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2016年10月31日 (月)

姫路城の認知度を上げるには

2015年度に、姫路城を訪れた観光客は、287万人。今年の2016年度上期(4月から9月)の姫路城総入場者数は、117万7千113人。昨年のグランドオープン効果はなくなり、昨年度同期比26%減となっている。

ただ、外国人観光客数が、20万人を超え、過去最大のペースで推移している。その結果、姫路城への外国人観光客の数は全体の約17%を占めるに至っている。以前に記したように、海外口コミサイトが発表した「日本の城ランキング2016」では、ランキング一位を記録している。

ところが、日本全体で見ると、認知度は、他地区と比べて、そんなに高くない報告が出た。米国のコンサルタント会社マッキンゼー・アンド・カンパニーが公表した米国・英国・オーストラリアの外国人1783人へのアンケート(2016年4月実施)によると、姫路城の認知度は8%に過ぎない。富士山(53%)、沖縄(29%)、京都エリア(22%)と比して、大きく水をあけられている。また魅力を感じた人の割合も、33%に留まっている。

ただ、これらのデータには、アジアの国々は含まれていない。そのことは別にして、各国の人々に応じた魅力を発信する必要がありそうだ。いわゆる海外地域別、国別観光マーケティングをして、対応力を上げて、認知度と満足度を高める方策が官民一致で求められる。

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2016年10月30日 (日)

貝原益軒の広い心

秋になったので、牡丹の植え替えをしている。以前にも、記したが、残念ながら黄色い花を咲かせる一種類の牡丹しか残っていない。いくつかの様々の牡丹を植えてみるのだが、残念ながら、うまく行かない。不思議と残った牡丹は、繁殖力が強い。株分けしても、どんどん増えていく。ということで、植え替えを少し実行。来年の春が楽しみだ。もう少し大きい花が咲くように工夫してみたい。

さて、拙ブログでも、貝原益軒のエピソードは、いくつか取り上げているが、今回も、新たな話を取り上げてみる。以前、どこかで取り上げたはずだが、ブログのデータになかったので、改めて記しておく。

彼は、多くの若い塾生を抱えていた。彼が不在の時に、彼らが庭で相撲を取り、益軒が大事にしていた牡丹の枝を折ってしまう。塾生たちは青くなり、善後策を考えるが処置なし。ただ謝るしかないと、益軒に告げると、にこにこしながら、次のように言ったという。

「人には誰でも過ちがある。相撲を取って、はずみで折れたのなら仕方ない。わざとでなければ致し方ない。私が牡丹を愛するのは、その花を見て楽しむためであり、人を叱るためではない」と。

そういう言い方をされたものだから、塾生たちは、深く反省したという。ここらへんが、サザエさんのお父さんの波平と違うところ(笑)。私も、広い心で、何事も捉えたいけれど、まだまだ修行が足りません。

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2016年10月29日 (土)

時代を読めない民進党 2016~消費税問題

民進党が、消費税を2017年4月から2年半延期するための法案に対して、採決に反対するという。確かに税収が減少し、社会保障の支出が増える現在、消費税を増税しようとする意向は分からないでもない。

しかしながら、依然、消費税を上げられる環境ではない。可処分所得が増えない現状、消費税を上げれば、更に経済は悪化してく。世界経済は、しばらく安閑としていられない状況だろう。

民進党の考え方が財務省の意向を反映したものとすれば、明らかに間違った判断だろう。時代が読めていないと言われても仕方ない(*注)。消費税増税は、インフレが亢進する段階で決めればいいことだ。それまでは、他の租税政策で対応すべきだろう。

*注

この判断のまずさは、多分、元首相で、現在の野田幹事長の見方だろう。彼が首相の時の経済状況と現在は明らかに異なる。継続的な経済の不勉強も甚だしいと言える。彼は、元首相なのだから、本来は引退すべき。よって、この人を幹事長に据えた蓮舫氏も、政治センスに問題がある。

また、原発再稼働を支持する連合の意見に左右されているのも、情けない感じ。最早、大した支持層でない連合を切り捨てる勇気も求められる。彼らが自民党票に流れても、別に問題はない。連合を切ることで、やる気さえあれば、かえって多くの新しい選挙民を開発できるだろう。

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もうすぐ姫路で、全国陶器市 2016(S)

恒例の姫路全国陶器市が2016年11月2日から6日まで催される。今回で29回目。場所は、姫路大手前公園。今年は71ブース。他に、楽焼チャレンジコーナー(11月3日、5日、6日)、ろくろ体験、アマチュア作品展、出展者ろくろ実演、作品展、お茶席も設けられる。

毎年、陶器にしろ磁器にしろ、割れたり欠けたりする。以前、購入して気に入っていた備前焼の湯飲みは、破損させてしまったし、小鉢も欠けがいくつか出ている。今年は、どんなものを補充しようか思案中。とにかく、行かないことには判断できない。基本的に衝動買いで、行くのが楽しみだ。

また、「ストリートいけばな展」として、商店街各所(30店)で、全国陶器市に出展された各地の陶器に季節の花を活けて展示する。西二階町商店街、二階町商店街を中心に、みゆき通り商店街、おみぞ筋商店街でも、数店展示される。また、グランフェスタの喫茶店でも展示されるらしい。

それから以前にも、少し記したが、「姫路菓子まつり2016」、「姫路城皮革フェスティバル2016」も同時開催される。

*追記

ついでに記せば、同期間中、西二階町商店街にある「七福座」では、お笑いライブ、落語が催される。お時間があれば、どうぞ。いずれも入場無料。

11月2日 17:00~18:00

      お笑いライブ『Cクリエーション』 “ひめクリ”

11月3日 14:00~

      第4回愚かな夢の会(落語会)

11月5日  13:30~

      第10回どしろうと寄席

11月6日 14:00~

      第8回元気寄席

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2016年10月28日 (金)

『リチャード三世』を読了

先日読了したシェイクスピアの『ヘンリー六世』に続き、『リチャード三世』(松岡和子訳。ちくま文庫刊)を読了した。この方は、『ヘンリー六世』の時より、速く読み進めることができた。やはり慣れというものかもしれない。

この話は、ランカスター家から王位を奪還したヨーク家だが、四代目ヨーク公グロスター公(後のリチャード三世)が、権力に目がくらみ、王位に就いている兄弟のエドワード四世、同じく兄弟のクラレンス公、エドワード四世の子のエドワード五世を亡き者にして、ひたすら王位を追い求める。

その過程で協力した人々も次々と不安に駆られ切り捨てていく。もちろん、これで王位を簒奪できても、長続きしない。結局、リチャードについていた味方にも裏切られ、終に身を滅ぼしていく。

結果的に、ランカスター系のリッチモンド泊(後のヘンリー七世)とヨーク家方のエドワード四世の娘エリザベスが結婚し、ここに、ばら戦争は集結する。ここでは描かれていないが、彼らの間に生まれたのが、ヘンリー八世である。

権力欲は、男の性だが、リチャード三世は、その典型だ。すなわち、権力奪取のため、周囲が見えなくなる。そして権力を奪ってからのそれからを全く考慮に入れていない。一種の権力奪取ゲームに夢中になっている。これは案外、世界のあちらこちらでも見られる現象かもしれない。学べることはあるだろう。

*追記

ついでに記せば、今回の話にはないが、ヘンリー八世と結婚したのが、アン・ブーリンで、その間に生まれたのが、後のイングランド女王・エリザベス一世である。なお、彼女が三歳の時、母親のアン・ブーリンが不義の疑いで処刑され、王女エリザベスも庶子に落とされる。その時に周囲が呼び名に困り、「レディ・ベス」と呼ぶようになる。これはミュージカルの題材にもなっている。

また、エリザベスはプロテスタントであるが、ヘンリー八世が別の女性キャサリンとの間に生まれたのがメアリー・チューダーで、カトリックであったことから、女の争いが起こる。それはメアリーも別の理由で、ブーリンに庶子に落とされた恨みが絡んでいるという。こういう話が好きな人は、ちょっと先だけれど、『レディ・ベス』としてミュージカルで上演される(2017年10月・11月公演)から、観てみて(笑)。

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2016年10月27日 (木)

第68回姫路お城まつりキャッチフレーズ募集 2016

例年の如く、来年(平成29年。2017年)5月中旬に、「姫路お城まつり」が開催される。そこで、お城まつり奉賛会は、来年の姫路お城まつりのキャッチフレーズを募集している。今まで、キャッチフレーズを募集していることは知らなかったので、初めて記事に取り上げてみる。募集要項は次のようになっている。

◎応募方法

  必要事項を記入し、郵送、FAX、メールで応募する。

 < 必要事項 >

  一、キャッチフレーズ

     一人の応募につき最大3点まで。

     漢字にはふりがな必要。

     未発表のものに限る。

  二、氏名

           ふりがな必要

  三、年齢

  四、住所

  五、電話番号

  六、職業

     学生の場合は、小・中・高・大学の区分

     および学年

◎募集期間

  平成28年10月24日~11月11日必着

◎選定方法

  姫路城お城まつり奉賛会内の選定委員会にて

  優秀賞1点を選定

  入選作品には、選定委員会で補作することもある。

  優秀賞受賞者の住所、氏名、年齢、性別、職業は公表する。

  住所は、市町村名まで。

◎賞金

  優秀賞 賞金1万円

  但し、高校生以下は1万円分の図書カード

◎発表

  平成28年11月25日

  「姫路お城まつり」公式ホームページ

  入選者には直接通知。

◎応募先・問い合わせ先

  姫路お城まつり奉賛会

  キャッチフレーズ募集係あて

  〒670-0012

    姫路市本町68  姫路市観光振興課内

  電話 079-287-3652

    FAX   079-287-3657

    E-mail  oshirofes@city.himeji.hyogo.jp

*参考

過去のキャッチフレーズ

 第62回

  「ともに歩もう 明日に向かって」

 第63回

  「真夏のキャッスルカーニバル」

 第64回

  「ひめじの官兵衛 見参 !」

 第65回

  「燃えよ !官兵衛 ! 熱き夏 !」

 第66回

  「翔べ ! 白鷺 !  姫路の天空に !」

 第67回

  「白鷺の 新たな歴史を君の手で」

第66回より、開催が真夏から春に移行している。そのことを踏まえて、時代、地域の雰囲気を考慮して応募されてはと思う。また主催者には悪いが、暇つぶしに気楽に応募されてはどうだろう。案外、そういう作品の方がいい場合が多い。

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断層を認識していなかった鳥取地震2016

今回の鳥取地震は、データ上の活断層がなく、断層は認識されていなかったという。以前の記事で記したように、日本は、断層の上に断層が重なっており、全ての活断層が認識されているわけでもない。

日本での原子力発電には、やはり強い危険が伴うと言える。日本は、原子力発電をするにはリスクの大きい環境であることは間違いない。改めて、コスト的にも合わない原子力発電は、早期に全て廃炉にして、他のエネルギー手段に切り替えることが望まれる。

今後も、活断層の認識されていない地域で、大きな地震がある可能性は高い。活断層がないからといって安心は決してできない。震災に備えるとともに、災害後の、自助、共助、公助のあり方を再確認したいものだ。

と同時に、小泉元首相も主張しているように、原発をいかに廃止していくかが問われている。それには最早、残された時間はない。原発立地地域の方々も、考え方を改めてもらわねばならない。そうしないと、危機に陥った時、国民の支援は得られないだろう。

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2016年10月26日 (水)

秋の花たち 2016年10月下旬

二度咲きしたキンモクセイも、花の勢いがなくなり、終わりかけている。また夏から咲いているキキョウの花も、段々花が小さくなり、これもやはり終わろうとしている。

そんな中、ツワブキの黄色い花が咲いている。ツワブキは、繁殖力が強く、雑草除けに植えているもの。そして、昨年植えたサザンカの白い花を咲かせている。なかなか、いい雰囲気。ただ今年は、なぜか少しピンクがかかっている。土壌の加減だろうか。

また茶の白い花も、かわいらしく咲いていた。この花を元にデザインした饅頭を思い出す(笑)。菊は、相変わらず手入れができていないので、小輪ものばかり。これは仕方ない。姫路城の菊花展で大輪の菊を見に行こうか。

これからは花の種類も限られてくるが、サザンカの赤い花とか、ヤツデの黄色い花とかが咲くのだろう。ツバキも蕾を大きくしているが、いま少し待たねばならない。

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いつまで放送するのか東京問題~スピンという罠

マスコミが毎日のように、報道番組で、東京都知事、東京オリンピック、豊洲市場移転問題を延々と扱っている。放送局が東京に在るから、どうしても、そちらに関心が行くのだろうが、国全体として見れば、おかしなことだ。

これらの騒動に隠されて報道されていないことはたくさんある。それなのに、これらは無視されている。関心をそらせ、当局にとって不都合な情報を流さないようにすることを情報操作、すなわちスピンと言うが、これがされている可能性もある。

例えば、年金減額法案については、マスコミはそんなに大騒ぎしていない。その他にも、一般国民にとって大切なことは、もっといろいろある。残念ながら、限られた報道によって、世論は、操作形成される。それは、例えば、選挙等の結果に大きく影響するだろう(マスコミの報道が特定の政党あるいは候補者を支援することにつながっている)。

ポケモンGOと同様、マスコミ(情報)によって人間がロボット化されれば、多くの人たちは、それらにコントロールされることになる。マスコミは、巧妙にスピンドクターに操られないようにしないでもらいたい。

そのためには、バランスの取れた報道を心掛け、現象の裏を読み、スピンドクター等の悪意に注意する自覚が求められる。決して視聴率の罠に、はまらないようにしてもらいたい。また視聴者としても、マスコミが一つのテーマを繰り返し報道するようになったら、怪しいと疑うべきかもしれない。

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2016年10月25日 (火)

幸せな人生とは~杉田玄白の回顧より

俳優の平幹二朗さんが82歳で急逝された。彼の落ち着いた話ぶりとテンポは、芝居やドラマを重厚な感じにさせた。しばらく、彼に代わる俳優は出ないかもしれない。ただ、私生活では、女優の佐久間良子さんとの離婚後、家族との接触はなく、様々な噂はあったものの独り暮らしだったようだ。よって幸せな人生とは言えないかもしれない。

しかしながら、彼は「セリフを覚えられる間は、この仕事を続けていく」と言っていたらしく、仕事の面では、幸せであったかもしれない。幸せの価値観は、それぞれ異なるが、全ての面で、人が幸せな人生を送れるとは言えないかもしれない。

そういった中で、蘭学者の杉田玄白は、幸せな環境の中で、85歳の天寿を全うしたと言えるかもしれない。彼は晩年、回顧して幸せな人生を送れた要因を次のように語っている。

一、太平の世に生きたこと

一、天下の中心である江戸で成長したこと

一、広く人々と交流出来たこと

一、長寿に恵まれたこと

一、安定した俸禄をうけていること

一、貧しくなかったこと

一、天下に名を知られたこと

一、子や子孫の多いこと

一、老いて、なお壮健であること

以上の、九つの要因を挙げ、「九幸」と号するようにまでなっている。ただ、ここに至るまでに、様々な努力をしてきたわけで、それに考え方や環境が味方したと考えられる。実際、彼は虚弱体質で、持病もあり、長生きできないと思っていたらしい。

よって晩婚で、必ずしも幸せな人生でないように見えるが、それを養生で補い、長命にたどり着いている。75歳まで、医者として活躍し、家督を譲って隠居後も、現役続行している。このように見ていくと、一生、仕事を、それなりに続けていくことが、幸せを招くのかもしれない。生涯現役という気持ちは大切だ。

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2016年10月24日 (月)

晩年の良寛の恋

元知事と元女優の老いらくの恋が話題になっているが、元気な余生と言えよう。超高齢社会では、高齢者も様々だが、恋愛も珍しくない現象かもしれない。ただ、元気であっても、晩節を汚さないようにしてほしいものだ。

さて、孤独感が強く、浮いた話など、あまり聞かない良寛だが、晩年、恋に近いことがあったようだ。彼の場合は、プラトニック・ラブに近いかもしれない。相手は、貞心尼という女性。医師の夫と23歳ごろ死別して、その後、出家している。

彼女は、美人の誉れ高く、歌文にも秀でていた。その彼女が30歳ごろ、春に良寛を訪ねた。そして、次の歌を呈して、良寛の法弟になることを願い出る。詞書には、「師常に手まりをもて遊び給ふとききて奉るとて」とある。

 これぞこの 仏の道に 遊びつつ

   つきや尽きせぬ 御法(みのり)なるらむ

当時、良寛は70歳くらいで、籠っていて留守にしていた。秋に、この歌を見て返す。それが次の歌。基本的に、この時点では、本人に直接会っていないので、真面目に返している。

 つきてみよ 一二三四五六七八 九の十

   十とをさめて またはじまるを

手まりをつくように、仏の修行も繰り返すことが大切と詠んでいるようだ。その後、良寛との交流は74歳で亡くなるまでだ。よって4年弱の間の交流ということになる。良寛は、貞心尼が、訪ねてくることを、ことのほか喜び、それを歌にして残している。

 君や忘る 道やかくるる このごろは

   待てど暮らせど 音ずれのなき

やはり貞心尼が美人だったことが影響しているのだろうか。あるいは詩文を高く評価したからであろうか。首を長くして、彼女の来訪を持っている気持ちを表している。待つ身は辛いものだ。

貞心尼は良寛と違い、結構忙しく、そんなに頻繁に訪れることはできないことを考慮しない歌(笑)。それでも、晩年の一休のような恋とは異なり、貞心尼の美しさに惹かれながらも、精神的な心の交流を楽しんだようだ。

*追記

貞心尼は、良寛の没後、良寛とのやり取りをまとめ、『はちすの露』という本にまとめた。

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2016年10月23日 (日)

カフェインレスコーヒーの有難さ

本日、二本目の投稿。

午後6時以降は、カフェインを含む飲料は避けるようにしている。そうしないと、どうしても寝つきが悪くなるからだ。それでも、コーヒー等を飲みたくなる時がある。そして、その後の後悔の繰り返し。

先日、ある売り場をうろうろしていたら、「カフェインレスコーヒー」なるものを見つけた。カフェインをカットしたインスタントコーヒーだ。早速、飲んでみると割と美味しい。そして、午後6時以降に飲んでも、寝つきは全く問題なし。

フレッシュの種類で、味は微妙に異なるが、あるメーカーのフレッシュがぴったり合うことを発見。このコーヒーがあることで、午後6時以降も、コーヒーが楽しめるのは有り難いことだ。

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草引き相撲と良寛

子供時代、草引き相撲をやったものだ。何の草だったか忘れたのでネットで調べると、「オオバコ」が使われることが多いとあったが、記憶は曖昧だ。とにかく、ある草を取ってきて、お互いにそれぞれ引っ掛けて引き合う。そして切れたら負けという単純なものだが、楽しかった。

ネットで見ると、オオバコ保存の環境団体は批判しているようだが、ナイーブすぎる。子供の遊びだし、もっとおおらかになれないものか。いろいろ大人の理屈をつけて、あれは駄目、これは駄目と言うのは、どこかの環境団体が各国の日本の伝統文化を否定して鯨捕獲を批判するのと同類だ。

それはそれとして、良寛の漢詩に、草引き遊びを題材にしたものがある。それはつぎのようなもの。

 也(ま)た児童と百草を闘はす

 闘ひ去り闘い来たりて転(うたた)風流

 日暮寥寥人帰りし後

 一輪の名月素秋を凌ぐ

良寛は、手まりを持ち歩き、子供と、常時、戯れた。子供たちも、彼を遊び相手として認めた。多分、草引き相撲もしたのだろう。子供たちと、日が暮れるのも忘れるほど遊んで、子供たちが去ったあとの取り残された寂寞感。そこの秋空に月が輝いている。彼の強い孤独感が表れている。

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2016年10月22日 (土)

行動パターンの戒め~『韓非子』より

私たちは、何をベースに行動すべきなのか。行動パターンを戒めた話として、『韓非子』に次のような話がある。ある人が、靴を買いに行こうとしていた。そこで、まず自分の足の寸法を測り、それを座るところに置いていた。ところが、いざ買い物に行く時、そのメモ書きを忘れた。

売り場で、靴を手にして、メモ書きを忘れたことを思い出す。それで、家に引き返して、メモを持って再度、店に行くと、店は、もう閉まっていた。どこかおかしくないか。

店で、自分の足に合うものを買えばいいのに、メモ書きを取りに帰ってしまったというおかしな行動。彼に、それを指摘すると、「寸法書きは信用できるが、自分の足は信用できない」と言ったとさ。

他人の靴を頼まれて買いに行くのなら、ともかく、自分の靴を買うのに、寸法書きに頼ろうとするおかしさ。しかしながら、人は、案外、同じような過ちを犯している。自分自身が持っているやり方や考え方にこだわり、臨機応変に対応できないことを戒めている。

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2016年10月21日 (金)

大きな地震の揺れ 2016年10月

少し前の、2016年10月21日の午後2時過ぎ、姫路市では、結構な地震による揺れがあった。神戸時代の経験だと、体感的に震度5くらいかな(*追記)。先ほどまで、脚立に乗って作業していたので、危ないところだった。ニュース速報を見ると、震源は鳥取中部で震度6弱とのこと。しばらく、このような地震が続くかもしれない。ずっと近所の犬が騒いでいる。

*追記

追加のニュース速報では、最大震度4と報道しているが、違和感あり。それ以上と思う。震度の精度は、地域によってバラつきがあるのだろうか。それとも体感記憶に誤りがあるのだろうか。

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やはりコメディーの時代

以前にも記したが、少し前から、ドラマはコメディーに注目している。少し前のドラマでは、熟年の女性が若返ったことによって、あたふたする「スミカスミレ」、政治をからかった「民王」、食事に誘う男たちの下心を観察した「女くどき飯」、年齢差の大きいカップルのドタバタの「お義父さんと呼ばせて」、視聴率は取れなかったようだが、舌で成分が全てわかる男の「神の舌を持つ男」等々。

現在は、主人公が、もったいぶった、おかしなしゃべり方が多少気になるが、シャーロック・ホームズばりの大袈裟な演技をする「IQ246」。あるいは、契約結婚をテーマにし、ドラマの終わりの踊りで注目を浴びた「逃げるは恥だが役に立つ」のラブコメなどが目を引く。

コメディーを視たくなるのは、シリアスなドラマやサスペンスドラマ、あるいは医療系ドラマに飽きてきたことがある(特にテレビ朝日系)。これらのドラマは、明らかにネタ切れでワンパターン化している。安心感はあるが、結末は予測できる。またシリーズ化されすぎて、内容が、もうゲップが出るところまで来ているかもしれない。

そういう反動で、コメディーが求められている。多少現代的なシリアスな面を見せつつも、コメディー化することで、視聴者に心理的負担が小さくなる。逆に言えば、後に何も残らないということもできるが、視聴後に後味の悪さを感じなくてもいい。しばらく、この流れは変わらないだろう。

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2016年10月20日 (木)

淡路人形座が、『播州皿屋鋪』を復活公演

本日、二本目の記事。報道で、淡路人形座が、『播州皿屋鋪』を復活公演するとあったので、備忘録として記しておく。淡路人形浄瑠璃の興業組織「淡路人形座」(兵庫県南あわじ市)が、演目として、『播州皿屋鋪』を復活させるらしい。一般には、「播州皿屋敷」と表示されるが、浄瑠璃では、、『播州皿屋鋪』と表すようだ。

寛保元年(1741)に初演され、残っている記録では昭和10年(1935)に上演されて以来のことのようだ。実に約80年ぶり。上演台本にあたる「床本」は残っていたが、人形の振りは残っておらず、曲の一部は継承されていない箇所もあったが、大阪市立大学の久堀裕朗准教授の研究者の力を得て、仕上げたらしい。

拙ブログも、「播州皿屋敷」については、内容を記したが、浄瑠璃の内容は、独自の演出ということで、少しひねってある。演目は、「青山館の段」、「忠太物狂の段」となっている。青山とは、お菊を殺した青山鉄山のこと、忠太とは、鉄山の弟。お菊の霊が苦しめる内容。

そういことで、座員ら19名が、お菊が祭られる姫路のお菊神社(十二所神社内)に、成功を祈願するため、平成28年(2016)10月19日に、訪れたという。なお、公演は、2016年12月17日の午後3時から、淡路人形座専用劇場(南あわじ市福良甲。0799-52-0260)で催される。公演の入場券は、11月以降に売り出す予定という。姫路でも、是非公演してほしいものだ。

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姫路で、秋の武道祭開催の案内

姫路市手柄にある兵庫県立武道館で、例年催されている「武道祭」がある。今回で15回目。2016年の開催日は、11月3日で、12:30から16:00まで。様々な武道の模範演武や演武を披露する。今年は、剣道となぎなたの模範演武がされる。同時に、体験教室や公開稽古も開催する。

体験種目は、合気道、日本拳法、空手道、剣道、銃剣道、武術太極拳、少林寺拳法、柔道。事前予約制。詳しいことは、兵庫県立武道館のホームページで確認してください。観光旅行で姫路に来られている方は、ついでに寄られても十分楽しめるだろう。観覧無料。

交通は、山陽電車姫路駅から一つ目の「手柄駅」下車。上新電機のある方向に歩いて行き、手柄山の坂を上っていくと、姫路植物園を過ぎて、すぐ。

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2016年10月19日 (水)

不思議なキンモクセイの二度咲き

本日、二本目の投稿。

先日、キンモクセイが咲き終わったので、そろそろ剪定に取り掛からねばと思い、少しずつ処理を始めていたのだが、今朝、ふとキンモクセイの木を見ると、あれあれ、また咲いているではないか。一体、これはどういうこと。

ネットで調べてみると、たまにあるみたい。涼しくなって秋が来たと思って、咲き終わったところ、また夏の暑さがぶり返し、再度、咲いたようだ。ちょっと嬉しいが、少し戸惑う。彼女に、さよならと言われたのに、また、こんにちはと言われた感じ(笑)。

でも、今度、咲き終わる頃が、本当の秋に突入するのだろう。しばらく剪定作業はお預けだ。

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急激な政策転換の危うさ

東京都の新知事が、いろんな改革に手をつけている。それは選挙公約だから、仕方ないともいえるが、急激な政策転換には危うさが潜んでいる。

以前、民主党が、自民党から政権を奪った時も、急激に選挙公約を成し遂げようとして、現場は混乱し、結局、民主党は政権を手放さざるを得なくなった。また大阪維新の会(現在は、日本維新の会)も、いろいろ強硬に提言し実行したが、うまく行ったとは言えないだろう。

一般に、民意すなわち民間人の意識は、ゆっくりと変化していく。そして、頭で改革のことを理解していても、体(現実)はついて行かないものなのだ。確かに一部の人は、政策の急展開を主張するが、現実の政治運営としては、かなりハードなものになる。政治は、民意と行政の一体処理が必要だが、政治だけが暴走すると、往々にして結果はでない。むしろデメリットを国民が負うことになりがちだ。

企業の経営においても、トップが変わることで、急激な戦略転換を図ると、組織は混乱して、活動は停滞し、立て直すのに時間がかかることが多い。従業員の意識転換には、それなりの時間を要するのだ。それをトップの思い込みで暴走すると、経営は、むしろ悪化していく。改革は、緊急時を除いては、じんわりと展開しなければならない。

新トップは、確かに新しいことをして内外にアピールしたいのは分かるが、その戦略変更運営は慎重を期す必要がある。例えば、新規に戦略部署を作って、そこで成功例を作っていき、そこでの成功体験を徐々に広めていくようなやり方が望ましい。既存のシステムに、いきなりメスを入れるとなると抵抗も大きいし、成功は限りなく遠くなる。組織は人で成り立っていることを忘れてはならない。

また、これは経営トップに限らず、部門のトップでも、同様のことが言える。昔は、就任して、三年は改革は待てと言われた。今は、そんなに呑気に構えることもできないことは確かだが、急がば回れの精神で、改革というのには取り組んだ方が成功率は高い。新しい組織の長は、その点に注意してほしいものだ。

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2016年10月18日 (火)

子供との約束~『韓非子』より

一般に、親は子供との約束を軽視しがちだ。よって軽い気持ちで、子供と約束してしまったりする。その結果、約束が守れない状態になる。それに対して、度重なれば、子供は親に対して不信感を持つようになる。子供に限らず、自分より小人(軽く見ている人)に対しては、約束事を軽く考え、後から、強いしっぺ返しを受けたりする。

『韓非子』では、次のような話がある。孔子の弟子である曽子の妻が、市に出かける。そうすると、子供が後を追っかけて泣きじゃくる。妻は、「お前は、家に帰っていなさい。市から帰ったら、豚を殺してお前の好きな料理をしてあげる」と言う。子供は納得して、家に帰る。

妻が市から帰ってくると、曽子は、豚を捕まえて殺そうとした。妻は、それを止めさせ、「子供に言ったのは冗談ですよ」と言うと、彼は、「たとえ相手が子供であっても、冗談なんか言うものではない。子供は、何事も親に頼って覚えていく。だから、親が教えてくれる通りにするものだ。今、子供に嘘をつけば、子供に嘘をつくことを教えることになる。母子の信頼関係が崩れれば、最早、教育を成し遂げることはできない」と言い、そのまま豚を殺し、煮豚にしたという。

『韓非子』の話は、ある程度は歴史的事実に基づくものの、全てが全て事実ではなく、創作がほとんどだろうが、現代人にも多くの示唆がある。実際、小さい約束の積み重ねが信用を生む。できないのなら、本来、約束などをしてはならないということを案外忘れている。小さい約束でも、大切にしたいものだ。

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2016年10月16日 (日)

シェイクスピアの『ヘンリー六世』を読了

先日、シェイクスピアの『ヘンリー六世 全三部』(松岡和子訳。ちくま文庫刊)を、やっとこさ読了した。600ページという厚さもあるが、人物の関係を把握するのに、少し時間がかかった。巻末にある系図を参考にするのだが、系図にない人物も当然いるわけで、似たような名前も登場するので、少し混乱する。これが日本人の名前なら、すっと入るのだが、あちらの名前は、なかなか覚えられない。

もともと、この本を読もうとしたきっかけは、現役時代、『リチャード三世』を読もうとして挫折していたからだ。そして、学生時代に世界史で学んだ「ばら戦争」とは、一体、その中身はどのようなものであったのか知りたくなったこともある。

ということで、『リチャード三世』を読む前に、まず『ヘンリー六世』を読む必要があると思った。もちろん、もっとさかのぼれば、『ヘンリー四世』を読まなければならないのかもしれないが、ランカスター家とヨーク家の争いのばら戦争に的を絞った『ヘンリー六世』を読むことにした。もちろん、『ヘンリー六世』は、創作だが、ある程度、時代の雰囲気は味わえた。

ランカスター家もヨーク家も、元をただせば、エドワード三世を起源とする同族だ。彼らが争うようになったのは、要するに後継問題。もちろん単純なことではない。エドワード三世の長子の黒太子と呼ばれるエドワードの子が王位を継承し、リチャード二世となるが、この後の後継でもめる。一応四男のの子が王位を継承して、ヘンリー四世と名乗るが、三男と五男の子孫(いわゆるヨーク家)は、王位を簒奪したとして反発する。

だが、ヘンリー五世、ヘンリー六世と引き継がれていくのに対して、ヨーク家は不満が増殖していく。ヘンリー六世の時、ついに爆発して、戦争になる。そこには、謀略、敵味方の裏切り行為、フランス王の介入などあり、いわゆる権力闘争が生まれる。客観的に見れば、コップの中の嵐だが、当事者は、必死だ。

シェイクスピアは、個人の感情のもつれを巧みに描いている。もちろん、史実にある程度、忠実だが、あることは描き、あることは省くという時代劇であることは確か。人々のやり取りはシェイクスピアの創作だが、英国人の気象を、よく表現していると思う。最終的に、史実通り、この物語は、結局、ヨーク家が、ランカスター家を追い落とし、権力を握って終わっている。

日本でも、南北朝時代、戦国時代、江戸時代を通じて権力闘争があったが、ばら戦争は、南北朝の争いに近いかもしれない。どこの国も、やることは同じだ。権力に対する執着、面子の問題、女がらみの政治介入による混乱、権力闘争に翻弄される一般民衆など。

結局、自分が一番でないと満足できない人々で、民衆のことなど何も考えていない。今、東京で起こっている新知事による大騒ぎも、以前に記したように自民党の権力闘争に過ぎないのかもしれない。彼らにつき合わさせられる庶民も辛い。シェイクスピアの描いたことは、現代でも、延々と続いているということだろう。

*2016年11月11日追記

報道によると、英国オックスフォード大学の全集が、シェイクスピアの『ヘンリー六世』三部作が、シェイクスピアのライバルと目されてきたクリストフアー・マーロウとの共作だったと認定したらしい。そして、今回の研究では、彼の44作品のうち、17作品に共作者がいたとの結果がでているという。

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2016年10月15日 (土)

富士通がニフティ売却とか

現在まで、ニフティとプロバイダー契約し、ココログを始めて10年以上。そのニフティを富士通が売却するらしい。売却先は年内に決定する模様。契約者が減少してるというが、運営自体は問題ないと思う。

だが、どこか殿様商売をしてしまったのかも。時代も変わって、人々の志向も変わってしまったとも言えるが、契約者を増やすには、もう少し、旧態依然から脱し、積極性とアイデアが欲しかった。果たして、どの企業が事業を引き継ぐのだろうか。

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出来の悪い子供たち~陶淵明の漢詩より

大体、母親というものは、子供に過剰な期待をする。「末は博士か大臣か」とまでは行かなくても、ちょっとした子供の言動や行動を見て、「この子は、いずれ一廉(かど)の人物になるかもしれない」と妄想しがち。更には、自分自身は学生時代、そんなに勉学に励んでいなくても、子供には勉強を強要したり、多くの習い事をさせたりする。これらは、いずれも、子供たちにとって、大きな心の負担となる。

それに対して、男親は、割と冷静だ。もちろん、最近は、母親と同じ志向をする父親もいるにはいるが、どこか冷めている。むしろ、子供の資質を見極めるか、放任状態が多いかもしれない。どこかに、俺の人生と子供の人生は違うと考えてしまう。子供には子供の人生があるとは、父もよく語っていた。

ところで、陶淵明の漢詩に、『責子』というものがある。読み下せば、「子を責める」となる。彼は、阿舒、阿宣、雍、端、通という男の子が五人いたようで、詩に読み込まれている。その内容は次のもの。

 白髪は両鬢(りょうびん)を被(おお)い、

 肌膚復た実(ゆたか)ならず。

 五男子有りと雖(いえど)も、

  総て紙筆を好まず。

 阿舒已に二八なるに、

 懶惰なること故(まこと)に匹(たぐい)無し。

 阿宣は行ゆく志学なるも、

 而(しかれど)も文術を愛せず。

 雍(よう)と端とは年十三なるも、

 六と七とを識らず。

 通子(とうし)は九齢に垂(なんな)んとするも、

 但だ梨と栗とを覓(もと)むるのみ

 天通 苟(いやしく)も此(かく)の如くんば、

 且(しばら)く杯中の物を進めん。

この詩を読むと、淵明は、出来の悪い子供たちを嘆いているように見える。ただ、わざわざ漢詩にして、子供の名前を詠み込んだことからすれば、大きな愛情を感じ取ることができる。子供は、いずれにしても、将来は、自分の足で立ち、歩いて行かなければならない。結果に対しては、本人たちがけりをつけないといけない。そう考えると、子供に過剰な期待をするより、それぞれの特性を見つけて、それを伸ばしてやることの方が大切とわかる。

*注

詩の中にある「二八」は、十六歳のこと。また「志学」とは、十五歳のこと(『論語』より)。

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2016年10月14日 (金)

2016年の姫路ミュージック・ストリートは11月6日開催

毎年催されている姫路ミュージック・ストリートは、今年2016年は、11月6日の日曜日に開催される。今年の会場は、姫路文学館 講堂、姫路市民ギャラリーアートホール(イーグレひめじB1F)、姫路市立美術館 講堂の三会場。時間は、12:00より15:50まで。入場はすべて無料だ(ただし、定員を超えると入場できない場合がある)。

概要は次のようになっている。

◎姫路文学館 講堂

  12:00~13:20  「秋の名曲コンサート」

  23:30~14:50  「尺八・ピアノ ニューパートナー

            ハートフルコンサート」

◎姫路市民ギャラリーアートホール(イーグレひめじB1F)

    12:30~13:50  「秋を彩るスタンダードジャズ」

  14:00~15:20  「ハッピーエンジョイ

           デキシーランドジャズ ライブ」

◎姫路市立美術館 講堂

  13:00~14:20  「土の音色『オカリナ』の豊かな響き

           楽遊トリオコンサート」

  14:30~15:50  「聴かせてよ、愛の言葉を」

姫路城周辺を散策しながら、お好きなジャンルの音楽で秋の姫路のひと時を楽しんでもらえばいい。なお、三か所の会場は、姫路城周回のレトロバス(有料)も運行しているので、それを利用するのもいいだろう。

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姫路食博2016&世界のおでん・お酒横丁の案内

今年も、姫路食博2016&世界のおでん・お酒横丁が開催される。場所は、大手前公園にて。期間は、2016年11月11日より13日まで。時間は、10:00から17:00まで。県内、播磨のご当地グルメが集結する。友城・鳥取グルメコーナーとか、熊本地震震災支援コーナーも設けられる。

*追記

後日案内する予定だが、姫路市立美術館にて、11月12日から、「鈴木其一 江戸琳派の旗手」の展示開催される。鈴木其一は、あの酒井抱一の弟子。東京でも開催され、高い評価を受けたもの。

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2016年10月13日 (木)

2016 第8回姫路菓子まつりの案内

例年通り、2016年の今年も姫路菓子まつりが開催される。期間は、11月2日から6日まで。時間は、10:00から17:00まで。場所は、いつも通り、大手前公園。

催し内容は、「お菓子の芸術・工芸菓子を展示」、「お菓子の実演と販売」、「姫路のお菓子今日の逸品」だ。今年は何を買おうか。また、近くのイーグレ1F姫路会場でも、「思い出のお菓子」児童絵画展が催される。流風の思い出の菓子と言えば、空に浮かぶ雲を見て、あれが綿菓子だったらいいなと妄想したこと(笑)。

*追記

また同じ日程で、大手前公園で、「全国陶器市」、「姫路城皮革フェスティバル」も開かれ、手ごろな価格で展示即売される。

*追記

その他の姫路城周辺の催し

◎姫路城菊花展 11月13日まで

  姫路城三の丸広場にて。無料

◎姫路城平成の修理工事写真展 11月27日まで。

  日本城郭研究センター(県立歴史博物館の近く)。無料

       毎週月曜日と11月4日、17日、23日は休館。

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無舌ということ

無舌と言うと、「舌がない」ということだろうが、私たちは、舌を持っている。故に、人々は話すことができる。実は、この言葉は、山岡鉄舟が、落語家の円朝に対して示した言葉。

円朝は、当時から、名人の呼び声が高かった。そこで、鉄舟も、彼の落語を聞きに行く。ところが、彼は、口でまくしたてるが、心に響くものがない。高座を降りた円朝に対して、鉄舟は、「お前の落語は全く面白くない」と指摘。

これには、円朝も驚き、「なぜですか」と聞くと、鉄舟は、書を認めたのが、「無舌」という言葉。円朝は、最初は、見ても、よくわからなかったが、よくよく考えると、ただしゃべるだけでは駄目だと悟る。そして、鉄舟の弟子になったと伝えられる。

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2016年10月11日 (火)

正三の座禅の心得

以前にも取り上げたと思うが、三河武士の鈴木正三(すずきしょうざん)は、大坂冬の陣で活躍したのに、戦後、出家した。その後、彼の教えは、民間人に座禅の心得として大変参考になる言葉を残している。それを過去のメモ帳から挙げておこう(出典不明)。

一、武士たる者は、戦場の気迫で座れ

つまり常在戦場の自覚を求めている。現代でいえば、外回りする営業関係に通ずる話。一つ一つの言動、行動を大切にする。一瞬一瞬を大事にする。座禅でも、それを実行しろ。

二、農民は一鋤(すき)一鋤力いっぱいの心で座れ

農民は心を込めて耕せば、土は生きてくる。同様に、座禅でも、その様に座れ。

三、職人は一鎚一鎚ふりおろす力で座れ

職人は鋼を鍛えるのに、一心で鎚を振り下ろすように、ものを作りこむように座れ。

四、商人は、一品一品一生懸命に売るつもりで座れ

商人は、真心込めて一品一品を扱って売れば成果が生まれる。その気持ちで座れ。

要するに、座禅も真剣勝負の気持ちで臨めとしている。

*追記

なお、江戸時代に、「商人道」を説き、現代日本のビジネスにも大きく影響を与えた石田梅岩も、鈴木正三に私淑した。彼は、次のように説いている。

「柳は緑に、花は紅、侍は侍、農民は農民、工人は工人、商売人は商売人、職分の外に臨み有ば、有心にして、無心の天に違えり。違えば、天命に背く。天命に従って、我職分を能くせば、不動心の地位に至るべきにあらずや」と。

要するに持ち場持ち場で、やるべきことを徹底するべきと説いている。

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2016年10月 9日 (日)

子供の名前と一休と言う名

子供が生まれると、一般的に親は悩みながら名づけをする。最近は、いい加減な名を付ける人もいるようだが、それではちょっと可哀想。確かに、昔、子だくさんの家は、名づけるのが大変なため、「一、二、三、四、五、、、、、」と頭に付けて、後は適当に、夫や子を付けていた例もある。でも、今は子だくさんではないだろうから、もう少し考えてほしいものだ。

名前は、子供が一生抱えるものだ。まず、文字の方は戸籍に記されれば、その後、変更できない。女の子は、結婚すれば、一般的には姓は変わるが、名前は変わらない。姓名判断は迷信の一つかもしれないが、姓との画数バランスは求められる。それで受ける印象は違うからだ。

更に、「音」の方も大切。一生、他者から呼ばれることは、微妙に心理的に精神に影響する。よって長期には、性格に影響する。このことを無視する親は多いが、むしろ、こちらの方が大切かもしれないと思う。

さて、一休禅師は、なぜ一休と名付けたかを少し記してみよう。この「一休」というのは道号で、本来、戒名の上に付けるもの。彼の戒名は「宗純」だが、彼は生前から、「一休宗純」と名乗っていたようだ。

一休も、そう呼ばれる前、彼は師の華叟から『無門関』の第十五則を解くように言われたが、長く苦しんだ。それが、ある時、盲目の琵琶法師を見つめているうちに、一つの結論に達する。そして、歌にして師に示す。

 有漏路より 無漏路へ帰る 一休(ひとやすみ)

  雨ふらばふれ 風吹かば吹け

有漏路(うろじ)の「漏」とは煩悩のことで、煩悩の世界、よって無漏路とは、煩悩のない世界となる。これらの世界に、たいした距離はない。ちょっとした機会で、有漏路から無漏路に行ける。彼は、これらの中間で一休みする境地にいる。すなわち悟りの世界にいる。そうなれば、雨風は大したことではない。もう、こだわりがないのだから、というような趣旨。

この歌を見せられた華叟は、「今後、お前は、一休と名乗るがよい」と言ったという。だから、字(あざな)という感じもするが、これが彼の通り名になった。この名づけをいい加減と取るべきかどうか。深い意味があることを案外、人は知っていない。

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2016年10月 8日 (土)

パリ協定は国際的官僚のための金集め

温室効果ガス削減という名目のパリ協定が話題になって、日本が参加してないことが注目されている。しかしながら、この動きは所詮、世界的組織を作っての国際的天下り官僚のための金集めに過ぎないことは明らか。そもそも目標に掲げていることが実現される見込みはない。

基本的に、その目的は国際的官僚の天下り先の確保であることは間違いない。協定を法的拘束力によって加盟国の違反には罰金を科し、金を集め、国際的官僚を養うだけのことだ。かつて、京都議定書でも騙されたが、排出権取引も、その目的で作られたが、うまく行かななくなって代わりの機関が必要になっただけのことだ。

*2016年11月16日追記

米国次期大統領のトランプ氏は、温室効果ガス問題に疑問を呈し、パリ協定脱退の意向を示している。これは正しい判断だと思うが、NHKはパリ協定派の意見を重視し、批判的に報道している。偏向報道と言われても仕方ない。

*2017年6月2日追記

米国トランプ大統領は、パリ協定離脱を表明。尤もなことだ。そもそも温室効果ガスと地球温暖化の相関関係は科学的に実証されていない。途上国が必要なことは人口のコントロールと公害の除去だ。パリ協定は、欧州を中心とするお金集めに過ぎない。結論から言うと、金融ビジネスのためのものだ。

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2016年10月 7日 (金)

因果は巡る

子供時代に、母から聞かされた話に次のことがある。当時は、まだ知的障碍者に対して、差別的というか蔑視的雰囲気があった。彼らのことを理解できないというのが一般的な意識であったと思う。町で彼らが意味不明の言葉を発して、うろうろしているのは危険ではないかという人もいた。

多くの人は、口に出してこそ非難しなかったが、表だって嫌ごとを言う人もいた。ある女性は、知的障碍者の親に向かって面罵し、悲しむことを度々言ったという。それを周囲にも言うものだから、さすがに皆は咎めて、「あんた、そんなことは言うもんではない」と忠告したが、それは止まらなかったという。

それから時が経って、非難していた女性の娘さんが結婚して、子供が生まれた。ところが、その子供さんには、知的障碍があって、その女性も悲しみ、やっと、あの親の苦しみを理解したという。このように因果は巡るのだから、人の悲しみに付け込むようなことは言ってはならないと教えられた。

一般に女性は、あれこれと噂話が好きだが、心してほしいものだ。言葉で他人を傷つければ、やがて己の身に降りかかることを。因果は巡るのだ。

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2016年10月 6日 (木)

他人に痴呆症と言う人が痴呆症

ライバル政党に攻撃されて、その人物に対して、「痴呆症」と言った大阪の政党の代表がいるらしい。あきれて、ものも言えない。そもそも、他人に痴呆症と言う人が痴呆症だろう。自分で気づいていないだけだ。

それに本人の政治家としての自覚が足りないし、痴呆症の人に失礼だ(*注)。これは先日、人工透析患者に対し問題発言をして仕事を追われた某フリーアナウンサーと似ている。所詮、その程度の人が政党の代表だ。後は推して知るべし。この政党に大きな期待をしてはならないだろう。

*注

厚生労働省では、「痴呆症」が侮辱的な意味が含まれるとして、2004年より、「認知症」へ用語を変更している。

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食料品の買い物配達

後期高齢者の買い物姿をよく見かけるが、結構、難儀されている。先日、バスに乗っていると、高齢の女性が、スーパーで買い物された大きな袋を持って乗られた。その日は幸い、座席が空いており、すぐに座られた。

母も、生前、物は自分で確かめないと満足しないたちだったようで、りんご一つでも、そのようであった。今はネットスーパーがあるが、仮に母が生きていれば、生鮮食料品に関しては決して活用することはなかったと思う。

またコープには、個配というものがあるが、あれは一週間前に注文を出して自宅に配達される仕組みで便利だと思う。だが、亡くなる前、少し使ったが、いつも、ぶつくさ言っていた。自分で選べないから不満なのだ。それに一週間前に注文したものが、届いても、母の性格から、計画的消費はできない。

母にとって、「予定は予定」で、本日の献立は、当日の夕方になって決まる。一週間前に手配した食材などは無視される。結局、多くが無駄になったことを記憶している。なかなか女性の買い物は難しいと思う。

やはり当日買い物して、当日に調理するのが理想なのだろう。確か、あの高齢の女性のスーパーの袋は、姫路で地域展開しているボンマルシェのもの。あそこは、確か三千円以上一定の時間内に買えば、市内であれば二百円払うと当日に配達してくれるはず(冷凍食品は別途百円必要)。

適度に、まとめ買いして、このサービスを利用すれば、体も楽できるのにと思った。このようなサービスは、案外知られていないのかもしれない。多くの販売店が、このように動いてくれると高齢者にとって有り難いことだろう。

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2016年10月 5日 (水)

鳥獣戯画歌~『梁塵秘抄』より

「鳥獣戯画」は、正式には、「鳥獣人物戯画」と呼ばれるらしい。漫画の原点と言われ、作者は一般に鳥羽僧正覚猷(かくゆう)とされる。擬人化された動物が登場するのが有名。流風も、扇子(もちろんコピー)を持っているが、なかなか面白い。

先日(2016年10月3日)付の報道で、鳥獣戯画の絵順が入れ替わっていたというものがあった。京都の京都国立博物館の修理報告書「鳥獣戯画 修理から見えてきた世界」で明らかにされた。なぜ、こんなことが起こったのだろうか。

素人考えでは、明治維新の頃、旧文化を否定する動きがあったことが影響しているのではないか。それにより、多くの文化財は破却されたり、海外に流出した。鳥獣戯画も、それらの対象になったのではないか。ところが、咎められ、元に戻そうとしたが、若干いい加減に次ぎ直しされたのではと思う。

さて、『梁塵秘抄』三九二番に、鳥獣戯画を戯れ歌にしたようなものがある。

 茨小木(うばらこぎ)の下にこそ

 鼬(いたち)が笛吹き

 猿舞(かな)で かい舞で

 稲子麿(いなごまろ)賞(め)で拍子つく

 さて蟋蟀(きりぎりす)は

 鉦鼓の鉦鼓の好き上手

詳しい説明は、避けるが(*注)、「茨小木」は、野茨のこと、「稲子麿」はバッタのこと、「蟋蟀」はコオロギのことである。それにしても、動物や昆虫の動きをよく観察している。あるいは、昔から伝えられてきたものかもしれない。子供のような目線だ。こうなると、戯れ歌が先か、鳥獣戯画が先か、分からない。

*注

詳しい解説は、西郷信綱著 『『梁塵秘抄』(筑摩書房)が、「茨小木の下にこそ」として、分かりやすく解説されている。彼によると、当時、田楽が爆発的に流行しており、鳥獣戯画も、それを反映したものかもしれない。

 

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2016年10月 4日 (火)

柿の収穫 2016

前にも記したが、家には、父が植えた小さい柿の木がある。父が妙に盆栽のように剪定して、大きくならないようにしてしまったのだ。それでも、毎年、普通のサイズの柿が成る。以前は、十分に手入れしなかったので、小さい実しかできなかったり、実がならなかったこともある。

昨年と今年は、そこそこの大きさの実ができている。熟した柿は医者知らずとも言われるが、食べ過ぎると体を冷やしてしまう。今、一日一個のペースで食しているが、体調もいい。医者知らずと言われるのも本当かもしれない。

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2016年10月 2日 (日)

山椒の木とアゲハの幼虫

朝夕は多少涼しくなったが、昼間は暑く、体温調節が少し大変。菜園を手入れしていて、ふと見ると、山椒の木に、たくさんの緑色のアゲハの幼虫が取りついて、盛んに山椒の葉を食していた。多分、今年も、丸裸にされるんだろうな。

でも、敢えて除去はしない。アゲハ蝶が多く活動するほど、ミカンの出来はよくなるからだ。だから、こういう循環は人間の都合で、手を加えない方がいいと言うのが母の考え方だった。これには、私も同意だ。

このアゲハの幼虫に限らず、各木には、いろんな虫が付く。人間には、嫌なように思えるのだが、当の植物にとっては、意外に害虫でなかったりする。持ちつ持たれつの関係のようだ。よって、農薬は、ほとんど必要ない。それに趣味で作る作物をたくさん作っても無駄になるだけ。

それで、たくさんの虫刺されの被害には遭ったりするのだけれど。それも、慣れると、当たり前になる。多少、彼らとの付き合い方も学習するけれど、危ないかな(笑)。まあ、来年も、たくさんの実が収穫できることで、よしとしよう。

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2016年10月 1日 (土)

従業員の社会生活習慣

生活習慣と言うと「生活習慣病」として健康管理の面が強調されるが、社会生活の習慣も大切である。最近、異なる大手自動車会社の若手社員が事件を起こしているが、その原因は何であろうか。

確かに給与は世間よりいいかもしれないが、仕事の満足感は得られなかったのかもしれない。金遣いに関しては、多くは学生時代の悪い癖が治らなかったと見るべきかもしれないが、企業も従業員教育において、正しい社会生活の習慣をなさしめるように持っていくことは大切であろう。

また、これらの大手企業では仕事は教えたかもしれないが、仕事の意味を教えていなかったのかもしれない。それは生き方への考え方であったり、社会常識や金銭感覚の養成であったりするかもしれない(*注)。

多くの企業も、他山の石として、従業員の社会生活習慣を再度チェックしてほしいものだ。

*注

本人の成長の確認には、「日報」を書かせるのも一つの手段であろう。そこで、上司とのコミュニケーションが図れれば、徐々に意欲が増していくというものであろう。

ついでに記すと、日報は、「作業日報」だけでは駄目である。日報を書くことで仕事の点では自ら課題を作ると同時に、従業員の日頃の思いや将来の希望なども記す欄は必要。

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