする。確かに、それなりに地位を築いたのだろうが、所詮、彼らの意見は狭い範囲での見解に過ぎない。深い教養による発言は、ほとんどない。マスコミは、いつまで彼らを放置し、くだらない番組を続けるのだろうか。

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2016年9月26日 (月)

素人の不動産経営は失敗する

大体、プロの不動産投資家でも、なかなか難しい不動産投資なのに、未だに素人の個人が不動産に投資して、火傷する例が後を絶たない。最近多いのは、親から相続する予定の遊休不動産の相続税を少なくするために、ローンを組んでアパート経営に乗り出すものだろう。

大体、アパート経営は、聞いた話では基本的に大変だ。まず良質の賃貸者を見つけなければならない。これがなかなかの難関。変な賃貸者に貸して、家賃の延滞が起これば大変だし、すぐに出て行ってもらうのも大変。最悪な場合、賃貸者が問題を起こせば、入居率に影響する。

仮にそれがうまく行っても、リフォームの必要に迫られる。かつては敷金から引くこともできたが、今は、いろいろうるさい。敷金・礼金を取らない不動産業者も多いから、自分のところも、それに合わせなければならない。

また現在は、地域によっては、アパートも空き室が多く、競争も激しい。それに賃貸環境が長期に安定するというのは甘い期待だ。当初予定ししていた賃料を獲得できるかどうかも危うい。ローンを組んでおれば、毎月の支払いにも影響する。

であれば、賃貸保証の不動産業者に任せればいいかというと、ことは簡単ではない。確かに、賃料は確実に入るが、各種費用を請求されるし、リフォームにしても、市場より見積価格が高い不動産業者指定の業者を使うことになる。

となれば、ほとんど手元にはお金は残らない。結局、ローンの返済分を持ち出しになる可能性も高い。要するに、不動産経営は、そんなに簡単ではないということ。他人任せにできるほど甘くない。

言えることは、仮に、不動産を相続しても、普通に相続税を支払って、終わりにするか、あるいは住む予定がなければ、売却した方がいいということになる。素人の個人は、業者の甘い言葉に乗って、安易なアパート経営などはしないことだ。

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2016年9月25日 (日)

「アレチヌスビトハギ」に、付きまとわれる

子供の頃、自然は遊びの道具の宝庫だった。木登りはもちろん、小川での水遊び。蛙やどじょうとの格闘。さすがに蛇は、友達のように、振り回すことはできなかったが、その代わりにトカゲを捕まえて、遊んでいた。雀に仕掛けをして、捕まえたこともある。

その他にも、土の掘り起こし、磁石で鉄粉集め等。もちろん、昆虫も、その相手。蜂の巣にいたずらして、追いかけられた記憶もある。蟻の移動が面白くて、追いかけまわして、土を掘り起こし続けたこともある。

草なども遊び道具だ。一時、どこにも生えていて嫌がられたセイダカアワダチソウはチャンバラごっこの剣になったし、草を使った草相撲、ひっつきむしの投げ合いなど。女の子は、数珠玉を集めて、お手玉や数珠、腕輪、ネックレスを作って喜んでいた。

さて、台風も過ぎ去り、久しぶりに草抜きをして、順調に進み、終わろうかと思って、服を見ると、菱型の種らしきものが、いっぱい付いていた。はがそうとするが、なかなか取れない。時間をかけて、やっと取り終えたが、軍手の方はあきらめた。処置なし。

一体、これは何だろうと思ってみると、あまり見かけない植物。多分、初めてだろう。草抜きの時には気づかなかった。後で調べてみると、「アレチヌスビトハギ」と言うらしい。漢字にすれば、「荒れ地盗人萩」ということになる。

萩に似たピンクの花が咲くらしいが、それは見ていない。去年は見ていないから、小動物が種を持ち込んだものかもしれない。しかし、これは厄介。ひっつきむしどころではない。一旦居ついたら、完全に無くすことは難しいかもしれない。ドクダミ、地震草に次ぐ厄介者かもしれない。子供時代のように、うまく付き合えるだろうか。

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2016年9月24日 (土)

大関豪栄道、初優勝!

いつもは、大相撲は、そんなにテレビ観戦しない。ところが、今場所(平成28年、秋場所)は、あの人が休場していない。だから面白い。そして、意外な力士が活躍した。遠藤も、そうだろうが、大関豪栄道は、カド番であったのにもかかわらず、それを跳ね返して初優勝してしまった。

人間、誰でも、こんちくしょー、こんちくしょーと悔しい思いをすることがあるが、彼は、それをエネルギーに換えたと言うことだろう。力士にとって、幕内優勝は夢と言われる。それを一気に成し遂げたのだから、流石と言わざるを得ない。大関豪栄道、優勝おめでとう。これで、しばらく関西が盛り上がることだろう。

*2016年9月25日追記

本日、豪栄道は、琴奨菊に勝って、全勝優勝になった。来場所にも期待したいけれど、優勝祝い疲れにならないようにしてほしいものだ。

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もたつく米国FRB

日本銀行は、相変わらず迷走している。目標を達成できなくなると、訳のわからないことを言って、糊塗している。予測を誤り、目標未達成の責任を取らず、あれでは、全く信頼は得られない。一体、いつまで、ぼんくら総裁を戴くのか。政権の姿勢も問われる。

さて、2016年9月21日、米国のFRB(連邦準備制度理事会)は、連邦公開市場委員会で、追加利上げを見送ったようだ。米国経済の見方は、真っ二つに分かれているようで、判断が難しいことは理解できるが、主体性を放棄している。

ただ、利上げの根拠は強まっている。低い成長だが、高いインフレを伴うスタグフレーションの局面では、利上げはやむを得ない。今回のFRBの決定は、おそらく大統領選挙を意識したものだろう。よって多分、今年の12月には利上げされるというのは多くの見るところだ。

それに、グリーンスパン元FRB議長も、「現在の金利水準は維持できないし、金利の上昇は避けられない。更に、それは急速に連続して上昇すると予想している」という報道もある。米国の経済状態は、いずれ日本にもやってくる。その時は、かなりの利上げがなされるのかもしれない。

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2016年9月23日 (金)

豊洲新市場のワイガヤに思う

連日、報道番組では、豊洲新市場問題について、ワイワイガヤガヤとやっている。その原因は、何かと問われれば、現象面の追及ばかりやっていることだろう。よって、この施設の根源的問題については、あまり議論されていない。

では、どうすればいいか。基本的に建築、設備については、東京都は、日建設計に丸投げしているはずだから、本来は日建設計に問い合わせすれば、時系列に事実はあきらかになるはずだ。

建前としては、東京都が設計したことになっていても、実際は下請けの日建設計が、ゼネコンとの調整も含めて、すべて仕切っているはずだ。日建設計は、日本を代表する大手設計事務所だ。現象面を、いくら、ああだこうだといっても何も解決しない。まず日建設計の見解を確認することが先だろう(*注)。

*注

定期異動する役人の話を聞いたところで、曖昧なことしか分からないだろう。その点、設計事務所は変わっていないのだから、すべて把握しているはずだ。

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秋の薔薇とシェイクスピアの詩

以前にも記しているように、三種類の薔薇を植えている。花は、深紅、白、薄いピンクで、初秋の今、咲いている(薄いピンクはまだ蕾)。大体、四季咲のようだが、咲く時期は、若干ずれる。花の勢いは、深紅のものが強く、それに白が続く。薄いピンクのものは、まだ木が若く、まだ若干頼りない感じ。

ところで、シェイクスピアの『ソネット集』(高松雄一訳)を読んでいると、次の99番の句があった。一部を抜粋する。

「私はきみの手の白さを盗んだと言って、百合をなじり、

きみの髪を奪ったと言って、マヨラナの莟(つぼみ)をそしった。

薔薇の花は怖れおののきながら棘の座にさいていた、

あるいは恥に赤らみ、あるいは絶望のあまり蒼白になって。

赤でも、白でもない第三の薔薇は両方の色を盗み、

おまけにきみの息までわが物にしたが、

盗みのむくいを受け、若々しい花のさかりに、

復讐をめざす青虫に食いあらされて死んだ」と。

同じ三種類の薔薇を見ていても、詩想が浮かぶ人と、そうでない人(笑)。ただ、この詩は、春に作られたもの。秋に咲く薔薇の匂いは薄く、少し印象が異なる。また「青虫に食いあらされて死んだ」というのは、大げさ。まあ、そういう感じになる時もあるけれど、花を食すると言うより、葉の方がやられる。

まあ、そういう細かいことは別にして、やはりシェイクスピアの観察力と表現力はさすが。原詩を読んでみたいものだ。

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2016年9月22日 (木)

大河ドラマは半年サイクルに

大河ドラマは、どうも題材に苦しんでいるように見える。既に、ほとんどの題材は手掛けているし、結局、昔やった物語の焼き直ししか手がない。視聴者にすれば、同じような話を繰り返されるのは苦痛。

もちろん、ずっと前の話なら、世代が違えば、受け入れられる余地もある。若い世代には、新しい大河ドラマに映るからだ。だが、数年もしないうちに、似たような内容のドラマが作られている。これは過去の大河を時系列に分析していないから、こういうことになる。

大河ドラマは、既に限界かもしれない。特に1年を通してというのは無理かもしれない。歴史的事実とは異なる創作話を多く取り入れると、それは明らかに「時代劇」。それでは大河ドラマの本来の意義が違う。

確かに地域起こしの面で大河ドラマが期待される面もある。ただ、それでも、歴史的資料が少ない場合も多い。それを無理して、1年のドラマにするのは問題だ。どうしても、今後も、やり続けたいのであれば、半年のドラマにすればいい。それくらいの話であれば、無理なく作れる感じがする。NHKは大河ドラマの見直しをしてもらいたい。

*2016年11月16日追記

2019年の大河は、オリンピックを扱うという。明らかに題材に苦慮していることが分かる。それにオリンピック関係の日本の歴史を扱うのであれば、特番で4~5回でまとめられる。それを50回にもするのだから、内容は、当然だれる。それに大河の方針にも反する。大河ドラマは、もう止めればいいのだ。旧態依然の発想しかできないNHKに大きく失望する。

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2016年9月21日 (水)

地方首長の多選問題

最近、各地で地方首長の多選問題が起きている。それは後継候補が見つからなかったり、対立候補に適当な人がいなかったりすることから起こる。そうかと言って多選が望ましいわけでもない。どんな優秀な人も、長期に首長を務めると、本人は、そのつもりはなくても惰性になる。そして、余程気をつけないと権力は腐敗する。

ところが、適当な後継候補や対立候補が見つけられないでいる。政治家を批判する人も、首長に限らず、政治家になることは、「うまく行って当たり前。うまく行かなかったら批判される。あんな大変な仕事には就きたくない」と言う。

選挙費用の事を考えたら、お金の面では、ペイはしないだろう。また、議員が、老後の心配をするようでは、何もできないだろう。昔は、政治家になって、まともな政治をすれば、ひと財産失うと言われた。となれば、財産を失わないようにしようと思えば、今問題になっている間違ったお金の使い方をして私腹を肥やす発想になる。

はっきり言えることは、選挙にお金がかかり過ぎることだろう。更に地元で活動するには、それなりの人と金がいるのも確かだろう。となれば、生活の不安なく立候補できるのは、お金持ちか、強いスポンサーがいる人に限られる。地方首長の多選問題は根が深い。

*追記

地方首長はともかく、一定の数の地方議員には、兼業も認めるようにすべきかもしれない。選挙も簡単にするべきだろう。もちろん、兼業の場合の議員報酬は大幅に削減する。例えば、議会への出席日数で決める。また、自分の仕事絡みの発言は制限し、その場合の議会での投票を制限するとかの検討は必要だ。

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2016年9月20日 (火)

蔵書整理 2016

先のブログで記したように、本日は台風の影響で動けず。読書しても、激しい雨音で落ち着かない。よって読書は止めて、蔵書整理することにした。一応、処分リストとして、約50冊ほど午前中で抽出。

今回は、時事関係、経営書関係を中心に処分予定。午後には、あとどれくらい出るか。若い時より読むスピードが落ち、それに伴い新規の書籍購入もあまり増えていないので、全体としては減る予定だ。

*追記

結局、文学系の分の処分も含めて、今回は合計約80冊ほどになった。結構、読んでいない本があり、整理してよかった。台風も、当地は過ぎ去ったようだ。

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今年の台風は、ちょっと大変 2016

先日の激しい暴風雨では、朝までざーざーと、なかなか止まない雨音で眠れなかった。朝起きると、庭が結構やられていた。溝などを割と清掃したはずだが、溝を溢れて、完全に水浸しの状況がしばらく続いたこともあった。少し止んだ時に、溝の泥を取り除き、やっと水位が下がった。

姫路市は、比較的自然災害の少ない地域だが、今年(2016年)の台風は少し違う感じ。発生が遅かったこともあり、今、集中して発生しており、どれも大型だ。暴風雨で、泥が流され、水はけが悪くなる結果、いろいろ問題を起こしている。川も水位が、かなり上がったりしていて、不気味な感じだ。

台風16号のの通過は午後らしい。最悪の場合を考えて、釣り用のウエットスーツと懐中電灯と靴を準備。何もなく、通り過ぎてくれることを願うだけ。

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2016年9月19日 (月)

対従業員危機管理教育の重要性

最近の芸能界の事件やスポーツ界の事件を見ていると、いかに所属する企業の危機管理が甘いと強く感じる。

社員教育に熱心な企業も、意外と具体的な危機管理の教育はされていないと聞く。中小企業の場合は、組織が比較的小さく経営者の目が届くと考えているのなら甘い。大手企業の場合は、法務管理がしっかりしていて、機能していれば問題ないと考えているのかもしれない。

しかしながら、企業活動しておれば、表もあれば裏もある。この世の中は、いろんな人で成り立っており、そこにはいろんな人物の嫉妬、悪意、敵意とが渦巻く世界とも見ることができる。

もちろん、君子危うきに近寄らずで、「悪」に巻き込まれないことが一番だが、見えない形でライバル企業から仕掛けられる場合もある。ところが、案外、企業は、経営者、従業員に、常に罠が仕掛けられているとは考えないようだ。

悲しいことだが、人間の行動は、そんなに完ぺきに隙のないというのは、むしろ珍しい。ところが組織は人で成り立っている。往々にして、これらの被害にあった従業員が、やがて企業に禍をもたらす例は数えきれないぐらいある。最初は小さい穴でも、将来、大きな穴になり、経営に影響するかもしれない。

企業としては組織的危機管理のシステムは重要だ。そのためには、日頃の従業員の考え方や一つ一つの行動が大切だ。そこで、企業内での従業員に対する定期的な危機管理教育が意味を持つ。

若い人も社会人になれば、罠に嵌らないためにも、その予備知識は、ある程度、身に付け対処法を考えておいた方がいいかもしれない。

また、企業だけでなく、一般人も日常生活において、カード詐欺、資格詐欺、マルチ商法、振り込め詐欺、結婚詐欺、美人局(つつもたせ)、政治秘書斡旋詐欺、偽造預金証書、保険金詐欺等、募金屋、かたり屋、など各種詐欺が横行しており、彼らの手口を一応把握しておくことは無駄ではないと思う。

最近の若い人たちは、深夜に歓楽地に気軽に行くようだが、落とし穴が設けられていると考えて、自らの行動には、十分に気を付けてほしいものだ。

*参考

危機管理の書籍は多いが、残念ながら、ほとんどが具体的ではない。古い蔵書を整理していたら、ある書籍が出てきた。それが日名子 暁(ひなご あきら)著 『裏経済 自信家のあなたほど騙されやすい!パクリの手口99』(かんき出版 1995年刊)だ。もう出版されていないかもしれないが、内容は極めて具体的。類書で学んでほしいものだ。

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2016年9月18日 (日)

高齢者に期間限定の姫路市の施設利用無料政策について

姫路市は今月(2016年9月)限定で、播磨連携都市圏に住む65歳以上の高齢者に対して、姫路市内の公立施設利用料を無料にしているのだが、高齢者は、あまり、ご存じない様だ。これでは、せっかくの政策も台無しだ。実施期間も短いことがネックになっているのかもしれない。

施策の内容は次のようになっている。

一、「播磨連携中枢都市圏」に住む65歳以上の高齢者を対象。

播磨連携中枢都市圏とは、8市8町のこと。すなわち、姫路市、たつの市、相生市、赤穂市、宍粟市、加古川市、高砂市、加西市、市川町、福崎町、神河町、佐用町、太子町、上郡町、稲美町、播磨町。

二、特典の内容は、姫路市内の対象公立12施設の利用料が無料になること。

すなわち、姫路城、動物園、好古園、名古山仏舎利塔、平和資料館、手柄山温室植物園、水族館、姫路科学館、美術館、姫路文学館、書写の里・美術工芸館、林田大庄旧三木家住宅。

三、特典期間は2016年9月限定。

四、8月末時点で、65歳以上の住民は介護保険証などの身分証を提示すれば、利用料が免除。

もう今月は、あと10日あまり。圏内に住む人は、特典を活かして、各施設に立ち寄ってみてはいかが。

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播磨の銘菓「大黒餅」を初めて食する

基本的に甘いものは好きなのだが、医者からは、「饅頭を食べたいと思ったら、できるだけ果物にしてください」と言われている。だが、時として、無性に饅頭類が欲しくなる。

姫路の百貨店ヤマトヤシキの催し案内で、「縁起来福 大黒餅」なるものが紹介されていたので、少し関心を持ち購入してきた。食するのは初めて。餡は関西ではあまり好まれない「こし餡」だけれど、大変美味しかった。それもそのはずで、全国菓子博覧会名誉総裁賞受賞をしているものらしい。

播磨の銘菓で、大黒屋丹治が、明治後期に創業して、守り続けてきたものらしい。よって老舗ということのようだ。この大黒餅は、その名の通り、七福神の大黒様の縁起をかついでいて、その売りは次の文句になっている。

 一つ食べ福が来る

 二つ食べ縁が来る

 三つ食べ幸来る

生ものなので、すぐに食さないといけないので日持ちはしない。味は、強いて表現すれば、上品な焼餅である。でも、幸せが来るという三つも食せば、お腹がいっぱい。幸せを得るには、それなりの苦行が必要なようだ(笑)。でも、美味しいからついつい。

店は、たつの市にあるようで、買いに行けないこともないが、年に何回か、百貨店で扱ってほしいも思う。また「播磨連携都市圏」の8市8町には、いろんな知らない名物があるのだろう。積極的に取り上げて欲しい。

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2016年9月17日 (土)

シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』再読

先日、久しぶりにシェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』を再読した。シーザーは常に民衆側にあったが、やがて独裁者の道を歩む。それに対して不安を抱く共和主義者たち。これをシェイクスピア独特の視点で、シーザー暗殺と、その後の権力闘争を描いている。

一つには、男の嫉妬であろう。かつて自分と同じ境遇であったのに、なぜ彼だけがと、強く思う読書家のキャシアス。だが現実主義者の彼はシーザーと違って金にも汚い。キャシアスの陰謀に巻き込まれるブルータス。彼は金にはきれいで、理想主義者ではあるけれど、現実を見ることが弱い。だけど金は欲しいという奴。

両者の組み合わせは微妙だけれど、一応、クーデターによってシーザーの暗殺は成功する。だが、アントニーアスは、この機を逃さず、権力奪取に動く。彼はシーザーの死を利用して巧妙な演説により、民衆を味方につけ、キャクアス、ブルータスを謀反者と決めつけ、オクタヴィアスを巻き込み、彼らを滅ぼす。

すなわち、もう一つは、男は権力というものに魅了されやすいということかもしれない。そして民衆は、彼らに利用されやすいということだ。現在、東京でわいわい騒いでいることも、一つの権力闘争と見ることもできる。主人公は女性だけれど(笑)。よって、『ジュリアス・シーザー』を読むと、何が正で何が邪であるかは、判断が難しいと教えてくれる。物事は、最終的には、落ち着くところに落ち着くのだが(*注)。

*注

政官財の癒着は、大疑獄に発展する可能性もある。ただ、それも権力闘争の一つと見ることができる。最終的に、都民にとってベストの状態になることがいいのだが。

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2016年9月16日 (金)

名月は拝めず 2016

昨日の中秋の名月、皆さんはいかがでしたか。新暦でも、十五夜が15日になるのは1970年以来の46年ぶりとか。

神戸では名月が見られたそうですが、残念ながら、姫路では、雲に隠れて、ほとんど見えず。かすかに上の部分が光っていただけ。

姫路城だけが、いつものようにライトアップされていたが、名月とのコラボは見られず、少し残念。17日の満月を見ることができるだろうか。

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2016年9月14日 (水)

中国という深み~戸部良一著 『日本陸軍と中国』を読む

日本と中国がいがみ合う原因はいろいろあるだろうが、やはり戦前の関東軍の暴走が中国に日本の悪い印象を与えていることは否定できない。しかしながら、関東軍の暴走以前に、その兆しがあったことを認めざるを得ない。

それを客観的に検証した書物に戸部良一著 『日本陸軍と中国~「支那通」にみる夢と蹉跌~』(ちくま学芸文庫)がある。帯には、「なぜ戦争を回避できなかったのか?いまこそ歴史の失敗に学ぶ」とある。もともとは、1999年12月に講談社から刊行されたものを文庫化したものらしい。そして、中国語に翻訳されてもいるという。

この本では、「支那」という言葉がたびたび出てくるが、著者は当時の雰囲気を出すため、そのように記しているようだ。父も言っていたが、中国人は、蔑視だと「支那人」と呼ばれるのを嫌うという。だが、「シナ人」という言葉は、もともとChinaから来ている。戦前は、「Chi」と「Shi」の使い方の混同がある。本来ローマ字読みすれば、「チナ」だが、それが「シナ」と呼んだ理由らしい。ただ、戦前、日本は中国、朝鮮に蔑視感を持っていたことは確かなようだ。

さて、日本は、明治維新以後、欧米列強の植民地政策に敏感に反応したことは以前にも記した。そのため中国の情報収集のスペシャリスト(支那通と言うらしい)を育成する必要があった。最初は、地勢、文化、人性などの調査であった。ところが時代が進むに従って役割が違ってくるようになる。それは諜報活動であったり、政治工作であったり、軍事工作であった。

支那通と言われる人々は、初め中国に共感、あるいは同志感で臨んでいたのに、いつの間にか、不信感につながっていく。それが積み重なり、やがて暴挙につながっていく。なぜ、そのようになったのか。その過程を探るのが本著の目的かもしれない。

読んでわかったことは、基本的に、彼らは日本的に中国を理解しようとしたことに無理があったということだろう。国という立場が異なれば、それが理解できたはずだが、彼らは4千年の歴史を誇る中国という深みに嵌ってしまったと捉えることができる。日本を統治するより複雑な歴史を歩んだ中国。

彼らは、易姓革命を繰り返してきたような国家。漢民族が権力を握った時代もあるが、異民族が権力を握った時代もある。そんな中で、巧みに生きてきた中華民族。中国には、「敵の敵は味方」という考え方があるように、その発想は縦横無尽だ。

そういうことを十分理解せず、彼らを利用しようと入り込んだ日本の支那通は、彼らに見事に翻弄されていく。すなわち、情報操作したつもりが逆に情報操作されたり、利用したつもりが逆に利用されていたということだ。

それに彼らは個別に活動して、ある地域には深く入り込んで詳しくても、中国全体の動きを見る大局観に欠けていた。いわゆる「虫の目」は持っていても、「鳥の目」思考が抜けていた。そこでは発想がどうしても狭くなる。思い込みも強くなる。

ところが、中国の各種組織は、それぞれの思惑で混沌としているのに、巧みに支那通に利用されながら、逆に反日に利用して、見事に国内統一の流れに持ち込んでいく。そんな中、支那通の思いは打ち砕かれ中国に悪意を持つようになる。その結果、戦争の泥沼に引きずり込まれる。

この本を読んで感じるのは、日本の思い込みが危機を招いたということだろう。「理解」というのは、難しく、立場が違えば、当然、その意見は異なる。それを無理やり統一させようとすると無理が来る。現代でも、「相互理解」という言葉がよく使われるが、「相互」の意味を案外理解していない。

それぞれの国家主義者や安保関係者、あるいは右翼と言われる人々は、相手国の一面しか捉えていないことが多い。相手国の事情を一面的に見て自分の立場で単純に攻撃している場合も多い。すなわち、「相互無理解」が相手国不信感を増殖させている。

お互いに理解することは無理でも、理解する努力は怠ってはいけないということだろう。果たして、現代の一般日本人も、どれほど中国を理解しているのだろうか。この書籍は、その理解の一つに役立つだろう。

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2016年9月13日 (火)

コメンテイターとして不適切な人々

時事問題を扱うテレビ番組で、ずっと気になることがある。それは、コメンテイターとして、やたらと外国人と弁護士を活用していることだ。彼らは、おおむねコメンテイターとして不適切な人々だ。それが学者や専門家であっても同様だ。

まず、外国人コメンテイターの発言を聞いていると、どうしても出身国の意向が強く出る。だから客観的意見とは、ほど遠い。出身国の考え方で意見を述べられても、違和感を強く感じる。彼らはコメンテイターとしては不適切であろう。どうしても聞きたいのであれば、スポットで参考意見として聴取すればいいことで、コメンテイターにする必要はない。

それから弁護士のコメンテイターも不適切だろう。各種法律問題が生じた時、法律問題について説明を求めるのに便利なのだろうが、それはスポットで流せばいいこと。常時のコメンテイターにする必要はない。

それに彼らにコメントを求めても、官僚と同様で、法律の枠内での話しかできない。つまり、どうでもいいコメントしか述べられない。よって、いてもいなくても同じ。視聴率を気にするテレビ局が、彼らをコメンテーターとして登場させることは不思議でならない。

*追記

更に付け加えるならば、司会者のアナウンサーがコメントを発する例があるが、不適切であろう。彼らは基本的に「行司」の役割だ。出過ぎた発言は問題が多い。特にフリーの男のアナウンサーに多い現象だ。極論を発して、彼らの存在価値を強く示そうとしているのかもしれないが、彼らは、マスコミにとって「害虫」に近い。

*追記

マスコミは、本来、権力に批判的であるべきだが、何でもかんでも、政府を擁護するコメンテイターがいる。それは読売・日本テレビ系、あるいは時事通信系に多い。テレビによく出ている田崎史郎氏は、その極端な例だ。いつまで、マスコミは、彼をコメンテイターとして使い続けるのだろうか。多くの人が疑問に持っている。マスコミの姿勢が問われる。

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2016年9月12日 (月)

コメント者名未記載のコメントの取り扱いについて

時々、コメントを頂くのですが、「コメント者名(ライター)」が未記入の場合があります。一応、整理の都合上、仮名でもなんでもいいので、記していただきますようお願いします。当方で、勝手に名を付ければ不愉快だと思いますし。

なお、「コメント者名」が未記入の場合、コメントは念のため非公開とします。このことは、プロフィール欄でも、記載追加しました。

以上。

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知らず知らずの内に危険物質摂取?

アルミニウムの摂取が危険なことは、前々から知っていた。例えば、料理道具として、アルミニウム製は購入しないことは徹底しいるつもり。多少重くても、鉄製、ステンレス製を利用している。製品から溶出されるアルミニウムは体に害を及ぼすと聞いていたからだ。

だが、ベーキングパウダーにアルミニウムが含まれているとは知らなかった。ミョウバンに硫酸アルミニウムが含まれているらしい。ベーキングパウダーを使った製品はいろいろあるようで、スポンジケーキ、ドーナツ、蒸しパン、メロンパン等。どれも好きな食べ物だ。

子供時代、母がドーナツとか蒸しパンをよく作ってくれた。母は「膨らし粉」と言っていて、ベーキングパウダーと区別していたように思う。どのように区別していたかは不明だ。ただ、すべてがすべてのベーキングパウダーにミョウバンが使われていないとも聞く。

しかしながら、これを含むベーキングパウダーを利用した食品を摂取すると、人体に影響(内臓疾患)があると厚生労働省も:警告しているようだ。となると、今後は、これらを食することは控える必要がある。

基本的に菓子パン類は危ういということだろうか。一般的には、先に挙げたスポンジケーキ、ドーナツ、蒸しパン、メロンパンの類だろうが、最近は、割安感演出にボリュームを出すため、ベーキングパウダーを使った菓子パンが多いと感じる。

その他にも、ホットケーキの素、お好み焼粉、たこ焼き粉類も使わない方がいいと判断される。これらは、自宅で作るとき、ベーキングパウダーの代わりに長芋のすったもので代用できるので、本来は不要のものだ。少し手抜きして、健康を損なうことを考えれば、どちらがよいかは明らか。

いずれにせよ、毎日食する食品の原料には注意しているつもりでも抜けがある。残念ながら、知らず知らず摂取して、危険がいっぱいのようだ。やはり自分で作るのが一番いいのかもしれない。

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2016年9月11日 (日)

古い精米を売る店

最近は、コメを2キロの精米されたものを買うことにしているが、ある売り場に行くと、三か月も前に精米されたものが、依然、置いてある。在庫管理は、商売の基本だが、それができていないのは少し情けない。

商売に対する取り組みが甘いと、こういうことが起こる。当たり前のことを当たり前にするのが商売の基本。経営者に、基本を守る姿勢が問われる。この店が、三流経営から脱するには、まず従業員に基本を徹底することだろう。

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第71回『春の院展』を観覧

昨年は日程の都合で見逃した『春の院展』(神戸会場。そごう神戸店。2016年9月11日まで)を今年は観覧してきた。今回で71回だそうだ。院展とは、「日本美術院展覧会」の略称で、公益財団法人日本美術院が主催運営している日本画の公募展覧会。

念のために記すと、日本美術院は、明治31年(1898年)7月に、新時代における日本美術の維持と開発を指標として、創設した研究団体のこと。一時中断したが、大正3(1914年)年9月に、横山大観らによって再興される。

この年に、日本美術院再興記念展覧会が開かれ、院展の第1回展にあたる。以来、脈々と続いた在野精神を受け継ぎ、近代日本画の発展に寄与してきた。

戦後、開催できず、昭和20年(1945年)11月に「日本美術院小品展覧会」が開かれ、第2回展から毎年春に開かれるようになった。それが昭和34年(1959年)に日本美術院春季展覧会と改称され、更に昭和45年(1970年)からは春の院展として現在に至っているとのこと。

さて、今回は、日本美術院同人による作品が33点、招待作家、受賞作品、関西在住の作家の入選作109点、合計142点が展示され、かなり見ごたえがあった。そして女性の作品が多い。同人作品を除けば、全体の約70%が女性の作品。

一般に、洋画だと女性の作品は、あまり好まないが、今回は日本画でどれも習作揃い。個人的には、基本的に、題材の選定で、作品の良し悪しは決まると思っているが、花とか人物像という女性的な題材の選び方が少ないのがよかったのだろう。

入場料600円で、十分元が取れた感じ(笑)。とにかく、いい目の保養ができた。ただ期間が短く、わずか6日間の催し。実に勿体ない。本日、9月11日が最終日。もし近くに行かれたら寄ってみることをお勧めする。

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2016年9月10日 (土)

東アジアを震撼させる北朝鮮の核実験の危うさ

2016年9月9日、北朝鮮が核弾頭の爆発実験をした。これは今までのミサイル打ち上げとは意味が異なる。すなわち、核弾頭の小型化は核拡散という忌々しき問題につながることと言える。危うく不気味な感じがする。逆に見れば、北朝鮮の自壊は近いかもしれない(*注)。あるいは、そのように仕組まれるかもしれない。北朝鮮のトップは調子に乗りすぎて、罠に嵌ったのかもしれない。

そもそも望ましくない核拡散に関して、最早限界と、すでに米国は、北朝鮮空爆の準備をしているだろう。後は、国連安全保障理事会の了承と日本の同意だろう。単に非難しても、糠に釘だし、馬耳東風なのは今までの北朝鮮の対応から明らか。

朝鮮半島が、戦争に巻き込まれることは望まないが、国際的金融面での動きは、それを期待しているように見える。また、米ロは、シリア停戦で合意したらしいが、この動きも気になる。一番いいのは、為政者として相応しくない北朝鮮のトップを替えることだが、残念ながら東アジアが騒がしくなる予感がする。日本の当局は果たして準備ができているのだろうか。

*注

確かに自壊しそうで、なかなか自壊しないという見方もある。ただ、それも中露の支援があるという前提だ。彼らが見放したら、あっという間だろう。中露にとっても、今や北朝鮮の重要性は落ちている。

中国は北朝鮮崩壊による悪影響を懸念するが、隣国の実践的な核弾頭の開発は不気味に感じるだろう。皮肉なことに、中国が北朝鮮の核開発を推進させていることを彼らはわかっていない。彼らは北朝鮮は、自国の傘下であると思うのは楽観的過ぎる。

ロシアは、朝鮮半島への足掛かりを強化したい思惑があるものの、やり方を間違えば、自国に降りかかってくる問題だ。反政府組織に、北朝鮮の核ミサイルが渡れば、安閑としてはいられないだろう。

となれば、合理的選択がなされる。大国の思惑が一致すれば、ある方向で動くだろう。

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2016年9月 9日 (金)

第34回 2016年 姫路城観月会の案内

例年のように、今年も、姫路城で観月会が催される。場所は三の丸広場。日程は2016年9月15日の午後6時から9時まで。入場は無料。千姫弁当、お月見団子、地酒なども販売される。

午後6時よりオープニングイベント、午後6時20分よりオープニングセレモニー。その後は午後6時40分より郷土芸能など(筝曲、演歌、吟剣詩舞・歌謡詩舞、和太鼓)が催される。

ただ、毎年早くから場所取りされるので、遅くに行くと立ち見になる。その場合は、場所を移して観月するのもいいだろう。とりあえず、ビニールシート、弁当、飲み物は用意した方がいいかもしれない(その場合、ごみは持ち帰る必要がある)。

また同日、有料だが、隣の好古園でも観月会がある。こちらは午後5時から午後9時まで。築山池泉の庭では演奏会もある。ただ飲食の持ち込みはできない。

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王勃の漢詩「滕王閣」を鑑賞

九月九日は言わずと知れた重陽の節句。今回は、その関係の漢詩を取り上げてみる。それが、『唐詩選』にある王勃(おうぼつ)の「滕王閣(とうおうかく)。王勃は、唐の高宗の頃、才能を認められて都に出る。若くして、初唐の四傑の一人とされるらしい。能力は非常に高かったが、少し変わっていた。

それゆえ、皇族に仕えるのだが、行状が悪く、皇帝の怒りをかって追われてしまう。その後、死罪の奴隷が逃亡したのを一時匿ったものの、発覚を恐れて殺してしまう。それが露見して死刑になるところを大赦で一命をとりとめる。父親もベトナムに流されたので、訪ねに行くが、船から落ちて若くして28歳で命を落としたという少し残念な人物。詩作の優れた能力と人物は比例しないようだ。

今回取り上げる詩は、父を訪ねる途中で、南昌という所に来ていた時のもの。高宗・李淵の子で、太宗の弟の李元嬰(りげんえい)が建てた滕王閣が荒廃していたのを、後に洪州都督であった閻伯嶼(えんはくしょ)が再建修復した。それを彼は自慢して、九月九日の重陽の節句に、たくさんの客を招いて宴会を催す。

閻は、王勃が来ていることを知り、宴席に招いて、詩文を作らせる。そうすると、彼は一番若いのに、すぐにさらさらと即興で詩文を認めた。これには、周囲の者たちは一斉に驚いたというもの。

 滕王の高閣 江渚に臨み

 佩玉(はいぎょく)鳴鸞(めいらん) 歌舞罷(や)みたり

 画棟 朝に飛ぶ南浦の雲

 朱簾 暮に捲く西山の雨

 間雲 潭影 日に悠悠

 物換り星移り 幾秋をか度(わた)りし

 閣中の帝子 今何(いず)くにか在る

 檻外の長江 空しく自ずから流るるのみ

いつものように解釈に挑戦すると、次のようになるだろうか。

「滕王の建てた高閣は、入り江の渚に臨んでおり、貴人たちが佩玉を鳴らし、歌舞が催されたのであろうが、今はもう跡形もない。今も、絵の描かれた棟には、毎朝見られる南浦山の雲が見えるのは変わらない。朱色をした簾は、まさに日暮の西山に降る雨を捲いたようだ。

雲間には淡い影が西日に照らされて、のどかな雰囲気だ。転変する世の中、歳月は移り、幾度も中秋を迎えていることだろう。高閣を建てた滕王は、今は、どこにおられるのだろう。目を高閣の外に転じると、見える揚子江は、ただただ滔々と流れている」と。

今朝は重陽の節句らしく(西暦だけれど)涼しくなった。このようなしんみりとした漢詩は、やはり秋が相応しい。

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2016年9月 8日 (木)

姫路城が外国人旅行者からも高い評価

姫路駅から姫路城につながる大手前通りを歩いていると、実に外国人旅行者が多い。多分、7割程度は、欧米系、アジア系を問わず外国人だと思う。日本人旅行者らしき人もいるにはいるが、個人旅行者のように見える。日本人旅行者は、大型観光バスに乗っての観光が多いのだろう。

外国人旅行者の方々は、姫路駅を降りれば、見える姫路城を見て、歩くことを当たり前のように考える。駅からバスも出ているが、乗るのは日本人とアジア系の旅行者が多い。観光できた日本人の高齢者の方は、「50メートル程度だと歩いて行けそうだけれど、疲れそうなのでバスを利用する」という人が多い。それに対して、外国人の方は、年齢に関係なく、歩かれている。ちょっとした距離は歩くが当たり前のようだ。

さて、旅行口こみサイト「トリップアドバイザー」(米国マサチューセツ州)が発表した「行ってよかった!日本の城ランキング2016」で、世界文化遺産・国宝姫路城が初めて一位に選ばれたらしい。評価は、2015年6月から2016年5月の口こみの評価点と投稿数で集計されたものの結果だ。

これは保存修理を終えグランドオープンしたことが大きい。白くて美しくて豪華なのが外国人に受けているようだ。姫路城は四季によって見え方が違う。今後は、その違いを知ってもらって、リピート需要に対応できる総合力が試される。

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2016年9月 7日 (水)

岩泉町への台風10号被害支援

今年の6月に、「笹の開花は不吉か」という記事を記した。残念ながら、この昔からの言い伝えは当たっているのだろうか。ただ、日本は、国際的にも認定されている自然災害の多い国。海洋国家であり、位置的にも、国の成り立ち的にも、自然災害は程度の差はあれ、避けられないのかもしれない。

それゆえ、助け合いの精神が育ったと言えないこともない。今回は、台風10号が、滅多に上陸しない東北、北海道に上陸し、被害を大きくしている。農畜産物の被害も大きい。いろいろ批判(県からの災害情報伝達が十分でなかった。発信・受信双方の責任)する人もいるが、急激な状況変化に行政責任者の想定外という気持ちもわからないでもない。

今回の住宅被害は、全壊・半壊が1468戸という。これは東日本大震災時の1280戸を超えるらしい。熊本地震の被害(*注1)と比べれば、小さいが、自然災害で受けた被害という意味では当事者は皆同じ。それに高齢者の比率も高く、再建への道のりは遠いとも聞く。これは地方で被災すると、多かれ少なかれ同じ傾向だろう。

個人的には、岩泉町(岩手県)に少し思い入れがある。かつて龍泉洞の水を購入したこともある。最近は交流が途絶えているが、知人も出身が確か岩泉方面の方だ。更に、拙ブログにリンクしている「農家の嫁の事件簿+」を書かれているAKIさんも岩泉の方だ。

いつも、こういうことが起こると、何か支援したい気持ちになるが大したことはできていない。せいぜい生活費をやり繰りして若干の寄付をさせてもらうだけだ。大体が、赤十字等に寄付することが多いが、今回は、岩泉町に直接寄付するのもいいかもしれない(*注2)。

その他では、ふるさと納税も考えられるが、当面一時休止しているようだ。返礼品の準備は難しいだろうから当然だろう。今のところ、やはり一般寄付のよさそうだ。後は、体力のある人は、ボランティア活動で支援してほしいものだ。

*注1

熊本地震の場合、全壊が8166戸、半壊が29225戸。

*注2

岩泉町のホームページ参照。

*2016年9月16日追記

報道によると、岩泉町は日本有数の松茸の産地らしい。町を挙げて栽培に取り組まれているとのこと。それが大阪の阪急百貨店梅田本店で販売されているようだ。今回は15本(約1キロ)入荷し、それを3籠に分けて販売される。価格は5万4千円也。とても手が出ないが、お金持ちの方は是非。そういうと何年も松茸は食していないなあ。

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2016年9月 6日 (火)

フライパンの寿命は3年か?

過去のプライパンの買い替え頻度を調べてみると、約3年で買い替えていた。まさか、こんなに買い替えているとは思わなかった。毎日使うわけでもないが、使い方にも問題があるのだろう。それに手入れも不十分かもしれない。

若い時、鉄製のフライパンがいいと勧められたことがあるが、毎日使わないので、手入れが大変。結局、コーティングされたフライパンを使うことになる。よってコーティングが剥げれば、一挙に劣化する。

結局、そういうことなのだろう。つまり、製作原理は同じだから、あまり長期にもつという高額商品も、嘘っぽい。今後も、定期的に買い替えるのは致し方ないと改めて覚悟する。

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2016年9月 5日 (月)

李白の『子夜呉歌』を鑑賞

戦後、夫が戦死し、戦争未亡人が多くいた。その中には、出征前に結婚されて、実質、結婚期間が、ほんのわずかだった人も含まれる。彼女らの中には再婚された方もいるが、子供のいる場合は、再婚されなかった例も多いと聞く。戦後の焼け野原の中を女手で生き抜くことは大変だったと思う。

さて、今回は、有名な李白の『子夜呉歌』を取り上げてみる。念のために記すと、子夜とは、南方土着の民歌から来ており、彼女らの作る歌は物悲しかった。代表して、「子夜」という女性の歌ということになっている。

その後、これを擬して、多くの詩人が、作詩した(楽府題という)。よって、女性の気持ちになって作られている。『子夜呉歌』は次のようになっていて、戦場にいる夫の無事を願って早い帰還を望んでいるものだ。

 長安 一片の月

 万戸 衣を擣(う)つ声

 秋風 吹き尽きず

 総(す)べて是れ玉関の情

 何れの日か胡虜を平らげて

 良人は遠征を罷(や)めん

敢えて解釈すれば次のようになるかもしれない。

「澄み渡った秋の長安の夜に、遠くまで月が煌々と光っている。どこもかしこも、(夫を待つ悲しさを打ち消すように)冬の支度をするため、砧(きぬた)を打つ音がする。秋風は、絶え間なく吹いている。この秋風に煽られて、心を乱すのは、玉門関にいる夫のことばかり。一体、いつになったら、夫は夷狄を平定して、帰還するのだろうか」ぐらいか。

当時は、今のような情報社会ではなく、夫が遠くに出征すれば、どうしているか知る手段もない。それゆえ、あてもなく待つ身は本当に辛い。ただ夫の無事を祈るのみというのは、いずれの国の残された妻の心情であろう。

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2016年9月 4日 (日)

田河水泡著 『滑稽の研究』を読む

お笑いは日常的に存在しているが、その滑稽さの本当のところは案外、理解していないかもしれない。先日、例によって本屋をうろうしていると、田河水泡著 『滑稽の研究』(講談社学術文庫刊)を見つけた。本著は、1987年に発行されたものを最近、文庫本にしたものらしい。

著者は、漫画「のらくろ」で有名な戦前・戦後の漫画家。戦後も活躍されたそうだが、私の時代では、のらくろ自体は確かに知っているが、漫画を読んだ記憶はない。そのことは別にして、この本は、もっと早く読むべきだったと思った。

確かに、テーマは滑稽に焦点が当てられているが、その内容は日本文化の概説とも言えるもの。学者等が書かれた、しち難しい文芸論を読むより、わかりやすい。その内容は次のようになっている。

一、理論編

   ◎美学による滑稽

   ◎美的範疇

   ◎修辞学による滑稽

二、史料編

   ◎芸能

   ◎文芸

   ◎絵画

一、の理論編では。滑稽について彼の解釈に基づき、彼の言葉で記されている。滑稽というものも、案外、奥が深いことがわかる。二、の史料編では、大衆芸能、大衆文芸、大衆絵画の視点で、時系列に説明されており、これらの歴史が手に取るように初心者でも分かる。若い方も、一読して、損はないだろう。

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2016年9月 3日 (土)

姫路の中央卸売市場の移転は大丈夫か

現在、東京都では、築地市場移転問題で揺れている。2020年の東京オリンピック開催のため、豊洲市場への移転を決断したのだろうが、そのやり方が拙速で、各種問題を引き起こしている。例えば、当初計画以上の異常な予算計上、使い勝手・運営の問題、地下水汚染の問題等だ。

なぜ問題になったかと言えば、それは、やはり東京オリンピック開催に向けて逆算した日程計算だろう。そのために業者に急がせ、余分なコストをかけている。ただ、そのコスト増の中身が問題で、業者との癒着、献金絡み等いろいろ噂されている。

大体、オリンピック自体は2週間余りの催し。それに対して、市場は、その後も、ずっと都民に食材を提供していくわけだから、どちらが大事かは明らか。つまらない国のプライドが、都民の食を危うくしかねない。そもそも東京都の地下水は、福島原発事故以後、まだ危うい状態が続いているのではないか。

このように政治、行政の都合で、物事を進めてしまうと、問題が起こりやすい。やはり情報公開して、様々な課題をあぶりだして、それをオープンに一つ一つ詰めていく方が効率的だと言える。行政に都合のいい専門家を集めての審議会だけでの議論では、最早時代遅れ。内々で不十分な情報の下で、いろんなことをやっても、いずれ住民の不信感を買うだけだろう。

さて、姫路市でも、中央卸売市場(延末)を移転させ、新市場として出光興産兵庫製油所跡地(白浜町)に2021年度の開設を目指すようだ。東京の築地とは比べ物にならないが、食を扱うので、市民としては大変気になる。それは跡地から有害物質が検出されているからだ。

跡地では、これまで、土壌汚染対策法の指定有害物質に指定されているベンゼンとヒ素が検出されている。それは国基準の最大30倍のベンゼンと最大5.4倍のヒ素を検出している。

土壌対策専門家会議では、「飛散や流出防止の対策をすれば安全性は確保される」としている。また地層から確認された油分について環境への影響はないとしている。果たして、本当に大丈夫なのだろうか。

姫路市は2017年度に汚染土壌の除去や地下水の浄化に取り掛かるというが、慎重に事を運んでほしい。卸売市場の跡地の再開発は、どのようになっているのか知らないが、それを優先させて、拙速にやって、東京の二の舞にならないように願いたい。

*追記

もし移転で市民に不信感を与えてしまうと、より魚離れを促進することになるだろう。これは魚価は不安定になり、漁業者にとっても最悪だ。

また、今はネット時代だから、料理関係者も「市場抜き」が流行りとなるだろう。市場は目利きしてくれるとは言うが、それなら目利きを漁場に派遣すればいいという発想になるからだ。そのような専門業者が現れるだろう。

*2016年9月7日追記

姫路市は9月6日に、土壌汚染をめぐり、調査費2億円を追加する補正予算予算案を発表した。2016年度の当初予算では、市場の基本設計費と土壌汚染調査費として、約1億5千万円計上したが、不足が発生。綿密に調査して、十分な対策を講じてほしいものだ。

*2016年9月9日追記

ある報道では、豊洲市場への移転により、管理経費等が現在の3倍以上になり、最終的には3年で破綻すると言われている。同様の事は、中央卸売市場の移転でも、同じことが起こらないとは言えない。

*2016年9月13日追記

姫路市は、中央卸売市場の移転予定地の出光興産兵庫製油所跡地から有害物質が検出された問題で、特定有害物質ベンゼンの除去費用として約5億円の拠出見込みを明らかにしたようだ。豊洲の例もあるので、万全の対策をしてもらいたい。

*2017年2月7日追記

東京都では、豊洲新市場への移転が難しくなりつある。やはり移転先の選定を誤ったということだろう。東京ガス自体、市場の移転先としては望ましくないと指摘していたのに無視した結果だ。

姫路の出光興産兵庫製油所跡地への中央卸売市場の移転も再検討が必要かもしれない。出光興産兵庫製油所跡地は別の使い方を考えればいい。例えば、各種展示会を主体としたコンベンションホールが望ましい。大阪市も神戸市も、コンベンションホールは海側に作られている。現在、計画されているJR姫路東側のコンベンションホールは、駐車場も搬入経路狭く、十分機能しない可能性がある。

*2017年2月25日報道

第八回専門家会議会合。国の基準値を超えるベンゼンの汚染範囲が予定地全体(558区画)で41区画と報告。土壌汚染対策が必要なのは、40区画で面積は約4000平方メートル。土の量は約9400立方メートル。ヒ素や鉛などについては、「飛散や流出防止の措置で安全性は保たれる」としている。

*2017年3月7日報道

新市場移転着工が1年程度、延期となった。国による補助金が見送られたため。

*2017年3月25日報道

第9回専門家会議会合。市は、汚染が確認された40区画で、汚染濃度に応じた主に2種類の浄化処理方法を提示、専門家が了承。具体的には、汚染濃度が高い区画では、土を掘って、浄化処理を行い埋め戻す方法を提示した。低濃度の区画では、土中に空気を注入し、汚染物質を吸引する方法を提示した。専門家は、法律上、求められる対策としては十分としている。また地下水については、中長期的に浄化作業を行うよう促した。

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2016年9月 2日 (金)

地元本社企業を大切に

姫路で生まれた企業でありながら、時々、本社を他所に移動する企業がある。本社を移動させることに、そんなにメリットがあるのだろうか。

情報化社会以前であれば、例えば、東京に本社を構えることは、官庁から様々の情報を得るのに便利と言われた。しかしながら、今は情報社会。東京の官庁に行って改めて情報をとる必要はない。確かに中央官僚の考える、これからの政策とか、政治家に陳情するのには便利かもしれない。

だが、今は、彼らによって経営が左右されることは少なくなっている。あるとすれば、それは幻想だろう。あるいは献金と引き換えにビジネス獲得を考えているのかもしれないが、もうそんな時代でもあるまい。

少し前に、京都の大企業の経営者が面白い話をされていた(*参考)。概要は次の通りだ。

一、わが社は、東京に本社を移すことなど考えたことはない。大阪の企業が本社機能を移す動きはあるが、京都の上場企業は動かない。

二、東京は、世界の都市の一つに過ぎない。2時間で行ける海外出張のようなもので、得られる情報も、それらの都市と変わることはない。

三、京都にいた方が、各業界の選ばれた人と会えるので、最新の情報が得られる。

四、日本では、ブランド力があり、従業員が多く、売り上げ規模が大きい会社が良い会社と見られている。東京も、その傾向が強い。

五、一方、京都では、従業員30人足らずでも300年続いた和菓子店や呉服店、料亭の経営者が会合で上座を占め、ずっと下座に上場企業が座ることも珍しくない。継続は力なりと、という暗黙の序列がある。

六、京都には、独創的で本物であれば会社が小さくとも認められる価値観があるが、東京にはない。東京はポピュリズム(大衆迎合主義)の塊だ。まず有名なことがとりあえず大事。支持の多いことが価値のすべてになっている。

七、逆に京都人が一番嫌うのがポピュリズム。「迎合」や「なびく」は恥だと考える。バブルがはじけた時、潰れた会社がほとんどなかった。流れに任せて投資をせずに、本物にしか興味を示さない京都人の気質を象徴している。

八、経営についても、京都では他社をマネするのは経営者の恥と考えるが、東京の企業は儲かると思ったら何でも参入する。京都の企業は、それよりも一番にこだわる。

九、今の東京では、多くの雑音から正しい信号を取り出すことが難しい。人や情報が集まり過ぎているために、ポピュリズムに走らざるを得ないのだろうか。

播磨地区や姫路市の企業は、京都と環境は異なるので、一概にすべてに賛同できないと言う経営者もいるかもしれないが、十分、参考になる意見だろう。播磨や姫路で生まれた企業なら播磨や姫路の本社で頑張る意味はあるのではないか。姫路から世界を見る発想が大切だ。古い常識は捨てた方がいいかもしれない。

その上で、市民も、もっと地元本社の企業への理解を深めることも必要だろう。企業と市民の交流を活発化させるように姫路市も動くべきかもしれない。新たに外部から企業を誘致する前にやることはあるだろう。

*参考

発言者は、堀場厚 堀場製作所会長兼社長。2016年7月22日付の毎日新聞の掲載より。

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2016年9月 1日 (木)

「猫の草子」を読む~『御伽草子』より

野良猫には、毎年、悩まされる。その小便は臭いし、便も、あちこちにする。困った存在だ。時々鳥や小動物を襲っているのは見るが、食するためと言うより、楽しんでいる感じ。ただ、そのためか、ネズミを見ることはない。時々、イタチと争ったのか、大怪我をしている。色々悪さをするイタチに勝ってほしいが、残念ながらイタチの方が強いようだ。

ところで、猫を題材にしたものとして、『御伽草子』に「猫の草子」という話がある。猫は、そもそも海外から献上されて、貴族たちが飼ってきた。ゆえに、猫は長年、ひもに繋いで逃げないように大事にされていた。

ところが、戦乱の時を終え、太平になったため、猫さえも、その恩恵を受けることになった。すなわち、京では、猫の紐を解いて、自由にせよという法令が慶長7年8月中旬に公布されたのだ。すなわち、それは次のようなもの。

一つ、洛中猫の綱を解き、放ち飼いにすべき事。

一つ、同じく猫、売買停止の事。

売買停止とは、この頃、猫を盗み、盗み猫と知りながら高額の取引が横行していたからという。ここには、公家衆が豊臣の支援を受けられない結果の没落も感じられる。盗まれたというが、実際は、闇で売っていたとも考えられる。それはそれとして、この法令により猫は市中に放たれる。

ここに上京付近に住む出家者の夢にネズミの和尚が現れ、歎きを訴え出る。それは、猫が市中に放たれ、結果的に、それまで自由にしたい放題してきたネズミは、逃げ隠れせざるを得ず、おちおち暮らせない。ちょっとでも世間に、その存在を知られると、殺されるという歎き。

それに対して出家者は、今までのネズミたちの不始末をなじる。「お前らは、仏前のお供えを食い散らすという悪行を重ねてきた。そうであるなら、因果応報で仕方あるまい」と。ネズミの和尚は、「仰ることはごもっともだが、若い連中は言うことを聞かない」と嘆いているうちに夜が明ける。

そして、次の夜には、同じ出家者に、今度は夢に虎猫が現れる。「昨夜は、ネズミが訴え出たと言うが、我々の言い分もあるので聞いてほしい」と言う。紐でくくられていた時は、飲みたいものも飲めず、前にネズミが走っていても捕えることができなかった。今は自由してもらえたおかげで、感謝に堪えない」と。

出家者は言う。「そうであるならば、善行をなし、殺生を止めないのか」と。これに対して、猫は、「天の与えてくれた無病息災の薬のネズミを食することは許してくれ」と懇願。これに出家者は言葉を失う。立場が違えば、それぞれに言い分があるものだと、返事に思案していると目が覚める。

そして、またまたまどろんでいると、今度はネズミがやってくる。京中で仲間と協議の結果、京の都を出て、近江の国のあちこちに分散するという。目が覚めて、出家者は親友に、これらの話をすると、実際、ネズミの数は減っており、ご政道のお蔭と感謝する。これは平和の産物と強く感じるのであった。

これは、慶長7年(1602)の法令は、関ヶ原の戦いが2年前にあり、慶長8年に徳川家康が征夷大将軍に任じられた時代。時代の過渡期の混乱を皮肉った作品と見ることもできる。直接的表現を避けながら、先に述べたように、豊臣家の支援を受けていた公家の没落や豊臣の残党狩りを暗に示しているのだろう。

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