« 二つの女王のドラマ | トップページ | 亀山雲平のこと »

2017年8月23日 (水)

ナスとカボチャ(ナンキン)と端唄

本日、8月23日は、処暑。朝夕、涼しくなると言うけれど、朝は多少そんな感じもしないではないが、夕方は暑いまま。暑いのは、寒いのと比べて、耐えられるけれど、やはり、もう少し涼しくなってほしいと思う日々。

さて、今年は、ナスもカボチャも作っていないけれど、比較的作りやすい野菜だ。ナスは苗を買ってきて植え付けるだけだけれど、割と実がなる。カボチャは、実を言うと過去にも植え付けていない。

たまたま買ってきたカボチャを料理する時、ワタと種を取るが、それをゴミとして捨てずに、土の中に埋めると、自然発芽して、やがて成長して、花が咲き実がなる。この成長度合いは、サツマイモ同様、物凄い勢いだ。

そのことを端唄にしたものがある。少し面白いので取り上げておく。それが次のもの(文言は異なる表現のものもある)。

背門(うら)の段畑に、茄子とかぼちゃの 喧嘩がござる 

かぼちゃ元より いたづらものだよ

長い手を出し 茄子の木にからみつき

其処で茄子の木が 黒くなつて 腹をたて

其処へ夕顔 十ぶんいりて これさ

まてまてかぼちゃ 背(せい)が低いとて

色が黒いとて 茄子の木は地主だよ

をらやそなたは 棚借り身ぶんで

他(よそ)の地めんへ はいるがむりか やんれ

それ 奥州街道で かぼちゃのつるめが

垣根をこわして 大家がはら立つ 

大工が喜ぶ 十日の手間取り 

どうするどうする 面白や

幕末に流行った俗謡らしい。色黒の田舎侍をからかったとも言われる。主客のナスにカボチャが集(たか)る感じ(違う意味で、歌っているという解釈もあるが、ここでは止めておく)。なお、「十ぶんいりて」とは、仲裁に入り、の意。

先に記したように、カボチャの成長は早く、力強い。よって、木の塀だと倒される恐れもあるのも事実。壊されると、風が吹けば桶屋が儲かる方式で、大工に仕事が回ってくる。それは誰が負担するのかという問題。

そうなると、一時の欲で、カボチャを植え付けるのは、メリットはないということになる。呼ぶ客は選ばなければならない。そうしないと、とんでもない損失を被る。最近は、木の塀は少なく、ほとんどブロック塀だから、そういう問題は起こらないけれど。集る奴らには気をつけなければならぬのは今も変わらない。

*追記

昔話を読んでいると次のようなものがあった。

「昔、あるところに、貧乏な百姓がいた。軒下に、カボチャの芽が出していたので、手間暇かけて育てた。カボチャは段々大きくなり、添え木を立てると、そのてっぺんまで延びた。それで放置すると、ついに、屋根まで這い上がった。

屋根の上に、なり花が咲いた。日当たりがいいので、実が次第に大きくなった。はしごをかけて毎日見守ると、間もなく、手で抱えるくらいの大きさになった。でも、大きくなるのが嬉しいので、そのままにすると、さらに大きくなり四斗樽くらいの大きさになった。

でも、まだ放置すると酒桶くらいの大きさになった。そうして、とうとう貧相な家を潰してしまった。百姓は、居る家がないから、カボチャに穴を開け、中身を出しで、家の代用にした。でも、壁を崩して少しずつ食するので、秋になると、薄くなって、冬になると腐りだした。

そうして、住めなくなり、どこにも住めなくなった。カボチャは屋根を決して這わせてはいけない」。

家で、カボチャを作る時は、屋根に這わせたりはしないが、今後は、買ってきたカボチャの種は、ゴミとして捨てることにしよう(笑)。

|

« 二つの女王のドラマ | トップページ | 亀山雲平のこと »

古典文学・演芸」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/99784/65699703

この記事へのトラックバック一覧です: ナスとカボチャ(ナンキン)と端唄:

« 二つの女王のドラマ | トップページ | 亀山雲平のこと »