« 麻生氏は辞めたがっているのか | トップページ | 平群氏女郎の強い想い その二 »

2018年5月17日 (木)

平群氏女郎の強い想い その一

女性に慕われることは、男にとって、ある意味、嬉しいことだが、怖い面もある。それでは、万葉の時代は、どうであったのか。『万葉集』に大伴家持に十二首も歌を贈った平群氏女郎(へぐりのうじのいらつめ)の場合を見てみようと思う。

ちなみに、この十二首はも一度に贈ったものではなく、時々に数首贈ったようだ。よって、それぞれの状況は不明。ただ、それを合わせて見ると、女の強い情念を感じさせる。それでは、その歌を2回に分けて、みてみよう。

君により 我が名はすでに 竜田山

 

 絶ちたる恋の 繁きころかも

「あなたのお蔭で、私の浮名は、すでに立ってしまったことよ。一旦、途絶えてしまった恋が、心騒がせる今日この頃です」

こういうことは今でも、あるだろう。両者の間では、既に終わっているのに、噂になる。それで思い出して、もう一度、想いが募る。まあ、個人差はあるだろうけれど。

須磨人の 海辺常去らず 焼く塩の 

 

 辛き恋をも 我はするかも

「須磨の海人が、ずっと居て、塩を焼くように、(あの人への想いから)なかなか抜け出せず、辛い恋を私はしています」

これは片思いの歌かな。思う人に想われず。思わぬ人に想われる。よくあることです。世の中も、恋の世界も同じ。

ありさりて 後も逢はむと 思へこそ

 

 露の命も 継ぎつつ渡れ

「変わらぬ心を持ち続けて、いつか、きっと、逢おうと思うからこそ、儚き露のような命を何とか、持ちこたえて、ようよう、日を過ごしています」

ここら辺になってくると、男からすれば、ちょっと重い。確かに、思ってくれるのはいいが、ほどほどにして、という感じ。男には逆効果かも。

なかなかに 死なば安けむ 君が目を

 

 見ず久ならば すべなかるべし

「この想いが伝わらないのなら、いっそのこと死んでしまったら、もっと気楽なのに。あなたと久しくお会いできないなら、もう、なす術はないてしょう」

想いはそれほど深いのだが、重いなあ。

隠り沼の 下ゆ恋ひあまり 白波の

 

 いちしろく出でぬ 人の知るべく

「心の底を深く隠していた恋心が露わになって、はっきりと顔に出てしまった。そのため、多くの人に覚られてしまったことよ」

この手の歌は、後世にも、多く詠われている。人の気持ちは、今も昔も変わらない。

草枕 旅にしばしば かくのみや

 

 君を遣りつつ 我が恋ひ居らむ

「君を、度々、旅に行かせてしまって、私は、ただ一人、あなた様を恋い慕う日々になってしまうのでしょうか」

一緒に居れば、何もない感情が、離れると、気持ちが揺れる心。男は、そういう気持ちは恋愛初期を除いて、薄いのだが、女性は、関係が強まれば増すかも。

次回に続く

*追記

解釈は、私の独断です。念のため。

 

|

« 麻生氏は辞めたがっているのか | トップページ | 平群氏女郎の強い想い その二 »

古典文学・演芸」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/99784/66728464

この記事へのトラックバック一覧です: 平群氏女郎の強い想い その一:

« 麻生氏は辞めたがっているのか | トップページ | 平群氏女郎の強い想い その二 »