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2017年5月 2日 (火)

謡曲 『吉野天人』について~姫路城薪能

第68回姫路お城まつりで、5月12日には、第47回姫路城薪能が催され、その中で、狂言として『察化』が演じられることは、先日、紹介した。そして、能としては、『吉野天人』と「『小鍛冶』が演じられる。今回は、『吉野天人』を取り上げよう。

姫路城の桜は、さすがに、もう終わってしまって葉桜状態だが、吉野の方は、まだ楽しめるかもしれない。また、こんなことを言っているが、未だ吉野には行けていない。謡曲の方は、次のような内容になっている。

毎春、花見を、あちこちに訪ね歩いている者が、毎年、千年桜を眺め楽しんでいるが、その千本の桜は、吉野の種を取ってきて、植えたものと知っているので、そのルーツを訪ねようと、若い人を伴って、大和の国に向かう。

そういうわけで、気が急けたこともあって、花を追い求めると、あっという間に、吉野の山に着く。そうすると、山の峰も、頂も、桜の花は満開。更に奥深く、分け入ろうとすると、似つかわしくない卑しからぬ女が現れて、何を噂されているのですか、と問うので、高貴な御姿で、なぜ、山の中にいらっしゃるのですかと逆に問い返す。

そうすると、その女は、「私は、このあたりに住んでいる者で、春の気配が立つ山に日を贈り、花を共にして、ここに暮すだけです」と答える。そうすると、都の者は、「それはそれは。私たちも、同じ心で、花を共にしているのです」と感心する。

それなら、一緒に花を楽しもうということになるが、一向に帰る雰囲気もなく、女に不審な感じを受ける。そうすると、女は「実は、私は、天女で、花の美しさに誘われて、ここまでやってきた」と告白する。

そして、続けて言うには、「せっかくだから、今夜は、ここに泊まって、信心されるなら、五節の舞や小忌の衣(*注)の羽袖を返し、月の夜遊をお見せしよう」と言う。しばらくお待ちくださいと言って消え去る。

そうすると、しばらくして、虚空に音楽が聞こえ、香しい匂いが漂い、花が降ってくる。この花の舞は、平和の治世の印だと思われた。しばらく、天女は留まっていたが、やがて、山桜の中を、花の雲に乗って、行くえ知れずになったのであった。

話は、桜の花の精を題材にしたもの。もちろん、天人は実際には存在しないが、桜の散りゆく姿を幻想的に捉えた作品だろう。桜見物ができるのは、確かに平和な証拠。最近、騒がしい東アジアの情勢も落ち着いて、皆が平和を享受できる世界であってほしい。

*注 小忌の衣について

「五節の舞」については、以前記したので、ここでは重ねて記さない。「小忌の衣」とは、厳重な斎戒を必要とする神事に参列する小忌の責任者が上衣として着用する青摺りの衣のこと。

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