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2017年12月31日 (日)

お節とりんご 2017

あっという間に、本日は大晦日。昨日、スーパーに行くと、お節セットが手ごろな価格で売られており、衝動買いしてしまった(笑)。お節は用意しない予定であったが、見事に覆され、お重に詰め替えたところ、なかなかのものになった。

スーパーでお節を買ったのは初めて。味の方は分からないが、見栄えという面では高級お節と遜色なし。詰め替えに要した時間は3分ほど。よって3分お節(笑)。まっ、いいか。こういうやり方なら、お金も手間も、あまりかからず、適度に満足できる。

そして、青森産のりんごが安売りされていたので、こちらも多数購入。冷蔵庫はりんごで満杯。そして、りんごも、味のあたりはずれが結構あるのだが、今回のは、大変美味しい。今年初めて巡り合った美味しいりんご。

りんごは好きな果物の一つだが、一年を通じても、こんなに美味しいりんごを食せるのは珍しい。幸せだ。年も押し迫って、やっといいことがあった。それでは、皆さま、よいお年を。

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2017年12月30日 (土)

姫路の市街地商業施設を考える

ある程度予測されたことだが、姫路の老舗百貨店ヤマトヤシキは、2018年2月閉店するという。地方の百貨店経営は、どことも厳しい。それは姫路も同じ。地域としては発展を続けているが、マーケティングとか流通構造の変化に対応できないと、旧態依然の経営では、存続できないことは確かだ。

ヤマトヤシキは古い建物で限界があった。更に駅前立地ではないので、客を引き寄せる対策が必要であったが、百貨店形態で臨む限り各種制約がある。また以前にも記したがマーケティングも不十分な感じもする。

結局、新たな経営者がドライな判断をして姫路店を閉店させる。それは仕方がない。それが経済だ。ただ、市街地に商業施設が減るのは望ましくない(*注)。過当競争は問題だが、業種・業態の棲み分けをすれば、まだまだ姫路は可能性はある。むしろ「百貨店」という制約を取り払った方がいい。

最近は、商業地の跡地にマンションを建てることが多いようだが、本来は望ましくない。人口減少下、「コンパクトシティ」が識者から指摘されるが、神戸のように狭い地域ならともかく、姫路は、周辺に住宅地域は十分確保できる。

市街地は魅力ある商業施設が望ましい。人を引き寄せるには、マンションや医療施設では限界がある。中途半端にコンパクトにまとまった街になれば、かえって人は寄ってこない。その辺の戦略的工夫が姫路市にも求められる。

*注

フェスタ跡地や板文跡地にマンションが建設されているが、立地的に、あまり望ましくない。

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2017年12月29日 (金)

多過ぎる怪しい電話

毎日ではないが、怪しい電話がかかってくる。以前は非通知が多かったが、最近は、さすがに、それは少ない。ただ番号は表示されるが、知らない電話番号。よって基本的に受信しないようにしている。あるいは留守番電話設定で、内容を確認する。

大概、押し売り関係の電話だ。内容は、リフォーム、買取が多い。彼らの相手をするのは時間の無駄と思っている人は多い。いい加減に、彼らも、あくどいビジネスをあきらめるべきだ。また、これらのビジネスに、お金に釣られて安易に加担している無知な人もいるようだが、参加は止めた方がいい。

それにしても、詐欺行為は昔からあるものの、変な世の中になったものだ。そんなことにエネルギーを投じる暇があるのなら、その労力を、まともなビジネスに一生懸命になった方がいい。その方が世の中に貢献できると思うのだが。

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2017年12月28日 (木)

餅花の記憶

もうすぐ正月。昔の写真を見ていると、子どもの頃、餅花をバックに母と共に写っている写真があった。母は私を抱っこして、にっこり笑っている。父が撮ったものだろう。それで思い出した「餅花」。

子どもの頃、確かに、母が柳の枝と餅球となるピンクと白の半球を買ってきて、柳に二つ合わせて玉にして留める作業を毎年していた。子どもにすれば、遊び感覚で楽しかった記憶がある。

これは本来、豊作を願うためのものらしいが、長らく、見ていなかった(意識しないと見過ごしてしまう)。もちろん、自宅でも、作ったことはない。やはり、こういうものは女性がいないと作られることはない。正月に商店街を歩いて飾ってあれば眺めるとしますか。

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消費情報の売買とビットコイン

知らぬ間に個人の消費情報が売買されている。本人の自覚がないから、少し怖い。それは各種カード利用だったり、ポイントカードサービスだ。消費者からすればメリットあるシステムに見えるが、個人消費情報を売買してビジネスにしている企業がある。

もちろん、合法的だ。ただ、個人の消費性向が第三者に監視されていると取ることもできる。現在、話題に上るビットコイン(仮想通貨)も、その類だ。日本人は、現金払いが好きだと言われるが、監視から逃れるには、現金払いということになる。

別に悪いことをするつもりはなくても、第三者に消費内容を監視されるというのは少し気持ちが悪いのも事実。今後の方向性は分からないが、日本でのビットコインの普及は限定的だろう。何に「信用」を置くかということがベースだとしても、まだ現金への信頼が高いだろう。

*追記

「ビットコイン」の信用は何なのか。今のところ不明。通貨や金に代わりうるのか。現在、ビットコイン市場は急騰し、やや下落気味。市場が安定するには、いま少し時間がかかるかもしれない。いずれにせよ、結局、人々が何を信用するかに、かかっていると言える。

*2018年1月27日追記

仮想通貨取引所の運営大手コインチェックから約580億円の仮想通貨が流出したようだ。これが取り戻せるかは不明だが、厳しい状況のようだ。基本的に運営主体の甘さがある。仮想通貨の過渡期とも言えるが、まだまだ仮想通貨の時代ではないと言える。

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2017年12月27日 (水)

姫路名古山仏舎利塔 2018新春コンサートの案内

姫路の名古山仏舎利塔で、2018年1月8日の祝日に、新春クラシックコンサートがある。時間は、13時30分より(演奏時間は40分程度らしい)。演奏は、ezprimer(エクスプリメ)によるもの。馴染みのあるクラッシックが演奏されるそうだ。縦覧料大人200円以外は不要。まだ、仏舎利塔に行かれたことのない方は、これを機会に一度訪れて欲しいと思う。

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姫路・手柄山関連施設情報 2018年1月

2018年より、手柄山にある施設の情報を記していきます。内容は随時更新。

●姫路市立水族館では、1月27日より、企画展「こんなに危なかってん!危険生物展」が始まる。企画展示室で、生物展示と標本展示がされる。3月5日まで。

●手柄山温室植物園では、1月20日より、「エアプランツとその仲間展」が始まる。2月12日まで。

●緑の相談所では、2月11日午前10時より12時まで、花と緑の講習会として「フラワーアレンジメント」が、手柄山交流ステーションで開かれる。定員50名で先着申し込み順。申し込みは1月10日より2月3日まで。材料費として2000円が必要。

●姫路市平和資料館では、収蔵品展「戦争に向かった人、見送った人」を催す。1月13日より4月15日まで。

●手柄山温室植物園では、1月6日より「新春洋ラン展」が始まる。1月14日まで。

●ひめじ手柄山遊園は、1月2日から開園。2日、3日の両日は入園無料。各日、先着100名の子ども対象に、お菓子のつかみどりがある。

●手柄山温室植物園は、1月2日、3日の両日、午前9時より先着200名に、「西洋サクラソウ(プリムラ)」の花苗がプレゼントされる。入園料は必要。

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2017年12月26日 (火)

姫路城関連ニュース 2018年1月

最近の姫路城関連ニュースとして、2018年1月の催しの記事を以下に示します。情報は、随時追加更新していきます。

●姫路市立城郭研究室では、1月27日(土)13時30分より、セミナーを催す。テーマは「昭和初期における文化財と映画のかかわり」。昭和初期に作られた時代劇映画で、姫路城「ろ」の門がロケで爆破事故を起こしている。それを中心とした話題から文化財や景観の利用について考察する。講師は渡邊祐太氏。

●兵庫県立歴史博物館では、1月27日より、「ふろくの楽しみ(明治~平成の子どもの雑誌から)」展が催される。3月25日まで。

●好古園では、1月25日より、「フォトコンテスト入賞作品展」が開かれる。2月12日まで。

●姫路文学館では、1月21日午後0時30分より4時まで、「KOTOBAまつり 学生チャンピョンを競う 百人一首大会」が開かれる。小学生から高校生までが参加する。

●動物園では、1月20日に「第43回動物園ウィンタースクール」を開催する。事前申込制で定員36名。対象は小学4年から6年まで。郵送で申し込み、申込期限は2018年1月5日必着となっている。詳しいことは動物園のホームページで確認してください。

●姫路市立美術館では、1月17日より、「姫路市美術展」が始まる。市内を中心に全国から公募した7部門のアート作品の入賞・入選品を展示。1月28日まで。

●姫路文学館では、1月6日より、「収蔵品 金井寅之助文庫展 江戸文学コレクション」が開催される。金井寅之助氏は、井原西鶴の研究者。研究過程で膨大な資料を蒐集した。今回は、その中で「近世文学」に焦点を当てて、展示される。4月8日まで。

●姫路市立動物園では、1月2日、3日の両日、午前9時より、5歳以上の入園者に先着500名に、「おみくじ付きの干支の根付け」がプレゼントされる。

●好古園は元日からオープン。元日には、午前9時より先着500名に、「2018年好古園暦」がもらえる。また、1月6日には、「双樹庵」利用者に、午前10時より、先着300名に、「2018年好古園卓上カレンダー」がもらえる。

●姫路城は、1月2日、3日の両日、午前9時より、先着500名に、「しろまるひめのフェイスタオル」がプレゼントされる。

●姫路城は、元日は午前8時30分から入城無料。

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2017年12月25日 (月)

正月を迎える準備 2017

クリスマスも何の感慨もなく終わるだろう。イブが日曜日だったせいか、街も比較的落ち着いていた。それにテレビやラジオのクリスマス特集も、それほどではない。むしろドラマ『陸王』の方で世間は賑わっている。日本も、そろそろ「脱クリスマス」の時代を迎えたのかもしれない。

そして、正月を迎える準備。室内の大掃除は、ほぼ終わっている。室外の掃除は、枯れ葉などの日常の処理だけ。先日も記したように、今年はお節は準備しない。用意するのは、三が日のお雑煮の準備だけだ。すべて異なるお雑煮のため、それなりの材料の揃える必要がある。それだけで正月の雰囲気は味わえる。

また今年は、好い年ではなかったので、神社へのお礼参りも必要なし。久しぶりに初詣も中止の予定。注連縄もしない。それに例の神社のおぞましい事件もあった。あの金銭感覚には唖然とした。他の神社も五十歩百歩かもしれない。彼らを太らせても、いいことはない。

神に祈るだけなら自宅でもできる。来年は、静かに正月を迎えるつもりだ。ゆったりした日程で、寝正月ができそうだ。

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2017年12月24日 (日)

独裁の国は危うい

『管子』は、独裁者の危うさを次のように指摘している。「独王の国は、労して禍多し。独国の君は、卑しくして威ならず。自媒の女は、醜にして信ぜられず」と。

つまり、独裁国家は、労が多いのに、実はなかなか上がらない。君主は孤立無援になって、地位も安定しないし、威信もない。仲人のいない妻のようなもの。これは野合で人々から軽蔑されるだけ。もちろん、世界から信頼など勝ち取れない、と言っている。

いい加減、隣国の独裁者も気づくべきだ。『管子』を読む余裕も無いかな。危うい、危うい。

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2017年12月22日 (金)

中島敦を読む

学生時代に読んだ中島敦の作品を久しぶりに再読。1909年生まれの、この作家は、漢学者の家系に生まれたためか、題材を大陸に取ったものが多い。

今回は、中国に題材を取った『名人伝』、『山月記』、『弟子』、『李陵』の四作品。『名人伝』は射の名人、紀昌の人生。『山月記』は、虎になった李徴の人生、『弟子」は孔子の弟子の子路の人生、『李陵』は、匈奴に捕らわれた李陵の人生を描いている。

それぞれに厳しい人生を送っている。それは何故か。世間と妥協しないからか、強い人生観のためか。それとも性格か。あるいは環境が、彼らを追い込んだのか。いろんな角度から、彼は冷徹に観察している。

もちろん、どれくらい事実なのかは不明だ。創作の部分も多いことだろう。でも、ありえないことではない。若い人たちにも、生き方の参考にはなるだろう。

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2017年12月21日 (木)

美味しい鳴門金時 2017

毎年、同じような記事を記しているようにも思うが、サツマイモの美味しい季節だ。最近の女性はどうか知らないが、「イモ、タコ、ナンキン」は女性の好むものとされた。イモは、もちろんサツマイモ。昔は、家の前で、火を起こして、その中にサツマイモを入れて焼いたりした。

今は、そういうことは、なかなかできないが、焼きいも器も販売されている。家にも母が買った物が遺されているが使ったことはない。結構、焼くのに時間がかかるからだ。結局、蒸して食することが多い。それでも結構美味しい。

この時に使うのが、鳴門金時だ。残念ながら、他の産地のサツマイモでは、あまり美味しくない。それに、なぜか日持ちしない。鳴門金時は、割と長持ちして腐ることも少ない。その他には、輪切りしてフライパンやトースターで焼いたり、後は混ぜご飯の材料に使う。しばらく、鳴門金時のお世話になる。

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2017年12月20日 (水)

「第51代姫路お城の女王」の募集

姫路城関連ニュースですでに記したが、恒例の「姫路お城の女王」の募集が始まっている。今回は第51代となる。任期は2018年5月12日から2019年の姫路お城まつりまで期間。締め切りは2018年1月22日必着。所定の申込書で申し込む。

姫路城は、国宝であると同時に世界遺産。「姫路お城の女王」は域内からの募集になっているが、もっと範囲を広げていいのでは。各種問題があるかもしれないが、今後検討してほしいものである。

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2017年12月19日 (火)

刎頸(ふんけい)の友

ロッキード事件が起こった頃、国際興業社主の小佐野賢治氏が国会に呼ばれて、田中角栄氏との関係を問われて、彼とは「刎頸の友」だと答えていた。その時、初めて、この言葉を知った。刎頸とは、頸(首)を刎(は)ねるという意味だ。

これは「刎頸の交わり」というところから来ている。意味は、「お互いのために首をはねられても悔いはないという誓いをした友」ということになる。藺相如(りんしょうじょ)と廉頗将軍の逸話が出典。

藺相如は、胆力と知恵のあった人物で、趙の恵文王の時代に、「和氏の璧(かしのたま)」を秦の王と丁々発止とやりやって、持ち帰った。このことにより、彼は上大夫に任じられた。その後も、秦との争いは続くのだが、藺相如持ち前の胆力で、秦の野望を阻止する。

その功績で、彼は上卿(じょうけい)になり、廉頗将軍より上位になる。これに反発した廉頗将軍。「彼は身分が低い出だし、口先三寸で出世している。奴の下になるなんて許せない。必ず貶めてやる」と凄む。

それを聞いた藺相如は極力、廉頗将軍と顔を合わせることを避ける。そうすると彼の部下たちが不信感を持つ。そこで、藺相如に本音を確認すると、彼は、「廉頗将軍と秦の王と、どちらが恐ろしいか」と尋ねる。部下たちは、「もちろん、秦王です」と答える。

「そうなのだ。今、国内で争っている場合ではない。私と廉頗将軍がいる限り、秦は戦争を仕掛けない。そのためには、彼を避けるしかない」と。それを聞いた廉頗将軍は、大いに恥じて、藺相如に謝罪し、「刎頸の交わり」を結んだ。

人間、自分のプライドから、いろんな思いを致す。だが、本当に大切なことは何なのか考えることは重要だ。これは何も政治家に限らない。個人の生活、家庭でも、同じことが言えるだろう。

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2017年12月18日 (月)

美味しい丸はぎ

割と季節に関係なく食する丸はぎだが、今の季節は、より美味しい。価格も手ごろだし、身も結構付いている。若い時から、比較的よく食する魚だが、白魚では、がしらより身が多く、好きな魚だ。

本日、魚売り場を覗くと、たくさん並んでいた。身の大きいもの、中くらいのもの、小さいもの様々だ。とりあえず中くらいのものを入手。いつものように、水と酒、醤油で煮るだけ。新鮮な魚は、それで十分美味しくできる。付け合わせは、蕪蒸しにした。

新米の御飯も美味しい。食べられる幸せ。

*追記

ネットで検索してみると、出汁やみりん、砂糖で調味している例もあるが、そんなことをしたら、魚本来の味を失ってしまう。みりんや砂糖を使うのは、古い魚を誤魔化すために使うもの。現在は、日本のどこでも、新鮮な魚が入手可能。新鮮な魚であれば、水と酒と醤油で煮るだけで十分。やったことのない方も試してもらいたい。

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2017年12月17日 (日)

『平家物語』を通読

長らくツンドク状態であった『平家物語』をやっと通読した。有名な話は何回も読んでいるが、そうでない箇所は読んでいなかった。全体としては、約6割くらいの話は知っていたが、残りの部分は読んでみて新鮮な部分もあった。

ただ、『平家物語』自体、どれくらい史実に忠実であるかは分からない。よって、正確な「平家史」とは必ずしも言えない。史実の上に物語を重ねているからだ。そもそも「物語」は、伝聞も含め創作が中心だ。よって、浪曲や講談の題材と似ている。

それでも、後世の人々は、平家の辿った道を教訓にしてきた。そういう意味では、このベストセラーの作者は、その編集能力が優れていたことは確かなようだ。

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2017年12月16日 (土)

忘年会の時期だが、、、

各地で忘年会が開かれていることだろう。年忘れの催しと捉えられているが、本来の意味は違う。年齢を無視して、才徳のみ評価した付き合いをいう。これは後漢の孔融(こうゆう)と禰衡(でいこう)の話から来ている。

孔融は、郡の宰相になったり、儒学を奨励したりした。結構活躍したのだが、後に曹操に疎まれ殺される。禰衡の方は、孔融より30歳程度若く、才気煥発だったが、かなり生意気。いろんな上司に仕えるが、傲慢さは治らず、やがて殺される。

そんな二人だが、孔融は禰衡を可愛がって面倒を看たという。馬が合ったのかもしれない。これを「忘年の交わり」という。年齢差に関係なく、交友関係を持つことを指す。また見方を変えれば、年齢差が忘年の交わりを生むとも言える。

年齢差が30歳ということは、高齢者が孫と付き合う感じ(昔の感覚。現在では40歳以上の年齢差が必要かも)。子どもより孫が可愛いように、ライバル関係ではない。むしろ、年輩者は、若い人に対して、自分の時代を重ね思い出しながら眩しく感じることの方が多いだろう。

でも、今の日本の忘年会で、そういう付き合いも、なかなか難しいかもしれない。むしろ、本来の言葉の謂れは無視されて、「年忘れ」の方が優先されるのだろう。

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2017年12月15日 (金)

朝にシタール音楽を聴く

寝起きの音楽は、季節によって色々替えているが、今は、インド音楽。シタールによる演奏だ。この音楽に直接接したのは神戸時代の若い頃。ある催しで、日本人の男女ペアによるシタールと太鼓の演奏があった。その演奏は、独特の雰囲気を醸し出し、世界には、いろんな音楽があるものだと感心したことを記憶している。

現在、シタールによる演奏CDは数枚持っているが、今聴いているものは、ラヴィ・シャンカールによるもの。本来の意図は知らないが、個人的には、沸々と湧き上がる生命の息吹を感じさせる。朝に聴くのが相応しいと思っている。毎日寒いけれど、何とか今日も頑張るぞ、と刺激を与えてくれる。

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2017年12月13日 (水)

速読だった母の思い出

女優の高畑充希さんが速読だと言っていたが、それで思い出したのが以前にも若干記した母の速読。父は、行間も丁寧に読みこむ精読だったのに対して、母は斜め読みの速読だった。

それは主婦業の合間に読むということもあったが、戦時中だった女学校時代に、まともに勉強できなかった反動だと、よく言っていた。文字に飢えていたのだ。私が小学校に上がると、いろんな図書を借りてくるように依頼された。

制限いっぱいの図書を借りるので、司書の先生は、「流風君は読書が好きなのね」とか言って感心されていたが、実際に読むのは母(笑)。そして、どんなにたくさん借りてきても、あっという間に完読。但し、完読とはいうものの斜め読みだったそうだ。

それでも、あらすじを的確に教えてくれ、流風は、あたかも自分が読んだように、読書感想文にしていた。時々、それではいけないと、自分でも読むのだが、時間がかかる。途中で投げ出し、母に内容を確認していたことを思い出す。

それに本の内容を説明して、「お前は、どう思うか」と尋ねてくる。その母との会話は楽しかった記憶がある。時々、家事をほったらかしにして、夕食の準備ができないまま父が帰ってきて、一騒動。それも今では遠い記憶だ。

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2017年12月12日 (火)

九鬼周造著 『いきの構造』を読む

1930年初版だから、最早、古典と言うべき哲学者・九鬼周造著『いきの構造』を改めて読んだ。本の題は知っていたが、読むのは初めて。大体、「いき」とは、ほど遠い流風には、縁遠い(笑)。がさつにできた田舎人に、「いき」は、そもそも似合わない。

背伸びして、「いきがっても」、却ってボロが出るだけだ。彼の分析によると、「いき」とは、媚態、意気地、諦めから成り立つらしい。本の内容は難しい説明が続くが、この本は、基本的に彼が恋愛に失敗したところからの発想ではないかと疑いたくなる(笑)。

それをいろんな角度から、こねくりまわして、理屈づけ、後付け講釈をしているようも思える。母は、常々「学者先生という者は、簡単なことを難しく説明する」と揶揄していたが、彼も同類かもしれない。

そんなことを言えば、地下から九鬼氏は、「決して、そんなことはない」と怒って来るかもしれない。ただ、本自体は、ある意味、視点が変わっていて面白い。結果的に日本文化を分析したとも言える。

しかしながら、彼の論説を100%理解できたかと言えば、多分に怪しい。同意できる部分もあるが、不明な部分もある。それは知識と能力が足りないからかもしれない。多分、詳細に読んでいけば、いろんな発見があるかもしれない。賢明な若い人も、未読の方は読んで損はないだろう。

*追記

今回は、大久保喬樹編の「九鬼周造『いきの構造』」(角川ソフィア文庫)に頼った。いわゆる解説付きの本。基本的に原典を読み、解説書に頼らないようにしているのだが、原典だけでは十分理解できそうにないと判断した。

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2017年12月11日 (月)

粕汁の季節 2017

寒い時期には、粕汁が美味しい。粕汁は関西中心に食されるらしく、東日本では、あまり食べられないらしい。基本的に、酒粕が流通していた地域で自然発生的にできた料理だ。関西以外にも、酒造メーカーはあるだろうに、少し不思議。

料理の方は、出汁に大根、ニンジン、揚げなどを入れて、酒粕を溶かす。そして、塩、酒、みりん等で調味する。また、具をいろいろ工夫することで、違った味のものにできる。簡単な料理だから、男でも美味しくできる。

ただ、酒粕のメーカーや使う量で微妙に味が異なる。また作ってすぐに食するより一晩寝かした方が美味しい。これを食すると寒い冬も、無事に過ごせそうな気がする。

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2017年12月10日 (日)

大掃除開始 2017

最近は、年末に大掃除しない家が多いそうだ。確かに、年の終わりになって、慌てて掃除するのも、どうかという感じもしないではないが、「節目のけじめ」に関して、考え方が緩くなっているとも考えられる。

節目、節目に、やるべきことをやれば、それなりに生活は締まってくるのも事実。でも、一遍に年末にやるのも、合理的とは言えない。そのバランスが現代人に求められているのだろう。私の場合は、夏にすべきことと冬にやるべきことは分けている。

そうすれば、大掃除の心理的負担も抑えることができる。できることから、小掃除、中掃除をやればいい。本日は、少し天候の方もいいので、少しずつ小掃除を積み重ねるつもりだ。

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2017年12月 9日 (土)

大学入試改革を考える 2017

大学入試は最早、遠い記憶だが、現在、2020年度の大学入学共通テスト導入に向け、試行錯誤しているようだ。試行調査では、思考力や判断力を重視した出題内容になっているという。

それで思い出したのが、大学受験ではないが、昔、兵庫県では高校受験に、「思考力考査」(正確な呼び名は忘れた)テストが実施された。ただ、評判が悪く、すぐに中止になった。

テストする側は、いろいろ考えるのだろうが、受験で、思考力査定や判断力考査するのは所詮無理がある。なぜなら、査定する側に主観が入るからだ。よって、査定する人が変われば評価も変わる。

思考力や判断力は、学生の日頃の思考習慣や行動習慣を見る必要があり、いわゆる「内申書」の方が意味を持つ。一時的なテストで学生を判定できるものではない。高校受験にしろ、大学受験にしろ、必要な基礎学力の把握であるのは、今も昔も変わらない。

考査する側が、飽きてきたのかもしれないし、予備校等で受験対策がされる結果、試験問題に限界を感じたのかもしれない。しかしながら、「思考力」とか「判断力」は、考査する側の主観も入ってしまうため、公平な評価は難しい。これを取り入れた大学入試改革は、学生側も大学側も迷惑だろう。

*追記

今回の大学入試改革は知識偏重教育の是正にあると言われるが、基礎学力なくして、思考力も判断力も養われることはない。やはり、基礎学力の試験が必須だ。

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2017年12月 8日 (金)

今年を振り返って 2017

少し早いが、今年を振り返ることにしよう。初詣のおみくじは大吉だったものの、あまりいい年とは言えなかった。まず、ガーデニング中に二度も転倒し、上半身に強い打撲。必ずしも足腰が弱ったからではないが、不注意によるものだ。自業自得とは言え、当時はしばらく辛かった。

また自転車で走行中、帽子が飛んだため、乗車のまま、取ろうとして転倒して大怪我した。ずぼらな性格が災いした。せっかちな性格は治らない。これもすべて自分が原因。誰に怒ることもできない。

また定期健診の結果も悪かった。入院して手術もした。自覚症状がないだけにリスク管理が甘かったと反省。最早、食生活の改善程度では元に戻らないのかもしれない。心身ともに本人は弱ったと思っていないが、行動は消極的になった。

最後に、医療費の負担増に加えて、企業年金の廃止に伴い、支給の大幅カットの通知があった。特に高い年金を受け取っているわけではないが痛い。若い人は、公的年金支給が更に遅れる報道もある。寿命は長くなっていると言われるが、皆が皆、長生きなわけではない。支給年齢が遅れれば、保険の意味がなくなってしまうと思うのだが。

来年は、今年の反省として、もう少し落ち着いた生活を送ろうと思う。できるかな(苦笑)。

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2017年12月 7日 (木)

クリスマスローズの株分け

毎日、寒い日が続く。外に出るのも嫌だが、外に出た方が暖かい。家の中は暖房しないと過ごせないが、屋外は、意外と暖かいのだ。そういうこともあり、先日、予定より少し遅れたが、株が少し大きくなっていたクリスマスローズの株分けを実行。

一株を三株程度に分割して、植え直した。無事に育つかな。でも、毎日、様子を見ているが、寒さには強そうだ。クリスマスには花を咲かせないクリスマスローズ。来年、にぎやかに、花を咲かせてくれ!(笑)。

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2017年12月 6日 (水)

映画『オリエント急行殺人事件』(1974年版)を再視聴

最近、リメイク版の映画『オリエント急行殺人事件』が話題になっているので、元の『オリエント急行殺人事件』(1974年版)DVDを再視聴した。原作者のアガサ・クリスティーは、それまで映画化されていたものに不信感を持っていたため、『オリエント急行殺人事件』の映画化も反対していた。

それをジョン・ブラボーン卿が説得して、やっと映画化に、こぎつけた。それが、この映画であり、これがなければ、当然、今回のリメイクもない。ぞの後、彼女は、この映画を高く評価し、次々と彼女の作品が映画化される。

監督はシドニー・ルメットで、名探偵ポアロは、アルバート・フィニーが演じている(その後の映画は、なぜか、ピーター・ユスチノフが演じている)。その他では、私の世代では馴染みのある、アンソニー・パーキンス、ショーン・コネリー、ローレン・バコール、イングリッド・バーグマン、ジャクリーン・ビセット、などが出演。

ロンドンに向かうオリエント急行に乗り込んだ私立探偵のエルキュール・ポアロが、裕福なアメリカ人の殺人事件に遭遇し、それを見事解決するというもの。現在、リメイク版が公開中(日本での公開は12月8日から)のため、それ以上の筋は記さない。1974年当時、ヒットし、多くの部門でアカデミー賞にノミネートされた。イングリッド・バーグマンのみ、助演女優賞を受賞している。

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2017年12月 5日 (火)

映画『いつも二人で』を視聴

今回は、オードリー・ヘップバーン出演の映画『いつも二人で』を視聴した。原題は、Two For The Road。監督はスタンリー・ドーネン。男優は、アルバート・フィニー。珍しく今回は年齢差カップルではない。ありふれた夫婦の姿を描いたものだから。

ところで、オードリーの結婚は客観的に見れば、あまり幸せでないように思う。最初に、ある男爵と婚約したものの破談になったのがケチの付き始め。

1954年にメル・ファーラーと結婚。同業者同士だが、オードーリーはすでに有名であったが、彼は、それほどでもない。現在で言う格差婚であったかもしれない。周囲が何かと噂し、メルは男としては辛かったのかもしれない。そこでヘップバーンより上位になろうとして、齟齬をきたす。

でも、ヘップバーンの方は、そんなに意識していなくて、純粋に家庭を築こうとしていたので、気持ちのずれが徐々に起こる。最初の事故による流産はともかく、彼女は流産が多すぎたことも、その表れかもしれない。そんなこんなで1968年に離婚している。

そして、1969年に、イタリア人の精神科医のアンドレア・ドッティと結婚。10歳年下だ。よくあることだが、彼が浮気をして、心が離れ、彼女も不倫に走る。結局、1982年に離婚。その後は、オランダ人のロバート・ウォルターズと恋愛関係になって終わっている。

見方によっては、恋多き女優ということになるのだろうが、彼女は仕事上の恋愛と私生活は、はっきり分けている。若い時の活躍以後は、仕事に恵まれなかったようにも見えるが、彼女は普通の結婚をして、家庭を築きたかったようにも見える。ただ、周囲がやかましく、思い通りにならなかったが。

さて、そういう予備知識を得て、この映画を視れば、彼女の結婚生活と重なる面も見えてくるような気がする。映画の制作は1966年だから、メル・ファーラーとの結婚が終わりかけている時期だからだ。

映画の内容は、結婚12年目の愛の軌跡。出会いと別れ、喧嘩と仲直り、熱愛と惰性。どの夫婦にも見られる、やがて迎える倦怠期。フランスの田園風景を背景に揺れ動く一組の夫婦を観察している。彼らは、愛を取り戻せるのか。どの夫婦も共感する映画だろう。

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2017年12月 4日 (月)

映画『パリの恋人』を視聴

引き続き、オードリー・ヘップバーンの映画を鑑賞。今回は、1956年制作の『パリの恋人』。監督は、後に『シャレード』を監督したスタンリー・ドーネン。原題は、Fanny Face。確かに、オードリー・ヘップバーンの顔は、美人だけれど、少し個性的な顔と言えないこともない。尤も、そのように演じたとも捉えられるが。

今回の相手の男優は、フレッド・アステア。よって、ミュージカル仕立て。ファッションカメラマン・ディック・エイプリー(フレッド・アステア)が書店で働く若い女性ジョー・ストックトン(オードリー・ヘップバーン)を見出し、ファッションモデルにすることから展開する話。

最初は、モデルになることを渋っていたジョーは、撮影がパリで行われるので、それならパリに行けて、共感主義の元祖のフロストル教授に会えるのならと引き受けることに。若い女性にありがちな動機を示している。

映画では、ジョーの写真が写される場面は、オードーリーの魅力を引き出している。更にミュージカルなので、彼女の歌も聞くことができる。ただ、若干、ミュージカル慣れしていない方にに辛いかも。

そして、また今回も年齢差カップル。彼女の映画は徹底している感じだ(笑)。ちなみに音楽は、ジョージとアイラ・ガーシュインの名曲だ。若い方も、どこかで耳にした音楽かもしれない。

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2017年12月 3日 (日)

映画『麗しのサブリナ』を視聴

オードリー・ヘップバーンの有名な映画は、ほとんど観ているが、まだ少し視ていないものを数作、最近鑑賞した。まず、今回取り上げるのが、1954年制作の『麗しのサブリナ』。原題は、SABRINA。監督は、ビリー・ワイルダーで、男優は、ハンフリー・ボガードとウィリアム・ホールデン。

内容は、他愛のない話で気楽に視られる。大富豪の息子に、二人兄弟がいるが、兄ボギーは真面目で仕事一筋、弟のホールデンは結婚を繰り返すプレーボーイ。お抱え運転手の娘にサブリナがいて、彼女は、ホールデンに憧れるが、見向きもされない。

その彼女が、パリに料理を習うために留学し、帰って来ると大変身。兄弟共に好きになるという内容で、コメディータッチに描かれている。そういうと、オードリー・ヘップバーンの映画は、ほとんどの作品が年齢差カップルでコメディータッチ。

意図されたものか分からないが、当時の映画界が望んだ結果かもしれない。その結果、彼女の魅力が引き出されて、成功しているから不思議。仮に、彼女の代わりに誰か別の女優が演じても、そんなに魅力があるものにはならないだろう。それはリメイクが少ないことからも分かる。

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2017年12月 2日 (土)

「麻姑の手」のこと

時々、背中が痒くなるが、手が届かないので、「孫の手」のお世話になる。ただ、この「孫の手」は、本来、「麻姑の手」が正しく、出所らしい。麻姑(まこ)とは、『神仙伝』に登場する若い仙女のこと。

蔡経という人のところに王遠という仙人が降臨した時、麻姑を招き、いろいろ言葉を交わしていると、蔡経は、それに耳を傾けていたが、ふと麻姑の爪が鳥の爪に似ているのを見て、背中が痒い時、こんな爪で掻いてもらったら気持ちいいだろうなと夢想する。

そうすると、王遠に、いきなり打たれる。仙人は、人の考えていることが即座に分かってしまう。これが「麻姑の手」の謂れという。流風も、そういう能力があればと妄想したこともあるが、あればあるで、それなりに苦労もあるかもしれない。

人は、ある程度見えて、ある程度からは見えないように設計されているらしいが、人間らしい生活を送るには、それがいいのだろう。

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2017年12月 1日 (金)

『松岡映丘~やまと絵の世界』展を観覧

現在の兵庫県神崎郡福崎町辻川生まれの松岡映丘の日本画は、過去に幾度も鑑賞したが、今回は、三木美術館で開催されていた『松岡映丘~やまと絵の世界』展を観覧した。彼の特徴は、いわゆる「やまと絵」を現代的に表現したものと言える。

今回の展示は二期に分けて展示される(一期は2017年11月22日から2018年1月8日まで。二期は、2018年1月10日から2月18日まで)。2015年にも一部展示したらしいが、「時雨もやう」以外は覚えているものはなかった。

調べてみると、「子の日」、「西行姫」も、以前、展示されていたようである。また、この美術館以外の展示(姫路市立美術館と福岡県立美術館)の図録を再度見てみたが、なかったものが、今回多かったと思う。企業とか個人蔵のものは、なかなか見られないということかもしれない。

そして、以前にも記したが、最近は、洋画より、日本画の方が、しっくりくる。松岡映丘は戦前の画家だが、安心感がある。そして、なんとなく日本人の感性というものを受け止めて共感する。来年、後期の展覧会にも行ってみようと思う。

また同時開催として、「志野展」も催されていた。美濃焼の一種の「志野焼」。茶道に興味のある方は、それなりに楽しめるだろう。

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