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2016年11月27日 (日)

西郷南洲の漢詩 『書懐』を読む その三

引き続き、西郷南洲の漢詩 『書懐』を読む。今回で最終。

秋草漸く老い馬晨(あした)に嘶(いなな)き

天際雲無く地茫々

嗚呼予(われ)二十七

将に一生の半ばを終らんとす

肺肝其(それ)能(よく)何処(いずこ)にか傾けん

感じ来たって睥睨(へいげい)す長風の外(ほか)

月は東洋より西洋を照らす

「秋草は枯れ、馬は早朝、嘶き、遥か見渡す限り、天に至るまで何もなく、地平線は、ただ何もなく広がっている。ああ、私は、もう27歳。情けないことに人生の半分を終わろうとしている。一体全体、私の心の底から、沸々と湧き上がる意気をどこに向けるべきか。思い余って見渡すと、秋風吹く中に月が東洋から西洋まで照らしていることよ」という感じだろうか。

隆盛のじれったい感じがよく出ている。いつの時代も、時代より早く生まれ過ぎた人物がいる。当時の彼にすれば、27歳という若さゆえだけでなく、大きな気概が、日本という国が取り扱うには小さすぎたのかもしれない。その結果、器が大きすぎて、周囲は、なかなか理解が及ばなかった面もある。そういう孤独感が、この漢詩に出ていると思う。

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