文化・芸術

2017年11月18日 (土)

漱石の「個人主義」見解

学生の頃、教科書か参考書で、夏目漱石の『私の個人主義』の一部を読んだが、今回、全文を初めて読んだ。そもそも、これは学習院での学生を前にした講演記録だ。読んでみて思うのだが、もっと早く全文を読んでおくべきだと感じた。基本的な趣旨は次のようになっている。

「第一に自己の個性の発展を仕遂げようと思うならば、同時に他人の個性も尊重しなければならないという事」。

「第二に自己の所有している権力を使用しようと思うならば、それに付随している義務というものを心得なければならない事」。

「第三に自己の金力を示そうと願うなら、それに伴う責任を重んじなければならないという事」。

更に別の視点で言っていることは、次のことだ。

「事実、私共は国家主義であり、世界主義であり、同時にまた個人主義でもあるのであります」と。

こうしてみると、彼は、なかなかバランスのとれた考え方をしていたとわかる。これ以上、変に解説すると誤解を招きかねないので、未読の方は是非、手に取って全文に目を通していただきたいと思う。

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2017年11月17日 (金)

横綱の意味を理解していない横綱

モンゴル出身の横綱日馬富士関の暴行事件が発覚したが、マスコミではいろいろ議論しているが、最早、引退か廃業しかないだろう。横綱も人間だから、いろんな感情はあるだろうが、日馬富士は、「横綱」の意味を全く理解していない。

これは、概ね、モンゴル出身力士全般に言えることだ。ただ、強ければ、それでいいという感じが、はびこっている。モンゴル相撲では、それでよくても、日本の相撲は、それでは通用しない。

稽古場での行き過ぎた「暴力的」指導も批判されるべきだが、今回は、飲み会での暴力沙汰で、弁解の余地はない。残念ながら、彼はモンゴルに帰ってもらうしかない。

またモンゴルから日本に来て、相撲界で生きたいのなら、日本の相撲精神をまず十分理解するよう、どの力士も努力すべきだ(*注)。

*注

同時に、相撲界の古い体質を改革する必要もある。事件を隠蔽しようする姿勢も問題だ。これは日本のスポーツ界全般に対する警告でもある。

*追記

今回は後輩の暴言に腹を立てたことに因がありそうだが、それも呑み込むくらいの器量がなければ、横綱になってはいけないだろう。

*追記

一部マスコミに日馬富士関を擁護するような報道がある。だが、暴力を奮った事実は変わらない。ビール瓶を使ったかどうかの問題ではない。また後輩力士の抵抗をわざわざ報道するものもあるが、暴力を奮われたら抵抗するのは当たり前だ。

そもそも暴力行為に対する甘さがマスコミに見られるのは残念だ。

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2017年11月16日 (木)

丘みどりさん、紅白初出場!

姫路市出身で、演歌歌手の丘みどりさんが、紅白に初出場されるという報道があった。最近は、紅白も視ないし、演歌も聞かないけれど、彼女の出場シーンだけは視て聴いてみたい。彼女は姫路観光大使であるから、全国的に名が通れば、姫路市のアピールにもつながる。丘みどりさん、紅白出場おめでとうございます。

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おせちの卒業

新聞の投書欄の初老の女性が、おせちを作るのを卒業すると宣言したと載っていた。これからは市販のおせちを購入されるそうである。作る量にもよるだろうが、それなりに手間のかかる作業だ。

それに今は、そんなに、おせち料理が歓迎されない雰囲気もある。日頃、おせち以上の贅沢な食事をしておれば、おせちを貴重に思う心も薄れる。いずれ日本から、おせちの習慣はなくなるかもしれない。

家でも、おせちを購入する時期があったが、正直言って、それほど美味しくない。有名な料亭のものでも同様だ。味の濃いワンパターンの食品は今の健康志向の時代とずれていることもある。洋食おせちや中華おせちもあるが、日頃、食しているものばかりで目新しさはない。

今はおせちも作らず、買わずで済ます。三が日は、三種類のお雑煮を作るだけで満足だ。それだけで足りなければ、食べにいけばいいし、家で食べることにこだわる必要もない。「本当のおせちの卒業」の時代が来ている。

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2017年11月15日 (水)

『坊ちゃん』を再読

現在、約半世紀ぶりに、子供時代に読んだ明治の文豪の作品を中心に再読しているのだが、今回は漱石の『坊ちゃん』を読んだ。四国の中学の数学教師として就任したものの、まっすぐな性格から、いろいろ騒動に巻き込まれる。

結局、騒動の責任を取る形で、辞職し、東京に帰るまでを描いている。この小説は何を著しているのだろうか。教育界を皮肉交じりに描いているのは、漱石の経験から出たものかもしれない。学校は社会の縮図だけれど、教員にとって、教育の目標はぼやけがちだ。

民間企業のように成果がすぐに現れることはない。人材育成が目標とは言え、学生に、その自覚がなければ、教師がいくら頑張っても空回りする。漱石は、そういうことを描いているわけてばないが、教育者の難しさを描きたかったのかもしれない。教育者に向かなかった「坊ちゃん」は、結局、街鉄(東京市街鉄道)の技手になっている。考えさせられる話だ。

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2017年11月12日 (日)

映画『北北西に進路を取れ』を再視聴

以前にも少し取り上げたが、映画『北北西に進路を取れ』を久しぶりに観た。原題は、North by Northwest。この映画の題の翻訳については、いろいろ議論があるようだが、ここではパス。関心のある方は、ネット上で、論じられているので、そちらを参考に。

ただ、古い映画(1959年製作)だから、若い人はご存じないだろう。あのアルフレッド・ヒッチコックが監督で、冷戦時代を描いた映画でもある。主演はケーリー・グラント、エバ・マリー・セイント、ジェームズ・メイスン。

広告代理店を経営する主人公ロジャー・ソーンヒル(ケーリー・グラント)が、見知らぬ男に間違われて、二人の男に連れ去られる。訳の分からない仕事への協力を強いられ、断ると命を狙われることからストーリーは展開する。

間違われた男は一体、誰なのか。諜報活動組織まで絡んで、彼の危機を防ぐかのように行動する謎の美女イブ・ケンドール(エバ・マリー・セイント)。果たして彼女は敵か味方か?そして彼女とのロマンスありという、007のジェームズ・ボンドばりの映画であった。

違いは、主人公がスパイでないこと。でも、一般人があそこまで頑張れるか、というのが娯楽映画。超人的体力を発揮する。でも彼は彼女の魅力に惹かれて力を出すタイプ。女の力は、大きいとヒッチコックは伝えたかったのかも。

娯楽サスペンス映画だけれど、最近の映画と比べても、遜色はなかったと思う。筋は分かっていても楽しめる。

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2017年11月11日 (土)

司馬遼太郎関係書籍処分完了

歴史小説というものは、歴史の研究が進むにつれて、陳腐化する。歴史小説に意味がないとは言わないが、時代と共に、その価値の見直しは必要だ。

若い頃、読んだ歴史小説関係は、以前から少しずつ処分していたが、今回、司馬遼太郎関係の書籍をすべて処分し、歴史小説の蔵書は、一掃された。

司馬氏の歴史観は、壮大とも言われるが、それでも限界があった。一つの考え方として見れば、それは意味を持つのだろうが、歴史小説としては、役割を終えている。歴史小説は娯楽としては楽しめるが、蔵書すべきものではなさそうである。

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2017年11月10日 (金)

「サザエさん」は続くのか

テレビで長年放送されている漫画「サザエさん」のスポンサーであった東芝が経営不振と家電撤退により、スポンサーを降りるようだ。今後、他のスポンサーで続くのだろうか。

だが、「サザエさん」は東芝と共に歩んできた感じもする。「サザエさん」自体も、終了した方がいいかもしれない。

昔ながらの家族風景は、懐かしい感じもするが、現代と大きくずれている感もしないわけではない。それに、東芝以外のスポンサーと「サザエさん」では合わない気もする。思い切りが求められる。

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2017年11月 5日 (日)

秋の花と蜂 2017

今年の11月の3連休は、天候もよく、どこも人だかりだ。よって、どこの店も、客でいっぱい。観光客の皆さんの邪魔にならないように利用は避けた。地元民は、平日利用すればいいわけで。

さて、秋の花は、春の時期と比べれば、やや地味だ。その中で、咲く花は貴重。まずバラの花。赤、白、ピンク、それぞれに咲き始めた。どれもいい雰囲気。春にも咲くが、少し雰囲気が異なる。

そして、白のサザンカも満開だ。少しピンクの入る花は、品があっていい。そして、多くの蜂たちが集っているのが、ヤツデとツワブキ。これらには、いろんな種類の蜂が集まって、蜜を吸っている。今の時期には貴重なのだ。

ところが、バラやサザンカには、それほど集まらない。彼らにとって、美味しい蜜ではないのだろうか。それとも、ヤツデやツワブキの黄色の花に惹かれるのだろうか。いずれにせよ、どんな生き物も、美味しいものには目がないということだろう。その点では、人間と変わることはない。

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2017年11月 3日 (金)

久しぶりにカーペンターズを聴く

世間は三連休ということで、街中は、凄い賑わい。少し久しぶりの感。そして、異常に暖かい。今は夏なのかと錯覚させる。上着を着て出かけたが、思わず脱いだ。姫路全国陶器市にも再度寄ってみた。すると、昨日どころの人出ではない。

そうした中、人波を泳ぎながら(笑)、一応、新しいものを入手。以前、気に入って購入したものも売られていたが、今回はパス。違う産地のものにした。今回もデザイン重視で購入。しばらく楽しめる。壊さないようにしたい。

さて、先日、久しぶりに、カーペンターズが聴きたくなって、昔買ったCDを取り出したが、どうも音質がおかしい。いろいろ手を尽くしたが、あきらめて、新しいCDを購入。若い頃、よく聴いた懐かしい曲を楽しんでいる。

今更ながら、歌詞の内容を確認すると失恋の歌が多い。どちらかというと、真面目な女性が主人公。よって、思い込みと完璧主義が支配する。相手にも、それを求めて、息苦しくなって、去っていく物語が多い。彼ら、特にカレンが、そういう曲を望んだのかもしれないと思われた。

でも、カーペンターズの曲は、自然に耳に入って来る。これらを懐かしく思うのは、歳を取った証拠かもしれない。

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