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2017年1月17日 (火)

姫路八天堂のこと

現在の姫路城を建てるには、池田輝政の時代に、多くの血と汗が流れている。今は、現代の人は、結果的に出来た美しい城を眺めているが、そこには重い税と昼夜を問わない過酷な労働によって建てられたことを忘れてはならない。

池田輝政は、姫路城が、出来上がった後、呪われるような夢にうなされ、やがて病に臥せっている。輝政に祟ったという噂も流れる。結果的に、八天堂を建て、刑部明神を城内に戻すことになる(*注)。

そこから、様々な怪奇譚が生まれている。その怪奇譚と「姫路八天堂」の謂れについて、少し記しておこう。これは松浦静山の随筆『甲子夜話(かっしやわ)』にあるものだ。

池田輝政が、姫路城主として入城した頃、彼は、不思議な幻想に襲われる。夜になると、天守閣が揺らぐと騒ぎ、真っ暗闇の大天守の最上階を見上げて灯がともっているから消して来いと家臣に命じたりする。

その他にも、真夜中に一丈ほどの鬼が出て人を殺したとか、その後、ある武士が、その鬼の腕を捕らえ打ち据えたとかという夢を見る。ところが、怪異は徐々に酷くなっていく。ある時には、台所の大釜の上に腕が落ちていたり、夜半、干し菜を売り歩く声がするという。

藩主の幻想に、家中は、騒然となった。その上、ある女中が行方不明になる。更に輝政は、枕元に山伏が立ったり、ある侍が日中に傘ごと吸い上げられる夢を見る。そこで刑部(おさかべ)社に祈請した。占いの結果、女が狐となった霊が祟っているとのことだった。

その後も怪異は続く。怪異は、輝政だけとどまらず、山路という女中の枕元に坊主が立ったり、熊太夫という者が、毛むくじゃらの腕に投げられて絶命する。また姫山の木が十本ほど倒れる。更に、小ごうという上臈の下に、女性が現れ、近々、輝政が病気になることを告げたり、夜中に、女二人が、塗り笠を被って刑部社の前で踊る夢を見たりする。

輝政は、妖気のためか、まさに夢か現か幻かと言うように、欝々と暮していた。そこで、比叡山からも阿闍梨を召し寄せ、天守で様々な祈祷を行った。七日七夜祈祷をしていると、七日目の夜に、薄化粧をした女が現れ、「加持を止めよ。苦しくして仕方ない」と言う。阿闍梨が「お前は何者だ」と言うと、女は二丈ほどもある鬼神となり、阿闍梨が切りつけようとすると、逆に蹴り殺してしまった。

惣社は、もちろん、広峰神社や随願寺でも祈祷が行われた。でも、輝政の病は重くなる一方である。そこへ、殿に渡してくださいと女番衆に頼む者があった。その手紙には、清水山大善院という坊さんを招いて八天堂を建て、行を行えというものであった(詳しい文面は、姫路文学館で展示されています)。そこで堂を建て、坊さんを招き、様々な供物を捧げて、祈祷したところ、輝政の病は治ったと云う。

怪奇現象は、輝政の悪夢と、偶然起こった事件や事象と重なった結果生まれたものかもしれない。ただ、人心が乱れていたのも確かだろう。姫路城も、多くの人々の怨嗟の上に築城されたのかもしれない。それを鎮めるためには、姫路城の守り神に祈るしかなかったのだろう。

剛毅と言われた池田輝政も、ただの人。姫路城築城に際し、恩顧ある豊臣家と徳川家との板挟みに加えて、戦場で多くの屍を乗り越えた上に、築城で多くの犠牲者を出し、後ろめたいものがあったのかもしれない。

*追記

なお、輝政は、一時回復したものの、50歳で亡くなっている。

*注

以前、第49代 光仁天皇の皇子、刑部(おさかべ)親王(他戸親王とも)と、娘の富姫が、姫山にある刑部明神(姫路城天守閣最上階)として祀られていることを記した。これは姫山の地で亡くなった刑部親王を守護神として、この山に祀ったのが始まりとされる。ただ、秀吉が姫路城改築のため、惣社(現在の播磨国総社)の境内に摂社として祀った。

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