マスコミ評論及び各種書評

2017年8月15日 (火)

『昔ばなしの謎』を読む

昔話は、子供が主として読むものだろうが、大人が読んでも結構面白い。その形成過程は不明なものも多いが、それを分析した古川のり子著『昔ばなしの謎』を読了した。昔話を分析した本は、いろいろあるが、この本は、かなり深いところに突っ込んでいる。

分析している昔話は、「桃太郎」、「かちかち山」、「花咲爺さん」、「浦島太郎」、「鬼の子小綱」、「三枚の護符」、「蛇婿入り」、「蛇女房」、「産神問答」、「ミソサザイは鳥の王」、「ホトトギスと兄弟」、「鉢かづき姫」、「一寸法師」の十三点。

それぞれの分析内容は、なるほどと思わせる。昔話は、日本文化の底辺を為すものかもしれない。大人であっても、改めて、その話を吟味してみるのも悪くない。

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2017年8月 2日 (水)

人口減少下の日本

人口構成のの歪みから、今後、人口が減少することは以前から指摘されてきた。そのことにより、今までの多くのシステムが機能しなくなることも多くの専門家は指摘してきた。ただ、一般人は危機感は薄いかもしれない。せいぜい、高齢者が、年金カットされたり、介護保険料がアップしたり、医療費の個人負担が増えて、その痛みを知るくらいである。

でも、本当は、若い人たちの方が、今後、より深刻だ。人口減少のカレンダーをまとめた書籍に河合雅司著『未来の年表~人口減少日本でこれから起きること』がある。2016年から2065年までのトピックとして具体的に何が起こるか記してある。内容は極めて悲観的なものだ。

問題は、若い人たちは、これらの諸問題をどう捉えるかに尽きる。現象対応すれば、多くは無駄になる。基本的に、多すぎる高齢者も、いつかは解消する。寿命は医療科学で延ばしても限界があるからだ。それを見越した考え方も求められる。よって、じっくり考えれば、海外を巻き込んでビジネスチャンスがあるかもしれない。

それでも、これから半世紀ぐらいは過渡期とみることもできる。それゆえ、厳しい時代が待ち受けているのも確かだ。しかし、知恵の出し方で面白い時代になるかもしれない。それは今までの既成概念を取り除くことによってのみ可能だ。その後は、人口8千万になって、また違ったものが見えてくるだろう。

*追記

この著作では、後半に、人口減少に対する処方箋も示されているが、ありふれた内容で、特に参考になるものはない。前半の「人口減少カレンダー」だけは参考になる。

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2017年7月 8日 (土)

三木清の『人生論ノート』を読む

社会人になってから、専門書ばかり読んでいる私を懸念して、父から、歴史書や哲学書を読むように注意されたことを以前にも記した。なぜ学生時代に言ってくれなかったのかと多少恨んだが、仕方ない。仕事の合間を縫って、それらを読んだものだ。

もちろん、それは無駄ではなかったと思うが、最近思うことがある。父は、本を読んでも、基本的に読み終わったら処分することが多かったので、蔵書は極めて少なかった。ただ、その中に、三木清の『人生論ノート』があったことは記憶している。しかし、なぜ、この本を薦めてくれなかったのか。あるいは、私が聞き逃したのか。

その『人生論ノート』だが、蔵書の入れ替えはあったはずだが、父が亡くなる寸前まで、この本は、珍しく蔵書としてあった。最近、遅まきながら、それを思い出して、この本を手に入れた。三木清は、兵庫県たつの市生まれの哲学者だ。ドイツ、フランスに留学して、帰国後、マルクス主義哲学、西田哲学を研究した。

1930年に、治安維持法で検挙され、1945年に反戦議員を匿った罪で逮捕され投獄。終戦を迎えるも、釈放されず、獄中で死亡した。なお、念のために記すと、彼はマルクス主義者ではない。研究しただけだ。当時、当局は、変な理屈をつけて、多くの人を不当逮捕している。残念ながら、共謀法にも、そういうリスクを含んでいる。

さて、その『人生論ノート』だが、極めて簡略に、物の見方をまとめている。父が生前、各種判断の拠り所にしたのではないかと思う箇所が何か所もあった。父に何事も相談すると、いろいろアドバイスしてくれたが、恐ろしく、ほとんど間違いはなかった。まさしく正鵠を得るというものであった。

いろんな歴史書、哲学書を読むのもいいが、遠回りしないためにも、まず三木清の『人生論ノート』を若い人は読むのを勧めたい。理解できない部分は、読み飛ばしてもいいだろう。後日、理解できる時が来る。

文庫本で、170ページほどで、「死について」から始まり「個性について」まで、23項目について短く論じているので読みやすい。いろんなことを考えたり、判断する材料にはなる。一旦通読して、その後は、それぞれの関心事を、その都度、読み直すのもいいだろう。

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2017年6月25日 (日)

マスコミの役割は権力チェック

いつの時代も、権力は腐敗する。権力者は、そのつもりでなくても、権力の持つ力を頼ってくる輩が、巧妙に近づいてくる。それを客観的に常にチェックするのがマスコミの役割だ。それができなければ、マスコミの役割を放棄したに等しい(*注)。

つまりマスコミは、常に権力と戦う姿勢が求められる。よって権力を怖れるようでは何もできない。安倍政権になって、日本のマスコミは委縮していると海外からも指摘されるほど情けない状況にある。

もちろん、重箱の隅をつつくような報道は、ほどほどにする必要もある。ただ、それも政治姿勢に関わるのであれば遠慮する必要もない。逆に言えば、権力者も、マスコミにチェックされて姿勢を正すこともできる。

権力側は、うるさいと感じるマスコミでも、敬遠しないことだ。彼らの後ろには国民がいることを忘れてはならない。

*注

権力チェックできない典型的な新聞が「産経新聞」。最早どうしようもない。既にマスコミの役割を放棄している。それに次いで、「読売新聞」が政権に取り込まれて後追いしている。大新聞と言われて久しいが情けない。

またNHKの政治部も、官邸に近づきすぎて、物が言えない状態になっているようだ。情けない。そもそも政治家に近づいて情報を取ろうとする態度がマスコミ人として如何なものか。上記の新聞社に限らず、政治部記者は、危うい存在だ。政治家と、いかに距離を保つかが問われる。

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2017年6月24日 (土)

騒ぎすぎる報道の是非~若手棋士と女性元アナウンサーの死

マスコミは、事象を捉えて大袈裟に報道したいのだろうが、やはりやり過ぎがなくならない。

最近の例であれば、若手棋士が28連勝したと各紙が一面で報道した。確かに偉業なのだろうが、世界から見れば、どれほどの意味があるだろうか。社会面で大きく扱えばよかったのだと思う。一面記事にすることもなかろう。

また元フリーの女性アナウンサーが闘病の上亡くなったことを一面で報道したり、テレビでも大々的に報道している。確かに、若くて癌という難病にかかり、闘病生活を続けていたことは確かだ。

けれども、マスコミは女性の気を引きたいのだろうが、一面で扱うテーマではなかろう。死者は皆平等だ。淡々と報道すればいい、彼女のご冥福はお祈りするが、夫の歌舞伎役者が仕事に利用しているようにも見えてくる。

いずれにせよ、これらは、結局、マスコミは、センセーショナルな話題を提供して、部数が上がり、あるいは視聴率が稼げればいいと判断しているのだろう。報道のあり方が大きく問われる。

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2017年6月13日 (火)

ネットニュースで読売ネタは取り上げるな

以前から言及されていたが、今や、明確に政府のお抱え新聞(御用新聞)になった「読売新聞」。産経新聞同様、とても真っ当なマスコミとは言えなくなっている。新聞は、政治面だけで構成されているわけではないが、この新聞の評価は、ぐっと落ちた。

元々、公表されているような新聞発行部数ではない。まともな人なら、購読はしないだろう。報道同様、世論調査も、作為の多い新聞だからだ。ところが、ネットニュースでは、依然として、読売新聞の記事を取り上げているところもある。彼らの記事は、国民を錯誤させる危険性があり、ネットでの記事採用は止めるべきだろう(*注)。

*注

なお、コンビニでも、産経新聞、読売新聞の扱いは止めるべきだろう。コンビニは、最早、公共財。人々に与える影響・意味は大きい。

*追記

なお、時事通信の情報も、政権寄りとなっており、ネットニュースで取り上げるのは避けるべきだろう。

*追記

産経新聞、読売新聞、時事通信に限らず、権力に近づきすぎると、マスコミは必ず腐敗し、マスコミの役割を果たさなくなる。これは他のマスコミにも言える。凡そマスコミトップや政治部の人間に対しては、政治とは距離を置き、常に第三者監査できる体制が望ましい。それには、まず社内のマスコミ教育の徹底が望まれる。常にマスコミの使命感は何なのか、再確認してほしいものだ。

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2017年6月 6日 (火)

民進党の再評価と再建

民主党時代、政権交代して、初めての政権運営ゆえ、その拙さが目立ったものだが、全ての政策が悪かったというわけではない。ただ、拙速な沖縄問題処理を企みることによって米国との関係悪化、更に福島原発事故のバタバタとした処理、あるいは当時の石原都知事に煽られ、拙速な尖閣国有化の処理ミスによる中国との関係悪化等が、かの党のイメージ悪化を植え付けた面がある。全ての原因が必ずしも民主党にあったわけでないのに。

だが、例え、初めての政権運営であっても、国民の評価は甘くなかったとも言える(*注)。急激な政策転換に国民が付いていけなかった面もある。この辺は、民主党の政権運営の未熟さとも言える。ただ、国民が、もう少し、余裕を以て、長い目で見ることができれば、この政党を育成することができたかもしれない。

ところが、真面目な党ゆえ、攻めることはうまいが、守ることが下手とも揶揄されたように、当時の野党の自民党に攻め立てられて、党内の統制が乱れ、簡単に政権を手放してしまった。ある意味、ずるさが足りない。

そこを民進党になってからも、他党から巧妙に突かれているのが現状だ。よって、どなたかがよく言う「イメージ操作」で、現在の民進党も、低評価のイメージになっている。だが、現在の政権と比べれば、あの拙い民主党政権の方がましだったと思う人々も多くいる。

更に、野党といいながら、与党にすり寄り、党名の「維新」とは程遠い日本維新の党には、裏切られたと思っている人も多い。ところが、それが民進党への投票行動に結びついていない現状がある。有権者への働きかけが足りないし、チャンスタイミングで積極的に動けない。

民進党低迷の原因は、有権者と接する機会が薄いことだろう。そういう民心を把握する努力が足りない。更に、現在野党なのに、議員の中には、未だ与党感覚で物を言う人たちがいて、あまり感じがよくない。よって身近に感じ取れない。

民進党は、もっと草の根の活動を強化し、支持母体を労組主体から脱し、真の国民政党を目指すべきだろう。その結果、それは時間のかかることで、当面、単独で政権を担うことはないだろうが、他党との連携に頼らず、自力を付けてほしいものである。

オール与党化は、国民にとっても決して望ましくない。国民にとっては健全な野党は、ある程度の(場合によっては、単独では難しいかもしれないが、政権交代できる程度の)勢力を持つ必要がある。そのことは国民も理解している。そのため、国民に一定の支持層を固めるには、人材の発掘や日頃の支持基盤の確立など、地道な努力が求められる。急がば回れ、ということである。

*注

民主党が選挙で大敗した真の原因は、野田政権が、消費税増税と原発再稼働を決定したことだ。つまり保守系の野田氏が、国民の民心を察せず財務省や経産省の官僚の言いなりになったことだ。確かに難しい判断だったが、軽率過ぎた。

この点で、民進党の蓮舫氏が、野田氏を幹事長に据えたことは、大きな誤りと言える。野田氏が当時の政策の誤りを反省し、幹事長職を辞し、政界を引退することだ。それが今後の民進党の行方を決める。それができないなら、低迷を脱することは難しい。

*2017年7月27日追記

蓮舫、野田氏の辞任は歓迎すべきことだろう。蓮舫氏は、まだトップの資質に欠けていたし、野田氏は民主党政権を投げ出した張本人。本来、党の要職は任せられないはず。

今後、誰が主導するのか分からないが、基本的に、自民党と対立路線が望ましい。選挙対策としては、自民党政策を全否定することを旗頭にすべきだろう。野党として妙な妥協をしては、有権者にアピールしない。

変に真面目にならないことだ。真面目になるのは、政権を取ってからで十分だろう。いずれにせよ、誰をリーダーに選ぶかによって、この党の将来は決まる。また、意見の相違を超えて、トップを支える決意が議員に求められる。

なお、代表選に前原氏が意欲を見せているようだが、彼では、憲法改正でも、自民党とのスタンスが近く、対立軸にはなりえない。代表は、憲法改正や原発再稼働に否定的な議員が選ばれないと、有権者にアピールできないだろう。

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2017年6月 5日 (月)

騒ぎすぎる報道の是非~米国パリ協定離脱

米国がパリ協定を離脱することでマスコミは大騒ぎしている。ただ、人類起源の温室効果ガスと地球温暖化の相関関係は、未だ科学的に証明されていない。パリ協定の出資金を利用しているのは死の商人や欧州の金融関係者という見方もある。

そして、多くの学者も、おかしな観念的議論と感じている。ところが、国際官僚は、官僚の常として、走り出した仕組みを止めることには抵抗を示している。今やパリ協定に大した意味はないのに、マスコミは、馬鹿馬鹿しい情報に乗せられ過剰に反応している。

排出権取引でも、そうであったように、この仕組みは、あくどい、お金集めの手段に成り下がっている。つまりビジネスなのだ。金融ビジネスと言って差し支えない。要するに、地球環境をネタに、金集めしている。つまり、それらしい言い訳を作って、各国に金を拠出させてファンドを作り、国際官僚や国際金融業者がたかるのだ。

そもそもパリ協定があるからと言って、仮に地球温暖化が是認されたとしても、何も解決しないことは明らか。根本的な問題は、食糧・エネルギーを含めて、地球キャパシテイを超えた人口問題であることは明らかだ。そこにメスを入れない限り、何も前進はない。

米国だけでなく、本来、日本も、パリ協定から離脱した方が宜しい。無駄金を使うより、もっと有効な手立てはあるはずだ。例えば、従来のように発展途上国の教育や公害対策に協力するのが現実的だろう。

*追記

なお、麻生副総理は、米国のパリ協定離脱を受け、「その程度の国」と言ったようだ。これで、トランプ氏が大統領でいる間、彼の再登板の目はなくなった。軽すぎる発言が、彼の政治力の限界だ。

*2017年6月10日追記

上記追記に関連して、『プレジデント』(オンライン)で、麻生発言のヨイショ記事があった。この雑誌の限界であろう。最近は、読むこともないが。

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2017年6月 3日 (土)

『怖い浮世絵』を読む

先日、浮世絵『江戸の悪』を取り上げた。引き続き、今回は、『怖い浮世絵』を読んだ。同じく、太田記念美術館監修で、著者は同館の首席学芸員の日野原健司氏と主幹学芸員の渡邊晃氏によるもの。

この本は、盛夏に読んだ方がいいかもしれない。いずれも、ぞっとするような浮世絵ばかり。怖い浮世絵として、一、幽霊、二、化け物、三、血みどろ絵、に分類してある。物語は、史実、創作(当時を違う時代に仮託したもの)など。

作者のおどろおどろしい感性が沸き立っている。人間には、それぞれ、そういうものを持ち合わせているかもしれないと思わせる。ということは、現代の諸事件も、浮世絵の題材になりうるということ。

でも、平成の怖い浮世絵という声は聞かない。表現することを怖れているのだろうか。ネタがあり過ぎて、追いつけないのか。人々の関心が次々と移っていくためか。しかしながら、作品として、遺していいのでは。

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2017年5月30日 (火)

『老いる家、崩れる街~住宅過剰時代の末路』を読む

姫路でも、元々は商業施設であった跡地に市街地にマンションを建てる動きが活発である。人口減少下、コンパクトシティを目指しているのかもしれない。結果的に、人の流れが大きく変わるかもしれない。

ただし、以前にも記したようにマンションは資産として考えるには多分に疑念がある。長期的には、所有者も変わるだろうし、持ち分以外にも、共通利用区分に管理費や修繕費が求められる。本来、修繕費は高くつくはずだが、購入時はなぜか低く抑えられ、修繕時に慌てて追加徴収する事例が多い問題もある。

10年以上前に、都市部に持っていたマンションを、これらの負担が大きいので、二束三文で売却した。確かに大きな売却損であったが、今から考えると正しい判断だったと思う。都市部では、住宅は借りる方が正しい。借家賃がもったいないと考えない方がいい。

他方、中古戸建空き家住宅は、たくさん存在している。なぜか中古住宅のまま流通はしていないように見える。更地にして新しい家を建てる動きも増えているような気もするが、これでいいのだろうか。

そういうことを改めて考えていたら、最近、マスコミの方がよく取り上げる野澤千絵著『老いる家、崩れる街~住宅過剰時代の末路』を購入して読んだ。記事で本を購入するのは私としては珍しい(書評ではないけれど)。

日本の住宅政策の誤りを鋭く指摘している。現在、約820万戸の空き家がある。野村総合研究所の予測では、2033年には、3戸に1戸が空き家になる(約2170万戸)と言っている。予測通りにはならないかもしれないが、かなりの空き家が生じることは間違いないだろう。

そう考えると、現在、明らかに、新規にマンション、アパート、新築住宅、全て造り過ぎ。その結果、住宅ストックが増えすぎて、国は、将来、空き家対策で悩むのかもしれない。それは単に住宅だけの問題ではない。災害、インフラ、社会サービス、公共施設、地域コミュニティ、生活環境にまで深く影響する。

この危機感は、国や地方だけでなく、私たちも持たないといけない。市街化調整地域の抑制も求められるだろう。確かに、マスコミが強い関心を持っている書籍だけの読みがいはある。空き家増加は、私たちの生活に大きく影響することは間違いなさそうだ。多くの方に関心を持って頂きたいものである。

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