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2018年9月30日 (日)

ディスコブーム2018 ?

何を今更と言われるかもしれないが、最近、ラジオ、特にFM放送で、ディスコ関係の音楽がよく流れていると気づいた。ディスコと言えば、70年代から80年代にかけて大ブームになった。90年代に始まった現在の「クラブ」の源流と言えないこともない。当時、流風でも、マハラジャは知っていたし、一応、踊りに行ったこともある。

とても、その踊りは、様になっていなかったが、当時の熱気は、今から考えると少し異常であった。時は、バブルの後期から終わりかけだったかもしれない。会社自体は、バブルに乗り遅れて、大した成果は上がっていなかったが、これが塞翁が馬、というか、バブルが弾けても、影響は軽微だったことを懐かしく思う。

話を戻すと、今回はディスコブームというところまでは行っていない。株価は、数十年来の上昇らしいが、過熱感はない。どちらかというと、当時、ディスコを経験した50代を中心に、昔を懐かしんでいる感じ。それでも、神戸の某ホテルでは、ディスコショーが催されて盛況であったと聞く。流風には、とても、そんな元気はないけれど、少し当時の音楽を味わっている。

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播州弁 その四十五 ぐわいわるい

 今回の播州弁は「ぐわいわるい」。「どうも最近、ぐわいわるい」とか言う。漢字にすれば、 具合が悪い、といいうこと。すなわち、体調が悪いことを意味する。

文字に直すと分かるが、播州以外の人が聞くと、よく分からないらしい。でも、相手の様子を見れば分かりますよね。分からない人は鈍感な人(笑)。「ぐわい」が耳に残るのかな。

ただ、別の意味でも使う。「あいつに知られたら、ぐわいわるいのう」とか。これは、「都合が悪い」の意。

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2018年9月29日 (土)

キンミズヒキのこと 2018

昨年あたりから、繁殖を続けている雑草がある。今まで、あまり気に留めていなかったが、草抜きをしていて、「ひっつき虫」が大量に服に付いたので、改めて調べてみた。どうも、それは「キンミズヒキ」というものらしい。

多年草で、バラ科キンミズヒキ科ということである。花自体は、可愛らしいのたが、引っ付き虫の処理が少し大変。覚えとして記しておく。

*追記

花言葉を調べてみると、「感謝の気持ち」とか「感謝の心」とある。実の方の「引っ付き虫」は、あり難くないけれど。

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播州弁 その四十四 「いかんか」と「あかんか」

今回の播州弁は、「いかんか」 と「あかんか」。これらは「あ」と「い」の違いはあるが、同類語。いずれも、「~してはいけないか」「~してはダメか」という意味。

「あそこに行くには嫁の了解をもらわんといかんか」とか、「先生の許可もらわんとあかんか」とか言う。ちょっと遠慮気味に発言。立場が分かる(笑)。

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2018年9月28日 (金)

姫路城関連ニュース 2018年10月

姫路城関連ニュース 2018年10月分をお伝えします。随時更新。姫路市書写の里・美術工芸館及び埋蔵文化財センターの催しも含めます。また姫路城の催しの詳しい案内は、ネットで「姫路城便覧」を参考にしてください。今月は、以下に紹介するもの以外でも、さすがに催しが多いので、どこに行こうか迷ってしまう。なお、催しの選択は個人の嗜好です。

●10月1日より、「第15回 姫路検定」の申し込みが始まります。10月31日まで。詳しいことは、主催者の姫路商工会議所へ。なお、検定日は12月9日です。

●兵庫県立歴史博物館では、10月2日より「スケッチでたどる近代兵庫のあゆみ」が始まる。スケッチ作者・沢田伸さんによるもの。観覧無料。11月25日まで。

●10月2日より、イーグレひめじ地下一階の姫路市民ギャラリー特別展示室で、「姫路市立美術館 所蔵品展示」が催される。これは、姫路市立美術館が改装で、休館しているための措置。今回は「日本画の世界」として、郷土ゆかりから日本画壇を代表する画家の作品まで、収蔵品より日本画の名画を紹介する。10月21日まで。観覧無料。

●10月6日より兵庫県立歴史博物館では、特別展として「ほろよい ひょうご~酒と人の文化史~」が始まる。酒にまつわる、様々な庶民文化を紹介する。播磨には、古代から酒造りにゆかりのある地域があり、有数の酒蔵もある。更に兵庫県下に目をやると、神戸・灘の酒を含め、もっと多くの酒蔵がある。11月25日まで。

●10月14日より、姫路城三の丸広場で、姫路城菊花展が催される。自宅の菊は、相変わらずだが、菊花展では、毎年、見事な菊を鑑賞できる。11月9日まで。

●好古園では、10月28日に毎年恒例の「秋の大茶の湯」が開催される。場所は、好古園内潮音斎にて。

●10月28日に、恒例の「姫路ミュージック・ストリート」が催される。会場は、イーグレひめじ、姫路文学館、淳心学院心城館。正午より。

  ↓

 (訂正)会場のイーグレ姫路が変更になり、南風会サロン(藤原歯科2階)となった。

内容は、以下の通り。

◎姫路文学館 「クラッシックアラカルト」と「サクソフォーンとピアノの調べ」

◎南風会サロン 「中国古箏の調べと歌にのせて」と「菊池ひみととドラム・ベースが奏でるアンサンブル」

◎淳心学院心城館 「白鷺舞う秋の笛の音」と「さあ、楽しい音楽の時間です!」

より詳しいことは、ネットなどで調べてください。

●大手前公園で、10月28日、恒例の「ひめじ国際交流フェスティバル」が催される。いつも各国の食事や様々な異国情緒なパフォーマンスを楽しんでいる。

●大手前公園で、恒例の「姫路全国陶器市」が10月31日より始まる。今年は、壊した小鉢や、小さい皿で、いいものがあれば購入予定。11月4日まで。

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2018年9月27日 (木)

播州弁 その四十三 ありこまち

 今回の播州弁は「ありこまち」。子どもの頃、この言葉を使う近所の友達がいて、最初、分からなかった。この言葉は、但馬や丹波から、やってきたと言われる。

播州弁は、四国から影響を受けた「海側」の言葉と、但馬・丹波などの「山側」と言葉が、混在している。播磨地域は広く、近隣の周辺のいろんな地域と交流があった証左だ。

「ありこまち」の意味は、「あるだけ全部」で、あまりいい場合には、使わない感じ。どちらかというと、何かをやられて悔しい場合、発する言葉。

例えば、ぱっちん(めんこのこと)をやっていて、勝負に負けて、「あいつに、ありこまち持って行かれた」と、よく言っていた。

また売店で客の値引き交渉に負けて、「そこにあるもん、ありこまち、もってけや」とか投げ売りする時、言う。それでも、計算は合っていることも多いのだが(笑)。

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2018年9月26日 (水)

播州弁 その四十二 もっさりした

久しぶりに播州弁を取り上げ再開する。と言っても、今回は、以前、記事にしたことがある(参考参照)「もっさりした」。服装が、あか抜けていない、田舎っぽい感じを指す。流風も、若い頃は、社会人になっても、そうであった。だから外見で判断する異性は、誰も近寄ってこなかった(苦笑)。

基本的に、おしゃれにはセンスが必要。ある程度は学習できるが限界がある。おばさんたちからは、いつも小ざっぱりしていると時々、褒められたが、それが限界。今は、もっさりしていても、もう誰も指摘しない。

そういうことを気にせず生きられることは、ある意味、楽だ。でも、異性を意識せずに、おしゃれ心を失うと、老いるのも早いと、ある人に指摘された。そういうことはあるかもね。

*参考

以前、拙ブログで記した記事「もっさりした服装」(2012.5.11付)を掲げておく(一部修正)。

子供の頃、祖母が母に、「子供に、こんな、もっさりした服装させて。もっと、ええもん、着させたりや」とか言っていた。もっさりは、やはり、京言葉らしい。現代の言葉で言えば、「ダサイ」が相応しいかも。家計は苦しいから、そんなに、いい服といっても、当時は、服は、外で買うものではなく、家で縫うものだから、母が子供の服を作るのをさぼっているのを責めたものだった。

祖母の言いようは、まるで流風が貧乏くさい服装をしていたら、私が恥をかくと言う風であって、子供心に、母が責められているのは嫌であった。そうかと言って、祖母が新しい服を仕立てて、プレゼントしてくれるわけでもない。ある種、祖母の見栄であろう。

確かに祖母は、いつもシャンとしていて、若干、近寄りがたい、隙のない感じであった。母は、誰に似たのか、どちらかというと、ぐうたらで、身体が強くなかったこともあって、日々をだらだら過ごしていたようにも思うが、それでも、今の若い人よりは、忙しく家事にいそしんでいた。

母は、祖母の苦言を聞いて、時々、猛烈に意欲がわいたのか、流風の新しい服を作ってくれた。ただし、そのとばっちりは、夕食が手抜き料理になり、父がぼやいていたのを思い出す。

最近は、あまり、もっさりした服装という言葉を身近で聞かなくなった。本当のところは、どうなのだろうか。

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2018年9月25日 (火)

お墓の改葬は必要か

私は、長年、お寺の慣習に馴らされて、お墓参りにはお盆も含め、定期的に行かなければならないと思ってきた。しかしながら、歳と共に、それは必ずしも必要ないと思うようになった。

というのは、仏壇のある家には、位牌がある。それを毎日、拝んでおれば、お墓参りと同じことをしていることになる。もちろん、位牌には遺骨はない。でも、それほどお墓参りが必要だろうか。

さて、最近のお墓の話題で、現在の住まいの近くにお墓を移転させるため、現在の墓を閉める「墓しまい」をする人が多いようだ。お墓のある場所だと、墓参りに不便だという発想から来ている。

これを「墓じまい」と言うのは少し違和感がある。確かに「墓じまい」とは、お墓の撤去・解体を言い、「魂抜き」をするのだが、本来、子孫がなく、お墓に参る人がいなくなる無縁墓になるのを避けるための手段だ。でも、改葬、すなわちお墓の引越にも、同様の言葉が使われている。

それはそれとして、本来、お墓の改葬は必要だろうか。高額の離檀料のトラブルも生じているという。資源の無駄遣いと言えなくもない。お墓のある家は、仏壇もあることだろう。そして位牌もあるはず。それを拝めば、お墓に参るのと本来、同じはず。それを現在ある、お墓をわざわざ閉めてまで、移転させる必要があるだろうか。

むしろ、これはお寺側の時代に合わせたサービス提供力が劣っていることの表れと言える。お墓の年間管理料に加えて、オプションで、お墓参り代行をやれば済む話だ。そうすれば、お寺も檀家を失わず、その料金が収益につながる。これはお寺にとってもビジネスチャンスであろう。

移転した檀家に対する、お盆の檀家周りは、同じ宗派同士のお寺で提携しておけば、代行できるはず。後はお布施の取り分を決めておけば、いいだけだ。お墓と位牌分離システムを検討すべきだ。そうすれば、離檀料のトラブルも避けられる。過去の習いにとらわれて、時代に対応できない、お寺の慣習改革が求められる。

*追記

遠くに行ってしまった檀家のお墓の年間管理料やその他の料金の支払いは、振り込みで十分だろう。払われない場合だけ、提携先の寺院に檀家への督促を依頼すればいい。

もちろん、提携先寺院が見つからない場合もあるかもしれない。ただ、一般に檀家の移転先は都市部が多いはず。

なお、

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2018年9月24日 (月)

前世は昨日

前世なんて言うと、古臭い表現だが、広辞苑には、「現世に生まれ出る前の世」とあり仏教用語との説明がある。ところが、石川理紀之助は、面白いことを言っている。

「前世は昨日にして、現世は今日なり。故に明日は来世というべきなり。昨日習って今日の賢きは、あたかも前世に勉強して現世に賢きが如し」と。

人間とは、若い人たちは特に、まだまだこれからがあると思っていると、時は、アッという間に過ぎ去る。生と死は連続していて、今日があるから明日があるとは分からない。

理紀之助は、そういう意味で言ったのではなかろうが、学び続ける大切さを諭したものだ。その積み重ねが、将来、大きな差になることは明らか。老若男女、持ち時間を大切にしたいものだ。

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2018年9月23日 (日)

秋の草抜きとやぶ蚊 2018

今年は、酷暑だったので、夏の草抜きは少しさぼった。その結果、草は茫々の状態。少し涼しくなってきたので、草抜き開始。ところが、始めると、どこからやって来るのか、やぶ蚊の襲来。一応、それなりの服装をしているのだが、その上からも襲ってくる。

靴下の上からも噛まれるから処置なし。そして、その数も、例年より多い感じだ。毎日、少しずつ草抜きはやっているのだが、その度に、あちこちが痒い。そうこうするうちに、枯れた芍薬の葉に刺されて、これも痛い。

それでも止められないのは、庭(と言っても、菜園をつぶしたところに木を植えているだけ)の外観の悪さ解消と、何といっても春にいろんな花を咲かせている木々の手入れの意味もある。雑草を抜きながら、少しずつ木々の剪定もする。

でも、やぶ蚊には、その都度、悩まされる。中には、家に入ってきて刺す奴もいる。それのためだけに、蚊取り線香を焚くのも嫌だし、悩ましいところ。しばらく、この状況は続きそうだ。来たるべき春を思って、少し耐える段階かもと諦めの心。

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映画『記憶の棘』を鑑賞

たまたま題名に釣られて、映画『記憶の棘』を鑑賞した。2004年の制作というから10年以上も前の作品。主演を心の襞を演じるのがうまいと言われるニコール・キッドマン。筋については、ネットで多く紹介されているので、ここでは、詳しくは記さない。

とにかく、一風変わった作品である。主人公の夫の記憶と実際の相違が、彼の死後、ひょんなことから判明する。ある少年が、「私が夫」だと現れたことが、複雑な人間関係と夫の過去が暴くことに。原因は、それは彼女が送った夫へのラブレター。

これ以上は記さないが、結局、夫婦であっても、相手のことは、よく理解していないということ、そして人間、誰が、どこで見ているか分からないということを描いているように思う。そして、子供は、子どもらしい関心であっても、大人の世界を覗き見してはならないということかもしれない。健全な成長のためには。

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2018年9月22日 (土)

2018 全国酒まつり in 姫路城の案内

2018年9月30日と10月1日に、2018 全国酒まつり in 姫路城が催される。内容は、酒米の王様「兵庫県産山田錦」を使用した全国のお酒と播磨を含む県内選りすぐりのお酒を飲み比べすることができるもの。これは、平成30年7月豪雨被災地等へチャリティーでもある。

●日程・時間

 9月3日(日) 14時より19時まで。

 10月1日(月) 17時より19時30分まで。

●開催場所 

 姫路城 城見台公園

●チケット

1000円以上のチャリティーで、官兵衛盃と飲み比べチケット5枚ゲット。

5枚で2~3杯程度とのこと。

なお、10月1日には、「日本酒の日」として、ふるまい酒が用意される。先着200名。18時15分から「乾杯セレモニー」が行われるので、城見台公園内セレモニーステージ付近に集合。

また、10月6日より兵庫県立歴史博物館では、特別展として「ほろよい ひょうご~酒と人の文化史~」(11月25日まで)が始まるので、そのプレイベントの意味合いものある。

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2018年9月21日 (金)

ポスト安倍は大変!

自民党総裁選は終わって、安倍氏が三選された。まあ、これは選挙前から分かっていたこと。むしろ石破氏の善戦が、もう次の総裁選が始まっていると言える。すなわち、安倍政権のレームダック後の戦いが始まったことが善戦の根拠だ。

だが、安倍氏を継ぐ、次の総裁は誰がなっても大変だ。安倍政権で成功したのは観光政策のみ。他は外交、金融政策、経済政策共に失敗している。今は、それが表面化していないだけだ。いずれ安倍政権が、ばら撒いた各種政策が全て裏目に出て表面化する。

つまり、一見、美味しそうな政策に、いろんな矛盾が出て、行き詰る可能性がある。当面、政権は、それを糊塗して覆い隠そうとする。多分、政権を握っている間は、そうするだろう。

結局、割を食うのは、安倍後継の政権だ。相当の覚悟がないと、安倍後継は、難しい政権運営になるだろう。それはまず、外交に現れる。現代において、「単国」外交に、ほとんど意味はない。それを勘違いしている。全体設計のないまま、外交を推し進めたが、外交実績が上がっていないことが、国民の前に明らかにされるだろう。

また病を抱えている安倍首相は、ストレス発散のために、外遊を繰り返した。そもそも首相という地位を考えれば、安易な外遊は避けなければならない。まだ日本は一応、大国なのだ。

彼が行けば、相手国に期待させてしまう。外遊する以上、手土産は必要だ。本来、外相レベルで、いいものに首相が口を出して、いろんな負担を抱える。これは国益に反する。いずれ、「手形」を各国に乱発したことが、繰り返して要求されるだろう。

次に日本銀行とタイアップして、大型金融緩和をしたことだ。これは輸出企業に円安をプレゼントするため。あるいは円安にして、大企業の持つ海外金融資産を膨らませるもの。企業も企業だ。いい加減、株価第一主義を止めるべきだ。かつてのように雇用中心主義戻さねばならない。

それにしても、日本銀行の金融政策で世界の為替を動かせると期待したのだ。明らかに日本銀行の過大評価だ。日銀総裁の驕りというものだ。彼と組んだ安倍政権も悪い。

これで輸出企業の景気はよくなり、国内も超低金利で活発化したというが、前者は、米国景気がトランプ効果でよくなったことが原因であり、後者は、景気の先食いをしたに過ぎない。いずれ金融緩和政策の大きな反動が来る。

これらを考えると、ポスト安倍は、いろんな尻拭いもしなければならないし、各方面から攻撃を受ける。相当のずぶとい神経の持ち主でないと務まらない。誰が貧乏くじを引いて、生贄になるのだろうか。

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2018年9月20日 (木)

阪神は球団を早く売却すべし

阪神タイガースの戦い方には、呆れるばかり。まるで素人の試合運び。監督のレベルの低さを強く感じる。

大体、名選手だからと言って、監督に向いているとは言えない。それに彼はコーチも経験せずに、いきなり監督になった。それを選択した球団にも責任がある。

そもそも、今や電鉄会社が球団を持つ時代ではない。チーム管理運営もデタラメだし、もっと資金力のある現代的球団経営できる会社に売り渡した方が、球団経営も、改革されて、選手も幸せだろう。

スポーツ選手ほど生活保障のないものはない。資金力が豊かな企業は、選手を辞めても、グループ会社で引き取り、それなりの生活は可能にしている。

野球選手の寿命は短く、生涯賃金の視点で見ても、有名選手以外は、ペイしない。そうなると、第二の人生を見据えて、球団を選びたい。

しかしながら、選択権は球団にあるから、すべての球団が、選手の第二の人生を保障する必要があるが、十分でない。もちろん、これはプロ野球に限ったことではないかもしれない。

いずれにせよ、阪神は、そういう面で遅れており、今のままを続けるより、球団を売却した方が、これから球界に入って来る若い方も含めて、皆のためだ。それはファンも含めてだ。

阪神としては、甲子園球場を使ってもらえば、それでいいのではないか。ファンとすれば、タイガースという名前さえ残ればいい。

条件面が整えば、いつまでも球団を持ち続ける必要はない。その方が財務面での改善につながるはず。早く決断して欲しいものだ。

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2018年9月19日 (水)

萩の花と古歌 2018

花の色は うつりにけりな いたずらに

 わが身世にふる ながめせしまに

   (百人一首 古今集巻二 小野小町)

キキョウは、既に咲いていたが、続いて、萩の花が咲き始めた。小野小町の上記の歌の「花」は一般的に「桜の花」とされている。しかし、人生の秋を感じるのなら、「萩の花」のような秋の花が相応しいと言えなくもないので、取り上げた。

萩の花を題材にした歌は『万葉集』巻第十にも散見される。

萩の花 咲きのををりを 見よとかも

 月夜の清き 恋まさらくに

    (万葉集 二二二八番)

流風には、この歌の解釈は難しい(苦笑)。以下、独断の解釈。でも、面白い歌。まず、萩の花が満開で、枝がしなるほど咲いている。この状況を見なさいとばかり、月は明るく照らしている。まさに恋心は募るばかりだ、という感じ。

それは、裏を返せば、彼への恋心は募るばかりで、自分の隠している心を照らし出すような月の光。萩の花のように、たくさんの花(女性)が彩るモテモテ男の誰かを、本当は自分も慕っているのを近くから見ている本人の心の情景かな。

萩の花 咲きたる野辺に ひぐらしの

 鳴くなるなへに 秋の風吹く

    (万葉集 二二三一番)

これは解釈は不要だろう。そのままの情景を詠った。見える情景と音の情景を重ねたのが巧い。

萩の花 咲けるを見れば 君に逢はず

 まことも久に なりにけるかも

    (万葉集 二二八〇番)

これも解釈は不要。萩の花に思い出のある彼氏との記憶を詠んだものだろう。回想気分かな。

まあ、秋になれば、女性に限らず、物思いにふける季節です。とは言いつつ、食欲が増して、体重オーバーが気になる所。でも、おはぎが食べたくなった(笑)。

 

 

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2018年9月18日 (火)

マスコミの国際報道

今や、一般国民も、国際動向に関心を持たないと、先が読めない時代。だが、その割に、新聞もテレビ媒体も、国際情報に、関心が薄いようだ。どうでもいい国内のスキャンダルを微に入り細に入り、取材報道するが、それは鎖国時代の名残りなのだろうか。それとも、海に囲まれ、危機感が乏しいのだろうか。

だが、今は国際観光の時代で、多くの各国の人々が日本に訪れる。だが、日本人は、彼らのことについて詳しくは知らないことが多い。代表的な例が米国であろう。知っているようで、その実情は何も知らないのだ。でも、日本経済は国際経済に組み込まれ、金融だけでなく、経済も大きく左右されている。

であれば、本来なら、新聞もマスコミも、まず地球全体を睥睨する記事に加えて、米国、中国、インド、ヨーロッパの政治、経済、文化、社会について、それぞれ毎日一面ずつを割くぐらいの報道が必要だが、それはない(更に、第二グループとしては、東南アジア、中東、アフリカ、ロシア等)。

こういうことにマスコミが関心を示さないのは、裏を返せば、一般日本人の国際意識が薄いからかもしれない。日本を深く観察した記事も、大切だが、国際動向を日々伝える努力が求められる。そして、私たちも変わらなければならないと思う。そうしないと、日本全体が世界から取り残されていく。

*追記

日本のマスコミは、なぜか朝鮮半島の情報を多く流す。もちろん、大局的な報道は必要だが、どうでもいい情報も極めて多い。朝鮮半島は、日本にとって緩衝地ではあるが、あまり、それに捉われては、大局を見失う可能性もある。

*追記

仮に、一般紙で紙面が足りないというのなら、まずスポーツ報道を専門紙に任せて、スポーツ記事を縮小すればいい。そしてネット取引中心の時代に、株価欄は不要であろう。そのような工夫をすれば、紙面は足りるはず。

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2018年9月16日 (日)

憲法改正以前に為すべきこと

自民党は、ずっと前から憲法改正と騒ぐが、それ以前にやるべきことがある。それが日本国憲法より上位の「地位協定」を破棄することだ。米軍は、日本を属国扱いし、日本の空を我が物顔で、飛び回る。それは「地位協定」があるからだ。

憲法改正にエネルギーを注ぐ暇があったら、米国と交渉して、「地位協定」の破棄の実現に努力すべきだ。憲法改正の是非はともかく、現段階での憲法改正は、ほとんど意味はない。自民党は、真に独立国を取り戻すべく努力して欲しいものだ。

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『韓非子』の問題点

拙ブログても、『韓非子』の話題は時々、取り上げてきた。彼の思考は緻密で、隙が無い。まさに論破の連続である。だが、彼は嫌われてきたのは、なぜか。

確かに、彼の意見は論理的だ。多くの問題で、いろんなことを喝破している。ところが、人々を説得する場合、それでは不十分。一体、何が足りないのか。

それは彼の理論が左脳的ということのようだ。多くの場合、状況判断は無視されて、こちらに偏りすぎている。よって、政治家の人たちが、韓非子理論をそのまま援用すると、必ず失敗する。あるいは一時的に成功しても、人の心は離れていく。

理屈は分かりやすいが、人間社会は、それだけでは動かない。やはり「情」の部分は無視できない。拙ブログで、度々記してきたように、情理バランスが大切である。特に、若い方は、『韓非子』の読み方には注意が必要である。

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為替の動向 2018

基本的に為替の動向など、誰も予測できないはずだが、それでも予測したくなるのが、人の常。ある専門家は、ドルに対して、年内に115~116円ぐらいまで下落すると予測していた。これは特別、問題のある予測でもない。誰でも考えるレンジの範囲内だ。

ある大臣は、かつて円は下落しても125円が限界と言っていた。何を根拠に語っていたのかは不明だが、彼なりの観測があるのかもしれない。日本の財政は、阪神淡路大震災の起こった1995年以来、悪化し続けている。

それだけを根拠にすれば、135円程度まで下落しても仕方ないことだが、国際金融のバランスで、今の水準にあると言えよう。それで、かの大臣の推測は、あながち、デタラメでもないとも言える。

いずれにせよ、企業としては、大企業・中小企業の区別なく、為替に左右されない経営が求められる。円高、円安で大騒ぎする金融関係者に踊らされないようにしたいものだ。

*追記

金融資産を、円で持つか、対外資産で持つかは、現在微妙。日銀が出口戦略を行い金利を上げれば、円高になる。よって使わない通貨を持つことはリスクになる。一般人は、極力借金を避け、バタバタしない方がいいのかもしれない。少なくとも、低金利に煽られて、借金やローンを組むことは避けたいものである。

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2018年9月15日 (土)

地域の文化遺産展示は復元複製品で

時々、播磨各地の文化施設に寄るが、そこに展示されているものは、古びたものが多い。時には、何が描かれているのか、はっきり分からない場合がある。説明はされているが、これでは観覧者の楽しみはなくなる。もっと工夫が必要だ。

思うに、なにも現物展示である必要はないと思う。学者や研究者は、現物が価値があるのだろうが、外国人や一般人にとっては、はっきり分かるものがいい。これができていないのが観覧者が増えない理由の一つではないか。

地域の文化遺産は復元複製品の展示で十分である。そうすれば、当時の雰囲気が偲ばれ、「目」で理解できる。詳しい説明など、無くてもいいのが、一般向け展示だろう。それぞれの文化遺産を復元し複製品にするには、確かにコストはかかる。

それでも、計画的に推進すれば、時間はかかっても、いつかは完成する。観光客増加を目指すなら、それくらいの努力はしてもらいたい。

*追記

復元複製品の展示は、盗難対策にもなる。

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2018年9月14日 (金)

旧態依然の日米関係 2018

米国トランプ大統領の政治姿勢を見ていくと、極めてドライと分かる。もちろん、国益優先は理解できる。それにしても極端なのだ。彼の周辺でも、その政策に違和感を持つ人は多くいるという。

彼は元々、駆け引きの巧みなビジネスマン。それで多くの成功を成し遂げてきた。その成功体験が政治の世界に身を置いても、忘れられないのだ。政治は、国際社会においても妥協の産物だが、彼はどうしても先に計算が働く。

そういう思考は、最早修正は不可能のようだ。つまり、安ければ買うが高くなったら売る。安く買い叩くには、観測気球も揚げて、様子を見る。そして、更に、人も、そのように扱う。すなわち、自分に都合よく役に立っている場合は使うが、それが終わり、用済みになれば切り捨てる。

トランプ政権ができた当初、日本の安倍首相は、世界が嫌ったトランプ氏の懐に入って、取り込み、好感触を得たが、それも、彼が外交の知識が不十分だった時だけ。最早、安倍氏も使用済みの感じ。既に、日本に経済で悪影響を及ぼす無理難題を押し付けている。

安倍首相は、どう対応するのか。トランプに強く要求されたことを呑み、国内農家を切り捨てるのか。イラン問題では、要求を呑んでいる。そのため原油価格は上昇する。本当に、日本経済を守れるのか。安倍政権も岐路に立っている。安倍神輿を担いでいる人々も安閑としてはいられない。政治状況は一寸先は闇。

いずれにせよ、日本は誰が政権を握っても、米国の民主党にしろ、共和党にしろ、どちらの政権でも、日本にとっては厄介な存在だ。地位協定を含めて、日本は属国扱い。自民党は、米国の肝いりで作られた政党ゆえ、米国の意のままならなければ、それに反する政権は、潰される。それは日本の国益に反することも多い。

よって対米外交は、もっと巧みさが求められるが、安倍政権は甘い。それは米国に懐柔された外交官僚任せの危うさと、米国の戦略的外交の研究不足だろう。すなわち、米国の強みと弱みを把握していない。政治家はもちろん、国民もマスコミも含めて、もっと米国を知る努力が必要だ。

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2018年9月13日 (木)

2018年 第3回 姫路・石巻“縁”展示会 案内

東日本大震災をきっかけとして、姫路と石巻は、縁ができた。それを具体化するものとして、姫路では、「姫路・石巻“縁”」展示会を定期的に開いている。今回は、姫路文学館 北館2階特別展示室で2018年9月15日から開催される。

内容は、大きく分けて以下の二展。

● 『石ノ森章太郎とジュン展』

石ノ森章太郎の分身とも呼ばれる「ジュン」の原画を展示する。

9月15日9時50分より、オープニングセレモニー(自由参加)

なお、9月15日より10月28日の間、「石ノ森章太郎&ジュンと旅するスタンプラリー in 姫路」が催され、姫路文学館に設置された6か所のチェックポイントでスタンプを押し、全部集めると、「石ノ森章太郎生誕80周年記念缶バッジ」がもらえるとのこと。

● 『鈴木省一 写真展 いしのまきのあさ』

石巻の復興の姿を写真で描いたもの。鈴木省一氏のボランティア経験が、深く石巻を見つめている。パンフレットには、いろいろ言葉があるが、これ以上は具体的には案内できない。彼の写真を見て、過去・現在・未来の石巻を観てみたい。

上記二展の催しは、2018年10月28日まで。

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関空の被災が姫路城観光も直撃 2018

台風21号で、被災した関西空港の影響で、姫路城外国人入城者が半減しているという。2017年9月の外国人入城者が一日平均915人だったのに対して、今年の9月5日以降は一日約450人と激減しているとのこと。

まあ、この数字が大きいかどうかは微妙。それでも、もともと1000人足らずだったのが半減したのは、地方にとっては確かに大きいのは間違いない。だが、姫路市の観光政策は、まだ開発途上。その点では、大阪・京都の比ではない。

不幸中の幸いと言えよう。宿泊施設や観光を目的とした飲食店や物販店は、今の内に、観光客を受け入れる体制の見直しをするチャンスでもある。まだまだ、やるべき課題はたくさんある。

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兵庫県旅券事務所姫路出張所移転へ 2018

閉鎖されたヤマトヤシキ姫路店で、その後も運営してきた兵庫県旅券事務所姫路出張所が、2018年11月21日に移転する。現在地での業務は11月18日までとのこと。

移転先は、イーグレひめじの2階。業務時間や電話番号に変更はない。交通は、やや不便になるかもしれないが、雰囲気の悪い今の場所で、運営するよりましとも言える。

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2018年9月11日 (火)

映画『グレース・オブ・モナコ』を観る

皇族に民間から嫁がれた美智子皇后のご苦労は、計り知れない。最近は、海外でも、王族に民間から嫁がれる例は多いが、あの時代は、画期的なことだった。当時、皇太子だった現天皇のご判断だったと聞く。

さて、米国の女優だったグレース・ケリーは、モナコのプリンスに求愛されて、受け入れる。当時、20世紀のおとぎ話と言われた。1956年に結婚して、プリンセスになったからだ。

ただ、彼女は、米国流に、いろんな意見を社交の場で、ずけずけと言って周囲から反発されていた。夫のレーニエ公は、彼女に控えめにいることを望んだが、それは無視される。むしろ、彼女は、今までのやり方に違和感を持っていた。

そんな結婚6年目の事件にスポットをあてた映画に、『グレース・オブ・モナコ』がある。グレース・ケリーをニコール・キッドマンが演じている。登場人物としては、その他の有名人物に、オナシス、マリア・カラスなど。

内容は、その頃、映画監督アルフレッド・ヒッチコックからハリウッド復帰を促される。彼女は心を動かされる。ところが、レーニエ公は最大の危機に面していた。植民地のアルジェリアの暴動の制止に金が要るフランスのドゴール大統領が、モナコに過酷な課税を要求したのだ。

要求を呑まなければ、「モナコをフランスの属領にする」という声明を出し、モナコ内部にも、いろいろ工作。窮地のレーニエ公を救うべく、グレース・ケリーは、ハリウッド復帰を断念し、モナコに尽くす覚悟を決める。

話は、これくらいにしておく。映画としては、割と面白かった。為政者は、妻も含めて覚悟が必要だということ。この映画では、グレースケリーが、「映画界」ではなく、「政界」で、力を発揮した。それは演技者であると同時にプロデューサーでもあった。

彼女は頭の切れる女であったということだろう。夫としては扱いにくい妻であっただろう。なお、事実に基づくフィクション映画であるらしい。多くの想像が入っているのだろうが、うまく描いている。

*追記

入力ミスがあり修正しました。

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2018年9月10日 (月)

見えない顔

人は、誰しも、いろんな面を持つ。それが当たり前だ。ところが、恋愛期間は、相手に自分のいいところだけを見せようとする。相手に嫌われたくないからだ。まあ、その気持ちも分からぬでもない。

ところが、男にしろ、女にしろ、結婚した途端、相手が変わったとは、よく聞く話。それは、相手が変わったのではなく、あなたが、ある一面しか見ていなかったということ。結婚して、相手の別の面が見えて、相手が変わったというのは違う。

パートナーは、もともと、そういうものを持っていた。それを恋愛中は、あなたは気づかなかっただけ。恋は盲目、と言われる所以だ。それを歌っているのが、ビリー・ジョエルの『ストレンジャー』。

歌詞を見ていくと、鋭い指摘だと思う。若い方で恋愛中の人たちは、一度、この曲をじっくり聴いてほしい。もちろん、冷静すぎる恋愛など、楽しくはないが、ちょっと頭に入れておいた方がいいかも。

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2018年9月 8日 (土)

ドラマ『あかひげ』を視聴する

先週からNHKの土曜日の夕方から放送している『あかひげ』を視ている。先ほども第2回を視聴した。この題を見た時、もしやと思って、視たら、やはり山本周五郎原作の『赤ひげ診療潭』が原作だった。人間臭い医師の話。

実は、この作品には思い出がある。中学生の頃、学校の帰りに本屋に立ち寄り、何となく手に取ったのが、この本だった。中学生の頃のお小遣いでは、ちょっと厳しかったが、買うことにした。なぜ買ったのかは、今も分からない。

それで家に帰ると、まず読んだのは読書の好きな母。すぐに取り上げて、ふんふんと言いながら速読し、読了。しばらくして、会社から帰ってきた父さえも、「お前、なかなかいい本買ったな」と滅多にないことだが、意外なことに褒められた。

そして、精読の父に一週間ほど占領された。結局、読んだのは、その後だと思うのだが、内容は、ほとんど覚えていない(笑)。しばらく本棚にあったのは確かなのだが。今、放送してるのも視ても、全く記憶がない。

内容は、大人の話だから、結局、途中で投げ出したのかもしれない。ということで、今後の放送が楽しみ。ちなみに、蔵書には、社会人になるまではあったと思うが、今は既にない。

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携帯ラジオの大切さ

今回の北海道の大地震では、停電が起こり、多くの人が情報を得られなくなって困ったという報道が目立つ。テレビも視ることができず、携帯も充電が切れて使えないと、いざという時は役に立たない。

ということで、やはり携帯ラジオが大切となる。外に出かけた時に、ラジオを持ち歩く人は少ないと思うけれど、小型携帯ラジオもあるので、それを持って行くのは有効だ。もちろん、家にいる時は、間違いなく役にたつ。特に非常用携帯ラジオがいい。

非常用携帯ラジオは、ラジオ機能に加えて、手回し充電機能、ライト機能は、ほとんどの機種が付いている。物によっては、防滴機能、サイレンスピーカーなども付いている。これがあると、緊急時の情報入手に困らない。

基本的に、これらは日常的に使うことが望ましいと思う。使い慣れていないと、一瞬だが、少しとまどうこともある。いずれにせよ、携帯ラジオの再評価を促したい。

*追記

一部、入力ミスがあり、修正しました。「非常用携帯電話」→「非常用携帯ラジオ」。時々、こういうことをやって、意味不明となります。すみません。

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『姫路藩窯 東山焼展』を観覧 2018

姫路城世界遺産登録25周年記念として、現在、姫路市書写の里・美術工芸館で『姫路藩窯 東山焼展』を催しているので観覧してきた。以前、国産陶磁器・東山焼(ひがしやまやきとも、とうざんやき、とも言われる)については、拙ブログでも、その歴史を若干記したことがある。

また、かつて、明石市立文化博物館や姫路の三木美術館でも、観覧したことがある。だが、今回は、約100点と揃っていて、見ごたえがある。入館料も300円だし、負担にならない(笑)。書寫山圓教寺に行ったついでもいいが、単独でも、楽しめる。

内容は、「東山焼の特徴」として、造形、茶道具・文房具、色、播磨の名所が紹介される。そして「東山の銘」として、様々の銘や文様が示される。こういった展示会の場合、ざっと見て終わることが多いのだが、いくつか工夫されていた。

それが模様を拡大カラーコピーして、デザイン等を分かりやすく表示していることだ。小さい作品となると、本来、手に取って見る必要があるが、それはできない。それを解決する手段として、紙にデザインをコピーして示して、観覧者にも分かりやすいようにしている。

そうすると、本来、欠陥品なのに、採用されて残ったらしいことまで分かってしまう。顕微鏡で細菌の動きを見るようなものだ。見てはいけないものを見てしまう(笑)。もちろん、すべてが、そのように展示されていない。そのようにされているのは一部の作品のみ。でも、これで、結構楽しめた。

デザインは、中国を題材にしたものが多く、影響を強く受けているのが分かる。それとも模倣の結果かもしれない。それでも、そういったものばかりではなく、日本の題材、特に播磨地域を題材にして物も多く見受けられる。

残念ながら、図録は発行されていなかったが、パンフレットだけでも、結構楽しめる。さらに詳しく知りたい場合は、姫路美術工芸館紀陽5『東山焼試論』(山本和人学芸員著。700円)が販売されている。そこでは、写真44点と東山焼の歴史について詳しく記されている。但し、写真は今回出展されていないものも含まれている。

2018年10月21日まで。交通は、姫路駅より神姫パス10番乗り場、「書写山ロープウェイ」行の終点。約25分。そこから歩いて3分。姫路観光にいらっしゃった方は是非、寄って欲しい。

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2018年9月 7日 (金)

2018年の中秋の名月

中秋の名月というと、秋の月を愛でる静かな祭り。旧暦の8月15日だ。でも祝日ではない(笑)。これは中国から、伝わったとされる。この中秋の名月を詩歌に詠んだのは唐の杜甫と云われる。ということは、それまでは、文化人も強く意識していなかったのかもしれない。

日本では、ススキと月見団子を用意し、月を静かに見上げる。そうすると、しんみりとした気持ちになる。そして、秋を感じる。子どもの頃、母が、これらを毎年、用意していた。月見団子は、夕食が終わってからなので、それほど美味しく感じなかった(笑)。

2018年の中秋の名月は9月24日。満月ではないけれど、それなりに美しいだろう。念のために記しせば、翌日の9月25日に満月を迎える。なお、9月24日には、姫路城で観月会が催される。

*追記

この時期に、残念ながら自然災害が多い。今年は、たくさんの自然災害が起こっており、もういいという感じたが、自然は容赦しないのだろうか。

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2018年9月 6日 (木)

心の愛より

時々、視るバラエティーで、タレントが、呑み屋街に繰り出し、そこにいる男たちに、妻に対して「愛してる」と言うように伝えると、大抵の男は抵抗する。「そんなことは日頃言ったことはない」、「そんなこと、とても言えない」等々。

日本の男は、西洋の男と違って、日常的に口に出して「愛してる」とは言わない。実は、本当は言ってもいいと思っているが、長年の習慣で、言い慣れていない。日本男子独特の照れだ。

ところが、番組では、なんだかんだと理由をつけて、タレントが言わせようとして、一人の男性を抽出。そして、しぶしぶ、スマホを取り出し、妻に電話して、恥ずかしそうに「愛してる」と言うと、音声だけなのだが、大抵、妻の方も一瞬びっくりするが、声が弾んで嬉しそうにしている。

そして、番組を明らかにして、妻の方はどうなのかと聞くと、こちらも大抵、渋々だが「愛してるわよ」と返って来る。でも、その声は嬉しそうだ。これらのケースは、日頃の結婚生活状態がいいのかもしれないが、女性は、常々「愛してる」と言われたいようだ。

*追記

そういうと、スティービー・ワンダーの『心の愛』も、「アイ・ラブ・ユー」を歌っていたような。また聴きたくなった。

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2018年9月 5日 (水)

怪しいモノに投資する人たち

加工食品のオーナー制度を展開する「ケフィア事業振興会」と関連会社が破産した。負債総額は計1053億円、債権者は3万3千人らしい。大体、オーナー制度は、昔から、危うい投資と言われてきた。

それに一般人が、多額の投資をしていたというから驚く。そして、今回も多くは女性という。彼女らの金銭感覚を疑う。女性は一般に、1円、2円の節約に努めているものと思っていたが、資産管理については、全くデタラメな人も多いようだ。

確かに、今時、一部の銀行や証券会社も、訳の分からない投資信託を勧めて、多くの一般投資家に、多額の評価損を出させている状況。投資は、あくまでも自分の判断でやらないといけないのだが、勧められると、ついつい買ってしまう人たちもいるのは確かだ。

超低金利下、金融資産の運用が難しいことも分かる。但し、これらに運用しようとした人たちは、概ね、資産運用が不要な人たちだ。一体、何のためなのだろうか。どうしても、運用したければ、一流株に投資した方がましだろう。

例えば、日本の代表的な企業のトヨタ自動車に今、投資して持ち続ければ、年間約3%の予想配当利回り(税前)になる(業績・株価は変動するので、確約はできないが)。どうしても投資を考えたい人は、株式投資の研究をするべきだ。

これだけ怪しいモノへの投資で失敗する人がいるのは、裏を返せば、証券会社が、これらの人々に、投資教育も含めて、営業ができていないということかもしれない。

もちろん、株式投資には、リスクを伴い、難しいことは確かだが、企業研究して、投資枠を設定し、無理な投資をしなければ(分散投資する)、誰でも、それなりの成果を上げることができる。まだ、その方が、怪しいモノに投資して、すべてを失うよりましだ。

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為政者と大災害

昔から、為政者が駄目だと、大災害が起こると言われてきた。もちろん、科学的には、因果関係は見られない。だが、科学で見えない部分もある。歴史的な見方をすれば、不思議と一致している。

これは国の為政者に限らず、地方の為政者も同様。災害対策が、きちんとなされているのか。有権者は、為政者の政策をじっくり観察したい。そして、災害を呼ばない為政者を選択したい。

*2018年9月6日追記

今度は、震度6の北海道地震。次々と起こる大きな自然災害。これは本当に、為政者に対する警告だと思う。

*2018年9月7日追記

海外の報道は、安倍政権が、この問題に対する反応は鈍いとしている。自民党は、総裁選など、やっている場合ではない。国民のためというより、党益、私益のためだと思われかねない。

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2018年9月 4日 (火)

2018年台風21号過ぎ去る

前回の台風20号に続いて、21号が上陸。但し、今回は、姫路市を直撃はしなかった。20号の時は、大した被害はなかった(木の枝が折れたが)。

でも、今回は、さすがに、心配だったが、例によって、ネットの天気予報で姫路地区の予測を見ると、テレビで報道しているような風速、雨量でなかったので、少し安心していた。

それでも、それなりに備えた。近所の人たちは、私以上に万全の体制。だが、結局、予測通りで、大したことはない。まだ雨の方は強く降っているが午後6時過ぎには止むだろう。

他の地区によっては、大きな被害を受けているところもあるようだ。お見舞い申し上げる。早期に復旧することを願う。

*追記

明日は晴れるようだ。姫路観光には問題ない。観光客の皆さんで、予定のある方は安心してください。

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出会う前は、見知らぬ人

人生に於いて、いろんな出会いがある。それは仕事関係、近隣関係、あるいは男女関係等。それぞれの出会いは、不思議な関係だ。なぜ出会ったのだろうか。ある意味、奇跡。

少し前のホテルドラマで、フランク・シナトラの『夜のストレンジャー』が流れていた。昔、滔々と歌い上げるシナトラの、この歌をよく聴いたものだ。彼の有名な歌には、『マイ・ウェイ』もあるが、『夜のストレンジャー』もいい。

昔は、この男女は怪しい関係かなとも思ったが、改めて聴くと、そうでもないようである。要するに一目惚れの歌。出会う前は見知らぬ人。男女に限らず、確かに、そう言われれば、皆そうだ。人は、どういう機縁で出会っているのだろうか。

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2018年9月 3日 (月)

相手に関心がありすぎると、、、

ネットで、芸能人の発言の揚げ足取りコメントが目立つ。何気なく発言したことを捉え、ああだこうだと批判する人たちがいる。それを修正しても、ねちねちと攻撃する輩がいる。

もちろん、それが正論のこともある。ただ、物事には、多くの見方があり、自身の意見が正しいとは限らない。

それより悪いのは、どうでもいいことを、あれこれ捉えて、攻撃する人たちだ。彼らのライバル芸能人の手先なのだろうか。あんたたち、暇なんだねえ。それとも、対象に関心がありすぎるのかな。

他人の振り見て我が振り直せ、とはよく言うけれど、アラが見えるのなら、まず自分を見つめてみよと言いたい。流風も、あまり偉そうなこと言えないけれど(笑)。

*追記

情報機器の普及で、各人がいろいろ意見を述べられることは、好ましいことだが、個人の見解については、思慮深く、意見を言う必要がある。個人名を出しての批判は慎重になった方がいいかもしれない。

ただ、有名人である政治家、芸能人等は、その行動、発言は、より慎重になる必要がある。彼らの発信には、多くの人が見聞きしているという認識が大切だ。

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2018年9月 2日 (日)

若い女子学生の化粧に思う

母は、すっぴんは父の前では、決して見せなかった。寝る時は、寝化粧と称して、化粧してから寝間に入っていた。もちろん、ちょっと買い物に出かける時でさえも、軽く化粧していた。それは女の心得と思っていたようだ。

子供の時、不思議に思って、聞いてみると、「女のすっぴんなど見られたものではない。世間で、どんなに美人と言われる人も、すっぴんを見たら男は覚めてしまうだろう。大人になったら、やがて分かるから」と笑っていたことを思いだす(*注)。

テレビで、都市部の若い女子学生が厚化粧しているのを見ることがある。それも、幼い雰囲気を残す十代らしき人々。勿体ないなあ。この年代だと、ぴかぴかつるつるのお肌。化粧なんて全く必要ない。むしろ、化粧すれば、肌を傷めるだけ。それが分かっているのだろうか。

そうでなくても、ある年代になれば、すっぴんでは見られない顔になるのに、残念だ。テレビで彼女らが話していて、子どもの頃、親が化粧していて、それに憧れたのは実に小学生の時だという。それに対して、親は何も言わないのだろうか。

*注

確かに、人気美人女優と言われる方も、すっぴんを見れば、がっかりということは多い(笑)。男はすっぴんを見ない方がいいだろう。

*追記

そういうと、昔、ビリー・ジョエルが歌った『素顔のままで』(Just the way you are)というものがあった。容姿だけでなく、君らしく、あるがままの君がいいといった内容。若い人は、一度、聴いてみて。

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『宗竺居士家訓』を読む その十二 同族の戒め

今回は、『宗竺居士家訓』を読むの第十二項で、同族の戒めについて述べている。一応、今回で最終とします。

現代語解釈は流風。

十二、「同族であっても、甘えを捨て、お互い自ら戒め慎み、誤りなきように事を進めるように努力せよ。そうして、もし敢えて道に外れることをやる者がいれば、同族は協議して、厳重に処分せよ」

原文(仮名遣いは一部修正)

十二、「同族は互いに相戒飭(かいちょく。いましめること)して、過誤なからん事を努むべし。而して若し不義の行為を敢えてする者生ぜば、同族協議して、その処分を講ぜよ」

同族一体あれば、組織間のルールは、より厳しく運用していく必要がある。以前にも記したように組織は蟻の一穴で滅ぶこともある。相互に厳しくチェックして、誤りなきようにする。

*追記

第十三項もあるが、現代民主主義社会とは、考え方がずれているので、ここでは取り上げない。

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コメントについて

時々、コメントを頂くのですが、プロフィール欄にも記しているように、「ライター」名が記載なく不明の場合は、コメントを公開しておりません。非公開の扱いになります。よって、コメントに対する回答もできなくなります。念のため。

なお、ライター名は、仮名、ペンネームでも問題はありません。

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2018年9月 1日 (土)

『宗竺居士家訓』を読む その十一 決断力

今回は、『宗竺居士家訓』を読むの第十一項で、決断力について述べている。

現代語解釈は流風。

十一、「決断力は、あらゆる場合に求められるが、商売に於いても、特に必要となる。例えば、事業を見切って一時の損失を出しても、赤字の垂れ流しを放置して後日、多大の損失を出すより、いいことは明らか」。

原文(仮名遣いは一部修正)

十一、「決断力は万事に必要なるも、商売に於いて特に然りとす、仮令(たとえ)一時の損失を忍んで見切るとも、後日に至って、より大なる損耗を醸すに優る」

商売に於いては、いろんな場面で決断力が求められる。進むべきか、退くべきか。特に退く決断は勇気がいる。それなりの覚悟もいる。日頃から判断基準を明確にしておくことが決断を遅らせない。

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ながらスマホの問題

ネットで流される情報には災害情報を除けば、重要な情報は少ない。一日に流される重要なものは、一つか二つあればいい方。それなのに、いつもスマホを離さない人が、非常に多い。

彼らは、一体、何を見ているのだろうか。目的が明確な一般的な情報入手だろうか。あるいは暇つぶしに、ゲームをしているのだろうか。それとも各種メールのやりとりだろうか。

一般的に、ニュースとかを除いて、無目的の情報接触は意味がない。ゲームは、やりすぎると脳を破壊するとも言われる。また、メール、LINE等は、意味のないやり取りをし過ぎる。それは、お互いの時間の奪い合いである。他人の持ち時間を奪う行為は、許されるものではない。

それはそれとして、ながらスマホの問題が大きくなっている。ふらふらと歩きながらの、歩きスマホも迷惑だが、自転車に乗っての、ながらスマホは、事故で、人が死んでいる。裁判で多額の賠償を求められている。それなのに、若い人のながらスマホは、一向に改まることはない。

先日も、若い学生らしき人が、自転車に乗って、ながらスマホをしていた。極めて危険。スマホという情報機器も、それなりに価値があるのだろうが、使い方を間違えば、害毒だ。スマホを持ち歩かない習慣も求められる。脳がスマホに支配されて、人がロボット化されるのを避ける意味はある。

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