文化・芸術

2009年11月19日 (木)

世の中の不思議

遠くて近くは、男女の仲と言うが、最初に言ったのは、清少納言と云われる。『枕草子』の第167段に、「遠くて近きもの。極楽。舟の道。人の中」とある。この「人の中」というのを、男女の仲と捉えるらしい。

それにしても、極楽も、そうなのかなあ。まあ考え方次第ということでしょうか。何を極楽と考えるかで、それは決まるのでしょう。追いかけるより、考え方ということを示唆しているように思う。舟の道は、当時の交通手段からすると、そうなのでしょう。

では、男女の仲は、どうかというと、確かに、それは言えているかもしれない。そして双方の好意があって成り立つのは明らかだ。距離が近くなったり、遠くなったりしても、気持ちが通じ合えば、男女の仲はなる。

男と女は、いろんな縁で結ばれている。これは、ある意味、奇跡だ。人間生まれてくるのが奇跡なら、男女が結ばれるのも奇跡ということだろう。奇跡と奇跡の結びつき。この世は、不思議だらけ。

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2009年11月18日 (水)

何かに似ている

人間の顔にしろ、声にしろ、誰かに似ていることはよくある。他人のそら似ということもあるし、電話で声だけ聞くと、本人と勘違いしてしまうこともある。そういう詐欺事件も発生している。本人確認は、今の時代、求められるようだ。なかなか、今の世は生きにくい。

さて、生前、母が最近の男の歌手の歌を聞いて、「何かに似ている」と言っていた。そして、「愛だ、恋だという歌ばっかりで、しょうむない(仕様ない。くだらないの意)」と非難していた。

「大体、男が女に振られて、うだうだ言うのは、だらしないのに、そんな歌ばっかり」とも。日頃は、ぽわ ~んとして天然だが、時々鋭いことを言うのが常だった。そして、のたまうには、「そうそう、最近の男性歌手の歌は御詠歌に似ている」と。

今、ラジオから流れている男の歌手の歌を聞いていると、確かにそんな感じをしないわけでもない。内容も、確かに、うだうだとした内容が多い。なるほど、母の指摘は確かだったようだ。天国で、「そうやろ。そうやろ」と言っているような気がした。

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2009年11月17日 (火)

冬の花が咲いた

寒くなったのを、待ってましたとばかり、赤いサザンカの花が咲いている。まだすべての花が咲いているわけではないが、次々と蕾が開き、賑やかな感じだ。ホントに君は冬が好きだねえ。

数年前、剪定が過ぎたのか、あまり咲かなかったことがあったが、それ以後は、ずっと咲いている。多分、咲いた後の手入れが効いているのだろう。やはり何でも手入れは大切です。手入れをすれば、きちんと応えてくれる。

そういうと、少し前から、ヤツデの白い花も咲いている。これは移植してから、元気がいい。移植の失敗もあるのだが、これは一応成功。それにしても、君は目立たないね。でも、花の少ない時期には貴重だ。

それに、まだ舐めたことはないが、結構甘いらしい。虫の少ない時期、そうして引き寄せるんだねえ。まるで飲み屋のお姉さん(笑)。そういうことでという意味ではないが、玄人衆の着物美人を観てきた。さすがに、あんなにたくさん美人がいると圧巻だ。お前も、相変わらず好きだねえ、と言われそうだが、実は、これは人形。

というのは、六甲アイランドにあるファッション美術館で、特別展示として、ホリ・ヒロシ氏の映画衣装と人形が展示されているのだ。ホリ・ヒロシを知らない方も、NHK等で、少し目の釣り上った美人の人形は、視られていると思う。

あの独特な顔立ちの人形と着物が展示されている。テーマは「天から陽気が降ってくる」となっていた。まあ、流風が視ると、「陽気」というより、「妖気」のような感じもしないこともない。妖艶な美人は、男にとって魅惑的だが、どこか怖い。

女性は、皆、多かれ少なかれ、そういうものを持っている。男は、一瞬、そこに惹かれて、大きな後悔(笑)。でも、そういうものがなくては、世の中、面白くもないのも事実。化かして騙し、騙され。女性に化粧はやはり必要です。すっぴんで満足しないでほしい。

またあらぬ方向に脱線してしまったが、彼の着物の作品は、大胆な構図だが、人形や女優が身につけると、何とも言えない華やかさが増す。大体、着物は、派手目の方が、案外、どの女性も似合う。それに見事に体型の悪さを隠す。実は、体型の悪い方の方が似合うらしい。ふむふむ、騙されないぞ(笑)。

またまた脱線。この展覧会は、大変見ごたえがあります。冬の花が咲いたみたいで、気持ちを華やかにしてくれます。着物をお召しにならない方も、是非、着物の良さを確認してほしい。行った当日は、たまたま「関西文化の日」で、入場料が無料だった。ラッキー。普通、入場料は大人500円です。2010年1月11日まで展示。水曜日休館。また12/29から1/3まで休館。

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2009年11月 9日 (月)

期待はずれ

期待が大きいと、失望する確率は高い。それはサービスに対して、よく言われる。人間の心理は微妙なものだ。それでは、なぜ期待してしまうのだろうか。いろいろな要因がある。他者の推薦、評判。広告もそうかもしれない。そういうものを一切遮断することは、現代社会では難しい。

さて、その最近の期待はずれは、映画『わたし出すわ』だ。先日、観に行ったが、どうも前評判ほどではない。シナリオが弱いし、内容がイマイチ。仕上がりも、安く上げたのか、手抜きがわかる。函館をロケに使ったらしいのだが、その印象も弱い。

なぜ、そう感じたのだろうか。多分、お金をテーマとしたものなのに、さらっと描きすぎているのだろう。それが関西人には、食い足りない。関西出身の監督なら、もっとどきつく描いただろう(たとえば、『難波金融道 ミナミの帝王』)。お金をテーマとした映画は、関西人が望ましい(笑)。

今回の映画の内容なら、テレビドラマとしても難しい。可能性のあるのは、舞台で小雪が一人芝居したら面白かったかもしれない。あるいは、朗読劇か。そう考えると、安易な映画作りに対する警鐘になりうる。監督の道楽で、映画を作られては、観客としては、堪らない。

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2009年11月 8日 (日)

紙芝居の思い出

子供の頃は、今の子供のように、テレビも普及していなければ、ゲームもない状態だから、遊びは自分たちで工夫しなければならなかった。屋外の遊びの多くは、近所の兄貴分から、教えられる。それが代々引き継がれるような感じだった。そのことは、以前にも触れたので、ここでは、それ以上に記さない。

遊び仲間は、年齢差が結構あり、同じ年齢の者が群れたりすることは少なかった。ただ、そのような遊びをしていると、年代ごとに、できたりできなかったりする。だから小さい子供は、大きい子供がやっているのに、初めは、ついて行けない。そこで、小さい子どもたちだけで、集まって、できることを考える。

そんな時の楽しみが紙芝居だった。いつも定時に、おじさんが、自転車に紙芝居を乗せてやってくる。そうすると、皆、連絡して、寄り合い、母にねだった小銭を握りしめて行ったものだ。紙芝居は、立ったまま(現在は、座らせることも多いようだが、皆、立って聞いていた)、おじさんの話を聞くだけだから、誰でも参加できる。時には、お小遣いがなくても、少し離れて見ていた。

その時は、日頃は、むずがる小さい子供も、威勢のいい権太も静かに息をつめて、見ていた。どこか独特の子供の空間が形成されていた。冬には、子供の何人かは、青鼻汁をすすりがら、あるいは、どこかに塗りたくりながら、見ていた(笑)。そういうと、最近は、そういうお子さん見ませんねえ。

話の内容はほとんど忘れたが、勧善懲悪ものが多かったと思う。人情物、道徳物、幽霊物もあったような気がする。それを、水あめを舐めたり、柔らかい煎餅をかじりながら、見ていた。

だが、紙芝居の話の筋は、これからというところで続きになり、また来てよということになる。これは今のドラマも変わりはありません。ところが、毎回、いろんな話が出て、話が続かないことも多く、最終結果を知らないで、聞き流したものも多かったと記憶する。

つまり今日はAの話だが、翌日はBの話になり、翌々日は、Cの話になるのだ。そしたら、同じ曜日に来れば、同じ話が来るかと思うと、そうでもない。これは子供泣かせであった。結局、話の筋がすべてわかったものは少なかった。それでも、友達同士、ほぼ毎日、同じ時間に集まり、その待ち時間も含めて楽しんだ。

何が面白かったかと言うと、まず皆が集まることだった。今日は、どんな話になるのだろうかと、わいわい話し合う。そして、話の筋もだが、おじさんの語りが、毎回毎回、真に迫ってきて、面白かったのだ。それを真似する奴もいた。今から思えば、子供たちは、話の筋より、そちらを楽しんでいたのかもしれない。少し大きくなって、本が読めるようになると、話の内容がわかるようになり、紙芝居から、自然に卒業していった。

*特別展『みんなの紙芝居』

姫路文学館で、特別展『みんなの紙芝居』を開催している(平成21年11月23日まで)。紙芝居の歴史と、その実例を紹介している。紙芝居は、マンガの原型なのだ。それに語りが加わっている。それはテレビ漫画の原型だ。そして、子供たちへの影響を常に意識してきた歴史がある。今回は、ついでに訪問したのだが、このような紙芝居にスポットをあてた企画展に、拍手を送りたい。

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2009年11月 4日 (水)

昔のマンガの再放送

先日、ふと朝、テレビをつけたら、懐かしい昔のマンガを放送していた。放送しているのは、サンテレビだが、制作コストを安くあげなければならない地方局は、再放送の取り上げ方が重要だ。最近のサンテレビは、韓国ドラマ、中国ドラマ、B級映画、時代劇の再放送が多いが、これにマンガの旧作が加わったようだ。

これらは大変懐かしいものが多く、他の民放放送がくだらないものが多い中、サンテレビとしては、苦肉の策だろうが、いい線を行っている。同じく、映画館も、旧作の上映を安くして、人気が出かかっているようで、こういうやり方は、多かれ少なかれ、ある程度の需要があるということだろう。

放送しているので視たものは、『鉄腕アトム』と『鉄人28号』だ。確か、『鉄腕アトム』については、子供時代、よく視聴した。アトムの彫刻も彫った記憶がある。確か、学校の休みの宿題に彫刻があって、題材に困り、たまたま家にあった、アトムのおもちゃのケースの表紙にしたと思う。不器用な流風にしては、意外に良くできた思い出がある。図案を真似たのだから、当たり前だけれど。

さて、その『鉄腕アトム』だが、子供の頃、あれだけよく視ていたと思うのだが、あらすじはほとんど覚えていないことに気付いた。だから今見ても、なかなか新鮮だ。子供向けのマンガと言えば、そうなのだが、作者の意図は深くしまい込まれていたようだ。結構、内容は深い。作者は、その時代の為政者や科学者を風刺しているのだ。

もう一つの『鉄人28号』は、少し視た記憶があるが、それほど視ていないかもしれない。しかし、名前はよく知っている。改めて視ると、その内容は、やはり大人の世界の風刺である。これも子供向けのマンガと言いながら、結構、大人の意見を滲ませている。まあ、多くの童話がそうであるように、マンガも書き手は大人だから、そういうことになる。

確かに、現在のように、コンピュータグラフィックの発達した状態から見れば、作画は、手書きで稚拙と言える部分もあるかもしれないが、そのシナリオは深い。作者は、子供たちに何を訴えようとしたのか。人々が、どうあるべきかを子供たちに説いたのかもしれない。

このように、マンガの旧作を視ていると、何もお金を新規につぎ込んで、新しいものを作らなくても、放送ストックがあるのだから、それを見直して、再放送することは意義深いことだ。それも、数年前のものではなくて、何十年も前のものを放送するのがミソだろう。放送局は、放送ストックを見直すだけで、たくさんの宝を発見するだろう。

*追記

なお『鉄人28号』の大きな立像が、JR新長田の駅前にできた。このマンガを知らない世代は、単に震災に打ち勝つという意味で作られたオブジェと捉えているらしい。

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2009年11月 2日 (月)

墓所はどこに~漢詩『壁に題す』

時々、霊園のチラシが入っていることがある。お墓を新規に購入する人に対して、売り込んでいるのだろう。だが、新家を興せば、新たに墓がいるというのも、おかしな慣習である。確かに、昔は、兄弟家族が多く、一族郎党をすべて同じ墓にすると、そのお参りも収拾がつかなくなった可能性もある。

しかしながら、現在は少子化だし、家族も少ないわけだから、同じ墓でもいいはずだ。お墓を新規に作らないといけないというのは、お寺と墓石業者の結託と疑われても仕方ない。もちろん、兄弟家族が全国ばらばらに住んでおれば、遠くにお墓があれば、墓参りも日常的には、いつもいけなくなる可能性もある。しかし、それほど信心深い人も、どれくらいいるだろうか。

やはり先祖の墓は一つでいいと思う。たくさん作っても、何時までも祀られるとは限らない。多くは無縁仏の運命にある。人間は死んで、やがて土に戻る。そういうことが分かっておれば、新規に墓を求めるのも、どうかと思う。

さて、前置きが長くなったが、墓に関して詠んだ詩に『壁に題す』というものがある。作者は村松文三とされるが、別人とも云われる。村松文三は、幕末の勤皇家。詩は、男は学の志を決めて、故郷を出たからには、成就しない限り、帰らなというもの。当時の、学ぶということに対する意気込みと、それが、いかに大変だったかがわかる。

  『壁に題す』  村松文三

  男児志を立てて 郷関を出ず

 学若し成らずんば 死すとも還らず

 骨を埋む 豈墳墓の地を期せんや

 人間 到る処 青山有り

意味は、前半は、すでに示した通りだが、後半に墓という文字が出てくる。すなわち、墓をうずめるところは、先祖の墓とは限らないと、出郷の決心を述べている。そして、人の墓となるようなところは、どこにもあるものだ、と言っている。なお青山とは、かつてよく言われたが、墓を埋めるに相応しい緑が茂っている山のことだ。

こういう決心があれば、お墓は先祖の墓とは別の処につくってもいいのではないか、と言われるかもしれないが、作者の真意ではないだろう。彼の思いは、志と学びに対する必死な気持ちだけだ。先祖代々の墓に入りたくないとは言っていない。

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2009年10月22日 (木)

大阪市立美術館~『道教の美術』展を鑑賞

先日、大阪市立美術館で催されている『道教の美術』展を鑑賞してきた。この美術館に行くのは久しぶりで、駅から近くなのに、少し迷った(笑)。地下鉄天王寺駅から近くなので、少しだけど。若い時は、よく『日展』を観に行ったものだが、最近は御無沙汰。昔と何も変わっていなかった。

さて、その『道教の美術』展だが、道教には、前々から少し関心があったことは確かだ。老荘思想には憧れるし、このブログでも、プロフィール欄に、刺激を受けた書物として、『老子』を挙げている。孔子の考え方は作為があるとする老子の考え方には共鳴できるからだ。

しかしながら、老荘思想は少しわかっても、道教となると、日本では神道・仏教・儒教ほどには馴染みがない。わかっているようで、わかっていない。さらに道教者からすると、老子は敬っても、荘子は論外だとするからだ。ますますわからなくなる。

ところが、日本が、道教と全く関係がないかというと、『道教の美術』展の案内のパンフレットを読むと、浦島太郎も、閻魔さまも、安倍清明も、七夕の織姫・彦星も、道教にルーツがあるというではないか。

それで、これは一応鑑賞してみる価値はありそうと思ったが、関西では、大阪市立美術館以外での展覧はないとのこと。少し遠くなった大阪だが、仕方ないと思って、わざわざ行ってきた。久々に吸う大阪の空気。昔より、少し澄んでいる感じ。ましになったのかな。

その展覧会だが、当日は、テーマにしては、若い人も多く、女性の観覧者も多かった。若い人も、道教に関心があるのだろうか。これは最近多い仏教美術展とは異なり、意外な感じだ。何が、彼らを引き寄せるのか。

不老長寿を究極の理想とする道教だが、果たしてそれだけだろうか。むしろ現世的な利益をかなえてくれるということに、日本の神社と重ね合わせて、わかりやすいからかもしれない。

道教は、中国で自然発生的に生まれた土着信仰に近いと思うが、人間の望むことは、どこでも、そんなに変わるわけでもない。また儒教は、支配者側の考え方だが、道教は、庶民に受け入れやすい考え方なのだろう。

しかしながら、この展覧会では、お経のような法典の展示も多く、観ても、内容は良く分からないものも多かった。結局、絵や像のようなものを多く鑑賞したが、なかなか、それだけで、道教を理解することは難しいようだった。

もちろん、この展覧会は、美術展であり、道教の教義に関するものではない。だが、庶民は、教義を理解したわけではなく、肖像画や各種絵画、あるいは像を見て、有難いと思い、希望を一心に念じたと思うと、そこに道教の根本が潜んでいるようにも感じられる。

だが、結局、日本人は、表面的な理解に留まり、中国人のように深くは信奉しないだろう。でも、裏を返せば、すでに、日本の文化に、意識せずに溶け込んでいることも確かなようだ。神道・仏教・儒教に、道教の影響は強く入り込んでいる。

日本人は、昔から、意識せずに、道教の影響を受けた仏教や儒教を受け入れ、知らず知らず、その文化に触れ続けていたのだろう。今後は、日本の日常の道教を少し、意識してみますか。

*参考 『道教の美術』展 ホームページ

      http://taoism-art.main.jp/concept.html

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2009年10月21日 (水)

異国の丘 その二

異国の丘には、前回紹介した歌謡曲になったものの他に、詩吟にした次のようなものもある。作者は源八岳氏で、本名は木村岳風。

 題名「異国の丘」

  誰が唄うか 遥かに聞こゆ 異国の丘

  哀調 綿綿 望郷の情

  北風に身を削る同胞の歌

  烏拉(ウラル)山辺 日没の天

  耐え忍んで 斃(たお)るるなかれ 異国の丘に

  故郷の 肉親 君を待つ事久しと

  友を励まし 又も唄う 異国の丘

  歌声は 天に通じて 鬼神をも 泣かしむ

解釈は不要だろう。この詩吟の方が、切迫感に富むが、現在では、あまり知られていない。帰国できず、満州に取り残され、極寒の地、シベリアで、強制労働させられた人々の呻きが聞こえる。

ずっと前、若い時に、京都に観光に行った時、歩いていると、たまたまシベリアから帰還された人々の家族の催しがあり、ふと立ち寄った記憶がある。確か、国から何も支援が出ないということで、多くの理解者を得ようとするものだったと思う。

流風は、何もできなかったが、棄てた民に対しては、国は、これほど厳しいのかと実感した。その裏には、いろいろ事情がありそうだが、戦争が、人々の生活を引き裂いたのは事実で、その他にも、色々ある。

*追記

戦後、外地から日本に全ての人が帰還できたわけでもない。いろんな事情から帰れなかった人々もたくさんいる。そして、帰ってきた人々は、世間から冷たい視線を受けている。

シベリアからの帰国者も、そのようであった。極寒の地で、食糧もろくろく与えられず、多くの人がいると、そこでは人間の本性が出る。大きく分ければ、自分の考え方を曲げない人、要領よく転向する人だ。

ソ連から、思想転向を言われても、変えなかった人々は、厳しい環境に置かれ続けたし、結局、彼の地で命を失っている人も多い。他方、要領よく、ソ連の洗脳に乗り、転向して、生き切った人々もいる。必ずしも、洗脳されたわけでもなく、洗脳されたフリをしていただけかもしれない。

流風は、どちらが良いなどと、言える立場でもない。だが、彼らは帰国後、一律に、ソ連に洗脳されたスパイと見做されたと聞く。現実、共産党に入党している人もいる。帰国後も、常に監視されていたとも言うし、仲間同士の相互監視もあったという。

自分の人生を狂わされてしまったことを恨んだ人も多いことだろう。理不尽な世の中とは言え、為政者のミスリードは、国民を苦しめることになる。そうならないためには、何をしなければならないのか。国民一人一人も、考えなければならない課題だ。

(この項、一応、これで終わり)

  

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2009年10月20日 (火)

異国の丘 その一

  異国の丘           増田幸治作詞

  一 

     今日も暮れゆく 異国の丘に

     友よ辛かろ 切なかろ

     我慢だ待ってろ 嵐が過ぎりゃ

     帰る日も来る 春が来る

  二

     今日も更けゆく 異国の丘に

     夢も寒かろ 冷たかろ

     泣いて笑うて 歌って耐えりゃ

     望む日が来る 朝が来る

  三

     今日も昨日も 異国の丘に

     おもい雪空 陽が薄い

     倒れちゃならない 祖国の土に

     辿りつくまで その時まで

若い人は、先に示した「異国の丘」という歌をほとんど知らいないであろう。子供の頃、両親が歌謡曲の「異国の丘」をよく感慨深く聞いていた。父は、別にシベリアに抑留されたわけではないが、戦友のことを思い出したのだろうか。天皇や政治家がボンクラだと、皆が迷惑すると、嫌そうに語っていた(*注)。ただ、この世代の常として、それ以上には、戦争のことを語りたがらなかった。

その代わりに、母にシベリアで抑留された人々のことをよく教えてくれた。あの極寒の地は、ナポレオンでも、制覇できなかったし、ヒットラーも同様の道を歩んだ。ソ連にとって、どんな軍事力より強い防衛線であることは確かなようだ。そんな地に抑留されたら、生きて帰ることは難しいと。

この歌は、戦争に負け、棄民政策により、ロシア軍に極寒の地シベリアに抑留され、極限における望郷の念が示されている。戦争に負けると、いかに悲惨か。棄民された人々は、シベリアに抑留され、ソ連軍は、日露戦争に負けた腹いせを、彼らに向けた。スターリンの指示であったという。

ちょうど、テレビでは、『不毛地帯』という、その極限に立ち会った人々を題材にしたドラマが放送されている。壱岐正を主人公としている。モデルは、瀬島龍三だ。軍の参謀だった彼は、日米開戦のシナリオを描いたとされる。ただ彼だけでなく、時代の後押しもあったののは確かだ。彼は、文書を作成したにすぎないだろう。

ドラマでは、彼が、シベリア抑留後、帰国し、その後の人生模様を描いている。もちろん、ノンフィクションではないため、事実と異なる部分も多く見られるが、おおよその流れは正しいだろう。ただ彼の側の限られた方角から見た、戦争に対する一つの知見という限界はある(原作は山崎豊子)。それでも、それも参考しながら、シベリアの極限に生きた人々の気持ちを、若い人々は、歌詞から読み取ることは無意味ではないだろう。

*注

流風が察するに、父の言いたいことは、ほとんどの知識人は、米国に戦争には勝てないと判断していたのに、当時の天皇や政府は、軍の暴走を止めることはできなかった。それは明治憲法における統治のあり方が不明確であったことによる。以前のブログにも示したが、「曖昧さ」が、大きな禍を生んだ。

*参考 ドラマ『不毛地帯』のホームページ

      http://www.fujitv.co.jp/fumouchitai/index.html

一応、視聴してみたが、最近の民放のドラマでは、出色の域だろう。時代の雰囲気も出している。出演者も豪華だ。民放でも、テーマを選び、そこそこお金をかければ、いいものを作れるということだろう。今後にも、期待したい。

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