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2017年12月12日 (火)

九鬼周造著 『いきの構造』を読む

1930年初版だから、最早、古典と言うべき哲学者・九鬼周造著『いきの構造』を改めて読んだ。本の題は知っていたが、読むのは初めて。大体、「いき」とは、ほど遠い流風には、縁遠い(笑)。がさつにできた田舎人に、「いき」は、そもそも似合わない。

背伸びして、「いきがっても」、却ってボロが出るだけだ。彼の分析によると、「いき」とは、媚態、意気地、諦めから成り立つらしい。本の内容は難しい説明が続くが、この本は、基本的に彼が恋愛に失敗したところからの発想ではないかと疑いたくなる(笑)。

それをいろんな角度から、こねくりまわして、理屈づけ、後付け講釈をしているようも思える。母は、常々「学者先生という者は、簡単なことを難しく説明する」と揶揄していたが、彼も同類かもしれない。

そんなことを言えば、地下から九鬼氏は、「決して、そんなことはない」と怒って来るかもしれない。ただ、本自体は、ある意味、視点が変わっていて面白い。結果的に日本文化を分析したとも言える。

しかしながら、彼の論説を100%理解できたかと言えば、多分に怪しい。同意できる部分もあるが、不明な部分もある。それは知識と能力が足りないからかもしれない。多分、詳細に読んでいけば、いろんな発見があるかもしれない。賢明な若い人も、未読の方は読んで損はないだろう。

*追記

今回は、大久保喬樹編の「九鬼周造『いきの構造』」(角川ソフィア文庫)に頼った。いわゆる解説付きの本。基本的に原典を読み、解説書に頼らないようにしているのだが、原典だけでは十分理解できそうにないと判断した。

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