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2017年6月29日 (木)

仏教の世界観 その三

次の人間界も、苦の世界と見る。その苦を「生老病死」の四苦とする。確かに、生きることも、苦と言えば、そうなのだろう。老いることも、仕方ないとは言え、見方によっては苦かもしれない。病気になったり、死ぬことも、苦と捉えればそうだろう(*注1)。

それらに、怨憎会苦(おんぞうえく)・愛別離苦(あいべつのりく)・求不得苦(ぐふとくく)・五陰盛苦(ごおんじょうく)を加えて、八苦とする。これらの苦は人間界に生きる限り、避けられない。

怨憎会苦とは、怨み憎む者に会う苦しみを指す。愛別離苦とは、親・兄弟・妻子など愛する者と生別・死別する苦しみを指す。求不得苦とは、求めるものの得られない苦しみを意味する。五陰盛苦とは、五陰は「五蘊(ごうん)」のことで、ここから生じる心身の苦しみを指す。

ちなみに、五蘊とは、色・受・想・行・識のこと。色は物質および肉体、受は感受作用、想は表象作用、行は意志・記憶など、識は認識作用・意識を指す。一切の存在は五蘊から成り立ち、それゆえ、無常・無我であるとする。

人間界の次に、天上界が来る。そのまま天上の世界を意味する。ただ、なぜ六道の中に含まれるかと言うと、三界の欲界が天上界の一部に含まれるからだ。ちなみに、三界とは、欲界・色界・無色界を指す。天人の中でも、一番低い階級の者は、須弥山の水際から四千由旬のところに住んでいる。

そこから四千由旬毎に一万二千由旬の高さまで住んでいる天衆が、全て夜叉(*注2)と呼ばれるそうだ。天竜八部衆(*注3)の一つとして、上天に仕えて、仏法を奉じている。天夜叉・地夜叉・虚空夜叉などに分ける。極めて恐ろしい存在だが、下界の善人を守護しているという。

*注1

生老病死を「苦」と捉えると、より苦しくなるのも事実である。だが、それぞれの段階を「楽」と捉えるには、それなりの人間修業が必要になる。

*注2

夜叉は、元々インド神話で、森林に住むとされる神霊だ。人を害する鬼神である反面、財宝神として信仰されていたものを仏教が取り入れた。

*注3

天竜八部衆とは、天・竜・夜叉・乾闥婆(けんだつば)・阿修羅(あしゅら)・迦楼羅(かるら)・緊那羅(きんなら)・摩睺羅迦(まごらが)のこと。仏教を守護する八種の異類。

次回に続く。

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