古典文学・演芸

2017年7月 7日 (金)

薫風は南から来るか

梅雨と台風が一緒にやって来て、各地は混乱している。九州地区の水害は目を覆いたくなる。被害に遭われた方にお見舞い申し上げる。不幸にも亡くなった方にはご冥福をお祈りする。日本は自然災害の国。明日は我が身だ。自然とうまく付き合う方法はないものか。

それでも、いずれ盛夏はやってくるのだろう。また、暑い、暑いと言って過ごさなければならない。そういうと、蘇東坡の詩に次のようなものがある。それは『東坡集』にあるもので題は不明。

 人は皆炎熱に苦しむ

 我は夏日の長きを愛す

 薫風南より来たり

 殿閣微涼を生ず

 一たび居のために移されて

 苦楽永く相忘る

 願わくば言わん

 此の施しを均しくして

 清陰を四方に分たんことを

実は、三人の合作で、最初の二行が文宗皇帝のもの、そして続く二行が柳公権のもの。そして、残りが蘇東坡によるものだ。世間知らずの皇帝の詠んだ歌に、柳公権が、同調したことを批判したのが蘇東坡。

「人々は、夏になると、暑さに苦しめられる。でも、私は夏になると、日が長くなるので、夏もいいと思う」(皇帝)

「(そのように同意いたします)。御殿には、さわやかな薫るような風が南の方から吹いてきます。そうすると、宮廷には、涼しさが満ちて、暑さを知ることもございません」(柳公権)

「(何をおっしゃいますか)人というものは、その住んでいる環境によって、心映えも変わってくる。苦しいことも楽しいことも、環境が変われば、忘れてしまう。御殿に居て、庶民の苦しさを知りえましょうか。

広い御殿に住まわれていると、狭い家に住んでいる庶民の苦しみはお分かりになれません。願わくば、皇帝陛下が愛されている夏日の清陰を庶民に分け与えてほしいものです」(蘇東坡)

当時は、扇風機もなければ、クーラーもない時代。暑さを凌ぐのは大変なこと。皇帝が、自分のことしか見えていないので、蘇東坡は諫めた詩と言えよう。いつの時代も、為政者は、下々の生活を慮る能力が問われる。

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2017年6月26日 (月)

古今集のバラ

以前にも記したが、バラの花が次々と咲いている。ただ、雨にやられて、少し惨めな姿になっているものもある。バラは、しおれた花は、次々とカットして処理しないと、次の花が咲かない。本日の朝は、何とか晴れているので、早々に切り取った。

さて、古今和歌集にもバラが詠まれている。例えば、紀貫之の「さうび」と題する歌。さうびとはバラのこと。

 われは今朝 初にぞ見つる 花の色を

  あだなるものと いふべかりけり

「あだなる」とは、艶っぽいとかなまめかしいの意。彼は、バラを見て、「あだなる」の意味を納得したのだいう。バラの中に女性を発見しているのかもしれない。そして、女性はバラに憧れる。彼女らが好む理由かもしれない。

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2017年6月 9日 (金)

『万葉集』の七夕の歌

まだ時期的に取り上げるのは早い感じもするが、今回は、『万葉集』の七夕の歌を取り上げてみる。『万葉集』には、七夕の歌が130首以上もあるようで、柿本人麻呂の歌が、巻第十に、たくさん収録されている。

但し、今回、取り上げるのは、巻第八にある山上憶良の作品。一五一八番から一五二九番まで十二首収録されているが、当時の別居婚を反映した歌の内容になっている。日頃、会えないため、恋い焦がれる様子を描いている。いくつか取り上げよう。

 天の川 相向き立ちて 我が恋ひし

  君来ますなり 紐解き設(ま)けな

    (一五一八番)

早く共寝がしたい心情をうまく詠んでいる。いつの時代も同じだ。

 風雲は 二つの岸に 通へども

  我が遠妻の 言ぞ通わぬ

    (一五二一蕃)

風や雲は、天の川の両岸を自由に行き来するのに、妻からの便りは一向に何もない。どうしたんだ、という心情かな。

 

 玉かぎる ほのかに見えて 別れなば

 もとなや恋ひむ 逢ふ時までは

    (一五二六番)

再会しても、ほんの少しの時間だけ会って別れてしまえば、かえって、その次にお会いするまで思いは募るという感じかな。

まあ、会えないと、かえって、相手をよく感じるものです(笑)。適切な距離感がいいのかも。現代の恋人たちはいかが。

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2017年5月14日 (日)

初夏の万葉集

昨日の雨で、雑草たちが、一斉に生えだした。しばらく、雑草取りに追われそうだ。また木々たちも、一層緑を濃くしている。まさに初夏の雰囲気。そこで、万葉集の歌を取り上げる。学生時代に習った持統天皇の歌だ。

 春過ぎて 夏来たるらし 白妙の

   衣干したり 天の香具山

  (巻第一 二十八番)

改めて、鑑賞してみると、女性にしてはスケールの大きさを感じる。ただ、洗濯物(干し物であり、洗濯物とは限らないが)で夏を感じるところは女性的。流風なんて、洗濯物で季節は感じない。ただ、今は、冬と違って、早く乾くことは確かだが。

香久山は、もともと天上にあり、天下った山というこで、神聖な山らしい。それで「天の香具山」となっている。その雄大な山と干してある白い洗濯物の対比。また色彩的には、緑と白の対比でもある。やはり秀歌のようだ。学生時代は、何も感じなかったが(笑)。

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2017年5月 7日 (日)

白髪を嘆く~『万葉集』より

今のところ、白髪は目立つということはない。ただ、耳の周りは、白髪が少し見える。年齢には勝てない。ただ、私より若い人でも、時々、白髪の人がいる。苦労をされた結果であろうか。ある人は、そんな歳ではないのに、一瞬で白髪になられた方もいた。肉体的なものより精神的なものも影響するのだろう。

さて、『万葉集』(*注)にも、白髪を嘆く歌がある。若い人たちに、白髪爺と詰られたのか、若干、自意識が強かった若い時を思い出しながら、白髪を笑われることに反発した歌である。長歌と短歌で構成されている。

長歌の内容は長いので、ここでは、挙げないが、かいつまんで紹介すると、「みどり子の若子髪には」ではじまっている。

内容は、赤ん坊のころから大事に育てられ、あなた様のような若いころには、黒髪がいっぱいで、いろんな髪型にしたり、それに合う服装をしたりして、めかしていたものだ。そうすると、どんな男も足元に及ばなかったものだ。。

いろんな女性からの贈り物を身に着け、自他共に認めるファッショナブルな格好をすれば、春には鳥さえ、鳴いて飛び回るし、秋には、天雲さえも、ゆったり私になびく有様。大路を歩けば、女官も振り向き、噂する。

まるで、我が世の春と思ったことなのに、今では惨めな姿をさらし、あなた様にどのように思われていることか。あなたも歳をとれば、私のようになるのを覚悟しなさい、と言う風な歌だ。

そして、反歌として、二首を挙げる。

 死なばこそ 相見ずあらめ 生きてあらば

  白髪子らに 生ひずあらめやも

「若いまま死んでしまったならば、こんな目に遭わずに済んだであろう。けれども、生きていれば、あなた様にも白髪が生えてこないはずはない」

 白髪し 子らに生ひなば かくのごと

  若けむ子らに 罵らえかねめや

「あなた様にも、白髪が生えて来れば、若い人たちに、罵られずに済むことはないでしよう」

最近は、若い人も、白髪ぐらいでは、高齢者を詰ったりしないだろう。せいぜい、パートナーに、「あなた、歳を取ったねえ」と言われる可能性もあるが、案外、近くにいると気づかないものだ。せいぜい、病気などで寝込んだりすると、改めて指摘されるぐらいかもしれない。

そして、最近は、毛を染められたりしたら、全く分からない。流風は、白髪になっても、染めることはしないだろうから、若い人たちから、からかわれるのだろうか。まあ、誰も気にしないだろうね。多分、白髪を嘆くこともない。

*注

『万葉集』 巻第十六 三七九一~三七九三より

 

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2017年5月 2日 (火)

謡曲 『吉野天人』について~姫路城薪能

第68回姫路お城まつりで、5月12日には、第47回姫路城薪能が催され、その中で、狂言として『察化』が演じられることは、先日、紹介した。そして、能としては、『吉野天人』と「『小鍛冶』が演じられる。今回は、『吉野天人』を取り上げよう。

姫路城の桜は、さすがに、もう終わってしまって葉桜状態だが、吉野の方は、まだ楽しめるかもしれない。また、こんなことを言っているが、未だ吉野には行けていない。謡曲の方は、次のような内容になっている。

毎春、花見を、あちこちに訪ね歩いている者が、毎年、千年桜を眺め楽しんでいるが、その千本の桜は、吉野の種を取ってきて、植えたものと知っているので、そのルーツを訪ねようと、若い人を伴って、大和の国に向かう。

そういうわけで、気が急けたこともあって、花を追い求めると、あっという間に、吉野の山に着く。そうすると、山の峰も、頂も、桜の花は満開。更に奥深く、分け入ろうとすると、似つかわしくない卑しからぬ女が現れて、何を噂されているのですか、と問うので、高貴な御姿で、なぜ、山の中にいらっしゃるのですかと逆に問い返す。

そうすると、その女は、「私は、このあたりに住んでいる者で、春の気配が立つ山に日を贈り、花を共にして、ここに暮すだけです」と答える。そうすると、都の者は、「それはそれは。私たちも、同じ心で、花を共にしているのです」と感心する。

それなら、一緒に花を楽しもうということになるが、一向に帰る雰囲気もなく、女に不審な感じを受ける。そうすると、女は「実は、私は、天女で、花の美しさに誘われて、ここまでやってきた」と告白する。

そして、続けて言うには、「せっかくだから、今夜は、ここに泊まって、信心されるなら、五節の舞や小忌の衣(*注)の羽袖を返し、月の夜遊をお見せしよう」と言う。しばらくお待ちくださいと言って消え去る。

そうすると、しばらくして、虚空に音楽が聞こえ、香しい匂いが漂い、花が降ってくる。この花の舞は、平和の治世の印だと思われた。しばらく、天女は留まっていたが、やがて、山桜の中を、花の雲に乗って、行くえ知れずになったのであった。

話は、桜の花の精を題材にしたもの。もちろん、天人は実際には存在しないが、桜の散りゆく姿を幻想的に捉えた作品だろう。桜見物ができるのは、確かに平和な証拠。最近、騒がしい東アジアの情勢も落ち着いて、皆が平和を享受できる世界であってほしい。

*注 小忌の衣について

「五節の舞」については、以前記したので、ここでは重ねて記さない。「小忌の衣」とは、厳重な斎戒を必要とする神事に参列する小忌の責任者が上衣として着用する青摺りの衣のこと。

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2017年5月 1日 (月)

狂言『察化』について

第68回姫路お城まつりが、2017年5月12日より14日まで開催される。5月12日には、第47回姫路城薪能が催される。その中で、狂言として演じられるのが、『察化』。察化とは詐欺者の名。最近、日本では、多くの詐欺事件が起こっているが、まさか、そういうとこで、この演目を選んだのではないだろうが。狂言の方は、例によって、太郎冠者による察化を巻き込んでのドタバタ。

連歌の初心講の当番になった主人。そこで都の伯父を宗匠に頼もうと思う。そして、太郎冠者を迎えとして使いに出す。ところが、そそっかしい太郎冠者は、早速、都にやってきたものの、伯父の名前も、顔も、住まいも知らない。

そういうと、流風も、子供のころ、母に買い物を頼まれたが、行先が分からない。それに買うものも忘れたことがある。その時には、近所の人にも呆れられた記憶がある(笑)。

困った太郎冠者は、あほの知恵で、物売りを真似て、大声で呼び回して歩く。流風の場合は、泣いていて、近所の人に呼び止められて、家に帰って笑われた。太郎冠者の場合は、そこにやってきたのが、しめしめと思ってやってきた見乞いの察化と名乗る詐欺師。察化は、太郎冠者を騙して、伯父になり済ます。

そして、主人の家にやってくる。ところが、主人は、察化の素性を知っていた。なぜ知っていたのだろう。過去に関わりがあったのだろう。一応、驚くのだが、事を荒立てたら、ややこしくなると考え、振る舞って帰そうとする。

そういうわけで、大胆にも、太郎冠者にもてなしに担当。何も知らない太郎冠者を適任者と考えたのだろうか。ところが、太郎冠者は失態の連続。さすがに、あきれた主人は、すべて私の物真似をすればいいと太郎冠者に言いつける。

ところが、太郎冠者は、その言いつけを忠実に守るのだが、ますます混乱する。主人はたまらなくなって、太郎冠者を打ち倒すと、太郎冠者は、それを真似て、察化を打ち倒して終演。多分、太郎冠者は、抜けているが真面目人間。現代でも、真面目人間が、案外、喜劇の材料になりうる。そういう目で、この狂言を楽しむのもいいかも。

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2017年3月12日 (日)

『和漢朗詠集』の梅の花

庭では、梅の花が、少しずつ開花している。どういう塩梅で咲くのかは分からない。多分、微妙なものが影響しているのだろう。

さて、先日、『万葉集』の梅の歌を取り上げたが、今回は、『和漢朗詠集』の梅を取り上げてみよう。その名の通り、中国の詩文の影響を強く受けている。

まず、一番最初に取り上げられたもので、「立春」と題して、次のものがある。歌の内容は立春に、作者の希望を詠ったものだ。よって、梅は、まだ咲いていない。

 吹(かぜ)を遂(お)うて潜(ひそ)かに開く

 芳菲(ほうひ)の候を待たず

 春を迎えて乍(たちま)ちに変ず

 将に雨露の恩を希(ねが)はんとす

春を感じ取るのが早い梅の花を詠んでいる。暦と一致しようとする梅の花を称賛しているとも捉えられる。

次に、梅の花の咲き方を詠んだものを取り上げよう。

 東岸西岸の柳

 遅速同じからず

 南枝北枝の梅

 開落已(すで)に異なり

柳の芽吹きが東岸と西岸で異なるように、梅の花も、同じ木であっても南枝と北枝とでは、咲く時期が異なると詠んでいる。これは、まさに、私が今感じていること。時代は変わっても、人の感じることは、大して変わらない。

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2017年3月 3日 (金)

『万葉集』の梅の花

自宅の梅の花が、今か今かと咲くのを待っているが、咲きそうで、なかなか咲かない。そして、咲いてしまうと、あっと言う間に散ってしまうことも多い。そう考えると、梅の花に関しては、咲くまでの蕾の段階がいいのかもしれない。

ところで、『万葉集』には比較的、梅の花が多く詠まれている。この頃は、まだ中国の花である梅の花が日本でも主体であったことが分かる。その中で、少し気に入った歌を五首取り上げてみよう。

梅の花 散らすあらしの 音のみに

 聞きし我妹(わぎも)を 見らくしよしも

   (巻第八 一六六〇)

梅の花を散らしてしまうという嵐の音。そのような噂だけを聞いていたのに、実際、あなたにお会いできて嬉しい、というような趣旨。憧れの彼女に会えた嬉しさを素直に表現している。

春されば まず咲く宿の 梅の花

 独り見つつや 春日暮さむ

   (巻第五 八一八)

春が来ると、まず咲くのは梅の花。この花を家族と離れて、ただ独りの私は、寂しく長い一日の春を暮すことよ。憶良らしい歌。

恨めしく 君はあるかや やどの梅の

 散り過ぐるまで 見しめずありける

   (巻第二十 四四九六)

あなたは少し恨めしい人よ。庭の梅の花が散り過ぎるまで、見せてくれないなんて。主人が梅の花を独り占めしているのをからかった歌かな。

見むと言はば いなと言はめ 梅の花

 散り過ぐるまで 君が来まさぬ

   (巻第二十 四四九七)

前の歌に対する返歌。いやいや、見たいと仰ってくださったら、決して否などと申しませんよ。梅の花が散り過ぎるまで、おいでなさらなかったのは、あなたです。うまい返しだなあ。

梅の花 香をかぐはしみ 遠けども

 心もしのに 君をしぞ思ふ

   (巻第二十 四五〇〇)

梅の花が漂わす香の高さほどに、遠く離れているけれども、心は一途にお慕い申し上げています、という感じ。但し、ここでは恋愛の歌ではない。敬意に近い。

こうして見ていくと、万葉の人々が梅の花をどのように捉えていたか少し分かる感じ。

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2017年2月15日 (水)

妻を求める~狂言『伊文字』より

笑いというものは、いつも面白いことを言ったり、したりする人も面白いが、真面目な人が、本人は気づかず、おかしなことをやっているのが、案外目立って、おかしいもの。そういう観察は昔から行われてきたが、狂言の面白さも、そういうところにある。

今回、取り上げる狂言は、神仏に願って妻を得ようとする「妻定め物」という部類のものでで、『伊文字』というもの。妻が欲しいと主人が太郎冠者を伴い、清水の観世音にやって来て、一晩籠る。社殿近くで仮寝をすると、「西門の一の階(きざはし)に立った者を妻にせよ」との有り難い霊夢を授かる。そこで、早速、西門に向かうと、そこにはそれらしい女が頭から衣を被って立っている。

主人は恥ずかしくて声を掛けられないので、代わりに太郎冠者が女に声をかけると、確かに霊夢の人である。そして女が「恋しくは、問うても来たれ 伊勢の国伊勢寺本に住むぞ わらはは」と歌を詠み、立ち去ってしまう。

ところが、太郎冠者は、上の句の「恋しくは、問うても来たれ」しか覚えられない。折角の住所が分からなくなる。そこで、困って、歌関を作って、往来の人に相談して、和歌の下の句を継がせようとする。ちなみに、「歌関」とは、関所になぞらえて、和歌を詠まないと、通行させまいとすることを言う。通行人は先を急いでいるのに極めて迷惑なこと。

でも、この主従は、自分たちのためなら、そんなことにはお構いなし。神頼みまでして尋ねた大切な女の住所。何とか知りたいの一念。主人は、太郎冠者の任せた後悔。太郎冠者は、女の歌を覚えられなくて、主人の要望を叶えられなかったら大変という思い。

そういうことで何回か通行人に尋ねた結果、ある通行人が、きっと「い」の文字のつく国の名だろうと伊勢の国を言い当てる。ところが、また「伊勢の国 い」でつかえたので、今度は、「い」の字のついた里の名と推察し、見事に推理して去り終演。

記憶喪失の男が、誰かの助けを得て、過去を思い出すような雰囲気(笑)。部分記憶のつなぎ合わせで全体を思い出す。誰でも、有りうることです。流風なども和歌で示されると、覚えられるかどうか不安。太郎冠者を決して笑えない。でも、主人は、太郎冠者に任せず、直接、女に尋ねるべきであったのは確か。

*追記

ついでに記せば、霊夢などは嘘であろう。どうも寺の方で仕組んだ感じがする。寺には、それなりのものを主人は納めているはずだから、適当に、女を見繕ったとするのが自然。女は、夜のうちに主人を確認したものだろう。一種の見合いと言えないこともない。

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