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2018年7月21日 (土)

見かけない鳥や虫

暑いからというわけでもないだろうが、最近、あまり見かけない鳥がやってきたり、虫がいたりする。鳥の方は、スマートな感じて、体躯は白と黒。虫の方は、少しカラフルな小さい虫。今年、大アリが出現したが、それと同等の驚き。

生態系が変化しているのかも。これからも居続けるかどうか。少し気になる。そういうと、最近は、あの大アリは見かけなくなった。どこに行ったのだろうか。

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静かな夏になると思ったら、、、

毎日、毎日、暑い日が続く。さすがにクーラーをつけて寝ている。クーラーのなかった時代が懐かしい。出かけるのも嫌になるが、運動不足になるのも問題ということで、早朝に運動。そして、クーラーをつけた部屋で読書と考えたが甘かった。

というのは、蝉の大合唱が始まるからだ。例のクマゼミだ。以前の記事に記したように、木の根っこが荒らされて、モグラか何かに、蝉の子がたくさん食されたようだったので、今年は静かに過ごせると思っていた。

ところが、どっこい、どこから飛んできたのか、いっぱい木に止まっている。水やりをしていると、バタバタと大量に逃げていく。ということで、終日ではないけれど、テレビの音量も、かき消される毎日。一体、どうして、すごしたらいいのやら。思案投げ首の状態だ。

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気軽に休憩できる喫茶店は必要

姫路には、駅周辺には、比較的ファストフードをはじめ、休憩できる施設は揃っている方だろう。しかし、御幸通りや大手前通りをお城に向かって、あるいは、お城から駅に向かう時、休憩できる施設は限られる。

以前はファストフードの店が割とあったが、撤退している。喫茶店等休憩施設は100~200メートルごとに必要と言われるが、観光客が増えているのに、不足気味だ。もちろん、喫茶形態はいろいろあっていいと思うが、ちょっと休憩できる施設が欲しい。

コンビニで100円コーヒーを買って、店内で飲むというのはコストパフォーマンスはいいが、いつもだと飽きてくる。やはり店内の雰囲気をそれなりに楽しめる喫茶店がいい。もちろん過剰な店内装飾は不要だ。ほどほどの価格で提供する必要はある。古い意識で高いコーヒーの提供で、最早ビジネスは不可能。

周辺物販の提供手法も問われる。例えば、神戸には、立ち飲み喫茶があるが、そういう気軽なものが外国人旅行者には求められる。昼食は簡易に済ましたい外国人も多い。昔ながらのサンドウィッチとコーヒーを立ち飲みの食の提供もいい。

また、旅行者のマーケティングをして、コーヒー以外の飲み物と、いろんな組み合わせで需要開発をしてほしいものだ。

*追記

結論的には、『ドトール』型の多店舗展開が望まれる。ただ、体の大きい欧米人には狭く感じられ抵抗があるようだ。

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2018年7月20日 (金)

被災者に最終的に必要なのは、お金

西日本の広域豪雨災害で、被災地に、ボランティアの方々が炎天下の中、ぞくぞく駆けつけているという。頭の下がる思いだ。こういった災害の場合、初期は、まず生きることができること。

生きておれば、何とかなる場合も多い。被災した家の土砂、傷んだ家財道具の取り出し、掃除は大変な労力を伴うから、ボランティアの力は大きい。

ただ、そういう作業が終わってしまうと、次の課題は、生活再建だ。被災者は、最初、助かったことがよかったと安堵するが、時間と共に、普通の生活を望むようになる。それは普通の感情であろう。

そこに必要になるのが、お金。預貯金や保険で賄うには限度がある。更に公的支援も限界がある。阪神淡路の経験で考えても、最終的に必要になったのは、お金だ。

災害に備えて、準備しておくのが、ベストだが、災害が、いつも、わが身に降りかかるとは、誰も思っていないのが普通だろう。でも、日本は、自然災害の多い国。いつも他者に頼れるわけでもない。

いざとなれば、住んでいる地域を捨てる覚悟も求められる。そうすることで、資金負担が軽くなることもある。自宅再建よりも、他地域で賃貸を借りた方がいい場合もある。今までの当たり前を捨てることも大切だ。

生き残ったことを感謝し、自己負担を超えて無理をしないようにしたいものだ。

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2018年7月19日 (木)

姫路で太陽光発電施設崩壊 2018

西日本豪雨の影響で、2018年7月14日付の報道では、姫路市林田町下伊勢の傾斜地にある太陽光発電施設が、約3600平方メートルにわたって、崩壊したらしい。発電施設は、東京の企業が2015年に整備したもの。

現場の真下には、国道29号線が通り、過去には、隣接する別の太陽光発電施設から土砂が流出したこともある。地域住民は不安に怯えている。全国には、山を切り開き、太陽光発電設備を整備しているところがあるが、同じ問題を起こす可能性がある。

国や県は、山の開発規制が緩く、様々の問題を起こしている。暴風雨災害のようなことが起これば、リスクは大きいのだが、配慮が全く足らない。自然エネルギーの開発推進は必要だが、災害リスクを十分考慮に入れた推進でなければならない。

それに、企業は、電力買取という目先のメリットだけで事業を展開しているところが多い。だが、買取価格の低下で採算が合わなくなっているところも多いと推定される。国の推進する事業は、こういうことがよく起きる。企業も、国の政策は、よく変わるので、安易に国の推進するビジネスに乗らないことが望まれる。

神戸市では、このビジネスの規制の動きがあるが、姫路市も同様に規制を強化するべきだ。また長期的視点に欠ける企業力のないところが、このビジネスをやると、問題が起こった時、対応できないことも考えられる。逃げ得を許さないよう、この事業をやる資格審査も強めるべきだ。

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2018年7月18日 (水)

古代中国が描いた日本

紀元前4世紀から3世紀にかけて記された中国の本に『山海経(せんかいきょう)』というものがある。これは当時の国際地図を表現したもの。もちろん、実際に見たものだけでなく、想像によるものが多い。

そこに日本も表現されている。覚えとして記しておく。

「湯の谷の上に扶桑あり、ここは十個の太陽が浴(ゆあ)みするところ。黒歯(*注1)の北にあり。水の中に大木があって、九個の太陽は下の枝に居り、一個の太陽が今出でんとして、上の枝に居る」と。

湯の谷とは、十個の太陽が、そこで行水をするところと考えたようだ。太陽が移動して見えるのを十個存在すると考えた。九個の太陽が湯に浸かり、大木の枝の上に一個の太陽が出ている。

(中国から東方にある)扶桑という神木で東海の海上にあると考えた。扶桑というのは日の出の太陽のでるところとなる。中国からすれば雅称だそうだ。やがて、「扶桑」を「日本」を意味する言葉になる。そういうと、聖徳太子も、我が国を、そのように表現している。隋の煬帝は怒ったという(*注2)が、そもそも中国の書籍が、そのような表現していたのだ。

*注1

黒歯(国)は、倭国の、はるか南東方向にあるとされる。

*注2

聖徳太子は、607年、遣隋使の小野妹子に手紙を託すが、その出だしの内容が「日処るところの天子、書を没する天子に致す。恙なきや」という有名なもの。中国と対等に付き合うと決心した太子の意気が感じられる。

これに対して、『随書倭国伝』によると、煬帝は、臣下の礼をとるべき国が、なんて無礼な奴だと怒った。もちろん、そのような返書を妹子に渡すが、小野妹子は、握りつぶしたという。現在の官僚にも、あるような話だ。

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2018年7月17日 (火)

花火大会のこと 2018

西日本豪雨災害が起こったため、今回も、花火大会を遠慮しようかという議論があるという。そういう気持ちは分からぬでもない。

しかしながら、そもそも花火大会は、慰霊と厄除けの行事の余興が始まりという。よって、そういう意味での花火大会は、やってもいいと思う。

配慮も行き過ぎたら問題になる。支援は支援と割り切り、それぞれの地域の催しは継続するべきと思う。そこに改めて意味を重ねれば、そういう催しも有効となる。

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ズボンのファスナーの位置

新聞の投書欄に、ズボン(最近の言葉で言えばパンツだが、私の世代ではパンツは下着)のファスナーの位置について問題提起されていた。というのは、最近のズボンのファスナーの位置が上に上がっており、用を足すのに不便というもの。

ただ、これは今に始まったことではなく、以前からあった問題。衣料品業界の対応の遅れと言える。一体、何を標準にファスナーの位置を決めているのだろうか。

私自身、用を足すのに長年苦労してきた。小便器の前でズボンを下ろすのも変な感じなので、最近は、便器が空いていれば、便器で用を足すことにしている。

業界は、再度、マーケティングをして改善して欲しいものである。

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2018年7月16日 (月)

西日本豪雨災害で被災した宍粟市

西日本豪雨災害では、報道にあるように、特に広島、岡山、愛媛で、多くの死者を出した。でも、あまり報道されていない地域もある。姫路市の近くでは、宍粟(しそう)市が被害を受けており、死者を1人出している。

以前にも、水害の被害を受けており、山が近くにあるため、山津波、洪水の被害を受けやすい。自然の美しい地域だが、自然環境が時として、猛威を奮う。ボランティアはできないが、微力ながら支援をしたい。

姫路市には、宍粟市のアンテナショップが、旧神姫バス待合所内(山陽百貨店南側)に、「ふるさと宍粟PR館きてーな宍粟」がある。宍粟の物産などが展示販売されている。また、おにぎり等も味わえる。

まず野菜等を購入し、若干のおつりを義援金に充てようかなと思う。

*2018年7月17日

本日、早速、、「ふるさと宍粟PR館きてーな宍粟」に行ってきた。店内は、女性客が多かった。一応、持って行く総額は決めていたが、結局、買った物より義援金の方が多くなった(笑)。ちなみに買ったのは、ちょっと珍しい物産。ありふれたものより、特徴のあるものにした。

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羹に懲りて、、、、

有名な中国の言葉として、「羹に懲りて膾を吹く」というものがある。意味は、「一度失敗したことに懲りて、無益な用心をすること」とされている(*注)。

念のために記せば、「羹(あつもの)」とは、熱い吸い物、「膾(なます)」とは、日本で言う、生の魚や貝類を切ったもので刺身のようなもの。このような言葉があるということは、中国人も、かつては、刺身のようなものを食していたことになる。

いろいろ調べてみると、中国人も11世紀くらいまでは、膾を食していたとのことだ。それが疫病が流行り、多くの死者が出たため、食べ亡くなったようだ。そして、生水も飲まなくなった。

ところが、最近、訪日している中国旅行者は刺身を食しているようだ。でも、彼らの国に帰れば、やはり食さないのだろうか。

食材が国際化する現在、無益な用心とは、必ずしも言えないかもしれない。日本でも、寿司や刺身が、いつまでも味わえるかどうか。でも、残してほしい食文化でもある。

*注

この言葉は、『楚辞』の第九章にあり、本来の意味は、「用心深く身の安否を顧みよ」というもの。

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2018年7月15日 (日)

ドラマ『バカボンのパパよりバカなパパ』は面白い

NHKのドラマというと、真面目に取り組むためか、相対的に、根暗なものが多い。女性には受けても、男には面白くない内容が多い。よって視聴することは滅多にない。

ところが、今放送しているドラマ『バカボンのパパよりバカなパパ』は面白い。漫画家、赤塚不二夫の私生活を描いたものだが、題名通り、結構楽しませてくれる内容。

日常の何でもない行為に真面目に取り組む赤塚不二夫。彼は天才と言われた漫画家だが、それなりに作品を生む苦しみがあったのは確かだろう。

それを妻や、元妻、スタッフたちが泣き笑いも含めて、支えている。再婚相手の妻とのやりとりも、どこの家庭にもありそうで、納得。彼も女の感性には翻弄されたようだ。

気楽に視られて、いい作品だと思う。次の展開に期待。

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『姫路城現代美術ビエンナーレ2018展』を観覧

イーグレひめじB1F姫路市民ギャラリーで開催されている『第六回世界文化遺産 姫路城現代美術ビエンナーレ2018展』を観覧してきた。2年ごとに開かれるビエンナーレ。今回は、イタリア文化会館・大阪が特別協力している。

立体(彫刻)11点、平面(絵画・版画・写真)28点、海外作品14点。今回注目したのは、いずれも無題であること。すなわち鑑賞者が、それぞれに感じ取り、制作者の意図とは違っていても、いいということ。

題を付けられると、鑑賞者は、どうしても題を意識してしまう。そうすると、その時点で作品に広がりが無くなる。よって無題は効果的。鑑賞者の状態で、作品は、様々に受け取られる。

以前にも、同様なことを記したが、今回、そういう意図が感じられた。今後も、このようにしてほしい。企業関係者も、所属部署によっては、いろんなアイデアをもらえるはず。仕事の合間に寄って欲しいと思う。

2018年7月22日(日)まで。

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2018年7月14日 (土)

改めてハザードマップを確認する

今回の西日本豪雨は100年に一度と言われるほど規模が大きかった。国も含めて多くの人々が準備行動を起こせなかったのは、ある意味仕方ないと思う。しかしながら、多くの死者を出したわけで、逆に言えば、豪雨対応に慣れていなかったとも言える。

実際、私も、以前から市役所から、ハザードマップを配布されていたが、じっくり読み込みすることは怠っていた。悪く言えば、ざっと眺めただけで、自分のところは大丈夫だという気持ちしかなかった。

今、改めてハザードマップを見てみると、自分の住んでいる地域が、必ずしも安全ということではないと確認した。一応、水害でも、床下浸水があるくらいなのだが、小規模だが、過去に発生した内水氾濫(*注)地域に若干近いのだ。

問題は、逃げる判断と、どこに逃げるかということ。今後、十分検討したいと思う。

*注

内水氾濫とは、集中豪雨などの大雨時には、河川の氾濫が起こるより前に、道路側溝や下水道、水路からだけでは、降った雨を流しきれなくなり、建物や土地・道路が浸水してしまうこと。

*追記

調べたところ、私の場合、近くの避難所に行くことは、却ってリスクを高めることが分かった。避難所のある所は、自宅より災害リスクが大きいのだ。ハザードマップを確認することは意味がある。

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2018年7月13日 (金)

盛りすぎのドラマは興味削ぐ

最近は、刑事ドラマから、やや脱して、男女のコミカルなドラマが増えつつある。これは歓迎すべきことだ。

ところが、あるドラマは、有名人気女優を使うのはいいが、テーマが、いくつも入っており、視聴者としては、集中できない。いろんな現代的なテーマを盛り込みたい制作者の思いは分かるものの、分かりにくい側面がある。

制作者としては、シンプルなテーマのドラマでは、飽き足らないのかもしれないが、一つのテーマを丁寧に描いた方がいいと思う。いくつものテーマを一つのドラマで扱うと、制作者は一体何を描きたいのか、視聴者には伝わらない。

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2018年7月12日 (木)

人の分類の危うさ

人を分類するのに、よく使われるのが、血液型分析だ。A型はこう、B型はこうと、その特性を謳い上げ、区別するもの。確かに、暇つぶしには面白いのだが、根拠はないという。同じ血液型でも、地域性はあるし、親の影響もある。

ところで、政治の世界で、あの議員はタカ派だ、ハト派だと呼んで、マスコミは、区別している。そもそも、この分類は何を意味するものだろうか。

ある場合には、思想的には、右翼系だ、左翼系だと言っている。自身を勝手に、どちらかの属に居ると言って、反対方を攻撃する手段に使われているが、最早、日本では意味はない。

世の中はは複雑である。学者の世界のように、本来、割り切れるものでもない。それを何か色付けして分類するのは、学者や文化人の悪い癖だ。マスコミは、それが分かりやすいから、利用して、はやし立てる。

その結果、議員たちも、その気になって、「私はタカ派だ」「私はハト派」だと自認するようになる。大体、タカ派というのは強硬的、ハト派というのは柔軟的と捉えられているようだ。

しかし政治の世界では、どの議員も、両方持ち合わせているのが本来の姿であろう。それを時と場合で、どちらを、どのように判断するかが問われている。

つまり、政治は、現実と理想の綱引きだ。現実的に対応するか、非現実的に対応するかで、見方が変わってくる。分かりやすく言えば、崖っぷちにいるのに理想を言っても仕方ないし、そうかと言って、平時に理想も語らず現実ばかり見ているのも辛い。

最早、タカ派とかハト派という呼び方は止めるべきだろう。

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2018年7月11日 (水)

料理の手

少し前に、比較的にリーズナブルな価格で美味しい料理を出す食堂を近所で見つけた。外食は控えるようにしているが、そこは健康的なメニューで美味しい。これなら問題なしと判断。更に盛り付けも素晴らしく、料理の組み合わせも見事。

ところが、最近になって、味が変わった。料理も、どこか雑な感じ。まるで、どこかの主婦が作った素人料理の感じ。多分、料理の手が変わったのだろう。それには、いろんな事情があるのかもしれない。

でも、利用者としては、残念だという感じ。近所にあるのだが、もう利用は止めようと思う。外食産業の方は、「料理の手」を変えることには慎重になってほしい。やはり外食産業は難しいと感じる。

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2018年7月 9日 (月)

池田輝政の酷政

拙ブログで、「姫路八天堂」について、記したが、ここでは、池田輝政の重税政策を扱ってみよう。関ケ原の戦いは、東軍の勝利に帰したが、これが播磨地域に、後々影響を与えていく。

いろんな選択の中、池田輝政が、播磨国の主として1600年、姫路城に入る。当時、播磨は52万石。ところが、彼は一挙に62万石に引き上げた。実に約2割増。これは、明らかにおかしい。というのは、秀吉の時代の1995年に、太閤検地が行われたばかりだったから。

つまり、彼は姫路城築城及び、その周辺の城下町建設の費用を無理やり捻出しようとした結果だ。石高を水増しして、年貢を増収しようとしたのだ。辻褄を合わせるため、帳尻合わせの新たな検地を行うが、極めて、いい加減だったという。

これは完全な支配者による、ご都合主義。この結果、当然ながら、領民の不満は募っていく。それを宥(なだ)めるため、一部、村民の苦情を受け付けるが、それも適当そのもの。その内に、池田家は鳥取に移封。

だが、池田輝政の取った政策は、その後も残り、幕府領になった地域を除いては、引き下げはされなかった。これは、どんな政策も、一旦、施行されてしまうと、その修正が難しいことを表している。

為政者は、自らのエゴのため、安易な政策をしてはならないということになる。姫路城は、輝政のお蔭で、現在も存在していると言えるが、先人の多くの血と汗が流れていることを忘れてはならない。当時の農民たちの怨嗟が聞こえてくる。

*追記

輝政には輝政の事情があったのだろうが、そのとばっちりを受けた農民は、苦労している。これが後の一揆の大きな要因になっている。

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2018年7月 8日 (日)

西日本豪雨2018に思う

今回の豪雨で、西日本の多くの地域が被災している。死者という点では、広島県、愛媛県が大きい。そして災害の多くは、土砂災害と洪水による水の氾濫によるものだ。当地(姫路市)は、地域によって多少格差はあるものの、大きな被災はなかった。それでも、大きな川の近くに住む人たちにとっては、ドキドキものだっだろう。

報道によると、7月8日午前0時現在、死者51人、安否不明者76名とのこと(毎日新聞)。当初、これほどの被害を受けるとは、私自身考えていなかった。各地で暴風雨が猛威をふるったようだ。亡くなった方にはご冥福を祈りたい。また不明者も、早期に発見されることを期待する。

やはり自然は怖い。だが、彼らに恩恵も受けている。日本に住む限り、自然と上手に付き合うしかない。ニュースを見ていると、かつて被害を受けていた地域が再度受けている。別の報道(朝日新聞)によると、過去の死者・行方不明者の内訳を分析すると、土砂災害の9割が「土砂災害危険箇所」だそうだ(内訳は、この範囲内で73%、危険箇所から30メートル内近接場所が15%)。

すなわち、リスクを予定されている地域に住む人々が被害を受けていることになる。こういう地域には住まない方がいいのだろうが、そうもいかない事情があるのだろう。となれば、他の地域より、強いリスク管理が求められる。

ところが、洪水に関しては、想定外が実に66%という。つまり、あまり予測できないとも言える。今後、行政が、力を入れる必要のあるポイントだ。山の開発制限と維持管理強化と川の管理運営の見直しと共に、川沿いに住む人たちのリスク管理強化が求められる。

それに洪水になる時の状況の変化のスピードは極めて速い。洪水予測システムと早期避難の仕組みが必要かもしれない。そして危険地域に住む人は、自分なりに判断して、より早く逃げるという意識の転換が大切だ。

*2018年7月9日追記

その後の被害者情報を見てみると、各社の情報がまちまちだが、本日の午前5時現在、死者90人、行方不明者77人となっている。なお避難所には約2万人がいるとのこと。被害は甚大だ。

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2018年7月 7日 (土)

七夕の雨と買い物 2018

本日は、七夕。でも、近畿地方は大雨。あの二人は、年に一度の再会も難しいようだ。でも、本来は旧暦の7月7日。日本では、新暦で催しをするところが多いが、子供時代は、家は、旧暦にあたる8月7日で、この祭りをしたものだ。

それにしても、今回の雨は各地を被害に遭わせている。ちょっと深刻な地域もある。お見舞い申し上げる。姫路は、幸い、そこまでは行っていないが、近隣の市町村では、自衛隊の派遣を要請したところもあるようだ。

ところで、雨の日は、どうしても運動不足になる。運動器具を使うのもいいが、すぐに飽きてくる。ということで、できるだけ出かけていくようにはしている。今日は大雨情報も流れており、どうしようかと思った。

しかしながら、ネットでのスポット天気予報によると、それほど雨量が多くなかったので出かけることにした。それでバスに乗ったのだが、ガラガラ。テレビ等の、お天気情報に管理統制されているのかな。バスは、問題なく運行していた。

そして、買い物にスーパーに行くと、ここもガラガラ。割引商品も多く陳列。まるで夕方の割引状態。商売も、なかなか難しいね。とりあえず、4割引きの肉類を少し多めに買った。これをポイントに換算したら、果たして、どれだけの商品の購買になるか、と思ったら少し嬉しい。

更に、歩いている人たちを観察していると、割と美人の方が、姫路城方面に出かけているようだ。絵になる「傘をさした雨美人」だ。これも風情があって宜しい。雨の日に出かけるのも悪くない。運動にもなるし。

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2018年7月 6日 (金)

理解できない高級官僚の汚職

文科省の局長(現在は官房長付)が、官房長時代、東京医科大に便宜を図る謝礼として、自分の息子を裏口入学させていたとして、受託収賄の疑いで逮捕された。

一体、なぜこのようなことをしたのか、不思議でならない。既に地位も名誉もあり、今になって、すべてを失うことをしたのだろうか。間に入った仲介者や大学側が巧妙に仕組んだのだろうか。

ここら辺になってくると、ミステリー小説に近い。確かに、贈賄側は、巧みに工作して官僚に近づいてくることだろう。特に政治家に近づいた官僚は落とし穴にはまりやすい(*注)。

政治権力を利用して、自らの地位を上げようとする官僚たちもいるが、往々にして、そこに付け込まれる。やがて、家族に、魔の手がやってくる。そして、段々、官僚常識から遠いところに行ってしまうのだ。

こういうことは、以前、松本清張の作品で、よく題材にされていた。それが今の時代に出てくるなんて、一体、どうなっているのだろうか。時代錯誤の行いと言われても仕方ない。

それも子供の裏口入学のためとなると絶句である。それほど子供を愛していたのか。あるいは親の体面のためか。最早、感覚が麻痺していたとしか言いようがない。大変残念だ。懲戒免職されても仕方ない。

*追記

昔から、医大は、お金を積んで裏口入学がまかり通るとは、よく聞いていたが、やっぱりと思わざるを得ない。そんな学生が医師になって、果たして大丈夫なのだろうか。既に、そのような医師たちは、世の中に多く存在しているのだろうか。

*注

森友絡みで政治家に配慮した財務省理財局の官僚も、彼らに近づきすぎた。同じく権力(地位)を得ようとして、政治家に配慮しすぎた結果として、落とし穴に嵌った例だ。ただ、財務省の彼に対する処分は非常に甘い(本来、公職追放が妥当)。これが財務省に対する不信感を増殖させる。官僚たちは襟を正しいほしい。

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大江匡衡の逸話 その三

この大江匡衡という人、学者ではあったが、上昇志向が強かった。それは道長への対応を見ても分かる。でも、思うようには、出世しなかったらしい。それで不満を漏らしていた。

ある時、大井川に行って、船に乗って上ったり下ったりして遊んだ。その時、歌を詠む。

かはふねに のりてこころの 行くときは

 しずめる身とも おぼえざりけり

「川舟に乗って、夢中になっている時は、(事故に遭って)身が沈んでしまうようなことも思わない」と。このような時は、務めの憂さも晴れると。

ついでに記せば、北宋の詩人・蘇軾の、ある詩(*注)に次のような言葉がある。

与可が竹を画くとき

竹を見るが人を見ない

豈(あに)、人を見ないどころか

嗒然として其の身を忘れる

(後略)

すなわち、「与可という人が絵を描く時は、竹を見るが、人は全く見ていない。いや、人を見ないどころか、我を忘れている」といった意味だろう。人間、物事に集中していると、世間のごちゃごちゃも一時忘れてしまう。そして、そういった時の方が、いい仕事ができる。

これは宮仕えにしろ、サラリーマンでも同じ。雑念を取り去った時、本当の仕事ができるのだ。でも、大江匡衡は、生涯、雑念を追い払うことができなかったという。家名を上げることに熱心であったことは分かるが、少し残念で哀しい。どこかの国の問題を起こした高級官僚に似てますなあ。

*注

蘇軾 「晁補之所蔵の与可の画ける竹に書す」

(このテーマの記事は、一応、今回で終了)

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2018年7月 5日 (木)

大江匡衡の逸話 その二

人間、それなりの高い地位に就くと、いろんな現象に敏感になるようである。それは極限で、決断を迫られるからだ。今は知らないけれど、かつては政治家トップや一流経営者と言われる方が占いに凝ったようだ。

彼らは、いろんなデータを元に決断を迫られるが、最終的には直観だと言われる。その上で、更に最後の最後は、そういうものに頼りたくなるのかもしれない。その心理は、非科学的なものであっても無視できなくなるのだ。

すなわち、決断力が鈍ると、その直観も働かない。そこで第三者にアドバイスを求めることになる。しかしながら、どんなアドバイスをしてもらっても、彼らは既に答えは決まっていることの方が多い。結局は、考え方の再確認をしているに過ぎない。

さて、平安時代、あの権勢を誇った藤原道長さえ、少しびびった事件があった。それは天皇のお后になっている彼の娘・彰子(しょうし)の御帳の中で、犬の子が生まれたことであった。どのような犬にしろ、当時からすれば、穢れが起きたことは、不審な出来事と思うのは不思議ではない。

道長は心配になって博学だと言われ信頼している大江匡衡に、このことを尋ねる。そうすると、彼は「これは、いい兆候です」と応え、理由として、「犬という字は、大という字の傍に点を打ちますが、その点を上に持っていければ、天になります。更に子という字を書き加えれば、「天子」になります。

また大の下に点を付ければ、太という字になり、子という字を書き加えれば、太子とも読むことができます。つまり、これは太子様がお生まれになり、やがて天子さまになられることを示しているのしょう、と言ったという。

こじつけとも言えるし、御用学者一流のごますりとも捉えられるが、心配りとも言えないこともない。その後、運よく、彼の言った通り、皇子の誕生があり、天皇になられたとのこと。そうなると、彼の読みは当たったことになる。まあ、結果が全て。彼は道長の、より高い信頼を得たことでしょう。

*参考

『十訓抄』

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2018年7月 4日 (水)

大江匡衡の逸話 その一

少し、大江匡衡の逸話について触れてみよう。変人の匡衡に対して、女官たちは、少しからかってやれと和琴を差し出し、「あなたは、博学だから、何でも知っておられると思いますから、これもお弾きになるでしょう。一つ聞かせてください」と言う。

匡衡が困るだろうと思っていたら、これに返事をせず、次の歌を返す。

おふさかの せきのあなたも まだみねば 

あづまのことも 知られざりけり

「おふさかの せき」は、「逢坂の関」。「こと」は、「事」と「琴」を掛けている。「あずま」は、「東」と「吾妻」を掛けている。解釈は、「逢坂の関も、越えてもいないのに、それより東のことも知りません」。裏解釈は、「どなたとも一線を超えて契りを結んでいないので、当然、我妻と言える人はいません」と。

これには、どの女官も返歌が返せず、当初の目論見が外れて、笑うこともかなわず、奧に引っ込んでしまったということだ。

現在でも、なかなか、このような返しをできる人は少ない。もちろん、いろんな世界で、インタビューしたこととは関係ないことを応えて、はぐらかす人はいる。それで笑いを取れる人、そうでない人。その評価は様々。結局、状況判断の是非ということになる。

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2018年7月 3日 (火)

姫路みなと祭花火大会 2018案内

東京方面は、早くも梅雨明けしたようだが、姫路は、もう少しかかりそうな感じ。いずれ、間もなく開けると思うが、次に期待するのが花火大会。姫路では、毎年、「姫路みなと祭花火大会」が開かれる。今年で40回目で、今年は7月28日(土)だ。

いつも自宅から楽しんでいる。結構遠いのに、見えるのだ。今年は約5000発、2か所から打ち上げられるという。もっと近くで見れば、もっと楽しいことは確かだろう。

そこで、JTBは、船上からの花火観覧の催しとして、「家島諸島ミニクルーズと姫路みなと祭海上花火大会 」と銘打って、日帰りプランを提案して参加者募集している。家島諸島のクルーズと船の上から見る花火大会。詳しい内容は、直接問い合わせて欲しい。ただ、締め切りは7月24日で定員150人だ。

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赤染衛門と大江匡衡 その四(完)

実は、このやりとりの前に、二人の間では、いろいろあった。というのは、赤染衛門が、夫の匡衡に滅多に逢わず、冷たい仕打ちをするので、彼は、浮気心を発揮する。まあ、当時としては当たり前。

浮気相手は、稲荷神社の神主の娘。彼女を愛人として通っていた。だが、本当は、それほどには気に入らず、愛情は沸かない。それにもかかわらず、結構長く、留まっていた。そこへ衛門から、次の歌が送られてくる。

我が宿は、松にしるしも なかりけり

 杉むらならば たずねきなまし

これも独断で解釈。「松」と「待つ」。「杉」と「過ぎ」。そして、「杉」は稲荷神社の杉。「我が家の松は、見つけにくいので、いらっしゃらないのですね。杉むらだったら、迷わず訪ね来られるのだろうに」という感じの猛烈な皮肉。

裏を返せば、早く帰って来なさいよ、ということ。衛門も、やっと匡衡を夫として認めた。よく言われるように、焼もちや嫉妬は愛情の裏返し。それに気づいた彼は、愛人のもとを離れて、急いで衛門のもとに帰り、元の鞘に収まった。このことで。二人はやっと理解しある仲になったようだ。まあ、結婚生活はいろいろある。

その後は、彼も、尾張守になったりして、経済的にも安定し、子どもにも恵まれ、赤染衛門は幸せ者よと言われる。その仲のよさを示す歌が、次のもの。

匡衡が、妻と共に、尾張に下向した時、独り言を言う。

とうかのくにに いたりてしがな

これを下の句として、衛門が、上の句を付け足す。

宮こいでて けふここぬかに なりにけり

通しで解釈すると、「都を出てから今日で、九日になりました。十日には、尾張国に着きたいものだ」と別に、どおってことない内容だが、こういうやりとりができるのは関係が正常なこと。このように、おしどり夫婦になる道程は長い。

*注記

赤染衛門は、現代に言う教育ママ、ステージママであったようで、子どもの出世にまで口出ししている。親心は分かるが、ちょっとやりすぎの感じ。そのことは、ここで取り上げるのは止めた。

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2018年7月 2日 (月)

赤染衛門と大江匡衡 その三

大江匡衡は、妻に対して、募る思いを伝えていく。これはおかしいと思う人もいるだろうが、大体、見合い結婚すれば、結婚してから、相手を知って恋愛が始まることも多い。彼は道長に同行して、住吉大社にお参りした時、衛門に歌を送る。それが次のもの。

こひしきに 難波の事も おほ゛ほえず

 たれすみよしの まつといひけん

いろんな解釈が先生方によってなされているが、今一つピンと来ない。そこで、独断で解釈(間違っているかもしれないので、学生諸氏は無視して(笑))。

「あなたへの恋しい思いが強すぎて、難波に来て何をやっても、上の空。一体、住吉に誰が待ってくれているというのだ」と。赤染衛門のいないところに来ても、少しも嬉しくないという気持ちかな。

衛門の反歌が次のもの。

なをきくに ながゐしぬべき すみよしの

まつとはまさる 人やいひけむ

ところが、赤染衛門は、これを正直に受け取らず、皮肉を込めて返している。これも独断で解釈。「住吉という名を聞くと、居心地がよさそうで、長居しそうですね。私に優る、あの人が、そう、おっしゃいましたか」と。

裏解釈としては、「私のことは、もう、いいんですね。それなら、あなたを待つ気持ちはありません」という感じ。焼きもちと軽い嫉妬心と反発。この時期には、赤染衛門も、匡衡に傾いているとも見える。女心は時と共に変わる。男女の心のずれは複雑ですなあ(笑)。

次回に続く。

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2018年7月 1日 (日)

赤染衛門と大江匡衡 その二

実は、どうも赤染衛門が、大江匡衡と結婚したのは、歌の交流があって、好意を抱いていた男から突然、連絡を絶たれたことも影響しているのかもしれない。現代でも、ありそうな話。

ところが、古書(*注)に「赤染衛門といふうたよみは、(中略)、心ならず、まさひらをおとこにして、いとわかきはかせにありけるを、ことにふれて、のかひいといひ、あはじとしけれど、おとこはあやにくに、心ざしふかく成りゆく」とある。

つまり、大江匡衡のことは、はっきり言って、好きでなかった。大江匡衡は若い少壮学者とは言え、背はひょろりと高く、風采は上がらず、肩は出ていた(いかり肩)上、なりが少し変で、その歩き方も見苦しく、女性には人気がなかった。

それに、まだ大した功績もなく、官位も進まない。当時、衛門は、既に一流の歌人。わが身と比べてと考えると、彼女が敬遠したくなるのも分かる。以前、付き合っていた男の影響を惹きずっているとも考えられる。

ところが、その意に反して、結婚せざるを得なくなった。これは親の意向とも考えられるが、彼女は、当時、藤原道長に仕えていた。道長は、匡衡の能力を認めていた。多分、彼の強い勧めで、親の赤染時用を巻き込み、止む無く結婚したのではなかろうか。

彼女が結婚したのは、推定20歳から22歳。大江匡衡は24歳から26歳。当時としては、そんなに若くないとしても、選り好みしたい年代。それで、覚悟のできていない赤染衛門は、結婚したのに、匡衡を嫌って、何かと理由をつけて、遠ざける。ところが、ところが、男の方は、逆に、愛情が深くなっていく。何という皮肉。

*注

『古本説話集』等。

次回に続く。

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