旅行・地域

2009年10月17日 (土)

ゴミ問題は巡る

環境問題について、関心を強く持たざるを得ない時代だが、ゴミはどうしても発生する。流風は、生ごみは堆肥にしているので、ゴミとしては、ほとんど発生しないが、その他に、粗大ゴミとか、プラスチックゴミは、他の一般家庭同様発生する。

特に、プラスチックゴミの多さには辟易とする。あらゆる食材の包装には、プラスチックが利用されており、開封ごとに、ゴミが発生する。子供時代は、このような包装はなく、ほとんどが新聞か、薄紙であった。

野菜にしろ、魚にしろ、そうであった。豆腐は近所まで売りに来るので、鍋を持って行って、入れてもらうので、包装は要らない。肉は、薄い竹皮に巻いて、包装しにくるんでくれた。それは今でも同じだが、今は、さらにビニールの包装をする。そして、ビニールの手下げに入れてくれる。

こういうことを見ていくと、私達も、提供者も意識を変えなければならないのでは、と思う。包装の常識を覆す必要がありそうだ。ある飲食店では、食べ残しを持ち帰ることができるシステムを作ったそうだが、それも一つの方法だろう。

だが、そこでは、持ち帰るために、新たに包装することになる。飲食店での生ゴミは減るが、新たに包装ゴミが発生する。これらを解決する方法があるのだろうか。結局、消費者が容器を持ち歩くことしか方法がないのだろうか。

かつて牛乳は、瓶入りで家庭まで配達される仕組みで、空き瓶は回収された。でも、配達のためのエネルギーコストはかかっている。自転車であれば、ガソリンを使わないが、車やバイクを使えば、それは必要になる。ただ、消費者が店に買いに行くとしても、車で買いに行けば、ガソリンを使う。

そして、現在は、牛乳の購入は紙パックのものが多いだろう。リサイクルに出すとしても、瓶のような再利用はできない。もちろんリユースするにしても、洗うためのエネルギーコストが発生する。となると、どちらがいいのか。

となると、やはり消費者が容器を持ち込んで、商品を分けてもらう仕組みがよさそうだが、果たして、どうだろう。

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2009年10月14日 (水)

神戸の魅力とは

兵庫県下にも、いろんな観光地があるが、神戸ほど面白い地域はないと思う。海と山に囲まれたところであるし、結構狭いのだが、観光にはうってつけだ。一日で、海も山も体験できる観光地は、そんなにはない。

それにいろんな催しはあるし、飽きさせない。観光のために、積み重ねてきたことが財産になっている。地域の開発のために、人の開発を続けて来たのだろう。だから、ふらっと散歩しても楽しめるところが多い。だから、お金はそんなに要さず、遊べる(笑)。

実は、一年ほど前に、実質、長年住んだ神戸を離れたのだが、今も、折を見ては、神戸に行っている。そうすると、懐かしい思いがこみ上げてくる。そんなに遠い所に引っ越したわけではないのだが。

どこに、惹きつけられるものがあるのか、はっきりとわからないのだが、百貨店の接客一つ見ても、他の地区とは違う。にこやかに、そつなく受け答え。ただ単に人員の接客訓練だけではない。

ああ、そうなのだ。人が違うのだ。神戸にいる人達が、何も神戸出身の人ばかりではないだろうが、そのような雰囲気になってしまう。やはり神戸はやはり都会なのだろう。ある意味、没個性なのかもしれない。

まあ、それは見せかけだけかもしれない。神戸人は、オープンに見えて、結構閉鎖的だから、本当のところは見せていない。だから、表面的付き合いは楽だ。適当に、話は合わせるしね。それがいいかどうかは別にして。

それでも、いずれにせよ、流風にとって、神戸は気持ちを楽にさせてくれる場所には違いない。今後も、気晴らしに、神戸によく出かけることだろう。あなたとも、街のどこかで出会うかもしれない(笑)。

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2009年10月13日 (火)

秋の木々の植え替え

数日前から、朝晩は、急速に冷えてきた。日中は、まだ暖かいものの、夏服は、ついに仕舞い込んだ。そして、出したり、しまったりしていた扇風機も整理。本当に秋らしくなってきた。それにしても、今年の夏は短かった。植物の生育も、少しおかしくなっていた。まともな気候は、今後期待できないのであろうか。個人としても、環境問題には、ますます関与していかなくてはならないのだろう。

さて、この涼しさが本格的なものと信じて、木々の植え替えを実行。とりあえず、牡丹、シャクヤクを植え替えた。今年、樹種が判明し、実がなった小さなブルーベリーの木も移植。小さいタイプの江戸萩も、少し移動。もう一つの種類のわからない萩は、昨年、植え替えて、今年は大きく成長し、今も、花、真っ盛り。

そして銀木犀も少し移動した。これは、小さく、なかなか大きくならないから移動できる。金木犀は、大きくて移動はできないが、今年も、橙色の花をつけている。今年、刈り込み過ぎたので、やや少ない。放っておくと、すぐ茂る。鳥のねぐらにはなるようだが、あまり集まり過ぎるのも迷惑。また夏は、蝉しぐれがすごい。鳥も蝉も大好きなようだ。

深紅の花を咲かせるバラも移動したいが、これは、もう少し寒くなってからだ。植え替え時に、油粕を与えると、立派な花をつけてくれる。しかし、今年咲いた白いバラの大きさの花ほどには、なかなかだ。切り込みが足りないのか。

木の植え替えではないが、地植えしている水引草を一株、鉢植えにしてみた。そして、やや日当たりの良い所に少し置いていたら、元気がない。慌てて、日陰に持って行くと、たちまち元気を取り戻した。植物も色々だ。

さて、流風も、気持ちの植え替えをそろそろしますか(笑)。日当たりも、日陰も、適当なところがいいけれど。

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2009年9月28日 (月)

これからの自治会のあり方

都心部では、若い人が自治体活動に無関心で、実質機能しないと言われる。それは地域差はあるだろうが、マンション等集合住宅が多く、無関心にならざるをえない。むしろ、マンションには、管理組合があるので、その方が、自治会としての機能を果たしているところもあるかもしれない。

しかしながら、自治会機能が発揮できなくなっているのは、都心部に限らない。地方においても、自治会は実質、機能しなくなっている。その理由は、高齢者が多いからだと言う。一部の活動できる人材に限界が来ている。つまり役割分担を振ろうとしても、動ける人材が限られている。

となると、最早、ボランティア精神で、自治会を運営することは不可能になりつつあるようだ。地方に若い人がいないのは、ある意味、深刻だ。「若い」というのは、何も20代、30代だけを指すのではない。それ以上の中間の年齢層も不足しているのだ。

結局、高齢者だけになってしまって、機能しなくなっている。それに意識も変わって、自分の時間を拘束する自治会活動には参加したくないと言うのは、何も若い人だけに限らなくなっている。

ということは、今後は自治会活動は、ビジネスライクに取り扱う必要があるかもしれない。それはマンション管理組合が、管理会社に仕事を委託するようなものである。となると、今後の自治会費は、現在のような低額では運営できななくなる可能性が高い。

しかし、それも工夫次第で、抑えることができるだろう。回覧板は、メールによる一斉通知でいいだろうし、各種緊急案内も、メールでいいだろう。自治会費の集金は引き落としすれば、集金の手間も省ける。

後は、自治会からの外部委託の仕事を明確にして、コスト決めし、委託先の選定だ。後は、決算の承認のための年1回の総会ぐらいだろうか。これは、自治会のマンション管理組合化と言えなくもない。今後、自治会は、新しいやり方が求められているのかもしれない。

*追記 外部委託の仕事の可能性

自治会の規模にもよるが、外部委託の仕事としては、次のことがあげられる。外部委託と言っても、まず地域内の比較的元気な高齢者に有料で依頼すればいい。地域内に、どうしても人材が見つからない場合のみ、地域外に、人を求めることになる。

 ①一般事務作業

 ②役所から配布される印刷物の配布

 ③各種案内メール配信

 ④資金管理及び会計資料づくり

 ⑤各種清掃管理

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2009年9月23日 (水)

秋の草花たち

家庭菜園での、野菜の栽培も収穫も、ほぼ終了し、後は里芋の収穫を待つだけだ。ネギも、すき焼きに使える程度になってきた。それで、雑草の手入れをしている。そうすると、また実生から育ったらしい植物を見つけた。

どうもナナカマドらしい。移植後、しばらく元気がなかったが、やっと根付いたようだ。もう大丈夫だろう。それに酔芙蓉らしき植物も生えていた。これは植える場所が難しい。適地がないので、当面、日陰に植え替えておく。しばらく様子をみることにした。

昨年は、雑草の中に、水引き草を見つけ、日陰の涼しい所に移植したところ、今年は、大変元気だ。ホントにかわいい花をつけている。茎全体が風に揺られて、ゆらゆら。調べてみると、茶花にも利用されるらしい。そして、意外にも、繁殖力も強い感じた。

また、今年は、オジギソウを発見。葉を開いたり閉じたりするので、別名シェイムプランツと呼ばれている。恥ずかしがり屋なのかな。そういうと、最近は、そう女性を見ない(笑)。そして、この草は、地震草とも言われているらしい。地震が起こると、葉を閉じるそうだ。また確認してもいないし、確認したくもないが。

たくさんの菊は、小さい花芽をつけており、いずれ咲くだろう。でも、ちゃんと手入れをしなかったため、茎は曲がり放題。少し反省(汗)。それでも、しばらく、仏花には困らないかもしれない。

昨秋買った萩は、手入れもしていないのに、物凄い勢いで大きくなったが、花が咲きそうで咲かない。他所では、開花の報告が聞かれるのに、少し焦っている。まあ、花芽は出ており、もう少しの辛抱か。秋の草花たちも、いろいろ楽しませてくれる。

*平成21年9月30日追記

やっと、萩の花が咲いた。わが家で植えて、初めての開花だ。他の地区では、もう咲き終わりという話も聞くが、やっと咲いた。昨年、小さな苗で花が咲いていたのとは、少し印象が違う。それは大きく成長しているからだろう。その繁殖力には驚いた。

少し、花瓶に活けてみたが、割と映える。少し咲き始めた小菊と共に、しばらく楽しませてくれる。

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2009年9月19日 (土)

秋のシルバーウィーク

世間では、本日から、大型連休らしいが、流風には関係ない(笑)。先日収穫した柿を食べながら読書でもしようかな。それから、せいぜい、菜園の整備と、木の植え替えをするぐらいだ。

それにしても、ここしばらく、アゲハ蝶の多さには、圧倒される。一般的なアゲハ蝶は、見飽きたが、最近は、大型のアゲハ蝶がやってくる。種類はよくわからない。いかにも米軍の大型戦闘機風の形の蝶が、静かに、そして堂々と遠慮なく、悠々と飛んでいる(笑)。

よく見ると、種類も何種類か飛んでいるようだ。アオスジアゲハかな、モンキアゲハかな、いやいや、ナガサキアゲハかな。よくわからん。ジャコウアゲハではないことは確かなようだ。写真を撮ろうとデジカメを取りに行って戻ったら、もういなかった。やはり気まぐれの写真撮りは、成功しません(笑)。

そうすると、今度は、その中を、今度はトンボが数種類飛んできて、草花に止まる。子供の時のように、指を回して、取る気もなし。すると、それを察してか、胴の赤いトンボが、まさに目の前にやってきた止まった。安心すると、厚かましくなる、女性みたいだ(笑)。

さてさて、残りの時間はどうしようか。懸案の事案は、やっと処理し終えたし、映画や美術館巡りでもしますかな。連休中は天気もよさそうだ。

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2009年9月 4日 (金)

秋の雰囲気と実生の木

夕方はまだ暑いが、深夜ぐらいから温度が下がり、涼しい風が吹いていたので、窓を閉めた。朝方も、少し冷える。昼間も、つくつくぼうしが、最近は、やっと迷うことなく、啼いている。彼らも、秋を感じているのだろう。その他の蝉の啼き声は、ぐっと減った。

雑草も、またそのようで、根が枯れ、抜きやすい。この根は、どっこい生きていて、来春からはまた悩ましてくれる。そして、雑草を取り除くと、見かけぬ植物が生えている。残念ながら、植物にも虫類にも、みぃこさん(リンクしている『風花日記』の作者)みたいに、詳しくないので、種類が全くわからない。

こういうことはよくある。鳥たちが実を運ぶのだろう。母は、実生の植物も数種育てたようだ。山椒の木も、そのようだ。ところが、この実生の木は、植物の知識のない流風には、なかなか判別が難しい。

簡易な植物図鑑を購入して、にらめっこしながら、探るのだが、なかなかわからない。葉の形から、推定してみても、確信は持てない。緑の相談所に持って行くのも、煩わしいし、抜いて捨て去るのも惜しい感じがする。まあ、これらも、しばらく置いておこう。まもなく移植のシーズン。今月末か、来月に、適当なところに移植して、大きくなる様子を見るとしますか。

それにしても、昼は、土色のバッタがうろちょろし、時々キリギリスも見つかる。空にはトンボとアゲハ蝶が舞っている。夜になると、秋の虫が賑やかだ。夏には、家の中で、闖入してきたトカゲと追っかけっこしたが、昨夜は、コオロギが風呂場に入っていたので、逃がそうとしたが、うまくいかず諦め、一緒に風呂に入った(笑)。

人間様も、半袖を止めて、長袖に切り替えとも、思うが、日中はまだ暑い。とりあえず、彼岸まで待とう。さて、涼しくなれば、行楽のシーズン。流風は、これから、どんなところに出没しようか。でも、見かけても、追い返さないでください(笑)。

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2009年9月 1日 (火)

地震対策できていますか

本日、2稿目。

本日は、「防災の日」ということで、いろんな防災対策について、報道している。しかし、個人の過剰な物品の防災準備は、いざ、災害が起こった時、機能しないものだ。もちろん準備できる人は、準備してもかまわないが。基本的には、命を守ることに重点を置いてほしい。命を失えば、どんな物品の準備も無効になってしまう。

今回は、震災の対策について、再度、記しておこう。

一、寝室には、基本的に家具を置かない。どうしてもという場合は、固定する。

二、また小さな家具といえども、強度の震災では、凶器になりうる。キャスター付き家具は、できるだけ避ける。

三、その他にも、額類、大きな時計類、置物類は飛んできて、怪我をする可能性があるので、注意。

四、また多くの書籍の生き埋めになった例もある。過剰な物品は、事故を起こす可能性があると知るべき。

五、家具の上に物を置かない。

六、固定できない高さの低い家具類は、滑り止めを設置する。あるいは絨毯の上に設置する。

七、震災時、身を隠せる強度のあるテーブルや机を持っておく。

八、窓ガラスに対しては、飛散防止シートを貼るか、防災カーテンを設置しておく。

九、ベランダには、鉢類も含めて、物を置かない。

十、古いブロック塀は転倒する可能性があるので、よく点検しておく。

十一、寝室には、避難用ひも付き運動靴を常備する。

十二、震災時、火の元の心配より、まず自分の身を守る。

十三、出口の確保。でも、すぐに飛びださない。この時点で、火の始末をする。

十四、避難する時の持ち物は、最小限にする(時計、携帯ラジオ、携帯電話、現金、公衆電話用十円玉、通帳、印鑑類等)。

その他にも、あるかもしれないが、自宅にいた場合の対応としては、大体以上のようだ。

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9月1日は防災の日

毎年、9月1日は、「防災の日」だ。この日に決められたのは、関東大震災が、1923年9月1日に起こったからだという。しかし、現代の人間にとっては、遠い昔。90年近く前のことなど、記憶には、残っていないだろう。伝え聞く話では、印象は弱い。まあ、それでも、忘れたころにやってくる震災に対して、防災の心構えを説くことは大切だ。

だが、関西の者にとっては、関東大震災より、むしろ、1995年1月17日に起こった阪神淡路大震災の方が強く記憶に残っている。あの忌まわしい震災は、未だ生々しい。関西で、「防災の日」にするのなら、こちらの日付の方が相応しいと思う。

人々は、身近な災害には敏感に反応するが、遠方の災害には、やや無関心になりがちだ。事実、阪神淡路大震災が起こった時、東京・関東方面の方々の反応は、必ずしもよくなかった。彼らにとっては、関西で少し大きい地震が起こったのだろうと、他人事であった。

やはり身近な災害の方が、強く反応し、記憶に残るのは仕方ない。彼らにとって、やはり、関東大震災の方が、防災の日としては、強いイメージがあるだろう。ということは、防災の日を、地区ごとに決めていいのではと思う。

全国統一である必要もない。防災に対して、意識付けできればいいのだから、全国レベルでの催しにすることのないだろう。いずれにせよ、全国各地域で、被災の記憶に残る日を、防災の意識付けの日として設定し、日頃から、防災の心がけをしたいものです。

*追記

政治の世界も、地殻変動が起こって、ついに政権交代。こちらの「防災」としては、国民それぞれが政治に継続的に強く関心を持ち、無関心にならないことが、そのことにつながるようです。

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2009年8月25日 (火)

夏はどこへ行った

昨日は、昼間は温度は上がるものの、風があったので、そんなに暑く感じることはなかった。ほとんどの花は終わり、ひまわりも、枯れ始めている。種が取れ過ぎるので、今年は、種の採取は止めておこう。

蝉の鳴き声も静かになりつつある。ツクツクボウシは、啼いたり啼かなかったりと、彼らも迷っているようだ。トンボはちらほら。ただ、アゲハ蝶だけは、割とあちらこちらで見られる。

更に夕方になると、急に寒くなった。外では、秋の虫たちが啼いている。今年は夏が短かったなあ。夏を感じる時がなかった。夏はどこに行ってしまったのだろうか。9月に入れば、暑さはぶり返すのだろうか。奇妙で、物足りない夏だ。

今朝起きると、大変寒い。夏用の掛け布団を身体に巻きつけていた(笑)。布団も入れ替えが必要かな。羽毛布団を取りだした。でも、夏布団も、しばらく置いておこう。

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2009年8月21日 (金)

水害の記憶

子供時代、台風で、河川の堤防が決壊し、床下浸水になったことがあった。床下浸水と云っても、床上浸水の一歩手前だったと記憶する。父は会社に行って不在だったから、あの時の母の恐怖の顔は忘れられない。

近所の人がきて、テキパキと指示されて、それで、やっと落ち着いたのか、近所の会館に逃げるということになったようだが、しばらくして、雨も小雨になり、徐々に水が引いていった。

夕方遅く父が帰宅した後は、その後始末で大変だった。父が濡れている畳を上げるかどうか迷った後、その夜は上げずにおこうとなった。その他の物品の整理やら、水につかってしまった食糧などの処分など、とりあえずの処理をして、当日は終えたが、食べ物がない。

そうこうする内に、しばらくして、近所の方が、おにぎりを届けてくれ、その日は終えた。水は、井戸水を汲んで沸かし、お茶がないので、白湯で、おにぎりをほおばった。風呂は五右衛門風呂なので、井戸水を汲んで、薪は濡れて、あまり濡れていないものを選ぶのだが、なかなか燃えなかった。

それでも時間をかけて沸かし、深夜になってから、入った記憶がある。身体の汚れを取るため、皆、どうしてもお風呂に入りたい気分だったのだろう。流風も、いつもは8時就寝なのに、当日は遅くまで起きており、少し興奮していたかもしれない。でも、朝まで、なかなか寝つかれなかった。

翌日は、父は仕事を休み、家財の処理や、畳干しをしていた。このように水害の被害は大変だ。しばらく、落ち着くこともできない。兵庫県佐用町の水害の被害は、夏の災害と云うこともあって、その処理も大変なようだ。多くのボランティアの方々が入って、作業されている。佐用の人々も落ち着かれるには時間がかかるだろう。早く復旧されることを期待したい。

また残念なことに、高齢の女性(75歳)が、将来を悲観されたのか、自殺されていた。老い先短いのに、自殺とは、非常に悲しいことだ。人間生きていれば、いろんなことがあるが、絶望されたのだろうか。理由はわからないが、復興を見届けてほしかった。

確かに、被災された方々は、これからもいろんな苦労が多いかもしれない。今まで、国内外の様々な震災に対する寄付は、わずかばかりでもしてきたが、水害の被害に対する寄付は皆無だった。しかし、いろいろ報道に接すると、無惨な状態が映し出される。今回は、兵庫県民として、わずかばかりではあるが、寄付しようと思う。

*参考 佐用町ホームページ

      http://www.town.sayo.lg.jp/bousai/gienkin.html

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2009年8月14日 (金)

防災に備えて~どこに住むか

それにしても、静岡での、夏の比較的大きい地震にも驚いた。夏のインフルエンザ級の驚きだ。今、地球で、何が起こっているのだろうか。今、日本は、長梅雨による洪水、竜巻被害、台風、地震等による被災と自然災害のオンパレードだ。

長梅雨や台風、地震の影響で、各地は大変な災害に遭われている。今まで予想できなかった雨が降り続いて、地盤が弱っていることも災害を大きくしているのだろう。そして、今回の一連の災害は、確かに異常気象の影響もあるが、過剰な宅地開発や道路開発が災害を拡大させている面もある。

異常気象が問題なのは確かだが、過剰な開発が、被害の大きさを拡大していると言える。それでは、住民にできることは何なのか、今後、しばらく、いろんな観点から、素人なりに、記してみたいと思う。

まず言えることは、防災は、各人確かに必要だが、できるだけ災害の少ない地域に住むことが、まず求められる。もちろん、日本では、絶対安全な地域などない。どこにいても、ある程度の災害は避けられない。

しかし、歴史的に、災害の程度をできるだけ小さい地域に住むことは、一つのの防災対策だろう。それでは、どこに住めばいいのか。基本は地盤がしっかりしているところだろう。

あの阪神淡路大震災でも、地盤の弱い所が、徹底的にやられた。つまり埋立地などが一番危ない。それは最近の事例だけでなく、歴史的に、どのように、その地域が形成されていったのかも、知っておく必要がありそうだ。

もちろん、基礎をしっかりすれば、ある程度の災害は防げるが、十分とは言えない。となると、やはり埋立地等は避けた方がいいだろう。沼地や田畑の埋立地は、あの地震ではマンションも倒壊している例もある。

基本的に、そうでなくても、造成地は危険と言われる。その他には、今回の水害のように、河川敷とか、扇状地は危ない。山の近くもよくない。但し、災害は、いつも起こるわけではない。長い間、災害が起こらないと、危険地域と言われるところでも、安全だと勘違いしてしまう。

今回、静岡での地震では、災害が比較的小さいとのことだ。それはずっと東海沖地震が叫ばれており、住民の意識が高いことが防災につながったのだろう。危険地域に住む人々は、常に危機意識を以て、防災の準備を怠らないことが大切で、行政も、そのノウハウの徹底をすることが求められる。

人々は、できるだけ、地盤しっかりした土地を選択しつつ、地域には、それぞれの対応方法を確立して、被害を最小限度にする訓練が大切だと思う。防災訓練は、嫌がる人が多いと聞くが、自らの身を守るためには、大変重要だ。

そして、弱者(高齢者、病人、子供等)の避難のさせ方を、日頃から申し合わせていくことが大切だろう。改めて、自治会の重要性を感じる。自治会組織がしっかりしているかも、選択の基準とすべきかもしれない。

*追記

また住まいしている地域の開発がどのようになっているかにも、住民は注視する必要がある。山林開発、道路開発、河川の状態にも、関心を持ちたいものである。いかに住まいが安全でも、周辺地域の開発が、自分の家屋を損なうリスクがあるということである。

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2009年8月13日 (木)

災害における避難活動は、個人責任か

兵庫県佐用町の水害に対する避難活動について、一部の防災の専門家が、非難していた。屋外が水で溢れているのに、屋外に避難するのは間違っていると。画一的な避難活動の体系に問題があると言うのだ。日頃からの避難訓練に従い、避難しようとした人々が不幸な結果になっている。何が誤りだったのか。

ただ、住民側からすると、人々は、防災の専門家のように生きているわけでもない。災害は、毎日起こるわけでもないし、正確に予測できるわけでもない。生活に追われて、どうしても防災対策がおざなりになりがちだ。日頃の訓練通り、行動しても、おかしくない。実際、多くの人々がそうではないだろうか。

ということは、各行政は日本における自然災害は、様々あるし、各地の地形の特徴によって、対応方法は異なるということを十分踏まえて、住民に絶えず警告する活動が重要なのだろう。常日頃から、自然災害の危険性を、やかましいぐらいに、警告することが彼らの役割になる。

いずれにせよ、行政による完全な防災対策がないとすれば、後は個人の意識を高くして、自治会レベルにまで高めて、共通の危機意識の醸成しか、手がないということになる。後は、避難活動を主体的に自分の意思で行う必要があるということだ。

今回のような急激な環境変化の災害に対しての避難活動は、やはり個人の判断で、行わざるを得ないのかもしれない。避難活動は、各個人において、常に危機感と、その用意と準備が必要と言うことになる。

ということは、つまり防災における行政の役割は、狼少年の役割(もちろん、本当の狼少年になってはいけない。住民に信頼されないといけない)と、災害後の迅速な処理しかできないということになる。

そのように私達は、認識を改めなければならないのかもしれない。様々なケースを想定し、各人が避難方法を考えなければならないのだろう。そのためには、防災の専門家は、ケースバイケースでの避難方法をもっと啓蒙しなければならない。避難に失敗した人々を非難する前にやることがあるだろう。

*追記

亡くなった方々には、ご冥福をお祈りしたい。また彼らの死を無駄にしてはいけない。

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2009年8月12日 (水)

美人三姉妹そろう

街を歩いていると、結構、かわいい三姉妹というのが結構、目につく。少子化、少子化と言うけれど、いろんな家族がいる。一姫二太郎のつもりが、そうならなかったのだろう。また時々、三姉妹プラスワンということもある。もちろん、ワンは、男の子だ。頑張ったんだね(笑)。

でも、昔は、娘三人、家傾く、と言ったものだ。最近は、自立して、女性も働いて稼げるので、適当にパートナーを見つけて結婚してくれれば、そんなに費用はかからないかもしれない。いい時代になったものだ。

そういうと、わが家でも、三姉妹がそろった。皆、美人ばかりだよ。まあ、花の世界だけれど。いわゆる、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花だ。以前にも記したが、父は百合の花が嫌いで、生前、百合を植えることはかなわなかった。

それを昨年末に百合の球根を入手して植えてみた。種類は、白鹿の子ユリと紅鹿の子ユリの二種類だ。少しずつ芽を出し、ぐんぐん背が高くなり、花芽が出ていたので、花が咲くのも、そろそろかなと思っていたが、大雨の時、外を見てみると、健気に雨に打たれながらも咲いていた。

それにしても、かなりスタイルがよろしい。歩く姿とはよく言ったものだ。まるで、どこかのファッションモデルのようだ。ただ、一部、花の重さで、倒れそうになるので、支え棒を添えてやった。杖をつかないと立てないと言うのは、美人にしては、ちょっとみっともないが仕方ない。すらっと美人の限界かな(笑)。

そういうと、「人」という文字も、誰かに支えられている。いろいろ世話しないと花は咲かないし、支えてやることも必要だろう。それはお互い様だ。花と人の関係も、人と人の関係も同じなのだろう。少し感傷的になったが、いずれにせよ、芍薬、牡丹、百合の三姉妹がそろった。

しかし、これらの花が同時期に咲くことはなく、それぞれに人々の目を楽しませてくれる。仮に同時に見ることになったら、目移りして仕方ない(笑)。そういうことが、これらの花の人気が続いている原因かもしれない。女性のみなさん、見せ方は大事ですよ(笑)。

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2009年8月10日 (月)

雨の多い夏

本当に、今年は雨が多い。梅雨が開けたと宣言されたと思えば、今度は台風の影響で雨が降る。立秋(8月7日)を過ぎているから、残暑なのだが、今年は、夏を経験したような感じがしない。

そして、かなりの雨量だ。晴れる日が大変少ない。まるで、一晴三雨のような感じだ。洗濯も大変だ。今まで、梅雨の時期を除いては、雨の翌日の晴れでも、洗濯はしなかったが、そうも言うておれない。少し晴れ間が出れば、洗濯して干すしかないようだ。これは本当に困ったことだ。

最近は、内干しの洗剤も出ているようだが、極力、内干しはやりたくない。室内に洗濯物の匂いがするのは、嫌だから。それに晴れてくれば、室内は蒸してくるので、異常な湿度になる。温度が高ければ、最悪だ。

更に、激しい雨に対して、水はけはしやすいように、処置しているが、それでも、こう雨が続くと、若干心配だ。晴れが続けば、それはそれで問題だが、雨が続くのも困る。それとも、家にじっとしておれという、御託宣なのだろうか。天は、所詮、自分勝手な人間様の思惑通りにはならないようだ。でも、作物だけは、ちゃんと恵んでほしいな。

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2009年7月26日 (日)

愛すべき夏の虫たち

天候不順な夏とは言え、虫たちは活動している。家庭菜園で栽培した植物には、農薬を使わないから、たくさんの虫がついた。お陰で、いくらかは、虫に食われてしまった。でも、それはそれでいい。

畑には、クモとアリとミミズで、溢れている。彼らはよく動く。働き者だ。キリギリスは、この時期には、あまり見ない。どこかで、遊んでいるのかな(笑)。

蜂たちも、多い。ミツバチが少なくなって、農業関係者は大騒ぎしていたが、流風の家庭菜園では、そういうことはない。ミツバチだけでなく、いろんな蜂が飛んできて、蜜を吸っている。

時々、近寄ると、「邪魔するな」と威嚇してくる。誰だって、食事している時は、そういう心境かな(笑)。ミツバチが少なくなっていると言うのは、流風の考えでは、農薬や除草剤の影響と思う。多分、間違いないと思うよ。

農業は、楽をすれば、それだけ、跳ねっ返りも大きいということだ。機械を使うと言うのは、仕方ないが、農薬や除草剤を使うのは、もっと慎重でなければならない。もちろん、その背景には、農業従事者の減少ということが原因かもしれない。だが、自然の循環を侮れば、いずれ、それは私達に跳ね返ってくる。怖いことだ。

ハグロトンボにしたって、環境の悪い所には、来ない。でも流風のところにはよく来る。アゲハ蝶も今年は多い。虫たちは、自分の棲みやすい環境をよく知っている。蝉も、雨の中の晴れ間を縫って、盛んに啼いている。蝉の抜け殻の多いこと、多いこと。当然、たくさんの穴ぼこも見つかる。これらを見つけると、嬉しくなる。

そして、夜、虫ではないが、窓に張り付いたヤモリも今年は目の前での出現率が高い。いつもは一匹なのだが、先日は二匹だった。でも仲が悪い。一匹が近寄ろうとすると、お前、あっちへ行け、と、もう一匹が追い払っている。どういう関係なのだろう(笑)。二匹とも、例年より大きい。

室内には、アシダカクモがいる。こいつは、ふと出くわす。少し見ないな、と思ったら、出てくる。ゴキブリを退治してくれるので有難い存在だ。ゴキブリの匂いがするから、ああ、ゴキブリがいるのだなと思って、寝たら、大概、翌日、ゴキブリの残骸が見つかる。激しく、食い荒らした感じだ。当然、ゴキブリの匂いはしなくなる。

先日も、夜、ふと、台所を見ると、何か動いているものがある。ゴキブリかなと思ったら、アシダカクモだった。今夜も、頼むよ、とお願いしておいた(*注)。それにしても、蓼食う虫も好き好き、とは、このクモのことを言うのかな。お陰で、ゴキブリ対策品はいらない。有難う。

*注

夜蜘蛛は親の敵、などというが、流風は殺したりしないのだ。敵の敵は味方なのだ(笑)。

*追記

もちろん、いい虫ばかりではない。人間に危害を加えるものもいる。藪蚊を追い払うのには、苦労する。携帯電子蚊取りでも、完全ではない。またイラガの幼虫に刺されると、とても痒い。これは、普通の軟膏では効かない。今年は、入口付近に、ゼラニウムを植えているので、ある程度の虫よけ効果はあるようだ。

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2009年7月25日 (土)

夏の天候不順による災害に思う

今年の夏は、雨が多い。梅雨が明けたとは、とても感じられない。そのため、暑さはそれほどでもないが、蒸し暑い。先日も、土砂降りの雨が降った。確かに、夏は、雷が伴う雨があるのは、毎年のことだが、今年は異常だ。中国、九州地方等では、大変な災害に遭われている。お見舞い申し上げたい。

この大雨は、本当に困る。それでも、流風なりに対策を打って、処置している。かつて、庭には、大雨が降ると、水が浮いて、大変な状況になっていた。それに対して、親は何の対策もしなかったようだ。確かに、天気が回復すれば、それなりに水が引いていくことも事実である。

しかし、不衛生のように感じた流風は、水の流れを観察して、あることがわかった。つまり排水溝の穴が詰まって、水が浮いているのだと。対策として、排水溝の廻りに、手の大きさ程度の石を敷き詰めると、ほとんど解決した。

つまり水は土を運んで、排水溝の穴を塞ぐから、水が流れなくなる。こんなことは小学生でもわかりそうなものだが、父は不思議と手を打たなかった。理由はわからない。周囲に石を敷き詰めると、石と石との間には隙間があるのだが、土は排水溝の穴を塞ぐことはなくなった。

さらに、排水溝につながる水の流れをつくってやるため、石を並べてみると、水の流れはよくなり、改善した。流風は、水害対策のことについては、全く知識はないが、それなりの方法はあるのではないか。各地で、いろんな災害を聞くたびに、自治体の専門家は、何をされているのだろうかと思う。

もちろん、今回の雨の降り方は想定外と言われるかもしれない。だが、過剰な開発や、自然管理を怠ったことが災害を招いているような気がしてならない。自然災害というより、人災ではないか。亡くなった方々を供養するためにも、今後このような災害が二度と起こらないような手を打ってもらいたいものである。

*追記

こういうことを記すと、公共投資が必要と騒ぐかもしれないが、むしろ今の土木の手法が問われている。やたらとお金はかけるが、有効でない手法が取られているのではないか。

開発中心主義の破綻の問題は深刻だ。一時的な経済活性化は、将来、禍を招く典型であろう。また森林保全のための人材不足も問題だ。下草の処理ができないことは、森を荒らし、山の保水率を劣化させ、水害の原因の一つだろう。更に、森の中に車の乗り入れを可能にするためのアスファルトの道を作ることも、水害の被害を大きくさせている。

このように、経済と環境保全は、トレードオフの関係にあるが、下流の町に住む人間も、このことは、真剣に考えなくてはならない。農業ボランティア同様、森林ボランティアの活用も望まれる。

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2009年7月22日 (水)

真っ赤な太陽

46年ぶりの皆既日食が話題になっている。確かに、見たことのない人々にとっては、関心があるかもしれない。流風は、子供の頃、見たが、特に感慨はなかった。太陽が月で隠されているだけのことだし、古代の人々は、何か不吉なものを感じたかもしれないが、科学的に理由がわかっている現在、余計に、関心はない。

それにしても、日食を直接見てはいけないと、やたらうるさい。確かに、子供の頃から、太陽を直接見れば目がつぶれて、目が見えなくなると母から、盛んに注意を受けたことは事実だ。実際、目によくないことは間違いない。

しかし、流風は、太陽に対する、ある関心から、母の注意を聞かず、土手から、よく太陽を見上げたものだ。そのため、めばちこ(ものもらい、のこと)ができて、眼科医のお世話によくなった。母は、なぜ、この子供はよく、めばちこになるのか、不思議に思っていたようだが、多分、太陽を直接見ていたことを知らなかったのだろう。

それでは、なぜ太陽を直接見たかというと、絵本や童話などに、「真っ赤な太陽」とあったからだ。親も、そのように説明する。それを確かめたくて、見てみると、どう見ても、赤くない。白いのだ。何回も確認した。何回見ても、白い。それをなぜ赤いと言うのだろう。

それが納得がいかなかった。何でも、物知りの父に、当時尋ねた記憶があるが、父にしては、明確な回答をしてくれなかった。父がわからないことは、誰にもわからないのだろうと思った。

そして、ある時、気付いた。太陽に向かって、目を瞑ると、赤く見える。ああ、これだな、と。最近の子供たちは、どのように感じているのだろう。また童話は、どのように太陽を描いているのだろう。

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2009年7月19日 (日)

第39回神戸まつりに行く

昨日のブログでの予告通り、神戸まつりに行ってきた。天気のことは、若干心配だったが、晴れ男の面目を施した(笑)。多少、小雨は降ったものの、概して、天気はよかった。いや、祭りには、上々の天気だろう。

そして、予測してはいたものの、観客は多かった。ほとんどの催しが午後1時からだったので、余計に人が多かったのかもしれない。夏休みが始まっての催しだから、出かけやすいし、3連休。

おまつり広場の物産コーナー、おまつり大通りは、芋の子を洗うような感じ。確かに、いつも混むのだが、多かった。ただ、ゆっくりは見られない。その辺は難しいところだ。2分割して、別の通りに移転した方がいいかもしれない。

その他の催しは、時間的に重複するので、全てを観ることはできない。結局、花舞台、ワールドカフェ、KOBE PERFORMANCE SRTEET、KOBE JAZZ STREET、KOBE夢太鼓を、ざっと観て回った。皆、それぞれによかったと思う。花舞台をもう少し観たかったが、時間的に途中で退散。来年行くとしたら、場所を絞る方がいいのかもしれない。

スペースシアターにも行ったが、子供向けだったのでパス。サンバストリートは、毎年見ているので、これもパス。そうこうするうちに、午前中から、うろうろしていたので、歩数計が、1万8千歩を上回ったため、撤退(笑)。おまつりパレードはテレビで、視ることにした。サンテレビで、完全中継しているから、こちらは楽。

日頃、ビールは飲まないが、本日に限って言えば、美味しかった。インフルエンザの影響で、神戸経済は大変だったが、これが起爆剤になればと思う。本日は、とにかく、一応晴れてよかった。今日は酔いも手伝って爆睡だ(笑)。

*追記

神戸まつりが終わったら、大雨。不思議だが、天は、神戸まつりを見放さなかった。こういう運強さは、将来、きっといいことがある証。神戸まつりに行った人々も。

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2009年7月18日 (土)

夏休み、土用の丑、そして神戸まつり

梅雨は本当に開けたのか、どうもはっきりしない天気が続くが、今朝は、早朝から、蝉の合唱だ。やはり夏本番なのだろう。

そして、学校は、夏休みに突入した。子供たちが街に溢れることだろう。思い出に残る好い夏休みにしてほしいものだ。勉強もいいが、思い切り遊んでほしい。子供時代にできることは、大人になってはできない。そういうことを親も、しっかり認識しておくことだ。

流風の学生時代は、宿題は、休みの前半に済ませていた。遊び呆けて、宿題は後回しという友達も多かったが、流風は、お楽しみは、後に、という考えだったので、宿題は、早めにやってしまって、残るのは日記ぐらいのものだった。

ところが、この宿題を早く終えてしまうことは、確かに、新学期が始まって、叱られることはなかったが、すぐ始まる中間テストの成績はあまり良くなかった。つまり宿題は早く済まして、遊び呆けるから、宿題の内容を忘れてしまうからだ(笑)。当然、直前に、勉強し直ししても、結果はよくない。宿題は、早くやり過ぎても、遅くまで残しておくのも良くないのだろう。それでも、懐かしい思い出だ。

それから、2009年7月19日は土用の丑。やはり鰻を食べようか。やはり日本産かな。他国製も安全だというが、イマイチ信用できない。一旦失った信用は、そんなにすぐ回復できるものでもない。そんなもの、いくら安くても、食べる必要もない。でも、偽日本産も、去年はあった。

それに、通年で、売られるようになって、有難味も薄い。通年で、売上げようとする欲が、消費者の魅力を小さくしている。業界は、ビジネスのあり方を考え直した方がいいかもしれない。

それに、2009年7月19日は、神戸まつり(http://www.kobe-matsuri.com/)でもある。インフルエンザの影響で、延期になったものだ。夏休みと重なり、賑わうかもしれない。それに神戸市のインフルエンザ・ショック対応の市内の無料開放施設も活用すれば、お得なレジャーが楽しめる。この三連休は、有意義なものになるかもしれない。お金のかからないレジャー間違いなし(笑)。流風は、須磨の水族館にお盆までに行こうかな。

ただ、飲料施設は、休日は、どこも混むだろうから、穴場を押さえておく必要がある。神戸の場合、主たる通り道より、外れた通りの飲食店とか、駅から少し離れたところに穴場がある。そういったところの方が比較的安くて、美味しい料理を頂くことができる。もちろん、並ぶのが好きな方々は、大通りの有名な店で食事するのも悪くない。平日は、どこも大丈夫とは思うが。

流風は、夏は大好きだから、あちこち行くことになるだろう。今年は、神戸まつりに行く予定はなかったが、延期により、行ってみたくなった。明日会場で、どこかで皆さんと会うかもしれない。いっぱい汗をかきながら、速足で歩いていたら、それは流風です(笑)。

*追記

残念ながら、7月19日の神戸は、天気予報では、午後から雨のようである。ちょうどパレードが始まる3時頃から雨が降るのであろうか。晴れ男が、たくさん集まりたいものである(笑)。いずれにせよ、折りたたみの傘は用意した方がよさそうだ。

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2009年7月13日 (月)

夏本番、やはり暑い。

夏は好きなのだが、しばらく体調を崩していたので、やや暑さは辛い。朝から暑いので、うだうだと。ためになる内容ではありません(笑)。

九州も梅雨明けとかで、近畿地方も間もなく梅雨明け宣言されるのだろう。室内温度は、今のところ、そんなに変わりがないが、外へ出かけると、さすがに暑い。昨日は、汗の量が増えた。そして、夜は、温度が高かった。いわゆる熱帯夜だ。昨夜は、さすがに、すぐに眠りに落ちることはなかった。

そして、菜園には、雑草が繁茂している。昼間、晴れていたので、梅雨の間、サボった雑草抜きも、大変な量になった。雑草を引き抜くと、蚊がいっぱい出てくる。これはヤバい。一応、防御体制は整えているのだけれど(笑)、その隙間を狙って攻撃してくる。なかなか手ごわい奴らだ。

蚊の防御体制としては、一応長いズボン、長袖、首周りにタオルを巻き、携帯電子蚊取りをバンドにセットしている。だが、時々、短パンとか半袖で、ちょっと草取りと思って、草取りをすると、てきめんに、蚊に刺される。やはり防御態勢は大切だ。

梅雨の間は、湿度は高かったが、日中の温度は30度程度だったので、扇風機のみで対応。クーラーの必要性は感じなかった。毎年、クーラーは、せいぜい年間1週間程度しか使用しないが、今年はどうなるのだろう。

いろんなエコポイントで、省エネ型クーラーを推奨しているが、本来、クーラー等を必要としない生活が望ましいのだろう。やはり住まいのあり方が問われている。緑に囲まれた住まいが望ましい。国は、本来、そういうことに支援する必要があるのに、文明の機器に支援したところで、本質と外れており、どうなるものでもない。

それはそれとして、飼っている犬のために、クーラーをする人がいるのには驚いた。本当に必要なのだろうか。流風は、犬は室内で飼ったことがないのだけれど、ある獣医によると、クーラーは、犬の免疫力を低下させるらしい。人間と同じ感覚で、動物に接するのは、よくないのかもしれない。

まあ、若干アレルギーがあるので、将来犬を飼うことになっても、室内で飼うことはありえない。室内で犬を飼っている家には、訪問を遠慮している。室内で、動物を飼う人々は、あまり、そういうことは考えてくれない。動物がすべてなのだろう。

色々記したが、これから本格的な夏に突入する。梅雨嫌いの流風にとっては有難い。多分、扇風機は使っても、クーラーの使用は、たぶん今年も、ほとんどないことだろう。本当のエコ生活とは、文明の機器を使わないことかもしれない。

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2009年7月12日 (日)

家庭菜園の収穫

家庭菜園で作っているキュウリ、ナス、トマトの内、キュウリは4本ほど収穫したが、その後が、どうも不調。花は咲くが、実がならない。ちょっと、諦めの心境。それでも、酢もみしたものや、もろきゅうにしたり、ピリ辛漬けにしたり、サラダに使ったりして、それなりに楽しんだ。

そして、今、ナスを収穫している。8本ほど収穫したが、1本は、不良なので、実質7本。後、何本かできるかもしれない。こちらは、予想以上の出来だ。しばらくは、ナス料理だ。焼く、煮る、炒める、蒸すをすべてやつてみよう(笑)。久しぶりに、ナス田楽もつくってみようか。

トマトは、20個ほど実をつけており、その内、4個ほど収穫したが、2個は虫食いのため、破棄。菜園に戻した。ネットなどを見ると、虫食いの野菜は安全だとして、トマトの虫食いも調理して、食べられる方もいるようだが、あまりよくないのではないか。

葉物は、虫が食べた跡を除去して、調理してもいいと思うが、トマトのように、実の状態のものの虫食いは、食べてはいけないと、母がよく言っていた。その根拠は、知らないのだが、何かあるのだろう。母のことだから、どこかで調べて言っていたと思う。

いずれにしろ、いつもは湯剥きしているが、農薬不使用なので、皮ごと食べられる。サラダや、サンドウィッチの材料として使用。今後、収穫した分はどうしよう。洋風肉じゃがに利用しようか。意外と、トマト料理は思いつかない。料理本にも、あまりトマト料理は紹介されていない。付け合わせにすることが多いからだろうか。

おまけとしては、今、ナンキンができつつある。これは作ろうとして、作っているのではない。昨年、調理した後の種を、畑に捨てたら、今年、勝手に成長してるものだ。これは毎年のことだ。昨年の秋も、できたが、あまりにも、まずかったので、大半は、菜園に戻した。

今年は、人口受粉でなくて、自然受粉なので、いいものができるだろうか。それに、季節が夏のためか、物凄い勢いで、狭い菜園内を、フルスピードで、繁茂している。かすかな期待をしている(笑)。

それに、梅雨の雨に誘われて、里芋の芽が一斉に出てきた。里芋、毎年、作ることは作るが、小さいものしかできない。これは、収穫もいいが、葉が勢いよく成長する姿が大好きだ。そういうことで、毎年、懲りずに作っている。今年は、少し手を入れてみようか。

まあ、あれやこれやと、しばらく収穫物を楽しむとしよう。

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2009年7月 9日 (木)

兵庫県の今後の戦略を考える

兵庫県知事選が終わり、井戸敏三氏の再選となった。他の知事選と異なり、与野党相乗りの選挙で、井戸敏三氏の信任投票に近いものであったようだ。二期の間、特に失政はないし、最終の仕上げの期にしてもらいたいものだ。一期も、まともに終えていないのに、中途半端に、国政に関心を示す、どこかの“声高”知事とは大違いだ。あんな知事でなくて良かった(笑)。

そこで、兵庫県の戦略を厚かましくも、少しぐじゃぐじゃと考えてみた(笑)。以下、資料も不十分で、素人だから、的外れなことも記すかもしれない。御容赦を(流風にしては、物凄く弱気。笑)。

さて、兵庫県は、いくつかの地域に分かれるが、大きくは、大阪湾に面している地域、瀬戸内海に面している地域、日本海に面している地域、に分けられる。それは逆に言えば、その地理的条件から、いろんな展開が可能な立場にある。よって、一つの政策で、すべてをこなすことは難しい面がある。

まず神戸以東から尼崎までの地区(阪神地区)は、どのようにすべきか。隣の大阪府と連携するのがいいのか。ただ、大阪府は、関西国際空港の不振に手が打てていない。府知事は賑やかだが、地道な府政をおざなりにしている感じを受ける。いろんな政策を打ち上げるが、メリハリがなく、全ては中途半端だ。場合によっては、大阪はさらに地盤沈下する可能性もある。

阪神地区としては、地理的には近いが、今後、大阪が組めるパートナーかと言うと、疑問点が多い。関空についても、かつては機能を、この空港に集中して、伊丹は廃港とすべきと流風は思っていたが、この考え方は撤回したい。

最早、日本の空港戦略の誤りから、隣国の韓国に大きく後れをとっている現状、地方空港は、関空に捉われず、羽田の活用もいいが、もっと海外の空港の利用も考えた、地方空港の利用促進を考えるべき段階にある。

それは岡山空港で、すでに実証済みだ。そう考えれば、伊丹空港や神戸空港は、そういう戦略も必要と思う。それが阪神地区の活性化につながる。それは、中小企業国際化推進戦略にも影響してくる。

各産業レベルでも、大阪との連携のメリットは薄く、海外(特にアジア諸国)や東京圏とのつながりを更に強化する必要がある。それをベースに、各地域との連携が望まれる。もはや近畿圏に属しているからといって、近畿圏に捉われる必要はない。むしろ大阪の機能を兵庫県に移転させる大胆な取り組みが望まれる。そのような兵庫県独自の政策が期待される。

また兵庫県は、西日本の海外戦略センターの核になってもいいはずだ。海外戦略としては、様々な地域と連携しながら、中国、インドとの経済・文化面での更なる交流の促進をしてもらいたい(今まで、各地域が単独で、海外交流を促進しているが、横の連携がない)。また、神戸空港をどのような役割に変更させるかも重要なポイントだ。

次に、明石から姫路、赤穂までの、播州地区については、淡路島も含めて、瀬戸内海地域戦略を採る必要がある。

つまり播磨地区地域は、瀬戸内海をベースとして、経済・観光・住宅戦略を練る必要がある。すなわち、中国地方・四国の瀬戸内側エリアと、協働して、一つの経済圏を確立し、それを東京圏などの大都市圏につなぐ必要がある。

これらの地域は、比較的温暖で、住みやすく、食べ物も豊かである。そういったことを考えれば、今後、熟年及び高齢者の住まいやリゾートとして最適である。そういう基盤整理・活用を促す必要がある。この地域は、今後、日本で有数の地域となろう。観光の目玉が、比較的少ないことから、更なる観光開発や地域連携開発も求められる。

もう一つの裏日本地域については、今後、東京などの関係を強くする都市戦略と海外戦略が望まれる。一般的には、地理的に、日本海側の連携がなされそうであるが、それでは弱い。弱者連合は強くならない。活力のある国内外の経済圏との積極的なやり取りが求められる。

それは観光だけでなく、産業においてもだ。自然環境に恵まれているので、都市部から移住する人は結構いる。ただ、その人たちを活用できる仕組みをもっと積極的に行う必要がある。単に移住してもらいだけでなく、地域戦力として、都会の経験を活かせるような仕組みが求められる。

海外戦略については、独自に開発することも必要だが、阪神地区の海外戦略に相乗りすることも必要だ。その方が、コストがかからない。費用対効果で考えてほしい。決して、予算取りのための無駄遣いはしないで頂きたい。

以上、三地域のそれぞれの政策を新県知事には推進してほしい。そして、最終的には、このような違った特色のある地域が、相互に関連しあって、新しい活力を産み、エネルギーにしていくよう、新知事には、三期目の総仕上げとして、大胆な触媒の役割を求めたい。

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2009年7月 5日 (日)

大きな勘違いの催し

JA宮崎経済連が、136キログラムの巨大ハンバーガーを作ったようだ。だが話題づくりをして、ギネス世界記録に申請することに、どれくらい価値ある行動と言えるだろうか。果たして、そのことに、どれくらい意味があるのだろう。大変古い感性のように思う。

地球上には、食糧に困っている人々は多くいる。これらの行動は、宣伝活動のつもりだろうが、食べ物に対する一種の驕りではないか。たとえ、後で、食したとしても、それは食糧に対する冒涜ではないか。日本の食糧体制は、必ずしも十分な物ではない。

アピールするなら、まさにそういうことだろう。JA宮崎経済連のやったことは、時代遅れと感じられる。最早、そういうことで、自己顕示欲を満足させる時代ではないはずだ。似たようなことは、他のJA経済連でも、やっているかもしれない。

かつてのように、自然に祈り、作物が自然任せであった時代とは違うと言うかもしれない。しかし、その不安定さは、今も否めないはずだ。もっと、農畜産物を大切に扱い、それを消費する気持ちを消費者に伝えることも大切だ。

消費者からすれば、JA経済連に、このような扱いを受ける農畜産物を、どうして積極的に消費できようか。消費者感情を逆なでするような催しは控えるべきだろう。

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2009年7月 4日 (土)

不明の樹種が判明?

母が植えた木で、調べても樹種が、長い間わからなかったものがある。ただ、母がいろいろ手入れをしていたのにもかかわらず、木は少しも大きくならず、元気もなく、枯れかけていた。母が亡くなった後も、一応、これはもう駄目だから、処分しようと思っていたのたが、冬に、少しスペースが空いた所があったので、植え替えてみた。

そうすると、どうだろう。春になると、芽が出て、葉を茂らせていた。高さは、30センチほどの小さい奴だが、今までと違って、生き返ったようだ。これは不思議。それならと、土を新しく追加で入れたりしていると、春には、かわいい花を咲かせた。

でも、これでも、樹種は不明。どの樹木の図鑑を見ても、掲載されていない。似たような花の木はあるが、はっきりしたことはわからない。そうこうするうちに、20粒ほど実をつけだした。あまり大きくはない。

それが段々少し大きくなり、1粒だけ紫色になってきた。そして、先日、テレビを見ていると、「今は、ブルーベリーの実のなる季節ですね」と紹介している。映像を見ると、まさに、家で成っている実と同じ。ああ、これはブルーベリーだったのか。多分。

そういうと、母は、ブルーベリーを食すると、目によくなるということで、そのジャムをよく食べていた。少し、納得。いいまでの葉とは、違う感じになり、高さも40センチくらいになってきた。でも、母が亡くなってから、なぜ、こんなに、いろいろできるのだろう。見せてやりたかったな。

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2009年6月28日 (日)

アジサイの花は・・・・。

今年は、空梅雨のような感じもする。今日も天気が崩れるとした天気予報も大きく外れ、晴天だ。しかしながら、アジサイの花は、季節を忘れず、あちこちで咲いている。但し、流風の家には植えていない。

理由は簡単。嫌いだからだ。父は、ユリの花が嫌いで植えなかったが、その理由の詮索については以前記した。ユリに由来する名前の女性に振られたのではないかと(笑)。まあ、事実関係は、あの世に問うしかないのだが。

同様に、流風も、アジサイに由来する名前の女性に振られたからでは、という声には、断じて、それはない(笑)。大体、アジサイ子さんとか、アジサイ江さんとかはないでしょう。アジ子さんもおかしいし、サイ子さんと言う女性には出会っていない。嫌いな理由は、何となく嫌いなのだ。

友達でも、何となく性に合わない連中はいるでしょう。それと同じ。あの淡い色が好きだと言う人もいるが、どうも好きになれない。この時期、否応なしに、あちこちで見ることになるのだが、早くこの時期が終わればいいと思うのは、毎年である。要するに、梅雨が嫌いなだけかもしれない。そうだとしたら、アジサイには申し訳ない。

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2009年6月19日 (金)

地域ミニFM局の面白さ

最近は、地域オリジナルのミニFM局が、あちらこちらで開局しているが、聞いてみると、意外と面白い。全てがすべて、自局の作成ではなさそうだが、結構、方言が入っており、面白いのだ。そして地域の観光情報なども流されており、旅行者にも楽しい気分を届けてくれる。

確かに、今は、ネットや携帯で、それらの情報は入手できるが、ミニFM局から流される情報もなかなか捨てがたい。地方に行くと、まだまだ娯楽も少ない。これは、いずれテレビのデジタル放送で、ある程度、解決するだろうけれど、それでも、地域が発信する、コネタの情報による情報発信は貴重だ。

音楽の選定にしても、懐かしい音楽が流されることもあり、それは地域のリクエストから、そうなるのかもしれない。地域住民の要望に応えていたら、そうなるのであろう。これも、なかなかいいことだ。

そして、仕入番組として、東京制作の情報番組も適切に組み込まれているのもあるようだから、それなりに番組の多様化も図られている。こうなってくると、大都市のFM局の番組は、案外、若者だけを対象としているのとは差別化を図り、今後は、狭い範囲での、きめ細かな、いわゆるミニFM局は、ますます増えていくのだろうと思う。

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2009年6月14日 (日)

地域の市民祭りは、物産販促の機会

6月10日が、時の記念日だったことで、明石(兵庫県)は、いつものように盛り上がっている。「時のウィーク」イベントとして、昨日(6月13日)は、いろんな催しが行われていた。まず、明石駅構内で、音楽イベントがあった。いろんな演奏や歌で、いつもは静かな構内が、賑やかだった。流風も、懐かしい音楽が流れており、よかったと思う。

駅の南側でも、いろんな催しがされていた。商工会議所で落語が演じられていたようだが、それは知らなかったため、観ることができなかったのは、少し残念。そういうと、駅に、のぼりを持った会議所の人が立っていたので、その時に気付くべきであったが、後の祭り。まあ、それでも、祭りのようで、祭り好きの流風としては、全体的に行ってよかったと思う。

これから夏の盛りから秋にかけて、あちらこちらで、このような祭りが催されることであろう。祭り好きな流風は、あちこちに行って、楽しむ。そこでは、どこでも屋台とかが見られることも多い。しかし、どこも変わり映えのしないことも多い。屋台で扱う物は、ほとんど変わらず、特色が見出せない。

その点、市民祭りである神戸まつりでは、中央広場で、地域の物産展のようなものが催される。そこで、いろんなものを食べたり、地域のパンフレットをもらって、新しい知識を得たりする。最近は、神戸市だけの物産に限らず、いろんな地域の物産や観光の売り込みに熱心だ。

もちろん、ここで得た情報で、すぐ購買する人もあれば、情報だけ得て何もしない人もいるかもしれない。しかし、少なくとも、認知には役立っているだろう。流風なんて、いろんな試供品や試食をさせてもらえば、ついついふらふらと買ってしまうこともある(笑)。結構、安いこともあるからね(笑)。

こういうのは、テレビ等のマスコミで得た情報と意味が違う。祭りの中で、マンツーマンで得た物は、どこか違うのだ。現在のところ、まだ、そのフォローシステムが甘いようだが、いずれ、もっと有効な販促がなされるだろう(例えば、ネットとの連携とか。祭りの時に得たパンフレットに記載されている番号をネットで登録すれば、安く入手できるとか)。地域の祭りは、人々の心が開放的になっており、売り込みに有効な手段の一つだろう。

*注

一応、ここでは、神社が中心となる祭りと、市民が中心となる市民祭りを区別し、後者の市民祭りの在り方を記しているつもりだ。

*追記

神戸まつり 平成21年7月19日

明石市民祭り 平成21年8月30日

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2009年6月 7日 (日)

『淡路花博2010』開催決定

花菖蒲が咲き始めた。濃い紫の花菖蒲は、どこか品がある。日本画の題材にも、よくなっている。何本か切り取って、花瓶に活けてみたが、やはり名の通り、すらっとした美人だ。流風も背の高い美人は大好き(笑)。最近は、どうかすると、見おろされるほど、スリムで背が高い人が多い。でも、BMI=17なんて、痩せ過ぎはいけませんよ。仕事の場合は仕方ないけれど、痩せ過ぎは、男にとっては、あまり魅力がない。

さて、話は変わるが、兵庫県が、来年に、『淡路花博2010 花みどりフェア』開催を決定したようだ。これは2000年に、『ジャパンフローラ2000』を開催して、10年経ったので、それを記念してのことらしい。開催場所は、淡路花舞台と国営明石海峡公園を中心とするらしい。

ここで思い出すのが、、『ジャパンフローラ2000』。確か夏の真っ盛りの頃で、入場券は入手したものの、あまりにも暑いので、行くのを止めた記憶がある。結局、入場券はパー(悲)。そういうことも配慮してか、『淡路花博2010 花みどりフェア』の開催日程は、2010年3月20日から5月30日だ。これなら多分行けるだろう。

入場料はただということだし、近くではあるけれども、観光日程に組み込もうかな。ただ流風は、周囲はいつも花に囲まれているし、当地に行っても特に感慨はないだろうな。むしろ、花より団子。淡路島の物産展に興味深々だ。玉ねぎや海苔とか、ちりめんじゃこ、とかは、いつもよく買っているけれど、その他は、あまり見えない。どんなものがあるのか、期待していますよ。

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2009年6月 6日 (土)

神戸市が、新インフルエンザ・ショック対応観光振興策

神戸市は、新インフルエンザの影響で、あの忌まわしい大震災以後、最大の危機を迎えている。今回は、自然災害ではなく、政府は未だに気が付いていないかもしれないが、人為的な災害だ。

しかし、神戸のビジネス界は、そんな原因探しより、何か効果的な手を打たざるを得ない。風評被害の打撃はあまりにも大きすぎるが、商人は、こういう時ほど、力を発揮しなければならない。

神戸市は、それを後押しする政策を推進する。観光産業の打撃の大きかった神戸市は、「行こう!神戸」というキャッチフレーズで、夏の一定期間、特定の施設で、入場料を無料にするそうだ(*注参照。)。

これは、かなり思い切ったことだと思う。学生の夏休みにあたるし、相当な人出になるかも。何せ、タダだからね。子供のいる家庭は助かると思う。交通費と食事代だけ覚悟すれば、いいのだし、また宿泊するにしても、早期割引キャンペーンに申し込めば、かなりお得な観光が可能だ。毎年、この時期には、そうしてくれないかな(笑)。

*注参照

神戸市の無料施設情報

http://www.city.kobe.lg.jp/culture/kobe/index.html

一部半額の施設もある。

*追記

ちなみに、兵庫県も県内施設の入場料を、半額にするキャンペーンを開始するようであるか、神戸市の無料キャンペーンと比べるとインパクトが小さいと思う。何といっても、無料は、その意味が大きい。

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2009年6月 2日 (火)

インフルエンザ騒動後の景気雑感

6月になったので、どこの学校の衣替えが行われている。学生の服装も、すがすがしい感じだ。社会人も、クールビスが本格的に始動。まちのあちこちで、ノータイ姿か見られた。単にネクタイ外しだけで、装いという雰囲気には、程遠いが、暑苦しいスーツ姿よりは、望ましい。

景気に関しても、心機一転となるだろうか。ぐだぐだと見える範囲で記してみよう。インフルエンザ騒動の発端となった神戸市内のレストランも、お昼でも、客はやや少なめだ。ちょっと深刻な話も聞こえてくる。隣の客たちは、集団で来ても、どこか盛り上がらない雰囲気がある。皆さん、静かに食事をとっている。お酒が入っていないとはいえ、もう少し、話をするものだが、静かだ。おばさんのように、周囲構わず、うるさい客も迷惑だけれど。

中華街も、ガラガラだ。人通りが少なすぎる。でも、お昼のランチは、以前同様、高いまま。いや、以前より上がっているかな。客が少ないから、値上げしたのだろうか。いつまでも、観光客価格で、大丈夫だろうか。どこか工夫が足りないなあ。

駅周辺の飲食施設には、それなりに客が来ているが、駅から少し離れると、閑散としている。元町通りは、人通りは普通だと思うが、店に入っていく人がやや少ない。皆さん、どこに行くのだろう。やはり景気と言うより、インフルエンザの影響が大きいのだろうな。国があんなに騒ぐから、こんなことになる。

百貨店も、客が少ない感じ。大体、エスカレーターに乗ると、その日の客層が見えてくるが、中年の女性も、若い女性も少なく、店員だけが、やけに目立つ。対策は、やはりバーゲンしかないのだろうか。百貨店ビジネスも、その仕組みを大きく変える必要があるのだが、トップがどれくらい気づいているか。

量販店の入りは、まずまずか。エコポイントの仕組みを活用しているのだろうか。流風なんて、もうすでに、買い替えは終わっているから、何の興味もない。不平等な政策だ。電気店からもいろいろ案内はあるが、残念ながら、必要な物がない。エコポイント不使用の国民には、その分、給付金を渡してもらいたいものだ。

車も、エコカーとかいうけれど、ハイブリッドの車に補助金付けるより、電気自動車に購買を促すような政策が大切だろう。過渡期の車に支援してどうなるものでもなかろう。これも、私企業を救済する政策だ。経団連から泣きつかれたのかな。

それにしても、米GMも実質国有化。これから、どうするんだろう。大きすぎて、国が救済しなければならなくなったんだろうが、企業を巨大化させるリスクがいかに大きいことか。そういうと、我が国のメガバンクも、嫌な予感がする。メガバンク3行もいらないだろう。今のうちに、2行は解体するのがいいのではと思ってしまう。

ごちゃごちゃ記していると、何か気分をよくする出来事がない限り、景気は盛り上がりそうにもないと感じる。何が必要なのか、ここでは記さない。でも、あれしかないよね。まあ、それとても、一時的な祭り騒ぎに終わるだろうけれど。しかし、それでも、雰囲気を変えることが求められている。

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高齢者はいろんな分野の案内人

高齢者の活用がよく話題になるが、今のところ十分に活用されているとは言い難い。仕事の分野での活用を期待しがちであるが、むしろ人生の先輩としての教訓を活かす方がいいかもしれない。

仕事の分野での活用は、基本的に勤めていた企業での伝承となるのに対して、人生の経験は、普遍的である。そういう意味では、“高齢者はいろんな分野で案内人”と捉えた方が、その活用は有効のように感じられる。

若い人も、高齢者に相談すれば、悩み事も解決するかもしれない。高齢者を人生の案内人として活用する仕組みが、各地域社会及びネット上で求められる。

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2009年5月28日 (木)

禍を福に転じる神戸の宿泊施設

インフルエンザの影響で、神戸市内の宿泊施設は、予約キャンセル続出で、厳しい状態が続いていたが、それを取り戻すべく、大幅割引で、対処している。その結果、予約が順調に入っているという。

まあ、こんなに暑いと、しばらくインフルエンザの心配もない。それなのに割引してくれるのだから、これに乗らない法はない。顧客はシビアだ。それでも、お客が戻れば、ホテルにしろ、温泉施設にしろ、あまり儲からないだろうけれど、それなりに活気は戻る。

こういう取り組みによる、各施設における活気の取り戻しは大切で、組織運営上、欠かせない。結局、運営コストを厳しく管理して、利益をわずかでも生みだす工夫が経営者に求められる。高い料金で、上質の顧客層を確保するのも、戦略の一つだろうが、こういう危機的状況に対して、柔軟に対応している、神戸市内の宿泊施設は、大丈夫だろう。

またインフルエンザの影響で中止になった「神戸まつり」も、7月下旬から、お盆前までに、開催することが決定している。子供たちは、夏休みだから、参加しやすいだろう。かつて6月頃にやっていた「神戸まつり」も、雨によく降られるので、ここ数年5月に繰り上げたのだが、今回は、それが徒になってしまった。だが、夏のお祭は結構盛り上がるだろう。まさに禍転じて福となすということだ。

やはり客を呼ぶ催しは、この業界には欠かせない。

*追記

延期された「神戸まつり」のパレードは、7月19日(日)に催すことが決定した。翌日20日は、「海の日」だから休日。ゆっくり観ることができるだろう。

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2009年5月17日 (日)

雨の中のシャクヤク

先日のブログで、大きいバラが咲いたことを記した。そこで少し触れていたのだが、シャクヤクの花も、今年は例年より、大輪の花をつけている。どれも立派だ。よく農家の方が、畑で、シャクヤクを栽培しておられるが、それらより、ずっと豪華だ。

ただ、本日のように、雨の中、茎が細いので、花を重たそうに、咲いている。そこで、2,3本切り取って、花瓶に活けることにした。シャクヤクの花は、その蜜のせいか、大きいアリが好むので、注意しながら、切り取り、家の中に取り入れたものだ。今日は、雨のためか、アリ等の虫は付いていなかったが、青いクモみたいものが一匹ついていたので取り除く。

そして、少し大きめの花瓶に活けてみた。花が重たそうだったが、何とか形になった。これはいい。ボタンとは少し、趣を異にするが、映えるし、匂いもいい。美人の来客が来たみたいだ。部屋の中が、ぱっと明るくなった。

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2009年5月16日 (土)

高校生、新インフルエンザ発症で、神戸まつり中止

神戸市内の高校生が、新インフルエンザにかかり、神戸まつりは中止された。明日はパレードの予定であったが、残念ながら、もちろん中止だ。外国からの帰国者でないことから、この病気が一般に流行る可能性が出てきた。

ただ、早期治療すれば、回復する可能性は高いので、冷静な対応が求められる。結局、人の多い所には、外出を控えることが大切だろう。外出する場合は、マスクの着用が勧められる。帰宅時には、消毒液による手洗い、顔洗い、うがいの励行と、清潔な状態を保つことが望ましい。そして、十分な休養と睡眠。

まず高熱などの症状が出れば、各地区の健康福祉事務所にまず相談し、感染を防ぐため、病院には直接行ってははならないとのこと。また政令市の場合は、各保険所に相談する(兵庫県下では、神戸市、姫路市、尼崎市、西宮市)。相談は、休日も含めて、24時間対応だそうだ。

神戸まつり中止は残念だが、致し方あるまい。今年は行くかどうか迷っていたので、流風にとっては、止めるいいきっかけになった。来年に期待しよう。それとも、落ち着いたら、年内に、またやるのかな。

*追記

もう一つの注意点は、室内の湿度を低くしないことだ。湿度は、出来れば、50~60%程度に保ちたい。商業施設によっては、異常に湿度が低い所があるので、要注意だ。

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大きなバラが咲いた

今年は、ボタンは、あまり大きな花を咲かせることはできなかったが、シャクヤクは大きな花が咲いた。ただ、例年と比べると、本数は減っている。そして、今、バラが咲いている。

何年か、バラの手入れをしてきたが、毎年、小さな花しか咲かなかった。品種はわからないが、薄黄色の品があり、いい匂いがするのは、いいのだが、どうしても、小さい花しか咲かない。園芸技術がないから仕方ないと半ばあきらめていた。

そして、この冬に、ふと思って、日の強い所から、やや弱い所に移植してみた。最初は、元気があまりなかったが、一応移植には問題がなかったらしく、根付いて、葉もついていた。

そして、先日、花芽も大きくなってきたので、そろそろ咲くかなと、思っていたら、意外と大きな、そして立派な花が咲いている。こんな見事なバラは初めてだ。切り花にするのは惜しいくらいだ。ちょっと感激している。

果たして、環境が変わったことが幸いしたのか、それとも土と肥料の塩梅がよかったのか。近所のバラも、小さい花ばかりだから、余計に目立つ。それにしても、生物は難しい。環境と条件をどのように整えていくのがいいのか。また新しい課題が生まれた。

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2009年5月13日 (水)

夏の虫等、屋内でも活動が活発化

まるで真夏のような暑い日が続いている。人出も多くなっている。そして、虫の世界も、活発に動いているようだ。屋外では、花々にいろんな虫が集合している。それは更に屋内でも、同様だ。

先日、押し入れの中をごそごそ整理して、扇風機を出そうとすると、ヤモリが出てきた。ヤモリは、通常、屋外の窓に止まっているのを見るのが多く、屋内で、それも昼間に見たのは、初めてだ。まだ小さい奴だった。ヤモリは、益虫(虫ではなくて、爬虫類だけれど)なので、放置。すると、いつのまにか、とこかに逃げてしまった。

そして、昨夜、廊下を歩いていると、暗がりに動く物体が。暑くなってきたから、ついにゴキブリが出たかと思って、電気をつけると、大きなクモだった。灰色で、足を含めて直径10センチ程度のものだ。見つけられたと思ったのか、こそこそ逃げ出すかわいい奴だ。

これは、アシダカクモと言われるものだ。これこそ益虫に違いない。屋内にいる、いろんな虫を食べてくれる。特にゴキブリは好きらしい。せいぜい食べてくれ。でも、ゴキブリはいないことを願うけれど。このクモは、去年見つけた大きいクモとは種類が違う。

去年のブログでも記したが、去年のは、眼が蟹のように、ぎょろりとした直径15センチのもので、未だ種類がわからない。首筋に落ちてきて、ドキッとしたが、手でつかむと、クモだったものだ。こいつも、放すと、そさくさと退散してしまったが、まあ、こいつもかわいい奴だったと言えるだろう。

蛇はまだ今年見ていない。天井裏で、時々するするという音がするから、活動を始めているかもしれない。だが、音はすれども、姿は見えずだ。母も、何年も見ないが、時々現れるのが蛇だと言っていた。白蛇は守り神と言われるが、どうも白蛇ではなさそうだ。そうでなくても、わざわざ捕まえる必要もない。彼も人間に役に立つ爬虫類だ。

今年の夏も、彼らと仲良く暮らすことになるのだろう。犬や猫と違って、手間いらず。流風には、もってこいの同居の生き物たちだ(笑)。

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2009年5月10日 (日)

クールビズ繰り上げだって

ある大手家電メーカーは、クールビズを繰り上げて実行するらしい。それは正解かもしれない。本日も、出かけると、まさに夏の日差しの強さ。これは結構きつい。皆さんの服装も、夏の軽装だ。こういう服装を季節を感じ取って先行するのは、大体女性が多いが、男も夏向きの服装がほとんどだった。暑すぎるから当然だ。

毎年、5月にこんなに暑かったかと思う。これは7月の暑さではないか。やはり、クールビズの繰り上げ実行は望ましい。他の企業も、追随してもらいたいものだ。別に途中からでもいいではないか。ネクタイして、上着着て、暑苦しい姿で、街を歩かれてもとどうかと思う。

年配者の中には、頑固にスーツ姿を堅持している方も見られるが、暑い日本では、そんな形式は脱ぎ捨てようよ。そして頭の中身もね(笑)。確か、前首相は、スーツにネクタイに拘っていたようだ。柔軟性がないから、政局を乗り切れないと頭の中で判断して、政権を投げ出してしまった。

体も頭も軽やかに、この夏を乗り切ろうじゃありませんか。

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2009年5月 3日 (日)

虫の季節

季節は夏に近付いてきた。外に出歩くと、少し歩いても、汗ばむほど暑い。朝は、まだ冷っとしているが、家庭菜園をしていると、すぐ暑くなり、上着を取る。だが、これが曲者。虫に刺されたりする。そうなのだ。これからは虫の季節でもある。

虫と言っても、範囲は広い。爬虫類も含めての話だ。先日は、ヤモリも見た。トカゲも見た。アリはもちろん、白い蝶も飛んでいた。アゲハ蝶もだ。家の中では、クモも出現だ。まあ、ここまでは、人害はない。そうそう、テントウムシも先日発見した。ミミズは、土を掘り返すと、どっさり出てくる。太いのやら、やたら長いものもいる。土を耕してくれて有難う。

問題は、ハエや蚊が飛び回ることだ。雑草取りをしていると、蚊は寄ってくるし、そうなると、暑くても、それなりの服装も必要だ。それに木の近くには、青い幼虫のようなもの。これに刺されると痛いし痒い。

家庭菜園は、そういう被害を蒙りながら、やるわけであるが、成果が楽しみなため、止められない。しばらく、これらの虫とも、お付き合いしなければならぬ。しかし、全体としてみれば、いろんな虫が元気そうに活動していることは喜ばしい。

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2009年4月30日 (木)

牡丹の花

牡丹の花が、わが家でも満開だ。と言っても、そんなに植えているわけでもない。咲くのは、せいぜい十個の花ぐらいだ。咲かないものもある。手入れが悪かったか、肥料が足りなかったのだろう。何しろ肥料食いだから、放置していたら、やはり咲いてくれない。

これらは皆、母が遺したものがほとんどだが、今年、一株、植木市で購入して増やした。これはまだ咲いていないが、蕾を大きく膨らましている。咲くのは間近だろう。これは大輪をつけそうだが、その他は、皆小ぶりの花になってしまった。直径12~15センチ程度だ。

母は、いつも大輪を咲かせていたが、どのようにして手入れしていたのかは残念ながら聞いていない。花瓶にいつも活けていたが、豪華な花だと思ったものだ。どっしりとして、落ち着いている。流風とはえらい違いだ。残念ながら、今年も去年同様、小ぶりの花になってしまった。花は、それを育てる人間に似るのであろう(苦笑)。育て方を考えなくてはならない。

一応、「座れば牡丹」と言われるほどだから、低く育てることが求められるのだろう。放っておくと、大きくなるが、それでは大きな花は期待できないのかもしれない。枝切りをどうするか。そして、肥料。とりあえず、花が終われば、枝切りと、他の花同様、十分な肥料を施してみよう。

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2009年4月27日 (月)

今年のゴールデンウィークはいかが?

今年のゴールデンウィークは、4月25日からと言う人もあれば、カレンダー通りと言う人もいる。工場関係は不景気なので、休みを長くとることろもある。皆さん、事情はそれぞれ違っても、一応楽しめるゴールデンウィークにしたいですなあ。

今年は、原油価格も下がり、円高のため、海外に行く人も多いようだ。定額給付金も、海外に金が流れてしまうのか。やっぱり国内経済には、矢張りあまり貢献しないなあ。流風なんて、光熱費引き落としの銀行口座に振り込まれているから、いつの間にかなくなるだろう。

それはそれとして、ゴールデンウィークに特別の予定はない。混んでいるところに出かけるのは苦手だ。移動するにも、食事するにも時間がかかりすぎる。それでいらいらしたら、何のための休日かわからない。

そうでなくても、今年の土日は、春になってから、人出が多い。車は異常に混んでるし、外食もままならない。結局、出かけると、ゆっくりできないから、家にいた方が楽だ。高速道路週末1000円という政策も、あまりメリットある政策ではないだろう。平日にすればよかったのに。

日本人も、そろそろ有給を活用して、平日にレジャーを滞在型で楽しむ方向にもっていく必要があるのではないか。皆が行くから、私も行くというのは、付和雷同型観光で、得るものも少ない。

ただ、今の観光地の仕組みでは、輸送も含めて、平日受入れの体制が不十分で、観光を楽しめないのも事実だ。旅行者も受け入れ側も、本当の“閑暇”の意味の再確認が問われているのかもしれない。

さてさて、本当にゴールデンウィークは何をしようか。ずっと自宅にいるのもなんだし、出かけるのも鬱陶しい。結局、いつものように近場を散歩して、新しいものでも発見しますか。でも、せいぜい一週間とか二週間の休みをなぜゴールデンウィークと言うのだろうか。そろそろ呼び名を変えませんか。

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2009年4月18日 (土)

背の高低を楽しむ

学校は、入学式も終えて、忙しいことだろう。あの頃を思い出すと、小学生の入学式のころ、一列に並ぶと、一番前と一番後ろでは、背の高さが、全く違うなあ、と感じたことだろう。早行きの子供と遅行きの子供では、ほぼ一年の差があるのだから、それは当然だ。

早行きの子供は、遅行きの子供より、大体小さいので、いろいろ不利だとか言って、親は皆心配したそうだが、しばらくすると、その差はなくなってくる。大きくなる奴は大きくなるし、小さいまま、あまり大きくならない子供もいる。

だが、小さいハンディを負った子供たちは、なかなか喧嘩では、力勝負になるので勝てないので、辛いと思う向きもあるが、いかにして大きい者に勝つかを考える。人生においては、何がよくて、何が悪いかは、子供の時点ではわからない。

そうなら、思い切って、差異を楽しんだ方がいい。何か自分が得意な物を身につける。それは他者があって、初めて成り立つ。そんなことをふと思い出しながら、考えていたら、紫色のアヤメの花が満開だ。背がすらりして美人だ(笑)。その横には、黄色いフリージアも満開だ。これは背は低いが、強くてほがらかな美人だ。

これらの花をいくつか切り取って、一緒に壺に活けてみた。ほほう、なかなかの見栄え。フリージアは、部屋にいい匂いを放ってくれる。それぞれを単体で活けるのもいいが、セットで活けると、それぞれの持ち味を活かしながら、賑やかでいい。世の中、いろんな花があって、人々を楽しませてくれる。

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2009年4月16日 (木)

ジャガイモの皮

家庭菜園では、毎年、苗を植えたつもりはないけれど、この季節になると、ジャガイモの葉が出てくる。調理したジャガイモの皮を、生ごみにせずに、土にすき込んで、堆肥としているからだろう。他の作物の邪魔になるので、ジャガイモ専用の畝を作って、そこに植え替えている。

ジャガイモの皮で思い出すのが、亡き母がよく語っていたのは、戦前・戦中、女学校の教育で、農作物の作り方を先生から教わったことだ。その中で、ジャガイモの皮の処理の仕方も学んだらしい。

他の学習は、そっちのけで、いろんな作物の作り方を学んだらしい。女学校出たというのは名前だけよ、と笑いながら言っていた。食糧不足の時代には、一般の勉学より、作物栽培について学ぶことの方が必須だったのかもしれない。人手不足の農業で供給不足を補うため、代わりに食糧を賄うのは女の役目だったのだろう。

そのため、父より作物の作り方は詳しかった。結局、流風は母から何も学ばなかったが、ジャガイモの皮の処理の仕方だけは、見ていて知っている。母のやりようは、ジャガイモの皮を細かく刻んで、土にすき込むということだった。

なぜそうしたのかは、聞き洩らしたが、何か理由があるのだろう。たくさん芽が出て収穫できるのかもしれない。その結果、素人農法の割には、割とジャガイモはできていたように思う。

ジャガイモの他には、大根、玉ねぎ、ネギ、キュウリ、豆類、トマトなどをよく作っていた。トマトなどは、現在市販されているものとは異なり、独特のトマトの風味で、苦手だったが、夏には、毎朝、朝食に出てきて、辟易としたものだ。贅沢を言うと、よく叱られたものだ。食べられるだけで幸せと考えねばと。

だが、母の生きてきた時代は、戦前・戦後を通じて、食糧不足の時代だ。そういうことを思い出しながらも、ジャガイモの皮は、細かく刻まずに、そのまま土にすき込んでいるのは贅沢なのだろうか。それでも、母ほどではないが、毎年、ジャガイモはそれなりにできる。出来たら、お供えしよう。

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2009年4月11日 (土)

ど根性ブロッコリー?

家庭菜園の畑から、植えた記憶のない、でも雑草でないものが成長している。しばらく観察していると、どんどん大きくなっていく。いったい何なのか。根元を掘り返してみると、ははんと気づいた。実は、これは以前、ブロッコリーを調理した時の太い茎の一部分だった。

どのようになるのか、更に観察していくと、まさかブロッコリーができるとは思わなかったが、どんどん大きくなるが、それはトウが立ってきた。そして、今、黄色い小さなかわいい花をつけている。

よく見ると、これはアブラナの花に似ている。そういうと、正月用に植えた葉ボタンも、トウが立って同様の花をつけている。これらは、皆、同じ種なのだろう。まあ、この歳になって、初めて見るブロッコリーの花も、なかなか宜しい。

それにしても、植物の生命力は素晴らしい。以前、大根が、アスファルトから生えて、話題になっていたが、捨てたつもりの物からも、周辺環境を適応しながら、しぶとく生き抜く、ど根性は見習いたいものだ。

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2009年4月 6日 (月)

レジ決済時のお婆さん

スーパーのレジに並んでいると、前の高齢のお婆さんが、お金を払う段になって、やっと袋から、大きな蝦蟇口を取り出し、おもむろにお金を取り出そうとする。しかし、その動作が極めてゆっくりだ。レジのおばさんも、若干いらつきながら、流風の品物をレジ打ちし始めた。

結構、品数が多いのだが、お婆さんは、まだ、お金を取り出せない。小銭を取り出しては、また蝦蟇口に戻し、それを繰り返して、最終的に、お札を渡していた。こういうことは、このお婆さんに限らず、よくあることだ。

大体、こういうことは女性に多い。若い女性も、蝦蟇口ではないが、大きな財布を持っているのをよく見かける。大きな財布で、きちんと金種が分けられていれば問題はないが、それがばらばらだから手間取るのだろう。

男は、小銭をいちいち出すのが邪魔くさいから、お札を渡してしまう。その結果、財布の中は、小銭だらけということもよくある(苦笑)。流風は、一円玉と五円玉は、財布の中で分けているが、他の小銭は一緒くただ。

でも、並んでいて、余裕のある時は、他の小銭の量を事前に確認しておく。そうすると、支払う時、手間取ることはない。要は段取りなのだ。でも、おばあさんくらいの年齢になると、周囲のことへの配慮はまったくない。周囲が見えないのだろう。流風も、おじいさんになると、そうなるのだろうか。

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2009年4月 5日 (日)

パンダ見たけりゃ、王子動物園に行こう

上野動物園の2008年の入場者数が激減したらしい。理由は、本当かどうかわからないが、パンダがいないこととされる。パンダは確かに、その仕草は、大人の男から見てもかわいい。子供だったら、もっと見たいかもしれない。

都知事は、中国から借りる料金が高すぎるとして、補充をしていない。確かに、年間、1億円というのは、高いかもしれない。ただ費用対効果がどのようなのか、十分に検討されて、話されていたのかは不明だ。

ただ、パンダだけに集客を頼るとしたら、それは確かに動物園の運営としては能がないと言う事もできる。旭山動物園のように、発想を変えた展示方法や、いろんな催しは必要だろう。旭山の真似をする必要はないが、それぞれの立地を活かした運営方法は考えられて当然だろう。

どうしてもパンダ見たけりゃ、神戸市立王子動物園に行こう。東京からだと、飛行機に乗って、神戸空港から、そんなに遠くない。ついでに、神戸観光も楽しんでもらいたいものだ(笑)。

* 王子動物園 http://ojizoo.jp/

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2009年3月27日 (金)

今年も、桜咲く

    さまざまの 事おもひ出す 桜かな      芭蕉

今年は、桜の開花が例年より早い。近くの公園でも、ちらほら咲いている。花冷えと言われるように、今年も寒い。冬物を整理してしまっていたのも、また取り出した。暖かい日が続いたので、もう冬物は要らないと思ったが、大間違い(苦笑)。お彼岸を過ぎても、こんなに寒いとは。

桜の頃は、入学、進級、進学、就職、いろいろあった。毎年毎年、これからやるぞと、気持ちを新たに心を入れ替え(笑)、それなりにやってきたのかな。桜の頃は、やはり寒かったが、かすかな緊張が伴い、気分が高揚していた。今年も、気持ち新たに、ブログ更新するとしますか。4月から5年目突入だ。でも、その前に、誰かを誘って花見をしよう。いつがいいかな。次の俳句のような状況になる満開まで、もう少し待とう。

    木のもとに 汁も膾も 桜かな     芭蕉

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2009年3月20日 (金)

“神阪奈鉄道”開通する

ついに、本日平成21年3月20日、“神阪奈鉄道”が開通する。新線ではあるが、別に新しい鉄道ができたわけではないんだけれど。阪神なんば線が開通し、阪神電車と近鉄電車が直接つながったのだ。これで阪神・三宮と近鉄・奈良が直結する。

大体、奈良は、神戸からは遠く感じる古都だ。つまりJRにせよ、私鉄にせよ、乗り換えを強いられるので、心理的には、非常に遠い(*注)。若い時は大阪に住んでいたので、よく観光で奈良に行ったが、神戸からは、遠い感じだ。

ということで、流風も、余程の強い動機付けがない限り、奈良に行くことはない。古都と言えば、大抵が京都だ。京都は観光施設も充実しており、面白い所がたくさんある。別に、特別、観光しようと思わなくても、適当にぶらぶらするだけで楽しめる。いろんな店もあるし、飲食店も、宿泊施設も充実している。

今回、“神阪奈鉄道”が開通したことで、今後、奈良がどのように変わるかが注目される。現状、飲食店も、物販店も基本的に足りないし、接客もあまりよくない。観光客のための街づくりも不十分と思う。

更に景観条例や規制で、宿泊施設に至っては、まったく足りない。新たなホテル建設もリーマンショックで頓挫している。今のうちに、知恵を出さないと、折角の新線効果も長続きせず、観光客の集客に今後も苦労するかもしれない。今後の整備に期待したい。

*注

JRの方が私鉄より早く着くように思うが、JR奈良駅からは、観光地まで少し歩かねばならない。それにその他の観光沿線としては、近鉄電車の方が便利だ。

*追記

だが、今は、むしろ神戸にとっては、奈良から新しい観光客を迎えやすくなる。その経済効果の方が、現状、大きそうな気がする。

*追記

それでも、来年開催される『平城遷都1300年祭』には、この路線を使って奈良へ行くかもしれない。ただ、私鉄にありがちだが、停車駅が多すぎるのが玉に瑕だ。神戸からは、難波と奈良にしか停車しない電車があればいい。

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2009年3月18日 (水)

お彼岸の暖かさと花

昨日から、日中は、大変暖かい。暑さ寒さも彼岸までの言葉通りだ。多くの花が咲き、芽吹いてきた。山茶花の花が、終わったと思ったら、白い椿の侘助が今年も、品よく咲いている。この花は、お茶の花として、母が好きだった。確かに、いい花だ。

ドウダンツツジも、小さい花をつけている。その他にも、オウバイ、ユキヤナギ、ボケなどの花も咲いている。ボケ(木瓜)の花は、その読みとは大きく違い、呆けてる雰囲気はない。梅や桃に劣らず、きれいな花だ。

但し、ボケは、大きいトゲがある。バラ科の花だから当然か。それが梅や桃と違うところか。バラと同様に、安易に近づくと、刺される。美しいものには棘があるとは言え、移植する時は、扱いが少し大変。美人も同様かな(笑)。

そういうと、バラは、今年、移植したのだが、まずまず被害を受けずになんとかなった。今、芽吹いている。今年も、きれいな花を咲かせてくれるだろう。お彼岸のお参りには、どんな花を持っていこうか。

*追記

バラ等は、棘があるので、お墓用の花としては不適とされるので、どのみち咲いても、間に合わないが、花屋から別の花々を調達することになる。

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2009年3月17日 (火)

連絡フェリーの苦悩

高速道路の利用料金が、政府の政策で安く設定されて、喜ぶ人がいる一方で、困っている人もいるようだ。全ての政策は、いろんな現象を生む。特に、連絡フェリー会社は大打撃を受けているようだ。

兵庫県下では、明石と淡路島をつなぐフェリーが大変のようだ(たこフェリー、淡路ジェノバライン)。明石と岩屋をつなぐ貴重な交通手段だったが、道路を利用した方が断然安くなって、困っているようなのだ。政府に、いろいろ助成を要望しているようだが、なかなか難しいかもしれない。

むしろ、自前で、前向きな対策を考えた方がいいかもしれない。可能かどうかはわからないが、単なる交通手段としてではなく、観光航路として開発して欲しい。例えば、淡路島一周航路の開発や、途中下船できて、地域の特産物がショッピングできるプランはどうだろう。

かつては、たくさんの連絡航路もあったが、連絡橋ができて以来、多くが廃止されたと聞く。それを不定期で観光用に復活できないか。定期航路だと、固定客がつかないと採算ラインを維持することは難しいが、スポットの観光ラインだと、予め顧客の確保ができているわけだから、リスクも小さい。もちろん、募集経費はかかるが、それでも、やってみる意味はあるのではなかろうか。

淡路島と言えば、タマネギとか、フグや海苔等の海産物がある。それに最近は、花の栽培もいろいろされている。そういうものを買いまわって、一周できて、さらに、いろんな催し物が見物できれば、なおのことよい。そして、明石では、イカナゴのくぎ煮、焼き穴子、明石海苔などの土産物を買って、明石焼きで閉める。

このように、単に人を運ぶ交通手段だけではなく、別の付加価値を考えれば、十分ビジネスとして可能と思う。もちろん、明石の地上観光とのセッティングも可能だろうし、もう少し広げれば、神戸観光フェリーとのタイアップも可能だろう。そうすれば、明石~淡路島~神戸のラインが出来上がる。現在、そういうものが既にあるのかもしれないが、流風は知らない。

いろんな規制があるのなら、かえって、この機会に国土交通省を説得すればいい。彼らも負い目があるわけだし、いろいろ協力的になるだろう。単に補助金等の助成を求めるだけでは、意味はないのではないか。また国土交通省も、陸の道路から海の航路に軸足を移すことが求められる。

*追記

上記の方法がいいかどうかは別にして、基本的に言いたいことは、「競争しない」ことも、生き残り戦略の一つと感じることだ。

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2009年3月15日 (日)

器用な人とマムシ

先日、電車に乗っていると、“マムシ”を見た。少し懐かしい感じだった。その説明は、後にするとして、子供の頃、母に山川での遊びでは、蝮(まむし)に気をつけるように、何回も言われた。蝮に刺されると、死ぬこともあるから、注意せなあかん、とよく言っていた。そして対処法を何回も何回も教えてくれた。実際は、幸い、そのような処置をしなければならない場面に遭遇することはなかった。

しかし、遊びに夢中になっておれば、なかなか子供では、注意するにも限度かある。それでも、一度大きな蛇が出たので、怖くなって、逃げ出したら、後で、「あれは青大将やから、大丈夫や」と友達が笑いながら教えてくれた。ある時点までは、蛇を捕まえても、どういうこともなかったのだが、母が蝮のことを教えてくれてから、どうもそういうことが苦手になったと思う。

ところで、電車で出会ったマムシは、本当の蝮ではない。いわゆる「マムシ指(爪)」の人だ。親指の爪が平べったい指を言う(蝮の頭に似ている)。爪の長さが極端に短いのだ。妙齢の女性だったが、流風が、ふと視線を指に合わすと、恥ずかしそうに隠した。悪いことをしたかもしれない。

しかし、このマムシ指の人は本当は貴重で、実は器用な人が多い。細かい作業をさせれば、速くて正確な人が多い。そういう人に、過去に、そんなに多くの人に会ったわけではないが、器用な人がほとんどだった。それは男女を問わない。

流風は不器用の典型であるが、ああいう器用な人に出会うと、羨ましくて仕方ない。若い頃、住んでいた近所のおばあさんに、そういう方がいたが、繕い物を頼んだことがあるが、あっという間に仕上がり、驚いたことがある。そのおばあさんは、矢張りマムシ指だった。

別にマムシ指でなくても、こういうことは器用な人は当たり前なのかもしれないが、流風には、まるで神業のように思えたものだ。最近は、そういう方にはしばらく会わなかったが、先日、電車で出会った時は、懐かしく思った。本物の蝮とは会いたくないが、このマムシ指で、作業されている姿をどこかで、また見たいものだ。そして、その指だから、恥ずかしく思う必要はないと思う。

*追記

ネットで見ていると、「マムシ指」について、指が蝮の頭のように曲がるとこと、と説明しているものがあるが、ここで取り上げている「マムシ指」は、そういうものを指していない。

また、マムシ指(爪)の人は、必ずしも器用ではない、との記述がネットにあったが、それはおかしい。年輩の多くの人から聞いた所では、間違いないとのことだ。もちろん、そういう細かい仕事に就かなくて、訓練する機会がなければ、その人の能力を知ることはできないであろう。

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2009年3月13日 (金)

春の黄色い花

近所の散歩コースには、各所に、梅の花、桃の花、桜の花があり、花の季節には、それぞれ目を楽しませてくれる。梅は、そろそろ終わりを告げているが、桃の花は、まだ大丈夫だ。桜の開花はいつ頃になるのだろうか。今年も、花見に行こう。

そういう花も、もちろんいいが、葉がヒイラギに似ているヒイラギナンテンの小さい黄色い花も咲いていて、なかなかのものだ。あちこちの、庭先に植えられたり、家の前に鉢植えがよく置いてある。

それに、この木は、比較的どこでも育つし、大変強いし、見栄えはいいし、手間いらずなので、どこの庭にもよく似合う。従業員も、経営者から見れば、こういうのが一番いいんだろうな(笑)。

それにしても、この季節は、黄色い花が目立つようだ。早春の花のクロッカスも、白、紫等いろいろあるが、黄色は、鮮やかだ。この花は、お天気だと元気だが、曇りになると、花を閉じる。元気がなくなる。わかりやすい花だ(笑)。

この季節に黄色い花が多いのは、それなりに理由があるそうで、虫を呼び寄せやすいようだ。人間社会も、女性は美しいファッションで男を引き寄せるが、花の世界も同じ様だ。

そういうと、この時期に咲くチューリップも、黄色い花がある。ただ、ちょっと花が大きすぎて、まだ寒い時期には、少し似合わない感じだ。蕾のままであればいいのだが、造花でなければ、そういうわけにもいかない。この花は、やはり、もう少し温かくなった季節に似合うようだ。

でも、本格的な春は、近づいている。奈良のお水取りも始まったし、お彼岸を過ぎれば、一挙に暖かくなるのだろう。

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2009年3月 3日 (火)

東京中央郵便局再開発を考える

東京中央郵便局の再開発について、鳩山総務相大臣がクレームをつけているようだが、地方の一般国民から見ると、よくわからない。果たして、再開発がなぜいけないのだろうか。郵政は、再開発により、かなりの賃貸収入が確保できるのであれば、将来の税収のことを考えれば、国としても悪いことではないだろう。

それをこの時期になって、なぜ反対するのだろう。東京のど真ん中に、老朽化した建築物を残す意味は、全くないだろう。あの建築物に、それほどの価値があるのだろうか。確かに、建築保存主義者からすれば、それは意味のあるものだろう。

彼らは懐古的に、古い建築物に意味を持つのだろう。だが、遺跡と同様、古い物を全て残せばいいというものではないだろう。どうしても、残したいのであれば、設計図を入手して、残せば十分だろう。

それに、全てのものは、今、現在、生きている者に、有効で役立つものであって、初めて意味がある。それは建築物も同様だ。全てのものは、年代と共に滅んでいく。あまり古いものに愛着を持ちすぎるのは、老いた証拠とも言える。

また遺跡という物は、遺すにしても、作られた時と、同じ形で残すのが一番とは言えない。それは、現代の技術を付加して、よりよいものにして、残していくのなら、それも意味があるかもしれない。再開発は、その意向の様だし、それなら問題はないではないか。

これに反対するのは、どうも権力闘争の匂いがする。国民からすれば、こんなこと、どうでもいい。まあ、「かんぽの宿」は、やり方に問題があったのは、確かと思うけれど。

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鶯、初見

本日、3月3日はひなまつり。近頃は、街の活性化の手段としても、雛人形が公開で展示されている。なかなか、どれも優れものばかりだ。見方によっては、美術工芸品だ。いかに昔の人が、このつまりを大事にしてきたかがわかる。

でも最近は、仕舞い忘れて、行き遅れる女性で溢れている(笑)。そういう我が儘は自業自得とも言えるが、残念でもある。あまり物に福があるともいうので、それに期待しますか(笑)。

さて、全く話は変わるが(笑)、昨日、寒さがぶり返した中を、散歩していると、ある家の庭の木に鶯が飛んできた。流風の目前、1~2メートル先で、あのうぐいす色を鮮明に見ることが出来た。実は、一昨年は、夏ごろまで、鶯の鳴き声をよく聞いたのだが、昨年は全く、見ることもなく、その声も聞くことがなかった。

一昨年にしても、声は聞いたが、その姿は電線の上。身近で見ることは一度もなかった。それが、今年は、こんな身近で見たのだから、少し驚き。田舎であれば、それはいつでも見ることができるのであろうが、街中で、こういう姿を見るのは結構嬉しいものだ。

結局、流風と目があって、ほんのしばらくはいたが、すぐ飛び立ってしまった。まあ、仕方ない。ただ、残念なのは、止まっていたのが梅の木ではなかったことと、初鳴きを聞くことができなかったこと。まあ、それはよしとして、あの姿をもう一度楽しむため、鶯餅でも買いに行こうか(笑。*注)。

*注

鶯餅の色は、実際はメジロの色で、本当は鶯色ではない。また梅に止まるのも、メジロと言われている。だから、「梅に鶯」は、嘘と言う事になる。

*平成21年4月8日追記

ついに今年は、鶯があちらこちらで鳴き始めた。他の鳥の声は、あまり聞こえず、まるで、鶯だらけだ。でも、姿は、電線の上だから、近くで見ることもない。しばらく、声だけを楽しむこととしよう。

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2009年1月16日 (金)

防災の心構え

阪神・淡路大震災が平成7年1月17日に起こって、14年経ったが、この震災は、戦争でもあったのかと思われるほど、被災した。流風は、たまたま神戸にいなかったから、助かったが、親戚などによると、逃げる暇はなかったという。

一瞬のことなので、どうすることもできなかった。結局、わかったことは、予防的な準備しか、自らを救えないということだ。しかしながら、震災から時間が経ち、防災意識もやや衰えているかもしれない。

ここで、もう一度、再確認しておきたい。

一、まず、寝ている場合の、震災は、どうしても無防備になる。だから、寝室には、家具を置かないことが望ましい。大きな家具だけでなく、小さい家具も、宙を舞って飛び出すので、注意が必要だ。どうしても家具を設置する場合は、固定金具で固定しておく。

二、日頃から、家屋の中での逃げ場所と、地域の避難場所を確認しておく。いざというときに、なかなか行動できないもの。日頃から意識の中に強く持っておく。

三、そして、身近なところに、携帯ラジオと懐中電灯を常備する。携帯ラジオと懐中電灯が一体になり、手動充電できる防災ラジオが、電池切れを防げてベストだ。

四、寝室には、靴を用意する。それも脱げにくい運動靴が望ましい。部屋中が荒れ放題になると、素足では怪我をする。動きやすい運動靴があることが望まれる。外部への脱出もこれで可能になる。

五、ペットボトルの水を2~3本用意しておく。食料もあればそれに越したことがないが、水に勝るものはない。

六、大目の小銭が入った小銭袋を常備する。携帯電話が使える保証はない。最近は少なくなった公衆電話だが、これは非常時でも通用する。それには小銭が必要だった。

七、できれば、冬対策として、釣用防寒用上下ジャンパーを用意しておく。これは寒さ対策である。また震災以外でも、洪水などに有効だ。

八、また屋内においては、ドアで室内に閉じ込められないようにするべきだが、閉鎖されても、外に出る作業が出来る工具類が部屋内にあればベスト。

もちろん、上記以外でも、貴重品とかの保全とかは必要かもしれないが、まず命を守ることが大切である。もう一度、防災の再確認をしたい。

追記

災害に遭うと、やはり困るのがお金の問題だ。家が倒壊して、建て直すのにもお金がかかるし、ローンがあれば、その支払いもしなければならない。日頃から、それに対する準備が必要だ。

この震災以後、やっと国による災害支援制度が確立されたが、それだけではまったく足りないだろう。兵庫県では、「住宅再建共済制度」が作られたが、加入者は増えないらしいが、危機感が足りないと思う。年間5000円の負担で、倒壊などで最大600万円もらえるのだから、有効な手段と思う。

兵庫県以外では、そのような制度があるのだろうか。震災に遭ってから、この制度を作っても間に合わない。地震保険という仕組みもあるが、保険料が高い現在、この仕組みを全国的に広めたほうがいいと思う。

もちろん、その他にも、震災により収入の道が断たれたりする可能性もある。そんなこんなで、日頃から、堅実な生活態度が望まれる。

また、この震災で気づいたことは、遠くの親類より、近くの知り合いが大切ということ。日常のお付き合いが大切だ。自治会活動にも、積極的に関与したいものだ。

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2008年10月30日 (木)

三毛猫で鉄道興し~「たま卿」

人間の女性は、猫型と犬型がおり、それぞれ男を悩ます。男の身勝手と言われれば、それまでだが、「猫」でいて欲しい時に、「犬」で対応してきたり、「犬」で対応して欲しい時に、「猫」で対応してくる。そういうことで、阿吽の呼吸というのは滅多にない。

このことをこれ以上論及すれば、女性から何を言われるかわからないので、話は変えるが、流風は、猫が苦手だ。野良猫も、他人の庭で、臭い小便はするし、大便も垂れ流す。これは何も野良ネコだけでもない。

首に鈴がついた飼いネコも、どこからやってきて、同様のことをする。飼い主も、犬のように首輪をつけて管理しているようでもない。結局、気ままに、いろんな所に出歩いて、悪さをする。困った存在だ。

それに、猫は犬と違って、飼い主に忠ネコでもない。猫好きな人たちは、それが適当な距離があって、いいらしい。犬のように、べたべたされるのは嫌だという人も多い。そう言われると確かにそうかもしれない。そういうことで、人間は、その時々で、犬が可愛かったり、ネコが可愛かったりするのだろう。

前振りが随分長くなったが、、和歌山県では、猫に爵位を贈るらしい。今時、爵位なんて流行らないと思うが、和歌山県知事は真剣のようだ。どうも理由は、猫が町おこしならぬ、鉄道興しに一役買っているらしい。まあ、地方は、如何にして、人を呼ぶかは大きな課題だ。

今話題になっているのは、和歌山鉄道、喜志駅の三毛猫「たま」で、駅長に任命した所、各地から人が集まって、大人気らしい。ホームページを見ると、確かに可愛いネコだ。これをテーマにブログを作っている人もいるらしい。まあ、ネコ好きにはたまらんようだ。

猫は「招き猫」とか言われるくらい、商売には欠かせない。そして招き猫をビジネスにしている業者もいる。しかし、生きている猫を招き猫にするとは、ありそうで、なかなか、世の中、知恵者がいるもんだ。

その猫、爵位(正確には、「県勲功爵(わかやまでナイト)」)をもらって、「たま卿」なんて呼ばれるらしい。餌がレベルアップするのかな。メタボにならなきゃいいけど。それにしても、いろんな町おこし(駅おこし?鉄道おこし?)があるものだ。動物の猫を使うとは、和歌山鉄道もなかなかやるねえ。

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2008年10月24日 (金)

二代続けて、アキノブ監督~阪神タイガース

最近は、プロ野球をほとんど視聴しなくなったが、それでも阪神タイガースには、まだ若干興味がある。その阪神タイガースの監督が交代して、真弓明信氏になるそうだ。前監督は、岡田彰布氏だったから、二代続けて、「アキノブ」さんが監督になる。大丈夫かな(笑)。

前監督の岡田氏は、わけのわからないペナントレースをした結果、優勝を逃し、恥をかいた。有名なチームの監督としては、確かにチーム運営に、色々な制約条件があるのだろうが、一年を通じた試合運びが望まれた。残念ながら、彼には、それが欠けていたと思う。優勝した年も、他チームのミスで、転がり込んできた印象が強い。

彼は、故藤山寛美さんに顔が似ており、憎めない感じがするが、どうも、もっさりした感じで、スポーツマンと捉えられなかった。ベンチでも、残念ながら、表情は堅いし暗い印象で、動きも鈍く、選手との一体感に欠けていた。結局、そういうことが選手にも影響して士気が上がらなかったとも言われる。また選手の好き嫌いも多く、全戦力を的確に使いこなせなかったらしい。

その結果、阪神は、年齢の高い選手がレギュラーで頑張り続けるため、選手の新陳代謝が進んでない。うるさいファンが、誰々を使えとか、言われて、それを意識したり、費用対効果を考えて、高給の選手を優先して使う習慣から抜けきらない。これは、人気チームの宿命かもしれないが、これではチームは強くならない。結局、そういうことは、最終的には、若い人に諦め感を漂わせてしまう。

例えば、ある主力選手は、調子が悪くても、連続出場にこだわり、チームの活力を削いでいる。確かに主軸は、そんなに変えてはならないのかもしれないが、それなら主軸を降りて頂く必要もある。ブランド選手も永遠ではない。そこにプロの厳しさがある。

それに自前の選手育成に金を投じず、巨人と同様、他チームの有力選手を巨額のお金をかけて入団させたりしているのも、解せない。これは阪神に限ったことではないのかもしれないが、野球を面白くなくしている。

新監督は、その辺のチームの大胆な整理をし、選手の若返りが求められる。そのようにすれば、もちろん、成果を出すのに時間がかかり、ファンから厳しいブーイングを受けるなど苦労するかもしれないが、活力を取り戻すだろう。

本来、野球は若い人が中心になってやるものということを再認識して欲しい。チームの平均年齢が上がれば、それは黄色信号が灯っていると考えて間違いないのだ。そのためには、若手を中心に運営し、ある程度の年齢に達したベテランは、それを支える体制にすることが肝心だ。

新監督は、フロント・ファンと一体になって、改革してもらいたい。阪神ファンは、本来、辛抱強い。来年、優勝が望ましいのは事実だが、新しいヒーローを多く生み出してもらいたいものだ。二代目アキノブ、たのんまっせ。

*追記

それに、星野氏に、阪神タイガースへの関与を辞めさせることも大切だ。彼の野球はもう古いし、通用しない。

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2008年9月28日 (日)

神戸観光ウィーク

朝晩は涼しくなってきた。いや、むしろ寒いくらいだ。秋本番というところか。動きやすいし、食欲も湧く。そこで、旅行でもしてみようかなということになる。

神戸では、2008年10月3日から13日まで、「KOBE観光ウィーク」ということらしい。神戸は別に、こういう催しをしなくても、「いつも観光」で楽しめるとは思うのだが、秋ということで、企画者は特別の思いがあるようだ。

そこで、どういう特典があるのか調べて見ると、期間中、無料解放している施設があることだろう。但し、これは、神戸市水の科学博物館、世良美術館、シルクロード絨毯美術館ぐらいしかない。

ただ10月3日が、「KOBE観光の日」ということて゜、特に無料開放施設が多いということであろうか。例えば、王子動物園、神戸北野美術館、神戸らんぷミュージアム、竹中大工道具館、湊川神社宝物殿、UCCコーヒー博物館、小磯記念美術館、神戸ファッション美術館・神戸ゆかりの美術館、森林植物園、有馬・金の湯。銀の湯・太閤の湯殿館、須磨海浜水族館など。

ということは、神戸に来る予定のある人は、10月2日までに神戸に入って、10月3日にゆっくり観光を楽しむのがいいかもしれない。でも、普通は、サラリーマンであれば、この日に休みを取るのは難しいかもしれない。そうでない人は、この日を活かせば、余分な出費は抑えることができる。

この日に来ることができない人は、「神戸街遊券」とか「有馬・六甲周遊1dayパス」などを活用して、神戸観光を楽しんでもらいたいものだ。

*参考

  詳しくは、http://feel-kobe.jp  参照

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2008年9月11日 (木)

ドラマ『温泉へGO!』を視聴して、温泉に行こうか

朝夕が涼しくなって、秋の足音が近づいている。蝉の音に代わって、秋の虫の音が聞かれるようになった。こうなって来ると、行きたくなるのが温泉だ。寒い時期もいいが、少し涼しくなるこの時期が、流風には一番。とは言っても、毎年は行かないのだが、今年はどこかに行こうかな。

ところで、温泉旅館も、原油の値上がりの影響で、客足が減っているようだ。ガソリン代を負担するなど、色々やっているようだ。もう少し、ガソリン代が下がれば、客足も多少回復するかもしれない。電車で行く人間にも、何かサービスしてくれないのかな。駅まで送迎をしてくれるところもあるが、そういうこともやってくれないところもある。辺鄙なところで、抱えている人員が少なければ、仕方ない面もあるが。

また、温泉料理の豪華さは、そろそろいい加減にしてもらいたいものだ。最近は、素泊まりできて、料理は外食可能という旅館もあるようだが、全体から見れば少数派だろう。もっと気楽に行ける温泉旅館を望みたい。

もちろん、海外の多くの旅行客を迎える場合は、豪華料理もいいだろうが、国内旅行者対象は、もう少し旅館に多様性が求められる。大型設備で大量の客を、豪華料理で招く旅館もあっていいが、少人数や個人で楽しめるホテル型旅館もあっていいはずだ。今後の温泉旅館に期待したい。

そういうことを考えていると、テレビ欄に、昼間の放送で、温泉をテーマにしたドラマがあったので、ビデオにとって、夜、視聴してみた。それはTBSの『温泉へGO!』だ。以前、シリーズでやっていたらしいが、視ていない。

主演は、加藤貴子さん。彼女の記憶といえば、以前、毎日放送ラジオの「ヤンタン(ヤングタウン)」にお笑い芸人と出ていたように思う。「カトタカ」と呼ばれて、結構いじられていた。静岡出身らしいので、辛かったと聞く。

まあ、東日本の人たちは、関西流のいじられに耐えられないかもしれない。そんなに悪気はないのだが、結構、堪えるらしい。現代でも、東京方面の人たちは、大阪への転勤を嫌がるそうだから。今でも、特に、奥さんの抵抗が強いらしい。まあ、わからんでもないが。慣れると何でもないのだが。

さて、このドラマ、明らかにお気楽系だ。夜にビデオを再生して視るのだが、なかなか楽しく面白い。以前のシリーズも見たいものだ。それにしても、なぜお昼の放送なのだ。夜はくだらない番組があまりにも多いので、見る気もしないのに。中高年も楽しめる番組制作はないものか。

人口構成から見ても、テレビ界は古い体質の人が多いのだろう。それとも、番組制作する年代と需要とのマッチングが悪いのかもしれない。未だに、若い人向けの番組中心に構成されているのは、ちとおかしい。

そのことはさておき、ドラマの内容は、主人公、椎名薫(加藤貴子)が、ある旅館(『御宿さくら』)に、派遣会社から派遣仲居としてやってきたところ、支配人は、そこの息子で、佐倉涼は偶然にも、高校の同級生だった。そして同じく同級の茶道家の息子、村上修成もいる。なんと彼は、モト彼という設定だ。

また涼は、どうも事業で失敗しているらしく、多額の借金を抱えていて、母親(佐倉奈津枝)の経営していた温泉旅館の経営を黒字化して、借金の穴埋めに、売却するつもりらしい。

まあ、温泉旅館の経営は、難しいものがある。特に昔に作られたものは、大量の客を迎えて捌くことで経営が成り立っていたから、そういう客が減ってきた現在では、過大な設備投資が重荷になっている所が多い。この旅館も、その例に漏れず、そういうことで苦しんでいるのだろう。

息子は、母親の人間関係のしがらみを断ち、古い中居たちをリストラし、人件費負担を低くするため、仲居を派遣にすることにしたが、素人仲居は何も知らないから、現場は混乱する。そこで登場するのが主人公。一般に、旅館は、その季節需要対応のため、少ない正社員と多くのパート・アルバイトから成り立っていることが多い。

ここでの問題点は、母親の女将を隠居させていて、仲居をリードする女将も、若女将も不在なこと。リーダーがいなくては、組織は機能しない。そういうことを会社を経営している涼が理解していないというのは、話的には少し無理があるが、ここでは旅館経営を全く理解していない人物として登場している。

それに対して、薫は、かつて若女将として働いた経験があるらしいが、苦い経験があるらしく、最初は旅館で働くことを拒否していたが、旅館の内部事情を知るにしたがって、旅館の仕事にのめりこんでいくというのが大体のあらすじだ。くわしいことは、『温泉へGO!』のホームページを見てもらおう。

今後、ドラマがどのように展開するのかしらないが、実際問題、旅館経営は大変だろう。従来の画一的な旅館経営では成り立たないのは明らかだ。国内の社員団体旅行が減り、需要と供給のバランスが崩れている。アジアの海外旅行者を招くにしても、全ての旅館は対応できないだろう。

結局、多様化したレベルでのいろんな形態での旅館が望まれる。有馬の一部旅館は、素泊まりできたり、顧客対象を絞ったり、また旅館規模を小さくして、隠れ屋的旅館にして成功している所もある。もちろん、その方がリスクは小さい。そういう旅館を多店舗で経営した方がいいのかもしれない。今後も、いろんな形態の温泉旅館が出てくるだろう。

それでは、このドラマに刺激されて、今年は、どこの温泉に行こうか、思案中。このドラマに何かヒントはあるかな。

*平成20年11月21日追記

ついに本日で60話が終了した。若干、終わり頃は端折った感があるが、まずまずの出来であろう。流風にとっては、全体として、温泉旅館経営の内情を垣間見た感じはする。旅館経営の難しさを再確認させられた。客を招き、それを維持するのは大変だ。

まあ、それでも、このドラマは、お昼の番組なので、録画して視聴したが、気楽に視れて良かったと思う。かつての温泉旅館ドラマ『細腕繁盛記』のような暗さというか重さがない分、救われる。

それでも、確かに、主婦向けの時間帯のため、三角関係の三つ巴には、ちょっとやりすぎの感は否めないが、まあ、ドラマだから許せるか。話の展開からは、続編がありそうである。

また、どこかの地方局で再放送はされるのかな。またシナリオと台詞がしっかりしているので、この内容なら、ラジオドラマとして音声だけの放送も有効であろう。

*   『温泉へGO!』のTBSのホームページ

    http://www.tbs.co.jp/ainogekijyo/onsengo/

*   TAKAKOココログ(加藤貴子さんのブログ)

    http://takaco.cocolog-nifty.com/

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2008年8月29日 (金)

パンダ誕生とパンダの映画

神戸市立王子動物園で、人口受精によるジャイアントパンダの赤ちゃんが誕生したようだ。どこかの知事は、パンダ外交で、パンダはいらないと仰ったらしいが、日本で生まれるのが増えたら、確かに、もういらないかもしれない。借り賃も高いしね。

とは言っても、まあ、この赤ちゃんも、いずれ中国に引き渡す約束らしいから、いくら日本で生まれても、日本ではパンダは増えない。労多くして、成果少なし、ということか。それでも人工授精が今後、どのように進化していくのか、わからないが、今後の展開を見守りたいと思う。

でも、赤ちゃんは、いつ公開されるのだろうか。三ヵ月後ということだから、年内にはお披露目があるかもしれない。久しぶりに動物園に行きたくなった。

また、もうすぐ『パンダフルライフ』という映画が公開されるが、何ともタイミングの良い、パンダの赤ちゃんの誕生だ。ちゃんと計算していたのかな。まず、これを観に行くか。我ながら、ミーハーだな(笑)。

*追記

残念ながら、本日29日、パンダの赤ちゃんが死んだと発表があった。今後に期待しよう。

*参考  『パンダフルライフ』  8月30日より全国ロードショー

       http://www.pandaful.jp/

*参考 神戸市立王子動物園  

       http://www.ojizoo.jp/

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2008年8月14日 (木)

菊の手入れ

毎日暑い日が続いているが、本日は少しましかもしれない。ただ油断はできない。家庭菜園では、暑さで弱っているものの多い。ちょっとでも水遣りを怠ると、ぐったりしている。

ところが、その中で元気なのがいる。菊だ。確かに水遣りをあまりしないとさすがに枯れてくるが、少々水遣りを忘れても強い。今は、秋に開花させるべく準備の段階のようだ。一部芽を膨らませているものもある。

実は、昨年移植したのだが、しっかり根づいている。流風はいろいろ移植させて枯れさせてしまったものもある。あるいは、移植したところでは元気がないので、元に戻したこともある。

しかし、菊は強く、割とどこでも根づくようだ。古歌にも、次のようなものがある。

  植ゑしうゑ 秋なき時や 咲かざらん

         花こそ散らめ 根さへ枯れめや

基本的にしっかり植えておけば、秋には花が咲く。園芸初心者には有り難い花だ。さあ、秋には、どれくらい花が咲くのだろうか。

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2008年8月10日 (日)

今年のお盆の神戸元町(2008)

昨日からお盆モードだ。17日まで休みを取っている人も多いかもしれない。街を歩いていても、どこか長閑だ。そういうことで、帰省中の知人と元町周辺を、散歩してきた。

まず、神戸元町のまちづくり会館へ。そこで、「こうべ元町新聞」をゲット。今回は、いろんな街のクーポン券が掲載されている。8月末まで有効。本日は使わないが、次回使おうかなと思う。なお、次のウエブサイトでも、クーポンは入手できる。

  http://www.kobe-motomachi.or.jp/

次に、その新聞に新店舗が紹介されていたので、早速訪問。新しいもん好きだからね(笑)。会館により、少し東に戻ると、それはあった。新店舗だから、もちろん店内はきれいだ。ゆっくりとした席数で、落ち着いて珈琲を飲める。珈琲も美味しいし、接客もグッド。

それから、また会館に戻って、写真展を見学。コーベアートスタジオの高橋喜久雄さんによるものだ。世界各地の風景などが紹介されていた。旅好きなんでしょう。ちょっと羨ましい。流風はあまり写真は撮らないのだが、若干写真の魅力に気づかされた。

次ぎは、お決まりのTENTEN。以前訪問した時より、展示内容が大幅に変わっていた。「砂めり」のオブジェはインパクトがあった。秋山高英さんと旦妙子さんのものらしい。

仲コーポレーションのコロニアル家具にも注目。小物家具はちょっといいかもしれない。「コロニアル」とあるが、どこの国の家具かはわからなかった。

有村綾さんのイラストもちょっと注目。女性らしい感性だ。少し控えめな、ああいう感性、嫌いじゃないよ。実際は、わかりません(笑)。ちなみに彼女はKOBEマリンメイトらしい。どこにいるのかな。

ということで、KOBEマリンメイトに誘われて?、神戸海洋博物館・カワサキワールドを訪問。神戸海洋博物館では、たくさんの帆船を展示(模型)。カワサキワールドは、川崎が手掛けているいろんな製品(飛行機、車両、船舶、ロボットなど)を展示。やはり家族連れが多く、子供たち、特に男の子は喜んでいた。また結構、若い女性が多いのには、少し驚いた。

そして、少し移動。途中に神戸市立博物館があったが、ここは先日寄ったので、知人のみ入館し、流風はパス。今回の展示は南蛮博物館の常設展に近い。人によっては、その内容は価値が高いようである。イエズス会は侵略の意図があったのだが、そのことの説明はない。日本の地図の入手にしても、それを物語っている。いわゆるスパイ活動だ。幕府も、途中からその危険性を把握したようだが、気づくのは遅かった。今の日本外交も、そういった傾向があるかもしれない。

さらに移動して、神戸ファッション美術館で合流。ここでは、「チャイナドレスの変遷史」と題して、チャイナドレスを展示。チャイナドレスといえば、スリットから見える足が妙に色っぽい。そのデザインの変遷史とは。しかし、やたらチャイナドレスを展示しているだけで、解説も少なく、展示に深みはない。ばたばたと企画したのかな。まあ、見る人が見ればわかるんだろうけれど。さらっと見て終わり。

次に、横にある神戸ゆかりの美術館を訪問。「コレクション展」として、「人、ひとのいる風景」と「神戸ゆかりの芸術家たちと神戸風景」を展示。以前に鑑賞したものもあるが、ここは見ごたえはある。川端謹次、古屋新、角卓などが良かった。いつも思うのだが、意外と穴場。そんなに客も多くないし。

そして終わりに、神戸市立小磯記念美術館へ。しかし、今回の目的は、小磯良平の作品を見るためではない。「黒田清輝展」を鑑賞するためだ。いつもより観客が多い。まあ、日本近代洋画の創始者で巨匠だから、関心が高いのだろう。

展示は、重要文化財の「湖畔」と「智・感・情」は特によいが、その他の作品も始めて目にするものが多かったが、人を描いたものは、洞察力が鋭く、やはりなかなかのものだ。念のために記すと、「湖畔」の女性は黒田夫人だ。彼女は二番目の妻だが、随分フランス的な関係だったらしい。後、籍には入れているが。また残念ながら、子供には恵まれなかったようだ。親戚の少女を題材にしたものもあった。

そして、気づいたのが、小磯良平のタッチが非常に似ていることだ。彼から直接学んでいないようだが、黒田の流れを汲む藤島武二に師事したことが、影響しているのだろう。

以上、フルで動いたので、結構疲れた。万歩計を見ると、1万8千歩。なるほど。さて、これからどうしよう。神戸を離れて、近場の小旅行でもしますか。

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2008年8月 8日 (金)

にわか雨の予測の難しさ

俄かに空の模様が怪しくなったと思ったら、間もなく大粒の雨が降ってきた。あ~あ、折角水遣りしたのに。最近、こういうことが時々ある。天気予報とにらめっこし、西の空や山の状況を確認するのだが、にわか雨の予測はなかなか難しい。

最近の水難事故も、多分、予想もしなかった事象なのだろう。被害者も、逃げようとした時には、もう手遅れのようだ。大体、神戸は気象の変化が激しい。いつも「秋の空」なのだ。だから、折り畳み傘は欠かせない。流風のようなノーテンキでも、割合、折り畳み傘は持ち歩く。

でも、このような被害にあわないようにするには、どうすればいいのか。天気予報も大切で参考になるが、神戸については、当たらないことが多い。神戸の中でも、地区によって気象の変化が違うからだ。

結局、対応方法としては、空の色、雲の流れ、雲の種類、風の強弱や雰囲気で判断するしかない。それでも、確かなことはわからない。となれば、気象予報で天候の危さが報告されれば、危険な所には行かないようにし、自宅でじっとしているしか手がないのかもしれない。

でもなあ、そういう風に気をつけても、天は何をするか、わからない。人間の運命は天に握られているのかもしれない。

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2008年7月22日 (火)

今夏の蝉時雨

暑いのが好きとはいえ、やはり夜は寝苦しい。クーラーはつけないけれども、扇風機はつけたり消したりして、やっと眠りに入る。しかし、早く寝ても遅く寝ても、深夜に目覚める。午前2時頃になって、やっと暑さが鎮まるようだ。

そのように眠っても、朝5時には目覚める。涼しい気配はするが、窓を開けると、蝉がせわしなく鳴いている。今年は蝉が少ないとの報道もあるが、ここはそんな感じは受けない。いつもの夏と同じだ。

外へ出て、雑草を取りながら、木々を見つめていると、奇声を発して何かが飛んだようだった。よく見ると、それは蝉だ。何に驚いたのか。鳥の鳴き声もするから、若干にぎやかなことだ。これが夏の暑さを増幅させる。

そして、夕方、木々に水遣りをすると、多数の蝉がばたばたと逃げていく。先日は、育てているヒマワリに何か留っているなと見上げると、蝉だった。確かにヒマワリの茎は木のように太くしっかりしているけれど、始めて見る光景だ。その蝉は水遣りしても逃げない。じっとしている。生きているのか。別の所に水遣りして戻ると、もういなかった。

これから、しばらく、こういうパターンが続くのだろう。でも、夏は暑い方がいい。蝉君も大いに啼いてくれたまえ。

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2008年7月 6日 (日)

七夕ライトダウン

ロマンチックな話を作った先人には、申し訳ないが、もう七夕なんて遠い時代のように感じる。子供の頃は、それなりに期待もしたものだが、それももう昔のことだ。それでも、空を見上げると、星が瞬いていると、遠い世界をそのように見るのも、また一興かもしれないとも思う。

だが、世間はエネルギー高騰とは言うものの、未だに夜、光は煌々と輝いている。夜遅くまで残業して働く民間人はもちろん、多くの官庁もそうであろう。夜間照明は、深夜電力の消費だから、昼間照明のような無駄はないかもしれないが、それでも、心理的には無駄遣いしている感じは皆、あるだろう。

そういうことで、省エネと環境問題を、各人が感じるため、ライトダウン運動というものが進められており、明日の七夕は、「七夕ライトダウン」が催される。それはオフィスはもちろん、一般家庭まで、照明を落として、夜空を見上げて、星を見つめようではないかということらしい。

まあ、流風としては、当たり前のように消費している電灯エネルギーを見直す催しとしては、一応賛同できるので、明日は、朝日と共に目覚め、夕日が落ちた頃を見計らって、子供時代のように就寝してみようかと思っている。もちろん、昼間はもちろん、夜も照明は一切点灯しない。一応、懐中電灯とローソクの用意はした。

さあ、明日はどのように楽しもうか。織姫様にも会えるかな(笑)。でも、実際、暗闇で出会うのは、ヤモリかムカデかクモなんだろうな。一体、どんな家なんだ(苦笑)。

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2008年7月 4日 (金)

ローズガーデンにする?

ローズガーデンと言いたい所だが、庭には、他の木や草花と共に、二本のバラの木があるだけだ。その内、真紅のバラは、今年も咲いた。しかし、もう一つの黄色いバラは手入れが悪かったのか、咲かすことができなかった。ちょっと残念。

まあ、バラは本来、手入れが大変な木だ。流風に向くものではないかもしれない。しかし、伐採するのも、勿体無いし、今しばらく、面倒みることにしよう。とりあえず、真紅のバラには、お礼肥を施す。はて、咲かなかった黄色のバラの木には、どうしたものか。

話は変わるが、昔、リン・アンダーソンが歌っていたものに、『ローズ・ガーデン』がありますね。心がうきうきするような曲だった。先日、ラジオから流れてきて、懐かしい気持ちになった。明るい音楽だったが、詞の内容は詳しくは知らない。ローズガーデンにある像を見て、夢想する話だったかな。

それはそれとして、流風も、バラの手入れをするために、もう少し、こまめになろうかな。プレイボーイのようにはいかないが。まあ、バラを女性に見立てれば、これも修業なのでしょうな(笑)。

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2008年6月29日 (日)

蛙声満つ

子供の頃、友達と田んぼや川に入って、いろんなカエルを捕まえた。おたまじゃくしは、川魚などと、たくさん泳いでいたし、それを追っかけたり掬ったりして、結構楽しめた。そうすると、いつの間にか、日が暮れて、母によく叱られた記憶がある。

おたまじゃくしを追っかけていると、カエルに出会い、にらめっこ。敵も察した様で、追っかけても、すっと逃げられたりして、全身びしょ濡れ。それに比べて、友達は、彼のお兄さん仕込みで、捕るのがうまく、ヒキガエルを捕まえて、見せられた時は、少し驚いたものだ。でも、触らせてもらって、あのヌメヌメした感じは、気持ち悪かったものだ。

ガマの油が傷に利くのは、嘘のようであるが、一見、あれは利きそうに見える。大体、人に嫌がられるものは、毒は毒を制すると言われるように、利くものだと教えてくれたのは、祖母だ。話は、それたが、あのヒキガエルは、未だに、正直苦手だ。

それでも、いつだったか、子供の頃と思うが、蛙料理を頂いたことがある。蛙は、ヒキガエルだったと思う。正直、蛙と聞くと、気持ち悪いのだが、焼き蛙などは、焼き鳥と同じ感じで食べることができた。味はまずまずだったと思うが、思い出せない。まあ、今後も積極的には食べようとは思わないが。

さて、今年は、「国際カエル年」だそうだが、カエルも絶滅の危機があるのだろうか。子供の頃、家の近くに田んぼがあったので、この季節になると、カエルの合唱がうるさくて、なかなか眠れなかった記憶がある。

現在の住まいの近くには田んぼがないので、カエルの声を聞くことはない。あのうるさい鳴き声は、望まないが、久しぶりに聞いてみたい気持ちもある。

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2008年6月22日 (日)

後出し、なーむくんの行方

まあ、次から次へと話題を提供してくれる奈良。遷都1300年の記念事業が、どれほどのものかわからないが、話題ということでは、マスコミに十分情報を提供している。ただ、「せんとくん」も「まんとくん」も、キャラクターとしては、イマイチ。

それで、今回は、最後の後出しとなるのか、「なーむくん」を出してきた。キャラクターとしては、一番いけてるかな。「せんとくん」も「まんとくん」も、キャラクターとしては、両方とも、どうかと思われる部分がある。

それに比べて、「なーむくん」は、何と言っても、キャラクターが聖徳太子の子供の頃をイメージ。十七条の憲法など、このブログで取り上げるほど、聖徳太子ファンとしては、若干嬉しい気持ちだ。彼は、日本を真の独立国に導いた人だしね。

後出しジャンケンは、嫌がられるが、このキャラクターに関しては、他のキャラクターより、受け入れられる要素が強い。他の二つのキャラクターはいらないから、整理してくれないかな。奈良に行くなら、やっぱり「なーむくん」。流風はそう思うよ。

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2008年6月18日 (水)

化石に見込まれた男

人間、誰かに見込まれることはある。先輩と不思議とウマが合って、引き立ててもらうことがある。その時に、能力を集中して投入すれば、成功は間違いなしだ。そういうチャンスは逃してはいけない。

さて、丹波竜の発見で有名になった、足立洌(きよし)氏が、今回は、古代の化石を発見するきっかけづくりをされたようだ。昨年十月に、篠山層群で脊椎動物のトカゲの尻尾らしきものを発見された。

それで、ここには何かあるぞということで、人と自然の博物館の研究員が、本格的に発掘したところ、篠山市内の中生代前期白亜紀の地層「篠山層群下部層」から哺乳類の化石を発見したのだ。

一体、この人は、何かに見守られているだろうか。古代が、「お前に発見してくれ」と言わんばかりに、奇跡的な発見をされる。新種の可能性もあるそうだ。中生代前期白亜紀といえば、約1億4千万前というから、途方もない昔のことだ。見つかったのは、「ねずみ」に似た哺乳類の右下あごということだ。

そういうと、今年は子年だ。何か関係があるのだろうか。今回、彼は、ネズミの神様に見込まれたのかな。まあ、見込まれたら、とことんやるしかないですなあ(笑)。でも、定年退職後に、こんなラッキーなことばかり起こるのは誰よりも幸せだろう。

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2008年6月17日 (火)

自然界のガス抜き

岩手・宮城内陸大地震で大変なことになっている。残念ながら、今回、被害に遭われた方々には、ご冥福をお祈りし、またお見舞い申し上げる。四川の大地震同様、亡くなられた方々は、一瞬のことで、逃げようがなかったと察することができる。

地震の規模は、阪神・淡路大震災と同程度だそうだが、映像で見る限り、自然の破壊力に関しては、あの被害を超えている。都市型地震と山間部地震の違いかもしれない。あの山が崩れ、がけ崩れが起こっているのは、自然界の怒りのように見える。

さらに活断層が指摘されていなかったことも驚きだ。最早、日本で安全な地域などないのかもしれない。すなわち過去のデータだけでは、この自然の大災害を予測するのは不可能なのかもしれない。

昔、ある住宅関係の人に、人間は、完全な震災対策は不可能なのだから、震災後の処置が大切と言った覚えがある。その人は否定的だったが、どうも私の意見が正しかったように思う。残念ながら、自然に勝つことは難しい。

結局、災害に遭った後、皆で援け合って、回復を目指すしかない。そのような備えが一番大切なことではなかろうか。そういう意味では、今回、政府も地方も、対応は早かった。過去の学習が活きている事は唯一の救いだ。

さて、あらゆる組織において、時々ガス抜きが求められる。組織として、仕事は一応順調に進んでいても、少しずつ、組織の歪が生じている。すなわち仕事への不安や不満が蓄積されて、組織ストレスになるのだ。

そういうことで、優れた管理者は、適度にガス抜きを行う。それは自由討論の開催だったり、フリートークできる会議だったりする。さらには、ちょっと一杯ということで、本音を引き出したりして、適度に不満を発散させている。そういう組織は、比較的うまく行く場合が多い。

逆に、数値ばかり追いかけて、管理強化ばかりする管理者のいる組織は、組織ストレスが大きくなり、ある日突然、所員の不満が爆発して、組織全体が嫌な雰囲気になり、仕事が停滞する例は、過去にも多く見られた。

それが自然界でも同様のことが言えるだろう。地震学者に考えてもらいたいのは、過去のデータの分析や地震の予知だけでなく、地震エネルギーを如何に分散させるかという発想だろう。エネルギー溜め込まないようにするには、一体どうすればいいのか。そういう研究を是非してもらいたいものだ。

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2008年6月10日 (火)

蛇と花菖蒲

梅雨の季節は、やはり鬱陶しい。出かけるのも、少し億劫になる。運動不足はよくないので、無理して出かけるが、風が強いと、止めにする。まあ、後もう少しで、またかんかん照りの暑い夏が来る。であれば、梅雨を楽しむこととしよう。

先日、午後の雨上がりに、外に出て見ると、花菖蒲が咲き始めていた。やはり、菖蒲とは違って、華やかだ。切り取って、生け花にするか、少し迷ったが、そのままにすることにした。まあ、その方が花も嬉しいだろう。

そして、家に入ろうとすると、蛇に遭遇。蛇は本当に雨上がりによく出てくる。今年初めて見る蛇だ。あまり見たことはない細い蛇だ。

調べて見ると、ヒバカリというもののようだ。何を食べるのだろう。どうもミミズが好きらしい。そういうと、ここは土をひっくり返すと、ミミズがうじゃうじゃ。やはり蛇も美味しいものには弱いらしい。噛まれると「その日ばかりの命」と云われるが、無毒らしい。ああ、よかった。

しかし、相手も驚いたようで、細い胴体をくねくねさせながら、土の中に隠れてしまった。悪いことをしたなあ。折角、散歩したかったのだろうに。ということで、また天気が怪しくなってきたので、家の中に入ることにした。

まあ、蛇も、花菖蒲もあるがままがいいのかも、と、感傷的になってしまった。そう言いながら、明日には、花菖蒲を切花にしているかも(笑)。

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2008年6月 8日 (日)

まるで新漫才コンビ誕生?

最初、「セント・マント」と聞いて、昔、似たようなコンビがいたから、吉本の新しい漫才師が出たのかなと思った。例の件で、まるで新漫才コンビが誕生したの如く、騒いでいる。私も、乗せられたかな。でも、掛け合いがあまりにうまいので、吉本のできの悪い新人より、かえって面白い。広告効果は抜群だ。

何をいってるかって。すでにお気づきでしょう。2010年に奈良で開催される「平城遷都1300年祭」のキャラクターで、あの「せんと・まんと」のコンビのことですよ。

まず、「せんとくん」のキャラクターで、物議を醸し出して話題になった。小僧さんが、角を生やしているのは奇妙そのものだ。あの仏教を馬“鹿”にしたデザインは、一応、仏教信徒としては決して認められるものではないが、愛嬌のある顔をしているのは確かだ(角をとればいいのに)。

それで、ああだこうだという議論になり、マスコミに取り上げられ、関係者はホクホク顔だろう。それでも、それに対するキャラクターとして、別のデザイナー達が仕掛けて、今度は「まんとくん」のキャラクター候補を抽出したそうだ。

でも、お寺を頭に載せて、鹿の角が付いているのも違和感がある。それにキャラクターとしては、愛嬌に欠けるし、縫いぐるみにしても、子供はよってこない感じがする。

それでも選ばれたのは、「せんとくん」に対する語呂がいい「まんとくん」を選んだのではないかと勘ぐりたくなる。何れのキャラクターも、別の理由で作為があると感じられる。奈良の人はズル賢いなあ。

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2008年6月 6日 (金)

灘五郷散策

神戸の灘といえば、お酒の産地でもある。ワイン・ロードならぬ酒ロードを歩くと、お酒のいい匂いがする酒蔵が並んでいる。独特の街並みだ。確かに震災で被災し、古い建物は少なくなったが、それでも、ここは酒蔵だという雰囲気を持っている。

お酒の方は、ほとんど駄目な口だが、この雰囲気はいい。時々、沿線を散歩する。何かキャンペーンをしている時は、多くの人々がぞろぞろ歩いている。皆、楽しそうだ。各所で試飲もできるしねえ。

ところで、西宮から神戸にかけての酒の生産地を灘五郷という。だから、神戸市だけではない。その灘五郷とは、今津郷、西宮郷、東郷、中郷、西郷を五箇所を指す。これらの地区での酒の醸造は、室町時代の中頃から始まったとされる。海運業が発達した江戸時代には、「灘の生一本」として、江戸に大半が送られた。念のため、地域を示すと、次のようになる。海側を走っている阪神沿線に近い。

  今津郷 :今津、鳴尾、西宮浜新田

    西宮郷 :西宮

  東郷  :深江、青木、魚崎、住吉

  中郷  :御影、石屋川、東明、八幡

  西郷  :新在家、大石、岩屋、味泥

これらの地区で、酒の醸造が栄えた理由は、いわゆる酒に適した「宮水」の発見が指摘される。淡水と海水の境目にある水が、酒に適した水質になっているという。

市内の某所では、「宮水」を有料で販売しているが、確かに美味しい。多くの人は、珈琲用に水を買いに行っているようだ。珈琲店なども、宮水使用としてアピールしている。流風は、よくわからないが、皆さん、美味しいといって、評判はいいようだ。

次に、指摘される要因としては、良質の酒米の入手が容易だったことがある。摂津や播州は米どころだし、大阪に近く、各地の米も選択して入手できたことも大きい。現在でも、県下の酒米専門の農家から「山田錦」などを入手している。結果的に、この地区のお酒は、本来辛口と言われているようだが、山田錦を使った純米酒は、まるでワインのようになめらかだ。

さらに米の加工技術が向上し、量産できるようになったことが指摘される。現代的に言えば技術革新が起こったのだ。それは主として水車の稼動だったという。いつの時代も、技術革新があると、産業が飛躍的に拡大する。お酒もそのようだった。

そんなことにいろいろ思いをはせながら、久しぶりに酒蔵でお酒でも買うとしようか。せいぜい720ミリリットルのビン入りで、なかなかなくならないのだが(笑)。

*参考文献

『灘区の歴史』(灘区市役所まちづくり推進課)

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2008年6月 4日 (水)

物価高と生活のリストラ

石油価格や食糧価格が異常に上がり続けている。これはちょうど石油ショックの時代の頃のような雰囲気だ。そして、異常な低金利のままだ。

これから何が起こるかわからないが、危険なエネルギーが蓄積されつつあることにはかわりない。庶民としては、どう対応するか。特に指針と言えるものはないが、生活のリストラも含めて一通りのことは考えてみよう。

まず、言えるのは、バタバタしないこと。いつものようにマスコミは騒ぎすぎる。醒めた視線が必要だ。バターがないなどと大騒ぎしているが、これは石油ショック時のトイレットペーパー騒ぎと似たようなものだ。いつか解消される性格のものだ。だから慌てず騒がず対応するのが一番いい。いずれ市場にものが溢れることだろう。但し、価格は以前のままではないかもしれない。

卵の価格も異常に上がっているようだ。飼料関係の価格上昇が影響しているようだ。しかし、私は、従来、そんなに安いものは買わないし、毎日食するわけでもないので、大した影響はない。今まで、安すぎる卵が多すぎたのだ。安全な飼料が使われているとすれば、長年、上がらなかったのは、不自然というしかない。

小麦の価格が上昇して、パンや麺類などの価格アップが続いている。これを解消するのは、国内産が少なすぎるので、当面難しい。国内産の増産といっても、そんなに簡単ではなかろう。米粉の利用がどれくらい増やせるかがキーだ。当面、米粉を利用した食品の利用が望ましい。販売者に米粉利用指定をするのもいいかもしれない。ただし、それは国内産であるのか、監視が求められる。

漁業も不振のようだ。ガソリン価格の高騰は、産業活動を確かに萎縮させる。それによって一部の魚の価格は異常に上がるだろう。そして、それは更に魚離れを加速させるかもしれない。しかし、よく考えれば、遠海で獲る高い魚ばかりが魚ではないだろう。近海魚で美味しいものも多くある。魚の見直しをするいい機会だ。

また車の運転も控えられることは結果的には望ましい。日本のような狭い国土で、自動車が明らかに多すぎる。カーライフを見直しするいい機会だ。車を所有することは、金食い虫だと知るべきだ。この際、思い切って手放すのもいいかもしれない。明らかに資源の浪費をしているのだから、そういう意味では、ガソリン価格は高いままでもいいかも。

しかし、産業車両の運営コストが上がれば、生活物資のインフレは必至だ。その点からは、あまりガソリンの価格が上がりすぎると、国民生活を不安定に追い込む原因になりかねない。また郵便が電気自動車の導入をするそうだが、全産業でそういう取り組みは求められる。やはりガソリンを使わない自動車の利用促進は望まれる。

そして、多くの人に言えるのは、生活のリストラ(再構築)だろう。バブル崩壊して相当の日時が経ったが、未だバブルのままの意識の人々がいる。生活が苦しいという人も様々で、本当にぎりぎりの生活をして苦しい人たちがいる一方で、所得の割りに贅沢な生活をしている人々もいるのだ。それは、金食い虫の車を所有したり、携帯電話を所有して無駄遣いしている。それに子供たちに意味のない塾通いさせている人たちを指す。そういう生活を正すよい機会だ。

結論的には、物価高には、最初に書いたように、バダバタしないことだろう。しばらく様子を見ても遅くない。バターや卵がなくなっても、生活には支障はない。ただ万一の食糧危機への備えとして、国内産のお米を積極的に食べることは求められる。そうすることが、結局、自らの身を守ることになるのだろう。

他方、生活様式の見直しは求められる。生活のリストラは、今まで常識と思っていたことを切り捨て、生活を組みなおすことだ。最後に、兵庫県の昔の篤農家の話を記しておこう。

「始末はその家々で致しようがあるもの、とかく、しわんぼう(吝坊。*注)にならぬ致し方がよろし」

*注

しわんぼう(吝坊)について、広辞苑には、「しわいひと、けちん坊、しみったれ」とある。しかし、単にケチとは違う。ケチな人は日頃は始末して、必要な時には使うが、しわい人は、吝嗇で、必要な時にも使わない人を指す。広辞苑の解釈に若干疑問が残る。

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2008年5月19日 (月)

第38回神戸まつりに行く

第38回神戸まつりに行ってきた。最近は5月に開催されるため、天気は晴れ。以前は、6月に開催され雨が多く、雨の中の祭りになりがちだったから、開催日の変更は一応成功しているということになる。

内容は、例年通り、おまつり広場の物産品の販売や神戸と関係の深い地方都市の観光案内。いっぱいパンフレットを渡され、荷物が矢鱈と増えた。割れ煎餅の格安販売があり、思わず手が伸びて購入(笑)。ただ環境団体のメッセージ記入依頼には参った。流風は環境団体の活動に否定的だからだ。当たり障りのないことを記して退散。

次に、サンバストリート。神戸はブラジルとの関わりが深いし、今年は記念すべき100周年(*注)とかで、余計に盛り上がっていた。それにしても大変な人の参加者。人前で肌をあらわにして、恥ずかしくないのかな。まあ、男としては有り難いけど(笑)。多くの人がビデオやカメラを持って群がっていた。男だけでなく、女性も映したり、写していた。

その他では気になったのが、やたらとダンスの催しが多いこと。最近の若い人の激しい踊りだ。流風は品がないので、あまり好きではないが、若い人は激しい動きで、エネルギー発散になるのだろう。それはサンバも同様だ。それらは、おまつり広場ステージ、新神戸ステージ、スペースシアター、花舞台、わくわくストリートなどで見られた。どこに行っても、ダンスや踊りで、少し食傷気味。

そして神戸ジャズストリートが開催されていた。ただ3箇所に分かれて、同時に演奏されるので、ちょっと鑑賞しにくい感じ。どこか広い場所で、順番に演奏して欲しいなあ。またオープンスペースでは、演奏に無理があるかもしれない。やはり屋内がいいかもしれない。スペースシアターなんかがベストなんだけど。

またKOBE夢太鼓の催しもあったそうだが、見損ねた。大体、想像はつくけどね。太鼓を叩く姿は見たかった気もする。少し残念。おまつり広場ステージは、だれたおしゃべりで、あまり人も集まっていなかった。今後、工夫が求められる。音楽も、ほとんど知らない人たちだし、場所も、ハーバーランド辺りでやって欲しい。ワールドカフェもパターンが見えてしまって、以前ほど魅力はない。

その他の催しは、どうでもいい内容。毎年、同じことをやっているけれど、祭りにはふさわしくないものも多い。全てカットしていいものばかりだ。いろんなことをアピールしたい気持ちはわかるが、祭りに便乗する姿勢は頂けない。それに誰も真剣に見ていない。

おまつりパレードは、今年は座れるように配慮されていたが、多くの人によって既に確保されており、観覧するのはパスして、家でサンテレビ放送で実況中継を観た。この方が楽で、アップにされるので内容がよくわかる。

全体としての感想は、企画そのものがマンネリ傾向にあると感じられる。プログラム内容の練り直しや、開催場所の組み直しも求められる。祭りとは、毎年、同じことをするのが当たり前ではあるが、神戸の祭りは、日本の伝統的な祭りとは趣が異なる。その辺は、「変化」をベースにしてもいいのかなと思う。現状のままだと、来年は行くのは止めるかも。

*注

ブラジル移民船神戸出航100周年

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2008年5月18日 (日)

占いの花

マーガレットが満開だ。日本では、木春菊と呼ばれていたが、今では、わざわざそういう呼び方をする人はほとんどいない。少女達が花占いに一時期凝るのが、この花だ。一枚ずつ、「愛している→少し愛している→とっても愛している→全然愛していない」の順に言いながら、はいでいく例の奴だ。でも、最近の娘さんたち、そんなこと、しているんですかねえ。

ただ、この花は名前のイメージとは異なり、臭い。だから、室内に飾れるものではない。時期的には、夏菊というのか、白い花はそれなりに、きれいなのだが。だから、庭を華やかにさせる効果はあるかもしれない。あの嫌なにおいで、虫も寄ってこないし。だが、先日、何か虫がついているのにはびっくりした。蓼食う虫も好き好き、を地でいっているのだ。

そういうと、遠くから見ておいた方がいい花、人間でもありますね(笑)。それでも、外見に騙されて、そういう女性にお近づきになろうとする男もいる。植物の世界も人間世界も、五十歩百歩ということかな。

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2008年5月16日 (金)

ヤモリが出た

先日来、ツバメが美しい姿で飛び交っていたが、昨日、ヤモリが出た。窓にピタッとはり付いている。あの足の吸盤(実際は無数の毛。確認したわけではないが、そうらしい。でも吸盤のように見えるけどね)は独特だ。

まあ、田舎だったら、別に珍しくもないのだろうが、一応、市街地であれば、ちょっと珍しい。そういうとトカゲもうろうろしている。ただ、今年は蛇はまだ見ていない。

ヤモリは、「家守り」だから、一応歓迎。ヤモリがいると、家を守ってくれるのだ。有り難い、有り難い。本当かな。信ずる者は救われる?母は大好きだった。実際、掴んで喜んでいたよ。ヤモリには、いい迷惑。でも爬虫類大好き人間だった。

その「家守り」とは、言葉の語呂合わせで、昔の人が考えたのだろうが、環境の悪い所には、出てこないそうだから、住まい環境のバロメーターとしては、良いということになる。さて、それでは、ヤモリ出現祝いといきますか。

ベトナムには、「ヤモリ酒」というものがあるそうだけど、飲むのは普通の日本酒だよ。そんな残酷なこと、とてもできません(笑)。国が変われば、いろんな物があるもんですね。

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2008年5月10日 (土)

真紅の花、ふたつ

真紅の花が咲き誇っている。一つは芍薬。もう一つはバラ。

芍薬は、咲きそうで、なかなか咲かなかったが、やっと咲いた。枝花はカットしたのに、それでも、あまりに咲いた本数が多くて、花瓶に活けきらない。どうしたらよいものか。花の大きさが九センチほどだから、もっと整理する必要があったのかもしれない。でも、花瓶に活けると、この花は牡丹と同様、華やかだ。

もう一つのバラは、二本だけだが咲いた。そこそこに立派な花の大きさだ。女性が好きなだけあって、花瓶に活けて飾っても、確かに品がある。それに嗅いでみると、いい匂いだ。なるほどね。女性が風呂に浮かべる気持ちもわからぬでもない。そんな趣味はないが。

しかし、この花たちを飾っただけで、日頃は殺風景な部屋が、ぱっと明るくなった。花も悪くはない。癒し効果があるのだろう。

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2008年5月 5日 (月)

地方都市の回遊性

東京をはじめ都市の面白さは、いろんな観光スポットが重層的かつ多面的に存在することだろう。そういうことが、いろんな人々を惹きつける。身近な例で言えば、神戸がなぜ楽しいかと言えば、海と山が近く、文化の匂いを漂わせながら、いろんな楽しみを味わえるからだろう。

そういう意味では、神戸はイメージ戦略に成功した都市と言えよう。もちろん、その根底には、いろんな試みの積み重ねがあるからだが、その他の地域においても、回遊性の楽しさは求められる。兵庫県内の例(今回は田舎の例は除外。考え方は基本的に同じ))を挙げながら考察してみよう。

まず一点豪華主義の地域では観光に限界があることを指摘しておこう。先日、菓子博で寄った姫路は、姫路城中心主義だ。会場は姫路城の近くだし、この催しが、なぜ姫路城周辺で行われるのか理解に苦しむ。姫路城観光が目的で来た人々には迷惑なことだろう。

観光拠点を分散し、観光地の回遊性を増すべきだろう。今のままでは、観光リピーターは期待できないだろう。もちろん、姫路は姫路城があるだけまだましだと言う人もいるだろうが、いつまでも、姫路城におんぶに抱っこでは、この地方の観光の発展性には疑問を持たざるを得ない。

次に、明石には、駅の北側に明石城と明石公園があるが、姫路同様、明石城周辺だけでは限界があるだろう。駅南側には魚市場として魚の棚商店街があるが、それは明石焼きと共に観光化に成功しているが規模が小さい。この程度のスポットが、あと5,6箇所は欲しい。

小さいポイントでも、こまめに開発して、つなげて、アピールしていけば、それなりに観光地になる可能性はある。後の課題は、回遊性確保と他の地域との連携にある。自地域でどうしても観光ポイントが見つけられなければ、他地域との連携は必要だ。

芦屋のように観光地の少ない地域は、本来住宅地のため、観光化は考えていないかもしれないが、地域活性のため、他地域と連携強化して、回遊性のためのコース開発を強化した方がいいのではないだろうか。

芦屋は、住宅地中心で、観光地域としては、あまり面白くない。せいぜい、JR芦屋周辺の商業施設や文化施設ぐらいで、海側にも文化施設があるものの、その内容はイマイチだ。その他の地域と連携しているというが、回遊性の魅力があるとはいい難い。ただ、住民が観光を望まないのであれば、それはそれで仕方ない。ただ今のままでは、全体が地盤沈下を起して行くだろう。

西宮の場合も、文教地域で住宅地という面が強いが、芦屋より学校の数が多いということは、やはり、それなりに文教地域も観光の枠内に入れて、観光地化することも検討が必要だろう。

例えば、一部試みがあるようだが、旅行のコースに大学のショートセミナーが組み込まれるとか、ちょっした文化的催しが鑑賞できるとかが、もっとオープンにされてよい。大上段に構えた公開セミナーもいいが、もう少し気楽なセミナーがあっていいし、学食などを経験できれば、よりいい。さらに複数の学校施設を組み合わせれば、面白いものができ、回遊性も増すだろう。少子化時代に、大学にとってはアピールの機会にもなり、一石二鳥ではないか。

最後に兵庫県ではないが、大阪市について考えると、回遊性はあるが、基本的に猥雑性の強い街だ。都市の魅力には、確かに欠かせないのもだが、それだけが強すぎると、却って敬遠されることもある。実際、治安の悪さは、大阪スルーの原因でもある。大阪に求められるのは、見えない形で統制された猥雑性の維持だろう。

また大阪はアジア的いい加減さが魅力でもあるが、大阪的発想に籠らない事も求められる。すなわち、他の都市同様の常識が求められるのだ。それまでは、大阪の自意識を棄てられず、大阪の再生はなかなか進まない可能性もある。大阪の良質の猥雑性を維持しつつ、回遊性のバージョンアップと観光品質を高めることが大事だ。

このように考えていくと、いずれにせよ、その他の地域も、地域の個性を大事にしながら、多様な人々を呼べる仕掛けが求められる。そして、一点豪華主義を目指すことは避けてもらいたいものだ。

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2008年4月28日 (月)

茶摘の季節

京都の宇治方面では、ちょうど、この時期、茶摘がされていることだろう。最近は、一般の人も茶摘体験などできる催しもある。これは、遊びとしてやるには、楽しいかもしれないが、なんでもそうだが、仕事としてやるには、大変な労力だ。尤も、最近は、手で茶摘などはやらず、ほとんどが機械で摘むが。

それでも、売り場で、「新茶」と言われると、買いたくなる衝動は抑えられない。量の割りに結構高いが、これも旬ということなら仕方ない。新茶を味わい、改めて春を感じるのも悪くない。

新茶の工程は、茶摘→蒸す→冷却→粗揉みによる水分飛ばし→圧力も身による茶の組織つぶし→揉み込み→引き伸ばし→乾燥、となっている。とにかく、揉むということが大事なようだ。

そういうと、『閑吟集』には、新茶の工程にちなんで、若い二人の恋を詠っている。

 「新茶の若立ち 摘みつ摘まれつ 挽いつ振られつ それこそ若い時の花かよなう」

若い二人が、じゃれあっているのをからかっている。それとも、恋は若い時のもの、もうそんなことができない羨望の眼差し(笑)。二人がつねったりつねられたり、袖を引いたり引かれたり。それに昔は、茶の工程を、摘む→挽く→篩(ふる)うと表現していたので、それらを重ねて詠んでいる。言葉遊びの中に、若い人よ、おおいに恋をしなさいと、励ましている。

ちなみに、上記の場面とは異なるが、花柳界でお茶を挽くとは、芸妓が暇なことを指す。暇な芸妓がお茶を挽かされたことから出ている。仕事がないから、草むしりして来いと言われるのと同じ?

それにしても、流風の近所に、茶摘できる所はないから、連休中は、芦屋川でも散歩しながら、百貨店に寄り、少し侘しいが、つまれる女性もいないので、お菓子の試食でつまみ食いでもしてみるか。菓子博では、あまり試食できず、わずかに広島の別嬪さんが配布していた「もみじ饅頭」を頂いただけ。久しぶりにお茶請けとして食してみたが、以前のものより味が美味しくなっていた。お茶に饅頭は欠かせない。やはり行き着くところはそこか(笑)。

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2008年4月27日 (日)

花からの記憶

ボタンの花が咲き始めた。どっしりとした感のある、この花は好きな部類だろう。別に生花の心得がなくても、高さ20センチ、口径7センチばかりの壷を見つけてきて、それに挿せば、それなりのいい雰囲気を漂わせてくれる。

ボタンと間違えられるという芍薬は、まだ咲いていないが、蕾を大きくしているから、間もなく、これも咲くだろう。ちなみに「立てば芍薬、座ればボタン、歩く姿は百合の花」の内、百合の花は、ない。

というのは、父が嫌いだったからだ。それに父が百合の花が嫌いという話題になると、母は、そのことを勘ぐり詮索して、嫉妬の炎がめらめらと燃え上がったのか、父をちくちくいびっていた。母はちょっと過剰反応する傾向があった。父がよく流風にぼやいていたのを覚えている。

父は何も言い返さなかったが、ある時、父と二人になった時、「昔、ゆりさんとかという名前の女性と何かあった?」と聞くと、笑って何も答えなかった。あの雰囲気からすると、きっと、昔苦い思い出があるのだろう。

多分、母の勘は当たっているのだろう。父の浮気ということも考えられるが、ちょっと考えにくい。ただ母と出会う前に何かあったかもしれない。きっと、その女性に、強い肘鉄を食らわされたのかもしれない。また、百合の花を贈った女性に振られたのかもしれない。花言葉同様、凛とした強い女性だったのかな。理由はわからないが、そういうことで、父と母と間では、百合の花は禁句だったようだ。

それに対して、流風は、花によって、特に女性の記憶はない。近年までは、それほどにガーデニングなんかに関心はなかったし、花なんて女性が関心を持つものと思っていたからだ。まあ、バラの花を贈ったことはあるが。でも、花に対して、何らかの記憶を持つことは悪いことではないかもしれない。少々、苦い経験でも。

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2008年4月26日 (土)

姫路菓子博に行く

女、子供向けの博覧会と思っていたが、一応甘党として、姫路菓子博に行って来た。予想以上に人が多く、ちょっとした驚きだ。当日は、あいにく雨だったが、年輩者の男女中心に、若い人も割りと来ていた。平日のため、子供さんは比較的少なかったようだが、人波は途切れなかった。

この催しを、地元の人がいかに期待していたがわかる。こういった催しが多分今までなかったのだろう。こちらでの菓子博というのは、今年限りであろうが、こういう催しに期待する人々が年輩者中心に多いということかもしれない。一応、感じたことを記してみよう。

まず、全館を見るには移動距離が長いことだ。結構、歩くことになる。健康のためにはいいかもしれない。一日一万歩のノルマは軽く達成。ただ13のパビリオンがあるが、並ばないと入場できない館もあり、全てを回り切るには、かなりの時間と労力を要する。

だから、自分の見たい物を事前に計画して、行く方が効率がいい。人の流れで行ってしまうと、待ち時間で疲れるだけだ。つまり、一体何を見たいのか優先順序をはっきりさせた方がいい。

テレビでは、女性レポーターが、まず食べるコーナーに急いだ方がいいとアドバイスしていた。多分、それは提供されるものが数量限定だからだろう。この辺の感覚は、流風にはわからない。現実的な女性独特の判断の仕方のようだ。確かに、工芸菓子の展示はなくなることはないのだが。

主たる展示内容としては、似たような展示のパビリオンがあった。それは、「テーマ館」、「全国工芸菓子館“和の匠館”」と「全国工芸菓子館“和と洋のシンフォニー館”」だ。

まず、「テーマ館」は、「姫路城 白鷺の夢」などを除けば、展示内容は他の館と似たり寄ったりの展示だ。ここには、待ち時間2時間なのに、大変多くの人が並んでいたが、待った割には、マスコミで既に報道されていたためか、内容はそれほどでもないというのが印象だ。

「全国工芸菓子館“和の匠館”」は山水花鳥風月の工芸菓子があり、「全国工芸菓子館“和と洋のシンフォニー館”」は名の通り、全国の和洋の工芸菓子の展示であった。

すなわち、お菓子の工芸アートを競っている感じである。花をテーマに扱ったものが多く、ここは生花の展示会かと思ったぐらいだ。ただ、そういうものに興味がなければ、男には、あまり面白いものではないだろう。やはり女性向の館であるといえる。

あまり興味のない人は、3館の内、どれか一つを鑑賞すれば十分だろう。時間がない人は、待ち時間に2時間もかかる「テーマ館」は避け、他のパビリオンを見るだけで楽しめるだろう。「テーマ館」は残りの持ち時間があれば、最終コースにしてもいいと思う。ただ、話のネタを重視する人は、はずせないだろうけど。

また館内は撮影禁止なのに、工芸菓子の図録やポストカードなどは販売されていなかった。館内に入ることを断念した人々も、図録やポストカードがあれば、購入したかもしれない。またデジカメ持参の人々も多く、撮影を断念した人も多いことを考えれば、その辺の配慮がアピール力と共に足りない感じがする。

「日本縦断!お菓子めぐり館」は全国のお菓子が展示してある。各県のお菓子を平面的に多数陳列して並べても、そんなに楽しいものではない。似たり寄ったりのお菓子の羅列だからだ。菓子業者の自己満足に過ぎないかもしれない。また、そこでは販売はされず、出口辺りの販売所でまた並ばなければならなかった。これは少し残念だ。

もっと販売に力を入れて展示する方法を考えてもよかったのではないか。人々も百貨店の物産展のようなものを期待していたはずだ。狭い販売所に多くの人が集まり、買えなくて不満を言っている人もいた。であれば、駅から会場に行く途中の、広い通りを歩行者天国にして、そこに売り場を設定することは出来なかったのか。交通上支障があるというのなら、別の場所でもっと広い場所で販売できないものか。いずれにせよ人々の期待とのズレを感じる。

夢のスイーツカフェは人気上々のようだ。当日、中には入らなかったので様子はわからないが、多くの女性が並んでいた。もっと中間辺りの野点庭園の近く辺りでよかったのではないか。あの雰囲気の中で、全ての人が野点を味わおうとするのは、なかなか難しいものがある。中間点で少し休憩の意味と期待を込めて、そういう施設があることが望ましい。

次に、休憩所が少なく、トイレが割りと少ない。基本的に館内にはないので、並んでいる途中や館内に入って催すと大変だ。主要な物を見終わってから、食事や飲み物を取ることが望まれる。特に子供さん連れの場合は要注意。

また食事するのも少し大変だ。基本的に入り口を少し入った所と、交流の舞台の近辺にしか飲食施設はない(博物館の飲食施設はあったが)。まあ、これは開催者側が、博覧会内での食事をあまり想定していないのかもしれない。

当日は雨だったので、余計に大変だった。雨の日に立ち食いは辛い。この博覧会に行くには、天気の良い日は混みあうだろうが、トータルで見れば、博覧会会場の内外で食事するとしても、やはり晴れの日の方がよさそうだ。

また、「ふれあいステージ」で、色々な催しを期待したのだが、事前に公演時間の記載もなく、終日催しがあるわけでもなく、400席足らずの休憩所になっていたのは、違和感を感じる。よく考えると、尤も、この催しが、博覧会であり、祭りではないということに気がついた。しかし、もう少し、工夫が欲しい。

以上、かなり厳しいことを書いたが、所詮、男の眼。女性の評価は、また違うのだろう。ただ催しの内容は、バージョン・アップがまだまだ可能だろう。

*追記

菓子博の前売り券を持っている人は、入場券についている姫路城と好古園の5割引の割引券でそちらに先に行って、後から、菓子博に入場するのも一つの方法。どちらがいいかは、その人の考え方次第。

*追記

帰りに、駅近くの山陽百貨店で開催されている関連の展覧会「北大路魯山人展」(5月6日まで)を鑑賞してきた。大人600円だが、菓子博の入場券の半券があれば、半額になる。たまたま手元にあり、半額で入場できた。彼の作品は、昔どこかで見たような気がするが、今回は、割とゆっくり鑑賞できた。会場も静かであった。彼の作品に、お菓子や料理がのっており、彼の目指したものが、ちょっぴりわかったような気もした。

*平成20年5月1日追記

本日、入場者数が50万人を突破したようだ。予想をはるかに超えるペースだ。それに伴い、開催者側も、いろいろ工夫していると報道していた。確かに、こういうことは予測できない。変化対応が問われると行ってしまえば簡単だが、当事者は大変だろう。後10日間。どうなりますか。

*平成20年5月13日追記

菓子博は11日で終了したが、集客は92万人だったそうだ。なんだかんだといっても、集客は成功したようだ。県庁の所在地でもないのに、これだけ集客できたことは、ある意味凄い。地域の営業力が優れているということだろう。

また、大都市にありがちな自治会の崩壊もなく、前売り券を相当消化したのかもしれない。もちろん、催し自体が、老若男女参加できる内容だったことも見逃せない。また子供の入場料がただだったのも、気軽なレジャーになった可能性もある。

博覧会自体には興味が薄くでも、姫路城などの入場料が半額になっていたことも幸いしているかもしれない。それに半券を見せれば、市内各所の施設が半額といったこともあったようだ。

結局、わかったことは、営業企画と販売促進が、このような博覧会に有効ということであろう。博覧会の内容はイマイチでも、ビジネスは一回きりだから、採算は取れる。でも、もう少し展示内容については、マーケティングして欲しかったなあ。

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2008年4月25日 (金)

何れが菖蒲か杜若

以前のブログで、源頼政と菖蒲の前の関わりを取り上げたが、菖蒲(あやめ)が咲いている。一瞬、花菖蒲かと思ったが、時期的には、早すぎる。色々調べて見ると、どうも菖蒲らしい。ちょっと早いように思ったが、こどもの日に菖蒲湯(*注)ということを考えれば、時期は合っている。

まあ、杜若ではないのは確かだ。でも、どの花か一瞬わからなかった。植物図鑑で確かめて、やっと確信した。やはり、昔から言われてきたように、この場合も、「何れが菖蒲か杜若(かきつばた)」と言うのであろうか。

ところで、季節の変化を楽しむのはいいのだが、二宮尊徳は別の判断をしたようだ。彼は、春先の自然の変化で、秋の収穫を予測したそうだ。例年と異なる気候変化の時(夏に秋の野菜が収穫できるなど)は、不作を予想し、稗、粟などの作付けを増やすように指示し、飢饉を防いでいる。

今年も豊作であればいいのだが。結局、流風には、予測などできず、それさえも、何れが菖蒲か杜若、ということになる。

*注

菖蒲湯の菖蒲は「ショウブ」と読み、菖蒲を「アヤメ」と読むものとは異なる。ああ、ややこし。

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2008年4月 9日 (水)

春の花々

桜は、まだ満開だ。この時期、どうしても桜の花が目立つが、それ以外の花も咲いている。例えば、ラッパ水仙が咲いたと思ったら、違う所でチューリップが咲いている。そう思って、自転車でうろうろしていたら、ユキヤナギが見事な白色の花を咲かせている。本当に季節外れの雪のようだ。

アオキの花も、小さい花をつけている。普段は葉が大きいのが目立つが、さすがに、この時期は、花をつけていることがわかる。ふと見ると、ワビスケやツゲも蕾を大きくしている。もうすぐ咲くのだろう。

ただ、季節外れの山茶花の花には、少しびっくり。見間違ったと思ったが、どうみても椿ではなく、山茶花。不思議だ。そういうと、鶯の初啼きが聞こえてくる。「梅に鶯」ではなくて、桜に鶯か。「ホーケキョ」と聞こえる。新一年生同様、どこか頼りない。慣れて、「ホーホケキョ」と啼くのはいつだろう。春は花々と共に、鳥のさえずりも賑やかだ。

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2008年3月21日 (金)

灘の酒蔵探訪

3月1日より、灘の酒蔵探訪として、毎年恒例の「灘の酒蔵スタンプラリー」が始まっている。ゴールデンウィークまで開催される。11箇所の内、3箇所のスタンプをもらって、応募すれば、抽選でホテルの宿泊券など、いろんなものが当たる。

酒造会社は、宮水の関係で、多くが、海の近くにある。宮水は、塩水と六甲山から地下に流れてくる水との境界にあるらしい。混血が美しいように、水も同じことが言えるのかもしれない。

そういう水で、できたお酒は、美味しいらしい。流風は、残念ながら、酒党ではないので、わからない。それより酒蔵の雰囲気が好きで、毎年見に行っている。それぞれの酒造会社が、甘口、辛口の特徴を競いながら、試飲させてくれる。それが目的ではないが、試飲は一応厚かましくしている。試飲だけで酔ってしまう安い酒だ。

さて、今年はいつ行こうかな。ちょっと、行きそびれている。

*追記

交通は、阪神電車が便利だ。魚崎駅から大石駅の間に、酒造会社が並んでいる。すべて歩いて行くのも可能だが、初めての方は、どこかで乗り継いで行った方がいいかもしれない。

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2008年3月19日 (水)

ミナトもの創り匠館 TEN×TEN再訪

暖かくなって、ヒイラギナンテンの小さな黄色い花が咲きかけている。それにつられて、しばらく落ちていた散歩のペースもやっと上がってきた。やはり歩くと体調がいい。やはり流風の場合、冬場の運動量の確保が毎年、課題だ。

そういうことで、久しぶりに、神戸波止場町のミナトもの創り匠館 TEN×TENに散歩がてら行って来た。いつものように、元町商店街から、マリンロードを南に行き、国道二号線を渡ればすぐだ。以前、ブログでも紹介したが、神戸の工芸作品展示を集結したような施設だ。

また、神戸の作家の作品の展示だけでなく、全国の選りすぐりの作家の作品も展示する仕組みになって、神戸だけに拘らないようにしているのがいい。各地の工芸施設は、その地域の特性が強く出るものだが、この施設は、そういう感じはしない。ある意味、東京的かもしれない。

特に3月15日から5月25日までは、「もの創り作家~春の饗宴~」と称して、50人近くの作家の力作が展示されている。今回見た限りでは、以前より作品のレベルがかなり高くなっているような感じがした。分かり易く言えば、ハイカラになっている。

もちろん、以前の作品がよくなかったという意味ではないが、今回の展示群は、どこか洗練された感じを受けた。それは裏を返せば、いろんな作家達が、この施設に強い関心を持ち始めたということかもしれない。

帰りは、フェリーの中央ターミナルの「かもめりあ」を経由して、ボートタワー、メリケンパークを散歩して、南京町方面に、取って返した。大丸の八百丑で焼き豚を買い求め、帰宅。ここの焼き豚は、いつ食べても美味しい。まんぞく、まんぞく、池波正太郎状態?あれ、何の話だっけ。TEN×TENに行ったことなんぞは忘れてしまった。もちろんTEN×TENも美味しかったよ(笑)。

*追記

神戸波止場町のミナトもの創り匠館 TEN×TEN      http://tenten.chu.jp/

TEN×TENは入り口が南側になっていて、マリンロードの突き当りを右に曲がればあるのだが、初めて元町方面から行くと少しわかりにくいかもしれない。入り口案内標識をもうすこしよく見える位置に欲しい。

TEN×TENの喫茶コーナーは、コンサートなどの催しは、利用者だけ、座って見られるのはいいのだが、それ以外のときは、どうも落ち着かない。オープンスペースにあるのだが、どうも利用しにくい。スタバ方式で、外側からも、喫茶コーナーが見えて、TEN×TEN以外の客も見込める造りにしてはどうだろうか。場所としては、入り口付近が望ましい。

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2008年3月10日 (月)

フキの花

啓蟄を過ぎると、さすがに暖かくなってきた。そして、暖かくなったと思ったら、春を告げるフキの花が咲き始めた。といっても、まだ花の芽状態。いわゆる、ふきのとうだ。これから咲こうとしているのは、雌花と思われる。

ふきのとうは、天ぷらにするそうだが、料理は、未だやったことはない。苦いそうだし、咲いている花を見ているほうがいい。でも、この苦さは、健康によいそうだ。ただ、咲いている数量が十株程度と少ないので、当面は鑑賞するだけになるだろう。それでも、一株ぐらいは、何か料理に使ってみようか。

後は、フキになるのを待つのみ。フキはアクが強いので、調理が少し手間がかかるが、甘く煮付けて、バラ寿司のネタにはいい。少し、楽しみが増えた。その時には、美味しくでたくさん食べるぞ。やはり食い意地が張っている流風でした(笑)。

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2008年2月17日 (日)

郵便がよくなった?

今年の年賀状は遅配がなかったと聞いている。流風は年賀状を出さないので、知らなかったのだが、いろんな関係者に聞くと、ここ最近、遅配があったのに、今年は正月の朝にきちんと着いていたのだという。そういうと、最近は、郵便物が、きちんと相手方に早く着く。そして、流風の方にも早く着く。

郵政民営化は、いろいろあったが、今の所、流風の目からすると、うまく行っているのかもしれない。もちろん、その一方で地方では、問題も多いと聞く。民営化は、全ての人にいいとは限らないだろう。

しかし、郵便物が早く着くことは有り難い。以前は、雨の日は配達がなかったのに、最近は、そういうことは関係なしに、早く着く。そうであれば、郵便の活用をもう一度、見直してみようかと考える日々である。

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2008年2月10日 (日)

雛祭りの町

節分が終われば、次は雛祭りだ。ただ女の節句のため、あまり関わりはない。子供の頃、近所の女の子の家に寄ると、大きな雛飾り段があった。しかし、あの人形はきれいなのだが、子供心に、どこか怖かった記憶がある。それに甘酒などを頂いたが、どうも好きな味ではなかった。

また、こんな怖い人形はない方がいいとは思いつつ、なぜ家にはないのか、不思議に思ったものだ。母から、男の子は、五月五日に、こどもの日として祝うのだから、それでいいの、と言われて、そんなものかと思ったことがある。ところが、雛祭りの三月三日は、なぜか、国民の祝日ではない。また、そのことで日頃、男女同権とうるさい女性も、特に文句はつけないないようだ。まあ、別にどちらでもいいけど。

さて、各地で、「雛祭り展」が開かれるだろう。すでにヨドコウ記念館では、開催されている(4月6日まで)ようだが、今回は、先日、「お夏清十郎」を取り上げた、清十郎の出身地の、たつの市で、「龍野ひなまつり」が3月15日より3月23日(10:00より16:00)まで催されるので、そちらの方を紹介しよう。

たつの市と言えば、脇坂藩の龍野城があり、城下町らしく、播磨の小京都と呼ばれてきた。落ち着く町だ。今がシーズンの御津町の綾部山梅林が有名だ。寒い中、甘酒などを頂いたこともある。それに龍野公園は、桜の名所としても有名だ。大体毎年4月ごろが見頃だ。桜の木がこんなにたくさんあるところも県下では少ないだろう。そして、関西では、醤油や素麺の町としても有名。また「赤とんぼ」の作詞で有名な、三木露風や哲学者三木清の出身地でもある。

さて、雛祭りが終わってから、これらの行事が、なぜ催されるかと思われる方もいらっしゃるかもしれない。しかし、これは旧雛祭りに合わせているのだ。旧暦で言えば、3月3日は、今年の西暦で4月8日なのだ。そういうことで旧雛祭りの前の催しということになる。

内容としては、城下町のたつの市の町屋に残された雛人形を、各お宅で公開される。今回で二回目だ。龍野城下町一帯の、「うすくち醤油資料館」から「霞城館」の周辺で展示されるらしい。この辺一帯は、いつ行っても、どこかほっとする空間だ。散策しながら、いろんな施設と共に、雛人形を鑑賞してみるのもいいかもしれない。

市内の「資料館めぐり共通券」(うすくち龍野醤油資料館、霞城館、たつの市立龍野歴史文化資料館)があり、大人400円。3月16日には、円光寺本堂で、先着150名のみ、「人形浄瑠璃公演」を鑑賞できる。その他の催しについては、龍野文化伝承会(0791-63-4573)へ。

それにしても、雛祭りが終われば、早くしまわないと、その家の娘が行き遅れると言われたものだが、最近は、行き遅れの娘で溢れているようだ。勿体無い。まあ、もともと女の子の躾のために言われたものだろうが、雛祭りなど、ない方がいいのかな。

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2008年1月31日 (木)

鶴が舞い降りた?

(注)

(どうも、このブログの内容は、流風が、勘違いしたのではと、指摘を受けている。鶴ではなくて、大きい鷺、すなわちダイザギではないかと。そう言われると、流風も自信はない。きれいな飛び姿は鶴と直感的に思ったが、違うのかもしれない。以下、そういうことを含めて、読み進めて下さい。)

先日、流風の実家の雪がちらつく狭い庭に、大きな鶴が舞い降りた。実は、舞い降りたのは見ていないのだが、窓を開けると、驚いて、隣家の屋根に飛び移った。鶴というのを、こんなに近くで見たのは、動物園を除いては、初めてだろう。田舎では、普通に見ることができるだろうが、この辺では、あまり見られない事と言う。大変、大きな鳥で、すこしびっくりした。鶴の方もびっくりしただろうが。

しかし、鶴がなぜやってきたのか、わからない。少し気になるのは、当日は、朝から、コンポスト(堆肥)ボックスを開けて、古いドロドロになったものを取り出し、家庭菜園の園芸の花の根っこに、肥料として、埋め込んだぐらいだ。

これは、バクテリア等で、細かくされたもので栄養豊富だ。化学肥料は嫌いで、このコンポストボックスで自然の営みの中で作られた「自然の肥料」と油粕のみ使用している。お陰で、季節になると、花々は、大輪を開いてくれる。売り物になる程度に育つ。

また、コンポストを土の中に入れておくと、元肥になるのか、野菜もよく育つようだ。腐ったサツマイモやジャガイモをそこに植えておくと、確実に成果が出たことは先日のブログに記した。この成果物は確実に、流風の胃袋に入っている。美味しかった。それに安全だし。

実は、このことは、母に教えてもらった。戦時中、学校で、野菜の栽培について学んだらしい。本来の勉強は、ほとんどせず、ここは農学校かと思うほどだったと、笑いながら、言っていた。でも、こうすれば、生ゴミは出ないし、いくらかの作物が収穫できるし、一石二鳥だ。現在の学校でも、教えた方がいいかもしれない。

話は、例の如く、脱線したが、鶴は、この自然肥料に含まれる餌(不勉強で、どういう種類の虫かわからないが、いろいろいる)を匂いか何かで、探り当てたのではないかと思う。そうでなければ、わさわざ、実家に降り立つこともないだろう。もし、そうだとすれば、鳥の嗅覚はすごいということだ。

まあ、理由は何であれ、鶴が舞い降りたことは、吉兆と捉えておこう。

*追記

この鳥は流風しか見ていないのに、結局「ダイサギ」か「アオサギ」ということになりそうです。写真を撮れなかったのが、唯一の心残り。でも、大変大きく、全身が白く、大変美しかったですよ。それに今後、見ることができるのかどうかはわからない。今度来るときは、皆がいる時に来て欲しい。

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2008年1月30日 (水)

姫路菓子博2008って何?

流風は、よく食品展(一般客も入場できるもの)などは、よく見に行く。大阪で大規模に開催されていることが多い。食い倒れの大阪らしく、日本全国だけでなく、世界から、いろんな食材が集まっていて、試食を楽しんでいる。入場料は、そこそこに取られるが、試食で腹が膨れるので、一応ペイできる(笑)。多分、今年も、ゴールデンウィークには開催されるだろう。

さて、昨日のブログで少し紹介した「姫路菓子博2008」について、最近、いろんな媒体を通じて、宣伝されている。ちょっと興味のあるテーマだ。神戸は、パンや洋菓子の街なので、少しハイカラな催しが多いが、この姫路で開催される菓子博は、日本の和菓子と洋菓子の両方を扱うようだ。

だいたい流風は、辛党ではなくて、甘党だ。ただ、摂取しすぎると、家系的には、糖尿病の危険性もある。セーブしなければならないのだが、街に出ると、ついつい甘いものに手が行ってしまう。最近は、亡き父へのお供えを口実に、買うことが多い。父があの世から心配しているかもしれない。

まあ、それはそれとして、この展示会について少し調べてみた。この「姫路菓子博2008」は、「第25回全国菓子大博覧会・兵庫」ということらしい。まあ、お菓子の国体ということか。菓子博は、1911年から、開催されているらしい。ということは、毎年開催されているわけでもなさそうだ(詳しいことは、下記* 菓子博のホームページ参照)。

今回は、期間は、2008年4月18日から5月11日までの24日間で、姫路城周辺で開催されるらしい。入場料は大人2,000円、シニア1,600円、高校生1,400円、中学生800円だ。但し、小学生以下は、大人が引率・同伴する限りにおいて、無料だ。いいなあ。

姫路というと、姫路城を中心とした、ワンストップ観光と言われるように、あらゆる施設が集中している。観光客としては、楽だけど。逆に言えば、他の場所にこれといった施設がない。どうも、これが姫路の限界かな。姫路城なくして姫路なしだ。

今回も、場所は、パピリオンが建設されるのが、シロトピア記念公園、東屋敷後公園、姫山駐車場、兵庫県立歴史博物館、姫路市立美術館になるということだ。要するに、お城を取り巻くように、パビリオンが作られるということだ。

内容としては、まず、博覧会のシンボルとして、「姫路城と大名行列」のお菓子。報道によると、もう出来上がっているようだ。兵庫県の特徴ある、いろんな菓子文化を紹介する「兵庫のお菓子館」。新聞で各地の名品が紹介されていた。

お菓子の原材料や製造工程を見ることができる「お菓子の工場」などもある。話は違うが、菓子の工場というと、確か、見学できる回転焼きの「御座候」の工場が姫路駅南側にあるらしい。パンフレットをもらったことがある。それにしても、お菓子は甘いけれど、お菓子の現場は、大変なんだろうな。

その他に、菓子の工芸作品としては、「和と洋のシンフォニー館」「和の匠館」。菓子作り教室として、製菓学校の講師による「お菓子の学校」。実演販売としては、「姫路城下町」。

また全国の有名なお菓子が集合した「日本縦断!お菓子めぐり館」もできるようだ。それに色とりどりの洋菓子が食べられる「夢のスイーツカフェ」などもあるらしい。その他の催しとしては、「野点庭園」とか「ふれあいステージ」とかあるようだ。

それにしても、どれくらい試食できるのだろう。しかし、そうは言っても、試食しすぎても健康には問題だし、困った、困った。食べ過ぎてもいい、健康にいいお菓子も出品されるのだろうか。

さて、いつ行こうかな。とりあえず連休は、はずすとしよう。

* 菓子博のホームページ

   http://www.kasihaku2008.jp/index.html

* 平成20年4月11日追記

報道によると、関係者は、交通渋滞を心配しているようだ。姫路城の観光の人々と重なるからだろう。車で行くのは、諦めた方がいいだろう。駅から歩いていくのがいいとのことだ。

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2008年1月15日 (火)

冬の赤い花

近所で、この寒空に、赤い花が目立つようになってきた。水仙が咲いている中に、目立つ花がある。山茶花と似ている椿の花だ。花は似ているけれども、椿の花の方が好きだ(*注)。美人女優をたくさん集めて広告している、どこかの化粧品会社の影響ではないよ(笑)。

女性ならご存知だろうけれど、椿の花言葉は、「理想の愛、謙遜」だそうだ。それで、例の化粧品会社はイメージとして、椿を選んだのだろうか。この企業の化粧品は、母も使っていて、椿のパンフレットをもらっていたから、相当前からですよね。

その中で、赤い椿の花言葉は、「控えめな愛、気取らない美しさ」だそうだが、そんな女性に、未だ、お目にかかったことがないなあ(笑)。だいたい、付き合う前は、そうであっても、関係を結べば、段々厚かましくなるのが女性。あっ、ちょっと言い過ぎた。全女性を敵に回したかな(笑)。

それはそれとして、椿の花を少し分けてもらって、一輪挿しにしてみたが、なかなか品があって宜しい。花の位置は、下の方が映える。もう一つは、水仙と活けてみようか。少し何か足りないなあ。実のついた千両(センリョウ)でも加えるか。

椿の花は、いずれ花が落ちるのだろうけど、これは性分だから仕方ない。そういうことで、嫌われるけれど、木自体は、結構、長寿の木だ。悪い方だけ見て、知らない人も多い。それでは、少しの間だけど、楽しませてもらおう。

*注 椿と山茶花

実際、この区別は難しい。椿も品種により、山茶花と同じ時期に咲き、山茶花も椿科だからだ。はっきりしていることは、椿は花ごと落ち、山茶花は花びらがばらばらに落ちる。山茶花が嫌いのなのは、嫌な虫がつくから。それに背が高く、それがために、美しく感じにくい。

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2008年1月 7日 (月)

遅刻した罰

学生時代、よく遅刻する者もいた。小学生の時は、遅刻の罰として、廊下に立たされ、バケツに水を入れたものを持たされた奴もいた。今では、問題になるのだろうけど、そんなことで訴える親などいなかった。そんな暇な親はいなかった。それに常に教師は正しいものと親は思っていた。

流風は、学生時代も、真面目な学生で、あまり遅刻の経験はない。会社員時代も、どんな場合でも、遅刻は避けるように行動していた。電鉄のストの場合さえ。そう、遅刻は悪と思っていたのだろう。あらゆる最悪の事態を想定して、早めに行動していたのだ。

ただし、いつも遅刻が悪いわけでもない。男女の駆け引きでは、遅刻も一つの手段であろう。相手が強く、勝つ見込みが薄ければ、宮本武蔵の心境ではないが、心理的に相手をじらすことも必要だろう。

さて、遅刻で有名なのは、奈良のお水取りの神事のことであろう。お水取りは、毎年3月2日の行事で、時期的には少し先の話だが、取り上げてみよう。何かに夢中になると、遅刻する例証とも言えるものだ。

このいわれは、インド僧、実忠和尚が、二月に神々に守護と福祐を祈る行法を始めた時のことである。全国の神々は、修業堂(二月堂)に集まった。ところが若狭の遠敷明神が漁に夢中で遅刻した。遅刻したため、その罰のお詫びの印として、十一面観音に供える水のため、若狭から水を引く約束をしたと云う。この泉が若狭井だ。

この伝説は、実際は、現実的ではない。多分、二月堂近くの湧水の出るところの探索を遠敷明神に依頼したのだろう。遠敷明神は自信たっぷりに、お任せあれ、と返事したが、なかなか見つからなくて、行法の時間に間に合わなかったのだろう。

間もなく見つかったが、それを遅刻を理由に進呈したことにしたのだろう。湧水を見つける技術は、当時すでに確立されていたと考えられる。あるいは、感応的に水を感じる人々がいたとも云われる。以前、ブログで触れたように、椿で鉱脈を見つけたのかもしれない。

見つけた湧水を、遅刻で進呈したのではなくて、行法のお陰で、湧き水が湧いたことにしたかったのだろう。実忠和尚と遠敷明神とが示し合わせたと考えるのは、穿ちすぎか。

*参考 お水取り

      http://www.kcn.ne.jp/~narayama/omizutori/top.html

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2007年12月30日 (日)

子供の遊び

最近、子供さんが外で遊んでいる姿をあまり見受けない。車の移動が激しく、遊び場がないこともあるだろうが、凶悪な犯罪が起こっていることも悪い影響を与えているのかもしれない。

流風の子供時代、一体、何をしていたか、思い出すと、一人でできる木登り、川遊びや泥んこ遊びはもちろん、いろいろな遊びがあったと思う。近所に田んぼがあったので、遊び道具には欠かなかった。それに友達や、近所の年上のお兄さんにいろいろ教えてもらったものだ。

少し人数が揃うと、かくれんぼ、鬼ごっこ、おしくら饅頭、だるまさんが転んだ、カン蹴り、三角ベース、エスけん、ハンカチ落しなどをよくやったものだ。その他にも、馬乗りみたいなものもあったような気がするが、残念ながら、呼び名がわからない遊びもある。

人数が揃わないと、雑草を加工して刀を作り、ちゃんばらごっこをしたり、ビー球、メンコ、面取り(おはじきで領地取り)、草相撲、釘刺し、忍者ごっこなどをしたものだ。市販されている道具としては、紙鉄砲とか、銀球鉄砲、水鉄砲、手裏剣、ぱちんこ、吹き矢などがあった。現代の親が見たら、どきっとして危ない道具を使った遊びも結構やっていたものだ。

しかし、全ての道具は、使い方次第で、世の中に役に立ったり、害を与えたりする。お兄さんや友達から使い方を教わり、間違った使い方をすれば、怒られたものだ。子供は、そういうプロセスを通じて、何がよくて悪いのか学んでいたような気がする。また社会の秩序みたいなものも、身体で経験するのは、学校教育とは異なるいい教育機会だ。

子供時代に、そういう機会を持つことが、現代でも大切と思う。最近の子供たちは、何が正しくて、悪いのか、わからない者も多いようである。そして違った年代の子供たちが遊ぶということは大切なのだが、そういう機会を与えられていないのは残念というしかない。

さて、来年のお正月には、どんな遊びを子供たちはするのだろうか。そういう機会は与えられるのだろうか。流風は、正月には、久しぶりに凧揚げとかしてみますか。近くに場所がないなあ。少し、遠征するか。

*追記

本年も、拙ブログをお読み頂き有難うございました。一応、本日を今年の最終投稿とします。来年は、1月3日、開始予定です。それでは、皆様、よいお年を!

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2007年12月12日 (水)

在日外国人向け放送 FM COCOLO

関西には、外国人向け放送 FM COCOLOがある。あの阪神・淡路大震災が起こった時、在日外国人の方々が、右往左往して、どのような対応をすればいいのか、わからなかった。そのことを踏まえて、各種情報を、それぞれの言語で提供できるように、1995年に開設された。もちろん、日本人が聞いても面白い内容だ。

最近の海外の音楽は、米国音楽に席巻されて、昔ほど、いろんな国々の最近の曲をラジオから流れなくなった。子供の頃は、色々な国の音楽が流れていたのに。確かに昔の懐かしの洋曲は、最近、いろんな放送局が扱うようになったが、新曲はほとんど、FMも含めて、大半が米国の音楽だ。

ところが、このFM COCOLOは、様々な国の音楽が流れる。先日も、ショッピングセンターで休んでいると、高齢のお婆さんがラジオをイヤホンで、楽しそうに聞いておられる。何を聞かれているのですかと尋ねると、FM COCOLOだった。

へぇー、お婆さんも聞くのだと少し感心していると、この放送局はいろんな国の曲が流れるので、楽しいとのことだった。各国の曲は、曲調も独特で、異国を連想させて面白い。しかし、意外なところにファンがいるもんだと少し驚いた。まあ、最近の米国の曲は、若者には受け入れられても、高齢者にはちと無理なので、頷ける話だけれど。

確かに、言語はわからないから、詞の内容は理解できないが、音楽から、何となくその国の雰囲気はわかる。音楽は国境を越えるとは言うが、まさにこのことを指すのだろう。それは、米国の英語の曲も意味はほとんど理解していないのだし、同じことだ。

ただ、広域放送とはいえ、少し離れると、聞こえない所も多い。でも、ホームページも楽しいので、聞くことが不可能な方は、下記のホームページで雰囲気を味わってください。

*外国人向け放送 FM COCOLOのホームページ

http://www.cocolo.co.jp/index.html

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2007年11月27日 (火)

寄付を集める行為を考える

毎年、年末になると、寄付の依頼が各所から来る。基本的に、何に使用されているか不明な場合が多いので、少額であっても、あまり気持ちのよいものではない。付き合いの範囲で、止むを得ないものもあるが、適正に寄付が使われているとも聞かない。

使う目的が明確であれば、寄付もしやすいが、それであっても、寄付を受ける側の考え方一つで、寄付を拒みたくなる場合もある。例えば、交通事故の遺児に対する寄付などでも、本当に向学心のある人なら、自分で働きながら学ぼうとするだろう。そういうことをしないで、寄付にのみ頼る人も最近の若い人は多いという。

もちろん、そういう状態になったことは、同情に値するが、運命は自分自身で切り開くしかない。そういう姿を見れば、逆に寄付したくなるものだ。駅周辺に立って、大きな声で寄付を依頼する姿は、一面、評価できるが、反面、そんなことする暇があるのなら、アルバイトをしたらどうだと言いたい。

そして、その中で、本当に向学心のある人なら、自然と支援しようとする人々は現れるものである。それが世の中だ。若い時から、寄付に甘えるような考えは、持たないで欲しい。そして、そういった寄付を食い物にする諸団体の胡散臭さも、もう少し何とかならないものか。

*追記

本題とは、若干ずれるが、あの安田善次郎は、小心者の朝日平吾に金の無心をされ、それを断り、刺されて死んでいる。当時、社会は失業者が溢れ、社会不安で覆われていた。安田はたしかにえげつない仕事をして、財閥を築き上げるが、必要と感じた慈善事業には匿名で寄付をやっている。それは桁違いの寄付であった。朝日は、そういうことは知らず、ただあくどい人間で、少額の寄付さえ断る悪人だと判断したのだろう。大物と小物では、ものの見方が大きく異なる。そういった悲劇だ。そう考えると、寄付などない社会が一番望ましい。

まあ、流風が寄付するのは、1年で貯めた1円預金だから、大勢に影響はないけれど(笑)。今年は、いくら貯まったかな。歳末助け合いに寄付するとするか。

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2007年11月21日 (水)

商店街による買い物バスの運行

昔は、家の近所まで、八百屋や豆腐屋が、御用聞きに来たものだけど、最近は、そういうことも少ない。高齢者にとって、買い物は、楽しいことだろうけれど、体調の悪い時は辛いことであろう。

買い物バスは、時々、聞くことがあるが、このたび、神戸市の岡本商店街は、「お買い物バス」を試験的に1ヶ月運行(11月24日から12月25日まで)するそうだ。周辺住民に高齢者が多いことなどから、対策を考えたのかもしれない。一定のコースを循環する。お買い物ループパスと言えるかもしれない。

確かに、高齢者の行動パターンは、ほぼ決まっており、買い物も行きつけが多いだろう。そうなると、このような買い物バスは有効かもしれない。商店街としては、商圏拡大の意味もあるだろう。店で、待っているだけでは、なかなかビジネス拡大が難しい。御用聞きとは違う顧客へのアプローチということだろう。

料金は大人200円で、商店街加盟店で買い物をすれば、100円引きになるという。ということは、1回の買い物で、実質負担は100円。うまく行けば、路線バスに路線開設を働きかけるそうだ。

問題は、運行時間だろう。行動パターンを研究して、運行時間を設定する必要がある。田舎の女性の場合、集団で行動する特性があるが、都会の女性の場合は、どうだろうか。その辺は研究の余地がある。

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2007年11月16日 (金)

車椅子乗車可能バスは必要か

地域により、状況は異なるだろうが、最近のバスは、車椅子で乗車できるように改造できるようになっているものが多い。それは身体の不自由な方に配慮して、望ましいことだとは思うが、そういった方々の利用はほとんど見られない。ごくたまに利用する方を見受けるが、遠慮しながら乗車しておられる。

全体的に見るとロスが感じられる。このようにバスを改造すると、総座席数が激減する。そのため、高齢者が度々立っておられるのを見受ける。以前のバスだと、座れたのに、このようなバスだと座れないという不満もよく聞く。

一方、障害者の方々は、バスに乗るのは億劫だから、福祉タクシーを利用しているとの事。それなら、思い切って、福祉タクシーの充実をして、支援をしてはどうか。これから、高齢者は増加する。バスの利用者も増えるだろう。席数が少なくなるのは、時間帯によっては問題になるだろう。

障害者に優しい社会は望ましいが、あまりにも画一的な行政の対応は、どこかおかしい。地域それぞれにおいて、もっと柔軟な方策が望まれる。どこか対策変更が求められるような気がする。そのためには、役所の方々の頭を柔らかくする必要があるかもしれない。何、それは簡単なことだ。現場に出て、状況を定期的に確認し、地域住民の声を聞くだけで、それなりの対応は可能だ。

*追記

以前、ビジネスホテルで、障害者対応設備の不備を挙げて攻撃されていたが、法律を守らなかった、かの企業に問題があるにしても、現実的ではない。法律の運用は、もっと現実を見据えて、柔軟に適用すべきだろう。

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2007年11月15日 (木)

押したらコーヒーがジュース

みかんの缶詰をあけたら、中身はびわだった、という報道があった。生産は中国でやっているようで、初歩的ミスのようである。回収するそうだが、回収コストは大変だろうな。

これに似た経験としては、自動販売機で、コーヒー缶のボタンを押しているのに、ジュース缶が出てきたことがある。それも、その自動販売機では売っていない物だった。

もう一つは、若い頃だが、品種は合っているのだが、次から次へと商品が出てきて困ったことがある。確か、4,5本は出てきたと思う。いつも、このようだったら嬉しいのだが、翌日行ったら、正常に機能していて少しがっかりしたこともある(笑)。

最近は、後者の例はないだろうが、前者の例はありそうである。何と言っても、補充するのは人間である限り、間違いは起こりうる。でも、こういう間違いは、少し嫌なものだ。しかし、近頃は、自動販売機で、モノを購入することが少なくなり、こういった経験をすることもなくなった。

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2007年11月11日 (日)

ループバス

ちょっとした観光地では、よくループバスが見られる。ミニバスで有名な観光地を回る例のやつだ。休日運行が多く、少し狭苦しい車内に多くの人が閉じ込められているように見えるが、結構楽しそうである。一般に同一地域内の運行が多いようだが、芦屋・西宮と若干地域を拡張して、ループパスが始まっている。今回は、阪急バスと阪神バスの合同企画のようだ。

11月3日から運行しているようで、『もだんループバス』と言うようだ。芦屋・西宮の美術館と酒蔵の2コースがあり、一日乗り放題で大人500円、小人250円だ。来年の2月24日まで、土・日・祝日に運行される。

これは、例の阪急・阪神の統合が影響しているようだ。阪神間は、東西の交通は便利だが、南北の交通が不便だと言われてきた。阪急、阪神は、それぞれ縄張りがあり、観光者にとっては不便で、南北の交通は、バスかタクシーを利用するしかないのだが、バスだと目的地に遠かったりして、結構疲れる。それがこのループバスで若干解消されるかもしれない。

ただ、流風にとっては、美術館のはしごはあまりしないので、利用の可能性は少ない。まあ美術館に別に入らなくても、周辺の景色は楽しめるが。もっとも旅行者にとっては便利だろう。また酒蔵コースは、来年、年明けには利用してみようと思う。地域を越えたループバスは、意外と少なく、今後このような企画に期待したい。

*参考 『もだんループバス』各コース

●酒造コース 白鷹禄水苑→白鹿記念酒造博物館・白鹿クラシックス→日本盛酒蔵通り煉瓦館→大関関寿庵→アサヒビール西宮工場

 なおアサヒビール西宮工場に入るには、事前予約制(0798-36-9595)である。

●美術館コース 西宮市大谷記念美術館→芦屋市立美術博物館→芦屋市谷崎潤一郎記念館→ヨドコウ迎賓館

●販売 阪急電車(西宮北口サービスセンター)、阪神電車(梅田・三宮・香櫨園・芦屋各駅)など。

各種特典あり。問合せ先:兵庫県阪神南県民局:06-6841-4549

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2007年10月23日 (火)

防犯灯の大切さ

小学校に上がる子供の頃、遊んでいると、母が必ず帰るように呼びに来た。見つからないと、近所のおばさんなどに聞いて、探し当て、連れて帰った。それは大体、5時か6時の間だったと思う。

小学校に上がっても、帰るのは早かった。それは夕食は家族全員で頂くのがルールだったからだ。父も、残業などはあまりせずに、早く帰ってきていた。その代わり、父は早朝、早く出て行き、仕事をこなしていたようだ。

そして両親は、子供の様子をつぶさに観察し、僅かな変化でも感じ取っているようだった。それは子供からすると、恐ろしいくらいだったが、子供心に安心感はあった。実際、両親には、いろんな場面で助けられたことも事実だ。

最近、子供に対する凶悪な犯罪が起こっているが、原因は色々あるだろう。学校が終わってからの塾通いや両親の共働き、個食などに見られる家族の崩壊、核家族化の進行による地域の崩壊、他の子供への無関心・非関与、助け合いの精神の劣化などが挙げられるかもしれない。

しかし、これらのことは一朝一夕には片がつかない。ここでは、物理的な配慮を考えてみよう。それは防犯灯だ。犯罪は、夜、暗いところで起こるといわれる。それを防ぐには、地域を明るくする努力が求められる。確かに、地域には、防犯灯は設置されているが、連続性がなく、光が弱く明るさが欠けて、なおざりになっている場合も散見される。

そういった箇所を丁寧に見直しして、再設置することが求められる。ここでのポイントで、一番いいのは、4メートル先の相手の顔が識別できるのがよいとされることだ。そして、それは均一な光を配置することによって、見えやすくなることを忘れてはならないだろう。

もちろん、設置に関しては、自治体の補助が受けられるかもしれないが、ランプ交換のためのランプ代や交換費の負担は地域で考える必要がある。しかし、そんなに高いところに設置しない限り、地域の人々が協力し合えば、ランプ代だけで済む。

皆で、少しばかりのお金を出し合っていけば、それ自体が、防犯活動になる。そのようなことで、防犯に役立つのであれば、安いものだ。もう一度防犯灯を地域で見直してはどうだろうか。

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2007年10月13日 (土)

金木犀の魔力?

金木犀が一斉に咲いている。ただ、いい匂いに誘われて、流風は大変な目に遭ってしまった。実は先日、近所を散歩していたら、金木犀の懐かしい、いい匂いがする。

その方角に歩いていくと、ある所(恥ずかしいので秘密)に、おでこを強打してしまった。その結果、数十年ぶりに、たんこぶができてしまった。血は出るはで、大騒ぎしていると、次に蜘蛛の巣に絡みつかれ、踏んだり蹴ったりである。

そういうと、金木犀の花言葉の中には、陶酔というものがあるらしくて、流風も、その匂いの罠にはまってしまったようだ。金木犀の花は、比較的好きなのに、まったく困ったものだ。

これでは好きな女性に、強い肘鉄を食らわされたようなものだ。花言葉に初恋という意味もあるらしい。ふむ、一応納得するか。初恋なんて、ずっと前の話で、はっきり覚えてないけれど、そんな肘鉄を食らわされた記憶はないのだが。

しかし、初恋ではないが、一度、恋の罠に絡み取られそうになったけど、無事脱出した思い出もある。今回は蜘蛛でよかった。後の処理が少し大変だったが。

でも、いい匂いなんだよね。だけど、あの匂いに誘われて、ふらふらついていくのはよそう(笑)。両目でしっかり前を見ましょう。反省、反省。

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2007年10月11日 (木)

見ざる、言わざる、聞かざる

若い時に、日光東照宮に行ったことがある。例の「見ざる、言わざる、聞かざる」の彫刻を見に行くのが主目的だった。しかし、当時は、この彫刻が八面あり、それが猿の人生を語っているとは知らなかった。その時は、「見ざる、言わざる、聞かざる」の彫刻だけ見て満足してしまったのだ。

また後年、この「見ざる、言わざる、聞かざる」が、子供に悪いことをさせないための教訓と知った。ということは、現代の子供は、あまりにも周囲に悪いものが揃っていることになる。そして、なかなか、「見ざる、言わざる、聞かざる」とはいかない。ある意味、現代の子供は不幸だ。

そして、更に、後でわかったことが、これが論語の顔淵第12が出典と知った。すなわち、

 礼に非ざれば、視ることなかれ

 礼に非ざれば、聴くことなかれ

 礼に非ざれば、言うことなかれ

 礼に非ざれば、動くことなかれ

すなわち、礼を守った上で、視たり、聴いたり、言ったり、動いてもよいとしている。つまり社会の秩序を保つ生活規範を守って、初めて、社会参加できるということだ。現在、しつけの問題が話題になるが、家庭教育というのは、まさにその部分と言えよう。

それにしても、人生、勉強ですな。知らないことが多すぎる。しかし、知識豊富の父でさえも、「一生をかけても真砂の砂は掬い取れない」と言っていたのを思い出す。人間にとって、知の限界はあるのだろう。いっそ、「見ざる、言わざる、聞かざる」の方が案外、幸せかもしれない。

*猿の一生

日光東照宮の説明によれば、境内の神厩舎彫刻について、次のようにある。

 一、手をかざした母猿が子猿の将来を見ている。子猿は信頼して母猿の顔を覗き込んでいる。

 二、子供の時(純粋な時)には、悪いことを「見ざる、言わざる、聞かざる」がよい。

 三、ひとり立ち直前の猿。まだ座っている。

 四、大きな志を抱いて天を仰いでいる。

 五、人生のがけっぷちに立っている仲間を励ましている。

 六、恋に悩み、物思いにふける男女の猿を描いている。

 七、結婚した二匹の猿で、「人生の荒波」が彫られ、力を合わせて乗り越えようとしている。

 八、妊娠した猿。子供も大きくなり、やがて親になっていく。

結局、子供はいずれ親の後を追うという輪廻を描いている。

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2007年10月10日 (水)

県民性ということ

地域によって、その風土の持つ特性というものがあるかもしれない。しかし、県民性となると、若干疑わしい。昔なら、確かに傾向値というものがあったかもしれない。もちろん、現在でも、地域の文化・風土を引き継いで、県民性に影響を与えているだろう。だが、その県民性で県を特徴づけることはだんだん難しくなっているのではないか。

例えば、ある調査による(*参照)と、流風の属する兵庫県は、「融通性があり、控えめで、人当たりがよい」とある。う~ん、そうかなあ。県土も広いし、その地域によって、その特性は違うだろう。はっきりしているのは、都市部と地域では、大きく異なるだろうということ。

となると、県レベルでの「県民性」というのは、あまり信用できなくなる。こういう調査は、遊びとしては面白いが、現在のように情報が行き渡った日本では、志向が同質化しやすい。世代間で、若干その受け止め方が違うかもしれないが、かつてのような明確な地域差を見つけることは段々難しくなると思われる。

*参照 ある調査とは、『県民性の日本地図』(武光誠著)

ちなみに、拙ブログのアクセスの多い県ベスト10(兵庫県はブログに挙げているので除く)を取り上げてみると、東京都「社交的で好奇心と出世欲が強い」、大阪府「陽気で実利、個性を重んじる」、千葉県「明るく楽天的で熱しやすい」、神奈川県「現実主義的で新しいもの好き」、三重県「穏和で柔軟な考えを持つ」、愛知県「保守的だが情況に敏感」、埼玉県「堅実で穏やか」、京都府「保守的だが勉強熱心で情が細やか」、福島県「頑固で探究心が旺盛」とある。

ふむ、こういう人たちがアクセスしているのか。随分といろんな層がアクセスされているようだ。傾向値は、まったくわからん(笑)ということになる。

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2007年10月 6日 (土)

祭りの日々

秋祭り本番だ。あちらこちらで祭りの声が聞かれるようになった。そういうと父は祭りが好きだった。華奢な身体なのに、若い時は、神輿を担ぐのに参加していたらしい。まあ、あの身体では、手を添えていただけだろうなとは思うけど。

子供の頃から、職人だった父親に連れられて祭りに行ったらしい。神社の境内や神輿を担いで練り歩くのを見に行っていた。父親に連れて行ってもらった娯楽は祭りだけだったようだ。そして、あちこちの祭りに連れて行ってもらうので、自然と祭りが好きになったということだ。

流風も子供の頃は、父が仕事が忙しくても、祭りだけは連れて行ってくれたのを覚えている。今から思うと、父は、子供を連れて行く口実で、実は自分が楽しんでいたのに違いない。でも、日頃はケチの父が、いろいろ買ってくれるので、それなりに満足はしていたが。

流風も、父の影響で、情報を得ると、時間が許す限り、近くの祭りには行っている。大体、男は、皆、祭りが好きだ。この時期になると血が騒ぐと言う人も多いかもしれない。

もちろん、昔は、本音として男女が知り合いになれるというものも色濃くあったようだ。そういうと納得がいく。盆踊りだってそうだろう。老若男女の集まる場というものは、昔は、そんなになかっただろう。秋の場合は、収穫を祝って、男女の実りも兼ねて、祭りを催したのだろう。

そういう色恋は別にして、流風は、今年も祭りを見に行く。あっ、近くで、鐘と太鼓の音が。ちょっくら見てくるとしますか。

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2007年8月30日 (木)

神戸市でも路上喫煙禁止

神戸市が、やっと路上喫煙禁止にするようだ。市の中心部で、路上喫煙を禁止する条例を制定するらしいのだ。

若い時、歩きながらの路上喫煙で、新調のスーツを台無しにされたことがある。あの時は、本当に腹が立った。安い給料をやりくりして買ったのに、腹が煮えくりかえった。

先日も、若い男性と中年男性が歩きながらの路上喫煙で、かなり険悪な状態だった。吸っていたのは中年男性。若い男性に少し接触したようだった。中年男性は謝ることもなく、若い男性の抗議を聞き流そうとしていた。さっと謝ればいいのに。それに、もともと吸っていなければ、ああいう事態は起こらない。

また人通りの多いところでは、歩きながらの路上喫煙は、子供にとって危険極まりない。しかし、結構、そういうことろに気が回らないのか、傍若無人に煙草を吸っているのがよく見受けられる。特に世代間格差はない。いろんな世代で見られる。もっと江戸しぐさを勉強せい、と言いたい。

神戸市は、来年5月に、サミットの環境相会議が開かれるから、やっと重い腰を上げたようだ。もっと早く実施されても良かったと思う。まあ、何はともあれ、来年4月には施行されるので、よしとするか。

*平成20年2月26日追記

今年の4月から、まず三宮~元町間を路上喫煙禁止にするらしい。過料は千円だ。旅行者の方々は気をつけてください。

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2007年8月17日 (金)

今年のお盆

お盆のため、投稿を少し休んでいました。それにこの連日の暑さ。書く気も萎えます。外に出ても大変だけど、家にいても汗がにじみ出てくる。クーラー嫌いの流風も、止む無くクーラーをつけています。いつになったら、暑さが収まるのか。

それはともかく。もちろん墓参りには行って来ました。いつものようにお墓を洗うと、お墓から蒸気が噴出しそう。ご先祖様も暑いことであろう。少しの間だけど、涼しくなったかな。花を供えて、合掌、礼拝。お墓の線香も独特の匂いだ。これはお盆の匂い。

終わって、他の家の墓などを見てみると、立派な墓も多い。しかし、無縁仏になっているのも多い。参られる墓があるうちは良いが、参られなくなると、少し無惨な感じ。

だが、立派な墓にもかかわらず、貧相な花が供えられているところもあった。バランスが悪い。お墓を造られた時は家勢があったのかもしれないが、今は逼塞されたのかもしれない。人の世は厳しい。

亡き父は、先々のことを考えて、仮に隆盛になっても、お墓は大きくするなと言っていた。そういう杞憂は必要がなかった。お父さんの忠告は否応なく守り続けますよ(笑)。

でも、供花に関しては、近所にいい花屋さんがあるので、若干値は張るが、お盆の供花は比較的立派なものにしている。これくらいの贅沢は、ご先祖様も許してくれるだろう。何と言っても、お墓が生き返ったようになり、自分の先祖に誇りをもって、参る気持ちが晴れやかになる。

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2007年7月29日 (日)

ブイブイに遭遇

梅雨が明けて、生き物も喜んでいるのか、いろんなことに出くわす。先日、ブイブイに遭遇した。ブイブイとは、こちらの方言で「カナブン」のこと。コガネムシだ。

夜帰って、部屋に入って扇風機を回すと、しばらくして、高速で飛ぶ羽音が聞かれた。まるでジェット機のようだ。ブーン、ブーンとうるさい。正体は何かと追っかけると、ブイブイだった。どこから部屋に紛れ込んだのだろう。

しばらく、追っかけっこをして、ついに疲れたのか、ベッドのところに“着陸”しているのをつかまえ、戸外に放してやった。やれやれ。しかし、あの羽音は強烈だ。子供の頃は、そんなに感じなかったが。

それから、しばらくして、自転車に乗っていると、前方から、黒い物体が飛んできた。咽喉元にぶつかり、流風も、これまでかと思ったら、自爆したブイブイが落ちていた。死んではいないようだったが、こちらが退散。

元気がいいのはいいが、避けてくれよ。これじゃ、道を譲らない若い娘さんと同じじゃないか(苦笑)。まあ、夏は楽しいこともたくさんあるだろうが、ぶいぶいいわすのもほどほどにして暴走しないでもらいたいものだ。

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2007年7月25日 (水)

ゴミの分別収集

ゴミの分別収集は各地で当たり前のように展開されている。しかし、ルールを守らない人たちは未だいる。残念なことだ。

ところが、ゴミを捨てる段になって、ゴミの分類が不明なことがある。はて、どうしたものか迷ってしまうほど現代のゴミは多様化している。

神戸市では、6分別だが、以前『ゴミと資源 ワケトンBOOK(ごみと資源の出し方ルールブック)』という小冊子(26ページ)が配布されている。迷った時は、それを見ればゴミの区分が網羅されており、判断ができるようになっている。これは非常に助かる。

神戸市以外では、そういうものがないとも聞く。確かにこういう冊子を作るには予算が必要だろうが、市民がルールを守れば、全体としては効率が上がることになる。

未実施の自治体でも是非検討してもらいたいものだ。

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2007年7月24日 (火)

梅雨明けと蝉の声

あ~あ、暑い夏が到来だ。例によって梅雨明け宣言は曖昧だが、流風的には、梅雨が明けたと見る。そして梅雨が明けたと思ったら、蝉の鳴き声が盛んになってきた。少しうるさい。暑い夏が余計に暑くなる。駄目だなあ。蝉の声を楽しまなくては、第三の声(笑)。

子供の頃は、網と虫箱を引っさげて、蝉を追い回しいたものだが、さすがに、もうその元気はない。追い回している他所の子供たちに声援を送るだけである。蝉の小便はかなわないが、蝉取りは楽しい。

子供の頃は、蝉の命の儚さも知らず、ただ取ることに夢中になったものだ。何も知らない方が幸せかもしれない。そして、蝉取りが飽きた頃に、冷たい麦茶とスイカが出てくれば、こんな幸せなことはなかった。

でも、夏は暑いのが宜しい。最近の気候の変化はは少し変だが、四季の変化は日本の特徴である以上、大事にしたい。ただ日本だけでは、どうしようもないようだが。それでも、日本なりの努力は求められる。そして個人においても。

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2007年7月20日 (金)

初体験の家庭菜園

雑草取りのお手伝いを兼ねて、使っておられない庭を少し借りて、家庭菜園の真似事を始めた。家庭菜園の魅力は何と言っても、自ら植えた苗や蒔いた種が、野菜として獲得できることにある。それに無農薬も可能だ。

確かに、雑草取りや害虫被害などはあるが、それも楽しんでしまえば、農業者のように業としていない分、気楽でもある。それでも、農業生産者のご苦労は幾分理解できるようになる。

とりあえず、ずぼらな流風にとっては、手間のかからないもので始めることにした。まず、ネギから始めた。主婦がよくやるように、買って来たネギの根元の部分を植えておくと、ネギが再生し始めた。手間いらず。また別に種も蒔いてみた。さてどうなるものか。

次に大根の種を購入して、蒔いておくと、たくさん芽が出ててきたので、適当に間引きすると、大根ができた。ただ、まともな形は少なく、意味深な変形大根ばかりだが、味は美味しい。問題はできすぎること。余って仕方がない。料理にするにしても限度がある。漬物にでもするか。

その次に小松菜。これも種を買って来て蒔くと、すぐに芽が出た。ただ食材になる時期に大量にできる。しかし、とうが立つと女性と同じで美味しくない(笑)。食べきれないので、余りものの処理に困った。結局、大半を土に返した。

その次は、トマトの苗を買ってきて植えると、どんどん成長して実がなっている。害虫の被害もなく、実ができる。これは毎日、サラダの付け合せに利用。保存がある程度きくので、捨てることもない。

さあ、次は何に挑戦しようかな。余り手間のかからないものがいいけど(笑)。とりあえず、放っておいたサツマイモと小芋から芽が出ていたので植えておいたが。さぁ、どうなることやら。

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2007年7月16日 (月)

台風が過ぎ去って・・・

大型台風が過ぎ去った。当方は幾分雨が多かったものの、大した被害もなくホッとしている。台風の被害を受けられた方々にはお見舞い申し上げる。

その一方、台風の過ぎ去った空は気持ちのよい清清しい状態になっている。自然も喜んでいるようだ。いろんな鳥が喜ぶように飛んでいる。トンボも行き交っている。

人間は自然の摂理には逆らえないのだろう。地震も台風も自然の呼吸に過ぎないのだろう。ところが、その結果、自然は人間から多くの物を奪っている(もちろん、自然から多くの恵みを頂くのだが)。

それに対して、人間は科学的に対応しようとしているが、どうも自然に見透かされているように感じる。そうかといって、何もするなとは言わないが。

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2007年7月 7日 (土)

いつまでやるか、ルミナリエ

神戸では、今年もルミナリエを開催するようである。但し、資金不足から、例年より2日間短くするようだ。それにしても、いつまでルミナリエをするのだろうか。最早、阪神淡路大震災で暗くなった市街地を明るくする目的は達している。確かに毎年の鎮魂の意味はあるかもしれないが、あんなに派手にやることもなかろう。

現在の開催の目的は、観光客を呼び込むことが主たる目的になっているように思う。それに一部の交通機関だけが異常に潤うだけである。観光によって地方が潤うのは、基本的にコンスタントに観光客が訪れる場合のみである。限られた期間に人が集中すれば、却って観光地の負担も大きい。

思い切って、ルミナリエの開催は中止すべきではないか。そういうことを言うと、鎮魂の意味では重要だという声が聞こえてきそうである。しかし、鎮魂は、別に大きな催しである必要はない。人々が静かに祈ればいいのである。むしろ商売中心思考になって、止められない発想こそ問題である。

それに現在では、阪神淡路大震災程ではないものの、各地で震災や大きな災害が起こっている。それらの地域でこそ、これらの催しは大切であろう。惰性で、本来目的を逸脱して、いつまでも、この催しを神戸で行うべきではないだろう。

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2007年7月 2日 (月)

雷雑記

子供の頃、屋外に遊びに出ていて、急に雲行きが怪しくなり、ピカッー、ゴロゴロ、ゴロゴロと雷鳴が響き渡り、逃げ惑ったことがよくある。続いて雨が降るので、雨宿りに、大きな木の下で小さくなって震えていた。

今考えると、最も危険な場所にいたことになる。大きな木は雨宿りにはなるが、雷の落下の可能性も高い。よく落ちなかったものだ。母親も金属製のものは持つなとか、傘には安心するなとは言っても、大きな木が危ないとは言わなかった記憶がある。

最近でも、この雷で災難に合っておられたのは非常に残念である。しかし、家に雷が落ちて、焼け出された家族がいたのには驚かされた。これはどうすることもできない。

そういうと、子供の頃、家に凄い轟音と共に雷が落ちて、家族皆が死んだ思いをしたことがある。幸い、ラジオの真空管が飛んだだけで、それ以外の被害はなかった。

あの時、母や兄弟は小さくなって驚愕の様子だったと思うが、父だけは落ち着いて、雷が落ち着いてから、真空管の焼けたものを取り出して、明日にでも新しいのを取り寄せて修理すると言っていたのには、少し尊敬の念を持ったものだ。日頃、雷親父だったから、雷に驚かなかったのだろうか。そういうと、最近は、雷親爺なんていうのは死語に近いかな。

また農家にとっては、雷は豊作を占うものとして、大事にしたようだ。農家は、晴ればっかりでも困る。適切な雨も必要だ。梅雨時は雨は降っても、梅雨が明けると、雨も思うように降らない。それでは、作物が育たない。狂言でも、『雷(神鳴)』では、藪医者が雷の腰痛をハリで治して、そのお礼に雷に五穀豊穣を頼むという話がある。

現代では、都会では、雷は災害の原因と思われることも、当時は、それほどに人間と雷の付き合いは深かったようだ。

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2007年6月19日 (火)

須磨離宮公園の賑わい

須磨離宮公園が報道によると、例年より賑わっているらしい。昨年より30%程度、入園者が増えている。それにホームページへのアクセス数も急増しているようだ。

どうも今年テレビ放映された『華麗なる一族』が影響しているらしい。公園内にモデルとなった財閥(旧神戸銀行などを経営した岡崎家)の邸宅が、この公園の場所にあったからだ。

公園自体は喜ばしいことだろうが、流風は、ちょっと困ったぞ。例年、春から秋にかけて、一種隠れ屋的にこの公園を利用していたからだ。そんなに観光客は多くなく、広々としており、ゆっくりした時を過ごせるからだ。ボォーとできる空間なのだ。

休日の利用も、お弁当を持って、親子連れのピクニックの隠れファンも多い。でも観光客が増えれば、場所の確保も難しくなるかもしれない。有名になることはいいことだけど、一面では逆のこともある。

まあ、でも、今までは観光客が少なすぎたか。観光客を避けるには、平日利用という手もある。だが、流風は別の隠れ屋的空間も、そろそろ探すことにしよう。

* 須磨離宮公園

   http://www.kobe-park.or.jp/rikyu/index.html

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2007年5月25日 (金)

リニューアルした兵庫県立歴史博物館

ラジオで、兵庫県立歴史博物館が4月20日にリニューアルをしたと聞いたので、やっと時間を見つけて行ってきた。かれこれ十数年ぶりのことである。前の印象は、お城に関する展示と、ビデオ鑑賞ルームの印象が強かった。

今回、行って見て、少し驚いた。展示にかなり工夫がされており、面白いのだ。いろんな客層を想定して作ったようだ。カップルでも、親子連れでも楽しめそうだ。もちろん、一人でもそれなりに(笑)。じっくり見ていけば、かなり誰でも楽しめる。解説資料も無料配布しており、それだけでも内容が充実している。それに観覧料金も安いし(大人200円)。

6月3日までは、ひょうご文化ルネサンス「わくワークフェスティバル」として、伝統的な和文化のイベントを行っている。大半はゴールデンウィークに終了しているようなので、残念。まあ、それはなくても、十分楽しめる。

*  兵庫県立歴史博物館

場所は姫路城の東側で、姫路駅から、バスで、博物館前下車。ここを鑑賞してから、歩いて姫路城に行くと、より姫路城のことが理解できそうである。詳しいことは、下記のホームページで。

     http://www.hyogo-c.ed.jp/~rekihaku-bo/

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2007年5月18日 (金)

バラが咲いた

バラが近所に少し前から咲き始めている。真っ赤なバラが多い。バラについては以前も触れた(1月27日付「猪とバラ」)のだが、ここでも少し触れてみようと思う。昔、そういう歌(『バラが咲いた』作詞・作曲、浜口庫之助、歌、マイク真木)もあった。子供の頃、よく歌ったものだ。

このバラ、女性は大好きだ。大体、花の好きな女性は、バラを好む。プレゼントすると、世代を問わず、それぞれ満面の笑みだ。残念ながら、その理由は知らない。まあ、美しいが棘があるのが、女性本人と似ていると皮肉る人もいるが。そんなことは気にせず、流風は、喜ばれるからプレゼントするだけだ。

バラを一度栽培してみたいが、今の住まいでは難しい。鉢植えでは、なかなか難しい感じがするからだ。でも、歌の通りだとすれば、バラが咲くと、周囲が明るくなりそうだ。一度試してみようか。歌詞の本来の意味は喩えで、直接的には、そういうことではないようだけど。

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2007年5月 1日 (火)

今年の神戸まつり

今から言うのも変だけど、ゴールデン・ウイークが終わると、“神戸まつり”が始まる。今年は、2007年5月11日から20日までだが、中心となる全体の祭りは12日~13日で、メイン行事は12日に催される。

“神戸まつり”というと、日本の祭りの感覚から行くと、バタ臭い。歴史的な国際的な港町であるため、異人館や海外的な街並みがあったり、また海外の人々も多く住んでいるからだろう。だから、祭りというより、街の中でする大人と子供の国際色豊かな“学芸会”という感すらある。

流風は、毎年、ちらちら見に行っているが、どういうわけか、当日は雨が多い。毎年、日程を変えるのであるが、雨にやられる(ちなみに昨年は晴れだった)。この時期は、気温も上昇しており、さほど苦痛ではないが、やはり祭りは晴れてほしいものである。今年の天気はどうだろうか。

そうは思いつつ、いずれにせよ、今年も出かけることであろう。ある程度パターンしているが、懲りずに行っている。今年は、連休中は、あまり出かけずに、祭りに期待しよう。

*5月13日追記

神戸まつりのメインの祭りを昨日見てきた。お陰様で天気はよかった。ただこの時期の祭りは限界がある。少し涼しくて、春の暑さが感じられない。熱気に欠けるのだ。かつて6月の初旬や中旬にしていたものをここまで早くするとカンが狂う。

しかしながら、観客もそこそこに集まっていたと思う。ただパレードは例年ほどには盛り上がっていなかったと思う。何か熱気が足りない。やはり連休明けの開催には無理があるのかもしれない。

分散型の催しは、例年通り、それぞれに面白い。サンバストリートの熱狂は少しあきれるが、男性の観客中心に多くの人々を集めている。踊りの参加者も例年より多いと思う。日本はラテンのリズムが好きなのかな。昔なら、少し恥ずかしくてできなかった人々も多いと思うのだが、時代の隔世を感じる。まあ、盆踊りがサンバに転換したというべきか。

こう言いながら、来年も見に行くんだろうな(笑)。結構あちこち歩くことになるので、健康にもいいので。

*5月13日追記

ちなみに5月12日のメインの催しに、観客動員数が約93万人との事だが、どのようにして調査したのだろう。流風の歩いた感じでは、昨年と変わらないと思う。そんなに混んでいなかったし。連休中の神戸も観光客は少なかったと感じたが、新聞報道では、昨年より多かったと発表されている。どうもおかしい。

*5月13日更に追記

本日も神戸市内をうろうろ。今日は神戸まつりのメイン行事がほとんどないのに、人々が多い。昨日以上だろう。祭りを期待しての来神者も多いのではないか。それとも、祭りのピークをはずしたのか。どちらかわからないが、通りは人で溢れている。ただ北野方面は、それほどでもない。いつもの休日と同じ程度。ここでも「地域格差」があるようだ。

*今年の神戸まつりのホームページ

  2008年の神戸まつりは、5月17日・18日。メイン行事は18日だ。

  http://www.kobe-matsuri.com/

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2007年3月10日 (土)

神戸ゆかりの美術館、もうすぐオープン

神戸に、もう一つの美術館が3月にオープンする。それは神戸市の持つ美術品の再整備に伴うもので、まったく新しい美術館をオープンするわけではない。テーマを持たせて、コンセプトを明確にするのだろう。

ファッション美術館の一部のスペースを借りて?、違った美術館にするようだ。すなわち、新しい切り口で、散らばっている美術品をまとめて展示するのだ。それが3月23日にオープンする『神戸ゆかりの美術館』である。

展示内容としては、神戸で大きな足跡を残された芸術家や、現在も活躍中の芸術家の作品を展示で、主として神戸市が所蔵するものらしい。

神戸市立博物館や小磯記念美術館の所蔵品を展示・紹介する。ただ、この展示は一時的で、他のところに美術館を再生利用する計画もあるようだ。

作家の顔ぶれは、はっきりわからないが、少し調べたところ、予想される芸術家・画家は次の通りだろうか。過去の記録から、3分の2ぐらいの日本の作家は予測できるが、後がどうもわからない。そのほかにフランスの画家の作品も展示されるかもしれない。

    新井完、伊藤継郎、今井朝路、猪熊弦一郎、上田清一、牛島憲之、

    角野判治郎、川西英、金山平三、鴨居玲、川端謹次、聴濤襄治、

    小磯良平、小松益喜、鈴木誠、関口俊吾、竹中郁、田中忠雄、

    田村孝之介、知念正文、中島節子、中西勝、西村功、西村元三朗

    林重義、藤島武二、古屋新、別車博資、桝井一夫、三木朋太郎、

    宮地孝、宮脇成之、元川嘉津美、山田千秋など。

確かに、美術館も、いろんな美術や工芸品を集めて、コンセプトが不明確な個性のないものになりつつある。美術品を無計画に集めすぎて、その運用もおかしくなっているのは、どの美術館にも言えるだろう。特に、公共の美術館は、「オーナーの個性」が発揮しにくい。

そういう意味では、このように、何らかの切り口(作者の時代背景ごとなどや作風)で整理するのも、いいかもしれない。ただ、定期的に切り口を変えていくと、鑑賞者は楽しいが、当事者は、その移動に大変かもしれない。

まあ、これも顧客サービスとして見れば当然かもしれないが。ただ、余程の覚悟がないと、人集めには苦労するかもしれない。先程、挙げた芸術家・画家達は、若い人には馴染みの少ない人たちも多いからだ。運営・企画担当者の頑張りに期待したい。

* 神戸ゆかりの美術館

    場所: 神戸ファッション美術館  1階

    料金: 一般200円、高校生以下100円、65歳以上100円

         ファッション美術館に入館されると、無料で入館。

    開館時間: 午前10時~午後6時

    休館日: 毎週水曜日、年末年始

* 開館記念展: 期間:3月23日~6月24日

   金山平三、小磯良平、田村孝之介など51人の絵画・彫塑作品を展示。

* 追記

なお、予想した上記芸術家・画家は、あくまで流風の推定です。展示芸術家・画家は、オープン後、ご確認ください。 

* 追記

オープンしたので、行かれた方も多いと思いますが、展示作家の内容を記しておきます。予測から外れた作家は次の通り。

新井完、今井朝路、猪熊弦一郎、牛島憲之、聴濤襄治、鈴木誠、知念正文、中島節子、藤島武二、宮地孝、宮脇成之、山田千秋

また予測外の作家は次の通り。

前田吉彦、亀高文子、伊藤慶之助、大森啓助、江田誠郎、小出卓二、坂本益夫、伊川寛、大垣泰治郎、佐野小太郎、柳原義達、松岡寛一、阪倉宣暢、山本萬司、梅宮馨四郎、品川祐治郎、菅原洸人、元永定正、川西祐三郎、貝原六一、角卓、石阪春生、高崎研一郎、田中徳喜、長尾和、関拓司、南和好、新谷琇紀、徳永卓磨

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2007年3月 7日 (水)

柿本人麻呂と神社

明石にある柿本人麻呂神社(注記参照)に先日、所用も兼ねて、初めて行って来た。ちょうど明石天文台の真裏の北にある。今まで、明石天文台は、息抜きとして、プラネタリウムを見に、ちょくちょく行くので、近くまで行くのだが、神社には、あまり興味がなかったので初めての訪問になる。

柿本人麻呂については、なかなか専門家でも、不明な点が多いようである。ある意味、謎の人物である。わかっていることは、奈良時代に、持統天皇、文武天皇に仕え、和歌の道に勝れていたということだろう。

出生などは不明のままで、明らかになっていない。後世、「歌聖」とか「歌仙(うたひじり)」として高く評価されている。それに万葉集に残している歌の数が中途半端ではない。

また、日本の学者だけでなく、韓国の学者も強く関心を示している歌人でもある。そこには、彼が渡来人で、古代韓国語もよく理解していたのではないかという仮説がある。確かに、渡来人であるとか、捨て子で渡来人に育てられたとか、色々説はあるようだ。だが事実は不明だ。

はっきりしているのは、彼の作品から、彼が、額田王同様バイリンガルであった可能性は高い(ただ、額田王の場合は、親が鏡の製作者というところから渡来人の二世と推定される)ということだろう。

そういうことを言うのは、万葉集が、日本語的解釈では明らかに限界があるからだ。現代語解釈だと、どう考えてもおかしいものが多すぎる。流風が考えるに、当時は、ひらがなが発生しつつある中途であり、いろんな言葉が混在しているのだと思う。

現代の日本語からすれば、万葉集は言葉の体系が複雑であったと言える。その結果、彼の歌は、表面的な日本的な解釈と、古代韓国語での解釈では、全く意味の異なると考えるのは頷ける。

それに彼は文化的教養は高いのに、身分は低く、難しい立場にあったようで、その鬱憤を建前を日本語で、本音を古代朝鮮語で表現して、憂さを晴らしている可能性は高いと言えるだろう。それは日本に留学している人々が、日本人には、わからないだろうから、母国語で、日本の悪口を言うようなものである。

さて、そのことはさて置き、柿本人麻呂神社は他の地区にもあるようであるが、明石の柿本人麻呂神社が有名であろう。仁和3年(887年)、月照寺の僧、覚証が、柿本人麻呂の霊感をこの地に感じ取り、寺の裏に人麻呂を祀る祠を建てたようだ。

後、元和3年(1617年)、小笠原忠真が、明石城を築城する際、現在地に移転させ、元和6年、小笠原忠政が、人麻呂公を歌聖として尊崇され、お祀りした。享保8年(1723年)に、正一位の神階と「柿本大明神」の神号を宣下されたという。

御神徳は、祭神が柿本人麻呂のため、和歌の神、学問の神とされる。平安末期には、人丸影供(ひとまるえいぐ)として、歌会に際して、まず人麻呂像をかかげて、お供えする儀式が行われたようだ。

また「人丸→火止まる」というところから、火除けの神様でもある。さらに、「人丸→懐妊(ひどまり)」ということから、安産の神でもある。さらにさらに、人麻呂は愛妻家だったため、夫婦和合の神としても、祀られている。

後世の期待は、いろんな面のある人麻呂だが、この神社から、人麻呂の時代を感じてみるのも悪くないと思う。彼は、この近くで何を感じ取ったのだろう。

*注記 柿本人麻呂神社

交通は、JR明石駅を下車し、北側の線路伝いに東800メートルを行って、明石天文台を目指して北に上がる。若干わかりにくい。初めての人は、山陽電車人丸駅を降りて、北に上がる方がわかりやすいかもしれない。

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2007年2月28日 (水)

須磨の安徳宮について

安徳帝を祀った安徳宮が、須磨の一の谷にある。源平の戦いで、安徳帝は、源氏に追われた平家一門に奉じられ、西走の途中、一の谷に内裏を置かれたと云われている。

その後、安徳帝は、下関の壇ノ浦にて、祖母二位の尼(平清盛の妻で、建礼門院の母)に抱かれ、8歳で海中に身を投じられた。二位の尼は、安徳帝に、「海の下にも都があります」という言葉と共に海に鎮まれたのだ。

海の下の都とは、龍宮のことらしい。龍宮を主宰するのは龍神であり、このことから、安徳帝の守護神とされている。御祭神は真理胡弁財天で龍神である。御神徳は、福徳開運、難病平癒、子授安産、請願成就、芸能上達らしい。

また、なぜか、そばに「皇女 和宮像」がある。有栖川熾仁(たるひと)親王との婚約を無理やり破棄させられて、江戸幕府に降嫁された、あの和宮様である。公武合体論の犠牲者と言われる。ただ、有吉佐和子は、『和宮様御留』で、降嫁されたのは偽者としている。それはともかく、次の歌を残されていると云う。

          惜しまじな 国と民との 為ならば

                 身は武蔵野の 露と消ゆとも

重い物を背負わされた女性の哀しさが感じられる歌だ。その後、有栖川熾仁親王指揮の下、官軍が江戸幕府に総攻撃をかけようとしたが、和宮様は嘆願し、江戸の町を戦火から救ったという。複雑な縁である。もちろん、彼女だけでは江戸は救えなかったと思うが、働きかけの一つとして、なされた可能性はある。

それから、ずっと後、この周辺に、大正時代に活躍した鈴木商店の大番頭、金子直吉の屋敷跡があったらしい。関連企業の社宅があるそうだが、当時の屋敷の面影は跡形もない。まさに、「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を顕す」を感じさせる。ただ彼の残した関連企業が生き残っているのが救いだが。

場所は、山陽電鉄須磨浦公園下車。須磨浦公園内を、「みどりの塔」を目指して、東に歩くと、その手前に、南北の細い道路があるので、その勾配の強い坂を上がっていくと、しばらくすると突き当たるので、それを右に曲がると、すぐわかる。流風も、ふうふう言いながら上った。ちょっときついかも。

もう少し、楽をしたいのなら、「みどりの塔」を通り過ぎたところに、歩道があるので、それをつづら折の道を北にしばらく上がってくと、安徳宮らしきものが見える。但し、階段ではないので、滑らないようにする必要がある。距離は、こちらの方があるが、勾配はゆるいだろう。

なお、あのモルガンお雪が灯篭一対を奉納している。彼女は、この地が異人山と言われていた頃、何回目かの里帰りで、この東に1年ほど住んでいたらしい。信仰心の篤いモルガンお雪は安徳宮の社前に灯篭を奉納したことになっている。明治天皇のご病気快癒を願ってのことかもしれない。多分、周囲から母親を通じて奉納を依頼されたのだろう。1基に、加藤コト、モルガンユキと並べて刻み(向かって左側)、もう1基には、明治四十四年九月十日と刻まれている。

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2007年2月16日 (金)

天の恵みへの感謝 (下)

(石川理紀之助 『常訓抄』 前回からの続き。コメントは流風)

一、万事堪忍すべし。

自然を相手にすれば、なかなか人間の思惑通りには行かない。あまり結果を急がないことだ。自分の思っていることが、相手(天地人)に真に伝わるには、時間がかかる。理解の仕方は、様々だ。そして、無条件に受け入れてもらうには、自己の涵養以外にない。それにも時間がかかる。

一、難儀なることは自分になし、易きことは人にゆずるべし。

農業をやるという共同体においては、誰にでもできる成果は他人に譲り、困難な仕事はすすんで引き受ける。人の成果を横取りしても、長い目で見れば、うまくいかない。お人好しと言われようが、誰にでもできる成果は与え続ければいい。困難で嫌なことを引き受ければ、能力はアップする。そして思考が深くなる分、人間性も磨かれる。

一、予産を立てて家産を持つべし。

常に災害に備えて、備蓄が求められる。そのためには、収入以上の生活をしない。それは個人も企業も同じであろう。収入の8割で家計を回し、2割は貯蓄し、将来に備える。ただ、将来の目標が明確でないと、貯蓄は無駄になる。

一、遊芸を好むべからず。

芸事や骨董品収集などは、身を滅ぼす。往々にして、仕事を忘れてしまい、時間とお金の無駄遣いにつながる。土地を耕すという本分を忘れてしまったら、必ず天罰が下る。大体、経営者の場合でも、三代目から芸事や骨董品収集などに手を出す傾向あり。基本的には手を出さない方がいい。所詮、捨て金に過ぎない。

一、無尽を立つべからず。加入すべからず。

金銭の貸し借りは、碌なことがない。人間関係の破綻は、ここから生じる。貸さない、借りない。

一、利益ありとて家業の外事すべからず。

本業以外には手を出さない。ちょっと儲かりそうな話があると、すぐ乗りたくなる心をじっとこらえて、本業に精を出す。その方が成果が出やすい。

一、人の保証となるべからず。

決して保証人にはならない。これは親戚・兄弟であろうと同様。過去に判を押して、人生を破滅した人は数知れず。

一、大酒のむべからず。煙草のむべからず。

酒の飲みすぎは過ちを犯す。煙草は吸わない。気分転換するには別の方法を考える。

一、賭博は勿論、すべての賭け事すべからず。

博打に限らず、投資の類や宝くじなどにも、お金を使わない。法律に触れるものはもちろん、合法的なものにさえ手をださない。

一、公租は勿論、他の納むべきものは、窮するほど速かにすべし。

税金は、どんなことをしてでも、まず納める。それは日頃の心構えで決まる。国民は国家に守られていること認識すべきだ。他国の三流国民の真似をする必要はない。ただし、公務員の無駄遣いは監視すること。あまりにも組織効率の悪い仕事が多すぎる。

以上のことは、別に農業者でなくても、活かすべき教訓だろう。常に最悪を考えておけば、余裕をもって仕事や生活ができる。若い時は、教訓話を嫌がるが、結局、一番効率がよい。それには、若い人は、まず、この教訓の元になる原因・結果を事例から探り学び、自ら納得することが大事かもしれない。

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2007年2月15日 (木)

天の恵みへの感謝 (中)

(前回からの続き)

そこで、石川理紀之助が、べし・べからず集として、農業精神『常訓抄』を残しているので、記しておく。例によって、流風のコメントも付記しておく。

一、天地の御恩を忘るべからず。

自然物は天候に左右されるのは、今でも変わらない。天の恵みというのは、今でも言える。

一、みだりに生物を殺すべからず。

食べるのに必要以上に、生物(動植物)を殺すことは、感謝の心が足りないからである。食べ物を残すことも、当然、恵みに対する冒涜だ。自分の食べられる量を知ることは大切だ。

一、家内、村内殊に睦じうすべし。

農業は、お互い助け合わないと、うまくいかない。そのためには、いわゆる「談合」も必要だ。人間関係が密になれば、談合は自然発生的に起こる。今、国内で問題になっている談合は、一部の利益を独占し、世間の全体の利害と相反するからだ。行き過ぎた談合が問題になっているのだ。

一、正直と礼を正しくすべし。

きちんと仕事をすれば、必ず返って来る。過去のデータを分析し、きちんと仕事をすれば、近未来は予測できる。そして、得た情報を独占しない。そして、分を弁え、相手を尊重することで、社会がうまく回る。

一、自ら働きて人を使うべし。

率先垂範。山本五十六(*注記参照)ではないが、人に指示するだけでは、人は動かない。心、頭、体、それぞれのリーダーシップが大切だ。

*注記 山本五十六の言葉

流風は、山本五十六をあまり高く評価していないが、次の言葉は、リーダーの心得として、ぴったり当てはまる名言だと思う。

 「やってみせて、言って聞かせて、やらせてみて、褒めてやらねば、人は動かじ」

その他にも、次の言葉も残しているようだ。

 「苦しいこともあるだろう、言いたいこともあるだろう、不満なこともあるだろう、腹の立つこともあるだろう、泣きたいこともあるだろう、これらをじっとこらえていくのが、男の修業である」と。

次回に続く

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2007年2月14日 (水)

天の恵みへの感謝 (上)

明治時代は、各地に貧農が溢れていた。明治維新の混乱により、それは更に江戸末期より輪をかけていたと云われる。この時代に活躍した篤農家として、石川理紀之助がいる。彼は秋田の人である。「一日一合あれば、人ひとりを救い得る」として、本人は質素な生活をし、貧農を指導し、農業の発展に尽くしたと云う。

流風は彼のことについて、これ以上詳しくは知らないが、現代の日本人は、「頂きます」とか「ご馳走様でした」という恵みに感謝することを子供に教えない親もいるという。

流風の子供時代は、「頂きます」を言わないと食事させてもらえなかったし、食事が終わって、「ご馳走様でした」と言わない限り、席を立つことを許されなかった。

理由を聞くと、「頂きます」は、お百姓さんが一生懸命汗水たらして作られたことに感謝しなければならないし、「ご馳走様でした」は料理を作ってもらった人(この場合、母)に感謝しなければならないと説明していた。

当時、何となく「頂きます」の意味はわかったが、「ご馳走様でした」は、まずい料理でも言わなければならないのか、少し不満であった。母は料理があまり好きでなかったので、あまり美味しくなかったからだ。作ってもらえることに感謝しなければならないとわかったのは、ずっと先のことである。

でも、そういうことが家庭で教育されていない家庭があると聞くと、少し寂しい。それに加えて、かつて農業国家であった農業精神が全体的に失われつつあることに危惧を覚える。

次回に続く

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2007年2月11日 (日)

神戸ビエンナーレ

今年の秋の話で、少し先のことだが、神戸市で、10月6日から11月25日日までの51日間、『神戸ビエンナーレ2007』を初めて開催するらしい。神戸は文化創造都市を目指しているので、その一環のようだ。

ところが、この“ビエンナーレ”という言葉の響きは、嫌な連想をさせる。わかる人にはわかるだろうが、「鼻炎にな~れ」とは、何事かと怒りたくなる(笑)。やはり、こんなに暖かいと、心配になるのは、例の花粉症。今年はどうなるのだろうか。

少し脱線してしまったが、この“ビエンナーレ”という言葉は、イタリア語(biennale)で、「2年に一度」という意味らしい。最近は、2年に一度開かれる芸術展覧会を指しているようだ。それを神戸で、若干流れから遅れ気味だとは思うが、今年開催する。

内容は、現代アート、音楽、書道、美容、ファッションなど多彩なジャンルの芸術文化の展示や大道芸などのパフォーマンスをやるらしい。

さて、その中で、大道芸で知っているものといえば、流風の子供の頃は、チンドン屋が多かった。家の近所まで「開店」の知らせなどでよくやってきた。にぎやかなので、皆で追っかけた記憶がある。最近でも、時々見かけるようになった。チンドン屋は追っかけても、子供には、特にメリットはないが、時々割引のチラシを持って帰ると母が喜んでいた。

そのほかでは、パントマイムは、サーカスに学校から連れて行ってもらって初めて知った。何も言わずに、身体を動かすだけで笑いを取るので、すごいなあと思ったものである。アクロバットも、サーカスで知った。

大道芸かどうかわからないが、父によく連れられて祭りに行くと、バナナの叩き売りを時々見た。バナナをたくさん積み上げて、口上を言うのが面白かった。最近はあまり見たことがない。

また蝦蟇の油売りも面白かった。実際、血が出ているように見えるので、ちょっと怖かった記憶がある。その他、軽業師による芸もあった。南京玉簾などの芸もよく見た。

さてさて、年末の神戸に、『神戸ビエンナーレ2007』という新しい試みは、どんな楽しみが待っているのだろう。ちょっとわくわくするね。

*  『神戸ビエンナーレ2007』

     10月6日から11月25日日までの51日間。詳しいことは下記参照。

     http://www.kobe-biennale.jp/

* コンテンツ内容

  パンフレットによると、コンテンツは次のようになっている。

    ●アート・イン。コンテナ展

    ●ロボットアート展

    ●ユニバーサルデザインポスター展

    ●エイブル・アート(障害のある人たちのアート)「仲間たち」展

    ●KOBE HAIR ART COLLECTION

    ●スイーツデザイン展

         ●おもちゃ展

    ●現代陶芸展

    ●アーティスティック・フォト展

    ●浮遊するオブジェ展

    ●大道芸コンペティション

    ●招待作家展示

    ●こども絵画コンクール

    ●いけばな未来展

    ●工芸~ひとの手の不思議~

    ●日本画・洋画

    ●書作家展

    ●アートフリーマーケット アートオークション

    ●アート・ランドマーク・ステージ

    ●チャペルコンサート

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2007年2月 6日 (火)

今年の旧正月の祭り

今年の旧正月は2月18日からだ。農業が主体でなくなった日本では、旧正月が盛大に祭られることはなくなったが、私達も間接的には影響を受けている。

神戸の南京町では、中国の祭りである恒例の春節祭が中国華僑の方々中心により催される。多くの日本人が、観光客として、多くの人々が参加する。そういう意味では、この祭りは完全に日本に溶け込んでいる。

しかし、中国が日本の領土である尖閣列島付近の日本の排他的経済水域内で、海洋調査船を派遣し、資源調査をするなど、日本国民は中国に対して、非常に不愉快な思いをしている。

あんなことをやっても、中国には何のメリットももたらさないだろう。日本国民に不信感を植え付けるだけである。そして、あれは、結局、天に唾するものになるだろう。

だが、国同士ではトラブルがあっても、一般市民レベルでは、楽しく旧正月を祝いたいものである。

南京町で、18日の午前10時45分からの神事に始まり、獅子舞など色々な催しがある。18日のみ、神戸空港で、獅子舞で迎えるらしい(午後3時より30分間)。ただ18日が日曜日であるため、日程を飛ばして、23日~25日にかけて、同じく催しがなされる。皆さん、休日に合わせて商売熱心ですな。

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2007年1月31日 (水)

出た!猪より大きいもので大騒ぎ

子供の頃、男の子であれば、怪獣のゴジラとかモスラ、キングギドラに夢中になった人は多いだろう。怪獣ごっこをやったのも懐かしい。流風は、何かわざとらしいのがあまり好きになれなかったが、それでも、無関心ではいられなかった。あれを考えた当時の大人の方たちに感心する。ああいう発想はどこから出たのだろう。

さて、あの猪の牡丹鍋で有名な兵庫県の丹波で大変なことになっているらしい。それは今年になって大きく報道された日本では珍しい恐竜の化石の発見。化石が出てきたということは、原始時代の日本に恐竜がいたことがはっきりして、なかなか面白い発見だ。

丹波在住の定年退職者のお二人、村上茂氏と足立洌(きよし)氏の両氏により発掘された。お二人とも、趣味でそういうことをされたらしいのだが、偶然の発見にしては、大きい成果である。余程、前世でいいことをしていたのだろう。専門の研究者は悔しいだろうが。

ところで、この発掘結果は、しばらく騒ぎが大きくなるので伏せられていたようだ。早く公開したかっだろうな。5ヶ月も話するのを辛抱するのは、流風にはできそうにもない(笑)。

昨年8月7日に両氏が篠山層群中(丹波市山南町)に恐竜の化石を発見された。山南町が合併して丹波市になっていたのは迂闊にも知らなかった。昔の氷上郡山南町だ。旧氷上郡には、名前からして、恐竜が出てくるような感じがしないでもない。そして、その場所は、昔、水力発電所だった跡地らしい。

これから、兵庫県立人と自然の博物館の研究員と共に、さらに範囲を広げて発掘作業が行われる。仮に全ての骨が出てくれば、どでかい話である。恐竜はティタノサウルス類と推定されている。全長14メートルくらいの恐竜だ。

男と子供は、恐竜を聞くとワクワクする。ロマンを感じるのは男と子供と相場は決まっている。こういう話をすると、女性は一般的に無関心である。何でそんなものに関心を示すのかわからないと彼女等は言う。

ところが、本格的に、化石の全容が明らかになれば、便乗商法も出てくるだろう。こういう話になると、女性はすぐ飛びつく。現実的だ。まあ、それもいいけど。丹波米、黒豆、栗、猪などを利用した恐竜弁当、恐竜煎餅、恐竜餅がまず浮かぶ。

でも、そういうものを全て呑み込んでしまうような大きな出来事には違いない。さあ、これからどのように展開していくのだろうか、楽しみだ。もっと多くの恐竜の化石が出てくるだろうか。そして、丹波は恐竜の名所になるのだろうか。

*発掘の進行状況については、兵庫県立人と自然の博物館のホームページ参照

  http://www.hitohaku.jp/

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2007年1月29日 (月)

五千歩、手ぶらで

京都で粋な企画をしている。それは、もうすぐ終わってしまう催しだが、「銭湯に向かって走れ!キャンペーン」(期間:1月11日~31日)というものである。これは、指定の銭湯に予約を入れ、荷物を預け、歩数計をもらって5千歩以上、走るか歩くかすると、入浴料が無料になるらしい。

定員はあるそうだが、1時間以内に戻って、歩数計を銭湯に提出すればいいとのこと。定員がなければ、流風は、毎日2回入れる勘定になる。まあ、京都まで行くのが、玉に瑕。遠すぎる(笑)。

でも、この企画、各地方で真似して実施できる内容ではないか。神戸だったら、有馬温泉、何とかなりませんか(笑)。1時間に周辺をうろうろするわけだから、顧客は、いろんな施設に接し、地域を認知される機会も増え、それは地域を活性化することにもつながるだろう。

なお、企画は、財団法人京都府生活衛生営業指導センターという長い名前のところがやっている。お堅いところも、こういう企画するんですね。ただ、この企画、試験的なものかしらないが、期間が短すぎる。それとも、予算の枠が限られているのかねえ。

*「銭湯に向かって走れ!キャンペーン」のホームページ
   
  http://www.kyoto-seel.com/event/eve_08.html

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2007年1月24日 (水)

神戸の獅子舞

先日、獅子舞を久しぶりに鑑賞してきた。獅子舞を見るのは、実に数十年振りである。それほど長い期間見ていなかった。ただ正確には、旧正月に、南京町で催される中国の獅子舞は毎年よく見ている。

今回は、神戸市立博物館で催されたもので、熊野神社神楽保存会(神戸市北区長尾町)による「獅子舞い神楽」のその一部であった。実際は、神楽の種類として10種類あるそうだ。本神楽、剣の舞い、寝獅子、五尺踊り、猿獅子、御多福獅子、鼻の舞い、京句、天狗獅子、背継獅子。

当日、初めの部分は見ることができなかったので、どれかわからない。実際全て鑑賞したのは、「天狗獅子」で、獅子と天狗が格闘した末、獅子が天狗に負けて転んでしまうというもの。

しかし、流風の知っている獅子舞とは違い、動きが非常にゆっくりしており、まるで太極拳か京舞のようだ。あのゆっくりした動作は力が要るぞと思っていたら、獅子を舞っているのは背の高いイケメンの若い男性でした。やはり若くないとできない。イケメンでなくてもできるだろうが。

これらの舞は、大旱魃に見舞われて田植えができなくて苦しんだ農民が、雨乞いと五穀豊穣を祈願するため、わざわざ越後の国から獅子舞神楽を呼んで、熊野神社に奉納した歴史があるらしい。

最後に、見に来ていた可愛いお嬢ちゃん二人が獅子に咬んでもらっていた。あれは流風も、子供の頃、経験がある。当時は怖かったけど。咬んでもらうと、子供は丈夫に育つと云う。彼女たちも丈夫に育つでしょう。流風は、その割りに丈夫ではなかったけど。今まで生きて来れたことをよしとするか。

その後で、一人のお嬢ちゃんがご祝儀(おひねり)を渡していた。お母様の配慮でしょう。ああ、そうだった。そういうと、子供時代に町内会の獅子舞が自宅まで来て、同じように咬まれていた。母も、その後で、ご祝儀を渡していたことを覚えている。

この獅子舞も、最近は兼業農家が多くて、保存には苦労されているようです。今後も、子供たちに見せることができるようにして欲しい。大人も楽しめるし。それには、こういう発表の場を与えることが大切で、今回の催しを企画された方や市立博物館には感謝したい。

*追記

なお神戸市立博物館では、「特別展 神戸の文化財Ⅱ」が開催中である。2月17日には、北区を中心に神戸の文化財めぐりをするようだ(定員45人、参加費3,000円)

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2007年1月19日 (金)

地域図書館の方向性

流風は、定期的に図書を処分しているが、雑誌等は資源ごみに、書籍は古本屋に売却しているが、内容によっては図書館に寄贈もしている。その判断基準は、将来も必要とされるものは、古本屋に、短期的に役立つものは図書館としている。

さて、報道によると、福島県矢祭町が、『矢祭もったいない図書館』を、開設したようだ。全国から寄贈された本、約29万3千冊で運営されるそうだ。しかし、図書館に並べたのは、その内、3万6千冊だけというから、いかに予想以上に図書が集まったかを示している。

図書のようなものは、全国に声をかければ、集まるということだろう。震災の時も、多くの図書が地方に寄贈されたと聞く。個人の蔵書は、それほどに手元において価値のあるものは限られるという証左であろう。

また、その図書館も経費節減のため、剣道道場を改修したとのこと。そうすると新築の8分の1で済むそうだ。こういう発想は、全ての自治体に求められる。かつて金にあかせて、豪華な施設を作った自治体が多かったが、ほとんど利用されていない施設も多いと聞く。施設の有効活用は大切だ。

個人の蔵書を集めて、地域の図書館の充実は今後求められるかもしれない。しかし、ここで注意すべきことは、地域に密着したテーマを持つことだろう。何でも集めればいいというものでもない。あそこに行けば、「テーマ」に関する書籍があると思わせることが望ましい。そこから人的広がりが展開されることがベストだ。そういう意味では、「地域専門(テーマ)図書館」を目指して欲しい。もちろん、寄贈本だけでは限界があることを知るべきだろう。

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2007年1月15日 (月)

もうすぐ1・17

もうすぐ、あの忌まわしい震災があった1月17日。今では、阪神・淡路大震災記念日だ。そして、防災とボランティアの日でもある。そこへ、先日、あの千島沖地震が起こった。規模も大きかった。地震と聞くとぞっとする (本件は、17日にアップする予定だったが、ココログが16~17日メンテナンスなので、本日アップする)。

あの時も、余震は、相当長い期間続いた。また大きな地震が来るのでないかと、夜もおちおち眠れなかったのを思い出す。頻繁に地震の報道に接すると、日本がいかに地震国か再確認する。

危機対応システムができていない当時の政府の対応はとても大変鈍かった。中央官庁の冷たさは、神戸の財界人も含め、強く感じたことだろう。今では、ある程度仕組みも改善されていると思うが、安閑とはしておれない。

結局は、地域で助け合うしかない、という覚悟が求められる。もちろん、多くの企業や人々から支援を受けたことは有難かった。でも最終的には、お金の支援が必要だが、それだけで解決しないことは、皆確認した。

日本では、地震が起こることを前提に暮らさなければならないのは、辛いが、それは日本に生まれた以上仕方がない。それに対応しうる仕組みと心構えを持ち続けるしかない。地域との共存は利己主義に陥っていた人々に再確認させた。

そして、あの震災を機に、ボランティアが認知された。多くの若いボランティアが活躍した。また彼らも、自己を再発見する場ともなった。いろいろ問題はあったが、若者が参加した意義は大きかった。

もちろん、防災は確かに必要だが、それだけでも、どうしようもない場合もある。防災意識と共に、共に助け合う意識が日本では必要だ。そして、人々は、誰でも、自分なりに、誰かに手を差し伸べるという貢献ができることを確認した。

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2006年12月28日 (木)

どこに行こうか初詣

初詣には毎年行き先を決めている方も多いだろう。しかし、神社によって、それぞれ特徴が違う。例えば、結縁、学業成就、商売繁盛、健康長寿、開運厄除け、家内安全、交通安全、安産などだろうか。

当ブログで紹介した兵庫県下の神社では、まず高砂神社がある。ここは「結縁(けちえん)」の神と云われている。この結縁はもともと仏教用語で、辞書によれば「衆生が仏道を修業するために、まず仏法僧に因縁を結ぶこと(広辞苑)」とある。転じて、男女の縁を結ぶと考えているのだろう。でも神社で使われるのは日本的。

元日の午前零時より、祝言「高砂」の大合唱をするらしい。それから新年の福を受ける歳娘の奉仕があるらしい。祝玉開き、甘酒の接待などのほかに、干支飾り・破魔矢・絵馬の頒布をする。先着3千人に干支である亥の神盃が授与されるらしい。

もう一つの、湊川神社は、開運招福・縁結び・家内安全・厄除けの神と云われている。元日零時から初太鼓がある。午前7時から「歳旦祭」があるようだ。2日は午前9時から「初日供祭」、3日は、午前11時から「元始祭」があるようだ。

ブログでは紹介していないが、兵庫県出身で女優の藤原紀香さんとお笑いタレントの陣内智則さんが、結納を交わした(来年2月に結婚式も挙げるらしい)生田神社は、健康長寿・商売繁盛・海運・陸運の神を祀っている。大晦日の午後5時から大祓式、除夜祭がある。元日午前零時より神戸太鼓の初打ちがあり、午前6時から、「歳旦祭」がある。2日は、午前10時から「日供始祭」や「翁面掛神事」なども催されるようだ。

その他の神社でも、例年のようにいろいろな催しがあるのだろう。初詣にいかない人もいるだろうが、神社に行って、気持ちを新たにするのもいいことだと思うよ。さて、どこに行こうか。

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2006年12月27日 (水)

餅つきの思い出

先日、久しぶりに餅つきする姿を見た。消防団の方々が、近所の子供を招いてやっているようだった。餅つきといえば、杵と臼の童話を思い出すが、内容は忘れてしまった。確か、どちらが偉いかというような話だったと思うのだが。

正月を迎えるにあたり、お餅の準備をされている家庭も多いだろう。お餅は健康食であり、保存食でもある。流風家は基本的に丸餅である。でも、子供の頃は、切り餅(但し、切らない状態で、家庭で正月を過ぎてから切る)も用意されていた。

さて、子供の頃(多分小学校に上がる前)、近所で餅つきをやっていた。近所の者が総動員でやるのだ。わいわいやるので、子供としては楽しかった。杵と臼を借りてきて、近所でもち米を出し合い、皆で餅をつくのである。力持ちのおじさんが中心に、「よいしょ、よいしょ」の掛け声と共に、杵をつく。お母さん方も手水をタイミングよくやっていた。

流風も杵を持たしてもらうのだが、重くてふらふらしていたのを覚えている。周囲がハラハラしているのは感じられた。よくこんなものをもてるものだと思った。また手水をするおばさんとのタイミングが難しく苦労した記憶もある。それでも大体、後は見学が多くて、餅粉に乗せられた出来上がった熱い餅をちぎって丸くする手伝いをするのが中心。しかし、これも子供には結構熱くて大変だった。

丸餅のほかに、切り餅用の大きな餅と鏡餅を持ち帰る。餅箱に入れてしばらく保存。鏡餅は、三方に半紙を敷いて、裏白を乗せて、鏡餅の大・小を置き、その上に串柿を置いて、昆布を垂らし、橙を置く。毎年、流風の役目だった。

正月期間はずっと丸餅を頂いていた。大きい餅は、正月が過ぎてから、父が切っていたように思う。その頃には、少しカビが生えている場合もあった。鏡餅は確か15日頃に、父が鏡割りということで、金槌か何かで割っていた。これにはカビが生えており、少し気味が悪かった。大変固くなっているので、割るのに苦労しているようだった。割れたものを水につけて、ふやかせ、少し水気を取って、焼いて、ぜんざいなどにしていたようだ。

しかし、餅つきをしたのは、幼年時代だけで、それ以後は、購入していたようだ。多分、その頃から時代のスピードが変ったのだろう。最近は、更に輪をかけて、全てパックされた味気ない鏡餅が売っているが、少し風情がない。これも時代かもしれない。でも、餅つきの習慣が廃れていくのは、少し残念だ。

そんなことを思い出して、感慨にふけっていると、今年も、終わりまですぐだ。あっと言う間の一年だった。

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2006年12月21日 (木)

関帝廟に行く

阪急電車花隈駅を降りて、北に行き、モダン寺の東側の道を更に北に上がっていくと、山手幹線に出る。それを越えて、一筋目の道を西に行くと、「関帝廟」がある。

中国人華僑が商売の神様として祀っている。祀られているのは、中国三国時代の蜀の劉備に仕え、助けた武将、関羽である。信義に厚かったことで知られている。商売において、信義に厚いことは、最も求められること。日本人には、随分いい加減と思われている?彼らも、商売熱心な人は、信義が大切と考えているのだろう。

もともとは、黄檗山万福寺の末寺が大阪にあったのが、廃寺になったのを機会に、明治時代に、神戸の華僑が移築したようだ。それを1939年に、関帝と天后像をこの寺に祀ったのが始まりという。

現在あるものは、震災後、多大な被害を受け、中国人有志で建て直したもの。以前にも、戦災、火災、震災などで何回も建て直ししている。そして、そのたびに、寄付等により立派になっている。

建物は、いかにもという中国様式である。但し、建築様式は日中折衷型で、日本の建築に中国意匠や様式を取り入れているそうだ。朱塗りの山門、登竜門と云われる中門、屋根にある青色の二頭の白竜、唐獅子、大香炉などがそれである。周囲の建物とは、明らかに違っている。

本堂内には、関聖帝君像、聖観音像、天后聖母像などが安置されている。本堂内部の意匠といい、飾り天井といい、透かし彫りの意匠といい、全て中国様式である。

一応、観光スポットであろうが、南京町と比べれば、閑散としている。毎月、旧暦で1日と15日は関帝廟の縁日になっているそうだが、まだ、その日に行ったことはない。多分その日は賑わっているのだろう。

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2006年12月15日 (金)

楠公さんと徳川光圀

楠公さん入り口の前を通ると、毎日のように観光バスが停まっている。時々、前を通るのだが、ちらっと見ると、観光客の大半が高齢者である。戦前の教育を受けた人々には、懐かしいものがあるのだろう。

若い人は知らないかもしれないので、念のために記すと、「楠公さん」とは神戸「湊川神社」のことである。人々は、「楠公(なんこう)さん」と呼んで親しんでいる。延元元年(1336年)、湊川の戦いで戦死した楠木正成一族の霊を祀っている。

楠木正成の評価は戦前と戦後では分かれるが、戦前教育では、天皇に対して忠誠を貫いた武将として高く評価されていた。これに対して、足利尊氏は賊軍と言われていた。彼に対しても、戦後の評価は逆転している。こういう評価は、見方で大きく変る。それが人の世かもしれない。

本殿の西側奥に、「史跡楠木正成戦没地」の碑がある。この地は、後醍醐天皇方の楠木正成が足利尊氏と戦った湊川の戦いの中心地である。そして楠木正成が、最早これまでと思って湊川北の民家で自刃した場所でもある。

表門を入った東手前には、楠木正成の墓と、それを建立した徳川光圀公の像がある。水戸藩主であった徳川光圀は、『大日本史』を自ら編纂するなかで、南朝正統理論を展開し、後醍醐天皇を正統の天皇として認めたことから発している。そこで彼は、後醍醐天皇についた楠木正成を高く評価し、大楠公建碑の着手にかかった。

しかし、これには裏がある。徳川家の祖とされる新田氏の正当性を示すために、『大日本史』を書いたとも言われている。新田氏はもちろん後醍醐天皇についているからだ。光圀も所詮徳川家の一族に過ぎない。徳川家の正当性を主張しようとしたのかもしれない。しかし、戦国時代、多くの武将が、家系図を買取したように、本当の家系なんてものは怪しいものだ。徳川家の祖が新田氏であるかどうかはわからない。

話が少し違う方向に行ったが、話を戻そう。ただ、こういう流れは、彼だけでなく、それ以前に、他の人々も感じていたようだ。貝原益軒が京都遊学の帰りに、湊川に立ち寄り、楠木正成の墓に詣でたが、草茫々の中にあって、あまりの荒れように驚き、嘆いた。彼自身、自ら建碑を思いつくが、自分の身分では僭越と感じ、辞退している。そして、彼は光圀に伝えた可能性は高い。彼と親交があったと推定されるからだ。

また尼崎藩主の青山幸利は自領内に、大楠公の塚があると聞き、五輪塔を建立し、墓標にしている。さらに、その後、これを管理していた広厳寺の干巖はこれ以上の墓を建てられないかと思っていたところ、光圀公が、その意思ありということで、建碑の請願をしている。

そのような流れで、光圀公の建碑は実現する。元禄5年、光圀公65歳の時、臣下の佐々宗淳(ささむねきよ、介三郎)を湊川に派遣し、建碑の工事を指揮させている。なお念のために記せば、水戸光圀公は、来ていない。テレビドラマの『水戸黄門』は、多く方がご存知なように作り話で、彼は水戸藩から一歩も足を出ていない。そのかわり、彼の部下にいろいろ見聞させて報告させていた可能性はある。

碑の表には、光圀公の自筆による「嗚呼忠臣楠子之墓」の文字が記されている。墓の形式は、朱子学の墓の形式と云われる(亀の胴体から竜の首が出ているものの上に墓がある)。

なお、横にある、光圀像は、昭和30年の平櫛田中の作である。最近まで、じっくり見ることもなかったので、彼の作品とは知らなかった。

*湊川神社のホームページ

      http://www.minatogawajinja.or.jp/index2.html

   宝物殿(木曜日定休)もある。

   5月24日~26日 楠公祭

   7月12日      例祭

   交通: 阪急・阪神・山陽の各高速神戸駅下車すぐ。あるいはJR神戸駅より北へ歩いて3分。

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2006年12月11日 (月)

蕪村と神戸

俳句の方面は、かなり疎い流風だ。川柳は好きだが、俳句は、まだ関心の領域に入っていない。とは言いつつ、神戸がらみのものを少し調べてみた。今回は蕪村を取り上げてみる。

まず蕪村の名の由来は、陶淵明の『帰去来辞』(*参考参照)から取っているらしい。「蕪村」とは、荒れた村という意味らしい。その裏には、どういう意味が込められているのだろう。

さて、江戸俳諧の巨匠、俳人蕪村は、摂津国(現在の大阪市都島区)生まれだが、神戸に度々来ているようだ。彼は俳人の方が有名だが、画家としても名高い。俳画の創始者といわれる。しかし、画の方は、未だ鑑賞したことがない。いずれ機会があれば見てみたい。それでは、神戸に来て、詠んだ句を下記以下に記してみよう。

<摩耶山周辺>

               菜の花や 月は東に 日は西に

 摩耶は、当時、初午の縁日は名高かったらしい。摩耶が馬屋・厩に通ずるところから、多く人々が飼馬の無難を祈って、馬を連れて参ったらしい。その後、摩耶詣が俳句の季題に選ばれたことから、摩耶山が俳句の山として有名になった。

 摩耶山天上寺は蕪村もしばしば訪れ、宿坊で句会を開いたようです。その後、多くの俳人が句会を開くことになります。有名な、この句は境内に句碑があります。摩耶詣での帰り道に摩耶山の中腹あたりで詠んだ句とされる。その他にも詠んでいるようだ(*参考参照)が、この句が一番有名だろう。俳画の特徴がよく出ている。眼前に景色が見えそうだ。

<敏馬(みぬめ)浦周辺>

神戸に弟子がいたので、度々神戸には足を運んでいる。特に敏馬浦(敏馬神社から現在のHAT神戸辺りで、県立近代美術館のあるところぐらいだろうか)は、当時美しい浜辺であったようで、その風光を愛し、京都から兵庫に来る場合は、必ず寄っていたらしい。

残念ながら、ここで詠んだ句は確認していない。代わりに、この近くにいた弟子たちが、敏馬神社に俳句絵馬を奉納しているという。

<須磨浦周辺>

               春の海 終日(ひねもす)のたり のたりかな 

 このあまりにも有名な句は、須磨の浦で詠んだ句とされ、須磨浦公園に句碑がある。俳句に疎い流風でも、学生時代に習って知っている。「菜の花や」同様、雰囲気が手に取るようにわかるのは、嬉しい。

<須磨寺境内>

               笛の音に 波もよりくる 須磨の秋

 須磨寺に保管されている、平敦盛の「青葉の笛」にちなんだ詠んだ句である。境内の源平の庭前に句碑がある。敦盛については、以前記したので、ここでは省く。須磨寺には、時々行くが、句碑については、素通りだった(笑)。次回行った時に確認してみよう。

 神戸では、『文化創生都市づくり』として、「文化に学び、芸術に磨かれるまちづくり」を目指しているそうだ。流風はあまり大上段に構えるつもりはないが、自分が関心を持ったことを今後も記していくつもり。

*(参考) 陶淵明 『帰去来辞』

               http://www.e-t.ed.jp/edotori390124/ckkikyokk.html

*(参考) 摩耶山天上寺を紹介したホームページ

       http://www.y-morimoto.com/s_saigoku/s_saigoku22.html

*(参考) 摩耶山における他の句と云われるもの

               やどり木の 目を覚ましたる 若葉かな

               畠打の 目に離れずよ 摩耶ヶ嶽

               菜の花や 摩耶を下れば 日のくるる

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2006年12月 2日 (土)

クリスマスシーズンと神戸

今年は、クリスマスシーズンなのに、例年に比べて、そういう感じがしない。確かに、神戸でも、イルミネーションをあちらこちらで、派手にやっている(*参考参照)。でも、何か静かだ。別にクリスチャンであるわけでもないし、クリスマスプレゼントを期待した子供の頃のような特別の感慨はないにしても。暖冬のせいかもしれない。まあ、しかし、本当のクリスチャンであれば、もっと静かに祝うだろう。

そして、神戸は、例年のように、この時期に、ルミナリエが開催される。しかし、本来、ルミナリエは、クリスマスとは関係のないはずだ。営業的に、クリスマス時期と重ねているのだろう。

念のために記すと、ルミナリエは、1995年1月17日に起こった阪神・淡路大震災で、亡くなった多くの犠牲者を鎮魂するためのものである。そして、光のない被災地の人々を元気付ける催しでもあった。

しかし、それも、もう10年も経ち、生活を取り戻すと、風化しつつある。多くの支援で、震災の爪痕は、ほとんど残っていないこともある。そのようになると、特に関西以外の人々にとっては、更に他人事であろう。

あの時も、多くの各地から支援を頂いたものの、東京辺りに行くと、他人事として話す人が多かったのには、正直参ったものである。しかし、震災は、明日、日本のどこかで起こっても不思議ではない。震災は忘れた頃にやってくる。日本人であれば、しっかりと関心を持って欲しい。

その一方で、そのルミナリエ自体は、流風は、もうあんなに派手にもうやらなくてもいいのではと感じている。もっと光を落として、鎮魂する方法もあるはずだ。街もあかりは十分取り戻している。当時とは、環境にも変化が生じている。この辺の企画の変更は望まれることである。

それはそれとして、今年のテーマは、『空の魅惑』だそうである。パンフレットによると、「空を覆う雲の隙間から希望の光が差すように、神戸のまちと人を希望の光で満たす」とある。開催期間は、12月8日から12月21日まで。

*参考 神戸のクリスマス関係のイルミネーションのブログの紹介

神戸では、12月1日より3月31日まで、『KOBE ロマンチックフェア』と称して、市内のいろんな所で、ロマンチックな光の都・神戸を演出するらしい。イルミネーション関係を下記に載せておく。ルミナリエに飽きた方々、ついでに回る方々はどうぞ。いろいろな催しもあるようだ。

    http://mari.cocolog-nifty.com/mari/cat4859275/index.html

 

  

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2006年12月 1日 (金)

整備された神戸・三宮バスターミナル

ミント神戸ができて以来、三宮は活気を取り戻している。オープン時ほどではないが、雰囲気はいい。人の流れも変りつつある。更に近い将来、阪神電車東口とJRの東口の拡大がされると、更に流れが加速しそうである。

その前に、また良いこととして、11月26日から、ミント神戸1階の三宮バスターミナルを核として、既存のバス乗り場が一体的に整理され、駅前に点在していたバス路線の内、37路線が集結した。三宮バスターミナル周辺に1番から9番までの乗り場がある(*参考参照)。

既存の路線バスに加えて、有馬方面行き、シティーループ線、高速バス、ホテル送迎バスが乗り入れている。全ての路線バスを包含していないのが残念だが、それでも、以前よりはまとめられた。

今まで、バス乗り場がごちゃごちゃして、わかりにくかった。観光客に尋ねられても、よくわからないことが多かった。これが観光都市かというほど、ひどかったのが、やっと改善された。もちろん、路線に関しては、これでまだ十分ではないという意見もある。でも、全体として改善されて、観光者には朗報だろう。

神戸が初めての観光者にもわかりやすいと思う。神戸空港からも、ポートライナー三ノ宮駅を降りてすぐだから、利便性はよくなった。観光者にとって、迷うことがなくなることは、心理的不安を解消し、観光も快適になるだろう。これは顧客の利便性を優先し、各社が利害を超えて、協力したことが大きい。

それに、ミント神戸1階にある、三宮バスターミナルの雰囲気もよい。チケットカウンター、案内所、待合室、トイレがある。見に行ってきたのだが、ミント神戸自体が新しいので、気持ちよい。

待合室は、いい感じ。またホテル送迎バスの場合は待合室にいると、プラカードを持って出発の案内もしていた。トイレは、きれいだけど、ピーク時には足りないかもしれない。周辺のトイレ事情を把握しておく必要がある。

*参考 神戸市の記者発表

      http://kouhou.city.kobe.jp/information/2006/08/20060831up01.pdf

*参考 バス乗り場の概要

   1番乗り場 市バス64系統 神戸北町方面

   2番乗り場 市バス29系統 HAT神戸方面

   3番乗り場 神戸交通振興バス ポートアイランド方面

   4番乗り場 シティー・ループバス、有馬温泉行きなど

   5番乗り場 淡路島、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン方面

   6番乗り場 四国方面

   7番乗り場 長距離バス 関東、東海、山陽、山陰、九州、北近畿 

   8番乗り場 ホテル送迎バス

   9番~11番 降車専用

(以上より詳しいことは、「三宮駅周辺発着バス路線」と検索すると、より詳しいデータが得られる)

*2008年1月30日追記

  神戸のバス「乗り場インフォ三宮」が開設された。これを利用すれば、もっと便利になる。

  http://sannomiya.noriba.info/

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2006年11月17日 (金)

歴史的いじめ問題と鳴らずの鐘

流風は、赤穂には、二度くらいしか今までに行ったことはないが、いつもシーズンオフに行っている。赤穂周辺は、今までの印象では、人もそんなに多くなく、落ち着いた街である。現在では、多少感じが違っているかもしれない。来年、久しぶりに行ってみようと思っている。

さて、年末になると、恒例の日本三大仇討ちの一つである赤穂浪士の物語で盛り上がる。基本は仇討ちだが、元を糾せば、昔のいじめ問題であるとも言える。昔から、お殿様の段階でもいじめはあった。

だが、信じられないことだが、最近の若い人は、この史実を知らない人も多いらしい。そこで、一応記すと、元禄十四年三月十四日、江戸城本丸御殿松の廊下で、日頃から苛められて、堪忍袋の緒が切れた赤穂藩主浅野内匠頭長矩(ながのり)が、高家筆頭の吉良上野介義央(よしひさ)を斬りつけたことにより、本来、喧嘩両成敗なのに、長矩は翌日切腹、赤穂城は明け渡すように命じられた。

筆頭家老だった大石内蔵助良雄(よしたか)は、お家再興に奔走するが、望みは断たれ、討ち入りを決断する。彼は、「昼行灯」と渾名がついていたが、当然その通りでは、家老などになれるものでもない。要するに、ポイントをきちんと押さえていたという事でしょう。それにアホな振りをするのも、指導者には必要。

そして、彼の入念な計画により、翌年の元禄十五年十二月十四日、浪士四十七名で吉良邸に討ち入りし、長年の恨みをはらすことになる。

果たして、誰が悪いのかは、よく論じられている。まず、苛めた吉良上野介義央が悪いという意見。しかし、彼は地元では、良い政治を行っており、領民からは慕われていた。ただ若い人には、少々いやらしいものの言い方をしたり、肝心なことを教えなかったと云われる。今でも、いますよね、そういう御仁。

そして、事件を起こした浅野内匠頭長矩が悪いという意見もある。お坊ちゃまで、辛抱ができなかったというのである。殿様というのは、多かれ少なかれ、世間知らずで、そうであろう。

結局は、周囲が、きちんと手当てしなかったのであろう。殿様の潔癖な指示を鵜呑みし、世間の常識がわかっていなかったことが、うまく行かなかった要因のようである。まあ、この問題は難しい。世才に長けた部下がいなかったことが禍をもたらしたのは確かだが。

そして、もう一つは、幕府が悪いという意見だ。事件後の処置は早いが、将軍周辺の判断ミスと云われている。喧嘩両成敗を考慮に入れず、客観的に事件を把握することができなかったことが、世間に漏れ聞こえ、批判されている。世間の判官びいきということを割り引いても、やはり問題はあったのだろう。

こうなると、皆が悪いことになる。これは、現在のいじめ問題に似ています。本当の原因は何だったのかがぼやけてくる。根本を見ると、そのベースは、塩田収益が高い赤穂藩に対する、吉良上野介義央の嫉妬だったと云われる。実は、男の嫉妬も、女の嫉妬同様、ずっと根深い。歴史的にも、そういう心理的葛藤がいじめを生む要因なのだろう。複雑そうに見えて、案外、そういうところに問題の根はあったのかもしれない。

それはそれとして、JR播州赤穂駅から、南に歩くと、花岳寺がある。そこには、鳴らずの鐘がある。幕府は、浪士の処分に困ったが、結局、彼らに切腹を命じた。そして浪士切腹の報せが赤穂に届くと、民衆が冥福を祈って鐘を打ち鳴らし続けた結果、音が尽きたということから、そう伝えられている。主君に忠義の士であったことから、彼らは後年、「赤穂義士」と呼ばれる。そして、それは閉塞感のあった時代を打ち破ったとも云われる。よく云われるように息苦しい時代であったのでしょう。

*(参考) 観光ルート

JR播州赤穂駅下車、観光案内所で、観光のパンフレットをもらって、南に歩く。

  花岳寺→大石神社→赤穂城跡→赤穂市立歴史博物館

時間があれば、少し離れているけれど、赤穂海浜公園、赤穂市立海洋科学館・塩の国も行ってみたい。

赤穂温泉に浸かって、一泊する場合は、赤穂御崎に出て、赤穂市立美術工芸館 田淵記念館での鑑賞もいい。12月17日までは、赤穂ゆかりの画家『鈴木百年・松年』展が開催されている。

時間に余裕があれば、JR坂越駅で、下車すれば、ちょっとした歴史的な雰囲気を味わいながら、散歩ができる。

*(参考)日本三大仇討ち

      曽我兄弟の仇討ち、伊賀越の仇討ち、そして赤穂浪士の仇討ち

*(参考) 漢詩二編

        ◎漢詩 『四十七士』 大塩中斎

              臥薪嘗胆幾辛酸

              一夜剣光雪に映じて寒し

              四十七碑なお主を護り

              凛然冷殺す奸臣の肝

         ◎漢詩 『泉岳寺』 坂井虎山作

              山嶽崩すべく海翻すべし

              消えず四十七臣の魂

              墳前満地草苔湿(うる)おう

              盡(ことごと)く是れ行人流涕(てい)の痕(あと)

*(参考) 「身近な“怒り”の川柳コンクール」について

赤穂商工会議所では、身近な“怒り”の川柳を募集しているらしい。四十七士の怒りが仇討ちにつながったことから、時代の雰囲気を変えた。それにちなんで、川柳で、時代の雰囲気を変えようという大胆な企画のようだ。関心の向きは、下記のホームページを参考にされたし。

  http://www.ako-wai2.com/~senryu/

  

   

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2006年11月14日 (火)

七五三の着飾りに思う

この時期に、神社に行くと、小さい子供さんで、賑わい溢れている。先日、寄った生田神社もそうだった。そう、七五三のためだ。大体、若い親と子供に爺婆がついている。子供のきれいなべべ(最近は貸衣装も多いそうだ)も爺婆持ちのようだ。それでも、皆、嬉しそうで、幸福そうだ。

男の子は、数えの3歳と5歳、女の子とは、数えの3歳と7歳に祝う。でも、最近は満年齢で祝うという。少し、違和感がある。伝統は守って欲しいものである。

子供の頃、着慣れない着物を着せられて、千歳飴をもらって、帰りに、行儀悪く、なめて、歯にくっついていた記憶がある。そうすると、口の中をなめなめするので、よだれが出て、衣装が汚れるんだけど。最近は、貸衣装も多く、汚れないように、千歳飴も、かつてあった15センチより短いものも多いようだ。

しかし、とにかく、長寿の意味があるらしい。親は誰でも、それを願う。両親も、爺婆も、いい顔をしている。いつまでも、平和な家庭であって欲しい。

それで、思いだしたのが、次の歌。

           天つ風 雲の通ひ路 吹き閉ぢよ

              をとめの姿 しばしとどめむ

                    (百人一首 僧正遍昭)

これは、五節の女児の舞姫を見て詠んだものらしいが、七五三の男児・女児も何をしても、舞姫のようだ。競って、華美を尽くしているのも同じだ。子供だから、あの雰囲気に興奮もしている。そして、見学している者も、そういう雰囲気に呑まれる。流風さえも。

しかし、興奮のうちに、あっと終わってしまうのは、人生も同じかもしれない。そうならないよう、しっかり踏みしめていきたい。

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2006年11月12日 (日)

菊花展鑑賞記録

菊花展鑑賞を一応報告。

まず早速、相楽園に行って来た。毎年のように見事な菊を鑑賞できた。それに、重要文化財で異人館の一つ、「旧ハッサム住宅」も公開されており、以前に見たことはあるが、再度見学した。ピアノの演奏もなされ、いい雰囲気だった。

客層は、爺さん、婆さんが、ほぼ占領。若い人は皆無。ここは老人ホームかという感じ。高齢になると、このような緑地公園が、彼らにとって、憩いの場なんでしょう。軽く軽食もできる場所があればいいのですが、それはお役所仕事。相楽園弁当など作れば売れると思うが、欲がない。近くに相楽園会館があるのだから、もっと活かせばいいのにと思う。

次に、明石方面に行くついでに、明石公園菊花展も見てきた。毎年行くことは行くけど、さらっと見ていた。今年はブログに紹介したこともあり、少し念入りに鑑賞(笑)。ここの公園は、小さい子供づれの親子が多いが、菊花展の前だけは、やはり年配者が多い。こういうものは、年を取らないとわからないものかもしれない。流風も進行形だな(笑)。

展示内容は、一般の菊花展とよく似ているが、公園入り口近くの「ときうち太鼓」の前に、菊で作った親子の虎が展示してあった。なぜ、虎なのかがわからないが、阪神タイガースへの応援の意味があるのかな。流風だったら、犬と猪にするけど。

そして、特徴的なのは、菊の盆栽が多く展示してあったことだろう。こんなに多くの菊の盆栽を見たのは初めてだったので、少し感銘を受けた。普通の盆栽はよく見るが、菊の盆栽も、なかなかよろしい。

ついでに、菊花展とは関係ないけど、巽櫓(たつみやぐら)と坤櫓(ひつじさるやぐら)を見に上がって来た。内部に入れないのが、残念だが、なかなかの造りである。帰りは、魚の棚に寄って、例の明石焼きを食べてきた。やはり本場は美味しい。

もう一つの姫路城菊花展には、期間内に、行けるかどうかわからないけど、行けたら追記で報告する予定。

*姫路城菊花展は本日までだったが、結局、時間の都合がつかず、行けずじまい。少し残念。来年は見に行こうと思う。他展同様、23日までやればいいのに。

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2006年11月 8日 (水)

観光に写真は必要か

流風も旅行には出かけるが、あまり写真を撮ることはしない。そちらに神経が集中した結果、その地での生での印象が弱くなるからだ。経営者やサラリーマンが、企業向けセミナーの受講したり、学生が大学の授業を受ける時、講師の言うことを必死で書きとめたが故に、その場での理解が浅くなるのと同様である。

さて、日本人観光客は、相変わらず、観光地での写真が好きなようである。そして、それらの旅行が駆け足だということも影響しているだろう。それを補うため、写真を撮ることによって、後日、編集したりして、楽しめるということを期待しての行動だろう。

だが、海外の観光地の捉え方は微妙である。フランスのある雑誌が、そのことを揶揄して問題になったようだが、それは彼らの普通の感覚だろう。旅行先で表面的な写真を撮ったところで、現地の深いところまではわからない。一体日本人旅行客は何をしに来ているのか、という感覚だろう。長期滞在バカンスが通常の彼らにとっては、日本人の行動が奇異に見えるのは仕方ない。

もちろん、観光地で、写真やビデオに夢中になると、結局、目的の観光が疎かになることは、意外と日本人観光客は自覚していないかもしれない。写真を撮ったり、ビデオを回すより、直に、その空気を感じ取り、人間を含めて、いろんな交流を通じて、観察をする方が有意義かもしれない。そういう点は、欧米人に学びたい。

表面的なことより、その地域を深く知ることは、これからの観光国家を目指す日本にとっても、考えなくてはならない課題である。海外旅行者が、日本に、一体、何を求め、何が知りたいのか、そういう欲求、要望に対して、適切に応えていくためには、私達も旅行に対する考え方を変えていく必要があるようにも思える。もっとも、そのためには、長期休暇が必要だが。

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2006年11月 5日 (日)

菊花展の楽しみ

桜が春を象徴するのに対して、菊は秋を象徴している。この時期になると、全国のいろんな所で、菊花展が催されていることだろう。日本人ほど菊の好きな国民はいないかもしれない。それは単に、天皇家の紋章だから、そのなのかもしれないが、本質的に国民は好きなのだと思う。

菊というのは、奈良時代に、中国の唐から薬草として伝わったもの~菊の花びらを干したもので、今でも、熱さましの漢方薬として売っている~だが、鎌倉時代に、後鳥羽上皇が菊を好み、それを自らの印としたことから、代々皇室で使われるようになったらしい。そして菊は、桜と並ぶ国花に準じた扱いを受けている。

さて、この菊は、割と強くて、タイミングにもよるが、切花を土に差し込むと、芽が出てくるので、栽培は素人でもしやすいのが、若干うれしい。母などは一本の茎を何本にも切って、差している。それで芽が出るから相当強いと言える。ただ大菊や中菊になると、それなりに手入れしないと、なかなか難しいようだ。

購入しても、年間を通じて提供されるので、お墓に供えたり、仏壇に供えるにも丁度適しているし、あまりお金もかからない。でも、お墓に供えるのは、西洋の風習が日本に入ったからというのには、すこし驚いた。

菊花展は大輪の菊がたくさん展示される。大菊はつくるのが難しく、昔、父が大輪に挑戦したが、ある程度まではうまくいったようだが、より高いレベルとなると難しく、父にしては割と簡単に諦めたようだった。

その菊花展が、兵庫県下でも、あちらこちらで催されている。いつもは、もっと早く鑑賞しに行くのだが、今年は行くのが遅れている。時間を見つけて行こうと思う。今年も、はや終わりが見えてきた。

◎相楽園・神戸菊花展覧会
   開催中~11月23日 
   JR元町駅または阪神元町駅西出口を出て、山側の県庁方面へ。
       http://www.sorakuen.com/

◎明石公園菊花展覧会
   開催中~11月23日
   JR明石駅または山陽電車明石駅下車すぐ
       http://www.hyogo-park.or.jp/akashi/contents/about/index.html

◎姫路城菊花展
   開催中~11月12日まで
   JR姫路駅より城に向かって歩くか、バスで。
       http://kobe-mari.maxs.jp/himeji_castle/kiku.htm

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2006年10月24日 (火)

京都散策

先日、時間が空いたので、京都に久しぶりに行ってきた。今回は、典型的な観光コース?の、烏丸・四条通り界隈~祇園~八坂神社~岡崎あたりを早足でうろうろ。流石に当日は、一万歩を超えていた。

前より少し風景が変っていた。通りは結構、店舗の入れ替えもあったようだ。また祇園界隈では高齢者夫婦が多かった。踊りでも見に行くのかな。八坂神社周辺は、平日ということもあり静かであった。独り占め感覚。やはり観光地は平日に限る。

また例のお家騒動のかばん屋も、二つに分かれてオープンするようだった(現在は、両方とも営業している)。お家騒動するような企業規模とも思えないのだが。一時に儲かりすぎたんでしょう。少ししらけるなあ。

次に、京都国立近代美術館で開催されている『若冲と江戸絵画展』を見てきた。新聞でも、ブログでも、いろいろ紹介されて、高い評価だったので期待していたのだが、素人の目から見ると、大したことはない。

まだ開催中なので、これから見に行く人もいらっしゃるだろうか