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2018年7月 1日 (日)

赤染衛門と大江匡衡 その二

実は、どうも赤染衛門が、大江匡衡と結婚したのは、歌の交流があって、好意を抱いていた男から突然、連絡を絶たれたことも影響しているのかもしれない。現代でも、ありそうな話。

ところが、古書(*注)に「赤染衛門といふうたよみは、(中略)、心ならず、まさひらをおとこにして、いとわかきはかせにありけるを、ことにふれて、のかひいといひ、あはじとしけれど、おとこはあやにくに、心ざしふかく成りゆく」とある。

つまり、大江匡衡のことは、はっきり言って、好きでなかった。大江匡衡は若い少壮学者とは言え、背はひょろりと高く、風采は上がらず、肩は出ていた(いかり肩)上、なりが少し変で、その歩き方も見苦しく、女性には人気がなかった。

それに、まだ大した功績もなく、官位も進まない。当時、衛門は、既に一流の歌人。わが身と比べてと考えると、彼女が敬遠したくなるのも分かる。以前、付き合っていた男の影響を惹きずっているとも考えられる。

ところが、その意に反して、結婚せざるを得なくなった。これは親の意向とも考えられるが、彼女は、当時、藤原道長に仕えていた。道長は、匡衡の能力を認めていた。多分、彼の強い勧めで、親の赤染時用を巻き込み、止む無く結婚したのではなかろうか。

彼女が結婚したのは、推定20歳から22歳。大江匡衡は24歳から26歳。当時としては、そんなに若くないとしても、選り好みしたい年代。それで、覚悟のできていない赤染衛門は、結婚したのに、匡衡を嫌って、何かと理由をつけて、遠ざける。ところが、ところが、男の方は、逆に、愛情が深くなっていく。何という皮肉。

*注

『古本説話集』等。

次回に続く。

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