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2017年12月13日 (水)

速読だった母の思い出

女優の高畑充希さんが速読だと言っていたが、それで思い出したのが以前にも若干記した母の速読。父は、行間も丁寧に読みこむ精読だったのに対して、母は斜め読みの速読だった。

それは主婦業の合間に読むということもあったが、戦時中だった女学校時代に、まともに勉強できなかった反動だと、よく言っていた。文字に飢えていたのだ。私が小学校に上がると、いろんな図書を借りてくるように依頼された。

制限いっぱいの図書を借りるので、司書の先生は、「流風君は読書が好きなのね」とか言って感心されていたが、実際に読むのは母(笑)。そして、どんなにたくさん借りてきても、あっという間に完読。但し、完読とはいうものの斜め読みだったそうだ。

それでも、あらすじを的確に教えてくれ、流風は、あたかも自分が読んだように、読書感想文にしていた。時々、それではいけないと、自分でも読むのだが、時間がかかる。途中で投げ出し、母に内容を確認していたことを思い出す。

それに本の内容を説明して、「お前は、どう思うか」と尋ねてくる。その母との会話は楽しかった記憶がある。時々、家事をほったらかしにして、夕食の準備ができないまま父が帰ってきて、一騒動。それも今では遠い記憶だ。

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