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2018年10月 4日 (木)

人に任せるということ

色々と聞いて、結局、結論が出ないことが多い。国などの議論を見ていても、あまりにもたくさんの人が集まって議論すると、様々な意見が出て、収拾がつかないことが多い。

確かに、それぞれの主張には、それなりの意味を持っている。だが、優先順序を無視して議論しても、時間の空費に終わる。以前にも取り上げたが、北条早雲の『早雲寺殿二十一箇条』の中に、次の一文がある。

「数多(あまた)まじはりて事なかれといふことあり、何事も人にまかすべき事也」

変な解釈をしている人もいる(それも出版されている)が、解釈を誤るのは、「人」の意味。ここは、単に普通の人を指すのではない。つまり「人物・識見共に優れた人」という意味。普通の人がたくさん集まって議論しても、議論は堂々巡りして結論が出ないことが多い。

もちろん、そういった議論が全て無駄とは言わない。ただ誰も責任を取らない無責任議論は、どこかで打ち切る必要がある。そして、ある段階に達せば、それなりの人物に任せるのがいい、と早雲は言っている。

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