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2017年10月21日 (土)

名前の読み違えの悲劇

最近は、子どもの名前に、読み方が他人には分からないようなものを付けられる方が比較的多いように思う。どう考えても、親の考えているようには呼ばれないだろうなと思う名前も多い。親には、それぞれの思いで名付けるのだろうが、それでいいのだろうか。

さて、学生時代、同期の人間の名前を先入観から、読み違えて、随分、嫌な思いをさせたこともある。途中で気づいたのだが、あだ名代わりで呼んでいたのを後日、間接的に不愉快に感じていると知った。

日本の苗字、名前は、それほどに正確な読みが難しい。同じ漢字でも、読みが異なることもある。これは社会人になっても、先輩に間違い続きをして、一向に改まらないので、激怒されたこともある。

誰でも、姓名は正しく呼んでほしい。学校の先生の場合は、生徒名簿に、ふりがながふってあるので、間違いがないだろうが、社会人の場合は、本人から告げられないと徹底できない。本人が、強く修正を申し込まないと、間違ったまま呼ばれることもある。

外部の人間の場合は、読み方が複雑な場合は、名刺にふりがながうってある場合は問題はない。賢い人は、名刺を渡されてすぐ、読み方を確認されている。大きい組織で、社内で、たまにしか会わない人の場合、気を付ける必要がある。ふと、昔の苦い経験を思い出し、記してみた。

*追記

落語でも、読みを巡って大騒動する話がある。それが「平林」というもの。本来、「ひらはやし」と読むのだが、田舎から平林氏に言付けを頼まれた人が、名を忘れて、様々な人に文の上書を読ませ、混乱する話だ。

読みができそうな出家に尋ねると、彼は「ひょうりん」とか、「へいりん」か。あるいは「たいらりん」か、「ひらりん」か、と言う。更に、「一八十に木々(もくもく)」とか、「ひょうはやし」かと、色々読み方を挙げて、「ひらはやし」は出てこず、ますます混乱。

結局、「ひらはやし」という名は出てこなかったというもの。日本語の読みは、音訓が混じる場合もあるので読み方は難しい。更に清音と濁音の違いもある。名前の読みは笑い話で済まされないので深刻。

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