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2018年2月28日 (水)

姫路城関連ニュース 2018年3月

2018年3月の姫路城関連ニュースを記す。記事は随時追加更新していきます。

●動物園に、キリンのキキ(メス2歳)が嫁入り。生まれは姫路セントラルパーク。

●好古園は、旧姫路バンブー植物園に残されていた希少種の竹で孟宗竹の「金明孟宗竹」など4種20株の株分けをしてもらい、同園にある「竹の庭」に移植した。旧姫路バンブー植物園は、竹類研究の第一人者、室井綽(ひろし)氏が、福崎町内の現在の神戸医療福祉大学(旧姫路学院女子短大)内に設けた竹専門の植物園で現在は閉鎖している。

●姫路市立美術館では、3月27日より、コレクションギャラリーとして、「酒井家と絵画 新収蔵品を中心に」が展示される。5月13日まで。

●3月24日の14時より17時までと、3月25日は9時から14時まで、「第35回 錦鯉全国若鯉品評会」が開かれる。

●姫路城の大天守の東側に位置する「帯の櫓」を飾る鯱瓦の修復工事が完了予定。瓦の修理復元は瓦細工師(鬼師)の安川敏男さんが手がけた。

●好古園では、3月20日より、園内活水軒ロビー、潮音斎にて、「いけばな展」が開催される。3月25日まで。

●イーグレひめじでは、3月14日より18日まで、特別展示室で、「西陣美術織<富士の対決>北斎×大観展」が開かれる。観覧無料。

●イーグレひめじでは、3月11日(日)10時より16時まで、第14回国際交流スプリングフェスティバルが開催される。

●大手前公園では、3月10日9時30分より「いかなご祭り」が催される。ただ生イカナゴの販売・試食は10時30分開始とのこと。無料配布・試食は無くなり次第終了。催し自体は13時までとしているが、早めに行った方がよさそう。

●大手前公園では、3月3日(土)より、「第46回 ひめじ緑いち」が始まる。3月11日(日)まで。3月4日(日)に、植木等のせり市、3月5日(月)に、植木の剪定講習会が予定されている。

●市立動物園では、3月3日午前11時より、ゾウの姫子に、ひなまつりのケーキがプレゼントされる。但し、雨天の場合、中止。

●県立歴史博物館では、特別企画展『ふろくの楽しみ 明治~平成の子ども雑誌から』開催中。3月25日まで。

●三木美術館では、『花を愛でる』展を開催中。5月20日まで。いつもながら、この美術館から見る姫路城も美しい。

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2018年2月27日 (火)

姫路・手柄山関連施設情報 2018年3月

2018年3月の姫路・手柄山関連施設情報を記す。随時更新します。

●手柄山温室植物園では、3月24日より、「カトレア原種展」が始まる。兵庫県立農業高等学校の学生がバイオ技術を駆使して育てたカトレア原種を約100点展示する。3月29日まで。

●姫路市立水族館では、企画展「こんなに危なかってん!危険生物展」が開催されている。企画展示室で、生物展示と標本展示がされる。展示期間が延長され、3月26日まで。

●兵庫県立武道館では、3月21日(水・祝)に、「武道館フェスティバル」が開催される。体験教室参加には事前申込必要。

●緑の相談所では、3月10日と11日の両日、春蘭展が開催される。

●姫路市平和資料館では、収蔵品展「戦争に向かった人、見送った人」を催している。4月15日まで。

●姫路市平和資料館では、3月4日(日)午後2時より、「姫路空襲体験談を聞く会」が催される。今回は玉置正光さんが自身の体験などを語る。

●手柄山温室植物園では、3月11日まで「クリスマスローズ展」が開催している。クリスマスローズ約30種200点以上が展示される。

●緑の相談所では、3月3日より5日まで、「盆栽作品展」がある。場所は手柄山交流ステーション。

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2018年2月25日 (日)

姫路市が、インスタグラムスタート

今は、どこでも、誰もが写真を撮って公開する時代。私自身は写真の趣味はないが、他人の撮られた写真は、あちらこちらで楽しんでいる。そして、ついに姫路市も2018年3月1日よりインスタグラムを開設するらしい。

写真好きな人は撮られた写真を投稿してくださいとのこと。まあ、国際化の時代、言葉は通じなくても、写真によるコミュニケーションは広がりを持たせる。これも時代ということですかね。

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2018年2月24日 (土)

人の才能

オリンピックは、世界のエリートたちの争いだ。各国のスポーツエリートが世界での立ち位置を再確認する場と言える。彼らは平均レベルを超えた人たち。生まれつき才能がある人もいれば、その才能により磨きを掛けた人々がほとんどだろう。

でも、この能力差は一体何なのか。古語に「貧驢に一尺を欠き、冨狗には三寸を余す」と。大意は、「貧しいロバは一尺でも足りない。でも裕福な犬は、ロバと同じく与えられた一尺を三寸も持て余している」と。

続けて、「もし貧に与えることが不平ならば、富と困と中半すべし」とある。であれば、能力は公平に分ければいいのかと問いかけている。

更に「はじめ驢の飽き足ることを取らば、却って狗をして飢頓せしむ。汝が為に熟(つら)つら思慮すれば、我をしてまた愁悶せしむ」とある」と。でも、最初からロバに、十分与えて、逆に犬を飢えさせれば解決するというわけでもない。

要するに、与えられた能力と条件の中で、ベストを尽くす姿勢が各人に求められているということだろう。他人の能力を羨んだりしても仕方ないのだ。

*追記

出典は『寒山拾得』。

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2018年2月23日 (金)

『播磨学特別講座』の案内

新聞各紙に紹介されている『播磨学特別講座』の案内を転記しておこうと思う。姫路城は、世界遺産登録されて25年を迎える。それを記念してイーグレひめじで行われるものだ。2018年4月より全9回の講座が催される。関心のある方は、是非聴講してほしい。

テーマは、「姫路城の『真実』~その原風景を求めて」。城の魅力や世界遺産に登録された背景を振り返り、多様な世界遺産についての事例を紹介するという。また専門家らが、CGの技術を駆使し、失われた城の御殿や障壁画を再現した取り組みも解説。

日程は、次の通り。

4月20日 稲葉信子・筑波大教授「世界遺産のいま」

5月19日 萩原さちこ・城郭ライター「姫路城の魅力」

6月16日 中元孝迪・播磨学研究所長「ここにある世界遺産~姫路城成立の歴史的背景」

6月23日 工藤茂博・姫路市立城郭研究室「見えてきた姫路城とその城下~絵図を読み解く」

7月21日 志賀咲穂・県立大名誉教授、安枝英俊・県立大准教授「失われた姫路城と城下町~CGによる復元の意義」

8月25日 永野康行・県立大教授、西桂・日本庭園史家「向屋敷に迫る~庭園の復元と唐笠間の仕掛け」

10月6日 森恒裕・姫路市埋蔵文化センター「城下の発掘最新情報」

10月13日 多米淑人・福井工業大教授、朝日美砂子・名古屋市秀吉清正記念館学芸員、荒木かおり・川面美術研究所代表 「御本城の復元~表座敷と華麗なる障壁画」

12月1日 小林正治・姫路市姫路城総合管理室「姫路城 保存修理の系譜~江戸期から現代、そして未来へ」

定員300名。先着順。講座受講料は全9回で1万円(講義録付)。希望者は、葉書に、郵便番号、住所、氏名、ふりがな、年齢、電話番号を記して、下記に申し込む。

〒670-0092

姫路市新在家本町1-1-22

兵庫県立大学内 播磨学研究所特別講座係へ

なお同研究所の電話番号は、079-296-1505

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2018年2月22日 (木)

寒椿咲く 2018

少し寒さが和らいだ感じもする今日この頃。ただ、体調はあまりよくない。医者からも厳しいことを言われると、余計に辛い。そんな中、寒椿は、寒さに負けず、咲き始めた。サザンカとはねまた違った風合い。

また源平椿も、気温の変化に右往左往しながら、また咲き始めた。こちらは少し賑やかだ。彼らに負けないよう、もう少し生きる術を考えたいと思う。

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2018年2月20日 (火)

銃規制できない米国の後進性

米国では、度々、銃犯罪が起こっているのに、未だ政治レベルでの銃規制への動きは鈍い。それは銃をビジネスとする人々の政治的支持団体が邪魔しているとは思うものの、一般米国民の意識が低いのかもしれない。

日本は、豊臣秀吉の時代に、刀狩を実行して、民間が武器を持つことを規制してきた歴史がある。それに対して、米国は、国土が広いうえに、自分の身は自分で守るという西部魂が強く根付いている。

だが、米国も、時代が進んだのだから、一般国民が銃器を持つことは制限する方向に向かうべきだ。それが進歩というものであろう。もちろん、その判断は他国があれこれ言うものではないのではないかもしれない。

でも、賢明な米国民は、やがて銃規制するものと期待する。

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2018年2月19日 (月)

チェアヨガについて

先日、新聞に、「チェアヨガ」が紹介されていたが、ある有名な芸能人も、テレビで紹介していたのと似ている。新聞には三つのポーズが示されていたが、一番気に入っているのが、座ったままで両手を頭の上に伸ばして、引き上げる感じにすること。

読書の合間に、これをすると、気持ちいいし、気分転換になり、読書が進む。また、その後に血圧測定をすると下がることも確認。誰でも、どこでも、できる。本当は、それなりに時間を掛けた方がいいそうだが、短時間でも有効と思う。

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2018年2月18日 (日)

高齢者の定義見直し

国は、一律65歳以上を「高齢者」と見るのを見直しするようだ。これは日本老年学会と日本老年医学会が、高齢者を「75歳以上」と提言したことが関係しているようだ。彼らによると、65歳から74歳までは、「准高齢者」として、社会の支え手として扱うという。

要するに、歳が行っても、もっと働けということ。日本の老後は、あまり楽しくはないようだ。加齢により、健康格差は生じることは避けられない。あまり一律の政策には馴染まない面もある。「准高齢者」に過度の期待をしてもらっても困る。

結局、日本では、老後は、少なくとも遊んで暮らすというのは夢のまた夢なのかもしれない。もちろん、ボケ防止のためには、熟年者(准高齢者)も、社会に貢献していくことは否定しない。でも貢献の仕方は、様々でいい。

社会の動静に関心を持ちつつ、これは個人の生き方の問題だ。あれこれと国が指示しないでもらいたいものだ。

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2018年2月17日 (土)

宇垣一成と姫路

先日の報道で、宇垣一成(かずしげ)元陸相(陸軍大臣)が、姫路の廣峯神社の本殿に木彫りの白馬を寄贈していることが判明したとあった。備忘録として記す。

宇垣は、戦時中、ファシズムに抵抗した軍幹部。日中戦争の早期解決を目指し、対英米協調派と目され、軍部の独走を抑えられると期待され、首相候補に何回も上がったが、軍部の抵抗で実現しなかった。このことは、いろんな書籍で紹介され、過去に、読んだこともある。

その彼が、全く知らなかったのだが、大正10年ごろ、姫路の陸軍第10師団の師団長をしていたらしい。その縁で、廣峯神社に先勝祈願として白馬を寄贈したようだ。ちなみに彼の愛馬は胡月と言ったらしい。

木彫りの馬の大きさは、高さ約1.3メートル、長さ約2.5メートル。全身に白い塗料が塗られており、実物大に近いようだ。首を伸ばして餌を食べる様子が表現されている。

改めて、当時の宇垣と姫路の関係を見直す機会になるかもしれない。史学者には是非掘り起こしてほしいものである。

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2018年2月15日 (木)

神戸市の衰退現象を考える

かつて神戸市に住んでいる時は、日常的に刺激を与えられる街であった。各地で、季節を問わず、いろんな催しがあったので、お金を掛けずに、過ごすことができた。また海と山が近いので、一日で両方を楽しむことも可能だった。

住むのに問題というのは、物価が高かったことだ。大体、住居費が高くつく。イメージ戦略を功を奏したのか東京並みに高い。その他の物価も、結構高い。観光を対象としたビジネスとしては、いいのだろうが、生活者には若干辛い面もある。

もちろん、そのような店ばかりではない。できるだけ安く提供してくれる店を探したものだ。それでも、総合的に、住めば、各地に住まいした経験からすれば、当時は魅力的な街であったかもしれない。

ところが、いざ神戸を離れてしまうと、今は、それほど魅力を感じなくなった。強く惹きつける観光資源は意外とない。外国人観光客にも不人気と言う。なんとなくわかる感じがする。最早、日本のどこにもある、ありふれた街になってしまっている。

理由を考えると、ある時点から「コンパクトシティ」を目指したからだろう。一所に何でも一応揃っているのは確かに便利だが、魅力という点では劣る。そして、そこに高齢者が集まりすぎることが街の活力を奪っていく。

つまり刺激的な街づくりや人の集まりが薄れているのだ。それがかつての神戸の魅力を劣化させている。ただ、これは神戸だけに限らず、各地の高齢社会が招いているとも言える。整然とした街づくりが、いつもいいとは限らない。街を活性化させる再戦略の構築が必要だろう。

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2018年2月14日 (水)

『アテネのタイモン』を読む

シェイクスピアの作品『『アテネのタイモン』(松岡和子訳)を最近読み終えた。随分、後味の悪い作品だ。アテネの富豪のタイモンに集(たか)る人たち。金に集まってきていた人々を勘違いしたタイモン。執事の忠言も無視して破産するまで散財してしまう。

そして、彼が逼塞すると、潮が引くように去っていく。いや、単に去っていくだけでなく、侮蔑の言葉さえ発するようになる。でも、金の切れ目が縁の切れ目とは、昔から、よく言われるが、金でつながった人間関係は脆い。

結局、彼は失意の中、亡くなっていく。全体を流れるシェイクスピアの金銭をベースに厳しい人間観が伝わって来る。寂しい気持ちになるが、それが現実でもある。そして、どのような人を大切にして耳を傾ける必要があるのか、問い返してくる感じ。これは、ある意味、現代人にも問いかけているように思う。

*追記

結構、エロイ表現も多く、訳者も苦労されているようだ(笑)。シェイクスピアの作品は随所で、それが溢れているので、この作品だけではないが、ちょっと表現が過激。子供は、あまり読まない方がいいかもね。

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2018年2月13日 (火)

元気が出るタマネギサラダ

野菜が高騰している中、タマネギが安売りされていたので、少し多めに購入。カレーやハヤシライスの材料に使うが、今回は、在庫が多いので、タマネギサラダを毎日作っている。スライサーでタマネギをスライスし、鰹節をかけて、お酢と醤油を少したらすだけ。

朝晩に食しているが、体が暖かくなる感じ。ニンニクもいいのだが、臭いが残る。その点、タマネギも、若干の臭いはあるものの、それほど気にするほどではない。またタマネギサラダは、いろんな料理に流用できるので重宝だ。

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2018年2月12日 (月)

暴落相場とは

株式市場が急落して、マスコミはわいわい騒いでいた。国と日銀のリードによる官製相場の限界とも言えるが、暴落しているわけではない。現在は少し値を調整している程度。もちろん、今後のことは誰も分からない。

念のために記せば、「暴落」とは、半値八掛けになって、初めて言えることだろう。すなわち、日経平均で言えば、9000円程度に下落すること。将来、そうならないとも言えないが、それには時間が必要。

米国は、某氏によると、米国経済は、仮に「暴落」しても、十分耐えられるらしい。日本は、どうだろうか。ファンダメンタルズの脆弱性を否定できない。円は基軸通貨でもないので、ドルのようには行かない。

いずれにせよ、現在の株価は、「底値」では決してない。下落の途中だ。「底値」は、もう誰も、投資したくなくなる状況だ。日本企業の業績は悪くないようだが、不安定な外需によるものだと考えると、更なる追加投資は慎重にした方がいいかもしれない。

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寿司もいろいろ

寿司は好きなことは好きだが、塩分が高いため、そんなに頻繁に食するというわけにはいかない。でも、時々、百貨店やスーパーで、盛り合わせ等を買う。昔と違って、味の方は、まずまずのレベル。

超たまに少し離れたところにある回る寿司店に行くが、店にもよるのだろうが、あまり美味しいとは言えない。トータルで考えれば、むしろ高くつく。テレビ等では、美味しそうな回る寿司店が紹介されているが、どれくらいのレベルなのだろうか。

個店の寿司店もいろいろあって、値段が高いだけのところも多い。最近は、懐が寂しいので、ほとんど行かないが、たまに行って後悔の連続だ。これならスーパーで売られている寿司の方が美味しい。

寿司店に限らず、最近は、やたら講釈の多い店もあるようだが、適正な価格で美味しいものを提供してほしいものである。

*追記

少し前に食した市内の回転寿司の店は、特に美味しくなかった。報道によると、この企業の経営が悪化しているという。価格も、それほど安くなくて美味しくないとなれば外食産業としては致命的。

更に価格を安くする方向にあるようだが、立ち止まって考えるべきだ。スーパーの寿司よりまずいというのはいけない。基本的に、提供する味の見直しが求められる。価格の安さだけでは、もう限界だろう。

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2018年2月11日 (日)

「2018 ミス揖保乃糸」募集始まる

少しマイナーだけれど、例年、案内している「ミス揖保乃糸」の募集が今年も始まっている。今の時期は、そうめんは、にゅう麺にして食することが多い。夏場、冷やそうめんにした残りを使うのだ。ソバとは、また違った食感で面白い。

毎年、6月から7月にかけて活躍する「ミス揖保乃糸」の方々を今年2018年も4名選ぶ。募集締め切りは4月4日(水)で必着。応募資格は、「揖保乃糸」を生産している3市2町(姫路市、たつの市、宍粟市、太子町、佐用町)の在住、または、勤務・進学されている明朗な18歳以上の未婚女性となっている。

兵庫県手延素麺協同組合のホームページにアクセスし、応募用紙をダウンロードし、必要事項を記入し、写真を貼付して、申し込む。今回も、各地で元気な笑顔と共に「揖保乃糸」を伝えてくれる彼女たちに期待。どこで会えるかな。

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2018年2月10日 (土)

面白かった「舞うヴァイオリニストの音楽会」

本日、朝起きて、ふとテレビをつけると、『題名のない音楽会』を放送していた。放送時間が変更になって土曜日の早朝の放送だ。

今回のテーマが「舞うヴァイオリニストの音楽会」で、ヴァイオリニストの川井郁子さんが、派手な衣装をまとって、演奏しながら踊っているのは朝から刺激的だった。

それで目が覚めて(笑)、まじまじ視ていると、ダンサーの東山義久氏と踊りで絡みながら演奏。曲は、オペラ『カルメン』より「ハバネラ」と、ピアソラの「リベルタンゴ」。どちらも情熱的な音楽。

正統派の音楽家からすれば、異端とか邪道ということになろうが、本来、音楽は、人々を楽しませるもの。正座したり、正装して、聴くものばかりではないはず。

出雲の阿国やジプシー音楽と比較はできないが、「舞うヴァイオリニスト」のような試みは、大いに歓迎したい。

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芸能人は公人か私人か

芸能人は公人か私人か、という議論があるようだ。今更という感じもするが、現代的な課題になっているとも言える。。一般に、芸能人に限らず、マスコミあるいは公衆に顔をさらして仕事をしている人は、一応「公人」と言えよう。よって、本来、対価の伴わない芸能人は、大変辛い立場だろう。

つまり広く顔をさらして仕事をする仕事には、それなりの対価が必要だ。ところが、今はネットもあり、芸能人の範囲も拡大し、どこまで含めるかが微妙な段階に来ている。それで、芸能人は公人か私人かという議論になる。

ところが、そもそも一般個人も、公的活動と私的活動がある。その境界を曖昧にすると、プライバシーの侵害を受けることになる。でも、明確に線を引くことも、なかなか難しくなっている。となれば、あらゆる行動、発言に、それなりに責任を持つ必要があるということになる。

芸能人に限らず、現代人は、それぞれ公人の心構えが求められることになる。思うことを言わねば腹ふくる、けれど、ここは、ぐっと耐える訓練が必要ということかな。生きにくい世の中になっている認識が改めて必要なのかもしれない。

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2018年2月 8日 (木)

台湾東部地震2018

台湾東部の花蓮市でマグニチュード6.4の地震があり、建物が崩壊して被害を受けている。台湾も日本同様、地震の多い土地柄。台湾からは、姫路市にも、多くの旅行者が来られるので心配だ。

一部報道によると、建物の耐震強度に問題があったようだ。台湾の耐震の制度的なものは分からないが、自分のところは大丈夫と思わず、対策を打たなければならないのは、どこも同じ。再度、震災対応の準備と用意を確認したい。

そして、今回、事故に遭われて亡くなった方のご冥福をお祈りすると共に、早期の復興を願う。

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2018年2月 7日 (水)

声も凍えるか

姫路は、毎日氷点下が2週間も続く寒い日だ。こんなに長く続くのは久しぶりの感。と言っても、ずっとの姫路住まいではないので、本当のところは分からない。曖昧な記憶では、子どもの頃は、そのような時期もあったと思う。

父が防火用に水を汲んで軒先に置いておくのだが、朝になると氷が張っていて、それを壊すのが子供時代の楽しみだった。それが何日も続いていた。当時は、暖房設備も十分ではなく、せいぜい廊下に小さい火鉢一つと、後は居間に石油ストーブがあるくらい。

その他は、母が朝夕に、おくどさんに火を入れる時に温まるか、屋外でたき火にあたるぐらい。その他の部屋は暖房がなく、7時ぐらいには子供は就寝。寝る時に湯たんぽを母が入れてくれたが、時間と共に冷めてしまう。朝には背中を丸くして布団にかじりついていた。

このような寒い時期は、声も凍える。寒冷地では、話も短くなると言われるが、その事情はよく分かる。笑い話に、大雪が降って、家が埋まってしまって、隣とは、屋根の破風と破風に竹の筒を渡して話をしていたそうな。

それでも、やがて春が来る。段々、暖かくなって、屋根から「どうだ、ごちそうがあるか」とか「いや、こうこ(沢庵のこと)ばっかり食っとる」だの言うて話し声が聞こえてくる。今時、おかしいなと思って、調べてみると、冬の間、凍っていた声が、温くなって、融け始めたらしいと(笑)。

まあ、あの時は寒かったと言える時が、いずれ来るのだろう。早く春が来てほしいなあ。

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2018年2月 6日 (火)

ショック! 自衛隊ヘリの民家墜落

陸上自衛隊のヘリが民家に墜落した報道には本当に驚いた。姫路でも、自衛隊のヘリが空を舞っていることは多い。同じ機種かどうかは分からないが、不気味な感じ。報道によると、この機種は比較的安定的に運用されていたらしく、過去に事故もなかったとのこと。

では原因は何だったのか。整備不良だったのだろうか。単なる操縦ミスとも思えない。国民を守るための自衛隊が、国民に被害を与えてはならないだろう。いずれにせよ、自衛隊の人的キャパシティをも含めて(*注)、原因を徹底的に解明してほしいものだ。

*注

単に政治的思惑だけで、米軍兵器を自衛隊に導入しても、能力を超えて運営できなければ、むしろ国に害が及ぶことを安保関係者は再認識すべきだ。

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2018年2月 4日 (日)

閉店セールに行く

大阪に、「まもなく閉店」として、それを売りにセールしている店があったが、一向に閉店することはなかった。要するにビジネス文句として使っていただけ。それほどに人々は閉店というものに反応するのだろう。

地元の百貨店ヤマトヤシキは経営不振で店を今月末で閉めるということで、閉店セールをしている。ちょっと寄ってみたところ、いつもとは全然違う人だかり。かなりの割引価格で売られるものもあるそうだが、平日と変わらない商品も多い。

確かに、衣料品はバーゲンをやっている時の価格のものもある。それでも、すべてを見たわけではないが、普通の価格で売られているものが多いと感じた。しかしながら、多くの人は、いろいろ購入している。

長い間、利用しなかった人や、結構、高齢の男たちも来ている。日頃、置いていない男用高齢者向けの商品もある。それらに集まっているのだ。そんなことなら、もっと早く、このような商品の充実をやればよかったのにと思う。

要するに販売業者は、いつも閉店するつもりで、緊張感を持って仕事をすれば、成果が上がるということだろう。

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2018年2月 3日 (土)

対中英国外交の強かさ

訪中している英国メイ首相は、中国の習近平国家主席と会談し、貿易・投資の拡大で一致したという。商談の成果は、約1兆3800億円でまとまる見込み。またメイ首相は、中国の「一帯一路」について、「歓迎する」と述べ、支持を鮮明にしている。

習近平国家主席は、「一帯一路」について、「市場ルールと国際ルールに基づき運用される」とし、メイ首相は、「英中で一帯一路の協力を展開し、世界、地域の経済成長を促進したい」としている。この結果、両国は、英中関係は良好な「黄金時代」という認識で一致した。

ところが、メイ首相は、中国側が承認を求めている「一帯一路」構想の覚書には著名しないらしい。理由は「構想が正しく実行されることが重要だ」としている。すなわち、投資条件や環境対策に透明性が課題ということのようだ。

更に、メイ首相は、李克強首相との会談で、構想に「国際的な規範に合致させると共に、対象の地域とどのような形で協力するのが最善かを議論した」と注文をつけている。この辺が、ムードに流されない英国外交の強かさだ。

以前にも記したように、「一帯一路」構想は中国の失業の輸出の意味あいは、かなり強い。それによって、進出先地域が不安定化するリスクもある。これをビジネスとして第三者的に捉えるだけではいけない。関与するには、それなりの責任が伴う。英国の姿勢は評価できる。

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2018年2月 2日 (金)

映画『街の灯』を観る

チャップリンの映画『街の灯』を観た。1931年制作の無声映画。題名は有名だから知っていたが、じっくり観たのは初めて。ドタバタ喜劇の中に哀愁を取り入れた映画。放浪者のチャーリーが祖母と花売りで生計を立てている盲目の貧しい娘に恋をする話。

チャーリーは彼女のために働き貯蓄することに。何をどう勘違いしたか、娘は彼を大紳士と勘違い。彼は以前、金持ちの紳士の自殺を思いとどまらせ助けていた。紳士は、いろいろ便宜を図ってくれ、彼の話を聞き大金を提供してくれるが、強盗に襲われ、紳士は記憶を失う。

警察に連絡するが、チャーリーは、持っているはずのない大金を持っていたため、疑われ犯罪者にされてしまう。彼はどうにか逃げて、彼女に大金を届け、これで借金を穴埋めし、目の手術をしなさいと言って静かに去る。

帰る途中で、警察官に逮捕され、投獄される。やがて解放されるが、みすぼらしい姿で街を歩いていると、娘は花屋をオープンさせていた。何気なく見ると、あの娘だった。彼女は目が見えるようになっていた。

だが、彼女は彼とは認識しない。哀しく去ろうとしてると、花と小銭を恵もうとする彼女。その時、ふと彼の手に触れる。その瞬間、助けてくれた彼だと知る。この映画は、日本的に言えば、「情けは人の為ならず」ということになろう。若い人は、本当の意味を誤解している人も多いようだが、この映画で再認識ほしい。

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2018年2月 1日 (木)

生活中心主義への移行

政府は「働き方改革」などと言って旗を振り、仕事のあり方を変えようとしている。ただ、その考え方は、「仕事」をベースにした発想だ。しかしながら、ここから抜け出さない限り、根本的な改革は不可能というもの。

基本的に、コペルニクス的転換が国民に求められる。それが「生活中心主義」への移行であろう。すなわち仕事は生活に付随するものであり、中心ではないという考え方だ。そうしないと、国民の「仕事病」から脱することはできない。

要するに、誰のために、何のために働くかということを各個人が考えることが求められている。そのためには多くを求めてはならないだろう。それぞれの生活の満足のベースを定め、それを満たす働きをする。生活を阻害するような労働はしないということになる。

多くの日本人は、この考え方に抵抗があるかもしれない。それは過去の教育とデモストレーション効果で右へ倣えという志向がこびりついているからだ。本来、満足の水準は、人それぞれでいいはず。

他人と同等でなければならないという発想を捨てられるか。結局、そこに行き着く。今、日本人のあり方が問われる。

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