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2017年4月19日 (水)

沢庵の『不動智神妙録』を再読

最近は、塩分が多く含まれる、たくあんを食することが減ったが、以前は、よく食べていた。あのポリポリ感が好きであった。たくあん漬けは、昔から関西では普及していたようで、果たして、沢庵が考案者であるかどうかは不明なようだ。だが、彼の名を冠として被せることで、全国的に普及したのかもしれない。

今回は、以前にも、一文を取り上げた彼の著作『不動智神妙録』を再読した。但馬国出石の生まれの彼は、戦国時代、織田、豊臣、徳川の時代を生きていたので、バランス感覚が鋭い。よって、徳川家の方針に反したとして、流罪になったりしている。その後も、権力におもねることなく、仏教を独立したものとして捉え続けた。

その彼が、友人でもある柳生但馬守に対して、剣禅一如を説いたものが、『不動智神妙録』だ。貫かれる精神は、「今の世に順じれば道に背く、道に背くまじとすれば、世に順ぜず」というもの。

これを現代的に解釈すれば、例えば、マスコミが権力に近づいて取材しようとするが、近寄り過ぎると危なく、道を誤りかねない。そして、正しい道を追いかけると、権力に反することになる。よって、独立した精神を持ち、背骨をしっかりして取材することが必要だということになる。

比較的短い文章なので、関係者は熟読してほしいものである。また多くの各分野の指導者を目指す人にも参考になるかもしれない。

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