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2017年1月31日 (火)

映画『ツーリスト』を観る

先日、ふと、かつてテレビで視た映画『ツーリスト』を観たくなって、DVDを取り寄せ、鑑賞した。ソニーによると、DVD、ブルーレイの事業は厳しいそうだが、やり方次第だろう。例えば、紙の本に代わって電子書籍が普及すると言われたが、今は両立している。消費者は、上手に使い分けをしている。

DVD、ブルーレイの事業にしたって、ネットでダウンロードできたり、ネットで視聴できることも確かだが、流風の世代は、モノに頼りがち。ネットからの情報は、どこか信用できるようでできない面を強く感じる。もちろん、試験的に視聴するのなら、それも悪くない。だが、定まった評価のあるものは手元に置きたい気持ちが働く。この事業を悲観的に考えてほしくないとも思う。

さて、はじめから大きく脱線してしまったが、『ツーリスト』自体は、視聴してみて、期待通りの面白さだった。あやふやな過去の記憶と重ねてみてもよかった。主演は、アンジョリーナ・ジョリーとジョニー・デップ。アメリカ人旅行者のフランク(ジョニー・デップ)は、パリからベネチアに向かう列車の中で美女エリーズ(アンジョリーナ・ジョリー)と出会う。

実は、エリーズは捜査当局から監視される身。彼女は恋人で大物犯罪者からの指令で列車に乗り、自分と背丈の似た人物と同席しろと言われ、フランクを選択したのだった。巨大ギャングと捜査当局に追われるが、、、。

話は、ここら辺で措いておく。この映画を鑑賞して分かったのは、米国映画にしては、多少違和感があること。後で調べると、フランス映画『アントニー・ジマー』のリメイク版と知り納得。でも、映画自体は大変面白かった。

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2017年1月30日 (月)

米国トランプ大統領と田中角栄

株式市場では、米トランプ政権のエネルギー関連の公共投資や雇用拡大政策をはやして、バブルが始まったようである。トランプ氏のやり方は、ビジネス手法による国内格差の是正のようだ。これはかつて田中角栄政権と似ているような気がする。

ただ、現在の日米の株式市場の事情は大きく異なる。日本は、政府日銀による官製相場。企業の業績とは関係なく上がっている。米国の場合は、トランプ政権以前から、その内容はともかく、景気は悪くなく、今年には、金利を数回上げるとFRBは声明を出していた。

そこに、トランプ政権が雇用対策として、国内投資を増やすように企業に圧力をかけると共に、エネルギー開発等への公共投資を拡大するとしているので、市場が大きく反応している。日本市場は、それにつられて上がっている。

俗に米国がくしゃみすれば、日本は風邪をひく、と言われるが、現在は多少状況は異なる。日本も輸出で儲けるより、海外投資で利益を出している。確かに、米国に投資している企業は利益をあげることができるが、すべての国内企業に影響するわけではない。

何回も言っているが、日本は内需中心の国。国内需要の振興をしない限り景気はよくならないし、財政再建もできない。かつて田中角栄は、都市と地方の格差是正のための公共投資の拡大により景気拡大を目指した。ただ行き過ぎたことによりバブルを誘引させてしまった。

同様な施策を行っているトランプ氏も田中角栄も国家第一主義色が強い。当面、米国のこの流れは変わらないかもしれない。ただ、急成長すれば、そのひずみも大きくなる。バブルが破たんすれば、世界経済に甚大な影響を与えるかもしれないが、この流れは残念ながら止められないだろう。

その結果、ビジネスでも投資でも、大きく儲ける人も現れるが、いつか、逆回転して大きな損失を抱える人々が世界に溢れると予測できる。歴史は繰り返す(*注)。

*注

それが噂されている恐慌というものだろう。その時、日本国も無傷ではいられない。

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2017年1月29日 (日)

『人間国宝 桂米朝とその時代』展について

落語には、その内容をつぶさに見ていけば、結構、ためになるものが多い。残念ながら、姫路には、気軽に行ける演芸場も少ない。また、落語を楽しむにしても、昔より料金が上がっており、庶民の楽しみから、離れている。落語を演じるのに場所は選ばないので、底辺を広げるためにも、素人の落語でも含めて、もっと気楽に楽しめる場所が必要だろう。

さて、兵庫県立歴史博物館で、『人間国宝 桂米朝とその時代』展が、平成29年1月28日より始まった。桂米朝は姫路市出身で、落語家で人間国宝になり、文化勲章も受賞した。落語家というより「落語」の研究の大家という感じが強い。戦後、衰退していた上方落語のネタを収集し、復興・発展に大きく寄与した。

現在の落語家の皆さんが大手を振って歩けるのも彼のお蔭だろう。彼の研究分野は、落語のネタのベースの文楽・歌舞伎をはじめとした伝統芸能、浪曲・講談など大衆芸能にまで及び、深い造詣を持つに至り、落語の価値を高めたことは確かだろう。

今回の展覧会では、平成27年3月に89歳で亡くなった彼の公私にわたる写真や出版物、原稿など計約700点を展示。以前、姫路文化館でも同様の催しがあったが、スケールが全く違う大規模な展示だ。

その他に、催しとしては、「米朝一門DNA落語会」、「米朝一門&館長トークショー」、「座談会「米朝資料から見えてくるもの」、「米朝アンドロイド落語実演」、「担当学芸員による展覧会ガイド」、「歴史の旅「上方落語地図を歩く」」等のイベントが予定されている。

落語ファンには見逃せない展覧会と各種催し。兵庫県立歴史博物館のホームページで日程等を確認して、楽しんでほしいものだ。平成29年3月20日まで。

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姫路城「菱の門」内部初公開が人気

姫路城「菱の門」の内部が初公開されて人気のようだ。菱の門は、国指定の重要文化財で、姫路城の正面玄関にあたる城門。1601年に、城主・池田輝政が、城の改修で建てられたとされる。城内に現存する櫓門で、幅17.6メートル、奥行き約7メートル、高さ約11.8メートルだ。菱の門の名前の由来は、門の冠木(かぶき)に木製の花菱が飾られており、そこから、この名が付いた。

今回の内部公開は、一般公開がされるようになって初めての公開。約100年間、公開されていなかったことになる。築城当時の様子を体感できる。門を支える両側に部屋がある。かつて番人の詰め所だったとされる部屋で、西側が番所、東側が作事小屋などに使われた。一般公開は西側で、室内の広さが約23平方メートルの土間。但し、本来は板敷だったという。

室内南側の壁は西の丸を形成する石垣の北端部分につながる構造となっている。これは後年、西の丸を造成した時、石垣を門の建物に組み込んだ結果だ。菱の門が、当時、どのように使われていたのか歴史的背景について、ガイドによる説明も好評。なお、公開は2017年3月17日までだ。

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2017年1月28日 (土)

姫ちゃり増設 2017

報道によると、姫路市は、コミュニティーサイクル事業「みんなの自転車『姫ちゃり』」をレンタルできる「サイクルステーション」を2017年2月より、6か所増設するらしい。今回は、市街地の東西エリアを広げることで、回遊性を更に高める。新ステーションは次の通り。また、現在の姫路東のステーションを「テラッソ姫路」に移動する。

 〇姫路城前

 〇姫路文学館

 〇姫路商工会議所

 〇イオンタウン姫路

 〇県総合庁舎

 〇東延末

以前から、サイクルステーションの拡大の要望はあったので、少し進展した感じ。更に利用率を高めるには、ステーション周辺の商業施設、飲食店物販店等とタイアップして、周辺地図を作って、回遊ガイドが望まれる。

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2017年1月27日 (金)

姫路市のマスコット「しろまるひめ」再認識

最近は、どこでもマスコットキャラクターばやりである。でも、認知症とは言われたくないが、どこも似たような感じ(笑)。姫路市のマスコットキャラクターは、「しろまるひめ」だが、さすがに、これは全国どこにも似たものはないので、分かりやすい。

でも、細かいことを知っている人は少ないかもしれない。例えば、「性別」は女の子(まあ、ひめと言っているので、そうだろうね)、「誕生日(?)」が4月6日(単なる語呂合わせ)だとか、「生誕地」は、姫路城内で西の丸で産湯に浸かったらしいこと(ホントかね)。

「趣味」は城内・城下のお散歩、好古園でお茶すること(最近は会っていないなあ)、チャームポイントは、「色白のもち肌」(それはそうだろうね)、「性格」は、体と同じく柔軟で優しいらしい(確認したことはないけれど)、「トレードマーク」は姫路城の帽子と桜の髪飾り(見ての通り)。

そして、特技は歌だということだ(聞いたことはないけれど)。「好きな食べ物」は和菓子・団子だが、ダイエット中とのこと(ダイエットしたしろまるひめには、未だ遭遇せず)。

一応、以上の知識があれば、「しろまるひめ検定」(現在のところ、そのような催しはありませんが)には合格間違いなし(笑)。姫路城に行って会えたら声を掛けてやってください。

*追記 参考

なお、「しろまるひめ」グッズは、播産館(JR姫路駅南口を南西すぐ)で、いろいろ販売されています。値段も手頃なので、お土産にどうぞ。

◎「しろまるひめクリアファイル」

◎「しろひめまるマスコット」

◎「しろまるひめ ぬいぐるみ」

◎「しろまるひめ Tシャツ」

◎「しろまるひめ ハンドタオル」

◎「しろまるひめ メモボックス」

◎「しろまるひめ 栞」

◎「しろまるひめ トートバッグ」

◎「缶バッジ」

◎「のぞきストラップ」、「ステンドキーホルダー」、「5円付きストラップ」、「ぷにぷに しろまるひめ」

◎「ネクタイ(しろまるひめ・姫路城)」

◎「がまくち(しろまるひめ)」

以上

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2017年1月26日 (木)

壮年、老年の天分

若い人たちで、解決できないことがある。その時、ベテランが乗り出して、解決する場合も多い。伊庭貞則は次のように言っている。

「壮年、老年、おのおの与えられた天分がある。若い者が出ては事が荒だち、老人が顔を出すと何一つ難しい理屈を言わずとも、丸く収まることがあるから妙じゃ」と。

もちろん、いつもいつも、壮年や老年が乗り出して解決することはないかもしれない。伊庭が言っているのは一般論で、最近は、壮年、老年が乗り出すと、かえって、こじれることもある(笑)。

よって、相談するのは、それなりに認められた壮年、老年でなくてはならない。若い人たちは、壮年、老年が、それなりに経験を重ねており、彼らに相談して、知恵を借りるのも悪くない。

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2017年1月25日 (水)

昨日は、牡蠣ご飯

大変寒い日が続いている。料理をするのも、少し嫌になる。ご飯を炊くにも、米をとがなければならない。無洗米もあるにはあるが、少し抵抗がある。手が凍える感じだか、腹を満たすにはやむを得ない。

料理は、どうしても簡便なものになる。鍋物が一番楽だか、そればかりだと少し飽きる。そこで、炊き込みご飯。今まで作ったものは、サツマイモご飯、タケノコご飯、豆ご飯、サトイモご飯など。今回は、1年ぶりに、牡蠣ご飯を作ってみた。

ネットに載っているような手間のかかるやり方はせず手抜き。いつもの分量の洗った米を用意し、いつもの水の分量で、牡蠣、しょうがのみじん切り投入。後は市販の出汁醤油を適量入れ炊くだけ。

久しぶりと言うこともあるが、美味しかった。これを食すると、体が喜ぶ感じ(笑)。多分、身体にいい作用をもたらすのであろう。もう少し、作る頻度を高めたいと思う。ちなみに、牡蠣は地元産の大振りのものであった。

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2017年1月24日 (火)

減塩食を作る その十八 減塩カレー

久しぶりに減塩食について記そう。今回は、減塩カレー。作るとなると、どうしても数食分作ることになる。そうすると、連続して食することになり、敬遠する人も多いだろう。でも、冷凍すれば、日持ちするので、日をあけて食することも可能。

減塩カレーを作るポイントは、まずルーの塩分の少ないものを購入する(一皿にして塩分1.5グラム以下のもの)。そして、材料は牛肉、玉ねぎ以外は使わないこと。これが減塩にするポイント。更に規定量より水を多くして薄めに作る。ルーが5食分であれば、6食分作るつもりで。とろみが足りないようであれば、カタクリ粉の溶いたものを加える。

カレーは、もともと、とろみがあるため、味が薄くなっても、美味しく食することができる。

*追記

数食分になって無駄になると思う方は、調薬薬局等で、インスタントの減塩カレー(1食分塩分1グラム)が販売されているので、それを活用するのもいい。調薬薬局では、調薬を頼まなくても、減塩カレーだけ販売もしてくれる。

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2017年1月23日 (月)

2017 EU離脱後の英国の行方

グローバル化の疲労から、EU離脱した英国。特にEU圏からの移民コストと社会不安から英国民は決断したのだろう。それはトランプ政権を選択した米国も同じ事情だろう。それではEU離脱後の英国はどうなるのだろうか、一般人の目で見てみたいと思う。なお、英国のEU離脱は、Brexit(ブレグジット)とも表現されている。

さて、英国のEU離脱は、当然の流れと思うが、英国内では、年齢層によって、その意見は分かれた。特に、年金受給層の高齢者は、EU離脱を強く支持した。他に、低所得者、小規模企業が賛成している。表現は悪いが、いわゆる負け組だ。これに対して、残留を希望したのは、勝ち組である大企業、銀行、政治家及び若年層であった。

よって、明らかに地域差が見られる。都市部より地方がEU離脱支持が多かったと推定される。すなわち、所得の低い層が移民に仕事を取られる、あるいは移民によって社会保険コストが、ただ乗りされ、より厳しい生活を強いられる矛盾。それによって社会保障制度の維持が困難になっている。これに加えて、彼らによるテロの巻き添え。これらに強く抵抗した。

政治的には、EU本部の官僚の各種規制やトップダウン方式に疑念をもったこともあるだろう。つまり英国の政治構造と大きく異なるやり方に不満を持ったと言える。更に、財政的負担を押し付けられたことも大きい。英国に費用対効果は薄く、国家の主権という主体性が無視されることに大きな不満があったことも確かだ。そのことによりEU全体の活性化、国際的競争力維持が難しくなり、EU全体の経済力が低下していった面も見逃せない。

貿易的には、EUとの取引で、英国は、貿易収支、経常収支共に赤字であった。これは米国トランプ政権の不満と似通うところが大である。当然、収支バランスを整える思考があってもおかしくない。他方、ドイツは、ユーロ経済を食い荒らし、他の諸国は経済緊縮と失業にあえぐ。この泥沼に英国が巻き込まれることを嫌ったことも事実だろう。

そもそも基本的に、政治体制、人口、経済力、芸術・文化、宗教、国力の異なる諸国家の統合は無理であった。英国は、アングロサクソンの国。他のユーロ諸国家と歩調を合わせるのは苦痛であったと推察される。よって国家重視に戻ったと言える。それは、米国で、オバマ前米国大統領のような学者的理想主義と反する現実主義のトランプ氏が大統領に選ばれたことに通ずる。

それでは、EU離脱後の英国はどうなるのだろうか。まず言えることは離脱作業は困難を極めるだろうと専門家は指摘している。進むも退くも、英国は大変な選択をしたことは確かだ。特に2年間程度は、予測がつかない。離脱には、最悪10年かかると言う専門家もいる。しばらく、景気悪化は避けられないだろう。

現状、離脱後の国家戦略も、まだ不透明だ。ただ言えることは、米国との協調は更に強くなることだろう。また、ユダヤ資本の動きにも注目する必要がある。更に、インドと中国との関係強化は十分に考えられる。また旧大英帝国圏の諸国家との関係改善も考えられる。

日本は、これらの動きを丁寧に観察する必要がある。ただ、今、英国に進出している企業も、じたばたして動く必要はないだろう。細かく見ていけば、結構ビジネスチャンスがあるかもしれない。ただ、金融サービス関係は、英国から本部を移す動きはあるかもしれない。しかしながら、それも成功する保証はない。動静を探ることに集中すべきだろう。いずれにせよ、世界経済は混沌として荒波の中にいることは確かだ。チャンスもあるが、リスクも大きいと覚悟しなければならない。

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2017年1月22日 (日)

豆の季節?

毎日、寒い日が続いている。風邪を引いて、しばらく体調がおかしかったが、回復して、昨日、久しぶりに買い物に行くと、野菜売り場に、キヌサヤとウスイエンドウ豆があった。価格も比較的安い。和歌山産だ。もう、そんな季節か。

家庭菜園でも、時々、豆類を栽培するが、一遍に出来過ぎるので、最近は作っていない。買ってきたウスイエンドウ豆は、早速、皮を剥き豆を取り出し、水に浸す。子供のころ、よく手伝いしたことを思い出す。子供にとっては、遊びの一つでもあった。

炊飯器に、いつもの分量で水を入れ、豆と塩一つまみ加え炊くと、豆ご飯出来上がり。キヌサヤの方は、筋を取る。これも子供時代に、よくやった。甘辛く、と言っても醤油は控えめで煮る。

量が少し多かったので、半分は、そのまま食し、半分は卵とじにした。これまた違った味わい。その他は、白菜と玉ねぎ入り平天を出汁に酒、みりんを入れて軽く煮る。更に野菜多めの豚汁で、満足満足。我が家は、もう豆の季節を謳歌(笑)。

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2017年1月20日 (金)

過労死問題を考える

最近、過労死問題が取り上げられることが多い。但し、昔から、サービス残業を含めて、「過労気味」に仕事をしていた。当然、現在のような過労死もあったかもしれないが、大きな問題にはならなかった。時代を感じさせる。

現役時代の頃を思い出すと、明らかに過労状態だった。当時は深夜残業して帰宅すると、近くにはコンビニもなく、食事にも苦労した。そうかといって、早めに切り上げて、自宅で仕事をしていると、「あいつは早く帰る」といろいろ言われる。

家で仕事をして、できるだけ早く出勤して、次の仕事の態勢を整えるのだから、睡眠時間も十分に取れなかった。でも、当時は、皆、それが当たり前でなかったか。そんなことを言うと、父は、「お前は仕事の設計が悪い」と、度々言われた。

だが、父のやっていた仕事とは職種も異なる。同列には扱えないはずだ。父のような定時退社は、できるはずもなかった。現在、国で議論されている過労死問題は簡単ではない。

それでも、過労死問題を経営課題として考えることは経営者にとって、無駄ではないかもしれない。例えば、過労死には、業界体質・業態体質、経営体質、企業の仕事の仕組み、他社との競合、キャパシティを超えた受注(営業は仕事を取りたい)、個人の能力と仕事量のアンバランス、職種の不適合、組織設計、組織の風通し等の社風、人事評価システム、等が考えられる。

自社の他の経営課題と照らし合わせて、社員の働き方改革をして、更に一段上を目指すのも悪くないと思う。

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2017年1月19日 (木)

「2017・三軌展」観覧

久しぶりに、絵画展を観覧してきた。それが、イーグレひめじ・姫路市民ギャラリーで催されていた「2017・三軌展」だ。主催は、三軌会西日本絵画部。神戸新聞に記事が出ていたので、動機づけになった。

24名の画家の力作揃い。好みはあるだろうが、どれも秀作だと思われた。作品のテーマは多岐にわたり、誰でも、好きな作品は見つけられるはずだ。いい目の保養ができた。展覧会は平成29年1月23日まで。観覧無料。

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2017年1月18日 (水)

久しぶりにサツマイモご飯

昨年買ったサツマイモが残っていたので、昨日、久しぶりにサツマイモご飯を作ってみた。秋は栗ご飯が美味しいが、今は、サツマイモかなと思って。サツマイモをサイコロ状に切って、塩ひとつまみを入れて、いつものように、ご飯を炊くだけ。

炊き込みご飯の中では、一番簡単なもの。出来上がりは、極めて美味しかった。子供時代は、よく食した記憶はあるが、久しぶりだ。後は、煮物と焼き魚、かす汁で満足、満足。問題は、屁が出やすいことだ。まあ、これは仕方ない。

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2017年1月17日 (火)

姫路八天堂のこと

現在の姫路城を建てるには、池田輝政の時代に、多くの血と汗が流れている。今は、現代の人は、結果的に出来た美しい城を眺めているが、そこには重い税と昼夜を問わない過酷な労働によって建てられたことを忘れてはならない。

池田輝政は、姫路城が、出来上がった後、呪われるような夢にうなされ、やがて病に臥せっている。輝政に祟ったという噂も流れる。結果的に、八天堂を建て、刑部明神を城内に戻すことになる(*注)。そこから、様々な怪奇譚が生まれている。その怪奇譚と「姫路八天堂」の謂れについて、少し記しておこう。これは松浦静山の随筆『甲子夜話(かっしやわ)』にあるものだ。

池田輝政が、姫路城主として入城した頃、彼は、不思議な幻想に襲われる。夜になると、天守閣が揺らぐと騒ぎ、真っ暗闇の大天守の最上階を見上げて灯がともっているから消して来いと家臣に命じたりする。

その他にも、真夜中に一丈ほどの鬼が出て人を殺したとか、その後、ある武士が、その鬼の腕を捕らえ打ち据えたとかという夢を見る。ところが、怪異は徐々に酷くなっていく。ある時には、台所の大釜の上に腕が落ちていたり、夜半、干し菜を売り歩く声がするという。

藩主の幻想に、家中は、騒然となった。その上、ある女中が行方不明になる。更に輝政は、枕元に山伏が立ったり、ある侍が日中に傘ごと吸い上げられる夢を見る。そこで刑部(おさかべ)社に祈請した。占いの結果、女が狐となった霊が祟っているとのことだった。

その後も怪異は続く。怪異は、輝政だけとどまらず、山路という女中の枕元に坊主が立ったり、熊太夫という者が、毛むくじゃらの腕に投げられて絶命する。また姫山の木が十本ほど倒れる。更に、小ごうという上臈の下に、女性が現れ、近々、輝政が病気になることを告げたり、夜中に、女二人が、塗り笠を被って刑部社の前で踊る夢を見たりする。

輝政は、妖気のためか、まさに夢か現か幻かと言うように、欝々と暮していた。そこで、比叡山からも阿闍梨を召し寄せ、天守で様々な祈祷を行った。七日七夜祈祷をしていると、七日目の夜に、薄化粧をした女が現れ、「加持を止めよ。苦しくして仕方ない」と言う。阿闍梨が「お前は何者だ」と言うと、女は二丈ほどもある鬼神となり、阿闍梨が切りつけようとすると、逆に蹴り殺してしまった。

惣社は、もちろん、広峰神社や随願寺でも祈祷が行われた。でも、輝政の病は重くなる一方である。そこへ、殿に渡してくださいと女番衆に頼む者があった。その手紙には、清水山大善院という坊さんを招いて八天堂を建て、行を行えというものであった(詳しい文面は、姫路文学館で展示されています)。そこで堂を建て、坊さんを招き、様々な供物を捧げて、祈祷したところ、輝政の病は治ったと云う。

怪奇現象は、輝政の悪夢と、偶然起こった事件や事象と重なった結果生まれたものかもしれない。ただ、人心が乱れていたのも確かだろう。姫路城も、多くの人々の怨嗟の上に築城されたのかもしれない。それを鎮めるためには、姫路城の守り神に祈るしかなかったのだろう。

剛毅と言われた池田輝政も、ただの人。姫路城築城に際し、恩顧ある豊臣家と徳川家との板挟みに加えて、戦場で多くの屍を乗り越えた上に、築城で多くの犠牲者を出し、後ろめたいものがあったのかもしれない。

*注

以前、第49代 光仁天皇の皇子、刑部(おさかべ)親王(他戸親王とも)と、娘の富姫が、姫山にある刑部明神(姫路城天守閣最上階)として祀られていることを記した。これは姫山の地で亡くなった刑部親王を守護神として、この山に祀ったのが始まりとされる。ただ、秀吉が姫路城改築のため、惣社(現在の播磨国総社)の境内に摂社として祀った。

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2017年1月15日 (日)

放蕩息子~落語『六尺棒』から

大体、商家の子供は、金遣いが荒い。子供時代、同級生の実家が商売している子供は、いずれも贅沢ななりをしていたが、小遣いも多いようであった。でも、皆が皆、立派な商売をしているわけでもない。自宅にあるお金を、くすねている者も多かったようだ。

それらの多くは、商売用のお金。親が金銭教育をしていなかったのだろう。商売用のお金と、本当の家のお金は区別しなければならないが、商売用のお金も、家のお金と勘違いするのだろう。お金の意味を子供に教えていない結果だ。

そういうことは、今も昔も同じだろう。落語に商売屋の放蕩息子がよく登場するが、彼らも金銭感覚が躾けられていなくて、お金を湯水のように使うことしか頭がない。そこで、今回は、落語『六尺棒』を取り上げてみよう。

放蕩息子が、午前様で酔っ払って家に帰ってくる。店の潜り戸を叩くが応答がない。実は、番頭の代わりに父親が潜り戸のところに頑張っていて、開けてやらないのだ。そして言う。「こんなに遅く、表をお叩きなさるのは、どなたでございますか」と。そうすると息子は、「私だ、私だ」と言うが、親父は、「えっ、私ではわかりません。お名前を言ってください」と返す。

息子は、「何を言っているんだい。幸太郎だ」。それに対して、親は、「おやっ、幸太郎さんですかい、、、。私どもには幸太郎というバカ息子がおりますが、近頃は、宅にも帰ってきません。このようでは、終いには、この身代も潰してしまいますので、一昨日、親類縁者相談の上、勘当と決めました。あなたは、お友達なら、そう伝えてください」と返す。

更に付け加えて、「それに比べて、お隣の清六さんは、何という親孝行な息子さんでしょう。それを思うと、涙がちょちょ切れます」と言う。ところが、息子の方は、糠に釘。馬耳東風。親父の繰り言を聞いても、一向に平気。

「勘当とは、お勝手が過ぎやしませんか。私の方からお願いして、こしらえてもらった倅(せがれ)ではございません。あなたの勝手に比べて、花魁のなんとまあ、親切なこと」と惚気(のろけ)る。更に、「勘当なら、私はあきらめのために、火をつけます」と、ついには喚(わめ)き散らす始末。

さすがに、これ以上、長く息子の大声と、やり取りしていると、近所迷惑なので、父親は、潜り戸をがらりと開けて、六尺棒を持って息子を追いかける。だが、さすがに酔っていても息子は若いので走るのが速い。それに対して、親の方は、ふうふうと追っかけるが、ぐるりと回って、息子の方は、潜り戸をすっと入り、ぴしゃりと閉めて、親を締め出す。

親は返ってきたが、戸が開かない。そこで、「これっ、番頭、番頭」と戸を叩くと、「こんなに遅く表を叩かれるのはどなたですか」と息子。「むむ、もう入っているな。俺だ、俺だ」と言うと、「俺ではわかりません。お名前を仰ってください」と、かつて言われた親の物真似。これに親は、「馬鹿野郎。そんなに真似がしたけりゃ、今度はお前が六尺棒を持って、追いかけて来い」で終演。

この落語は、演者にもよるが、割と面白く、よく聞く方だろう。バカ息子に限らず、親の思いは、なかなか子供には伝わらないもの。子供が改心するには、何かのきっかけが必要だが、大きくなってからでは、一定の時間がかかる。程度の差はあれ、親の悩みは尽きない。幼児時代に、日々の家庭での、子供への金銭教育を含めての社会教育は大切と気づかされる。

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2017年1月14日 (土)

馬鹿げた禅問答~狂言『左近三郎』から

海外の観光旅行者を狙ったニセ僧侶がいるそうだが、迷惑千万なことだ。彼らは中国に本部があり、組織的に動いているらしい。彼らに限らず、その他にも、ニセ僧侶は結構いるかもしれない。尤も、本当の僧侶も、実態はニセ僧侶とあまり差はないかもしれないと思う時もある。宗教の堕落は日本に限らず、世界で存在している。

そういうことをからかった狂言に『左近三郎』がある。読みは「さこのさむろう」。左近三郎は猟師の名。彼が山に狩りに行くと、僧と出会う。そこで、むくむくと悪心。無理やり同行して、いろいろ質問する。

聞けば、僧の宗旨は禅宗。それならばと、「酒は飲むか、魚は食うか、妻はいるか」など尋ねる。そうすると、僧は、当然のように、ことごとく否定する。ならばと、弓に矢をつがえて脅し、僧に肯定させて、あざ笑う。脅されると信念も何もない僧。

更に、おちょくりの挙句、檀那になろうと言い出す始末。だが、僧は左近三郎が猟師と知って「殺生する者は檀那にできないと」と断る。しかし、三郎は、達磨大師の文を引用して殺生も科(とが)にならないはずだと反論。その後も、三郎は、殺生の是非について問答を仕掛ける。結構、頭のいい奴だ。教師が生徒に言い負かされるのと同じ。あるいは親が子供に言い負かされるのと。

殺生のことについて、僧は、鹿を射たら鹿になってしまうだろうと言うと、坊主を射て出家になろうと左近三郎は言い返す等々、禅問答が果てしなく続く。これは、ああ言えば、こう言う、まるで漫才。結局、これらの禅問答の末に、お互い笑いあい、二人は意気投合して、三郎は、僧を家に連れて帰り終演。

この僧は禅僧と名乗っても、それほど深く修行したとも思えない。実際は、そういう僧は、うようよいたのだろう。専門家と名乗っても、必ずしも専門家と言えないのと似ている。むしろ在家の三郎の方が禅僧と名乗ってもいいくらいだ。

この狂言は、一休同様、当時の仏教の堕落を揶揄したものだろう。そして、禅問答が本来、お互いの悟りの程度を測るものだったものにもかかわらず、言葉解釈遊びになって、訳のわからぬものになってしまったものをからかっている。残念ながら、この狂言の皮肉は、現代でも、宗教界に限らず、あらゆる分野で通用する。是非、あちこちで公演してほしいものだ。

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2017年1月13日 (金)

寒い中でも、、、、

毎日、寒い日が続いている。ついに風邪をひいてしまった。咽喉痛から始まり、咳、鼻水と若干参っている。熱が、まだないのが幸い。たくさん水分を摂って、睡眠やや長め。やっと回復気味。

そんな中でも、ツバキやサザンカの花は咲いている。以前から植えている源平椿は、満開で、いい雰囲気。ここに来るまでは、数年かかった。別に特別な手入れはしていない。花後と秋に油粕を少しやるだけだ。その他にも、昨年、秋に、いくつかの種類のツバキを追加で植えた。これらは、まだまだこれから。

サザンカは、昔から植えてあるものは剪定がうまくいって、これもいい雰囲気。この実生から育てたサザンカは、何度か植え替え、やっと今の位置に落ち着いた。その他に、昨年に新規に植えた白い花のサザンカは、昨年末に咲き終わっている。これは、ことのほか美しかった。

彼らに負けないように、早く健康を取り戻したい。でも、急な寒さは堪える。

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2017年1月11日 (水)

空海の『三教指帰』を読む

長い間、ツンドク(積読)状態にあった空海の『三教指帰』を先日、やっと読んだ。なぜツンドク状態にあるかといえば、多分、その時は、書店等で面白そうだと購入したものの、他に関心が行き、読むのを放置したのだろう。そして、やがて、購入したことも忘れてしまう。ツンドク状態にあるのは、蔵書の1%くらいあるかもしれない。いつも、蔵書整理で見つける。

今回は、空海の『三教指帰』(加藤純隆・加藤精一氏による現代語訳)だ。これは彼が渡唐以前に著した物。内容は、放蕩息子を改心させようと、儒者・道士・仏教者に次々と依頼していくもの。その中で、儒教、道教、仏教の教えの本質を明らかにしていく。

現代語訳なので、すらすらと読めた。一般に仏教書は人間としてあるべき原理原則を述べているのだが、内容は難しく、敷居が高い。だが、この本は平易に現代語訳されていて、分かりやすい。文庫本で100ページ余だから、あっと言う間に読めるが内容は深い。

宗教書として読んでもいいが、東洋哲学を学ぶ入門書にもなるだろう。

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2017年1月10日 (火)

宇野亞喜良×山本タカト「天守物語」展を観覧

姫路文学館で開催されている宇野亞喜良×山本タカト「天守物語」展を観覧してきた。『天守物語』は、泉鏡花の作品。大正6年(1917)に発表され、彼の戯曲として高い評価を受けている。ただ、彼は舞台化するのを見ずに、この世を去っている。

作品ができて、今年で100周年だが、姫路城が舞台になっているため、姫路市民には馴染のある作品だ。それを宇野亞喜良氏と山本タカト氏が、それそれの解釈に基づいて絵にしたものが展示されていた。

解説によると、「幽艶にして丹誠華麗な山本タカト画『天守物語』と、妖艶にして不羈奔放な宇野亞喜良画の『天守物語』」とある。実際、観て頂くと分かるが、これ以上、相応しい言葉は見つからない。同じ物語であっても、読む人によって、これほど、その解釈が異なるのが面白い。

文学も、絵や画にしたり映像化すると、面白いものになる。文学館ならではの展示と思う。また、今回は、2001年にあった「泉鏡花と『天守物語』の世界」展と比較して、『天守物語』の背景についても、詳しく解説されており、なるほどと理解した。 

つまり、鏡花は、『老媼物語』、『諸国百物語』、『甲子夜話』などをベースに、この物語を作ったらしい(『甲子夜話』については、以前の展覧会でも、一部説明がある)。今一度、『天守物語』を読めば、以前と違う印象になるかもしれない。再読してみようと思う。

展覧会は、2017年2月19日まで。

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2017年1月 9日 (月)

映画『昼下がりの情事』を観る

寝る前に、CDをよく聴くが、あるCDには「魅惑のワルツ」が収録されている。心地よい音楽なので、適切に眠りに誘ってくれる。この曲が有名になったのは、映画『昼下がりの情事』で流れていたからだ。だが、映画の題名は知っていたが、観たことがなかった。1957年制作だから、多分、親は観ていたのだろう。

『昼下がりの情事』の原題は、"Love in the afternoon゛だ。製作・監督・脚本は、ビリー・ワイルダー。主演は、ゲーリー・クーパーとオードリー・ヘップバーン。パリの私立探偵シャヴァスのところに、ある男から、妻の浮気調査の依頼が入る。シャヴァスは、その妻の浮気現場を写真に撮る。浮気相手は、米国の大富豪フラナガン(ゲーリー・クーパー)で各地で浮名を流している。

それを知った男は、浮気の現場に乗り込み、妻の浮気相手を銃殺すると言う。それを盗み聞きしていたシャヴァスの娘で音楽学校の学生のアリアンヌ(オードリー・ヘップバーン)は年上の男に憧れており、それを阻止すべく動く。というのは、常々、彼女は親の仕事(浮気調査中心)には関心を持っており、全てのデータは盗み読みしてインプットされていた。

この件に関して、一旦、警察に相談するが、事件も起こっていないのに、乗り込むことはできないと捜査は拒否される。その理由がフランス的に次のよう。「パリには、ホテル7000、部屋数22万。今日のような夜には約4万件の不倫が進行中。パリ全ての警官を動員しても、彼らを取り締まることはできない」と。この後の話の展開は止めておく。

初めは、熟年男(設定では中年男かもしれないが、ゲイリー・クーパーがそんなに若く見えない)が若い娘をからかっていたが、やがて男が小娘に翻弄される物語。最終的には、若い情熱に押されて大きな年齢差カップルが誕生する。やや男の夢が入り、無理筋の感あり(笑)。でも、結構面白い。白黒映画だが、それを感じさせないストーリーの展開がいい。昔の映画も魅させてくれる。

そして、最後に、映画の中で語られる言葉が意味深。一部、挙げておこう。これらはワイルダーの実感かな(笑)。

「恋愛は、情熱と甘い毒」

「うつぶせ寝の86%は秘密の恋愛中」

「結婚という終身刑」

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2017年1月 8日 (日)

エリザベート関係書籍を読んで

シェイクスピア関係の書籍の再読から始まり、かつて読んでいなかった彼の書籍も読み、あまり関心のなかったヨーロッパの歴史に少し関心が向くようになった。そこで、今回はエリザベート。宝塚歌劇や東宝のミュージカルで取り上げられている題材で、女性は詳しいようだが、全く存じ上げない人物だった。

まず、マリールイーゼ・フォン・インゲンハイム著、西田賢一訳の『皇妃エリサベート』を読んだ。これは彼女の前半生を描いたもので、史実に基づいた歴史小説。公演の下敷きになっているかもしれない。続編として、『ハプスブルクの涙』という書籍があるのだが、絶版らしく入手不可能。よって、後半生は分からず。他に、G・プランシェル=ビッヒラー著『皇妃エリザベートの真実』、とかマルタ・シャート著『皇妃エリザベートの生涯』という著作も、絶版で入手不可能。

そこで、ネットで検索して、M.シェーファー著 大津留厚監訳・永島とも子訳『エリザベート~栄光と悲劇』を入手し、大体の彼女の生涯を理解した。この本は、彼女の生きた時代背景についても記してあり、分かりやすい。訳者も書いているが、本の題としては、『エリザベートと、その時代』が相応しいかもしれない。

さて、そのエリザベート(1837~1898)は、ヴィッテルスバッハ家のバイエルン公の次女として生まれた。父親は、当時としては進んだ考えの持ち主で、絶対主義体制から、やがて民主主義の世の中になると予測し、共和制を支持していた。よって、子供たちにも、自由にさせていた。特に、エリザベートは、自由気ままに育つ。

そこに母親から、きちんとした昔風の教育を受けていた長女のヘレーネにハプスブルク家の皇帝フランツ・ヨーゼフとの縁談が持ちあがる。ところが、彼は、ヘレーネに同行したエリザベートの自由さが眩しく映り、強い関心を抱き、結局、エリザベートを妻に迎えることになる。

ここからエリザベートの苦難が始まる。宮廷は、窮屈で細かな約束事に縛られる。特に叔母であり、姑にあたるソフィー大公妃とは強く対立する。自由気ままに子供時代を過ごしたエリザベートにすれば、とても受け入れられない環境だった。つまり、この感性や知性が、彼女を一生苦しめることになる。

逆に見れば、順応力が全く足りない。単に拒否するだけで、周囲への配慮も欠け、自分中心主義。それに変えようとする意欲も力も発揮していない。それは周囲から見れば、激しい感情のままに動く、我がまま、したい放題のお嬢様ということになる。時代とはいえ、それが彼女の限界であった。

別の視点で見れば、当時はハプスブルク家の衰退の終わりごろで、ウィーンは経済が勃興して人口が増え、市民社会が形成されつつあった。その中で、旧来の封建制度の価値基準に多くの矛盾が生じていたのも確かだ。そう考えれば、エリサベートは、その象徴であったと見ることもできる。

また、エリザベートは、民主化への理解は示しつつも、依然として旧体制の側にいた人であると指摘できる。それでも、変革の時代に、エリザベートは人を惹きつける魅力があった。まず美貌であったことが指摘できる。

ただ、彼女は市民社会を理解したわけでもない。あくまでも体制側の理解に限界はあった。よって頭では理解しても、行動には移していない。結局、変革期の時代が生んだ極めて複雑で数奇な運命を辿った人物と言える。それが現代のウィーンでも、人気のある人物であるようだ。その時代に生きなかったから、美化して憧れのような心情を持つのだろう。

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2017年1月 7日 (土)

ハーバード・カッソンの相場格言

1920年代から1930年代に活躍した米国の著名評論家にハーバード・カッソンがいる。なぜ、今のタイミングで、彼を取り上げるかと言えば、当時と現在の経済状況が、やや似ているかもしれないから。彼は、相場格言を多く残しているので、参考までに備忘録として記しておく。

◎機会の前髪をつかめ

◎麦わら帽子は冬買うもの

◎安全第一では利殖家にはなれない

◎富豪になった人は借金を利用した

◎不振産業の中から優良株を買え

◎不況の時にこそ、その業界代表株を買え

◎高く売るより早く売れ

◎株式市場は世間の代表者

もちろん、彼のアドバイス通りにしても、成功するとは言えない。チャンス・タイミングの見極めに失敗すれば手痛い損失を被る。ただ、相場が、どん底になり、誰も手を出さない時には、リスク管理をした上で、彼のアドバイスを参考すれば活きるかもしれない。

*追記

2017年1月7日現在、米国バブルの影響で、日本市場も上がり続けている。ただ、明らかに金融相場で、経済の実情を反映したものではない。少し異様に感じるのは流風だけだろうか。世界の市場の本来の流れは下落傾向。現在の流れは明らかに逆行している。ちょっとしたきっかけで、流れが変わるかもしれない。カッソンの格言が活きるのは、いま少し時間が要る。

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2017年1月 6日 (金)

厄介な親友~『ジーヴズの事件簿~大胆不敵の巻』

前に、P・G・ウッドハウス著『ジーヴズの事件簿~才知縦横の巻』を取り上げたが、正月に、引き続いて、『ジーヴズの事件簿~大胆不敵の巻』を読んだ。前作同様、それほど、期待はしていなかったのだが、学べることはある。

執事ジーヴズが仕えるバーディーの親友であるビンゴが騒動を引き起こす。主人のバーディーは、腐れ縁のビンゴから相談されると、ほっとけない性格。だが、自ら解決しようとしても、余計にややこしくなり、結局は次々とジーヴズが処理していく物語。

今回も、執事ジーヴズのモットーは、「機略と手際」で、時には主人をダシに使い、自分のやりたいことの方に巧妙に導いていく。主人の意見に反対しながらも柔軟に対応し、最終的には、自分の思い通りに落としどころを見つけて巧みに処理していく。

これは官僚や秘書が政治家に仕える場合の手法でもある。だが、若い人も、人に仕える時のマニュアルになりうる。仮に、あなたの上司がバカ上司であっても(笑)、考え方次第で、うまく使えば、自分の思い通りの形にできる。是非、この本を読んで、その方法を読み解いて参考にして欲しいものだ(笑)。

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2017年1月 4日 (水)

平成29年の干支 丁酉(ひのととり)に関して

兵庫県立図書館で例年頂く資料や南方熊楠の書籍等により、平成29年の干支 丁酉(ひのととり)について記してみよう。

まず、干支 丁酉についてみる。丁(ひのと)は、丁壮と同意で、壮年の男子を指す。草木が繁茂して姿形が成長・成熟し、充実してきた状態を表す。酉の方は、「ちぢむ」という意で、草木の果実が成熟の極に達した状態で、陰気が伸び、静かに英気を養う様を表している。

次に、「とり」の文字は、「酉」以外にも色々ある。まず「酉」は『説文解字』によると、「就なり。八月黍成り、酎酒を為る可し」とある。もともとは、徳利に似た酒壺の象形文字らしい。そして、『論衡』に「酉は鶏なり」とあるので、十二支獣では、鶏が配当されたという。

「鶏」は、音をあらわす「奚」と「鳥」を組み合わせた形成文字。『説文解字』によると、「雞は時を知る畜なり」とある。『字通』には、「奚は、その鳴く声。我が国では「かけ」という」とある。

熊楠によると、「かけ」というのは、「くだかけ」の略で、彼は、百済から伝わったのではと記している。また催馬楽の酒殿の歌に「にわとりはかけろと鳴きぬなり」とあるようだ。更に、「鶏は稽(けい)なり、よく時を稽(かんが)うるゆえ名づく」という説もあるという。

「鳥」は、トリの全形の象形文字。『説文解字』によると、「鳥」は、「長尾の禽の総名なり」とある。ただ、『正字通』によると、「鳥は飛禽の総名」と広義に解釈する例もあるようだ。また甲骨文字が発見されると、白川静によると、「神話的な鳥の表示に鳥をかく」としている。

また「隹」という文字も、トリという意味があるという。「鳥」と区別されて、『説文解字』によると、「鳥の短尾の飛禽の総名」とある。白川静によると、「隹」は、一般に用いるものとしている。

その他に、「禽」という文字も、トリを意味する。『説文解字』に、「走獣の総名なり』とある他、『爾雅』には、「二足にして羽ある之を禽と謂う」とあるようだ。『字通』によると、「畢(あみ)でとらえ、上から覆う形」とされる。転じて捕らえたもの、鳥または鳥獣を指す。

昔の人は、鳥をさまざまに捉え、それぞれの文字を作ったようだ。

次に、日本史の中で、丁酉の年に起こった出来事を記しておこう。

◎397年

百済阿花王、倭に対し礼を失し、王子直支を派遣して和を請う

◎637年

蝦夷反乱、上毛野形名を将軍として攻撃

◎697年

公卿百寮、持統天皇の病気平癒祈願のため仏像を造る

◎817年

摂津国に大津波、死者220人

◎937年

平良兼、平将門を夜討ちするが撃退される

◎1057年

安倍頼時討ち死、以後、安倍貞任ら抗戦

◎1117年

内裏で闘鶏・闘草を催す

◎1177年

平清盛、平家打倒計画を企てた院の近臣を捕らえる(鹿ケ谷の謀議)

◎1477年

応仁の乱終わる

◎1657年

明暦の大火(振袖火事)

◎1717年

幕府、大岡忠相を江戸町奉行に任じる

◎1777年

幕府、農民が、みだりに江戸奉公稼ぎに出ることを禁じる

◎1837年

大塩平八郎の乱起こる

◎1897年

貨幣法公布

金本位制確立

『ホトトギス』創刊

新聞の父、浜田彦藏(ジョセフ・ヒコ)死亡

◎1957年

昭和基地開設

日本・ポーランド国交回復協定調印

江崎玲於奈、トンネル効果の実例現象(エサキ効果)発見

5000円札発行

100円銀貨発行

以上を見る限りでは、様々な事象があり、共通項を見つけることは難しい。過去から、探ることは難しそうだが、果たして今年はどういう年になるのだろうか。干支からすれば、よく言われるように、「月も満つれば欠ける」ということだろうか。今がピークと考えれば、何事にも慎重を要するのかもしれない。

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2017年1月 3日 (火)

平成29年 新年のご挨拶

あけまして、おめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

と、型通りのご挨拶(笑)。今年は天候もよくて、いい正月。自前のお節も、初めて百貨店で買ったお餅も美味しかった。

さて、初夢は、皆さん、ご覧になったのでしょうか。私は、残念なことに、少し酒が回ってぐっすりと眠りこみ、見ることはできませんでした。本当は、次のような夢を見たかったのだが。

「周囲に美女を侍らせ、配膳されたお節を勧められ、芳醇な美酒を酌されて、酖酖していたら、まもなく酔って膝枕で酩酊したが、醒めてみると、やがて腕枕で覚めた」というようなもの。夢か現か幻か。どちらにせよ、夢は、いずれ覚める(笑)。

それにしても、今年の干支の「酉」を配した文字は、お酒がらみのものが多い。酒に呑まれないようにしたいものです。でも、いま少し、飲んで夢を見るのも悪くない。これも人生の一時と考えれば。

*追記

午前中に初詣に行きました。もちろん、おみくじも引きましたよ。なんと今年も大吉。慎重に歩みたいものです。

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