« 播磨のプリンセスたち 2017 | トップページ | 銀行カードーロンーが社会問題化 »

2017年4月15日 (土)

真面目な政党の限界

真面目とは、面白い文字の表現かもしれない。意味は、本気、真心、誠実、真剣とされる。裏を返せば、嘘やいい加減なところがないということだろう。そういう意味では、日常生活を送る上で真面目なことはいいことだ。

ただ、行き過ぎたり、他者に押し付けたりすると人間関係を悪化させる。彼らは、往々にして状況判断が悪い。自分の考え方に、とらわれ過ぎるのだ。野党の民進党という政党も、いろんな考え方の人が集まっているようだが、各人が自らの考えに囚われすぎる(*注)。

それに比べて、自民党は、真面目でないといえば、叱られるかもしれないが、権力維持のためには、妥協を厭わない。過去の例では、党内で強く対立していても、最終的には落としどころを見つけて妥協する。いい加減と言えばいい加減。

でも、この世の中の人は、いろんな考え方の人がいる。変に真面目で自らの考え方を他者に押し付ける思考では、他人はついてこない。民進党の限界は、ここにある。このことに気づかなければ、この党は終わるかもしれない。

*注

自分の主張が党内で受け入れられないと、有権者を無視した任期途中の離党とか、役職辞任などをするが、無責任この上ない。彼らは、選挙で有利か不利か、それしか考えていないように見える。つまり、これらの議員は、政治家として無能だと自ら語っているということになる。

*追記

但し、現在の自民党は、多数を制しており、党内対立もなく、独善的になっている。これも国民から見れば危うい。もう少し、以前のように多様な考え方を持つ政党であってほしい。

*追記

しかしながら、安倍政権は不真面目すぎる。教育勅語についで、今度はヒットラーの書籍を教育現場で認めるという。どこか狂っている。これはこれで大問題。このような政権がいつまでも続いていいのか。

 

|

« 播磨のプリンセスたち 2017 | トップページ | 銀行カードーロンーが社会問題化 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/99784/65151859

この記事へのトラックバック一覧です: 真面目な政党の限界:

« 播磨のプリンセスたち 2017 | トップページ | 銀行カードーロンーが社会問題化 »