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2018年8月 6日 (月)

鄭板橋の漢詩『偶然の作』を読む

中国の昔の人の詩句に次のようなものがある。

英雄なんぞ必ずしも 書史を読まん

ただ 血性を攄(のぶ)れば 文章となる

仙ならず 仏ならず 賢聖ならず

筆墨の他に 主張あり

これは清の時代の画家であり書家であった鄭板橋(てい はんきょう)の『偶然の作』と題する詩の最初の四句。なぜか、この部分だけ、中国文学研究家によって、取り上げられる。また彼の書は、隷書、楷書、行書が一体となった不思議な書風だが、現代日本でも人気があるようだ。

この詩句の解釈としては、次のようになるかもしれない。

「英雄にとって読書は必ずしも必要ではない。ただ自らの騒ぐ血の性を、そのまま表せば、文章になる。その文章は、仙人、仏、聖賢の範疇にも属さない。彼が書いたり画いたりしたもの以外に、その主張があるのだ」と。

これは何を語っているのか。英雄と言われる人は、「天の啓示(天命)」を受け、それを実行に移すことで、彼のオリジナリティーが示される。いくら学問をしたところで、これらは得られるものではないと言っているように思える。

すなわち、「天の啓示(天命)」を、直観で感じ取り、実行に移せることができる人のみ、英雄になるということだろう。やがて、「天の啓示」は志や使命感として反映される。

*追記

なお、清の文人で、当時、自由人と称された、袁枚(えんばい)さえも、「古代の聖人にとって、徳は心にあり、功業は世間にあり」、と同様なことを言っている。人々を動かす「本当の文章」は、国家をも左右するということだろう。

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