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2017年8月26日 (土)

『方丈記』を再読

ずっと前から、朝に、時々出かけて、ある所で声を掛けてくる高齢のお婆さんがいる。全く知らない方だ。一応、挨拶は返しておく。このように見知らぬ高齢のお婆さんに声を掛けられることは、たまにある。

このお婆さんは割と頻繁なのだが、詮索することはせず、挨拶だけだ。認知症とかではなさそうだ。ところが、最近は会わなくなった。会わないと少し気になる存在。大体、後で分かることだが、多くは施設に入られたりして、最終的には人知れず亡くなっている。人間とは、そういうものだ。

「ゆく河のながれは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。

よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつむすびて、久しくとどまりたるためしなし。

世の中にある人と栖(すみか)と、またかくのごとし」

鴨長明著『方丈記』を久しぶりに読んだ。学校時代に学んだが、彼の言っていることは、今になって、よく理解できる。そして、過去に何回か読んだが、その度に、少し受ける印象が違う。それは加齢による理解の差であろうか。

長明は、全国的な内乱、大火、辻風、遷都(人災)、飢饉、大地震などを挙げて、この世に住むことの難しさを説いている。その結果、彼は無常観を持つに至り、都を捨て、世俗を離れる。

そのため、無駄なものは切り捨て、出家して、世捨て人を目指す。現世が嫌になったのかもしれない。50歳ころの出来事だ。彼が最終的に住んだ方丈の庵は、2.778坪。高さは七尺。その前の住処は277.8坪あった。

そして驚くことに、祖母の家は、2778坪もあった。すなわち祖母の家の千分の一まで庵は小さく設計された。中頃の住処と比して百分の一、見事な比例計算。彼が60歳くらいの話である。

更に驚くことに、この庵は解体でき、いつでも、どこにでも移動できるようになっていたという。そして最終的には日野に定住する。草庵の生活を悦び、閑居を楽しむ姿勢。しかし、草庵にも捉われない。出家後、捉われのない生活を目指したのは間違いない。

そして、出した結論が、先に示した『方丈記』の一文だろう。人は、どこともなく現れて、どこかに消えていく。その繰り返しを行ってきた。せいぜい、この世を楽しんで生きたいものである。

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