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2018年10月 9日 (火)

久しぶりに映画『ラストエンペラー』を観る

つい最近、昔テレビで視た映画『ラストエンペラー』をふと思い出し、ブルーレイを入手し、久しぶりに観てみた。清朝最後の皇帝。宣統帝・愛新覚羅溥儀の生涯を描いたものだ。1987年第60回アカデミー賞、作品賞をはじめ9部門を受賞しているだけあって、面白い筋立てで、映像の美しさも評価できる。

ただ、じっくりと観ると、イタリア・イギリス・中国合作ということで、それぞれの国の思惑が見え隠れする。イタリアは、イタリア映像文化のアピール、英国は、外交文化の正当性のアピール、中国は歴史文化のアピールだ。

その中で、特に違和感を感じたのは、映画全体に流れる英国の思惑だ。つまり、この映画では、日本の中国侵略を絡めて描いている。そこでは、イギリスは、自国の過去の行いには一切触れていない。

イギリスは、中国への侵略国。それも麻薬で、中国をずたずたにした。とても紳士の国とは言えない行いをした。自国では紳士だが、海外では、海賊の血を引いて暴虐の限りを尽くした。

ところが、この映画での、溥儀のイギリス人家庭教師のレオナルド・ジョンストン(ピーター・オトゥール)の役割は、あくまでも「善人」である。善人面と言うべきか。彼は、帰国後に『紫禁城の黄昏』という本を著しているのだが、あくまでもイギリスの立場で、歴史の一面しか見ていない。

それを材料に、映画に取り入れているから、この映画も一面的にならざるを得ない。この辺が、老獪だ。これが実在の人物を歴史映画にする難しさだ。時代小説風と言えば、それまでだが、妙な感じだ。

ちなみにイギリス映画は、不思議と、自国の弁護、言い訳するようなものが多い。「他国から責められても、我が国は悪くない」というようなものだ。これはどうしてもイギリスの外交文化戦略に映画を利用していると言わざるを得ない。

そういう面を無視して、娯楽映画として視れは、それなりに面白いことは確かだ。だが、海外の文化洗脳には注意したい。

*追記

中国も、この映画で、日本の侵略行為を批判しているが抑制的だ。また日本への原爆投下も描いており、戦争の悲惨さを描いているが、総花的と言えないこともない。あれもこれも描こうとすると、焦点がぼけてしまう。

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