文化・芸術

2017年9月23日 (土)

鴎外を再読

学生時代に買って蔵書にある森鴎外全集を久しぶりに読もうとしたが、文字が小さくて読みにくい。昔買った文庫本と同じだ。そこで、買いなおすことにした。本屋に行って、いろいろ見ていると、「教科書で読む名作」シリーズが文庫本であり、そこに森鴎外も取り上げられていた。

収録されているのは、「高瀬舟」、「最後の一句」、「文づかひ」、「普請中」、「阿部一族」、「サフラン」、「安井夫人」、「じいさんばあさん」、「寒山拾得」だ。これらの内、私の時代に教科書に採用されていたのは、「高瀬舟」、「最後の一句」、「阿部一族」「安井夫人」「寒山拾得」のみだ。ただ、「安井夫人」、「寒山拾得」は記憶がない。

学生時代は、勉強のためだったり、課題図書の読書感想文のためだったりする。今は、試験を意識することなく、気ままに読める。そして、著者の本来の意図も、なんとなくわかる。今の読書が一番楽しいということになる。

しかし、視力は弱っている。若い時から、大きい文字が好きだったが、最近は細かい文字が厳しいとより感じる。スマホや携帯の文字など苦痛でしかない。だから、持たない。今回買った文庫本は、文字が比較的大きく楽々読めた。どの出版社も、こういう配慮してほしいものだ。

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2017年9月21日 (木)

芸能人の好き嫌いの理由

若い頃、ある人が「誰それの女優が好き」と言っていたが、流風は、あまり好きでなかったので、「なぜ」と聞くと、きょとんとされた。つまり、「好き」というのに理由はないのだ。同様に、「嫌い」という時も、明確な理由はない。

要するに、なんとなく好きであったり、嫌いであったりする。確かに細かく見れば、容姿がいいとか、話し方がいいとか、演技がうまいとか、いろいろあるだろう。そして、瞬間に、好き嫌いを判断している。

もちろん、個人同士であれば、長く付き合えば、その人間性を把握して、情が移ることもある。でも、芸能人の場合は、映像とか、あるいは舞台で直接見聞きしても、その実態を把握することは少ない。

虚像と言えば虚像。それでも、多くの人々は、好き嫌いを表明する。そのため、芸能事務所は、イメージ操作をしたりする。つまり良いイメージを拡大し、よくないイメージを隠蔽する。

しかしながら、今は情報社会。最早、そういうことをやるには限界がある。よって今は芸能界も、芸能人の全人格が評価される時代に突入していると言えるかもしれない。それでも、好き嫌いは無くならないだろう。もう、それは最早、遺伝子レベルの問題かもしれない。

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2017年9月16日 (土)

『源氏物語』の思い出と再読(?)

高校時代は進学校でもなかったので、受験勉強はほとんどしなかったから、大学受験は見事失敗。解答用紙は、白紙に近いものも多かったから、当然と言えよう。滑り止めもしなかったので、浪人。予備校に行って、初めて勉強らしい勉強をした(笑)。

それなりに勉学に励んだつもりだが、今まで、ほとんど知識がない状態での勉学には限界があった。それでも、予備校だけでなく、自前の勉強法で、その一年間は、本当に、よく勉強したと思う。

しかしながら、年末の父兄懇談会では、予備校の進路指導の先生から、志望校は厳しいので、一段ランクを落とすように言われた。親はがっかりしたらしい。二浪はしてくれるなと当然の要求。

でも、あきらめの悪い私は、何とかなるという、楽観的な見通しのもとに、予定の志望校に願書提出手続きを取った(国公立は最初からあきらめていた)。さすがに、滑り止め受験の手続きもしたが。

それでも、予備校の先生の言われたことは不安だった。ウィークポイントは国語だった。特に古文の成績がよくなかった。でも、受験直前に、大したことはできない。古文の参考書をぱらぱらめくるが、頭に入ってこない。

そこで、『源氏物語』の口語訳の本を買っていたことを思い出し、最初から読み始め、受験直前まで、それを読み続けた。本当に、やらなければならない時に、別のことをやってしまう天邪鬼。どうしようもないと本人も気づいているが、そういうことをしていた。

そして、やっと三分の一ぐらいを読み終え、連日の入学試験に突入。すべてで四大学八学部受験したが、その中で、最初の試験で、『源氏物語』の中からの出題があった。ちょうど運よく読んだ内容を知っていたため、すらすらと解答で来た。

この時ほど、嬉しかったことはない。無駄が無駄でなかったのだ。それをきっかけに、試験度胸もついて、落ち着いて試験に臨め、すべての学部に合格することができた。それを聞いた予備校の先生が、驚くこと、驚くこと(笑)。

さて、今、改めて『源氏物語』を再読している。あの時は、三分の一ほど読んだが、後は、読んでいない。でも、読んでいると言うと、ちょっと、おこがましいかも。読んでいるのは解説書と言った方がいいかもしれない。

それが出口 汪(ひろし)著 『源氏物語が面白いほどわかる本』(中経文庫刊)だ。大変読みやすく、『源氏物語』の全体像が正確に理解できるように構成されている。これで、やっと全体のストーリーを把握した(笑)。

巻ごとに系図も示され、今更ながら、ああ、そうだったのかと思わせられるところも多数あった。いつ、原書読みするかわからないが、多分、すらすら頭に入って来ると思う。これから『源氏物語』を通読してみたいと思っている方には、お勧めだ。

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2017年9月 9日 (土)

「姫路藩士の文化展」を観覧

姫路文学館で催されている「姫路藩士の文化」展を観覧してきた。主催は三星会(会長は明珍敬三氏)。この会は、姫路藩に移封後の酒井家のあまり知られていない藩士と、その周辺の人物によって製作された作品を通じて、彼らの遺風を未来に伝えようとするもので、姫路藩・酒井家に仕えた姫路藩士の子孫らが、2017年8月に設立した(事務局のフリーランスライターは津山邦寧氏)。

なお、基本趣旨は次のようになっている。

「本会は、姫路藩酒井家、及び姫路藩に関係する歴史的価値を有した旧文化財の調査・収集、並びに史資料の散逸防止と、それに関連する文化の振興を通じ、我が国の知識層を増嵩させる人材の発掘と育成を目的とする」

今回は、酒井家の藩士たちが伝える姫路として、50点ほど各種書籍や絵画等を通じて紹介している。内容は、次の通り。

一、酒井家の転封。

二、各種書籍

三、河合寸翁の新政と、その余韻

四、幕末、そして廃藩

五、近代の藩士たち(明治以降)

河合寸翁を除けば、ほとんど知らない人々だった。書籍以外の絵画・書は、下田天香、齋藤生厚、下田桂屋、芹田静所、亀山節宇、桒原對泉、小谷蘭堂、高須書山など。今回だけでは、十分な知識を得たとは言えないが、きっかけにはなる。引き続き、関心を持って見守りたい。

展覧会は、2017年9月23日の午前10時から午後5時まで。姫路文学館 北館 特別展示室にて。観覧無料。姫路城に行かれた方も時間があれば寄ってみて。

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2017年9月 6日 (水)

キキョウの二度咲き

朝方、雨が上がったようなので、庭を見ると、キキョウの花が少し咲いていた。ところが、このキキョウの花は、少し前に終わっていた。なぜ、また咲くのだろうか。去年も、一昨年も経験していない。不思議。

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2017年9月 3日 (日)

映画『華麗なる賭け』を観る

朝早く、草抜きをしていると、さわやかな涼しい風が吹く(少しきつい風も)。それが、風のささやきのように感じられた。そこで思い出したのが、映画『華麗なる賭け』。それを久しぶりに視聴。この映画の主題歌が、「風のささやき」だった。ミシェル・ルグランの音楽で、ノエル・ハリソンが歌っていた。映画も、音楽も、今の季節に相応しいと思う。

映画の方は、主演がスティーブ・マックウィーンとフェイダナウェイだった。1968年制作で、後にリメイクもされた。映画の原題は、THE THOMAS CROWN AFFAIR だ。実業家のトーマス・ブラウン(スティーブ・マックウィーン)は、金持ちで、ハンサムで、洗練されたセンスの持ち主。羨ましい設定。

だが、彼には、泥棒に異常な才能を情熱をかけていた。満たされると、そういう志向になるのだろうか。高度の刺激が欲しいということだろうか。彼は自社ビルの前のボストンの銀行の襲撃を企み、5人組に知恵を授けて、260万ドル、まんまとせしめる。そして、それらはジュネーブの銀行に、ちゃっかり預金。

事件を知ったボストン市警のマローン警部補は、いろいろ調べるが、犯行の手掛かりは全く得られてない。他方、銀行の保険会社のマクドナルドは、犯罪追及に熱意を持つ保険調査員のビッキー(フェイダナウェイ)に調査を命じる。

ビッキーはマローンと協力し調査を開始。ビッキーは、早くから、クラウンが、黒幕と見抜き、接近する。クラウンに対して、初めから犯罪調査だと明らかにし、ビッキーの挑戦が始まる。クラウンも、それを受け止め、偽の男女の仲になる。

だが、ここから、ビッキーは、クラウンに恋するようになる。そのようにして、ついに、クラウンはビッキーに本音を語るようになるが、、、。これくらいで、話を止めておこう。映画の内容は、主題歌「風のささやき」の中で語られる。

風車のように、ぐるぐる回り、風に浮かぶ風船のように、あっちに行ったり、こっちに来たり。トーマスとビッキーの探り合いの連続。揺れ動く男女の心理。男女の仲になっても、どこまで本音か、嘘か。ゲームを繰り広げる一組の男女。

映画の趣旨は、人は功なり名を遂げても、次の新しい刺激を求めるようになるということのようだ。人間の欲は限りないが、新しい使命を見いだせず、その方法を誤った主人公。ただ、映画として見れば、面白いと言えば面白い。これがフランス映画だったら、ちょっとねと思いたくなるだろうが、飽きさせない内容だと思う。

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2017年9月 2日 (土)

ヘクソカズラの繁殖

最近、庭のセンリョウの近くに、ヘクソカズラが繁殖し始めた。子供時代から、野原等でよく見たことはあるが、家には、なかった植物だ。数年前から、ちらほらと見ていたが、ここへ来て繁殖して、センリョウに蔓が巻き付いて、花も咲かせている。

なぜ我が家に居つくようになったかを考えると、多分ヒヨドリあたりが、もたらしたものと思われる。このヘクソカズラを漢字にすると、「屁糞葛」となる。何とも不名誉な名だが、そのままでも微かに臭うが(今は花の匂いに誤魔化される。ただ何もしなければ臭わない)、切り取ったりすると、確かに臭い。そこから付いた名だろう。

別名、ヤイトバナ、サオトメバナとかクソタレバナとか言うらしいが、今まで聞いたことはない。万葉の時代にも、クソカズラの名で存在した歴史ある植物。そして、9月9日の誕生花という。重陽の節句の日に生まれた人が可哀想(冗談ですよ)。

ちなみに、花言葉は、「人嫌い」、「誤解を解きたい」、「意外性のある」らしい。人も臭いで敬遠するけれど、人を嫌うのか。でも、ニンニクやドクダミ同様、何らかの効用があるかもしれない。そういう意外性はあるのだろうか。

調べてみると、実は熟すると黄金色になる。これを潰した果汁を皮膚に塗ると、潤いを持たせ、しもやけ、ひび、あかぎれに効果がある。市販のハンドクリームに加えてもいい。またアルコール浸出液とグリセリンを加えて化粧水にもできるようだ。

また茎葉は、乾燥させると臭いはなくなる。また根茎を薄切りにして天日乾燥すれば、鶏屎藤(けいしとう)という生薬になる。これは腎臓病や下痢に有効という。昔の人は、きちんと知恵として活かしていたのだから凄い。

ヘクソカズラは一旦繁殖すると、それを取り除くのは困難。とりあえず、センリョウに巻き付いている部分を取り除いたが、根っこの部分は処理できず。また生えてくるのだろう。効用を考えて喜ぶべきか、悲しむべきか(笑)。結局、ドクダミ同様何もしないから、繁殖するだけだけれど。どなたか、要りませんか(笑)。

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2017年8月30日 (水)

2018年日亜修好120周年とタンゴの苦い思い出

2018年は、日亜修好120年だ。1898年に、日本はアルゼンチンと「日亜友好通商航海条約」を結んで国交樹立した。来年が、それから120年。

アルゼンチンと言うとアルゼンチン・タンゴが有名だ。男女のカップルが、まるで恋の駆け引きをするように踊る。その音楽と雰囲気がうまくマッチングしている。また音楽だけでも十分楽しめる。無趣味の私と違って多趣味の父は、アルゼンチン・タンゴの音楽が好きでレコードも持っていた。ダンスも習ったそうだ。

その父と苦い思い出がある。確か高校受験の直前、勉強中に、父がアルゼンチン・タンゴのレコードを回して機嫌よく聴いていた。でも、気が散って仕方ない。そこで、聴くのを止めてくれと談判。それで喧嘩になった。

かなり険悪な状態になり、しばらく、口も利かなかった。試験の方は見事失敗。原因を父になすりつけて言い訳。父にすれば、試験の直前に、勉強しても大した効果は上がらないというのが持論。日頃の勉強が足りないからだと指摘されて、ますます炎上。

それからしばらくして、母から告げられた。「お父さん、大事にしていたレコードと蓄音機処分したよ。お前が奪い取ったようなもの。謝ってきなさい」と。これには、父に悪いことをしたと思ったが、後の祭り。結局、タイミングを逃し、生涯、謝ることはできなかった。

そのアルゼンチン・タンゴを、この歳になって、CDで懐かしく聴いている。ネットでダンスも観てみた。国民性が出ていて面白い。修好100年の時も、いろんな催しがされたようだが、今回は、宝塚歌劇団出身の女優中心に公演が2017年の10月に「(日本語訳)タンゴのすべて」と称して行われるようだ。関心ある方はネットで確認してほしい。

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2017年8月27日 (日)

映画『シャレード』を観る

何回観ても飽きない映画が、いくつかある。私の中では、1963年制作の『シャレード』が、その一つだ。まず、話の筋と展開が面白い。そして、豪華キャスト。オードリー・ヘップバーン、ケイリー・グラント、ウォルター・マッソー、ジェームズ・コバーン、ジョージ・ケネディ等。

話の筋は、戦前、軍に国の金塊を運ぶのを横領した5人。その内の一人が、ランバートなる男。その妻がレジーナ(オードリー・ヘップバーン)。ランバートは、列車から突き落とされ殺される。彼は、埋めていた金塊を独り占めし、逃げようとして殺されたのだ。

そこで、残りの4人が、換金されたお金を巡って、レジーナに、その在り処を追求する。彼女には、全く覚えはなかった。また謎の男ピーター・ジョシュアが、接触してきていた。彼は敵なのか、味方なのか。疑心暗鬼になるレジーナ。

話の展開は、これくらいで置いておこう。ただ、多くの人間は、身近にあるのに価値のあるものを知らないことを、この映画は指摘している。なお、映画の原題は、「CHARADE」。意味は、「ジェスチャー」の意味もあるが、ここでは「見え透いた見せかけ」とか「偽装」の意。映画の内容に相応しい。

また、音楽と共に、ジバンシィとタイアップして、たくさんの服を着たオードリー。彼女の魅力をフルに惹き立てている。この映画は若い頃から観ているが、通算10回以上になるだろう。筋は分かっているのに、あらゆる要因で観たくなる映画だ。

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ベリーダンスを観る

ダンスミュージックは、自身で映像を浮かべることができれば、それだけで楽しむことができるが、やはりダンスとセットの方が鑑賞しやすい。

最近、少し気になって、ネットで、ベリーダンスをじっくり観てみた。映画などで踊られるシーンがあるが、それ以外では、本格的に観たことがなかった。中東の踊りとしては、有名だが、踊りの意味はあるのだろうか。その点は、結局、分からずじまい。

ダプカと言われる踊り(多人数で踊る足踊り)と比べれば、一人で踊ることが多いようだ(数人で踊るものもある)。踊り手は女性。一般人として、気が付いた特徴を備忘録的に記す。

●踊る時間は5分程度。激しい踊りなので、これくらいが限度かも。

●その姿は、かなり扇情的だ。それが目的かとも思える。

●観客に女性も多い。カップルで楽しんでいる雰囲気。

●衣装は、最初は、上に羽織っているが、しばらくして脱ぎ捨てる。

●踊り手、体の各所を動かす。まず腰を振って、尻振りダンス。

●ロングの髪の毛も、踊りの重要な要素になっている。

●上半身全体を使い、胸全体を上下左右に動かせる踊り手もいた。

●腕、指先の細かい動きは、インドの踊りほど感じさせない。

●コブラダンスに見られるように、体全体をくねくねさせて、コケティッシュなものもある。

●踊り手の全てが全てスタイルがいいとは限らない。また評価はスタイルだけでは決まらないようだ。

●音楽と踊りが妙にマッチしている。

気づいたのは、大体以上くらい。場を盛り上げる踊りとしては、いいかもしれない。日本でも、各所で公演されているらしい。

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