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2017年6月28日 (水)

仏教の世界観 その二

次に記すことは、以前にも一部記しており重複するが、敢えて書き残しておく。この「器界」の中に、人間はも生前の行為によって、その果報を受ける。子供時代、祖父によく言われたことだ。それは六つの場所がある。すなわち、地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・天上だ。これらは六道とか六趣とも言われる。

悪いことをすれば地獄にいかなあかんよ、といたずらをして、よく叱られたものだが、その地獄は、閻浮提の地下、一千由旬から四万由旬の間に、熱火で衆生を呵責する。それは八つの地獄が重なっているという。これを八熱地獄という。子供のころ、買ってもらった絵本にも、そのように表現されていた。

餓鬼とは、悪行の報いとして餓鬼道に落ちた亡者を指す。やせ細って、咽喉が細く飲食することができないなど、常に飢渇に苦しむ。母も、晩年、病気で物が食べられなくなって、「私も餓鬼道に落ちるのか」と嘆いていた(*注1)。

畜生とは、生前に悪行を為した者が、趣(おもむ)く世界で、禽獣の姿に生まれて苦しむ。子供の頃、母から、「悪いことをしたら、次の世界では人間に生まれない」のだと脅されたことを思い出す。地獄・餓鬼・畜生は三悪道と言って、様々な辛酸をなめる場所だ。

次にくる阿修羅は容貌が醜く、常に疑惑と害心を持っている。よって、常に媚びを売り、闘乱に駆り立てられ、闘争を好み、心の安寧を得られない。それゆえ、仏法の守護神とされる一方、六道の一つとして人間以下の位置づけとされる(*注2)。

*注1

今では、うるさくて邪魔になったり、悪さをしたりする子供を卑しむ時に使っている。

*注2

阿修羅は、元々、天界に住んでいたという。だが、帝釈天が阿修羅の娘をさらったので、それに激怒した阿修羅は大胆にも戦いを挑む。帝釈天は、正式に阿修羅の娘を妻に迎えたが、阿修羅の怒りは収まることなく、戦い続ける。そして、ついに天界から追われる。実に、人間臭い話が伝わる。その後、釈迦に帰依して、改心し、仏教を守護するようになった。

そういうと、有名な阿修羅像は、三つの顔があり、皆、表情が異なる。すなわち、怒り、苦悩、そして改心したものを表しているようだ。でも、改心した顔も辛そうに見えるのだが。

次回に続く。

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