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2018年10月22日 (月)

観光消費第一主義の危うさ

姫路市内の商店街を歩いていると、中国語や韓国語での案内がある。中国人・韓国人観光客を迎えるという意味は分かるものの違和感はぬぐえない。一体、そこまでする必要があるのか。商店街を歩いているのは、何も中国人や韓国人の人たちばかりではない。

ここは日本なのだ。彼らは日本語を経験することを期待している。もちろん国によっては英語が通じないと苦情を言う人たちもいる。確かに、個別対応では、観光客に合わせて言葉を選ぶ必要はある。

例えば、メニュー版などは外国語併記もいい。ただ、外国人観光客は、「日本文化」を楽しむために来日している(異文化体験)。日本人と日本語会話できることを期待している。言葉以外にも、ジェスチャーなどで会話できることを楽しむ向きもある。漢字圏であれば、筆談を交えてもいい。

どうしても、必要な会話は、翻訳機を臨機応変に使えばいいことだ。最近の翻訳機はレベルも上がっており、日常会話では問題はない。いずれにしても、外国人観光客への過剰な対応は、彼らも望んでいないだろう。

むしろ過剰対応は、観光消費を促すための媚に映ってしまう危険性もある。観光客に媚び諂(へつら)うばかりでいいのか、ということになる。彼らが何のために日本を観光しているのか、それぞれに考える必要があるだろう。本来の「観光」の意味を思い出した方がいい。

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