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2018年3月31日 (土)

姫路城関連ニュース 2018年4月

姫路城関連ニュース 2018年4月版を記します。記事は随時更新します。

●4月21日(土)に、姫路城三の丸高台の千姫ぼたん園で、「千姫ぼたん祭り」が開かれる。入園は無料。なお、13時より、大手門桜門橋スタートで「千姫様お輿入れ行列」が催される。

●4月21日(土)より、姫路文学館では、特別展として『怪談 皿屋敷のナゾ』展が催される。姫路名物のお菊さんの物語を主体に多くのナゾに迫る。展示場所は北館で、6月10日(日)まで。

●動物園では、4月19日(木)に、「飼育の日イベント」を催す。午前10時から。こいのぼり掲揚会とヒツジの毛刈りを行う。

またゴールデンウィークイベントが次の日程である。

4月30日 ヒツジの毛刈り

5月3日 オタリア餌やり体験

5月4日 クイズラリー

●好古園では、4月29日(祝)に、開園記念日に合わせ、山野草の苗が、先着300名にプレゼントされる。

●好古園では、4月15日午前10時より午後4時まで、「春の大茶の湯」が催される。茶席料500円が入園料とは別途に必要。

●姫路市立美術館では、4月7日より6月24日まで、「連作の小宇宙展」が開かれる。

●姫路城では、4月7日、観桜会が三の丸広場で開かれる。雨天の場合は順延。

●4月6日より、大手前公園では、「ひめじぐるめらんど」が開かれる。姫路市を中心とする食品会社等によるイベント。4月8日まで。

●好古園では、4月6日より、夜桜会が開かれる。4月8日まで。開園時間を午後8時まで延長する。

●姫路城は4月3日より8日まで、午後6時より午後9時まで西の丸庭園で夜桜会を開く。雨天決行。

●姫路市は文化施設の振興に音楽の活用をしているが、姫路文学館でも、4月から、クラッシックやフォークの演奏を通じて活性化する。また文学館の若い層への浸透を深める意向もあるようだ。月2回程度の公演を予定している。公演場所は北館3階の講堂と別棟の書院建築の「望景亭」。コンサートは約30分で、出演希望者は前月の15日までに申し込む。選考の上、決定する。ホームページチェックしてみて。

●姫路市立美術館の館長に、絵本作家の永田萌さんが4月1日付で就任する。永田さんは加西市出身だが、姫路の賢明女子学院高校を卒業している。彼女は「第二の故郷への恩返し」と言っている。美術館も随分雰囲気が変わるかもしれない。

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2018年3月30日 (金)

桜の開花と鶯

市内をうろうろしていると、どこも桜が開花している。そういうのが影響してか、道も混んでいる。これだと週末は、もっと大変になりそうである。花見をするなら公共交通を利用した方が賢明なようだ。

そして、姫ちゃりで、お城周りを回遊するのが一番かも(姫ちゃりステーションを予め頭に入れておいて方がいい)。南側や西側は人通りが多いかもしれないので、東側、北側が穴場ということになるかもしれない。どこも、それなりに桜を愛でることができるだろう。

さて、草抜きをしていると、あちこちで鶯が鳴いている。ところが梅の花は、もう散ってしまっている。和歌や絵のようには行かない。桜の花と鶯。この取り合わせも悪くない。でも、不思議と桜の木で鶯を見たとことはない。

鶯は木に止まるより土の上で虫を探していることが多いから仕方ないか。そもそも梅に鶯なんて嘘だし。いずれにせよ、天候に恵まれ、各地で花見が楽しめる。ピンボケの鶯の声を聞きながら楽しむとしよう。

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2018年3月29日 (木)

地植えと鉢植え

今年は、姫路城周辺の桜の開花も早く、来月予定している、いろんな催しに影響が出るかもしれない。何とか咲き続けて欲しいものである。家でも、さすがに梅の花は終わり、いろんな花が咲き始めている。まず、木瓜。白い花を密に咲かせている。沈丁花も満開だ。いい匂いを放っている。

そして、ユキヤナギも、細かい白い花をいっぱい咲かせている。今年は例年より元気だ。ラッパスイセンも満開。後は、源平桃、花桃がぼちぼち咲いている。ハナズオウ、カリンやハナカイドウは、もう少し時間がかかりそうだ。

さて、ガーデニングをやっていると言うと聞こえはいいが、前にも記したように極めていい加減(笑)。基本的に、地植えと鉢植えがあるが、圧倒的に地植えが多い。鉢植えは、少し手入れを怠ると枯れてしまう。水やりも大切だが、タイミングを間違え、やりすぎると根腐れして枯れてしまう。それほどに管理が難しい。

その点、地植えは楽だ。もちろん、植えた場所が、その植物に相応しくなければ、成長は遅い。でも、枯れることは稀だ。確かに、日当たり等で、虫に食われて木が弱ることはある。そういう場合でも、手遅れにならない程度に、植え替えてやれば復活する。

ただ、本当のガーデニングの学習は、鉢植えから人生を学べると言う達人は多い。枯れそうになれば無用の枝葉を切り取る作業が必要で、これは、経営に通ずるというのだ。鉢は、いわゆる事業の器。その中で、皆が暮らせるように運営する。そういう意味では、私は経営者に不向きということになる。ならなくてよかった(苦笑)。そういうわけで、今後も、地植え中心に気楽にやっていくつもり(笑)。

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2018年3月28日 (水)

愉快なこと

歳を重ねると、段々、愉快なことが無くなる気がする。健康面の不安もある。でも、本当は、愉快な気分で毎日を過ごしたい。いくら辛くても、しかめっ面で暮らすと、より辛くなる。心の中に愉快を探す工夫が求められている。そういう時、若い人が頑張っている姿を見ると元気づけられる。若いって素晴らしい。

そういうと、貝原益軒は次のように言っているらしい。「よろこびも、かなしみも、くるしみも、たのしみもすべてこれ、わが心柄によって、いかようにもうごくものなり」。納得。

また「わが耳、目、口、鼻、形の五官、外形にまじわりて、いろを見、こえを聞き、ものを食い、香をかぎ、うごき静かなる五つのわざ、より少なく、よきほどに過ぎざれば、おうさ(往さ)きるさ(来るさ)ことごとく楽しからざるなし」とも言っている。名言。

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2018年3月27日 (火)

手紙の達人

もう昔のことで、既に亡き伯母は、筆まめで、手紙を書くことを趣味としているようで、私が社会人になっても、よく手紙をくれた。それはかなりの長文で、若い身としては、伝えたいことが定まらず、いろんなことが記してあったので、煩わしいなと思ったこともある。

でも、これが甥に対する彼女の愛であると感じたのは、かなり時間が経ってからだ。ラブレター同様、少なくとも、電話やメールより相手に伝える効果は高い。手紙は、手元に残るからだ。さらに手書きであれば、印象は強い。

さて、本来、手紙のポイントは何だろうか。先人は次のように伝える。

一、巧緻の文より、拙速の文がいい。とりあえず感じた気持ちをすぐ伝える。ただ、もう一段進むと、拙速より功速の文が望ましい。

二、名文を書こうとせず、達意の文を重視。要するに何を伝えたいのかを明確にしておく。名文家の文にする必要はない。体裁より中身。ただ、もう一段進めば、達意の文より誠意のある文が望ましい。

三、長文より簡潔にする。伯母のように長い手紙は、何を伝えたいのかがぼやけて、有り難さも減る。たびたび用件ごとに、その都度、出すことが望ましい。何もかも一緒くたにしないこと。

四、ただ、父のように、まるで電報のような要点のみというのも味気なかったが。すなわち、更にもう一歩進めれば、簡潔よりも簡密のものが望ましい。

五、相手を見て、失礼のないように手紙の様式を変える。書式は、メールと同じでは駄目で、それなりの書式や礼法に従う。

六、分かりやすい口語を使い、次に清新に、更に風趣が伴えばよし。

七、文字は、誰にも読めるように、達筆は避ける。才気、妙趣は必要ない。

八、返事はメール同様、即座に、適切に、機会を逃さず当意即妙に。

*参考

服部嘉香元早大教授や鎌田栄吉元文部大臣の発言を参照した。

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2018年3月25日 (日)

日報を書くこと

現役時代、上司から日報を書くことをうるさく言われた。新人の頃は、仕事も定型で特に目新しいことはない。よって日報を書くのに苦労した。当日あったことを羅列的に書いていると、「お前は小学生か」と怒鳴られる始末。

要するに、何も考えずに仕事をしているのかという責めであった。そのように言われると、仕方なく新聞を読んだり、本を読んだことの感想を書いたり、一見、仕事とは関係のないことを記すのだが、それに対しては叱られることはなかった。

今、ブログで、とりとめのないことを記しているが、それで一応、日頃の考えは整理できる。日報にも、そのような効果があった。いろんなことに関心を向けると仕事に取り組む意欲も不思議と違ってくる。

後は、その日の行動予定と行動実績による反省。その次には週間予定と実績、月間予定と実績、年間計画と実績に連なっていく。これが習慣になると、仕事に対する取り組み方も少し進歩していたように思う。

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2018年3月23日 (金)

恩を返すということ

人は知らず知らず多くの援けを受けて生きている。そういうことが分かり始めたのは中年になってからだ。最初は親の恩、周囲の人々、関係する人々、その他、目に見えない他人様。

ところが、若い時は、寄付をするのを、あまり積極的ではなかった。寄付しても何に使われるか不明。もちろん、寄付も有償、無償がある。お金の寄付だけとは限らない。

席を譲るのも、ある意味「寄付」。身体の悪い人に手を差し伸べるのも考えようによっては「寄付」と言えないこともない。

日本人には、お互い様、という言葉が示すように、相互扶助の精神はある。最近、薄れたとはいえ、まだある方だろう。恩は、神から預かったもの、という考え方もある。

恩を返し、陰徳を積むことは、将来、自分に返ってこなくても、遠く子孫に返ってくるかもしれない。歳を重ねてきたためか、最近、そのように強く思う。

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2018年3月21日 (水)

エジソンは、「時計を見るな」と言ったが、、、

サービス残業をはじめとして、労働時間に関しては、様々な見方がある。定型業務と非定型業務では、労働時間のあり方も異なることも確かであろう。ただ、これは使用者側だけで決めるものでもないし、逆に労働側だけでも決められない。

そこには様々な事情が伴う。国としては、ある程度のガイドラインは示せても、絶対的な政策はありえない。そのことを現在の政府は勘違いしていると思う。それほどに労働政策は難しい。

さて、表題のようにエジソンは、「時計を見るな」と言っている。およそ学問や仕事をするのに、時計を見ていては極めることはできないと言うのだ。時計を気にしていては、集中力に欠けるようになるのは確かだ。

熱中するほど勉学や仕事に集中すれば、いずれ成果は出る。問題は、現在、よく言われる「ワーク・アンド・ライフバランス」だ。エジソンの言うことも分かるが、生活とのバランスを崩せば、長期的には仕事にも影響する。

ただ、時には物事に集中することも必要だ。わざとバランスを崩すことも求められる時があるかもしれない。しかしながら、それをずるずるとやってはいけないと思う。その判断を適切にする仕組みが必要だ。

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2018年3月20日 (火)

贈り物について

お茶菓子程度のものであっても、自分で食して美味しいものを持参せよ、とは母からの教え。もちろん、嗜好は、それぞれ異なるので、それでも失敗することはある。よって、一番は、相手の好みを把握した上で、商品の選択をするのがベスト。

よく、あそこのお菓子は評判がいいから、相手の方は喜ぶだろうというのは大きな間違いを生む。評判だけで選択してはいけない。贈り物は心を贈るつもりが大切とは祖母の教え。今、思い出すと、彼女らは大切な「言葉」を遺してくれている。

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2018年3月19日 (月)

『花を愛でる』展(三木美術館)を観覧

三木美術館で現在開催中の『花を愛でる』展を観覧してきた。今回は、3階と4階に合計25点、花を描いたものを中心に展示されていた。3階に展示されているものは個性が強いもの、4階に展示されているものは伝統的な絵画中心。

3階に展示されているものは好き好きであろう。4階の展示は伝統的手法で安心感はある。今回は借り物の東郷青児の作品2点も展示。現在、彼の作品展が各地で催されているようだが、観る価値は十分にある。

その他に工芸品として、陶磁器が28点展示されていた。また新たに「ギャラリー アートスペースmiki」が設けられており、5月から展示が始まるようだ。更に5月26日には、開館10周年イベントが開かれる。

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2018年3月18日 (日)

種々の春の花が開花 2018

少しずつ暖かくなっているのだろう。梅の花に続いて、春の花が次々と開花している。まず沈丁花。まだ満開ではないので、それほど匂わない。いま少し、かかりそうだ。そして、ヒイラギナンテンの黄色い花も咲いている。ユキヤナギも、わずかに咲いている。

少し前に咲いて記すのを忘れていたアセビや寒椿、サザンカは終わりかけだ。水仙も、いい匂いを漂わせていたが、もうそろそろ終わり。そういうとクロッカスは、まだ咲いていた。今後、期待できるのが、花桃、源平桃、木瓜(ボケ)、侘助ぐらい。

春を感じて、自然界も、段々にぎやかになる。桜の木こそ植えていないが、満開になれば姫路城周辺に観に行く予定だ。なんだか、気分もそわそわ(笑)。

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2018年3月17日 (土)

地元高が出場しないセンバツ 2018

今年、地元の兵庫県からはセンバツ代表高は選出されず、甲子園は兵庫県にあるのに、出場しない。こういうことは過去にもあったようだが、地元は全く盛り上がらない。どうでもいいセンバツになりそうだ。

センバツ関係の番組が放送されても、チャンネルを変えることにしている。他の地区の選抜代表チームの話を聞いても、よほどの高校野球ファンでなければ、関心はない。よって、この時期は、他のことに関心を向けることになる。

ある意味、静かに過ごせる可能性もある。だが、少し寂しい。

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2018年3月16日 (金)

姫路城 さくらの大回廊 2018

今年は梅の開花も早かったが、桜の開花も例年より2週間も早いという。いろんなイベントを予定している地域は、少し慌てているかもしれない。開花が遅れるのも困りものだが、早すぎるのも困る。あくまで人間様の都合だけれど、自然の動きには勝てない。

さて、「姫路城 さくらの大回廊 2018のルートマップ」が公開された。ネットで公開のほか、チラシは、観光案内所等でもらえる。毎年、そんなに大きな差異はない。千姫の回廊、三の丸回廊、お城やしき回廊、侍やしき回廊、、城下町の回廊に分けて紹介。

桜開花の情報を得て、本当は、姫路城周辺をぐるっと、桜見物するのが楽しいはずだが、意外とご存じない。少し時間に余裕を持って、お弁当とお茶を持参の上、姫路城の様々な桜を楽しんでほしいと思う。

*追記

なお、3月16日現在、姫路城の桜は蕾状態で、全く開花していない。姫路城周辺に関しては、そんなに早く咲かないかもしれず、例年通りかもしれない。すなわち3月25日以降。それより早く咲かないことを願う。4月初めに、いろいろ催しがあるので(笑)。

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2018年3月15日 (木)

一文惜しみの百知らず、ということ

昔から、一文惜しみの百知らず、という言葉がある。「百知らず」の部分は「百失い」という人もいる。一文は現代で言えば、10円とか20円の世界。それでも、若い時は手元にお金を持っていないと、わずかなお金さえ、無駄に思え、折角の購買や投資のチャンスを失ってしまうことがある。

逆に、少しばかりの欲に釣られて、買ったり投資して、大損する場合もある。チャンスというのは、結構いかがわしい面もある。それを見誤ると、大きな利益を受ける機会を失い、あるいは大損する。

要するに、チャンス・タイミングをいかに把握するか。これが結構難しい。それなりの経験と度胸がいる。概ね、経験だけを重視すると失敗する。運と言うと、そういう言葉は合理的でないと否定する向きもあるが、運をつかむのも成功の是非を握る。

よって、成功しても失敗しても、さらっと流す心持が求められる。

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2018年3月14日 (水)

最低限の生活維持ということ

少ない所得で惨めな生活にならないのは、多分、若い時から、慎ましい生活をしてきたからと思う。それは親を見習ってのものだ。臨時収入とかボーナスがあって、それを使って一時的に楽しんでも、後は困難が待っていることが多いという教えだ。

また、世間に目立たず、ひっそりとした生活を送ることができれば、いかに出世しても、大きく身を持ち崩すことはないと先人は言う。それは事業でも同様だ。派手なビジネスはマスコミからもてはやされるが、長続きしないもの。

結局、面白くはないかもしれないが、堅実経営が、長続きする。それを社員や従業員が理解するレベルまでに持って行くのは大変なことだけれど、経営者は口を酸っぱくして言い続けるしかない。

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2018年3月13日 (火)

問われる麻生氏の器

困難に直面した時に人間の本性が現れるとはよく言ったものだ。今回、財務省の文書改竄問題で、麻生太郎財務大臣は、辞めた国税庁長官の名前を盛んに挙げ、彼がやったことだと責任を全て、擦り付けようとしている。

麻生氏は、仮にも総理大臣も務めたことのある政治家。この程度の政治家であったと大きな失望を感じる。こんな人が国の要職に、いつまでも留まっていいのだろうか。最早、国民からも見放されようとしていることに気づかないのだろうか。

報道によると、某市会議員はすでに自民党を離党したという。麻生氏の辞任が遅れれば、自民党離れも加速すると思われる。

*追記

今回の財務省文書改竄問題では、いろんな発言を聞いていると、安倍政権を割と支持してきた若年層にも匙を投げられる事態になっている。今後、政界は大きな変化があるかもしれない。

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2018年3月12日 (月)

財務省の信認低下は日本の危機

厚生労働省のいい加減なデータによる労働政策のデタラメにはあきれたが、今回、森友問題絡みで財務省が文書を書き換えたことは、自らを否定するものだ。これは財務省としても、国民だけでなく世界からの信認低下を意味する。そして、これは日本の危機でもある。

一部では、財務省解体論も出る始末だ。最早、これは冗談ではない。政権をも揺るがす大失態は、目に余る。日本をリードしてきたというプライドは、すでに失ったのだろうか。政治家に対して保身に汲々として、国民の方を見なくなった官僚たち。

やはり官邸が官僚の人事権を握った(内閣人事局)弊害が出たと思われる。政治が官僚を下請け化し、コントロールしようとしたことは、政権・政治家の首も絞めていくという皮肉な結果になりそうだ。

やはり政治と行政は、お互いチェック機能が働いた方が、少々手間がかかっても、国家・国民のためになるということだろう。次の政権から、早急に改めた方が宜しい。そうしないと、日本という国家自体、危うくなる。政治機構と官僚機構のチェック・アンド・バランスは大切な考え方だ。

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2018年3月11日 (日)

書写山ロープウェイ新客車へ

姫路・書写山のロープウェイが60周年(1958年オープン)とのこと。そういうとロープウェイは、子供の頃からある。利用したのは数えるほどだが、夏は涼しいので、時々利用する。現在3代目で、今回、60周年ということで、新客車に更新するらしい。

新客車は、長さ約6メートル、幅約2.5メートル、高さ約3メートル。車体カラーは周辺とマッチするように、緑や黄色を基調とした。また窓面積を約2割拡大し、眺望を楽しめるようにした。

ただ、ガラスの耐久性を上げた結果、車体が重くなり、定員は従来の71名から65名に減らす。また車内では、英語のアナウンスも流す。

しばらく休止していた運転は、2018年3月18日に再開し、同日8時30分より記念イベントを開くという。まず記念乗車券として、マグネット乗車券を発行。但し、大人・子供共、それぞれ先着500名。また記念ノベルティとしてマグネットクリップが1000名にプレゼント。

更に、これに合わせて圓教寺では、摩尼殿内陣、六臂如意輪観音、四天王像が特別公開される。仏像ファンには逃せない。ただ、今の時期、平地と違って気温も低いと予想され、服装には注意が必要。

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2018年3月10日 (土)

梅の開花 2018

例年、自宅の梅は、他所と比べて開花が遅い。ところが、今年は、もう咲き始めた。別に他所さんと比べれば早いことはないのだろうが、これは初めての経験。まだ三分咲き程度だが、周囲は華やかだ。春が来たのだ。

先に咲いていた椿と一緒に花が見られるのは、どこか嬉しい。これで沈丁花が咲き始めれば、我が世の春(笑)。そして、枯れてしまったレモンの新しい苗を植え付けた。今度は元気に育ってほしい。また実は食べられないようだが(生食には不向きだが、調理すれば食べられる)、姫りんごも植えてみた。

*2018年3月15日追記

ついに梅の花が満開になった。1本の木だけれど、今年は昨年の剪定が良かったのか、枝ぶりもいいし、花の付き具合もいい。他人様に見せてもいいような、出来栄え。しばらく、楽しませてくれる。でも、来年は、どうようになるか分からない(笑)。

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人の寿命は分からない

ある俳優さんが急死した。年齢も近いから、明日は我が身かと不安になる。いつか死ぬと分かっていも、自分だけは、そう簡単に死なないと思っている甘さ。人の寿命は天のみ知っていると祖母がよく言っていたが、その通りかもしれない。

というのは、私は子供の頃から体が弱く虚弱体質と医師に言われてきた。それゆえ、子どもの頃は、親に対して、「お宅のお子さんは成人できないかもしれない」と度々伝えられている。母は悲観して気が滅入ることもあったそうだが、お百度詣りもしたという。

ところが、高校生の頃、母は担任の先生に、「お宅のお子さんは30歳まで生きることは難しい」と面談で言われたという。この時、複雑な気持ちになったそうだ。かつて医師が言っていた20歳より10年寿命は延びたが、それでも、まだ30歳。

しかしながら、母の願いが通じたか、20歳になっても死ぬ様子はなく(笑)、無事、大学を卒業した。そして社会人に。働きだして、体が少ししっかりしたのか、30歳になっても死ぬ様子はなかった(笑)。

その後、海外交流会で知りあった女性から、「あなたは、とてつもなく長生きをする」と言われたが、冗談だと思った。このことは以前にも記したかもしれない。人は他人の寿命に関して、いい加減な発言をするものだと改めて認識した。

そして、両親が亡くなった後、ついには還暦を過ぎた。ただし、体内は、一部相当傷んでいて、長生きは難しいと今、最近、医師に言われている。確かに現代医学の進展がなければ、もうとっくに天国に召されていたかもしれない。

でも、今までの経験から医師の寿命予測は怪しいものだと思っている(笑)。それゆえ、余りの人生を面白、可笑しく生きたいものだとつくづく思う。医学的見地だけで寿命が決まるとは考えたくない。寿命は誰も分からないだ。

確かに寿命は天のみ知るものかもしれない。但し、最近、寿命は自身が決めるものかもしれないと感じる。

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2018年3月 9日 (金)

カズオ・イシグロ著『日の名残り』を読了

文学賞関係の書籍ということでは、基本、読まないのだが、今回、ノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロの作品は、ふと読みたくなった。それが『日の名残り』(土屋政雄訳)。英国最高の文学賞と言われるブッカー省賞を受賞している。作品の内容は、ある執事の短い旅行記と回顧録というべきもの。

滅多に休むことのない執事スティーブンスは、新しい屋敷の所有者のファラディ氏から休みを取ることを勧められる。そこで逡巡しながらも受けることにし、約1週間の休暇をオーナーから車を借りて旅をする。

そこから、前のオーナーのダーリントン卿との思い出に浸る。そして、彼の父親も執事であり彼の鑑であったこと、もう辞めて結婚して去った女中頭ミス・ケントン女史への想いと再会、戦前邸内で行われた外交の数々。いろんな思いが旅をしながら巡る。

少し後悔の念もある。だが、たまたま港で居合わせた60代後半の男に、「人生、楽しまなくちゃ。夕方が一日でいちばんいい時間なんだ」と指摘され、気を取り直す。人生、いつも前を向いて歩かねばと。

作品自体は、翻訳が素晴らしく、読みやすいので、すっと読める。ただ、ノーベル文学賞を受賞した作家ということは私のレベルでは分からない。悪くない作品だが、内容は、ありふれている。そもそもノーベル賞に文学賞は必要なのだろうかと思わせる。

*追記

彼の他の作品のあらすじを見てみたが、特に興味を引く内容のものは残念ながらなかった。

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2018年3月 8日 (木)

物に支配されないということ

昔、台湾銀行の課長をしていた小笠原三九郎(1885~1967)という人がいた。後に吉田内閣の時に、通産大臣や大蔵大臣になっている。彼は鈴木商店の破綻処理を担当した。

その時に、「自分には私利私欲が一切ない」と、うそぶく鈴木商店の実質経営者で大番頭の金子直吉に厳しい言葉を投げかけたことは有名。

それが「あなたは所有欲はないかもしれないが、使用欲については天下無類である。今後私欲がないなどと絶対言わせません」だ。これには金子も反論できなかった。

その彼が四つの宝を指摘している。それが、一に健康、二に信仰、三に信用、四に智恵、を挙げている。そして、これらは「自分の注意力と努力」で身に付けるとしている。

よって、「人間、いかに財宝を積み重ねても幸福にはなりえない」としている。仮に、そういう人たちがいても、物に支配されるようになれば、心も物に支配される。

続けて彼は、次のように語る。「人間の幸福は心の持ち方次第で、決して物の持ち方次第によるものではない。自分自身を物の下に置いてはならない。常に物の上に心と身を置いて、それを自由自在に働かせることこそ、本当の生き甲斐というものである」と。

彼の人生観が政治にも活かされた。最近の大臣たちは、このようなことを語るレベルにも達していないように感じる。いや、語れないだけか(笑)。残念ながら、彼らから人生観は聞こえてこない。

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2018年3月 7日 (水)

ある実業家の蓄財

明治期に活躍した豪商・明石家の9代目、渡辺治右衛門(1848~1909)は、実業家、銀行家、政治家として知られる。その彼が蓄財術について次のように語っている。

「(金は)まず握ったら離さぬこと」

「欲しいものがあっても、すぐに買わない。まず3日間は、じっくり考える」

「そして、買わないことにする」

まるで漫才か落語のネタのようですが、実際に彼が言っていることです。確かに、そうすれば、お金は貯まるだろう。

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2018年3月 6日 (火)

表現の自由と自制

ある日本の書籍で、チンギスハンの肖像に落書きしたとして、モンゴルの人の怒りを買っているようだ。それに対して、表現の自由だと反発する人々もいる。ただ逆に天皇の肖像に落書きされたら、日本人は、これを許すだろうか。多分、外務省を通じて強く抗議するだろう。

国によって、人々が大事にしているものを、わざわざ言論等で犯す必要はない。それらは尊重されるべきものだ。表現の自由には、相手を慮り、配慮し自制することも時には必要だ。なんでもかんでも表現の自由で片づけるのは、視野を狭くする。

*追記

但し、行き過ぎた言論の自主規制にも問題を孕む。その辺の判断は難しいが、極論は排すべきだ。基本的に国際間の人間関係を壊すような言動は慎む必要がある。今は、常に隣に外国人がいる感覚が求められる。

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仮想通貨の終焉?

世間を賑わせた仮想通貨(フィンテック)だが、その未来は怪しそうだ。世界の金融当局も、その存在を認めない動きもある。むしろ規制を強める動きにある。あまりにもいい加減な運営では、「信用」を確保できない。参加していた若い人たちも疑念を持つようになっている。

それは仮想通貨が決済手段としてではなく、投機の手段になってしまったからだ。本来の「投機」は、市場形成をする役割を果たすが、現在の仮想通貨のそれはバクチそのもの。裏には怪しい動きもある。

若い人たちも、投資の先としては最早不適当だろう。仮想通貨に投資するぐらいなら、それなりに研究して株式投資した方がメリットがある。一応、現時点では仮想通貨は終わったと言える。当面、仮想通貨に期待してはいけない(*注)。

*注

そもそも「仮想通貨」という名称が問題だ。交換価値に徹するのなら呼称を変える必要がある。

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2018年3月 5日 (月)

姫路の空襲慰霊塔に国から補助金

報道によると、姫路市にある空襲犠牲者を追悼する国内唯一の施設「太平洋戦全国戦災都市空襲爆死没者慰霊塔」の式典運営費に国から初めて、補助金約1500万円拠出することになったという。補助金は、慰霊塔を管理する一般社団法人「太平洋戦全国空爆犠牲者慰霊協会」に交付される。

この慰霊塔については、運営経費が赤字で法人財産も半減し、運営の継続が危うくなっていることを以前記した。姫路市長も強く懸念されて国に働きかけていた。一応、今回予算がついたが継続的なものかどうかは不明。今回の補助金は、式典運営費や啓発活動費に活用されるらしい。

ただ、これを機会に、将来的にも施設の改修費も含めて維持されるように、一般国民に対しても寄付をお願いして法人財政を確固たるものにすることも求められる。

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2018年3月 4日 (日)

若い人に迷惑な国民栄誉賞

国民栄誉賞は、どのような観点で選ばれているのか知らないが、文化勲章同様、仕事をやり終えた人に対するものであるべきだろう。すなわち現役を続行したい人たちには、むしろ迷惑そのもの。

ところが、最近若いスポーツ選手に国民栄誉賞を授与させる動きがある。すでに受賞した若い人もいる。そうすれば、周囲は、どう思うだろうか。栄誉を傷つけるようなものに参加させてはならないという配慮が働く。

ところが、彼らは大体、ピークを過ぎたかか、それに近い状態にあることも多いのだが、本人は、まだまだやれると思っている。そこに齟齬をきたす。最近レスリング界で起こっているスキャンダルも、そういう一面がある。

国民栄誉賞の授与は彼らが引退してからでも遅くない。政府は、今一度、国民栄誉賞を与えるタイミングの検討が必要だろう。

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姫路城を使って世界に発信を!

歴史的建造物などの活用は、国際会議や展示会誘致に効果があるという。そこで、姫路市は、2018年度、姫路城の三の丸広場などをイベントや式典会場として有料で貸し出すことにした。

従来は、民間利用は認められなかったが、市として国際会議や展示会誘致に力をいれることになり、姫路城の三の丸広場等を貸し出すことになった。

貸し出すのは、城の広場、庭園、好古園、美術館、姫路文学館等で、想定利用は、レセプションパーティー(但し城内有料区域は飲食不可)、各種式典、企業の新製品発表会等としている。

ただ、コンサートやショー等、興業関係は認めないという。不特定多数が参加するフリーマーケットも不可。フリーマーケットはともかく、コンサートはお城のイメージと合致すれば認めてもいいのではと思う。

利用金額は、三の丸広場で一日利用で500万円程度を想定しているようだ。これは使い方によっては安いかも。その他の施設利用料は検討中とのことだ。

企業は、姫路城をバックに世界に発信すれば、やり方によっては認知度も上がる。地元企業だけでなく、多くの企業が利用すればいいと思う。そして、それは姫路の認知度アップにも貢献するだろう。

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2018年3月 3日 (土)

姫路市立美術館『イメージを織る』展を観覧

姫路市立美術館で開催中の『イメージを織る』展を観覧してきた。期待していた以上の内容で、久しぶりに行って良かったと思った。内容はタピスリー(綴織壁掛け)で、様々の国のものが展示してあった。

それぞれの国で独自の文化を織り込んだものになっている。展覧会では、「コプト織の世界」、「キリムからペルシャ絨毯へ」、「西洋の綴織芸術」、「明治期の綴織芸術~制作の過程から~」となっていた。

糸を紡ぎ、色を染め、膨大な時間をかけて生み出されたイメージ。イメージデザインの作り方は国によってさまざま。例えばペルシャ絨毯は、額縁に絵を嵌め込んだようなものが多く、左右対称と規則性がある。それに比べ、日本の作品は、非対称で、日本画を写し取った感じ。よって織る時の手間も全く異なる工程。文化とアートの面白さは、ここにある。

また観覧日の本日は、入館料だけで「音楽のまち・ひめじ」関連事業として、「織りと響き~古楽器で紡ぐ昼下がりのコンサート」が催され、1時間ほどクラッシック音楽を楽しめた。こういう催しは、頻繁にやってほしいものである(実は音楽会の案内が展覧会を観に行く動機付けになった)。

2018年3月25日まで。

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今年のイカナゴ漁は大丈夫?2018

イカナゴ漁の季節がやってきた。昨年は、不漁で、いろんな催しが中止になった。今年は大丈夫だろうか。神戸辺ではすでに始まっているようで、今年は昨年より漁の方は、いいようだ。播磨灘も期待できるかもしれない。

一応、予定では、妻鹿漁港にある、JFぼうぜの姫路とれとれ市場では、3月7日より21日まで(但し、10日、11日、18日、除く)、「イカナゴくぎ煮教室」を開く。受講料は、生イカナゴ代金と1㎏分の調味料等材料費500円。エプロン、手拭きタオル、持ち帰り用容器を持参する必要がある。

まあ、イカナゴは、くぎ煮にするのもいいけれど、釜揚げも美味しい。今年は、イカナゴ漁が大丈夫なことを期待したい。なお、とれとれ市場では、海産物の販売や飲食も楽しめる。観光旅行者の方も、この時期に限らず、気軽に寄ってみてはいかが。

*2018年3月4日追記

なお、大手前公園では、3月10日9時30分より「いかなご祭り」が催される。ただ生イカナゴの販売・試食は10時30分開始とのこと。無料配布・試食は無くなり次第終了。催し自体は13時までとしているが、早めに行った方がよさそう。

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2018年3月 2日 (金)

民泊の怪しさ

日本は、民泊後進国だが、民泊先進国は、それぞれに悩みを抱えている。それはヤミ民泊の取り締まりだ。これらは概ね犯罪の温床になりうる。今回、日本では、殺人事件として起こってしまった。これは今後も起こりうる。

それほど民泊は怪しいシステムだ。国がこれをばだばたと導入したのは、観光政策の失敗で、急激に海外旅行者を増やそうとしたことにある。そこから生じたのが宿泊施設の不足だ。更に、既に、それほど裕福でない海外旅行者をも招いて、これらの人々の民泊需要を後押ししている。

彼らは基本的に、金を落とさない。日本の社会的コストを高めるだけに過ぎない。ビジネスには鉄則がある。よく言われるように、金持ちを相手にするビジネスの方が成果が大きい。所得の低い人が多く訪れても、成果はなかなか上がらないのは確かだ。

国は、そのことをよく理解せず、単に旅行者数を増やすことだけ考えて、観光政策を推し進めた結果、民泊を推進せざるを得ないようになった。これに対する地方の危機感は大きく、規制を強化している地域もあるのは、むしろ健全だが、国は、この流れに反発している。

国は、何が大切なのか、観光政策を、今一度再考する必要があるだろう。そうしないと、国民も海外旅行者も幸せにはならない。

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2018年3月 1日 (木)

梅の花 2018

今年も各所で、梅の花の開花が伝えられるようになった。ただ、自宅の梅は、蕾を少しずつ大きくしているものの、咲くのは少し先になりそうだ。毎年、世間の梅が咲き終わってから咲くから、あまり注目されない。

でも、咲くと、それはそれなりに愛らしい。近くには、沈丁花の花が、もうすぐ咲きそうな雰囲気。そして花桃や源平桃の蕾も、やや膨らみ始めている。4月になれば、賑やかになることだろう。

*追記

今年は、好古園、曽根天満宮の梅を観に行こうかなと思っている。

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