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2018年7月12日 (木)

人の分類の危うさ

人を分類するのに、よく使われるのが、血液型分析だ。A型はこう、B型はこうと、その特性を謳い上げ、区別するもの。確かに、暇つぶしには面白いのだが、根拠はないという。同じ血液型でも、地域性はあるし、親の影響もある。

ところで、政治の世界で、あの議員はタカ派だ、ハト派だと呼んで、マスコミは、区別している。そもそも、この分類は何を意味するものだろうか。

ある場合には、思想的には、右翼系だ、左翼系だと言っている。自身を勝手に、どちらかの属に居ると言って、反対方を攻撃する手段に使われているが、最早、日本では意味はない。

世の中はは複雑である。学者の世界のように、本来、割り切れるものでもない。それを何か色付けして分類するのは、学者や文化人の悪い癖だ。マスコミは、それが分かりやすいから、利用して、はやし立てる。

その結果、議員たちも、その気になって、「私はタカ派だ」「私はハト派」だと自認するようになる。大体、タカ派というのは強硬的、ハト派というのは柔軟的と捉えられているようだ。

しかし政治の世界では、どの議員も、両方持ち合わせているのが本来の姿であろう。それを時と場合で、どちらを、どのように判断するかが問われている。

つまり、政治は、現実と理想の綱引きだ。現実的に対応するか、非現実的に対応するかで、見方が変わってくる。分かりやすく言えば、崖っぷちにいるのに理想を言っても仕方ないし、そうかと言って、平時に理想も語らず現実ばかり見ているのも辛い。

最早、タカ派とかハト派という呼び方は止めるべきだろう。

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