古典文学・演芸

2017年5月14日 (日)

初夏の万葉集

昨日の雨で、雑草たちが、一斉に生えだした。しばらく、雑草取りに追われそうだ。また木々たちも、一層緑を濃くしている。まさに初夏の雰囲気。そこで、万葉集の歌を取り上げる。学生時代に習った持統天皇の歌だ。

 春過ぎて 夏来たるらし 白妙の

   衣干したり 天の香具山

  (巻第一 二十八番)

改めて、鑑賞してみると、女性にしてはスケールの大きさを感じる。ただ、洗濯物(干し物であり、洗濯物とは限らないが)で夏を感じるところは女性的。流風なんて、洗濯物で季節は感じない。ただ、今は、冬と違って、早く乾くことは確かだが。

香久山は、もともと天上にあり、天下った山というこで、神聖な山らしい。それで「天の香具山」となっている。その雄大な山と干してある白い洗濯物の対比。また色彩的には、緑と白の対比でもある。やはり秀歌のようだ。学生時代は、何も感じなかったが(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月 7日 (日)

白髪を嘆く~『万葉集』より

今のところ、白髪は目立つということはない。ただ、耳の周りは、白髪が少し見える。年齢には勝てない。ただ、私より若い人でも、時々、白髪の人がいる。苦労をされた結果であろうか。ある人は、そんな歳ではないのに、一瞬で白髪になられた方もいた。肉体的なものより精神的なものも影響するのだろう。

さて、『万葉集』(*注)にも、白髪を嘆く歌がある。若い人たちに、白髪爺と詰られたのか、若干、自意識が強かった若い時を思い出しながら、白髪を笑われることに反発した歌である。長歌と短歌で構成されている。

長歌の内容は長いので、ここでは、挙げないが、かいつまんで紹介すると、「みどり子の若子髪には」ではじまっている。

内容は、赤ん坊のころから大事に育てられ、あなた様のような若いころには、黒髪がいっぱいで、いろんな髪型にしたり、それに合う服装をしたりして、めかしていたものだ。そうすると、どんな男も足元に及ばなかったものだ。。

いろんな女性からの贈り物を身に着け、自他共に認めるファッショナブルな格好をすれば、春には鳥さえ、鳴いて飛び回るし、秋には、天雲さえも、ゆったり私になびく有様。大路を歩けば、女官も振り向き、噂する。

まるで、我が世の春と思ったことなのに、今では惨めな姿をさらし、あなた様にどのように思われていることか。あなたも歳をとれば、私のようになるのを覚悟しなさい、と言う風な歌だ。

そして、反歌として、二首を挙げる。

 死なばこそ 相見ずあらめ 生きてあらば

  白髪子らに 生ひずあらめやも

「若いまま死んでしまったならば、こんな目に遭わずに済んだであろう。けれども、生きていれば、あなた様にも白髪が生えてこないはずはない」

 白髪し 子らに生ひなば かくのごと

  若けむ子らに 罵らえかねめや

「あなた様にも、白髪が生えて来れば、若い人たちに、罵られずに済むことはないでしよう」

最近は、若い人も、白髪ぐらいでは、高齢者を詰ったりしないだろう。せいぜい、パートナーに、「あなた、歳を取ったねえ」と言われる可能性もあるが、案外、近くにいると気づかないものだ。せいぜい、病気などで寝込んだりすると、改めて指摘されるぐらいかもしれない。

そして、最近は、毛を染められたりしたら、全く分からない。流風は、白髪になっても、染めることはしないだろうから、若い人たちから、からかわれるのだろうか。まあ、誰も気にしないだろうね。多分、白髪を嘆くこともない。

*注

『万葉集』 巻第十六 三七九一~三七九三より

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月 2日 (火)

謡曲 『吉野天人』について~姫路城薪能

第68回姫路お城まつりで、5月12日には、第47回姫路城薪能が催され、その中で、狂言として『察化』が演じられることは、先日、紹介した。そして、能としては、『吉野天人』と「『小鍛冶』が演じられる。今回は、『吉野天人』を取り上げよう。

姫路城の桜は、さすがに、もう終わってしまって葉桜状態だが、吉野の方は、まだ楽しめるかもしれない。また、こんなことを言っているが、未だ吉野には行けていない。謡曲の方は、次のような内容になっている。

毎春、花見を、あちこちに訪ね歩いている者が、毎年、千年桜を眺め楽しんでいるが、その千本の桜は、吉野の種を取ってきて、植えたものと知っているので、そのルーツを訪ねようと、若い人を伴って、大和の国に向かう。

そういうわけで、気が急けたこともあって、花を追い求めると、あっという間に、吉野の山に着く。そうすると、山の峰も、頂も、桜の花は満開。更に奥深く、分け入ろうとすると、似つかわしくない卑しからぬ女が現れて、何を噂されているのですか、と問うので、高貴な御姿で、なぜ、山の中にいらっしゃるのですかと逆に問い返す。

そうすると、その女は、「私は、このあたりに住んでいる者で、春の気配が立つ山に日を贈り、花を共にして、ここに暮すだけです」と答える。そうすると、都の者は、「それはそれは。私たちも、同じ心で、花を共にしているのです」と感心する。

それなら、一緒に花を楽しもうということになるが、一向に帰る雰囲気もなく、女に不審な感じを受ける。そうすると、女は「実は、私は、天女で、花の美しさに誘われて、ここまでやってきた」と告白する。

そして、続けて言うには、「せっかくだから、今夜は、ここに泊まって、信心されるなら、五節の舞や小忌の衣(*注)の羽袖を返し、月の夜遊をお見せしよう」と言う。しばらくお待ちくださいと言って消え去る。

そうすると、しばらくして、虚空に音楽が聞こえ、香しい匂いが漂い、花が降ってくる。この花の舞は、平和の治世の印だと思われた。しばらく、天女は留まっていたが、やがて、山桜の中を、花の雲に乗って、行くえ知れずになったのであった。

話は、桜の花の精を題材にしたもの。もちろん、天人は実際には存在しないが、桜の散りゆく姿を幻想的に捉えた作品だろう。桜見物ができるのは、確かに平和な証拠。最近、騒がしい東アジアの情勢も落ち着いて、皆が平和を享受できる世界であってほしい。

*注 小忌の衣について

「五節の舞」については、以前記したので、ここでは重ねて記さない。「小忌の衣」とは、厳重な斎戒を必要とする神事に参列する小忌の責任者が上衣として着用する青摺りの衣のこと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年5月 1日 (月)

狂言『察化』について

第68回姫路お城まつりが、2017年5月12日より14日まで開催される。5月12日には、第47回姫路城薪能が催される。その中で、狂言として演じられるのが、『察化』。察化とは詐欺者の名。最近、日本では、多くの詐欺事件が起こっているが、まさか、そういうとこで、この演目を選んだのではないだろうが。狂言の方は、例によって、太郎冠者による察化を巻き込んでのドタバタ。

連歌の初心講の当番になった主人。そこで都の伯父を宗匠に頼もうと思う。そして、太郎冠者を迎えとして使いに出す。ところが、そそっかしい太郎冠者は、早速、都にやってきたものの、伯父の名前も、顔も、住まいも知らない。

そういうと、流風も、子供のころ、母に買い物を頼まれたが、行先が分からない。それに買うものも忘れたことがある。その時には、近所の人にも呆れられた記憶がある(笑)。

困った太郎冠者は、あほの知恵で、物売りを真似て、大声で呼び回して歩く。流風の場合は、泣いていて、近所の人に呼び止められて、家に帰って笑われた。太郎冠者の場合は、そこにやってきたのが、しめしめと思ってやってきた見乞いの察化と名乗る詐欺師。察化は、太郎冠者を騙して、伯父になり済ます。

そして、主人の家にやってくる。ところが、主人は、察化の素性を知っていた。なぜ知っていたのだろう。過去に関わりがあったのだろう。一応、驚くのだが、事を荒立てたら、ややこしくなると考え、振る舞って帰そうとする。

そういうわけで、大胆にも、太郎冠者にもてなしに担当。何も知らない太郎冠者を適任者と考えたのだろうか。ところが、太郎冠者は失態の連続。さすがに、あきれた主人は、すべて私の物真似をすればいいと太郎冠者に言いつける。

ところが、太郎冠者は、その言いつけを忠実に守るのだが、ますます混乱する。主人はたまらなくなって、太郎冠者を打ち倒すと、太郎冠者は、それを真似て、察化を打ち倒して終演。多分、太郎冠者は、抜けているが真面目人間。現代でも、真面目人間が、案外、喜劇の材料になりうる。そういう目で、この狂言を楽しむのもいいかも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年3月12日 (日)

『和漢朗詠集』の梅の花

庭では、梅の花が、少しずつ開花している。どういう塩梅で咲くのかは分からない。多分、微妙なものが影響しているのだろう。

さて、先日、『万葉集』の梅の歌を取り上げたが、今回は、『和漢朗詠集』の梅を取り上げてみよう。その名の通り、中国の詩文の影響を強く受けている。

まず、一番最初に取り上げられたもので、「立春」と題して、次のものがある。歌の内容は立春に、作者の希望を詠ったものだ。よって、梅は、まだ咲いていない。

 吹(かぜ)を遂(お)うて潜(ひそ)かに開く

 芳菲(ほうひ)の候を待たず

 春を迎えて乍(たちま)ちに変ず

 将に雨露の恩を希(ねが)はんとす

春を感じ取るのが早い梅の花を詠んでいる。暦と一致しようとする梅の花を称賛しているとも捉えられる。

次に、梅の花の咲き方を詠んだものを取り上げよう。

 東岸西岸の柳

 遅速同じからず

 南枝北枝の梅

 開落已(すで)に異なり

柳の芽吹きが東岸と西岸で異なるように、梅の花も、同じ木であっても南枝と北枝とでは、咲く時期が異なると詠んでいる。これは、まさに、私が今感じていること。時代は変わっても、人の感じることは、大して変わらない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年3月 3日 (金)

『万葉集』の梅の花

自宅の梅の花が、今か今かと咲くのを待っているが、咲きそうで、なかなか咲かない。そして、咲いてしまうと、あっと言う間に散ってしまうことも多い。そう考えると、梅の花に関しては、咲くまでの蕾の段階がいいのかもしれない。

ところで、『万葉集』には比較的、梅の花が多く詠まれている。この頃は、まだ中国の花である梅の花が日本でも主体であったことが分かる。その中で、少し気に入った歌を五首取り上げてみよう。

梅の花 散らすあらしの 音のみに

 聞きし我妹(わぎも)を 見らくしよしも

   (巻第八 一六六〇)

梅の花を散らしてしまうという嵐の音。そのような噂だけを聞いていたのに、実際、あなたにお会いできて嬉しい、というような趣旨。憧れの彼女に会えた嬉しさを素直に表現している。

春されば まず咲く宿の 梅の花

 独り見つつや 春日暮さむ

   (巻第五 八一八)

春が来ると、まず咲くのは梅の花。この花を家族と離れて、ただ独りの私は、寂しく長い一日の春を暮すことよ。憶良らしい歌。

恨めしく 君はあるかや やどの梅の

 散り過ぐるまで 見しめずありける

   (巻第二十 四四九六)

あなたは少し恨めしい人よ。庭の梅の花が散り過ぎるまで、見せてくれないなんて。主人が梅の花を独り占めしているのをからかった歌かな。

見むと言はば いなと言はめ 梅の花

 散り過ぐるまで 君が来まさぬ

   (巻第二十 四四九七)

前の歌に対する返歌。いやいや、見たいと仰ってくださったら、決して否などと申しませんよ。梅の花が散り過ぎるまで、おいでなさらなかったのは、あなたです。うまい返しだなあ。

梅の花 香をかぐはしみ 遠けども

 心もしのに 君をしぞ思ふ

   (巻第二十 四五〇〇)

梅の花が漂わす香の高さほどに、遠く離れているけれども、心は一途にお慕い申し上げています、という感じ。但し、ここでは恋愛の歌ではない。敬意に近い。

こうして見ていくと、万葉の人々が梅の花をどのように捉えていたか少し分かる感じ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年2月15日 (水)

妻を求める~狂言『伊文字』より

笑いというものは、いつも面白いことを言ったり、したりする人も面白いが、真面目な人が、本人は気づかず、おかしなことをやっているのが、案外目立って、おかしいもの。そういう観察は昔から行われてきたが、狂言の面白さも、そういうところにある。

今回、取り上げる狂言は、神仏に願って妻を得ようとする「妻定め物」という部類のものでで、『伊文字』というもの。妻が欲しいと主人が太郎冠者を伴い、清水の観世音にやって来て、一晩籠る。社殿近くで仮寝をすると、「西門の一の階(きざはし)に立った者を妻にせよ」との有り難い霊夢を授かる。そこで、早速、西門に向かうと、そこにはそれらしい女が頭から衣を被って立っている。

主人は恥ずかしくて声を掛けられないので、代わりに太郎冠者が女に声をかけると、確かに霊夢の人である。そして女が「恋しくは、問うても来たれ 伊勢の国伊勢寺本に住むぞ わらはは」と歌を詠み、立ち去ってしまう。

ところが、太郎冠者は、上の句の「恋しくは、問うても来たれ」しか覚えられない。折角の住所が分からなくなる。そこで、困って、歌関を作って、往来の人に相談して、和歌の下の句を継がせようとする。ちなみに、「歌関」とは、関所になぞらえて、和歌を詠まないと、通行させまいとすることを言う。通行人は先を急いでいるのに極めて迷惑なこと。

でも、この主従は、自分たちのためなら、そんなことにはお構いなし。神頼みまでして尋ねた大切な女の住所。何とか知りたいの一念。主人は、太郎冠者の任せた後悔。太郎冠者は、女の歌を覚えられなくて、主人の要望を叶えられなかったら大変という思い。

そういうことで何回か通行人に尋ねた結果、ある通行人が、きっと「い」の文字のつく国の名だろうと伊勢の国を言い当てる。ところが、また「伊勢の国 い」でつかえたので、今度は、「い」の字のついた里の名と推察し、見事に推理して去り終演。

記憶喪失の男が、誰かの助けを得て、過去を思い出すような雰囲気(笑)。部分記憶のつなぎ合わせで全体を思い出す。誰でも、有りうることです。流風なども和歌で示されると、覚えられるかどうか不安。太郎冠者を決して笑えない。でも、主人は、太郎冠者に任せず、直接、女に尋ねるべきであったのは確か。

*追記

ついでに記せば、霊夢などは嘘であろう。どうも寺の方で仕組んだ感じがする。寺には、それなりのものを主人は納めているはずだから、適当に、女を見繕ったとするのが自然。女は、夜のうちに主人を確認したものだろう。一種の見合いと言えないこともない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年1月15日 (日)

放蕩息子~落語『六尺棒』から

大体、商家の子供は、金遣いが荒い。子供時代、同級生の実家が商売している子供は、いずれも贅沢ななりをしていたが、小遣いも多いようであった。でも、皆が皆、立派な商売をしているわけでもない。自宅にあるお金を、くすねている者も多かったようだ。

それらの多くは、商売用のお金。親が金銭教育をしていなかったのだろう。商売用のお金と、本当の家のお金は区別しなければならないが、商売用のお金も、家のお金と勘違いするのだろう。お金の意味を子供に教えていない結果だ。

そういうことは、今も昔も同じだろう。落語に商売屋の放蕩息子がよく登場するが、彼らも金銭感覚が躾けられていなくて、お金を湯水のように使うことしか頭がない。そこで、今回は、落語『六尺棒』を取り上げてみよう。

放蕩息子が、午前様で酔っ払って家に帰ってくる。店の潜り戸を叩くが応答がない。実は、番頭の代わりに父親が潜り戸のところに頑張っていて、開けてやらないのだ。そして言う。「こんなに遅く、表をお叩きなさるのは、どなたでございますか」と。そうすると息子は、「私だ、私だ」と言うが、親父は、「えっ、私ではわかりません。お名前を言ってください」と返す。

息子は、「何を言っているんだい。幸太郎だ」。それに対して、親は、「おやっ、幸太郎さんですかい、、、。私どもには幸太郎というバカ息子がおりますが、近頃は、宅にも帰ってきません。このようでは、終いには、この身代も潰してしまいますので、一昨日、親類縁者相談の上、勘当と決めました。あなたは、お友達なら、そう伝えてください」と返す。

更に付け加えて、「それに比べて、お隣の清六さんは、何という親孝行な息子さんでしょう。それを思うと、涙がちょちょ切れます」と言う。ところが、息子の方は、糠に釘。馬耳東風。親父の繰り言を聞いても、一向に平気。

「勘当とは、お勝手が過ぎやしませんか。私の方からお願いして、こしらえてもらった倅(せがれ)ではございません。あなたの勝手に比べて、花魁のなんとまあ、親切なこと」と惚気(のろけ)る。更に、「勘当なら、私はあきらめのために、火をつけます」と、ついには喚(わめ)き散らす始末。

さすがに、これ以上、長く息子の大声と、やり取りしていると、近所迷惑なので、父親は、潜り戸をがらりと開けて、六尺棒を持って息子を追いかける。だが、さすがに酔っていても息子は若いので走るのが速い。それに対して、親の方は、ふうふうと追っかけるが、ぐるりと回って、息子の方は、潜り戸をすっと入り、ぴしゃりと閉めて、親を締め出す。

親は返ってきたが、戸が開かない。そこで、「これっ、番頭、番頭」と戸を叩くと、「こんなに遅く表を叩かれるのはどなたですか」と息子。「むむ、もう入っているな。俺だ、俺だ」と言うと、「俺ではわかりません。お名前を仰ってください」と、かつて言われた親の物真似。これに親は、「馬鹿野郎。そんなに真似がしたけりゃ、今度はお前が六尺棒を持って、追いかけて来い」で終演。

この落語は、演者にもよるが、割と面白く、よく聞く方だろう。バカ息子に限らず、親の思いは、なかなか子供には伝わらないもの。子供が改心するには、何かのきっかけが必要だが、大きくなってからでは、一定の時間がかかる。程度の差はあれ、親の悩みは尽きない。幼児時代に、日々の家庭での、子供への金銭教育を含めての社会教育は大切と気づかされる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年1月14日 (土)

馬鹿げた禅問答~狂言『左近三郎』から

海外の観光旅行者を狙ったニセ僧侶がいるそうだが、迷惑千万なことだ。彼らは中国に本部があり、組織的に動いているらしい。彼らに限らず、その他にも、ニセ僧侶は結構いるかもしれない。尤も、本当の僧侶も、実態はニセ僧侶とあまり差はないかもしれないと思う時もある。宗教の堕落は日本に限らず、世界で存在している。

そういうことをからかった狂言に『左近三郎』がある。読みは「さこのさむろう」。左近三郎は猟師の名。彼が山に狩りに行くと、僧と出会う。そこで、むくむくと悪心。無理やり同行して、いろいろ質問する。

聞けば、僧の宗旨は禅宗。それならばと、「酒は飲むか、魚は食うか、妻はいるか」など尋ねる。そうすると、僧は、当然のように、ことごとく否定する。ならばと、弓に矢をつがえて脅し、僧に肯定させて、あざ笑う。脅されると信念も何もない僧。

更に、おちょくりの挙句、檀那になろうと言い出す始末。だが、僧は左近三郎が猟師と知って「殺生する者は檀那にできないと」と断る。しかし、三郎は、達磨大師の文を引用して殺生も科(とが)にならないはずだと反論。その後も、三郎は、殺生の是非について問答を仕掛ける。結構、頭のいい奴だ。教師が生徒に言い負かされるのと同じ。あるいは親が子供に言い負かされるのと。

殺生のことについて、僧は、鹿を射たら鹿になってしまうだろうと言うと、坊主を射て出家になろうと左近三郎は言い返す等々、禅問答が果てしなく続く。これは、ああ言えば、こう言う、まるで漫才。結局、これらの禅問答の末に、お互い笑いあい、二人は意気投合して、三郎は、僧を家に連れて帰り終演。

この僧は禅僧と名乗っても、それほど深く修行したとも思えない。実際は、そういう僧は、うようよいたのだろう。専門家と名乗っても、必ずしも専門家と言えないのと似ている。むしろ在家の三郎の方が禅僧と名乗ってもいいくらいだ。

この狂言は、一休同様、当時の仏教の堕落を揶揄したものだろう。そして、禅問答が本来、お互いの悟りの程度を測るものだったものにもかかわらず、言葉解釈遊びになって、訳のわからぬものになってしまったものをからかっている。残念ながら、この狂言の皮肉は、現代でも、宗教界に限らず、あらゆる分野で通用する。是非、あちこちで公演してほしいものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月16日 (金)

漢詩『西山』を読む

今回は、『唐詩選』にある常建の『西山』を取り上げる。常建は、盛唐の詩人。官を辞して、太白山、紫閣峰などを放浪した。題の西山が、どこの山かは分かっていない。訓読は、参考参照。若干、分からない言葉もあるが、解釈を試みると、次のようになるかもしれない。

「旅をするため(小さい)舟に乗りこんだ。丁度、日は西山に落ちかかっている。西山は、舟が去るに従って、追いかけるように見えていて、遥かに続く大空と連なり一体となっている。

見える物の姿は、すがすがしいことこの上なく、林や峰は、夕日に照らされ濃淡が麗しくしている。高く聳える木々の中を流れるように揚子江は暗く、日没後の霞だけが漂っている。遠く中州や渚は、きらきらと月に照らされ明るくなったり暗くなったりしている。

ただ雲だけは、まだ鮮やかな白さを表している。林は暗く、シャーマニズム独特の楚の国の雰囲気だ。岸も遠くなり荊門山も閉じられた雰囲気。夜になると、いよいよ空気は、しんと静まり、物寂しく北風が厳しく吹く。

砂地の川辺では、雁や鷺がねぐらにしており、舟を留めた辺りは、水草で蔽われている。満月が前方の入り江にとどまっている。そこに、どこからか物悲しい琴の音が揺れながら合わさっていく。(うつらうつらとしていると)やがて寒々と夜が明けた。私の袂を露が濡らしている」ぐらいかな。

ちょっと解釈は難しかった。少し間違っているかも。でも、雰囲気は分かる。内容は、舟に乗って夕方から翌朝まで流れるように観察している。まるで動く水墨画の世界。

*漢詩『西山』の訓読

一身 軽舟と為る

落日 西山の際

常に去帆の影に随(したが)い

遠く長天の勢いに接す

物象 余清に帰し

林巒 夕麗を分てり

亭亭として碧流暗く

日入りて狐霞継ぐ

洲渚 遠く陰映し

湖雲 尚お明霽(せい)なり

林は昏くして楚色来り

岸は遠くして荊門閉ず

夜に至りて転(うた)た清(けい)

蕭蕭として北風厲(はげ)し

沙辺 雁鷺泊し

宿処 葭蒹蔽う

円月 前浦に逗(とど)まり

孤琴 又揺曳す

冷然として夜遂に深く

白露 人の袂を沾(うる)おす

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧