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2016年9月 9日 (金)

王勃の漢詩「滕王閣」を鑑賞

九月九日は言わずと知れた重陽の節句。今回は、その関係の漢詩を取り上げてみる。それが、『唐詩選』にある王勃(おうぼつ)の「滕王閣(とうおうかく)。王勃は、唐の高宗の頃、才能を認められて都に出る。若くして、初唐の四傑の一人とされるらしい。能力は非常に高かったが、少し変わっていた。

それゆえ、皇族に仕えるのだが、行状が悪く、皇帝の怒りをかって追われてしまう。その後、死罪の奴隷が逃亡したのを一時匿ったものの、発覚を恐れて殺してしまう。それが露見して死刑になるところを大赦で一命をとりとめる。父親もベトナムに流されたので、訪ねに行くが、船から落ちて若くして28歳で命を落としたという少し残念な人物。詩作の優れた能力と人物は比例しないようだ。

今回取り上げる詩は、父を訪ねる途中で、南昌という所に来ていた時のもの。高宗・李淵の子で、太宗の弟の李元嬰(りげんえい)が建てた滕王閣が荒廃していたのを、後に洪州都督であった閻伯嶼(えんはくしょ)が再建修復した。それを彼は自慢して、九月九日の重陽の節句に、たくさんの客を招いて宴会を催す。

閻は、王勃が来ていることを知り、宴席に招いて、詩文を作らせる。そうすると、彼は一番若いのに、すぐにさらさらと即興で詩文を認めた。これには、周囲の者たちは一斉に驚いたというもの。

 滕王の高閣 江渚に臨み

 佩玉(はいぎょく)鳴鸞(めいらん) 歌舞罷(や)みたり

 画棟 朝に飛ぶ南浦の雲

 朱簾 暮に捲く西山の雨

 間雲 潭影 日に悠悠

 物換り星移り 幾秋をか度(わた)りし

 閣中の帝子 今何(いず)くにか在る

 檻外の長江 空しく自ずから流るるのみ

いつものように解釈に挑戦すると、次のようになるだろうか。

「滕王の建てた高閣は、入り江の渚に臨んでおり、貴人たちが佩玉を鳴らし、歌舞が催されたのであろうが、今はもう跡形もない。今も、絵の描かれた棟には、毎朝見られる南浦山の雲が見えるのは変わらない。朱色をした簾は、まさに日暮の西山に降る雨を捲いたようだ。

雲間には淡い影が西日に照らされて、のどかな雰囲気だ。転変する世の中、歳月は移り、幾度も中秋を迎えていることだろう。高閣を建てた滕王は、今は、どこにおられるのだろう。目を高閣の外に転じると、見える揚子江は、ただただ滔々と流れている」と。

今朝は重陽の節句らしく(西暦だけれど)涼しくなった。このようなしんみりとした漢詩は、やはり秋が相応しい。

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