文化・芸術

2017年4月17日 (月)

山椒の木たち  2017 春

いろんな花も、そろそろ終わろうとしているが、フリージア、アヤメ、ハナズホウ、ハナカイドウ、カリンは、まだ満開だ。その他では、確か昨年、鉢植えのスミレとパンジーのセットになったものを買って、しばらく楽しんでいたが、枯れたので、他の抜いた雑草と一緒にして放置していた。

そして、冬を越えたのだが、どういうわけか、あちこちにスミレだけ咲き誇っている。スミレというのは繁殖力が強いのだと改めて実感。宝塚にも歌われるスミレだが、彼女らにも、そういうことを託したのであろうか(笑)。

さて、山椒の木を3本並べて植えていたのだが、どうもあまり元気がないので、昨秋植え替えたところ、1本は、最も遅く買ったものなのに、元気にぐんぐん成長。今は、小さい花も咲かせている。ちなみに、この木は、昨秋、アゲハの幼虫に葉が食い荒らされ、丸裸にされたもの。

他の2本の内、1本は、塀際に植えたところ、まずまず元気。だが、元のところに植え残した残りの1本は、あまりよくない。今秋に、別のところに植え替えようと思う。いつもながら思うことは、木々は環境によって成長が異なる。これは人材も同様だと、今更ながら気づく。

*追記

ちなみに、寺田寅彦は、著書の『柿の種』で、上記のことを、彼が違う環境で育てた向日葵の例で植物の運不運としている。結果が明らかに異なり、同じ種だとは思えないとしている。そして、人間については、次のような感想を述べている。

「それにしても、人間には、はたしてこれほどまでにひどくちがった環境に、それぞれ適応して生存を保ちうる能力があるかどうか疑わしい」と。

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2017年4月10日 (月)

花後の処理とその他の花々

姫路城は桜の花がちょうど満開。昨日、雨が降って散らされたと思ったが、今朝の寒さで、持ちなおした感じだ。平日の本日は、観光客もまばらな感じ。でも、今が一番美しい。チャリンコで周囲を巡ったが、何とも嬉しい感じ。これを味わえるのは姫路市民の特権かも。

さて、自宅では、沈丁花の花が終わり、花後の処理をした。これは放置すると実がなり、翌年以降、花が咲かないからだ。そして、肥料を施す。これだけで、来年まで何もしなくても、花は咲く。要するに手を入れるタイミングが大切ということ。

そのように他の樹種もすればいいのだろうけれど、今一つ掴みきれていない木が多い。剪定も、時期を間違うと、木々は勢いを無くしたり、花の咲きようが悪かったりする。花桃は、昨年、剪定しし過ぎて、心配だったが、咲いてみると、全体バランスもよく、桃色の花がきれいだった。

そして、今は木瓜の花が満開。やや硬質な感じを受ける花だが、にぎやかだ。ただ、枝が繁茂し過ぎているので、花後には、やや強めの剪定をしようかと思っている。源平桃も満開。白とピンクの混じった花がかわいらしい。紫色のハナズホウの花も丁度いい具合に咲いている。ハナカイドウも、小さな花を咲かせている。いずれも手間のかからない樹種だ。

目立たないところでは、春咲のギンモクセイの白い花やアオキの茶色い花も咲いていた。以上記した、これらの花は、あっという間に終わってしまう。木々は葉を入れ替えているものもある。もうすぐ花々に代わって新緑の季節到来となるのだろう。

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2017年4月 9日 (日)

ブログアクセス60万突破

写真も載せない文章だけのブログだが、10年以上よく続けられたものだ。ただ、書くということは、それなりに頭の整理ができる。書いているうちに、考えていることを文章にすることで、若干思考が深くなるかも。

そして、ブログを長期に続けていれば当然の帰結だが、今朝アクセス数を見ると、累計で60万を突破していた。もちろん、こんなブログでも読んで頂ける人がいるからの数字。

アクセスの増加とブログの内容は一致しないかもしれない。自省しながらも、若い方の参考になることをできるだけ今後も記していきたい。

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2017年4月 8日 (土)

『ユトリロ回顧展』(姫路市立美術館)の案内 2017

最近は、海外の洋画展は、ほとんど観に行かない。以前にも記したが、海外の文化の理解なくして、西洋画の理解は難しいからだ。特に中世の宗教画は全く面白くない。

その中で、ユトリロの絵画は、比較的そのような色彩はない。ある意味、何の知識がなくても、一応鑑賞はできる。そういうことから比較的日本人には好まれてきた。

私も若いころ、鑑賞したことがある。モーリス・ユトリロは、結構酒乱だったようだが、絵を描かせると、非凡なものを発揮した。

今回、姫路市立美術館で、『ユトリロ回顧展」と称して、約80点を展示しているようだ。入館料が高いので、行く予定はないが、興味のある方は行ってほしい。2017年7月2日まで。

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2017年4月 2日 (日)

『ハムレット』再読

シェイクスピアの『ハムレット』を再読した。昔読んで久しく読んでいなかった。多分20年ぶり。そして、今回は、違う訳者(松岡和子)のものを新たに購入。蔵書にあったものは、若干読みにくかったからだ。

最近は、松岡和子訳のシェイクスピアの作品(ちくま文庫)を読むことが多いが、読みやすい。松岡氏は、シェイクスピアの作品の全訳を試みられているようだが、彼女の翻訳であれば、すらすらと読める。

今回、『ハムレット』を再読してみて感じたことが、この物語には、多くの世代に通用する教訓が織り込まれていたのだと改めて感じた。名作と言われるのは、そういう点もあるのだろう。また松岡氏の訳は、意訳もあるが、原作にも忠実である。

例えば、ハムレットの有名な言葉、To be, or not to be があるが、一般には、「生きるべきか、死ぬべきか」と訳されている。ただ、本来一人称ではなく、ハムレットは、諸問題に対して、人間一般の命題と考えているという。

その他にも、訳注には、的確な説明がほど施されているので読者には理解しやすい。更に、余裕を持って紙面構成されており、ページ数は増えるが、それが逆に読みやすくなっている。また蔵書のものより文字が大きいのも有り難い。

先に記したように、『ハムレット』には、生きるための多くの知恵が、様々な出場人物によって語られている。若い人も、未読の方は読んでほしいと思う。

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2017年3月31日 (金)

兵庫県立美術館が新しい試みをすると言うが、、

報道によると、兵庫県立美術館が、常設展「県美プレミアム」の観覧料を2017年4月より、毎月第二日曜日に、年齢に関係なく無料にするらしい。通常大人500円かかっていたから、これはいいことだ。

但し、第二日曜日だけというのは、喜びもほんの少し。本来、美術館の入館料は無料が望ましい。常設展以外では、最近は企画展と称して、内容はそれほどでなくても1000円以上している。

いきなり、全ての催しを無料にせよとは言わないが、低料金化を図るべきではなかろうか。常設展を月一回だけ無料にするのではなくて、いつ行っても、年齢に関係なく入館料100円程度にする努力をしてほしいものだ。

そして、企画展は年一回程度にとどめ、手持ちの美術品の展示に工夫をこらし、常設展の充実が望まれる。お金をかけて新規性を追いかける考え方を改めるべきだろう。また、料金は無料より、100円程度の入館料は取った方ががいいと思う。

*追記

むしろ展覧会周辺のビジネス体制を整えるべきだろう。例えば、喫茶、レストランの充実の他に、関連美術関係商品の販売強化、各種関連催し(有料・無料取り交ぜ)、美術品取り扱い業者の出店等、いろいろ考えられる。このようにして芸術に対する関心を広め、対象人口を増やす努力が欠かせない。

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2017年3月30日 (木)

あ~あ、やってしもうた

記事にするほどではないが、あまりにも情けなくて記すことにした。瀬戸物は割れるのは仕方ないのだろうけれど、昨夜、お気に入りのマグカップをお盆に乗せて立ち上がったら、見事に落下。畳の上なのに、粉々になってしまった。

これは蓋つきのマグカップで、毎年催される陶器市で買ったもの。私的には少し高い。大事に扱っていたのに、これが魔がさすということなのか、ややぞんざいに扱ったところ破損してしまったのだ。これ何かに似ていないか。そう、異性の扱いと似ている。少し慣れると男にはありがちと反省(苦笑)。

でも、陶器市で買ったものが3年連続で壊れていまったのは、本当に残念。百円ショップで買ったものや、昔スーパーで買った安物は、未だ手元にある。まあ、これは貧乏人は、分相応の物を買えという警告かも。でも、陶器市に行けば、何かを買いたくなる。悩ましいところだ。何といっても、デザインはいいものが多いし。当面は安物のマグカップで過ごすことになる。

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2017年3月27日 (月)

驚異! 稀勢の里が逆転優勝

この歳になっても教えられることはある。それは大相撲春場所で、稀勢の里が逆転優勝したことだ。13日目の日馬富士戦では、土俵から突き落とされ、大けが。痛みに苦しむ姿は、もう戦えないと誰も思った。

ところが、14日の鶴竜戦に怪我を押して出場。ただ、その戦いは、予測されたように惨敗。ただ、休場しても仕方ないのに、横綱の役割に徹しようとする姿には、感心した。しかしながら、千秋楽も、左肩が使えないので、照ノ富士戦も、全く期待していなかった。

ところが、本割で勝ち取り、優勝決定戦でも、右小手投げで勝利。あり得ないことが起こった。しばらく興奮して、ドキドキした。大相撲は、そんなに観ない方だけれど、稀勢の里が横綱になったあたりから、比較的よくテレビ観戦している。

やはり日本人力士が頑張る姿はいい。それにしても、稀勢の里の精神力には頭が下がる。賜杯を受け取る時も、顔を歪めていたから、負傷の痛手は大きいことが分かる。怪我を治して、万全の態勢で、次の場所に備えてほしい。

多くの人に感動を与えた稀勢の里、本当に優勝おめでとう。

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2017年3月 9日 (木)

映画 007「トゥモロー ネバー ダイ」と米国のマスコミ

米国大統領選で、米国のマスコミの偏向報道が、トランプ政権側から指摘されているが、確かに、以前から、そういうところがある。従来から、米国のマスコミは、かなり偏向報道で、その主張は明確にして、支持政党を明らかにしている。

よってバランスの取れた報道ではなく、一般読者の視点には立っていない。極論すれば、要するに、米国のマスコミは、政党の付属組織に近い。その結果、支持する政党が政権を握っている限り、まともな批判もできない。逆に、今回のように、支持しない人が大統領になると、あらゆる機会を捉えて批判を続ける。

場合によっては、事実を歪めて報道する。大統領選では、確かに偽ニュースが飛び交った。これは明らかにマスコミのあるべき姿ではない。これが民主主義の国米国で行われているのだから驚きだ。それを信用して、日本のマスコミも、そのまま報道していたのには呆れた。そのため、大統領選の予測を失敗している。

さて、そういうこともあり、ある映画を思い出した。それが007「トゥモロー ネバー ダイ」だ。メディア王のエリオット・カーヴァー(ジョナサン・プライス)が、情報操作して、世界を牛耳ろうとする。彼は「トゥモロー」紙を通じて、自ら作り出す事件を報道し、マスコミ権力を握ろうと工作。

まず、英国と中国の対立を錯誤させて煽り、第三次世界大戦をもくろむ。英国も中国も、政治家たちは、疑心暗鬼になるが、諜報部はジェームズ・ボンド(ピアース・ブロスナン)の情報により、カーヴァーによる情報操作と把握する。

ジェームス・ボンドが、その野望を突き崩していく物語。最終的に、カーヴァーを殺すが、Mは、「カーヴァーは海上で事故死した」と情報操作させるというオチがついている。当時、この映画は、割といい興行成績を収めている。人々もマスコミの姿勢を疑っていたのかもしれない。

私たちがマスコミ報道を、どのように読み解くか問われている。学校で習ったのは、報道を、まず疑え、というものであった。ところが、現代は情報社会。情報が溢れて、それを全て読み解くのは至難の業。でも個々人が、意識して、それなりの切り口を持つことは意味がある。

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2017年2月28日 (火)

『ドイル傑作集 Ⅲ~恐怖偏』を読了

『ドイル傑作集 Ⅰ』、『ドイル傑作集 Ⅱ』に引き続き、『ドイル傑作集 Ⅲ~恐怖偏』を読了した。全て短編の6作品で、空を飛んだ経験を描いた「大空の恐怖」、拷問といういわくつきの「革の漏斗(じょうご)」、学者の嫉妬を扱った「新しい地下墓地」、嫉妬を扱った「サノクス令夫人」、蛍石を扱った空想「青の洞窟の怪」、遺産相続を巡って動物による殺人を企てる「ブラジル猫」だ。

全て、題材が大きく異なり、彼がいろんなものに関心を向けていたことが分かる。日頃から、各種ネタ探しをしていたのだろう。作家とは大変な仕事だ。日々、様々な方角からの観察が、新しい作品を生んだのだろう。

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