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2018年3月 6日 (火)

表現の自由と自制

ある日本の書籍で、チンギスハンの肖像に落書きしたとして、モンゴルの人の怒りを買っているようだ。それに対して、表現の自由だと反発する人々もいる。ただ逆に天皇の肖像に落書きされたら、日本人は、これを許すだろうか。多分、外務省を通じて強く抗議するだろう。

国によって、人々が大事にしているものを、わざわざ言論等で犯す必要はない。それらは尊重されるべきものだ。表現の自由には、相手を慮り、配慮し自制することも時には必要だ。なんでもかんでも表現の自由で片づけるのは、視野を狭くする。

*追記

但し、行き過ぎた言論の自主規制にも問題を孕む。その辺の判断は難しいが、極論は排すべきだ。基本的に国際間の人間関係を壊すような言動は慎む必要がある。今は、常に隣に外国人がいる感覚が求められる。

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