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2016年9月 1日 (木)

「猫の草子」を読む~『御伽草子』より

野良猫には、毎年、悩まされる。その小便は臭いし、便も、あちこちにする。困った存在だ。時々鳥や小動物を襲っているのは見るが、食するためと言うより、楽しんでいる感じ。ただ、そのためか、ネズミを見ることはない。時々、イタチと争ったのか、大怪我をしている。色々悪さをするイタチに勝ってほしいが、残念ながらイタチの方が強いようだ。

ところで、猫を題材にしたものとして、『御伽草子』に「猫の草子」という話がある。猫は、そもそも海外から献上されて、貴族たちが飼ってきた。ゆえに、猫は長年、ひもに繋いで逃げないように大事にされていた。

ところが、戦乱の時を終え、太平になったため、猫さえも、その恩恵を受けることになった。すなわち、京では、猫の紐を解いて、自由にせよという法令が慶長7年8月中旬に公布されたのだ。すなわち、それは次のようなもの。

一つ、洛中猫の綱を解き、放ち飼いにすべき事。

一つ、同じく猫、売買停止の事。

売買停止とは、この頃、猫を盗み、盗み猫と知りながら高額の取引が横行していたからという。ここには、公家衆が豊臣の支援を受けられない結果の没落も感じられる。盗まれたというが、実際は、闇で売っていたとも考えられる。それはそれとして、この法令により猫は市中に放たれる。

ここに上京付近に住む出家者の夢にネズミの和尚が現れ、歎きを訴え出る。それは、猫が市中に放たれ、結果的に、それまで自由にしたい放題してきたネズミは、逃げ隠れせざるを得ず、おちおち暮らせない。ちょっとでも世間に、その存在を知られると、殺されるという歎き。

それに対して出家者は、今までのネズミたちの不始末をなじる。「お前らは、仏前のお供えを食い散らすという悪行を重ねてきた。そうであるなら、因果応報で仕方あるまい」と。ネズミの和尚は、「仰ることはごもっともだが、若い連中は言うことを聞かない」と嘆いているうちに夜が明ける。

そして、次の夜には、同じ出家者に、今度は夢に虎猫が現れる。「昨夜は、ネズミが訴え出たと言うが、我々の言い分もあるので聞いてほしい」と言う。紐でくくられていた時は、飲みたいものも飲めず、前にネズミが走っていても捕えることができなかった。今は自由してもらえたおかげで、感謝に堪えない」と。

出家者は言う。「そうであるならば、善行をなし、殺生を止めないのか」と。これに対して、猫は、「天の与えてくれた無病息災の薬のネズミを食することは許してくれ」と懇願。これに出家者は言葉を失う。立場が違えば、それぞれに言い分があるものだと、返事に思案していると目が覚める。

そして、またまたまどろんでいると、今度はネズミがやってくる。京中で仲間と協議の結果、京の都を出て、近江の国のあちこちに分散するという。目が覚めて、出家者は親友に、これらの話をすると、実際、ネズミの数は減っており、ご政道のお蔭と感謝する。これは平和の産物と強く感じるのであった。

これは、慶長7年(1602)の法令は、関ヶ原の戦いが2年前にあり、慶長8年に徳川家康が征夷大将軍に任じられた時代。時代の過渡期の混乱を皮肉った作品と見ることもできる。直接的表現を避けながら、先に述べたように、豊臣家の支援を受けていた公家の没落や豊臣の残党狩りを暗に示しているのだろう。

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