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2017年2月27日 (月)

播磨の国の「風の神」と笑い話

一般に「風神」は、疫病や災害などの禍をもたらす。それに対して、「風の神」は風をつかさどる神様のこと。古代において、風は恐れられた。風は、農作物に大きく影響する。適度な風は、農作物を成長させるが、台風などの暴風雨は、作物に被害をもたらす。

古代には、風は神の息(後には御魂)と捉えられ、暴風を鎮めるために神を祀った。台風は、「多度の天の一つ目の神」と捉え、伊予~播磨~伊勢に「多々良の神」として祀られた。また海においては、航海安全の神でもあった。

播磨にも、かつて「風の神神社」があったとされる。「風の神」は大国主命の子供で出雲建子命ではないかと言われる。神社として祀っているのは、宍粟にある伊和神社とかが想起される。

その「風の神神社」での笑い話が伝わる。下り船の船頭が、祈願して、どうぞ追い風をと、請い願う。ところが、何日経っても風が吹かない。あまりにも風が吹かないので、神社の者に問いただす。

神主が言い訳するには、「ある人から上り風の所望があった。よって、まず上り風から、お吹かせになったのだ。さすれば、その次には、まもなく、その方の望む風を吹かすことだろう」と。神の立場は無視されて、神主によって神様も、嘘つきにされてしまう。

折角の神様も、それを運用する神主によって、変な解釈で、民を惑わす。あまり変な言い訳はよくないということを示している。

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