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2017年2月15日 (水)

妻を求める~狂言『伊文字』より

笑いというものは、いつも面白いことを言ったり、したりする人も面白いが、真面目な人が、本人は気づかず、おかしなことをやっているのが、案外目立って、おかしいもの。そういう観察は昔から行われてきたが、狂言の面白さも、そういうところにある。

今回、取り上げる狂言は、神仏に願って妻を得ようとする「妻定め物」という部類のものでで、『伊文字』というもの。妻が欲しいと主人が太郎冠者を伴い、清水の観世音にやって来て、一晩籠る。社殿近くで仮寝をすると、「西門の一の階(きざはし)に立った者を妻にせよ」との有り難い霊夢を授かる。そこで、早速、西門に向かうと、そこにはそれらしい女が頭から衣を被って立っている。

主人は恥ずかしくて声を掛けられないので、代わりに太郎冠者が女に声をかけると、確かに霊夢の人である。そして女が「恋しくは、問うても来たれ 伊勢の国伊勢寺本に住むぞ わらはは」と歌を詠み、立ち去ってしまう。

ところが、太郎冠者は、上の句の「恋しくは、問うても来たれ」しか覚えられない。折角の住所が分からなくなる。そこで、困って、歌関を作って、往来の人に相談して、和歌の下の句を継がせようとする。ちなみに、「歌関」とは、関所になぞらえて、和歌を詠まないと、通行させまいとすることを言う。通行人は先を急いでいるのに極めて迷惑なこと。

でも、この主従は、自分たちのためなら、そんなことにはお構いなし。神頼みまでして尋ねた大切な女の住所。何とか知りたいの一念。主人は、太郎冠者の任せた後悔。太郎冠者は、女の歌を覚えられなくて、主人の要望を叶えられなかったら大変という思い。

そういうことで何回か通行人に尋ねた結果、ある通行人が、きっと「い」の文字のつく国の名だろうと伊勢の国を言い当てる。ところが、また「伊勢の国 い」でつかえたので、今度は、「い」の字のついた里の名と推察し、見事に推理して去り終演。

記憶喪失の男が、誰かの助けを得て、過去を思い出すような雰囲気(笑)。部分記憶のつなぎ合わせで全体を思い出す。誰でも、有りうることです。流風なども和歌で示されると、覚えられるかどうか不安。太郎冠者を決して笑えない。でも、主人は、太郎冠者に任せず、直接、女に尋ねるべきであったのは確か。

*追記

ついでに記せば、霊夢などは嘘であろう。どうも寺の方で仕組んだ感じがする。寺には、それなりのものを主人は納めているはずだから、適当に、女を見繕ったとするのが自然。女は、夜のうちに主人を確認したものだろう。一種の見合いと言えないこともない。

*追記

そういうと、お寺も、段々檀家が減り、大変な状況。それで、結婚相談所のようなことをしている寺もあるとか。ということは、今後、この狂言のようなことが起こるかも(笑)。

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