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2016年9月13日 (火)

コメンテイターとして不適切な人々

時事問題を扱うテレビ番組で、ずっと気になることがある。それは、コメンテイターとして、やたらと外国人と弁護士を活用していることだ。彼らは、おおむねコメンテイターとして不適切な人々だ。それが学者や専門家であっても同様だ。

まず、外国人コメンテイターの発言を聞いていると、どうしても出身国の意向が強く出る。だから客観的意見とは、ほど遠い。出身国の考え方で意見を述べられても、違和感を強く感じる。彼らはコメンテイターとしては不適切であろう。どうしても聞きたいのであれば、スポットで参考意見として聴取すればいいことで、コメンテイターにする必要はない。

それから弁護士のコメンテイターも不適切だろう。各種法律問題が生じた時、法律問題について説明を求めるのに便利なのだろうが、それはスポットで流せばいいこと。常時のコメンテイターにする必要はない。

それに彼らにコメントを求めても、官僚と同様で、法律の枠内での話しかできない。つまり、どうでもいいコメントしか述べられない。よって、いてもいなくても同じ。視聴率を気にするテレビ局が、彼らをコメンテーターとして登場させることは不思議でならない。

*追記

更に付け加えるならば、司会者のアナウンサーがコメントを発する例があるが、不適切であろう。彼らは基本的に「行司」の役割だ。出過ぎた発言は問題が多い。特にフリーの男のアナウンサーに多い現象だ。極論を発して、彼らの存在価値を強く示そうとしているのかもしれないが、彼らは、マスコミにとって「害虫」に近い。

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