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2018年3月23日 (金)

恩を返すということ

人は知らず知らず多くの援けを受けて生きている。そういうことが分かり始めたのは中年になってからだ。最初は親の恩、周囲の人々、関係する人々、その他、目に見えない他人様。

ところが、若い時は、寄付をするのを、あまり積極的ではなかった。寄付しても何に使われるか不明。もちろん、寄付も有償、無償がある。お金の寄付だけとは限らない。

席を譲るのも、ある意味「寄付」。身体の悪い人に手を差し伸べるのも考えようによっては「寄付」と言えないこともない。

日本人には、お互い様、という言葉が示すように、相互扶助の精神はある。最近、薄れたとはいえ、まだある方だろう。恩は、神から預かったもの、という考え方もある。

恩を返し、陰徳を積むことは、将来、自分に返ってこなくても、遠く子孫に返ってくるかもしれない。歳を重ねてきたためか、最近、そのように強く思う。

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