経済・政治・国際

2009年11月14日 (土)

本当に、米軍駐留は必要なのか

日米の最近の協議を見ていると、両者が右往左往する姿は、ある意味必要なのだろう。日本は政権が代わり、方針は変更されている。防衛省は、従来の利権を守るように動いているため、それは政権の意思とは異なることが、物事を複雑にしている。

安全保障の問題が、とかく議題に上梓されるが、まず自国は、自国の軍隊で守らねばならない。日本は、すでに、それを守る軍備(自衛隊)は充実している。しかし、米軍が駐留していることで、防衛の主体性が犯されている。防衛において依存心が一番危険だ。

日米同盟は大切だが、その中身は見直しされなければならない。米国の沖縄からアジア全体を睥睨する発想は、時代遅れと言えよう。確かに地政学上、有利な地かもしれないが、時代の変化に合わせて、安全保障のあり方も変わってくる。

米国の意識転換は進まないことに、日本政府はいらついている。そもそも主権国家に外国の軍隊が、いつまでも駐留するのは、おかしいことだ。それに日本の防衛力も、充実しており、日本周辺の防衛は、自衛隊で十分であろう。

となれば、日本に米軍が常駐する必要があるかどうか。米国が日本に費用を負担して、駐留をお願いするのならともかく、地位協定を乱用し、大方の費用を日本が負担し、国民の反感を強めている。

とにかく日米同盟の見直しが必要なのは確かだ。いつまでも、米国外交が、仮想敵国を想定しないと、国内を維持できないという情けない状態は許されないだろう。米国も、国際政治手法を改めるべきだ。

もちろん、死の商人と米国政権の関わりは、外せないのかもしれないが、それにしても、それでは進歩がない。やはり時代とともに、国際社会でリーダーたろうとすれば、考え方を改めなければならないだろう。

また現在の米国経済は病んでいるし、その回復も遅々たることが、米国のあせりを生んでいるのかもしれない。アジアに覇権が移行することに懸念しているかもしれない。だが、今更ジタバタしても始まらない。覇権がアジアに移動していることを素直に認め、それに柔軟に対応していくことが、米国の延命にもなる。

以上のことを勘案すれば、日本に基地を置いておいても、それは矢鱈、アジアに緊張を生むだけで、意味がない。もちろん、見えざる敵に対して、警告を発することは必要かもしれない。しかし、それは外交で十分行える。

そして、いざとなれば、緊急時に、米軍が日本の港や空港を優先的に利用できる内容にしておけばいい。軍備の発達した現在、すぐ駆けつけることは可能だろう。また各国の情報分析の交換を日頃から頻繁に行い、定期的に自衛隊と合同演習すればいい。それで安全保障が損なわれることはないだろう。

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2009年11月12日 (木)

奨学金のあるべき姿

最近の奨学金は、どうも意味が異なるようだ。昔は、学業の優秀な学生が、家庭の事情で、進学できない場合、奨学金を得て、学べるようにするシステムだった。もちろん、奨学金だけでは、生活が成り立たないので、多くは、篤志家という人たちが、住み込みなどさせて、家の手伝いなどをさせて支援した。

また戦前は、同じく貧しい家庭の子弟で、学業が優秀な人たちは、教育師範学校を選択した。そこでは、国が生活費丸抱えで、支援した。もちろん、その行く道は限られたが、多くの優秀な子弟が埋もれずに活用できるメリットがあった。

ところが、最近の奨学金を受ける人は、必ずしも、そういう人たちばかりではなさそうだ。奨学金によっては、学生ローンの意味合いが強い。果たして、奨学金と呼ぶのが適切かどうか疑問である。そして、多くの学生が社会人なってからも、必死に返済せず、いい加減に踏み倒しているということだ。

これはどうも変だ。本来、学業に励むつもりのない学生が進学すること自体、問題なのだろう。変なことだが、奨学金制度が、それを煽っている。基本的に、本当に優秀な学生でない限り、奨学金が受けられないような仕組みに戻すべきだろう。そして、他者から支援を得る意味を十分わかってから、奨学金を申請してもらいたいものだ。

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2009年11月10日 (火)

鳩山政権と今後の経済

鳩山政権は、一生懸命やっているので、一種の共感がある。政治家も、働いていると(笑)。もちろん、政治に過大な期待は禁物だ。民主党は、マニュフェストの変更を迫られるだろう。だが、調査によると、国民は、それを容認するようだ。

まあ、すべての政策に同調して、投票した人ばかりではないだろう。どちらかというと、倦んだ自民党政権に、飽き飽きして、民主党を支持した人たちが大半だろう。もちろん、民主党の理想論は望ましいが、一気に達成できるものばかりではなかろう。そのことを国民はよく知っている。

それでは、鳩山政権における景気はどうなるだろうか。国のリストラと同時に、税収を生む産業の振興は欠かせない。新経済政策は、年末までにまとめるようだが、じっくり練り込んでもらいたいものだ。これからの産業は、流風が感じるところでは、どうしても、以下の関連のものになるだろうが、国の政策は直接・間接に、民需にも影響してくる。ビジネスチャンスを見極めたいものだ。

一、脱化石エネルギーと自然エネルギーの開発普及

    ①環境住宅の推進

    ②都市から地方へ人の移動

    ③ソーラーカー・電気自動車の普及

二、省エネルギーの奨励

但し、エコポイントのような急激な消費は、環境問題に逆行するもので、望ましいやり方ではない。

三、自然環境の保全・充実

保全管理がおざなりにされてきたが、自然災害で、ようやく、その重要性が理解されつつある。そして、それは環境問題とリンクする。

四、公害対策の輸出

日本の持つ公害除去技術の移転は、国外で活用されて意味を持つ。妙に技術を守っても、仕方ない。

五、水創造と管理関連技術の輸出

21世紀は、水の時代と言われているように資源化している。水資源を開発し、それが有効に活用されるようにしなければならない。

六、各分野におけるロボットの普及

ようやく実用化に近付いてきたロボットの各現場への市場投入と、各種問題の整備が必要になる。まさに“アトムの時代”になってきた。

七、砂漠緑化の推進による自然環境改善技術の輸出

世界環境保全のためには、砂漠緑化の推進は大切なこと。これはビジネスと環境問題の二面性を持つ。

八、海洋環境保護と資源の適切な管理

海底資源の開発は、海中公害を生む。海洋資源開発の制限と、海洋生物資源の適切な保護が求められる。

九、インフラ整備ノウハウの輸出

都市をいかに形成していくかは、先進国のノウハウだろうが、それは先進国によって、微妙に異なる。発展途上国の実情に合ったインフラ整備のノウハウの提供が求められる。

十、国産医療機器の開発によるコストダウン

現在、異常な価格の海外の医療機器が輸入されている。それは国際医療機器流通の問題もあるようだが、国内で自前の医療機器産業の振興が求められる。

十一、医薬品の国際普及の推進

世界で、日本が最も医薬品依存が高いそうだが、医薬品は使い方次第。利用が高すぎるのも低すぎるのも問題。各国に医薬品の適切な普及の推進と、投薬ノウハウを提供する。

十二、ニュー・ファッション関連

これからは、アジア・ファッションが注目されるようだが、日本の長年の和洋折衷型ファッションは、アジアは必要としている。アジア人体型と環境に合ったファッションが融合化する。

十三、新農業体系の構築と農産品の流通の改革

農業の問題は、昔から流通問題と深く関連している。要するに生産物管理を適切に行わなければ、農業の集約化をしたところで何も解決しない。農業は農産物流通と同時に考えなければならない。

十四、不動産仲介のスピードアップによる不動産の有効活用

不動産不況により、この市場は活性していなかったが、それは業界が招いたことも確かだ。大手仲介業者が両手の手数料を得ようとして、仲介が不活性だった。これからは片手で、仲介スピードを重んじるべきだ。

十五、リフォーム推進による住宅価値のアップ

国内の住宅ストックは、十分にあり、新築を奨励する時代ではない。むしろ既存住宅の価値を高め、市場性のあるものに転換することが望ましい。そのため、リフォーム履歴の登録システムが望まれる。登記までは必要としないが、それに準ずる規格作りが必要だ。それに伴い、中古住宅の評価基準が業界に求められる。

十六、鉄道システムの輸出

新幹線システムを中心に、海外に事業を強化すべきだ。鉄道は環境にもいいし、米国などでも、それほど進展していない。これほどビジネスチャンスの大きいものはない。

十七、金融システムの再編(メガバンクの見直し含む)

バブル崩壊後、金融機関が再編されて、メガバンクができたが、それほど機能していない。むしろ停滞している。これは低金利の継続が続いているのも原因で、収益の低下は、税収を妨げている。金融政策の見直しも必要だが、メガバンクの再分割も求められる。

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2009年11月 6日 (金)

保育園依存症

それにしても、一体いつ頃から保育園依存症が始まったのだろうか。流風の子供の頃は、保育園は、あまり一般的ではなかった。水商売の人々が、子供を他人に預けて、夜、仕事に行くという風景はあったが。

しかし、母親は、子供にとって、生まれた時から、頼りになる存在だ。それから、突き放されると、子供は精神的に不安定になるはずだ。それは、その後も続き、情緒不安定を招きかねない。幼児における母親の存在は、大人になってから、意味を持ってくる。

それが、現在は、若い母親は、当たり前のように、保育園を求める。いつから、そうなったのだろうか。ある人によると、それは厚生労働省が、“三つ子の魂”を否定したことに始まるらしい。それは、人は数え年3歳までに、情緒も含めて、その考え方が定まるということを否定したことと同じだ。

どんな根拠か、わからないが、一部の学者の学説を信じたのだろう。だが、人々は、長い歴史の中で、子供の3歳までの、親の接触がいかに大切かと感じてきた。そして、それは3歳以後も程度の差はあれ、同様だ。結果は、子供が大人になってから、はっきりする。子供時代に親の接触が深いと、キレる子供にはならないという。

例え、反抗期に、反発しても、ある一定のところで止まることができる。それは幼児の頃、親に受けた愛情が擦り込まれているから、親のことが許せるのだ。反発するのは、自分の存在を認めてほしいからだが、そのために親を試して甘えているのだ。そして、それの限界を確かめようとする。

それに対して、親が必死にぶつかってくると、それを愛情と理解する。幼児の頃に、親が子供に接していると、それは自然にできる。子供は子供だからだ。そのことは、大切なことだ。親はなくても、子は育つというのは、所詮、慰めの言葉にすぎない。子供時代、親との接触がないと、大人になって苦しむのは、子供本人だ。

ところが、幼児の時に、働きに出て、保育園任せにすると、親が濃密な接触をしていないことになる。それは子供の反抗期には、戸惑うだけで、困った存在にしか映らないことにつながる。それが子供との決定的な距離を生む。多くの犯罪の要因は、ここに潜んでいる。

もちろん、すべての子供がそうはならないだろうが、いつ爆発するかわからない不安定なものだ。世のお母様方は、働きに出るという理由で、子育てを保育園任せにしないことだ。子供の時の、母との接触は、子供に何らかの記憶が残るのは明らかだ。

いろんな困難に出合った時、母親の愛を思い起こすことができるような子育てにしてもらいたい。生活が苦しいから、共働きとは、よく聞くが、流風の子供時代と比べれば、いかに贅沢か。もっと堅実な生活を送ってほしいものだ。

*追記

保育園は、本当に生活が苦しい人だけに、社会保障的に実行されればいい。自らのわがままのために、育児放棄すべきではないだろう。育児と仕事の、どちらが重いかは、明らかだ。また、厚生労働省も、誤った育児のあり方を修正し、新たに啓蒙すべきだ。

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2009年11月 5日 (木)

保育園問題を考える

保育園不足が叫ばれるが、保育園問題は複雑で、マスコミの報道は、一面的で、十分捉えきれていない。保育園需要は、様々な原因で需要が発生している。

まず、ダブルインカム世代。これは優れた女性が、子育てより仕事を優先する結果、生じる。それは子育てより、仕事の方が楽しいからだろう。彼女たちは、親はなくても子は育つとばかり、子供を保育園に預けて、仕事を優先する。彼女らの問題は、企業内保育で解決する場合が多い。企業内保育に企業が積極的に取り組むことが求められる。

次に、夫の稼ぎが良いので、専業主婦だが、育児疲れと称して、保育園に逃げ込むケース。確かに周囲に育児の相談者がいない都会の生活者にとっては、大事なのだろう。彼女らの問題は、相談できる人がいるかどうかに尽きる。また一時的な息抜きの時間を必要としているのだろう。これは、むしろ保育ヘルパーが適切かもしれない。介護ヘルパーが、保育ヘルパーを兼任している場合も、散見される。

そして、その次は、夫が非正規雇用か、何らかの理由で所得が低いために、妻が働きに行かなければならないケースだ。この場合が一番深刻だが、これも様々。生活レベルを改めないまま、生活が苦しいと言っている人も、結構多い。一応、行政には施策として、応援が求められる。保育園入所の条件が厳しく、ままにならないケースも多い。そこをどのようにして優先入所させるか。公的保育所では、現在と逆の所得制限が必要かもしれない。

国は、それぞれのケースに合わせた政策が求められる。一つの政策で、すべてが解決するわけでもない。

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2009年10月29日 (木)

公への依存心を排す

実質破綻している日本航空に対して、政府が、日本航空への関与を強め、公的資金を使う意向のようだが、極めて疑問が多い。なぜ整理しないのか。整理することも含めての政府関与なのだろうか。日本航空は、普通の破綻企業同様、倒産させるべきだろう。

そうしないと、一般企業や従業員は、やってられない。経営が厳しくなると、給料やボーナスはカットされ、それは何年も続く。会社が潰れれば、退職金も企業年金なんて、なくなる。政府が関与して、退職者の退職金や企業年金が保護されるのは、納得がいかない。

日本航空も、一般民間企業の破綻と同様、整理して、従業員の退職金、企業年金は、ゼロにすべきだ。国は、規模が大きいから、助けるという発想を、いい加減に捨ててもらいたいものだ。

こういうことをやり続けていると、大企業の公への依存心を増すばかりで、経営者や労働組合を堕落させるだけだ。民間活力は、公への依存心を排するところから始まる。このケースに限らず、国民も、企業にしろ、国に期待しすぎていないか。依存心は、個人にしろ、企業にしろ、活力を削ぐだけだ。

*追記

多額の国の借金の現状、国や地方等のリストラは避けられない。今後、公的サービスは低下させざるを得ない。それは今までの政権の政策・行政の誤りだが、国民一人ひとりが助け合って、生きるしかない。早く高度成長期の意識を捨て、国や地方をあてにしない意識が必要だ。段々甘えは許されなくなる。

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2009年10月23日 (金)

日本の財政改革に対する訓言

日本の財政改革には、省益の排除が必要で、そのようにして、予算を削減しなければならない。鳩山首相が『老子』の言葉で、その考え方を披露されていたが、どの部分を指しておられるのかはわからない(*注)。そのような解釈をしておられる方がいるのだろうか。

むしろ、日本の財政における訓言としては、耶律楚材の言葉(*参考)の方が適切であろう。ただ、日本の財政は、それ以上に財政支出を減らさなければならないほど厳しい。そこに長年、浪費してきた自民党政権の大きなツケがある。

*参考 耶律楚材の言葉

  一利を興すは、一害を除くに如かず。

  一事を生ずるは、一事を省するに如かず。

各省庁の「省」は、そういう意味が含まれていることを官僚たちは忘れてはならないだろう。足し算で数字を積み上げるだけなら、小学生でもできる。彼らに求めているのは、そういうことではなかろう。省いたり、減らすことは、誰かに苦痛を与えるものだ。それを説得して、初めて、仕事をしたということになる。

ということは、国民一人一人も、甘えを捨てなければならないということだ。つまり、例えで言えば、たくさんのグルメ食品を与えられてきたが、それは一部の人々に対してだけかもしれないが、ある日、リストラされて、所得が急減したから、明日から粗食にしろ、と言うようなものなのだ。

人々は、日に日に贅沢になっている。人々にそれを元に戻せと言うのは大変なことだ。だが、そういうことをやるのが政治家であり、官僚だ。それには、十分な説得と理解が得られるような情報公開が大切だ。

*注

強いて、引用された部分として考えられるのは、『老子』第22章あたりだろうか。であれば、老子の言いたい趣旨とは、異なるのだが。まあ、いろんな解釈で流布しているので、多少、混乱が見られる。趣旨としては、一定範囲で、増減する自由自在の予算づくりを、という考えかもしれない。

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2009年10月16日 (金)

まずは財源確保から

民主党政権になって、まだ日が浅いが、マニュフェストの実行に向けて努力していることは評価できる。だが、財源が十分確保されていないのに、政策の実行をするのは、困難であろう。国民は、これ以上の国債の発行を望んでいないし、そのツケを将来世代に負担させるのも酷なことである(*注)。

となると、旧政権の予算の見直しが必要で、その洗い直しをしているようだが、その一つ一つを見ていくと、必要に感じるだろう。民主党議員は概して真面目だから、そこに落とし穴がある。新しい政権になったのだから、旧政権の政策の実行は、無視していいぐらいの度量が必要だ。

ただ予算編成に、時間はあまり取れないので、来年度予算は、とりあえず、全ての官庁に、今年度対比(補正予算含まず。本予算だけで)3割カットを指示すればいい。官僚は優秀だから、それぐらいの辻褄合わせはあっという間にこなすだろう。

それにマニュフェストの実行は、すぐできるとは、国民は思っていない。時間がかかることを承知している。もちろん、早く実行できたら、それに越したことはないが、「こども手当」を除けば、財源が確保できるまで、先延ばしでいいのではないか。

よって、平成23年度の予算から、段階的に実行できるようにすればいい。拙速にマニュフェストの実行を焦って、国債の追加発行は避けてもらいたいものだ。

もちろん、税収の落ち込みに対する手は打つ必要がある。新経済対策を具体化させて、発表することは大切だし、様々な減税を埋めるため、様々な工夫は必要だろう。

特に環境税は避けられない。国民にじっくり説明して同意を得るよう努力すべきだ。環境税は、直接、税収を増やす手段にはなりえないが、新産業創造には役立つはずだ。国家・国民をあるべき方向に誘導するためにも必要だろう。

また、その他にも、各種控除、補助金は、既得権益になっており、大いに見直すべきであろう。また中小企業対策では、中小企業は、申請に手間のかかる補助金は、案外望んでおらず、そのあり方を見直すべきだろう。その他の新税の創設も必要だろう。特に動いている産業に課税することは必要である。是非はあろうが、ネット取引にも検討が求められる。

*注

今期の予算では、すでに発行している44兆円の国債があるが、税収が見込みを割り込み、追加国債の発行の可能性に言及している。確かに、この分は前政権の見込み違いであろう。過大な予算に加えて、選挙対策に本来必要のない大型補正予算を組んだことが災いしている。

麻生前政権は、国を危機に陥れる結果になっている。確かに、鳩山政権には、過去の政策に責任はないが、国債の発行はせずにすむように努力してほしい。例えば、議員はもちろん、公務員は、ボーナスゼロでいいのではないか。

更に、来期の予算は、税収見込では、税収が不足するのは確実と見られている。今までの予算の慣行を破って、歳出の大幅な削減をしない限り、国債発行せざるを得ないという。

ところが、大臣の中には、危機感のない人がいる(農水大臣、文部科学大臣、防衛大臣、総務大臣など)。残念ながら、彼らは査定大臣の役割を十分に果たしていない。まるで自民党の大臣と五十歩百歩だ。もちろん、就任して日が浅いので、止むをえない部分もあるが、いつまでも役割を果たさないのなら、将来、交代も必要になってくるだろう。

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2009年10月12日 (月)

いつまで続ける超低金利政策

2009年9月現在、日本銀行の政策金利は、0.1%だ。現在の日本はバブル崩壊時ではない。しかし、なんだかんだと理由(特に為替問題や国債問題)をつけて、超低金利政策を日本銀行は続けている。これは、借り手への援助政策の続行だ。

日本銀行からの借り手の金融機関や、そこから借りている民間企業は、いつまで国民に甘えているのだろう。そして、日本銀行官僚による、惰性の政策の継続と見ていいだろう。しっかりしろと言いたい。

しかしながら、このことが日本の不景気に拍車をかけているのが、日本銀行は理解していないのだろうか。いつまで、金融機関や民間企業を支援するのだろう。支援が続く限り、銀行は弱体化する。支援したつもりが、金融機関には、逆に負担になっている。

というのは、現在、金融機関は、顧客に売るものがない。そこで債券だ、投資信託だとなる。しかし、これらの運用は難しいものだ。彼らが主として運用していないものが多いが、外部の運用機関に機関投資家として、運用を委ねても、結局はうまくいかない。

更に、それらの商品は、資金が海外に流れることが多いから、その内のいくらかが日本に還流しても、結局、日本国内の資金循環はうまくいかない。とどのつまり、超低金利が、日本の経済悪化から抜け出せない要因の一つだ。

もちろん、国内は少子高齢化に伴い、市場規模が縮小しているとも考えられるが、それでも1400兆円の金融資産があるわけだから、それが国内で有効に使われていないことを問題視すべきだろう。もしも、金利が高ければ、その利子が国内で動けば、相当の経済活性につながる。

以上のことを勘案すると、国内景気を刺激するため、新たな経済政策を示すことも必要だが、それと同時に、政策金利も引き上げることが望まれる。そういうアナウンス効果は絶大で、そうなるのなら、早く資金手当てをしておこうということになる。それは企業でも個人でも変わらない。

となると、やはり、企業としても、新しい方策による活性化が求められてくる。利益を上げるためには、付加価値を高めなければならない。国内の中小企業にしても、新産業にしても、ビジネスチャンスをめぐって動き出すだろう。

金融機関は、彼らに欠けているものをアドバイスし、時には人材を送り込んで、ビジネスの質を高めていくことが求められる。そうすることが、国内経済の活性化を生む。それが金融の本来の役割であろう。

ビジネスが活性化するのは、金利が上がる時なのは明らか。人間は、少しでも、金利負担をカバーしようと努力するところに、活路が見出せる。それは徳川家康の遺訓にも示されている。

今こそ、超低金利に甘える体質を改善すべく、産業に新しい課題を与えるためにも、その政策を脱するべきだろう。金利と人間の心理を十分勘案し、超低金利を脱してもらいたいものだ。

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2009年10月 7日 (水)

敗軍の将、兵を語らずだが、・・・。

敗軍の将、兵を語らずだが、どこかの都知事は、2016年の夏の五輪誘致に失敗し、ごちゃごちゃ言っているらしい。まさに馬鹿の見本。そんなことを言う暇があったら、もっと誘致活動をきちんとやればよかったのだ。

大体、オリンピックは、国際政治活動の一環だ。各種下工作も不十分なままで、開催地候補に名乗りを上げたこと自体、誤っていたことが、未だわからないのか。それにオリンピックは、国に勢いがあるところが選ばれる。

米国のシカゴが選ばれるはずはないし、日本もバブル崩壊後の再建途中。国民も、そんなことに気を回すつもりもない。スポーツ振興と言うけれど、基本的には、芸能界と同じで、景気のいい時の一種の徒花だ。

東京が、五輪開催の候補になるだけで、150億円も、かけたそうだが、全く馬鹿げている。そういう浮ついた政治は誰も求めていない。もっと地に足をつけた政治をしてもらいたいものだ。

それにしても、思いつきの政策で、多額の税金を無駄遣いし、いつになったら退陣するのだ。このアホ首長は。都民も、変な首長を選んだ責任があるわけだから、次の都知事選では、選択に慎重になって欲しいものだ。

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2009年10月 6日 (火)

これからの日本の環境問題に対する住宅政策

民主党政権が、今後、どのような経済対策をするかわからない。基本的には、国内の資金循環がよくなるような政策を打つべきだろう(*注)。

そのためには、内需拡大にするにしても、いくつかの手を打つ必要がある。国や地方は、リストラと共に、費用対効果で、民需が盛り上がる政策が求められる。一応、巷間、いろいろ噂されている政策の可能性を順次、思いついたまま、整理してみよう。まず、今回は、日本の環境問題に関する住宅政策に関して触れてみよう。

①日本のビジネス戦略としては、脱化石エネルギー及び自然エネルギーの普及に努めることは、誰も否定しないであろう。日本は省エネルギーは得意としてきたが、それは化石エネルギーを前提としたものだ。

もちろん、化石エネルギーは、すぐに無くなることないので、省エネルギー技術は世界市場でも重要な意味を持つ。これは現状における二酸化炭素排出量を減じる。机上の排出権取引より、重要性は高い。

しかしながら、国内に関しては、化石エネルギーから脱することが望まれる。もちろん、将来においても、化石エネルギーの利用が完全に無くなることはあり得ない。だが、国民生活においては、脱化石エネルギーに徹する政策が、これまで以上に求められる。

②それは太陽光発電が、やはり主流になるのだろう。ということは、住宅政策の転換が望まれる。つまり、あまり太陽光発電が期待できないマンションには、環境税を課し(高層マンションほど高い税率にする)、太陽光発電を設置したある一定規模以上の条件を満たした戸建には、さらに優遇措置を取ることだろう。

③昭和56年以前の住宅は、1589万戸(住宅の種類不明。戸建が多いと思われる)あり、耐震基準を満たしていないものも多い。そして、耐震診断がおざなりにされている場合も多い。耐震補強するのか、建て替えするのかの判断を早急にさせる必要がある。政策的には、支援する制度が、すでにあるのだが、浸透していない感じがする。政策の更なる練り直しが求められる。

また、そうした住宅に、建て替え促進を促す折に、太陽光発電を導入すれば、優遇措置や補助金が得られる措置を講ずるのも適切だろう。

④そして環境に絡めるなら、新築・建て替えで、一定規模の庭があり、家庭菜園を持つ住宅にも、支援が必要かもしれない。どこか忘れたが、そういう地域開発したところはすでにあるようである。そういうことを後押しして、徐々に全国展開することも大切だ。

⑤そして、現実、少し地方に行くと、不動産は、割安な物件が多いわけで、国全体としても、人口分散政策の一環で、地方の民間住宅ストックを質量ともに充実させることも大切だ。東京など首都圏に人口が集中するのは、公共交通にとっては、効率的であっても、年々災害リスクは高まるばかりだ。分散させれば、その被害は小さくできることは、震災で実証済みだ。

⑥また、住宅政策とは直接関係はないが、指定樹種を7メートル以上の高さの物を、庭に数本以上、植樹した場合の支援も必要かもしれない。それは、それをメンテナンスする仕事が発生し、森林管理の人材を育成し、増やすことを可能にするからだ。彼らは防災と環境面で重要な役割を果たす。つまり、住宅地に、そのような高木を植えることは、森林保全の仕事をする人たちの所得を補助的に潤すことになる。

⑦それからリフォームによる住宅価値向上のため、リフォームも含めた中古住宅評価基準を明確にすべきだろう。これからは新築より、中古の流通が大切だ。そのためには、固定資産税の元となる路線価基準以外に、住宅の中身の実質的価値評価が大切だ。それには、リフォーム業者の格付けも重要で、設計図の管理・住宅の履歴管理とか考えると、建築設計事務所の役割が大切になってくる。彼らの意識転換も重要だ。

一応、ざっと見ただけだが。住宅における環境問題は、まさに人口の集中から分散へということだろう。一見、非効率に見えるが、環境にとっては、望ましいだろうし、人が散らばって住むことにより、環境面に良い影響を与え、国の保全価値を高める。新しい住宅政策に期待したいものだ。

*注

国内の資金循環をよくするためには、金融政策が大切だが、日銀と政策のすり合わせも必要だ。現在の超低金利政策による、国内資金の海外への流出が、国内経済を困難にしている要因の一つだから。

その点、現在の日銀トップは、学者みたいで、危機感が足りないのも事実だ。かつて民主党は、天下りを心配して、人選を誤った。日本銀行のようなところは、天下りはあまり気にせず、その有能さで選ばれるべきだろう。

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2009年10月 2日 (金)

為替への介入は、基本的に、すべきではない

藤井財務大臣が、幾日か続いた円高を指して、「急激な為替変動だから、為替介入もありうる」とのニュアンスの修正発言をされたらしい。彼は、少し前に、為替への介入しないと言って、海外から非難轟々だった。それを気にしての発言だろう。

海外の投資家(*注)は、日本が円高になれば、どうも困るらしい。彼らには、内々の情報が取れないと怒るらしい。インサイダー天国の海外投資家の言いそうなことだ。それに、1円や2円の円高変動で、どこが「急激」というのだろうか。

馬鹿も休み休み言ってもらいたものだ。大騒ぎする人々の顔が見たいものだ。どうせ、お金の亡者の言うことだ。財務大臣も適当に聞き流せばいい。介入など、ほとんど必要ないだろう。大体、前にも記したように、現状、円安過ぎるのだ。

国民生活の観点からも、円高は望ましい。それが民主党政権の目指す方向ではないのか。輸出企業が騒いだとしても、放置できるレベルだ。1ドル=80円くらいまでは、十分容認できる。輸出企業に、そういう算段ができていないとしたら、経営の甘さと言って間違いない。

今後は、円高で、株価が上がっていく。ドルの低下は免れようがなく、内需経済に転換しなければならないのは明らか。円高を悪のように言う人々は、少しおかしい。円高になれば、雇用が減ると言うが、それは輸出企業に限った話。非常に偏った判断だ。円高をビジネスチャンスにできるか否かは、経営者の手腕次第だ。

だとすれば、政府が、このことに関して、あれこれ言うことは必要ないと思う。ノーコメントで通せばいい。海外の投資家が、下心十分に、思惑で、あれこれ言っても、あまり気にしないことだ。

*注

「海外の投資家」としたが、その大半は国内から海外に投資している投資家である。

*追記

政府関係者が為替の変動介入について、意見を述べるのは、短期間に10円以上変化した場合で、現状は、1ドル=80円を突破上昇し、かつ急激である場合だろう。そして、その場合でも、介入には慎重に対処してもらいたいものだ。それらは、必ず、揺り戻しがあるから、市場を十分観察してから、発言せねばならない。いずせれにせよ、当局の責任者は、マスコミが騒いでも、冷静に対処すべきだ。

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2009年9月30日 (水)

中小企業への返済猶予制度の確立は有効か

亀井静香金融担当相が、中小企業に対する債務の返済猶予制度を主張している。大臣の真意は不明だが、大塚耕平副大臣によると、まず金融機関の貸し渋り・貸し剥がしが大臣の念頭にあるのだろうということだ。

だが、報道では、「モラトリアム」ということで、記事にしているし、大臣の発言でも、それに近いものはある。ただ、どういう条件下で、これらの制度を設けようとしているのかは、明確ではない。報道が先走りしている感は否めない。亀井大臣の説明も足りないと思う。

当然のことながら、金融界は、このモラトリアム構想に、激しく抵抗している。一般的に見れば、基本的には、金融界の主張が正しい。企業経営の主体性を無視したモラトリアムは、いろいろ問題が多い。だが、前政権は、一部の大企業に対して、実質モラトリアムを実行してきたのも事実だ。その辺のバランスをどう考えるか。

リーマンショックで、急激な経営環境の悪化が、中小企業の経営をより厳しくさせ、住宅ローンを借りている人々も、所得の低下で、返済が滞りがちなのは確かだろう。民主党政権は、その辺のバランスを取ろうとしている。

しかし、そうだとしても、経営責任としての借入責任は、どのように問われるのか。借金をするのは、経営者が、採算を考えて、必要と決断したからだろう。その判断が間違っていたのに、国が救済に関与すべきなのか。

ただ、金融機関の身勝手な融資態度は責められるべきかもしれない。金融機関の貸し剥がし問題はくすぶっている。貸し渋りも今後増える可能性も高い。貸し渋りや貸し剥がしで苦しむ中小業者は絶えない。融資の仕組み・制度にも、問題があるだろう。

ところが、金融界を取り巻く環境は複雑だ。金融界は、すでにBIS規制で手足を縛られているが、さらにそれを強化されようとしている。そうなれば、基本的にますます融資は慎重にならざるを得ない。不良債権を増やさず、融資を増やすというのは、至難の業だ。それなら貸さない方が楽だ。つまり実質、手足を縛られて、日本の金融機関の機能を失っているのだ。

だから、大企業は金融機関から融資を仰ぐことを諦め、資本市場から直接資金調達しようとしているし、現実にそうしている。しかし、ある程度の規模の企業は、それができても、中小企業クラスになれば、やはり他人資本の融資に頼らざるを得ない。そこに貸し手と借り手の立場と意識のギャップがある。その辺を中小企業経営者はどのように考えているか。

となると、日本の金融機関が本来の機能を取り戻すためには何をやればいいのか、ということになる。世界の金融規制であるBIS規制は、日本の実情に合っていないのか。時価会計導入が、本当に適切だったのだろうか。BIS規制による金融機能低下が招く経済不活性を克服する手段はあるのか。

このように見ていくと、多分、モラトリアムのような一時的な処方箋だけでは何も解決しないであろう。国内金融のあり方をもう一度立てなおす必要がある。いずれにせよ、貸し手、借り手両者の意識を変える必要があるのだろう。

例えば、国全体にお金が回るようにするには、ゼロ%に近い金利の解消であろう。そもそも、それが金融機関を逆に苦しめているのは間違いない。他方、金融機関の融資のあり方を変え、ノン・リコースローンに改める必要もあるかもしれない。

また国としては、かつて小泉改革で、民営化されようとした、国策銀行を、一旦民営化停止し、幅広く、中小企業者が活用できる国営銀行の充実が望まれる。郵貯にしても、かつては、小口融資のよりどころだったが、それも民営化に伴い、段々難しくなる。その辺をどうするか。

また、今後、中小企業といえども、自己資本比率を拡大し、堅実経営に徹するしかないのであろうか。経営力を強化し、他人資本を脱し、今までの惰性に流された経営から脱する必要があるのは確かだ。

しかしながら、金融の悪循環を断たない限り、そういうことは不可能だろうし、モラトリアムが、効果的に働かない可能性があることを忘れてはならないだろう。

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2009年9月27日 (日)

日本航空、もういらない!

日本航空の再生をどうするか、政治課題となっているようだが、最早、企業として賞味期限の切れた日本航空は不要だろう。ここは、一旦、企業整理して、物事を進めるべきだ。

確かに、地方空港の思惑から、政治家の圧力を受け続けた不幸には、同情すべきものがある。企業経営の独立性は常に侵されていたからだ。それに不採算の航空会社を無理やり引き受けさせられたりして、経営の負担は大きかっただろう。

しかしながら、それでも経営陣の主体性という面では、その経営能力に疑問が多い。危機に陥っても、いずれ国が何とかしてくれるだろうという甘えが、経営陣や組合側にあったことは、否めないだろう。

そして、そこには労使のもたれあいがあり、民間企業では決して許されない採算性の無視がある。人件費も、年金も、明らかに高すぎるだろう。それに根本的にメスを入れない限り、改革は中途半端になる。そのため多額の負債を抱えて、税金で助けてくれというのは、虫がよすぎる。

ということは、ここは、一旦、企業整理させて、労使の甘えの構造を捨て去り、新たな戦略に基づく、組織の仕組みと採算性を重視した、新しい会社を設立させた方が、国民からも納得が得やすいだろう。

*平成21年9月30日追記

前原国土交通省大臣が、日本航空の再建が可能と発言したようだが、難しいだろう。机上で可能でも、すでに腐った組織を立て直すのは至難の業だ。結局、支援しても、底の抜けたバケツと同じ結果になり、国民に負担を強いる可能性が高い。企業整理を恐れてはならない。

*平成21年11月3日追記

週刊エコノミストによると、隠れた簿外債務があるらしい。退職金給付債務のためで、金額にして、3315億円。しかし、それ以外にもありそうで、合計で、可能性としては、4658億円から8091億円だとしている。利益も出ていないのに、退職給付を出し続けたツケという。これは、もうまともな企業ではない。やはり一旦整理すべきだ。

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2009年9月24日 (木)

ゆっくり急げ~地方への財源移譲

鳩山内閣には、地方への財源移譲に関しては、法的準備は急いだ方がいいかもしれないが、その施行・執行については、ゆっくり急げというスローガンが相応しいかもしれない。

つまり人々の意識は、ゆっくりしているので、意識転換には時間をかけるべきだ。地方は、今まで、自民党政策のやり方に慣らされているので、意識転換は、すぐには行かないかもしれない。

しかしながら、国や地方の財政状況は、惰性の出費を最早許される状況にはない。国も血を流さなければならないが、地方も血を流さなければならなくなる。早く手術をして、出血は早く止めた方が早く治るが、それをおざなりにすれば、いずれ地域住民に重い負担がかかる。

現在、国の無駄遣いが注目されているが、地方の無駄遣いは、ほったらかしである。国同様に天下りも継続されているし、特殊法人も、のさばっている。声高に叫ぶ地方の知事たちも、そこにはまだメスが入っていない。

財源を地方に移管しても、そのような状態が続くことは、住民は決して望まない。地方への財源移譲は、とことんリストラをやって、それを内外に示すべきだろう。そうやって、初めて、地方への財源移譲は許される。

だから、全ての地方に同時に、財源移譲する必要はない。意識転換できた地域には、比較的早く移譲されるだろうが、意識転換が進まないところは、移譲は当面、停止されることになる。

結局、地域の首長には、日本全体を見渡した経営感覚と、地域を豊かにできる政治・行政力が求められる。地域住民に意識転換ができる所だけが最終的には生き残る。つまり、これの意味するところは、地方経営の手腕如何によっては、今後、豊かになる地方と貧しくなる地方格差が必ず出てくる。

だから、今後は、成功した首長を、どのように評価するかも大切なことだ。それは成果報酬が適切かもしれない。就任時は、現在のような高額の報酬を抑え、退任時に成果が出ておれば、成果報酬を受け取れる仕組みがよい。もちろん、首長だけでなく、行政の責任クラスも同様な仕組みにすればいい。

大体、行政組織は、評価システムで動く。今までの評価システムの見直しは急がれる。そして、失敗した首長及び関係者には、どう言う責任を取ってもらうかも、今後は地方選挙には、マニュフェストに、きちんと、うたってもらわねばならない。

財源移譲は確かに地方にとって、裁量性が増すから、運営が楽になることは確かだが、運用を一つ間違えば、どん底に落ちる。財源移譲してもらう前に、やるべきことは、山積みだろう。そういうことを十分果たしてから、首長たちは発言すべきだろう。果たして、地方の首長たちに覚悟はできているのだろうか。

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2009年9月20日 (日)

エコポイント制度は全廃を

一部家電品に対するエコポイント制度に対して、小沢環境相は、来年度も継続するとしたが、これはおかしいだろう。そもそも需要の先食い制度だし、全ての人に恩恵が行き渡らない偏った制度だ。

民主党は、折角政権を握ったのだから、自公政権の作った悪しき制度を廃止すべきだろう。環境問題の観点からしても、非常におかしいのは明らかだ。またエコポイント制度は、結局、家電メーカーへの一時的な救済措置で、根本的な景気対策からは遠い所にある。

確かに環境面では、省エネの機器を導入することは望ましいが、買い替えは、ゴミも発生する。またトータル的には、長期で買い替えの促進を促していくことが望ましく、たまたま買い替えの時期に当たった人だけが恩恵を受ける制度には、大きな疑問もある。

大臣は、発言を撤回させるべきだろう。そうしないと、大臣は、国民から、変な眼で見られるだろう。民主党政権は、基本的には、自公政権の政策を廃止し、再度、その中の取捨選択と政策の練り直しを十分してから、より価値の高い政策に高めてもらいたいものだ。

*追記

ちなみにエコカーに対する制度も同じことだ。

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2009年9月 9日 (水)

民主党政権と、これからの自民党の行方

政権交代して、民主党が政権を握った。たぶん、この政権は本格政権になるだろう。民主党政権が駄目だったら、次の選挙で代えればいいという意見も聞くが、それは非効率だ。

政策を立案し、実行するには、少なくとも10年くらいはかかる。やはり、当面、民主党政権には頑張ってもらうしかない。その間に、選挙は何回かするだろうが、過半数を押さえるため、政策実現には努力するだろう。

もちろん、不確定要因はないではないが、国民としては、しばらく、民主党政権を支持せざるを得ないだろう。その方が、国民にとって望ましい。もちろん、政策の中身については、マニュフェストに書かれた内容と違うことが出てくる可能性もある。

その場合も、国民にしっかり情報公開し、説明し、国民に納得の得られるものであれば、同意されるだろう。というのは、国民は、政権交代に5年待った。人によっては、10年待った。

その間に、それなりに国の状況や課題を理解しているし、できることとできないことの判別ができる。ある意味、国民は政治的に賢くなった。だから、情報がオープンにされれば、同意もし、待つこともできるのだ。

他方、野党に転落した自民党の未来は暗い。一部、復活という議論もあるようだが、それは甘い。もはやズタズタになった組織、人材の老齢化、支持者・団体の高齢化、財界との利権体質、官僚の言いなりの無駄遣い、統一感のないダボハゼ政策の積み重ねのツケ、多数の若手議員落選による活力低迷、そして、これからの政治資金ショートの問題を抱える。

だから、党の再生ということでは、復活はありえない。企業でも、潰れかけた会社が、大胆に大ナタを振るって、改革した例は少ない。むしろ、古い組織は潰して、新しいリーダーによって、新しい組織を作った方が早い。

大体、自民党内は、保守系(憲法改正)、経済自由主義系、リベラル系に大別される。最早、これらが一緒になった運営は難しい。今までは、政権を握っていたから、その状況、状況によって、権力のたらいまわしができたが、野党に転落した以上、政党のカラーを明確にしないと、支持者は増えない。ぼやけた政策では、国民に受け入れられない。

となると、今後、自民党は分裂する可能性が高い。かつて旧社会党が分裂したように、自民党も分裂するだろう。これで、真に五五体制が崩れる。どのような分裂をするかわからないが、まずリベラル系は、新党を作れば、民主政権と提携する可能性は高い。だが優柔不断な人々が多いので、自然消滅する可能性もある。

保守系と経済自由主義系は、新党を作っても、これらはいずれ合同する可能性が高い。両者を導くリーダー次第で融和する可能性もある。いずれにせよ、これらの勢力は、欧米の経済力回復とともに、力を増すかもしれない。だが、欧米の回復は、当面ないので、勢力拡大は難しい。だが、健全な野党は必要だ。

彼らがやるべきことは、若返り化であろう。十年後を見据えて、若い人材を集め、育成する必要がある。それと共に、古い体質の今までのリーダーには引退してもらう。また金権体質も改める必要がある。献金も、企業献金から脱皮する。そして、政策ブレーンの充実も必要だ。議員が自前で政策を立案し、官僚頼りから脱することも大切だ。

これらのことをやって、一つの勢力を作るには最低十年はかかる。そして健全野党から政権獲得には、相当時間がかかると覚悟した方がいいだろう。国民としては、筋肉質に変わった新しい政党を望みたい。

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2009年8月31日 (月)

2009年衆議院選挙に思う

現在、日本の二大政党と言うが、ある意味、保守の二分化と言える。保守合同前に戻ったとも捉えられる。時代が変わり、国民が成熟し、そういうものを受け取り、判断できる時代になったとも言える。見方を変えれば、福田派=自民党、田中派=民主党の選挙ということもできる。田中真紀子氏も、民主党に入ったし。

そういう状況下、2009年衆議院選挙で、民主党が圧勝した。しかし、これは選挙前から、噂されていたし、至極当然のことと受け取れる。すでに、危機感を持った国民は、前回の参議院選挙でも、自民党は負けさせている。保守合同から相当時間が経ち、自民党は、倦んでいた。それに対して、衆議院選でも、国民が掣肘を加えたということだろう。

つまり、今回、自公政権が敗北したのは、政局運営の拙さに呆れた麻生政権だけに罪があるのではない。小渕政権以後、失政は尽きないし、巨大な財政政策による国の多額の借金は国民に重くのしかかっている。それに消費税等、税金の使い道も、約束を守っていない。

さらに、社会保障関係の運営も揺らいでおり、社会保険庁の杜撰な仕事ぶりは、国民にあきれられ、行政に不信感を募らせた。それを放置した政治にも、責任を迫っている。それにもまして、厚生労働省の無駄遣いが明らかになった。

それは国土交通省、農林水産省等の巨大官庁の無駄使いと一緒だった。当然、政官財の癒着による無駄遣いに対する不満が鬱積していた。あまりにも、いい加減な仕事ぶりに、とうとう国民は怒ったということだろう。

それに、小泉政権は、郵政選挙に対して、国民は認証を与えたのに、それ以後、多数を得た自民党は、国民が認めていない法案を次々と強行採決したことも、そのやり方に、国民は危機感を覚えた方は多かろう。

小泉以後、安倍、福田、麻生と、選挙で選ばれていない首相が国を運営してきた。そして、また、たび重なる強行採決。そういう姿は、国民は、自分たちが騙されたとずっと感じてきた。もう、いい加減にしてくれと。

もちろん、今回の自公政権の敗北は、長年にわたる自公の基盤弱体化が、それを後押ししたことは否めない。自民党の下部組織は、ほとんど機能していないし、公明党も、宗教政党であるがゆえ(彼らは否定するだろうが)に、支持層を拡大できない。それに、彼らは、与党として、何の働きもしなかった。選挙応援という“薬”と“権力”の取引で、つながった関係だった。それが権力を腐敗させていた。

しかし、民主党政権になったからと言って、過大な期待は禁物だ。権力を握るのは、初めてだし、政権がスムーズに始動するのには、時間がかかる。政策を法律にして、施行するには、それなりの時間を要する。いますぐに、何かが解決するわけでもない。だが、声の届かない自公政権よりは、ましだろうと、多くの人は民主党を選択したのだ。

更に、小渕政権以後、自民党は延々と失政を続けてきたし、そのツケの処理は簡単ではない。それに民主党は、自公政権がやってきた政策の中身は知らされていないから、これから明らかになる数字に驚くことが多いのではないか。

民主党政権は、むしろ、そのような情報公開をしっかりして、国民の同意を得て、政策を推進することが望まれる。日頃から、情報公開して、国民を味方につけることが、政策運営をしやすくするだろう。

いずれにせよ、政策にもよるが、政策を実現するのには時間がかかる。情報を整理して、国民に早く分かりやすく、説明しつづける姿勢が求められる。それは単にマスコミだけでなく、多くの情報伝達ルートを作って伝えられるべきだろう。新人議員は、それにもっと汗を流すべきだ。国民は馬鹿ではない。

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2009年8月24日 (月)

今回も、期日前投票

衆議院選挙の期日前投票に行ってきた。流風は、ここしばらく、全て期日前投票だ。理由は何でもいいので、これは助かる。投票日は固定なので、その日しか投票できないというのは、不合理だ。そういう意味では、この仕組みは大歓迎。

それに日曜日は、いつもフリーの状態にしておきたい。いろんな催しで拘束を受けるのはかなわない。その日の気分で、行動が決められるのが一番幸せだ。もちろん、地域に住んでいる以上、最低限度の拘束は仕方ない。でも、基本的に自分の時間は、自由であることが望ましい。

もちろん、選挙投票活動は大切なことだが、投票日の拘束は少し辛い。それは従来、投票率の低下につながっていた。だから、この期日前投票は、投票率の改善につながっているはずだ。

ただ、若い人は、依然、投票率が上がっていないというが、結局、それは彼ら自身を不利な状態に追い込む。政党は、世代別投票率をよく観察していて、結局、投票率の高い世代に優先順序をおいて、政策を実行する。投票率が低ければ、その世代の政策は、後回しになる。それが政策というものだ。

果たして、今回の選挙では、若い世代が、どれくらい危機感を抱いて投票するだろうか。とりあえず、今回の選挙では、70%を超えてほしい。

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2009年8月10日 (月)

薬物犯罪者は、“伝染病患者”

世間では、芸能人の薬物犯罪で、騒がしい。彼らは自ら自分を貶めた。いい大人が、困ったことだ。彼らを薬物犯罪に走らせる環境も問題だろうし、彼らの精神性にも問題がある。

そして、彼らの犯罪を軽く扱おうとする一部評論家も許せない。ある番組のコメンテイターは、まず薬物を提供する組織を追求しなければならないと言うけれど~それはそれで大事だが~、本人たちが、そういうことに手を出さないことが大切なはずだ。

そして、彼らに対する罪状は軽くてはいけないだろう。有名人にせよ、無名の人間にせよ、薬物犯罪者には、厳しい制裁が必要とされる。社会への早期の復帰を叫ぶ人もいるが、薬物犯罪者は、ある意味、“伝染病患者”だ。

執行猶予などで、社会に放置すれば、“病”は、再発し、更に深くなるか、さらに他者に“伝染”しかねない。そういうことを防ぐには、一定期間、社会から隔離する必要がある。およそ、伝染病患者が社会でうろうろすることはあり得ないだろう。

そう考えれば、彼らには実刑が求められる。その程度は3年以上が必要だろう。執行猶予するなんて、薬物犯罪者には、最も危険な判断と言える。当局も、裁判所も、より厳しい対応が求められる。

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2009年8月 8日 (土)

“ノーモア・ヒバクシャ”を考える

米軍による広島・長崎への初めての原爆投下は、約20万人の悲惨な死を招いた(その他に、空爆で、一般人が40万人亡くなっている)。それは、多くの一般国民の生命の殲滅だった。これは、ナチによるホロコーストを超えるものだろう。

日本への投下は、米国の人種差別もあると言われる。未だに、米国は、これを正当化を主張し、反省していない。父は、米国とロシアは、決して信用してはならないと、生前よく言っていた。人間に対する大した哲学もなく、ご都合主義の三流国と断言していた。

そのことはともかく、日本は唯一の被爆国である。ただ報復主義では何も解決しない。それでは、世界は破滅するだけだ。今後、このような悲しみは、世界のいかなる国においても、招いてはならない。昨日、NHKでは、特集の「ノーモア・ヒバクシャ」が放送されていた。

日本は被爆国として、世界にもっと日常的にアピールしなければならないのに、政治面では、為政者は、従来、米国への配慮かもしれないが、遠慮気味だった。やっとオバマ大統領の発言に伴い、日本も核兵器に対する考え方を明確にすることが可能と認識しているようだが、その意識の低さに愕然とする。日本が被爆国であると、本当に理解しているのか。

そして、核兵器は使える武器ではない。未だに、核兵器に対して、一部妄想を持つ指導者が世界にいるが、その妄想を早く捨てさせる必要がある。それは使えば、もはや地球を破壊させてしまう。自国だけ助かるということはありえない。

また日本の軍事専門家・政治家等の一部は、日本も核兵器を持つべきだとなど、議論する輩がいるが、彼らは、日本が唯一の被爆国だと言う認識が薄いのは非常に残念だ。核兵器の所有が防衛と考えるのは、世界の一部の妄想指導者同様、むしろ危険な存在でもある。

国を守るものは、何も武器だけではない。被爆国家として、“ノーモア・ヒバクシャ”の国際世論を作ることに意義がある。被爆者の苦しみを、最早、いかなる国の人々も味わうべきではない。“ノーモア・ヒバクシャ”でなくてはならない。これは、日本の国是にしても、いいくらいだ。そして、それを全世界に根付かせる必要がある。

確かに、これからも、正義と正義のぶつかりあいで、世界の争いは無くならないかもしれない。しかし、いかなる場合も、核兵器は使わないという共通の理解は、意思疎通しておかなければならない。

あらゆる国は、相手国の存在があって、はじめて自国も存在できる。相手国民を殲滅させても、いずれ、その死の灰は、自らに、あらゆる意味において、自国民に降りかかってくるという認識を深めるべきだろう。

このような状況下、むしろ、一般の国民が一人ひとり強く意識して、政治家等をリードしなければならないのかもしれない。世界から核兵器をなくすことを、多くの困難を伴うかもしれないが、日本がリーダーシップを発揮して、世界の人々の共通の認識にするようにしなければならない。

それが被爆国の使命だろう。そして、それは一人ひとりの意識の仕方で大きく変わる。さあ、世界の人々を巻き込んで、これからも、“ノーモア・ヒバクシャ”を、一人ずつ推進しよう。そして、同じ意識の仲間をもっと増やしていこう。

*参考

  http://www.nhk.or.jp/no-more-hibakusha/link/

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2009年7月28日 (火)

首相になるには

世間は、衆議院総選挙の話題ばかりだが、いずれにせよ、選挙により、次の首相が決まる。日本は、直接首相を選ぶ制度ではないが、間接的には、それを決めることになる。

だが、現在の日本は投票率が低く、それが政治を迷走させているのは、国民にも原因がある。投票率は70%以上なければ、民意は正しく反映されない。選挙には、必ず投票したいものだ(*注1)。

さて、以前、「首相の条件」について、記したが、今回は、首相になるには、どう言う心構えが必要なのか、先人の言葉を使って、少し触れてみよう。

まず、戦前の首相の岡田啓介(2.26事件で暗殺されそうになった。*注2)は、次のように語っているという。首相になると見えなくなるものとして、三つのものがある(*注3)。

 一つは、金。

 一つは、人

 一つは、国民の顔が向いている方向。

これらが見えなくなると、首相の命脈は絶たれると。そして、歴史から、わかりきったことではあるが、これらから、逃れるには、立派な師から常に教えを請い、常に正論を発し、間違った方向に行かないように諫めてくれる諫臣を持たなければならない。

果たして、最近の首相たちに、そのようなブレーンはいるのだろうか。随分と怪しいものである。もしくは選定を誤っている。戦後しばらくは、安岡正篤氏のような東洋哲学の泰斗が、政治リーダーを指導したが、今は、それがいないように感じられる。

もし、それができなかったらどうするか。池田隼人首相の言ったように、三人の知己を近くに置く必要がある。

それは、国際戦略政治を理解している一流のジャーナリスト(常に客観的に、国際政治力学を観察できる人)、本物の宗教家(宗派に囚われず、真に宗教の意味を理解している者で、政治哲学をアドバイスできる人)、そして、健康管理してくれる名医(東洋医学、西洋医学を十分理解して、アドバイスできる人)である。残念ながら、彼は、在任中、病に倒れたので、十分な健康管理ができていたか疑問であるが。

首相になろうと思う方々は、その人たちの言葉を常に真摯に受け止め、まずブレーンを整えるべきであろう。

*注1

よく父は、投票に行かない人には、税金を重くすべきだと言っていた。いろんな事情で行けない人もいるだろうが、現在は、投票日前に気軽に投票できる制度(期日前投票)もあり、言い訳は許されないだろう。

投票しないで、政治家に苦情を言うのは間違っている。せっかく、投票権が付与されているのだから、それを行使するのは、国民の責任であろう。

*注2

2.26事件で、反乱部隊に殺されたのは、岡田啓介首相に、容貌がよく似た松尾傳蔵大佐だった。

*注3

首相になると、見えなくなる、三つのものとして、岡田啓介は、次のように説明している。

金については、職権で、存分にお金が使えるから、その価値がわからなくなる。

人については、いろんな取り巻き連中から、いろんなことを聞かされるが、人物の見分けがつかなくなる。真に使える人材なのか、単に利用しようとしているだけなのか。

国民の顔の向いている方向とは、国民の心である。国民との距離ができて、見えなくなる。

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2009年7月21日 (火)

インフレ時代の到来予感

国は、多大の借金を抱え、欧米諸国も同様に身動きできない状態だ。世界に重病国家が溢れている。日本も、国や地方の蔵はからっぽで、国民から借用書の山を築いている。何か手立てはあるのか。もう、どうすることもできないのに、それでも国は大盤振る舞いの予算計上。何を考えているのやら。

基本的に、国の蔵を埋めるには、増税か、インフレが必要。増税で、借金を減らす。もう一つは、インフレで、借金を実質減価させる。多くの一般人にとって、デフレ下の増税もインフレも困る。だが、流風は、どうも国が将来インフレ政策を採用するような気がする。

人々は、増税と聞くと耳を塞ぐ。それは何に使われるか不明だし、特定のルートに金が流れるだけと、政府に不信感を持っていることも作用している。そういうことで目先の増税に、心理的に反発する。

他方、バブル崩壊後の、国内経済の長期停滞は、人々の心を不活性にしている。輸出企業だけの頑張りだけでは、人材も育成できない。そういう心理的なことも考え合わすと、インフレは、いつ起こってもおかしくはない。

現実、コストインフレは起こっている。非正規従業員の取り扱いが難しくなって、彼らを活用していた企業の人件費は確実に上昇している。現在のところ、価格転嫁は起こっていないように見えるが、じわじわと物価は上昇している。国の統計では見えないだけだ。

問題は、いつインフレが弾けるだけかということだけだろう。次の政権が、どのような政策を取るかにも、多少影響を受けるかもしれない。所得再分配、財産課税の強化などが打ち出されれば、景気が上昇する可能性もある。

国民は、どちらを望むのか。急激でなければ、インフレを望むかもしれない。だが、インフレのコントロールは難しい。それでも借金をチャラにするには、借金棒引きという徳政令しかないではないのか。現代では、基本的に、それはインフレ。

増税は、なかなか国民の同意を得られないから、残す手段としては、国は、実質借金を減らすには、インフレしかないと思っているかもしれない。国の中でも、一部官僚たちは、それを覚悟しているようなフシが読み取れる。今後の動向に要注意だ。

*追記

考えられるインフレのコントロールは、中央銀行の政策金利の引き上げと、消費税の引き上げとなるだろう。消費税の引き上げも、インフレのコントロールに使うと言うのなら、仕方ないだろう。

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2009年7月 6日 (月)

求められる中小企業の合併

中小企業は、日本の70%近くを占めながら、経営効率と言う意味ではまだまだ問題がある。確かに、雇用という面では頑張っているのだが、経営者が、どんなに頑張っても、小さい組織では限界がある。

例えば、従業員の福利厚生の面では、やはり弱い。少子化対策でも、なかなか浸透しないのは、経営環境が厳しいから、それを受け止める余裕がないからだろう。もちろん、それだけで、合併を提案しているのではない。

特に製造業の場合、その営業力が課題だ。個々の企業のトップセールスには限界があるし、限られた得意先に縛られがちだ。リスク分散という発想はなかなかできない。結局、下請け発想に流されがちだ。だが、下請け環境は、今後も悪化していくだろう。

そうかといって、いきなり自主開発品の開発と販売ということに挑戦しても、成功の確率は低い。余程、入念に実行しないと、借金の山を作るだけだ。まずは、営業力をつけることが望まれる。

しかし、自前の営業組織を作るのも、これまた大変だ。となると、提携営業という考えが出てくるが、これもいろんな利害関係が絡まって、運営が難しい。となると、営業力のある企業と合併するか、組織の営業部門を切り離し、共同営業組織にする必要が求められる。

日本の中小企業は、今後は海外への展開なしに生き残ることもなかなか難しい。だが、中小企業単独での進出では、相手国から相手にしてもらえない。商社を利用する手もあるが、それも限界がある。自前の営業組織がどうしても必要になる。

このように考えると、中小企業の再編が必要になってくる。それぞれの経営者は、自社に対するいろいろな思いがあるだろうが、企業をランクアップし、雇用を確保する観点からも、検討してほしい。それを金融機関や国が後押しすれば、国内の中小企業が活性化されるだろう。

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2009年6月30日 (火)

国家経営の基は、倹約にあり

国家や自治体の金銭感覚は、疑いたくなる場合が多い。それは自分の金と違って、他人の金と思って、国民から預かっている金である意識もないのだろう。そもそも、国家経営の基は倹約にあることを忘れてはならない。

天下りのために、予算取りする官庁も、反国家的行動だろう。これぐらいはいいだろう、の連続が、国家財政を危機に陥れている。多大な国の借金は、いずれ国民の上に、重くのしかかる。

それは税金か、インフレか。いずれにせよ、国民にとっては、あまり望ましいことではない。国家経営は、もっとケチでなければならない。そして、使わなければならない時は、思い切って使う。ということは、各所からの要望に沿って、予算など立てていたら、キリがなく、無駄遣いを生んでしまう。

仮に湯水のような税収があっても、それはいつの間にか無くなる性格のものだ。出ずるを制すということが、国家予算で重要なことは、一般家庭と異ならない。私達は、あまりにも無能な、為政者や行政に任せてきたのだ。彼らに俸給を返上させるべきかもしれない。彼らが高給を取っていいという時代は終わりつつある。

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2009年6月28日 (日)

農地の所有と農業経営の分離

農業者の高齢化と、食糧自給率が低いことから、危機感を感じて、農業が注目されている。新規営農者の募集もされているようだが、問題は農地が確保できないことだという。すなわち、農地の所有者が、現地を離れ、相続しても、誰が所有しているか、第三者にはわかりにくいことが原因という。

すなわち農業を継がない相続者がいるが、それが放置されるという問題がある。結局、活用されない農地があるのは、不自然な感じだ。農水省も対策を考えているようだが、国内資源が有効に活用されるように配慮してほしいものだ。

やはり、そこでは、今後は、農地の所有と農業経営の分離が求められる。ただし、農地を貸し出すにしても、何らかのルールを作り、行政が関与することが望ましいだろう。農地の貸借でトラブルが起こらないようにすることが望まれる。つまり土地を国や地方行政機関が借り上げ、農地所有者を安心させることが肝心だ。

一般経営では、資本と経営の分離は当り前だが、農業分野では、それができていなかった。それには様々な事情があるだろうが、農業就労者が減っている現在、近い将来、食糧安保の問題が大きくなるのは見えている。渋谷ギャルによる渋谷米など、若い人の農業への関心が強まっている間に、制度を抜本的に変えて、新就農者が増えるようにしてもらいたいものだ。

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2009年6月25日 (木)

騒ぐ地方の首長たち

どこかの県知事が、県知事の仕事を放り出して、国会議員になると言っている。そして、自民党の総裁選候補になることを条件にしているという。大体、思い上がりも甚だしい。とても彼はそんな器ではないだろう。知事と国会議員の仕事は全く異なる。

そんなことより、地方財政の無駄遣いの洗い直しをもっと徹底させるべきだろう。国の無駄遣いもひどいが、地方に金をよこせと言っている地方自治体の無駄遣いも相当なものだ。そういうことには、手を入れず、わいわい騒ぐ自治体の首長は情けない。まるで自分の無能さを露わにしているだけではないか。

皆によいしょされるから、天狗になり、思い上がった発言につながるのだろう。こんな低レベルのことはどうでもよいが、あの県民が可哀想なだけである。為政者は、低支持率も困るが、高支持率も、為政者を増長させるだけだと、県民は、初めて気付いたのではないか。

タレント出身の首長たちは、話題作りは、上手だが、地に足のついた行政をやっているとは思えない。全てを否定するつもりはないが、もっと地道な活動を続けるべきだろう。住民や地方役人に負担させることは言わずに、国に全て押し付けるのは、どこかおかしい。

もっとやるべきことをやってから、国と交渉すべきだろう。それを一足飛びに国会議員になったところで、いずれ無力感を味わうだけなのだから、きちんと地方で実績を上げてもらいたいものだ。それができないというのなら、それがあなたの能力の限界と言うことだろう。それなら、さっさと次の人に譲ればいい。

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2009年6月13日 (土)

郵政払下げ問題

凡そ、官から民へ、払い下げる場合は、いろいろ癒着が生じやすい。今、騒いでいる郵政社長人事も、まさにそのことを物語っているようだ。これらの問題は、明治維新時、薩長に資金提供した、三井など旧財閥グループは、ほとんどタダ同然で、国の資産を払下げで譲り受けている。

明治の勲功と言われる人は、多くが金に汚い。それは下級武士で、教養が足りない人々だったからだと言われている。もちろん、払下げの決め方は、闇から闇で、内々に、いつの間にか、決まっていたのだ。もちろん、当時に情報公開などない。

ところが、その問題が、現代の日本に噴出している。流風は、郵政民営化は、米国の要求だとしても、それは、ある程度、評価している。しかしながら、そのやり方は拙速であったことは否めない。

いろんなことが、内々で決められている。権力者と同じ考えを持つものばかりで、審議会等で決定され、それがそのまま実行されている。これは、ある意味、権力の濫用である。いずれ、この問題は、風前の灯状態の自民党政権が終わり、一大疑獄に発展するようだ。そのスケールは、西松問題など微々たるものだ。

もちろん、払下げは、ある程度は、そういうことも仕方ない面があるかもしれない。しかし、やりすぎた。三井住友グループは、その利権を独り占めしようとしたため、多くの嫉妬を生んでいる。郵政の主力人事は、三井住友グループで支配している。ある意味、やりたい放題だ。

結局、平成の時代になっても、権力者と、それを取り巻く一部財界は、あまり教養も高まらず、明治時代とあまり変わっていなかったのは、大変残念だ。そして、多くの人が、奢れる者、久しからずと、彼らが転落する姿を見ることは確実なようだ。

*注

鳩山前総務省大臣は、簡保の問題を大きく考えているようだが、流風は、「郵政」全体の払下げ問題として捉えている。

*追記

もちろん、これらは、守旧派と改革派という、同じむじなの権力闘争という見方もできる。いい迷惑なのは、一般国民だ。

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2009年6月12日 (金)

懲りない人々

多くの人々が、金融危機は去ったと錯覚しているようだ。なぜなら、株式市場や投資信託に投資している人々が増えているという。確かに、株式市場は、銘柄によっては、売られ過ぎたものも散見される。それに投資するのならまだわかる。

しかし、いかに株価が上がっていても、全体としては、不安定な相場ということに変わりはない。輸出企業は、戦略転換の最中だし、仮に転換ができたとしても、業種によっては、以前の利益水準を確保するには、まだ相当の時間がかかるだろう。

もちろん、株式市場が上げているのは、単純に企業業績だけではないことはわかる。株式市場の事情や、世界的な金融規制が強化される流れに、資金循環が変わったとも捉えることができる。

ただ、全体的な雰囲気で、投資するのは危ないことだ。慎重な投資姿勢が望まれる。ましてや、投資信託などは、個人は投資すべきでないだろう。大体、この仕組み自体、投資家にはあまりメリットがない。それは以前にも記した。他人に投資内容を委ねることは、いい加減になりやすい。投資信託するぐらいなら、株式投資の方がまだ許せる。

それなのに、投資信託の解約より申し込みが増えているという。どうも懲りない面々が多いようである。楽をして、運用益を上げるという欲の皮が突っ張れば、その行く先はいつも同じである。第二のリーマンショックはいずれ起こるのである。慎重なお金の運用をしてもらいたいものだ。それは企業の財務担当者にも言える。

*追記

「第二のリーマンショック」が、いつおこるか、それはわからない。そんなもん、わかっていたら、流風は大金持ちになれる(笑)。ただ米国景気が良くなったと、マスコミが持ち上げ始めたら、危機は迫っているということだろう。お金持ちの方は、「財産三分法」を守った方がいいだろう。

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2009年6月 3日 (水)

銀行と証券の一体化の危うさ

この6月より、銀行と証券の一体化が促進されるという。本当に大丈夫だろうか。昨日の日経の匿名記事(平成21年6月2日付朝刊)にもあったが、欧米は金融危機の中で、金融機関に対する規制強化を検討中である。日本は、その流れとずれ、周回遅れの可能性があるとしている。

流風は、日経の意見記事はあまり信用しないのだが、この記事については、同感するところがある。そもそも、銀行自体、バブル崩壊時、大量のリストラにより、必要な人材が不足している。現在の貸し渋り問題も、融資が的確に判断できる人材がいないという。銀行本来の仕事ができていないのだ。

そういう観点からすると、彼らが、まずやるべきことは、人材の育成ではないか。あるいは、退行職員の再雇用かもしれない。いずれにせよ、現在の状況で、銀行が証券業務を拡大したところで、うまくいかないだろう。

それは現在やっている投資信託の販売をしている行員のレベルを見れば明らかだ。極めてレベルが低い。商品知識も不十分だし、現在の経済情勢の把握もしていない。ただ、金利が低く、預貯金を集めることができないので、何だか商品内容はわからないが、売って実績を上げたいだけの姿勢に映る。

このように、投資信託の情報力では、証券会社と雲泥の差がある。多分、それを詰める努力も怠り、ただ業績が上がれば、何でもやるという姿勢なのだろう。そこに新規の証券業務をやったところで成功は覚束ない。結局、人件費と時間を空費するだけになるだろう。

逆に証券会社が銀行業務をやるとしても、それは無理だろう。過去に証券会社出身者が企業に赴いて、うまくやった例は極めて少ない。大概、その企業をボロボロにして、ハイさよならというパターンが多い。

彼らの経営感性は、コンサルタントと同じで、現場が分かっていない。机上の数字だけを上げるのが経営と思われても、どうしようもない。彼らは、企業がら出てくるデータの分析加工は上手だが、いざ経営となると、投資ファンドと同様、素人なのである。

ということは、証券と銀行業務は、本来、ビジネス感性が大きく異なるのだ。それの垣根をはずしても、うまくいくはずがない。人材不足の銀行と、現場経営に疎い証券会社が組んだところで、ろくなことはできない。せいぜい、実物経済に大きな混乱を招くだけにすぎないだろう。

更に、銀行と証券の一体化は、インサイダー取引の更なる横行があるだろう。今までも、金融機関のインサイダーは、暗黙の了解だったニュアンスがある。彼らは否定するだろうが、融資しておれば、情報は取れる。その情報は、各種流れていたのではないか。

今後は、グループ内で、操作できると言っても過言ではないだろう。銀行と証券の一体化は、不正の温床の拡大と捉えることもできる。

そして、いずれ海外の金融規制強化によって、日本の金融機関は締め出され、業績を上げるために、危ういビジネスに走るのではないか。欧米の金融危機と同じことを招くのではないかという疑念がある。

かつてのような行政指導による護送船団方式は、やり過ぎだったが、いずれオープンな行政指導が必要になってくるかもしれない。いずれにしろ、金融自由化は、国際金融市場からすれば、もう時代遅れとなるのだろう。為政者は、朝令暮改を決して恐れてはならない。

*追記

メガバンクをはじめ、多くの金融機関が、莫大な赤字決算を計上している。経営者の無能ぶりは、明らかだか、更に増資しようとしているのは、変な感じを受ける。資本を増強して、自己資本比率をアップしようとしているのだが、一体、金融機関の役割は何なのか。

かつて、政府の行政指導による護送船団方式では、金融機関の経営は、何も考えなくても経営は楽だった。今は、世界を読み、時代を読み、政治の流れを読むことが必須だ。だが、現在の経営者は、金融自由化に対応できる能力を備えていないことから、多くの赤字を垂れ流している。

こうなれば、金融自由化は、一体何だったのか、ということになる

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2009年6月 2日 (火)

インフルエンザ騒動後の景気雑感

6月になったので、どこの学校の衣替えが行われている。学生の服装も、すがすがしい感じだ。社会人も、クールビスが本格的に始動。まちのあちこちで、ノータイ姿か見られた。単にネクタイ外しだけで、装いという雰囲気には、程遠いが、暑苦しいスーツ姿よりは、望ましい。

景気に関しても、心機一転となるだろうか。ぐだぐだと見える範囲で記してみよう。インフルエンザ騒動の発端となった神戸市内のレストランも、お昼でも、客はやや少なめだ。ちょっと深刻な話も聞こえてくる。隣の客たちは、集団で来ても、どこか盛り上がらない雰囲気がある。皆さん、静かに食事をとっている。お酒が入っていないとはいえ、もう少し、話をするものだが、静かだ。おばさんのように、周囲構わず、うるさい客も迷惑だけれど。

中華街も、ガラガラだ。人通りが少なすぎる。でも、お昼のランチは、以前同様、高いまま。いや、以前より上がっているかな。客が少ないから、値上げしたのだろうか。いつまでも、観光客価格で、大丈夫だろうか。どこか工夫が足りないなあ。

駅周辺の飲食施設には、それなりに客が来ているが、駅から少し離れると、閑散としている。元町通りは、人通りは普通だと思うが、店に入っていく人がやや少ない。皆さん、どこに行くのだろう。やはり景気と言うより、インフルエンザの影響が大きいのだろうな。国があんなに騒ぐから、こんなことになる。

百貨店も、客が少ない感じ。大体、エスカレーターに乗ると、その日の客層が見えてくるが、中年の女性も、若い女性も少なく、店員だけが、やけに目立つ。対策は、やはりバーゲンしかないのだろうか。百貨店ビジネスも、その仕組みを大きく変える必要があるのだが、トップがどれくらい気づいているか。

量販店の入りは、まずまずか。エコポイントの仕組みを活用しているのだろうか。流風なんて、もうすでに、買い替えは終わっているから、何の興味もない。不平等な政策だ。電気店からもいろいろ案内はあるが、残念ながら、必要な物がない。エコポイント不使用の国民には、その分、給付金を渡してもらいたいものだ。

車も、エコカーとかいうけれど、ハイブリッドの車に補助金付けるより、電気自動車に購買を促すような政策が大切だろう。過渡期の車に支援してどうなるものでもなかろう。これも、私企業を救済する政策だ。経団連から泣きつかれたのかな。

それにしても、米GMも実質国有化。これから、どうするんだろう。大きすぎて、国が救済しなければならなくなったんだろうが、企業を巨大化させるリスクがいかに大きいことか。そういうと、我が国のメガバンクも、嫌な予感がする。メガバンク3行もいらないだろう。今のうちに、2行は解体するのがいいのではと思ってしまう。

ごちゃごちゃ記していると、何か気分をよくする出来事がない限り、景気は盛り上がりそうにもないと感じる。何が必要なのか、ここでは記さない。でも、あれしかないよね。まあ、それとても、一時的な祭り騒ぎに終わるだろうけれど。しかし、それでも、雰囲気を変えることが求められている。

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2009年5月 1日 (金)

世襲ということ

世襲問題が、やっと政治の世界で取り上げられている。多くの国民にとって、閉塞感があるのは、政治家の世襲も一役担っていることは確かだろう。世襲議員も、能力があればいいではないかという意見もよく聞くが、地盤、看板、鞄で得た地位は、自分の考え通りには、運ばない。結局、これらは世襲議員にとって、大きな足かせになるだろう。

だから、いかに世襲議員に能力が高くとも、それは割り引いて考えなければならない。すなわち、あるべき政策が反映されない場合が多いと見てよい。これが世襲議員の根本的な問題だ。

だから、地盤、看板、鞄(金)をすべて引き継がず、独自の能力で、全く違う選挙区で立候補するなら、それを阻むことはできないだろう。独自の地盤を築き、自分のブランドを築き、多くの支持者から個人献金を集めて、政治家になるのを抑えることはできない。

ただ、現在の世襲議員は、いわゆる出来上がったものの上に乗っかった、お飾り議員であるのがほとんどだろう。自分自身の考えは、基本的に何も反映されない場合も多いだろう。あるいは制限されるだろう。結局、大半は世情に疎く、たまに意見を言っても、世間外れの頓珍漢な的外れの発言をして、騒動を起こすぐらいだ。

国民が政治に対して、諦め、閉塞感を持たないような仕組みが必要だろう。世襲を制限し、新たに政治を志す人々が出てくるようにしたいものだ。そうすれば、本当の世論が反映され、マスコミによる衆愚政治も少しは改善されるだろう。

*追記

一部マスコミ(朝ズバなど)は、世襲制限に、やや否定的だが、何もわかっていない。安易なコメントをしてほしくない。もともと司会者が意見を言うレベルの低い報道番組だが、コメンテイターも問題が多い。

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2009年4月28日 (火)

日米同盟後を今後どのように考えるか

米国の、その存在価値が大きく揺らいでいる。金融恐慌は、米英の覇権を大きく傷つけている。最早いかなる対策を打っても、回復は不可能だろう。それは米国の資本家が既に逃避傾向にあることからもわかる。危険を感じ取れば、ネズミはいち早く逃げていく。それは本能的なものだ。投資家も、その点はシビアだ。

そういう状況下、政府与党は、未だに米国同盟などと言っている。過去のいろんなしがらみや、歴史がそう言わせるのだろうが、それは最早、幻想に過ぎないだろう。北朝鮮への対応でも、米国は、日本を守る気がないことがはっきりした。

日米同盟は、日本より、米国に金づるの確保と言う意味で価値があったが、自民党は、安保ということで、恐怖心を煽られて、「巨大な人参」と共に取り込まれていた。彼らのやり方は、軍事産業をバックに持つ米政権の恫喝と政治資金供与という「飴とムチ」による同盟の強要であったも言える。

もちろん、戦後の混乱期は、仕方ない選択であったが、最早、自立できる状態なのに、不平等同盟は、あまり意味がない。むしろ日本の主権を侵害するものだ。

更に、既に、米国は海外に軍隊を出す余裕はないだろう。それなのに、かなり無理している状態だ。そういうことで、米国も、日本に対して、独自外交を推進せよと、一部の政治家は言い始めている。国家状況の変化により、日本との同盟がお荷物になってきたようだ。

ただ、今、米国が欲しいのは、日本のお金であり、既に持っている米国債を売却しないでくれと、いうのが本音だろう。しかし、ドルの価値は、いつかわからないが、いずれ紙切れになる。急激には、処分はしないだろうが、徐々に持ち高を減らすしかない。

ましてや、新規の米国債など、今後、いかに日本がお人よしでも、買うことはできない。米国市場は、延命策を取りたいのだろうが、今までの無理な消費が災いして、市場規模は縮小していき、国力も落ちていく。

だから、基本的に、総合的観点から、まず、不平等日米同盟を発展的に解消して、日本独自の外交を推進すべきだ。日本が米国の落ち目に付き合う必要はない。いずれ米国との不平等関係は解消して、新たに準同盟ということに落ち着くだろう。

だが、いますぐに日本にそれをやれと言っても、日本の各種情報活動が十分でないし、現在、それをやることはかなり難しいのは確かだ。だが、いつか来る未来だ。それに対応できる準備は急がなくてはならない。特に、外交・防衛も含めて、体制を整えることは大切だ。その点では、国民にも、覚悟が必要だ。

結局、将来的に今後、同盟すべき国は明らかだ。それは、時間的差異はあるが、中国、インド、中東、ということになるだろう。つまり4大文化圏に回帰するのだ。アジア中心の「ニューシルクロード同盟」とでも言うべき、これらの国々との関係強化は、必然的に望まれるようになる。

その時、準同盟先としては、米国、ユーロ(ロシアはユーロに含める)ということになる。これらの国が、日本を含めて、4大文化圏の国々を支援する方向に動かざるを得ない。それをどう考えるのか。政治、経済、文化、金融、軍事のあらゆる点での点検が必要になる。高度の総合的調整能力がこれからの課題になるだろう。

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2009年4月24日 (金)

瀕死企業を救済する愚

瀕死企業を救済するのは、米国政府かと思っていたら、日本政府も、瀕死企業を公的資金を投入して、救済している。非常に馬鹿げたことだ。経営力のない企業は、大企業であろうと、整理ししなければならない。それが盛者必衰の理だ。

そんなところに公的資金を投じて、株価を底上げしようとしても、それは一瞬で終わる。仮に、それが金融機関の持ち株の時価評価を上げるためとしても、極めてリスキーな投入に変わりはない。公的資金は無駄に使われる可能性は高い。それは税金の無駄遣いと断言できる。

もちろん今回のような急激な環境変化でも、それは同じだ。国は、失業者を生まないためと言うが、それはおかしい。そんなことを言えば、すべての企業を国が救済しなければならなくなる。それは市場の法則を無視したものだ。

同様に中小企業に対してはどうかというと、多額の融資保証して、これまた救済している。中小企業の場合は、銀行の貸し渋りが原因で、運転資金が足りないためで、資金供給すれば立ち直れる企業の場合は、そのように支援していくことも大切と思うが、そうでない企業は整理しなければならない。

スクラップ・アンド・ビルドは、いかなる時にも、市場を発展させる大切な考え方だ。多くの失業者がでることを案じて、企業を生き残らせても、今後、その企業が立ち直れるかどうかは、極めて疑問である。さらに大企業のように、企業組織が大きいと、かえって現状のままでは、生き残るのは難しいところが大半ではないか。

裏読みすれば、政府与党の選挙対策ではないかという疑念も生じてくる。本来あるべき企業行動が、個別に求められるのであって、国に支援されるようになったら、その企業は終わりだろう。

本来、金融システムの秩序のためなら、やはり世界金融システムの見直しと会計制度の見直しに時間をかけても、早く取り組むべきなのだ。それらを無視したところで、事態は一向に改善されないことを知るべきだ。企業救済のための安易な公的資金の投入は、大きな資源と時間の無駄と断言できる。

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2009年4月13日 (月)

買いたいものがない

政府は、消費刺激にやっきだが、流風は、歳のせいか、特に買いたい物がない。お金がないからと言ってしまえば、それまでだが、世間一般からすると、持ち物が少ない割に、使いたいと思うような物がない。壊れたパソコンは、買い換えたので、当面、その他に消費に回すことはない。

最近、よく使うのは、従来通り、書籍代やガーデニング関係ぐらいだ。後は、ほとんどが食事代と交通費だ。国は、流風みたいな消費者ばかりでは、困るのだろうが、倹しい生活を送っていれば、これは当然だろう。国民に贅沢消費を望めば、米国みたいになってしまう。

日本の財政だって、出入をきちんと管理していないから、今のような財政状況になる。そして、国民が消費してくれないと、消費税の上りが少なくなると嘆く。でもねえ、社会保障の不安定さは、将来に不安を感じる。それは熟年者だけでなく、若い人もそうだろう。

いや若い人の方が深刻かもしれない。国が本当に消費を拡大させたいのなら、まず社会保障の安定の仕組みをつくることだろう。そうしないと、日本の消費は、いつまでも低迷し、成長率も上がらないだろう。

*注

上記の「買いたいものがない」というのは、一応、日用品以外の話です。

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2009年4月12日 (日)

現政権が続く限り、消費税は20%を避けられないのか

麻生政権の財政ばら撒きは、後世に多くの負担を課すことになるかもしれない。それは小渕政権の二の舞になる可能性が高い。米国に追随する政策は、将来、国民を苦しめることになるだろう。つまり消費税等の税率アップが待ち構えていると言うべきだろう。あるいは、それを見込んで政策を打っている感がある。

しかしながら、消費税を5%上げるだけで、国民の抵抗は大きい。本来、逆進税である消費税は、単に税金を集めるというだけでは、低所得者は納得しないだろう。やはり、その使い道をはっきり宣言して、それを約束することが大切だ。

例えば、応益課税であるべき社会保障の充実には、この税は適正と言える。もちろん、高齢による健康の個人差はあるが、最終的には、医療や介護の世話になる。相互扶助的な税として捉えれば、当局が正しく運用する限りにおいては問題が少ない。

ところが、今回発表された追加経済対策は、偏った政策であり、国民が平等に恩恵を受けるわけでもない。社会保障の充実に、5%の消費税アップは、その使い道が明確であれば、国民は了承するかもしれないが、今回の追加経済対策は、ほとんど関係ないことだ。

そうでなくても、歳入をはるかに超える歳出予算を組んでおり、財政赤字は膨らむばかりである。そして、それはいつかどこかで賄わなければならなくなる。そうなると、仮に低成長が続けば、消費税20%もありうる話だ。

残念ながら、麻生政権は、わいわい騒ぐ業界の要望に応えることに必死(もちろん選挙対策)で、本当の経済金融政策課題を理解していないのかもしれない。

*追記

日本の経済が本当に不況なのか再考しなければならない。金融破綻の一時的なショックが、不況と混同されている。根本の問題は、金融問題であり、経済対策でないはずだ。景気は、「現状のこれが普通」と考えるべきだろう。

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2009年4月 5日 (日)

隣国の人工衛星打ち上げによる騒動

北朝鮮による人工衛星打ち上げは、明らかに問題が多い。どの国も国際社会で生き残るには、それなりの配慮が当然だ。日本と北朝鮮は非常に近く、近所付き合いのルールは守られるべきだろう。北朝鮮としては、常に国際社会から注目されたいのだろうから、一応、その目的も達成したのだから、打ち上げは取りやめるか、軌道修正が求められるだろう。

凡そ、戦争というのは偶発的事故から起こることも多い。両国は、それを望まないだろう。それなら、北朝鮮は、敢えて、そういうリスクを冒して、打ち上げをする必要はないだろう。結局、喜ぶのは、軍需産業のみであろう。そうでなくても、今回の打ち上げ騒動で、いろんな兵器の存在をアピールした。あれは全世界に配信されるから、広告効果は抜群である。

軍需産業の常套手段としては、対立する国々を、お互いに襲われる恐怖でけしかけることで、不安を煽り、彼らの武器を売り込む。今回の北朝鮮の衛星打ち上げと日本の対応は、自然な成り行きとはいえ、彼らの思うツボであることも事実だ。両国は、彼らに踊らされることなく、冷静に動いてもらいたいものだ。

*平成21年4月5日追記

残念ながら、北朝鮮は、ミサイルを打ち上げ、日本上空を通過し、太平洋上に落下したらしい。この目的が何か不明だが、米国との交渉を有利にしたいようだ。

しかし、そのことで、日本の領空海圏が侵害されるのは、一般国民としても、決して許すことはできない。彼らの真の意図と黒幕の存在を確認する必要がある。プライドが高いのはいいが、現実を無視した危険な発想は、彼らの存在価値を危うくするだろう。

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2009年4月 3日 (金)

財政出動による景気対策は有効か

G20では、財政政策の有効性について、二派に分かれて、喧々諤々とやっているようだ。船頭多くして、船山に登るの感じだ。その中で、麻生首相は、米国同様、財政政策を有効として、消極的なドイツやフランスを批判している。

しかしながら、ドイツやフランスの気持ちもわからぬでもない。米国の尻拭いのため、なぜ追加の財政支出拡大をしなければならないのか、彼らは納得できないだろう。

また現在、日本政府がやろうとしている財政出動が有効かと問われれば、その評価は難しい。政府は恐慌時の経済政策としては財政政策が有効と考えているのだろうが、財政政策が万能なわけでもない。ただ、低金利すぎて金融政策が機能していない現在、何らかの刺激が必要と考えるのは、政策担当者の常であろう。

だが、もう少し、市場の見極めが必要ではなかろうか。米国市場の悪化から、輸出企業が急速に業績を悪化させているのは事実だが、それは方向転換させるのに時間がかかるだけのことだ。

そのつなぎとしての財政支出は、下請け業者や失業者対策としての財政出動は必要なものかもしれない。だが、輸出企業のために、過剰な税軽減策をやってきたことを忘れてはならない。偏った産業政策が今の危機を迎えているのだ。

この政策の失敗を無闇に批判するつもりはないが、輸出企業は、その下請け企業も従業員も、景気の良い時、その恩恵を受けているのだから、悪くなったからと言って、それで国に泣きつくのはおかしいと考えられる。そう考えれば、財政出動は、極めて不公平と言える。

これらの企業に対する過剰な支援は、その他の国内企業への支援とのバランスが悪い。まず、それを是正するべきだろう。それを隠蔽するために、付け焼刃的に、一時的に国内雇用を増やす政策を打ち出しても、その効果は長期的には、あまり意味がない。

ましてや米国との関係で財政出動を増やすというのは、馬鹿げている。安易に国民負担を拡大させる発想での景気回復の発想はやめるべきだろう。輸出企業に従事していない、その他の国内産業にいる者には、極めて納得が行かないだろう。

むしろ、そういう政策ではなくて、金利を上げうる経済状況にするためには、米国が時価会計の基準を緩和したように、会計制度の見直しが、企業の財務状況の改善につながり、それが株価を上昇させて、景気回復の雰囲気を作り出すことを忘れてはならない。以前にも記したが、時価会計の見直しが、財政出動より優先されるべきだろう。

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2009年3月28日 (土)

小沢続投と総選挙迫る

ついに総選挙を首相が決断したのか。副大臣らの大臣綱紀不正は、それを物語っているように見える。資金集めに奔走しているのだ。頭隠して、尻隠さず(笑)。いよいよ国民の出番か。大いに自分の意見として投票したいものだ。でも、長い間、待たされたな。

ところで、小沢周辺捜索は、多分、政府による暗黙の指示(検察が単独で動くとは考えにくい)と検察官僚の保身で、利益が一致し、政治献金絡み捜索で、民主党や世論を撹乱し、自民党有利に持って行きたかったのだろう。

多くの国民は、マスコミ各社の報道に踊らされて、小沢氏に批判的だが、国民の目は案外醒めている。小沢報道を聞いても、選挙結果の方向性ははっきりしている。問題は、民主党にどれくらいの席を与えるかだ。過半数はいいとしても、いきなり三分の二を与えるのも、やや心配と考える向きも多いかもしれない。

小沢氏はパワフルだが、過去に脛に傷を持つ身とも言える。だが、政治家は、そのやり方は異なるにしても、皆、叩けば埃の出る身体だろう。それに悪い奴ほど、直接手を汚さないものだ。合法的に脱法行為をしている政治家は多いだろう。小沢氏だけを叩きすぎるのも、どうかしている。

そうかと言って、これほど露にされてしまっては、一応格好だけはつけなければならないのか、国民としても迷う。だが、蓮の花も泥沼から生まれる。先入観で判断すれば、多くを失うのは国民だ。マスコミは、しきりに代表の退任を促すが、政官民の癒着構造を改革できるのは、小沢氏のような人物だ。

すなわち、その仕組みを熟知している彼が、改革の適任者でもある。言い方を変えれば、「毒を以って毒を制する」ニュアンスだ。そういうことを期待すると、ここで小沢氏を退任させるのも、もったいない感じもするのだ。

あまり、綺麗ごとで、退任だ、退任だと騒いでも、果たしてどうなのだろう。もちろん、代表が変わって、改革委員長には、小沢氏に就いてもらう方法もあるが、あの性格で引き受けるかどうか。首相でないとできないこともある。難しいところだ。国民にとって、何がプラスなのか、よく考える必要がある。

いずれにしても選挙はまもなく始まる雰囲気だ。いかなる選択で、日本を、どう変えるのか、そういう視点で、投票に行こうと思う。

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2009年3月24日 (火)

公務員の天下りを考える

天下り問題で、いろいろ揉めているが、なかなか難しい問題である。原因をわかりやすく考えると、問題点は、次のようかもしれない。

 一、年功序列体系による、上位ポストの限界があること

 二、一般的に、公務員は、天下りさせても、天下り先で役に立たないということ

一については、民間の会社でもそうだが、上位のポストは限られる。上位ポストの獲得に失敗すれば、後輩の部下ということもありうる。民間企業では当たり前だが、官庁は、そういうことを許さない雰囲気があるのだろうか。すなわち、先輩、後輩の関係重視の風潮があるのだろう。

そこで、出世競争にある程度、先が見えてくると、競争に負けた人材は外部に転出される。転出時年齢は、定年まで、まだ時間があるため、実質「引退職」として、天下り先をあてがわれるということのようだ。

二については、大会社や銀行でも、そういう天下りに似たような慣行はある。今は、なかなか難しくなったが、それでも、得意先の企業に人材を押し付けられることもあるだろう。大企業の場合は、かつて天下りとして、中堅・中小企業に天下った。だが、その人材が能力があればいいが、往々にして、天下り先企業では役に立たないことが多い。

公務員も同様で、民間に天下りさせても、公務員での専門の経験は豊富でも、それはマクロの問題処理に通じているだけで、企業というミクロの問題処理には通じていないから、結局、役に立たないことが多い。企業側としては、こういう人材を押し付けられると、実質コスト負担が増す。そこで、人材を天下りさせる側は、受け入れ先の負担を軽減するために、ヒモ付き物件を随意契約で回すということになる。それは先輩の面子を立てるためでもあろう。

しかしながら、それは、ある意味、税金の無駄遣いでもある。それは回した仕事に、天下りの人材の人件費を上乗せさせるからだ。そして、彼らが実際、仕事をやればいいが、やるとかえってややこしくなるので、受け入れ先も、何もやらせないということになる。

結局、出勤は滅多にせず、様子を見るためと称して、時々、企業に行くだけぐらいだろう。これが天下りの実態だろう。だが、公共投資が減った現在、受け入れている民間企業も減っている。そこで、特殊法人や独立行政法人という、官庁の「子会社」(*注1)を作って、そこに押し込んで、同じことを繰り返している。

しかし、本当にそれでいいのだろうか。能力のある人間が、仕事もせずに俸給を受け取って、その人にとって、有為な時間が過ごせるだろうか。彼らも後輩たちに、延々、馬鹿にされているようにも思える。それでは、天下りをなくすためには、どうすればいいのか。

基本的に、定年まで勤めてもらうのがいい。官庁でも、いつまでも年功序列を続けるのは無理がある。それには、まず、ピラミッド組織を改変する必要がある。要するに、フラットな組織だ。中間管理職をなくして、組織トップと平の職員が直結する組織だ。

本来、公務員は、国民のスタッフであるから、サービス対応にスピードが加わらなければならない。それには、ピラミッド組織では、対応が遅れる。それに機敏に対応するには、フラットで、多様な役割が分業することが必要だ。

そうすると、課長は多く必要になり、トップの次官にならなくても、それなりの地位は確保されることになり、天下りで追い出さなくても、人件費が増えないように俸給体系を改めれば、定年まで勤めさせることが可能だ。

基本的には、中間管理職をなくして、人件費を浮かせることだ。情報化が進展した結果、中途半端な調整職は不要だ(*注2)。トップと平が直結する組織が望まれる。それでも、年下の管理者の下に、年長の部下ということはありうるが、それは薄められる感じがする。

天下りは、単に国家としての経費のムダと言うことだけでなく、人材を十分に活かせないということを招く。天下りさせるほど人材が余っているわけでもなかろう。彼らには、皆、官庁にとどまって、もっと仕事をしてもらいたいものだ。要するに、定年まで人材を活かす発想が官に求められる。

*注1 官庁の「子会社」はなぜ作られるか

天下り先としての必要性とは別に、単年度予算での限界をまかなう、官の「へそくり」機能もあると、見ている。

*注2  中間職の排除

組織を改編して、中間管理職をなくせば、人件費の相当額が浮く。それは地方の小さい組織で実験済みであり、民間企業でも同様な結果が出ている。官庁組織も、そのように改めるべきだろう。基本は、人件費削減と、国民サービスへのスピード対応だ。組織をフラットな組織にするだけで、それは可能だ。

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2009年3月23日 (月)

株式投資は悪か

麻生首相が、ある政府の懇談会で、証券会社の社長の発言に対して、株は悪だという雰囲気をなくすことに同意しながらも、田舎では株屋というのは怪しいというような発言をしたらしい。また軽口ということで、例の如く非難されている。しかし、今回ばかりは、彼を擁護しよう(笑)。

国が、「貯蓄から投資へ」と国民を誘導したが、一般国民が、その通りにして、幸せになった人はほとんどいないだろう。株式に限らず、証券投資は、なかなか難しいものである。だから誰でも、それを行うというのは無理がある。相当な心構えと知識がなくては成功しない。

そして、証券投資が昔は、博打と同様に見られていたのは、その裏にある怪しさを人々は察していたからだ。株式投資は、ゼロサムであるから、ある人が儲ければ、ある人は損をする構造だ。だから博打と同様と見られる。証券会社は取引が増えれば、儲かる仕組みは、まさに胴元と同じ構造だ。

それに、昔は、今で言うインサイダー取引は横行していたし、現在のように情報が流通していなかったから、一握りの人間のみが利益を独占できた。それはイカサマ博打と似た構造だ。つまり、ずるをした人々が儲け、何も知らない人間が損をする仕組みだった。

もっとも、戦後は、経済が順調に成長していたから、基本的に一流株や資産株を所有している人々は、時間をかけて相当資産を増やしたことは事実だろう。但し、それは相当、金融資産があった人々に限られる。現在のように、誰でも投資できる状況ではなかっただろう。

現在は、単位株が下がり、誰でも投資しやすくなったが、それだけ、多くの人々がリスクを抱えるようになったということだ。もちろん、リスクを取らなければ、大きな利益も見込めないことは事実だが、現在は経済が低迷しており、高度成長時における株式投資と基本的に状況も大きく異なっている。

そのような状況下で、株式投資を促しても、資本市場も動かず、多くの人々は利益を上げることはなかなか難しい。昔と今は状況が違うとは言え、株式投資の危うさは今も変らない。さすがにインサイダー取引は表面上は減っているかもしれないが、多くの情報操作で、株価が動いている。

だから、株式投資をする人は、相当の覚悟が求められる。田舎の人々の認識を笑ってはならない。現況、資本市場の危うさに近づくのは、あまりよろしくない。なぜ、麻生発言をそんなに非難するのだろうか。マスコミも証券会社の回し者なのか。

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2009年3月16日 (月)

欧米の金融崩壊から学ぶこと

欧米の金融バブル崩壊からから学べることは、次のことだろうか。

一、人間の営みは、ある一定期間をおいて、バブルを繰り返す。

二、実物経済と金融のバランスを崩すと、バブル崩壊が生じ、本来あるべき姿に戻す。

三、だが、国や国民は、多くの損害を抱え、それを回復するには、相当の時間がかかる。

四、世界を一つのシステムにすると、リスクが拡大し、弊害がある。違うシステムを持つことが、リスク分散になる。世界一元化は、最も危険な道である。

五、よって、世界の多様性の堅持が世界を強くする。各国の文化の違いを認め、それぞれの国家・経済の運営方法を認めることが大切だ。

*追記

全世界を同一のシステムにすることは大きな弊害がある。多くの世界機関の見直しが求められる。それは地域システムをオリジナルで作ることが要請されているとも言える。

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2009年3月12日 (木)

時価会計から簿価会計に戻そう

株価が相変わらず低迷している。これは予想の範囲だが、ややピッチが早い。そして、現在の株価は、日本の企業の実態を表しているものでは必ずしもそうではないということを押えておかなければならない。確かに財務内容の悪い企業もあるが、多くは健全な企業だ。株価が悪化している、ほとんどの理由は、欧米の金融上の問題だ。日本株を処分せざるを得ない状況に追い込まれているのだ。

だから、政府がいかに株価対策をしたところで、株価は上昇しない。無駄に買い支えしたとしても、株のナンピン買いと同じで、下落場面では、株価上昇に、ほとんど機能しない。だから、底値を見届けてから、株価対策するのならいいが、現状、メリットはない。その見極めは難しいが、それは欧米金融市場がそれなりの対策を打った時と言える。

つまり、彼らも、全ては金融の仕組みの見直しをしない限り、株価は下落していき、金融恐慌から脱することはできないだろう。もちろん、限界まで来たら、ユダヤ資本が動き出すかもしれないが、あまりそういうことは期待しない方がいいだろう。そういうことに気づいたのか、米国では、時価会計の見直しの機運が出ているようだ。

そして今後のことを考えると、日本も会計制度の見直しが至急必要だ。このことは3月2日付、拙ブログ「景気対策に必要なことは、金融制度・運用システムの再見直し」でも触れた。会計の専門家ではないので、そういうことが可能かどうかわからないが、時価会計から簿価会計に戻すことが、現在の困難を脱する一つの方法に思えて仕方ない。会計屋は建前で反対するが、最早、そういうことを言っておれない経済状況だろう。

生前、父は、簿価会計を時価会計に変えることの懸念を盛んにしていた。「確かに、理論上は、どちらにも長所があり、短所がある。全体としてみれば、問題がないように見える。客観的に見れば、どちらがよいか迷うだろう。だが、日本人には、時価会計は馴染まないだろう」と言っていた。

今にして、思うのは、父の危惧が当たってしまったような気がする。時価会計だと、目先だけ見ているジェットコースター経営になる。だから、経営者自身が、目先ばかり見て、当座の利益ばかりに目線を当てていたら、経営を大きく誤まる可能性がある。つまり、常に危機的状況にありながら、将来を見据える経営をしなければならない。そんな芸術的経営は、全ての経営者ができるだろうか。

つまり、時価会計では、今、視線を見誤れば、即、経営は悪化する。つまるところ、綱渡り経営なのだ。そのような状況で、未来など見据えることなどできようか。目先の経営で精一杯だろう。結局、経営者は、自分が在籍している時のみ、好業績で、後のことはどうでもいい、という意識になる。

簿価会計では、含み資産によって、危機の緩衝帯として活用できるので、長期的視点で経営にあたれる。今問題になっている雇用に関してもだ。時価会計では、そんなことは出来ない。国際市場でビジネスするためには、本当に時価会計も止むを得ないのだろうか。

だが、皮肉にも欧米企業も、時価会計で苦しんでいる。時価会計は、米国が推し進めた新自由主義の産物であるので、いまや、それが崩壊したのだから、時価会計は止めるべきだ。

もちろん完全な会計制度などありえない。結局は、それを運用する経営者の姿勢で結果は決まるのは確かだ。けれども、今こそ、時価会計は見直しされるべきだろう。企業が設立された時に遡って、簿価に計算しなおして、含み益を計上すれば、相当の損失額を帳消しできるのではないか。

特に金融機関の経営安定は、景気に大きく影響する。政府は、いろんな小手先の政策をやるのではなく、この根本的な政策変更に各国と連携しながら、重点的にやるべきだろう。

*追記

米国ガイトナー財務長官が、G20に対して、GDPの2%の財政出動を要請するそうだが、意味のない話だ。ほとんどが焼け石に水だろう。沈む欧米の金融恐慌に対して、即効的な打つべき手はない。金融システムの見直しを急ぐ必要がある。

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2009年3月10日 (火)

消費税アップ考 その三

国民としては、消費税アップに備えて、若干の抵抗措置を準備する必要もある(笑)。それは、まず上がる前に何を購入するかということ。それは各人、経済状態が異なるから、いろんな考えがあるだろう。基本的には、高額な消費は、上がる前にということになる。

それでは、今のうちに、何を購入すればいいのだろう。不動産か、車か、太陽光発電か、デジタルテレビか。優先するものとしては、それぞれ各人が感じている、できるだけ高額の商品がいいだろう。支払いは、現金が望ましい。ローンはいずれにせよ避けた方がいいだろう。

ローンを組むことは、避けたいが、金利が低ければ、金額の一部を短期ローン(それでも、総額の3割程度に留めることが望ましい)で不動産の購入もいいかもしれない。不動産は、欧米諸国のようにバブル崩壊直後の状態とは環境が異なるので、価格的にも、こなれた、よい物件がたくさんあるように思う。

特に地方の中核都市近辺は面白い。比較的広い敷地の獲得も可能だろう。すぐに住まないのであれば、とりあえず、古家付きを購入しておき、更地にせず、そのまま持っておき、しばらく別荘扱いというのもいい。

また一部ハウジングメーカーがやっているようだが、家庭菜園付き住宅が主流になるかもしれない。また、中核都市周辺は、過疎の町とは違い、都市部ほどではないが、一応社会保障体制は整っているので、老後の終の住まいにも適しているし、子供が相続しても、価値は損なわれないだろう。

マンションも、都市部に限っては、中古マンションも面白い。残余価値の査定が難しいが、交通の便が良いところは検討してみる価値がある。その場合、1981年以後の建築で、建築主がどこか、管理会社がどこで、そこの評価から選ぶことも大切だ。ただ、いくら安くても投資物件という考え方は一般人は捨てた方がいい。あくまで、自分が住むということが前提だ。

また住宅が動けば、住宅関連商品も動くだろう。そこでは、今までとは違って、西欧型耐久消費が盛んになるだろう。つまり子供たちへ遺せる「耐久性のある物品」の購入が増える可能性が高い。

これは、一つの環境対応行動である。メーカーも、メンテナンス体制を整える必要があるが、基本的にはメンテナンスフリーの商品強化が望まれるが、その中で、修繕ビジネスは、もっと拡大するだろう。

太陽光発電については、いずれ全戸設置義務付けとなるであろうが、現在は価格が高く、電気料金がペイするのに、何十年もかかる。よって、商品代・設置費・メンテナンス価格が現在の1/4から1/5にならないと普及しない。だから、スピードを上げて国家事業にするには、国からの相当の支援がないと、なかなか難しい感じもする。

だから、消費税上げ前の導入というのは、なかなか難しいかもしれない。だが部分導入というのは可能かもしれない。ベンチャー企業も含めて、いろんなタイプの商品開発を急いでもらいたい。また設置工事業者・電気工事業者・メーカーの協働も求められる。

車については、脱ガソリン車への脱皮には、まだ時間がかかり、消費税増税前には間に合わないだろう。ハイブリッドタイプもいいが、自動車会社は開発を急いでもらいたいものだ。但し、高級タイプではなく、普及型の開発に重点を移すべきだろう。そのためには、それは国内だけでなく、海外市場を強く意識した開発でなければならない。いずれ、逆輸入ということになる可能性も高い。

デジタルテレビは、そんなに買い急ぐこともないだろう。この市場はメルトダウンし、価格は、更に下落していくだろうし、消費税上げ後も、メーカーは、さらに価格ダウンの提示を求められるだろう。だから、2011年で、アナログ放送がなくなるとしても、慌てる必要はない。価格が落ち着いてから、ゆっくり品定めすればいい。

後は、女性の好きなブランド品だが、消費税上げというより、円高が続いている(今は、若干円安に流れているが、一時的)この時期が買い時であることは間違いない。ただ、海外ブランドも、商品価値の割りに高いものも多くあり、女性も価値の見定めにもっとシビアになるべきだろう。いずれ、国内ブランドの見直しが起こることは十分ありうるとみる。真の商品価値を見定める眼力を磨きたいものだ。そのようにして、本物だけが残ることになろう。

いずれにせよ、消費税の増税対応として、消費者行動は大きく変化していくだろう。基本的に、価値のある物を長期に使っていく思考になるだろう。これは環境行動にも合致し、望ましい。そういうことで、リフォーム、メンテナンス、修理という分野が、大きなビジネスになっていくことだろう。使い捨て文化になれたメーカーは、大きく、その企業行動を転換することが求められる。それは消費税アップ効果と言えなくもない。

(この考、一応これで終わり。)

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2009年3月 9日 (月)

消費税アップ考 その二

国民の多数は、消費税増税は止むを得ないと理解を示しながらも、何かと納得できない現在がある。更に不明なのは、どのような消費税の上げ方をするのかということと、消費税の増税額がどのように使われるのかということが明確になっていないことだ。

それに消費税を上げるのに、現在の問題は、現在の国家・政府に対する信頼感が落ちていることだ。自民党は、小渕政権より失政続きだ。小泉政権で、郵政民営化や銀行の不良債権処理などで多少カバーしたものの、多くの政策は失敗している。

その上、官僚を説得して、無駄な歳出カットは十分できていない。縦割りの組織ロスに加えて、国家公務員の人件費カットにメスが全く入っていない。やたら官僚の抵抗が強すぎる。しかし、彼らも公僕なのだから、自省する必要があろう。

何でもかんでも抵抗するのは、無教養の謗りを免れない。しかし、政治家の方も官僚を説得し納得させる器が足りないのも事実だ。そして、最悪なことは、官に依存度の高い自民党政権では改革に限界があるということだ。

政権の行方は、小沢問題が出た後も、民主党政権を望まざるをえない。彼なら力ずくで改革できるのではと期待されるからだ。だが、民主党は、小沢問題で、動揺しているという。

しかしながら、民主党に有利なのは、仮に代表が変更になっても、なんら変わりは無い。民主党全体は、全てが小沢色ではないことも幸いしている。また政権獲得前の、問題の発覚は、民主党に不幸中の幸いと言えよう。

問題があるとすれば、多少パワーが落ちることだろう(笑)。そういうことを狙って、官僚の検察は、小沢追い落としを謀ったのかもしれない。彼らの存在価値を見せつけたのであろう。いろんなことが明らかになるにつれて、捜査動機に怪しさを感じる。

話は、またまた横にそれたが(笑)、本題に戻せば、次の政権は、消費税のアップ分の、お金の行方を明らかにすると共に、消費税の上げ日程を明確にすることが、国民の消費の動向に影響を与えることになる。

それを景気刺激に利用するのがいいだろう。つまり、消費税アップの意味を国民に周知徹底させ、そして仮設定でもいいから、消費税上げ幅と日程を組む。だから、消費税アップ日程は慎重に検討されるべきだろう。

仮設定だから、経済状況により、いろんな組み合わせがあるだろう。その時の経済状態にも、左右されるかもしれない。5年間に、1%ずつ1年ごとに上げていくのか、あるいは2%上げて、翌年は1%下げる、その繰り返しを10年続けるか。

前者の場合は、国民としては、年々気が重くなる。その時の経済状態にもよるが、景気は更に停滞する可能性がある。後者は、消費税アップ分を上げたり下げたりするわけだから、痛みは小さく感じるかもしけない。但し、目的の消費税を上げるのに時間がかかりすぎる。その他にも、いろんな方法があろう。景気刺激ができて、国民が納得する形で、負担感の薄い方法を考えてもらいたいものだ。

また所得税の見直しも当然必要で、所得税のいろんな税額控除は、基礎控除を除き、できるだけなくし、逆に低所得者に対しては、消費税増額分の一定額(*注)を税額控除することも検討が必要だ。そうすれば、消費税アップに対する反発も緩められる。

*注

例えば、ある所得層の所得×平均消費性向×エンゲル係数等から、はじき出す。

次回に続く。

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2009年3月 8日 (日)

消費税アップ考 その一

定額給付金が採決されて、政策として施行開始されているが、意味のない政策には違いない。そういうことを知らない人々は単純に喜んでいるが、消費税アップのための「礼金」の性格が強い(笑)。国家の大切な資金を使ったことで、今後も批判されるだろう。

そんなことなら、消費税を一年間に限って、1%減税したらよかったのだ。その方が経済効果が大きいことは間違いない。与党には、そういう考えの人はいなかったのだろうか。まあ、消費税を上げる時には、政権は移行しており、次の政権が余計な負担を抱えることになる。それは結局、国民にツケとして回って来る。

そういう状況下、過去、消費税について、いろいろ記したが、以下、何回かに分けて、改めて整理しておこうと思う。

さて、消費税を3年後に上げるということを政府が示して(上げ幅は不明だが、5%アップと言われている)、与党内でも、いろいろ議論があったようだが、庶民としては、今後の景気動向にかかわらず、上がることを前提として、物事を考えていた方が望ましいようだ。

ただ、かつて自民党は、消費税は社会保障費に充てるとして、その約束は守らなかった。そういう意味では、自民党政権下での消費税アップは国民にとって、あまり望ましいものではないかもしれない。

他方、民主党政権も、消費税を上げないとしているが、それは選挙用のコメントで、実際は、いつか上げざるを得ないと思う。民主党政権になっても、消費税が上がることは、ほぼ間違いないだろう(以前は、そのように主張していたが、小沢代表になって、方針が変わった)。

小沢氏は、予算の優先順序を変え、組み替えれば、消費税をアップしないですむとのことだが、いかに予算をやりくりしても、それは限界があると考えられる。それに欧米の金融恐慌の結果、その影響を受けて、財政状況もさらに悪化していく。そうなれば、消費税等を上げずに国家を運営することは、不可能になる。

そうしないと、将来、更に国民に重い負担を求めることになるだろう。それが急激なインフレなのか、更なる増税になるのかはわからない。そういうことを考えれば、増税分は、多分、名目を変えて、「社会保障税」として、一般消費税と合わせて徴収する方向に行くだろう。雇用も含めて、社会保障の不安定は、人心を乱す要因になるからだ。

それに少子化と高齢者の増加で、年齢別人材構成のアンバランスが、それを更に後押しする。結局、消費税は上げざるを得ない状況に追い込んでいく。ただ麻生首相の言う3年後、景気回復しているのがベストだが、それは極めて不透明だ。

だから彼の言う、景気回復を前提とした消費税上げは、まやかしに過ぎないと思う。国民にきちんと説明して、数年後の消費税アップの同意と納得を得るべきだ(早ければ早いほどいい)。景気とは切り離して考える必要がある。

なぜなら、現在の国の財政は、パンクしている(パンクしているといっても、米国の破綻と比べれば、数段ましではあるが)ので、実質、景気政策は取れないからだ。さらに国際金融危機の状況で、積極的な景気対策は限られる。よって、景気回復のない状況での消費税アップも予想される。国民は、そういう覚悟が求められている。

次回に続く。

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2009年3月 5日 (木)

水清くして魚棲まず

子供の頃、家族で、いろんな議論をする慣わしがあった。子供でも、政治や経済や文化のことについて話すのを常としていた。子供だから、せいぜい新聞とかテレビを視ての情報に基づく意見なのだが、その論争は、親が子供の意見にも、耳を貸してくれるので、大変うれしかったことを覚えている。

その中で、父と政治汚職について論争したこともある。当時も、政治汚職が話題になっており、流風が、「汚職はなくさないといけないし、政治献金もやめるべきだ」と主張した。

しかしながら、父の意見は違っていた。「お前の意見は、確かに机上の理屈では正しいが、現実の世の中では、それではうまく行かないこともある。お前は、まだ若いから、そういう考えでいいが、多くの人を養っていこうとすれば、そうも行かない時が来るだろう。それはいずれ大人になればわかる。その中で、何が正しくて、何が正しくないのか、判断していくことが大事になる」と諭された(*注)。

諺にも、「水清くして魚棲まず」と言うが、魚は、美味しい餌がないと集まらない。潔癖に、水を浄化すれば、飲み水には適しているかもしれないが、魚は窒息して死んでしまう。凡そ、世の中は濁っていて、その中で、人々は生活している。

それは政治も、同様で、身奇麗な政治家には国民はあまり期待できないだろう。やはり、やや泥臭いことをしても、経済を活性化させてくれる政治家の方が望ましい。その点が政治家と官僚の違いだ。官僚が政治家の真似をすれば、後ろに手が回るのは止むを得ないが、政治家は、そのようにしていれば、国は停滞する。

もちろん、政治家もやり過ぎれば、それもいけないかもしれない。問題はバランスだ。だが、現在のように景気の悪い時は、正論を述べて何もできない無能な政治家より、何かを実行してくれる政治家が望ましい。国民にとって必要な政治家は、その時々で異なる。

ただ、今回の職務権限のない野党政治家の秘書の逮捕は、政界を混乱させ、経済も停滞させるだけだろう。いずれ与党の政治家の秘書にも捜査の手を伸ばす(検察は、小沢氏の金額が大きいというが、それはおかしい。金額の多寡の問題ではない。むしろ、職務権限のある与党の政治家を摘発すべきなのだ)。

そうしないと、検察として、バランスが悪いからだ。そういうこともあって、政治の混乱を嫌気して、円は売られている。輸出企業は、若干ホッとしているかもしれないが、悪い円安だ。

そういうことを考えると、検察の立場は理解できるが、タイミングが極めて悪すぎる。経済が安定している時は、いいが、検察も、いらぬことをやってくれたものだ。まかり間違えば、日本の景気は、更に悪化する可能性もある。それは恐慌への入り口である。検察の観点は、やや視野が狭いように感じる。

*注

父の名誉のために記すと、父はどちらかというと、正邪に関して、潔癖症に近かった。そういう父が、こういう発言をするので驚いたことを記憶している。

*追記

それにしても、マスコミは、この問題について騒ぎすぎだ。改めて、一面的に物事を捉えるそのレベルの低さに情けなさを感じる。これらの問題は、他国では、ほとんど話題にならないだろう。所詮、権力闘争に利用されているだけだ。

だから、米国のように、政府高官が、元在籍した企業に、十兆円近くを合法的に還元させるスケールと比べれば、笑えてくる。それが汚職にならないのだ。そういう意味では、日本は、政治家が、いろいろ問題を起こすとしても、まだ健全だろう。

ただ、政治献金の仕組みの見直しは迫られるかもしれない。だが、民主主義において、政治に金がかかるのは、避けられないだろう。どんなに見直ししても、完全な献金の仕組みはありえない。政治献金を否定することは、民主主義の否定につながることを、認識しておく必要がある。

*追記

平成21年11月追記

民主党が政権を握ったので、野党は自民党になった。攻守所を変えたわけだが、民主党も、これからは職務権限と政治献金との関係は、問題になる。野党時代のように気楽にはならない。ただ政権を握る前のことを、うるさく追求しても、あまり意味はない。監視するのは、これからだ。

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2009年3月 4日 (水)

政治献金の完全なシステムはあるか

民主党の小沢代表の秘書が個人献金の仕組みを悪用したとして、逮捕されたようだ。西松建設問題は、以前から噂が出ていたので、いずれ、こういう問題になるとは思っていたが、この問題は、政府与党の自民党も、いずれ傷を負うことになるだろう。

政治と金の問題は、何も日本だけではない。米国などの献金システムは、日本のシステムより荒っぽいし、非常にどろどろしている。オバマ大統領は、個人献金をネットで集めたようだが、それさえ、本当の金の出所は不明だ。

完全に個人のお金と特定するのは、なかなか難しい。米国は、確かに企業献金は禁止されているが、全てが本当の個人献金かというと、決してそうとは言えないだろう。だが、オバマは、お金に直接手を汚すことは極力避けているかもしれない。

ということは、それだけ、手が込んでくると言うことだ。人間の欲がなくならない限り、政治と金の問題はついてまわる。純粋に、献金をなくせと言っても、それは無理だろう。逆に献金もされない政治家は魅力がないということだ。

理想の政治形態を望むのはわかるが、現実は、そういうものだ。世の中は、灰色と考えた方がいいだろう。だから、せいぜい、いかに黒くならないようにするかに、政治家は腐心することになる。

要は、政治家自身の魅力を高めながら、時代の流れの雰囲気を掴むというバランス感覚が彼らに求められている。今後、日本も、企業献金を禁止し、個人献金中心に移行するだろうが、今回のような問題は今後も起こりうる。それを完全に禁止することは出来ないだろう。そんなことをしても、巧妙化が激化するだけだ。

今回の秘書逮捕が、政治浄化につながるかと言えば、それは難しいだろう。単なる権力闘争に利用されたと見るのが正解だろう。ただ、特定の企業が特定の議員に、直接にせよ、間接にせよ、献金することは少なくなることは考えられる。

それは巧妙さが更に増し、複雑化させるだけかもしれない。昔のように、フィクサーなどが暗躍する可能性も否定できない。一般人から見ても、政治の世界は難しい。

*平成21年3月8日追記

小沢氏の秘書の逮捕は、米国の圧力という噂があるようだ。これはかなり高い可能性がある。米国が小沢政権になると困ると思っているのだろう。しかし、米国は既に終わっている。いかにあがいた所で、米国の復活はありえない。

当然、ドルは暴落するし、紙切れになる米国債は、いかに日本といえども引き受けられない。そんなことをすれば、政治家は非国民と呼ばれるだけだ。それにしても、米国はロッキード事件で、田中角栄氏を失脚させたことに相当、成功体験が染み込んでいるのだろう。

今回の秘書の逮捕は、どう考えてもおかしいと考えている人が多い。騒いでいるのはマスコミだけだ。日本のマスコミも、程度が落ちて、自分で考えられなくなっている。そういうところに、海外から付けこまれ利用されていることに早く気づくべきだろう。

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2009年3月 2日 (月)

景気対策に必要なことは、金融制度・運用システムの再見直し

昨年の9月から12月までの、GNPが、マイナス12.7%だったと大騒ぎしていたが、もっと冷静な観察が必要だ。日本の国内景気対策は、なかなか難しいものがある。現状の政府のいかなる政策も、その有効性は疑問視されている。それは、根本的な問題にスポットを当てたものでないからだろう。

日本はバブル崩壊後、海外より金融システムの変更を強制されたが、現在は、それを見直しする必要があるのではないか。もちろん、当時、そのような規制も必要だったかもしれないが、現在では的外れなものも多い。

その結果、基本的に、金融が機能せず、資金循環がおかしくなっていることが、日本の内需の不況感を強めていることを忘れてはならない。国際協調が必要だからと言って、国益に反するようであれば、改められなければならない。

まず、BIS規制は、本当に必要なのだろうか。確かに日本の金融機関は、当時、自己資本比率は低かった。それは時価会計ではなく、簿価会計であったことが大きく影響していた。簿価会計は、自己資本比率以上に、含み資産をベースに、安定的な経営を可能にしていた。

それを日本の経済発展の基礎だ思った欧米諸国は、彼らと同じ基準にすることを求めたのがBIS規制であろう。表向きは、要するに、同じ条件下でのフェアな競争を求めたとされる。しかし、その実は、日本の経済発展を疎ましく思ったからと言われている。

この規制を受け入れて、日本経済はおかしくなったし、そして、それが回りまわって、欧米経済を破壊している。欧米の自業自得と言えばそうだが、そうだからといって、いつまでも、この仕組みを放置していてよいのか。

確かに、簿価会計は、含み資産に頼る結果、革新的な経営を損なうが、銀行のような金融機関のように安定的な資金提供が求められる機関に対しては有効であったと思う。海外の金融機関は、それを苦々しく思っていて、日本に同じ土俵を求めたのが、時価会計の導入であったと思う。

繰り返すが、これらの革命的会計方法の変更は、日本経済に、金融という血が順調に流れなくしてしまった。多くの銀行の縛りが、融資を妨げ、いわゆる、経済の動脈硬化を促してしまった。もちろん、企業に資本市場に上場させ、資金を直接調達する道を開かせさせたが、全ての企業が上場できるわけでもない。

銀行自体も、融資ではなく、投資で収益を上げようと行動した結果、大きく傷を負っている。それは海外の銀行の程度が大きいが、日本の銀行も投資の失敗が目立つ。本来の金融機関の使命を忘れた結果が、今の状態と言えるだろう。これは日本の産業基盤を損なうものだ。今こそ、経済活動の長期的視点に立って、国際金融システムの再変更が求められる。

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2009年2月18日 (水)

日本企業の経営転機

今、円高になった結果、今まで円安過ぎたのだが、輸出企業は、欧米市場の破綻と共に、大慌てのようである。ついに大手の電機メーカーも正社員のリストラに踏み込んだ。確かに市場の急激な変化により、需要が急減し、パニックになっていると理解できる。

しかしながら、そういうことを予測できなかったとしたら、彼らの経営能力を疑いたい。まるで素人経営ではないか。五感の衰えた経営者がトップに居座っていたと考えられる。老舗ということで、伝統に胡坐をかいていたのではないか。

確かに急激な環境変化には、誰でもたじろぐことはあるだろう。だが、大企業の経営者にしては肝が据わっていない。バダバタするのはみっともない。まず今後の状況を見通し、打開策を考えることが大事だ。慌てて、緊急手術をしても、体力が落ちるだけだ。

もちろん、一時的な、ある程度の縮小均衡は必要なのかもしれない。それなら、まず社員を説得し、賃金カットで雇用を守ったり、株主を説得し、減配・無配をお願いして、利益の流出とコストカットを徹底することだ。

本来、利益が適正に社内留保されておれば、急激なリストラ策は避けられたはずである。社内留保があるのに、急激なリストラをするのは、経営に心がないからだろう。あまりに余裕のない対応にはあきれるしかない。

彼らの経営姿勢は、米国式経営の導入により、日本的経営を捨てたようだが、今後も日本で経営活動するのならば、日本的経営を見据えて経営をする必要がある。かつてのように人材を社内できちんと育成していく経営にする必要がある。

人材の成長を無視した過度な企業成長は期待するのは、本末転倒である。企業の成長は、人材の成長以上に成長させると、必ず歪が生じる。(輸出)企業の経営姿勢は改める必要がある。

そして、米国市場が壊れ、消失した現在、今後十年は、円高に、上下しながらも、円高に振れて行くだろう。新自由主義に基づく経営は、終わった。それに乗っかった経営は、止めにしなければならない。

よって、それを踏まえて、新目標を定め、戦略を立てて、日本的経営に戻って、じっくり新しい時代に対応できる人材育成をしていくべきだろう。そして、それは中小企業にも同様のことが言える。

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2009年2月10日 (火)

現代の金融問題とノンリコースローンの時代

バブル崩壊時、銀行から融資を剥がされて、倒産した中小企業は多かった。銀行から融資していたお金を急に返済せよ、と言ってきたのだ。その時、大銀行も、街金と大して変わらないなと、思ったものだ。

経営者から、今の金融の仕組みが問題なのだと、当時、よく聞かされた。銀行ほど、無責任な仕事はないとのことだった。ボヤキを割り引いても、銀行は、当時、役割を果たしていなかった。それは、今も変わっていないかもしれない。

確かに、BIS規制とか、時価会計が銀行経営を困難にし、融資を難しくしているのはわかる。そして、大銀行が合併して出来たメガバンクは、国際金融市場で活動しなければならないから、それは止むを得ないのかもしれない。

ただ、欧米の作った仕組みが必ずしもベストとは限らない。日本も、あるべきルール変更をもっと積極的に提案すべきなのだ。そうしないと、国内の資金循環は悪化するばかりである。特に、内需振興のためには、現在の国際ルールは邪魔だろう。

ところが、ルールを急激に変えることは、国際的に相当強い政治力が必要となり、現在の日本の政治家には、あまり期待できないかもしれない。だが国内的に見れば、この国際ルールは、あまり意味がない。

企業の活動を阻害することになっているだけだ。それに長期的視野にたった経営が出来なくなることは、雇用にも悪い影響をもたらす。結局、米国の思惑に乗せられた金融の変な仕組みが、経済に動脈硬化を起こしているのが、今の日本の現状だろう。それが最終的に、多くの破綻企業を生んでいる。

しかし、問題は、それだけではないだろう。中小企業のように間接金融に頼る所は、現在の金融の仕組みが、その経済活動を萎縮させているとも言える。その中で、特に問題なことは、担保を取っておきながら、担保価値の変動によって、融資金額が変動してくることだ(このため、金融機関は、経営者に個人保証を融資時に求め、多くの経営者が、経営破綻時、悲惨な目にあっている)。すなわちリコースローンと言われるものだ。

例えば、貸した時より担保価値が上がれば、もっと借りてくれと言ってくるし、貸した時より担保価値が下がれば、追加担保を言ってくる。すなわち、市場の変化に対して、銀行はリスクを全く取っていないという事だ。こんな気楽な商売はない。

それでも、戦後復興時代は、高度成長によって、インフレ状態の時は、この融資の仕組みは有効だった。インフレが続いている限りは、貸す方も借りる方も、お互いがメリットがあった。

しかしながら、国家の基盤が整い、現在のように成熟している日本では、今後、この融資の仕方がいいかどうか疑わしい。今後は、融資時の担保価値は、変わらないものとして、融資することが望ましい。つまりノンリコースローンだ。もちろん、銀行は市場を睨んだ担保価値変動によるリスク管理に基づく融資が、求められるようになる。

このようにすれば、経営者も個人保証を求められることもないし、仮に破綻しても、再起しやすい。経営者は次々と生まれてくるという人がいるが、それは必ずしもそうではない。リスクを取って起業する人は、現実限られる。そう考えると、事業に失敗しても、再チャレンジできる仕組みにすることが、経済活性化に役立つと考えられる。そういう意味でも、ノンリコースローンに転換することは意味がある。

現在の日本は、企業側は融資を仰ぐことに慎重になり、金融機関も融資に慎重になるという、ダブル「慎重」が、景気の足を引っ張っているとも考えられる。国の中にお金が循環させるには、政府による財政政策などの景気対策より、このような金融の仕組みを変更させる方が有効ではないか。

もちろん、銀行からは反対意見が出されるだろうが、景気が停滞すれば、金融機関も困るわけで、国が活性化されれば、金融機関にとってもチャンスがある。借りる側は、返せなくなれば、担保を放棄すれば、借金はチャラだから、経営の見切りも早くなり、国全体としてのロスも防げる。その方が資金効率が良くなるはずだ。

尤も、資産の査定は、メガバンクしか出来ないという言う意見もあるが、資産査定のある程度の人材育成をやれば、地方銀行でも、それは可能であろう。百年に一度という危機なら、金融の仕組みも、大きく変更させる機会でもあるのではないか。

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2009年2月 9日 (月)

投資信託で財産を失う人たち

先日、ある喫茶店でお茶を飲んでいると、隣の席で、銀行員らしき人物と、その顧客らしき女性が、しきりに話しこんでいる。どうしても聞こえてくるので、聞き耳を立てると、どうも投資信託の話らしい。

内容は、預金の利子が低いから、投資信託で運用したらと、その女性に勧めているのだ。これは悪魔の囁き(笑)。よほど、止めとけとアドバイスしたかったが、他人の商売の邪魔は出来ない。結局、その女性は、納得して、契約するような話の雲行きだった。大丈夫かな。

さて、報道によると(*関連ニュース参照)、投資信託で、多大の損害を出している人たちがいるらしい。株式が暴落した現在、確かに、それはそうだろう。もちろん、株式投資の場合は、自分の才覚で、市場を観察し、銘柄を選択し、投資するわけだから、仮に損失を出しても、それは自己責任だから、投資家も、ある程度は納得が出来るだろう。

ただ、以前のブログでも指摘したことだが、投資信託は、全く他人任せ。大体、他人のお金を運用する側は、その運用結果には、無責任なものだ。募集担当は、お金を集めた段階で、既に評価され、運用結果で評価されるわけでもない。それに、運用者は運用に失敗すれば、リストラされるだろうが、それで終わりだ。

すなわち、投資信託の募集をする者と、運用する者は別人だ。人は、自分の稼いだお金は、大切にするかもしれないが、他人に与えられたお金は、いい加減に扱うものだ。投資信託の持つ危険性は、もうそこに潜んでいる。

投資信託でお金を増やそうとして、失敗する人たちは、あまりにも簡単に他人を信用しすぎた結果とも言える。自業自得とは言え、国としても、多くの財産を失う。そんなことをするのなら、女性のように、何か無駄遣いして欲しいと思うのだが、投資信託で失敗するのも、女性が多いらしい。

夫の退職金の大半を投資信託に回した主婦もいるらしい。まさに、女の浅知恵で、損失を膨らました例だろう。可哀想なのは、その夫だ。一生懸命働いて、稼いだお金を簡単に失う妻。多くの女性が、甘い投資話に乗る事件は、大阪でも起こっている。女性は、もっと、お金の有り難味を知って欲しいものだ(*追記)。

*関連ニュース

http://news.nifty.com/cs/headline/detail/gendai-02040114/1.htm

*追記

そういうと、振り込め詐欺にひっかかるのも多くが女性だ。

*追記

もちろん、投資信託によっては、長期に運用すれば、ペイできると言う考え方もある。うまく売り抜ければ、利益を挙げられるのも確かだ。

しかし、それなら超優良株で長期に運用すればいいことだ。信託運用者は、利回りをよくしようと、無理をし過ぎる結果、危ないことになる。

その辺を投資家がしっかり理解して、判断すれば、投資信託も一つの運用方法だろう。だが、運用方針も十分公開されていないものに、何もわからないまま投資することは、避けた方がいいだろう。

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2009年2月 7日 (土)

北方領土は一体いつになったら返還されるのか

2月7日は「北方領土の日」だ。ロシアが北方領土を不法占拠して、長い時間が経つ。最近の動きを見ると、彼らは、それさえも正当化しようとしているらしい。ロシア内部でも、最早統制できなくなっているとも報道されている。いわゆる国粋主義者が跋扈し始めているのかもしれない。

その背景として考えられるのは、ロシア経済も破綻の危機にあるのかもしれない。そういうことが、彼らを保守的にさせているのかもしれない。しかし、この資源暴落は、当面続き、資源国家のロシアは更に苦境に陥るだろう。

それなのに、日本をいつまで敵に回すつもりだろうか。ロシアに進出している日本企業は、早急に撤収するべきだろう。そして、外務省の軟弱外交も、いい加減に止めてもらいたい。もう日本国民は、辛抱の限界を超えている。

日本も、柔弱な外交ではなく、力ずくで取り戻すべきだという議論が起きても仕方ない。日本政府は、その決断が迫られている。それに自衛隊は、自分の力を試したくて、うずうずしている。自衛隊は何も武器の展示場ではない。

それに自国領土さえ守れない国家が、国際社会に貢献できるとはとても思えない。まず自衛隊は、日本の領土を守るべきだろう。海外へ自衛隊を派遣する余裕があるのなら、まず領土を確保・保全するために、北方領土に行使すべきだろう。

自衛権の行使は、憲法以前の問題だから、何も問題はない。自国の北方領土を確保するために、自衛隊を使って、自衛権を行使しても、国際社会から非難させる恐れはない。国も国民も覚悟が求められる。

この点は、日本を侵略し、日本外交を舐め切っているロシア等関係各国への重大な警告になる。そして、この問題を曖昧に対応してきた米国への警告にもなる。日本は、平和を愛してはいるが、不正な占拠をいつまでも許すべきではないだろう。

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2009年1月26日 (月)

国と地方の借金の行方

国と地方の2008年9月現在の債務残高は、次のようだと、財務省は公表している。

 国債等の債務残高 843兆円

 地方債等の債務残高 197億円

 合計 1040兆円

その内、国債等の債務残高 843兆円の明細は次の通り(四捨五入)

         普通国債 541兆円

    財投債 136兆円

    借入金、交付国債等  59兆円

    政府短期証券  107兆円

麻生内閣が主張している定額給付金などをする余裕は全く国にない。むしろ、社会保障を除く一般予算を大幅に削って、借金返済に回すべきなのだ。それなのに国の資産を国民に移転する余裕などないはずなのに、それを強行するのはまったくおかしい。

このことは、昨年の11月12日付けブログ「国の借金と政権の行方」で述べたので、ここでくどくど記さないが、この内閣は、本当に国のことを考えているのだろうか。本来、国債の償却に充てるべき資金を流用していいのか。その経済効果も疑問が残るだけに、ますます不信感が募る。

*追記

また野党も、定額給付金の分の資金を雇用等社会保障に回すべきだと言うが、これもおかしな話だ。問題をすり替えても、問題は解決しない。きちっと筋道が通るように議論すべきだ。

*追記

経済評論家の中には、国には資産が700兆円ぐらいあるから、日本の純負債は、それほどでもないと言う人がいるが、その考え方は甘いだろう。資産は所詮、資産であり、現金化しない限り、確定的なことは言えない。国としては、依然高いリスクを抱えていることに違いない。

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2009年1月22日 (木)

為政者と庶民の生活

  日出でて作(はたら)き

  日入りて息(いこ)う

    井を鑿(ほ)りて飲み

  田を耕して食う

  帝力我に何かあらんや。

最近の為政者は、おおっぴらに庶民の生活を見学するようだが、昔の偉い為政者は、お忍びで、庶民の生活状況を観察したものだった。自分の知っている国民の状況と本当の国民の生活状況にズレがないか確認したのである。

あの水戸黄門が全国を行脚したというのは創作で、彼は水戸藩を一歩も出ていないが、その代わり、家来に命じて、民の生活を報告させたという。ただ家来がどの程度の正確さで、庶民の生活を伝えていたかはわからない。間接情報には、歪みが伴うものだ。

子供の頃、糸電話で、最初に話した内容が、最終者には正確には伝わらなかった経験をお持ちの方は多いだろう。あれは社会、企業社会でも同じで、中間に介在者があると、当初の意図とは違った伝わり方をする。

そういう意味では、私達がマスコミ等を信用するのは危い。だが、いつの間にか、刷り込まれていることもある。自分自身をもっとしっかり持たなければ現代は厳しい。

さて、また脱線してしまったが、最初に挙げた歌は、『一八史略』にある。ある老いた百姓が、何かを食べながら、腹を叩いて、木ゴマをぶつけ合って遊んでいた。そして、この歌を歌っていたのだ。これを聞いて、お忍びで町に出ていた中国の皇帝、堯は安心したと云う。人々の生活が皇帝のことを気にすることもなく、安寧にやっていると。

もちろん、この話は創作だろう。作者の意図は、若い皇帝に、皇帝というものは、そうあらねばならないと諭して作ったように感じられる。大きい組織では、トップには、いつも正しい情報が伝えられるとは限らない。だから、正確な判断が出来るように、多様な情報ルートを持たなければならないということだろう。そのための一つの手段が、直接の多様な視察だ。

現代の日本でも、為政者は正確な情報入手に心掛けてもらいたいものだ。内密に、こまめに庶民の状況を視察して、その状態を把握することは大切だ。そして、多様な情報入手ルートを確保すべきだろう。マスコミ報道で知って、始めて動くようなことのないようにしてもらいたいものだ。

  

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2009年1月21日 (水)

米国新大統領への期待と不安

バラク・オバマ氏が、米国大統領に就任した。米国だけでなく、世界が話題にしている。それだけ今後の米国の動向が気になると言うことだろう。金融崩壊の影響は世界に影響している。オバマ大統領が米国経済を建て直すことへの期待が大きいのだろう。

しかし、サービスの原則同様、期待値が大きいと、実績が上がらなければ、その失望も大きくなる。オバマ政権の政策運営は難しいものになるだろう。そのことを意識してかどうかはわからないが、その就任演説の内容は慎重なものだった。

ただ、選挙前に、大きく期待させてしまっただけに、今後辛い場面が起こるだろう。そのことを反映してか、米国市場は、大きく下げている。しかし、これは悪いことではない。就任時点で大幅に下げれば、もちろん、更に下げる可能性もあるが、政策によっては、じんわり相場を上げていく可能性も否定できない。

確かに、国内景気対策は、限定的だろうし、いかに対策を打ったところで、即効的な効果はありえない。だが、将来的な見通しが立てば、人々は、その未来に少し期待を持つかもしれない。とりあえず、今後3ヶ月間の政権動向に注目したい。

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2009年1月19日 (月)

喫茶店での、お婆さんたちの政治談義

喫茶店は気分転換のため、よく利用する方だが、最近は価格が上がって、利用を少し控えている。あの料金は、案外馬鹿にならない。父が、流風の喫茶店利用を無駄遣いと言って、批判したが、確かに当たっている面もある。最近は、一番安いものでも、300円程度かかるので、仮に週3回利用するだけでも、月に4000円近くかかる。

それでも利用するのは、気分転換のためと、散歩などで途中で水分補給と休憩の意味がある。読書でも、自宅でするのと、喫茶店でするのとでは多少異なる。空調設備は一応整っているし、冷暖房は完備している。ゆったりできる椅子があると落ち着くし、いろんな人が利用していて、その雰囲気がいいところは利用したくなる。

一応利用するのは、二種類のタイプの喫茶店だ。一つは、ドトール系、もう一つはスタバ系だ。ドトール系は料金が安いので利用しやすい。確かに値上げはしているが、まだ許容範囲だ。スタバ系は、料金は高いが、空間がゆったりしているので、落ち着いて読書できるし、大体静かだ。これらは、その日の気分で利用仕分けている。

さて、先日、ドトール系の喫茶店に行った。最近は、お爺さんやお婆さんの利用が極めて多い。料金が予算内で、席が詰まっていることが、かえって、彼らには安心感を生むらしい。

そういうと、スタバ系の利用で、爺さん・婆さんの利用は少ないと感じる。あのゆったりした空間は、かえって落ち着かないのだろうか。それともコーヒーの価格が予算を超えるのか。本当のところはわからない。

ところで、流風は、ドトール系の喫茶店に行くと、人々のいろんな声が聞こえるので、人間観察や社会観察している。特に高齢者や中年のおばさんは声が大きく、よく通るので、聞こうとしなくても聞こえてくる。

その内容は、幅広く、買い物の話、子供や孫の話、お金の話、政治の話と幅広い。特に女性は話し出すと止まらない。お婆さんは、ほんとによくしゃべる。元気なお婆さんが、喫茶店に集まるのだろうか。

最近よく聞くのが、彼女等の政治談議。多くの政治家を、ぼろくそに非難している。流風がブログで記しているより、痛烈で厳しい。もちろん、現麻生政権は、ぼろんちょんである。くそみそに言っている。

特に、マンガ好きが嫌いなようだ。いろんな発言で教養が感じられないことも、嫌なようだ。国の恥とも言っていた。政権を支えている周囲も頼りないと指摘する。政策の内容も、割と理解している。

しかし、よく見ているなあ、感心する。野党の批判もしているから、日本の庶民の政治感覚は機能しているようだ。政治家の先生方は、変装して、喫茶店で、彼女等の発言を聞きに行った方がいいかもしれない(笑)。

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2009年1月17日 (土)

誤認逮捕による冤罪の保険制度を

当局による誤認逮捕による冤罪などで蒙る社会的制裁は計り知れない。一度失った信用は、それが誤認逮捕に基づくものであっても、被疑者は社会的復帰が難しい場合が多いだろう。

単に名誉回復だけでは、社会はなかなか信用してもらえない。名誉回復は、大々的に報道されることもなく、ほとんどが人々にきちんと認知されない。結局、名誉回復で、その人の信用が回復するには頗る時間がかかる。

誤認逮捕の被疑者というのは、いつまでも、疑いの目で見られるものだ。誤認逮捕の被疑者の失われるものは、あまりにも大きすぎる。

確かに、危ないものには近づかなければ、そういうことはないのかもしれないが、現代は、周囲は落とし穴だらけだ。本人がいくら注意しても、疑われる事態が生じない保証はない。

少し前だが、大阪で地下鉄での痴漢騒ぎも偽装だったことが判明した例は、職場の人たちの弁護もあり、後、真犯人の共犯者から、その事件の真犯人(某大学生)が判明した。最終的には、誤認逮捕が解けたが、いつもそのように行く場合ばかりでもなかろう。

当局の操作方法にも問題があるのかもしれないが、一度疑われると、それが覆ることは少ないように思える。警察官の評価制度に問題があるのだろう。しかし、犯人は迅速に捕まえる必要がある。一体、どのようにすればいいのだろうか。

やはり、こういう時の場合に備えて、「誤認逮捕による冤罪の保険制度」の確立が望まれる。保険金は、犯罪事件の程度、当局の被疑者拘束解除から社会的残存時間、当局の拘束期間と慰謝料から成り立ち、最大3億円ぐらいは必要だろう。

損害保険会社は、その難しさを主張するが、それを工夫するのがプロではないか。保険とは、本来、そのようなもののためにあるのではなかろうか。

逆に、当局にしても、誤認逮捕を恐れていては、捜査活動は停滞する。捜査が守りに入り過ぎると、それは社会に良い結果を及ぼさない。保険料を負担しても、捜査活動に支障がないようにすることも大切ではなかろうか。

そして、誤認逮捕が増えて、結果的に保険料がアップすれば、捜査活動の見直しにも寄与する可能性も高い。「誤認逮捕による冤罪の保険制度」を確立することは決して無駄ではないと思う。

いろいろと難しい問題はあるだろうが、当局と保険会社は真剣に検討すべきだろう。そして、一般人は、日常から、人から信頼されるような慎重な行動が望ましいのは言うまでもない。

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2009年1月13日 (火)

短時間労働正社員の時代は来るか

製造業への派遣労働禁止について、いろいろ議論があるようだが、非正規社員の増加は、社会保障体制を崩す。いや、もう既に崩しつつある。現在のように、非正規社員を増やしていけば、いずれ、更に無年金、無保険の人々で街は溢れ、社会を不安定化させるだろう。

そして、彼らを救済するために、一般国民に過剰な負担を求めることになるだろう。それは相互扶助とは言え、一部の企業のエゴのために、一般国民の負担を大きくするのは正しいことだろうか。

もちろん、企業にも言い分があるだろう。特に大企業は、国際競争力における人件費コストを主張する。

しかしながら、従業員の後ろには生活があり、家族がある。そこまで経営者は目配りしないと、人は雇ってはならないだろう。中小企業の経営者は、できるだけ、経営コストの見直しや、役員報酬の大幅の引き下げによって、従業員が困らないように配慮している所も多い。

大企業の経営者は規模が違うから、そんなことはできないと言うかもしれない。ただ、正社員だけ面倒を見ておればいいというのは、経営のレベルが低いと言えるだろう。正社員の賃金の引き下げをして、非正規社員の雇用を続けるなどいろいろな方法はある。

労働組合を説得できるかは、むしろ経営者の器にある。また配当の切り下げをして、非正規社員を守る方法もある。こちらは株主をいかに説得できるかにある。それも経営者の哲学や器が問われることである。

だが、今後は、社員を雇用する場合、まず正社員が前提になるだろう。ただ正社員の労働時間8時間の縛りは、確かに、経営者にとって、負担感が大きいかもしれない。正社員化によるコスト負担は、企業は受け入れがたいかもしれない。

解決策としては、短時間労働時間正社員(短時間労働時間は4時間)の制度化が求められるかもしれない。普通労働時間正社員と短時間労働時間正社員の組み合わせが必要になるかもしれない。そして短時間労働者が、労働時間がフルタイムになるのなら、普通社員に転換させることを義務づけるべきだろう。

経営者は、景気によって、適宜、短時間労働時間正社員に残業させたり、普通と短期のバランスで雇用調整させていく。そうすれば、リストラは避けられるので、社会保障の問題もある程度は緩和できる。

もちろん、普通から短期への移行に伴う最低年収保証の問題は残る。また短期労働時間正社員が世帯の主たる収入者である場合、家計が成り立たない。そういうことを考慮して、短期労働時間正社員には、副業を認めることも求められる。その場合は、情報漏洩の問題もあり、副業の紹介も必要かもしれない。

このようにすれば、企業の事情と個人の事情をいろんな形態で、仕事と生活をバランスさせることも可能だし、年金や社会保険で困る人も少なくできるのではないか。

いずれにせよ、企業は人を雇用すれば、その生活にまで、ある程度、目配りすることは大切なことだ。儲かれば、何をやっていいということはない。そして、可能な限り、非正規社員を減らすことは、国家にとっても、民生を安定させるため、大切なことと思う。

*追記

現状、短時間労働者と言っても、正社員とは規定していないし、労働時間は4時間とはされていない。正社員にして、労働時間を4時間に定めるべきと思う。

  (参考)   現況の短時間労働者の雇用管理

                      http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H05/H05HO076.html

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2009年1月 8日 (木)

国家戦略における集中と分散

世の中、AかBか、あるいはAか非Aかなどの議論がされることがある。年初の、ある討論番組では、小泉政権を支えたブレーンたちと、それを否定する人々の議論が、喧々諤々とされていた。議論は平行線をたどることが多く、参加者は、それぞれ自分の考えに捉われている感を深くした。

もちろん、全ての人の意見は、それぞれ正しいのだろう。だが、意見の一致を見ることはなかった。結論から言えば、全ての政策は、環境条件に左右されるということであろう。いまだに、小泉政権の政策が全て正しいという人はいないだろう。当時と日本を取り巻く環境条件が大きく変化した。

国家は、基本理念は維持しながらも、その政策は、環境に合わせて適宜変えていく必要がある。もちろん、政策に完全なものはなく、実際には、A政策と非A政策は混在する。二項対立的な政策は、大きな軋みを生む。だが、あまりにも曖昧な政策は、世の中を混沌とさせる。それが今の日本の現政権であろう。

同様に、国家戦略においても、時代によって、集中と分散がある。これは政策と異なり、そんなに頻繁に変更されても困るが、時代の大きな流れの中では、国家戦略は変更させる必要がある。戦略の集中と分散は以前にも多少記したが、次のように示される。これは国益を踏まえて選択される。

  <集中>

       ナショナリズム

       国家主義

       内需中心主義

       閉鎖的

       多様化

       世界の多極化

       格差是正

       保護貿易

  <分散>

       グローバリズム

       世界主義

       貿易中心主義

       開放的

       世界同質化

       世界一極化

       格差拡大

       自由貿易

上記のように見て行くと、集中と分散のどちらがよいとか悪いとかは、一概に言えないことがわかる。あくまでも、時代の流れに合わせて、どういう戦略を選択するかという考え方が問われている。

つまり、何もかも、世界と同調するのがいいとは言えないし、いつも国際世論を無視していては、国家の存在価値が危くされるかもしれない。このバランスをどうするかは、為政者の哲学と意思によって左右される。

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2008年12月30日 (火)

2009年の動向予測?

2008年も、年末も大詰めになり、明日は大晦日だ。若干憂鬱だが、来年2009年の動向予測を出してみよう。為替、原油、株価の予測は年々、複雑化し、予測はできなくなっている。例によって、占いみたいなもので、当たるかどうかはわからないが、懲りずに予測してみよう。以下、各項目別に見てみよう。暇に明かせて、かなり長文です(笑)。

① まず、国際経済だが、混乱し、不透明さが増すだろう。

2008年は、サブプライム破綻の影響下、米金融の破綻から始まり、世界金融は破綻の道を歩んだ。多くの人は恐慌を心配し、さすがの米国もパニックに陥った。現在は、恐慌一歩手前の状況だろう。これはずっと前から予測できたものの、現実に接すると、その厳しさに改めて、その脅威を感じる。確かに米国の経済破綻は、日本の企業にとっても、米国市場に頼ってきた大企業や米企業の下請けをやっていた中小企業にとっては大打撃だろう。

これは先進国だけの問題だと受け取られがちだが、むしろ心配なのは、発展途上国や後進国の状態悪化だろう。いろんな国で、政情不安は増幅するだろう。日本のように、いろんな国と関わりをもっている国にとって、あまり望ましいものではない。その不安定要因を除去していく姿勢は、特にアジアにおいて、示す必要があるだろう。

ⅰ 米国経済

サブプライムの破綻の影響は、予想外に大きく、金の流れが大きく変わった。さらに、リーマン・ブラザーズの破綻は、米国金融の信用創造のやりすぎを露呈させる結果になった。そして、金融破綻から実物経済にも、その影響は及び、米国経済はずたずたになっている。

この米国の景気悪化は、新しい政権になっても、彼らの予測より長期化しそうである。一部、楽観的な意見もあるが、そんなに甘くないだろう。確かに、ブッシュ政権は日本の教訓を活かし、金融のあらゆる手を打ったことはある程度評価できる(但し、そのやり方は、日本の失敗に学んでいない)が、膨大な公的資金の投入は、米国経済を将来、重荷になり、さらに困難なものにしていくだろう。それを引き継ぐ、オバマ大統領になっても、急激に問題が解決するわけでもない。

財政収支、経常収支は危険なゾーンをに突破している状態だし、放置すれば、米国と言えども破綻する可能性が高まった。自らギブアップし、米国主導経済の終わりを告げている。米国の復興には、政策にもよるが、相当の時間を要するだろう。オバマ氏にできることは、限られる。そうなると、米国は、周辺国家への影響は無視して、とんでもない行動に踏み切る可能性も考えられる。

その前に、政策として、消費を減らして、貯蓄率を上げていく方策(貯蓄率が上がれば、財政赤字は減る)を採るかもしれないが、それは時間がかかる。ヘビースモーカーが禁煙するようなものだからだ。少し、貯まれば、消費への欲望が高まるだろう。それをいかに自制できるか。難しい課題だ。

そういうことで、米国は、政策として、ドル安で輸入を絞ることになる。それは保護貿易政策として、他国には見えるかもしれない。彼らが主張してきた自由主義経済の放棄と映るかもしれない。しかし、もはや米国には、そんなことは言っておれない。

もちろん、米国経済の崩壊は、日本にとって望ましくない。完全復活は望めないにしても、世界でそこそこの位置は保ってもらわないといけない。ただ、それに景気を良くするとしても、その方策は縛りがある。ドルが下落すれば、景気の悪化に加えて、インフレになり、結果的にスタグフレーションになり苦しむだろう。

結局、米国は内需拡大に、公共投資として、自国資源を使って、拡大させていく方向を探るかもしれない。ただ日本の例でもわかるように公共投資によっては景気は上向かないだろう。民需も停滞となれば、打つ手なし。結局、先に示したように、とんでもない政策をするかもしれない。それまでに、日本としても、できることは限られるが、米国内の公共投資に協力すべきかもしれない。

オバマ次期大統領は、高速道路の推進を考えているようだが、環境問題を踏まえて考えると、あまり望ましいことではなかろう。むしろ鉄道網の充実が求められる。全州新幹線構想の方がいい。これなら日本も協力できる。

例えば、日本政府が保有している米国債(日本が保有している米国債は、4000億ドルぐらいと言われるが、その内、1000億ドルはIMFに貸し出すので、残りは3000億ドルぐらいか)の内のいくらかを担保にお金を米国銀行から、(もちろん、ノンリコース・ローンだが)で借りて、米国と共同会社(米国、日本、金融会社、鉄道会社、鉄鋼会社等の資本参加)を設立して推進することも有効かもしれない。もちろん、使うのは日本の新幹線の優先利用だ。

ⅱ ユーロ経済は最悪状態に突入

長年、景気を謳歌してきたが、その反動がやってきている。彼らの先導的試みは全て否定されるだろう。特に環境問題を処理するどころではなくなっている。為政者もドイツだけでなく、各国は政策を方向転換させるだろう。

日本としては、彼らの政策変更を注視し、いたずらに彼らが主張してきた、排出権取引など環境政策に追随する必要もない。もちろん、世界の環境は年々悪化しているのだから、それを無視しろとは言わない。ユーロ的手法を否定し、追随しないことが求められる。日本は、あくまでも、日本的な道を行くべきだろう。彼らの政策がいつも正しいとは限らない。ユーロにとって利益があっても、日本には何ら利益をもたらさないのだ。

また市場は低迷し、悪化の一途をたどるだろうが、日本としては、15%程度しか貿易依存度がないので、米国ほど、大勢に影響はないだろう。10年間程度、経済は悪化するだろうから、当面その重要度は下がるとみてよい。

だからユーロ市場を目当てにした企業買収は控えることが望まれる。いくら円高でチャンスと言っても、市場が縮小してしまえば、買収企業はお荷物になってしまう。日本企業は投資には慎重になって欲しい。

ⅲ BRICsの動向

まずブラジルは、原油価格が下落している現況、バイオエネルギーの高コストが目立つことになり、経済は悪化の方向を行くだろう。本来、バイオエネルギーは、太陽光発電のように、環境にプラスに働くとは言えない。むしろ食糧をエネルギーにしているため、発展途上国の食糧を奪っているのだから、あまり宜しくない。ブラジルが新しいビジネス展開を考えない限り、BRICsから脱落していくだろう。

ロシアは、景気が最悪のユーロと一体で考えなければならない。需要先の経済悪化により需要減と、世界的な需要減や投機資金の引き上げの結果、原油価格は急落している。原油価格の高騰で、国内経済は、相当潤っていたが、下落により、その逆回転現象で、苦しむことになるだろう。

ただ帝国主義思考は、さらに強まる可能性が高い。米国の影響力が弱ったユーロに対して、積極的な権力介入は十分ありうる。その結果、中部ユーロ、東部ユーロは、その経済の悪化と共に、混乱していくだろう。但し、ロシアも経済的には、相当辛くなるので、それを強引に推し進めれば、両刃の剣になりうる。

いずれにせよ、日本企業は、ロシアビジネスを縮小おるいは撤退させる時が来たと言えるだろう。

インドも、米国経済の破綻には、少なからず影響を受ける。特に高所得者の余裕度は他国同様打撃を受けているだろう。ただ、総体として見れば、まだ途上国なので、その影響度は小さいと見る。自国経済は、まだまだ自立できる状態でないとは言え、今後のアジアでの発展性は秘めている。

日本は、まだビジネスとしては、現状おいしい国ではないが、市場を育てて、関係性は更に強める必要があるだろう。昨年は、ユーロと組みそうだと予測したが、当面その目は完全になくなったと言えるだろう。ただ心配なのは、先日のテロのように、周辺国家の不安定さは、緊張を生むだろうし、それが経済に悪い影響を与えるかもしれない。

中国は、オリンピックが終わり、米国の金融破綻で、輸出が相当減少するので、その打撃は大きい。経済成長率の足を引っ張るだろう。内需は、万博が控えているので、成長率は低下するものの、世界レベルでは比較的高いものを維持するだろう。

他方、米国の経済破綻により、中国国内の労働者の失業が増え、社会不安は増大している。彼らの政策がどのように有効に機能するかは不明だが、国内はやや不安定さを増すだろう。

沿岸地域の金持ちは、株価下落で、相当財産を失っているだろうが、それでも内陸部との格差は、日本どころではない。この国が本当に社会主義の国と言えるのか。この国は、中長期的には、大きな波乱が、一波、二波あるように感じる。

日本が中国を論ずる時、嫌中派といわれる人々は、イデオロギー的に受け入れられないようだが、所詮、中国は中国。歴史的には何も変わっていないと言える。イデオロギーで彼らを捉えると大きな誤解につながる。中国人の思考特性を理解しつつ、安定的な関係を築いていくことが求められる。中国とは、競争しつつ、協調する、準同盟関係が望ましいことは明らかだ。

ⅳ 中東情勢

中東の不安定さは、米国などの外部からの圧力では解決しないと、昨年記した。米国は大統領が変わり、イラクから撤退するだろうが、アフガニスタンには駐留するので、まだ不安定要因は残る。ますます複雑化する可能性はある。つまりロシアとアラブの関係が、複雑さを増やすのだ。ある時は、米国と組み、ある時はロシアと組み、彼らを天秤にかけるだろう。アラブの人々は強かだ。

また原油価格の急落により、その財政状況は悪化しつつある。新たな実物投資には、慎重になり、総額の制限が加わるだろう。すなわち、アラブ諸国家にメリットのない投資の見極めが厳しくなると推定される。

但し、原油に依存する経済には、彼らも不安を持っているので、新しい産業を根づかせる次世代のビジネス提案には、メリットが明確であれば乗ってくるだろう。また世界から見ても、新しい市場がアラブに形成されれば、それに越したことはない。

日本としては、脱原油を原油国で推進することも大切だ。そして砂漠緑化ビジネスも拡大させる必要がある。中国で、油を含有する樹木の植林事業に大阪の企業が参加しているが、そのようなビジネスも有効だろう。日本は、中東に対して、米国とは異なり、相手国にメリットのあるビジネス推進で貢献する方向に行くことが大切だ。そのためには政府のより強い後押しも求められる。

ⅴ その他のアジア諸国

韓国は相当経済が低迷すると考えられる。先ごろの、日中韓のトップ会談は、韓国を救済するためになされたものだ。それほどに韓国経済は深刻だ。北朝鮮は、経済崩壊しているのは確かで、韓国経済の不安定さが強まり、当面、朝鮮統一は遠のいたと考えるのが普通だろう。

また朝鮮半島を南下政策の下、狙っていたロシアも、自国の経済悪化で、それどころではなくなったのは、不幸中の幸いか。いずれにせよ、朝鮮半島は放置すれば、不安定化するだろう。

日本との関係は、竹島領有の問題でもめているが、韓国の主張がおかしいのは明らかで、もっと冷静に議論すべきだろう。そうしないと、いつか日本が強硬突破せざるを得なくなる。韓国は日本を追い込まないことが、いろんな意味で得策であると悟るべきだ。日本が協力を拒めば、永遠に統一問題は解決しないだろう。

東南アジアも、混乱を呈している。ベトナム、タイの混乱は深刻だ。ただ、これを乗り越えることができれば、新しい未来が見えてくるかもしれない。タイなどの騒動は、民主化のレベルが上がっているとも考えられる。ただ周辺国家との関係がどのようになっていくのかが課題であろう。日本としても、いかに適切にアドバイスし、関与していくかは大切なことだ。

台湾は、経済悪化は、今に始まったわけではないが、存立基盤が脅かされていることは事実だろう。中国が経済発展するに伴い、その存在感に精彩が薄れてきたのは皮肉なことだ。独立したいが、政治的にも経済的にも苦しくなっている。新しい発想がないと、難しいかもしれない。

しかし、中国経済への傾倒は、かえって、それを困難にする。現在の中国寄り政権は、いずれ国内にいろんなトラブルを発生しさせて不安定化させる要因になりうる。もう一度、世界における自国の存在価値を確認すべきかもしれない。

②日本経済の動向

米国経済の破綻により急激な円高の影響で、輸出企業は影響を受けるだろう。彼らの利益水準は、引き続き相当減少する可能性が高い。米国市場に代わる市場は、すぐには見つからないし、市場創造も難しい。ここは体制の立て直しをして、次の時代に備えるべきだろう。それの余裕のない企業は、市場から撤退していくだろう。進むも退くも、大変なことだ。

逆に、円高を活用した企業は成果を上げるだろう。これからは円高を前提としたビジネスを考える必要がある。但し、海外への投資は、慎重さが求められる。それは海外市場が壊れているからだ。相当強かな見通しが立たない限り、投資は重荷になる可能性が高い。

内需は、個人所得減収により、縮小すると考えられる。その程度は5%程度落ちると考えられる。国内の需要を喚起する政策が取られても、ほとんど機能しないだろう。内需は停滞する可能性がある。但し、熟年層・高齢者層は、その需要はあまり減少しないと考えられる。ただ消費の内容が変わるので、企業が機敏に対応した所のみ、勝利者足りうるだろう。

更に、あえて、需要喚起するなら、現役で50歳以下に、メリットのある政策が求められるだろう。また昨年も記したが、日本においては、内需喚起には人為的な都市政策の変更が求められる。すなわち、人は放置すれば、都市に集中するのだから、人為的に地方に分散させる政策が求められる。これは国家としてのリスク分散でもある。

2008年は、派遣切りなどの話題になったが、派遣者は、むしろ農業・介護分野に振り向けらけるべきだろう。ただ、この分野は所得が低い。できれば兼業でできる仕事の分野の開発が求められる。派遣以外でも、自由業の人々も巻き込めば、面白い展開になるかもしれない。人材不足を人材余剰でまかない、そして所得がある程度確保できるような配慮をすれば、地域も人口が増えて安定するだろう。

また消費税が、どの政権ができようと、平成23年度から上がるとすれば、消費者としては、それまでに計画投資する動きが出てくれば、駆け込み需要は発生すると考えられる。ただ、その規模は現状、推定することは難しい。

③原油価格の動向

原油は、一バーレル140ドルしたものが、40ドル程度まで下がった。ただ、これがどの程度続くかと言えば、それは何とも言えない。不況が続く限り、低迷するだろうが、世界経済が動き始めれば、また価格上昇に転じるだろう。但し、ここ数年は低迷するだろう。

日本としては、原油は常にリスクであるので、引き続き脱原油政策を推進すべきだろう。それは食糧の自給率を高めることと同様重要な施策だ。太陽光発電は、全ての住宅のエネルギーをそれで賄うことは可能だろう。

ただ、メンテナンスにどれくらいのコストがかかるのかが、未知なのが課題である。この事業に有利なのは、家電企業だろう。販売網を活かして、オール電化事業と共に拡大していくことだろう。2009年は、そのスタートの年となるかもしれない。

車産業も、急速に、脱ガソリン車への開発を進める必要がある。自動車産業の転換点は、2009年になる。但し、投資金額が中途半端では無理で、業界は再編されるきっかけになるだろう。

④金利の動向

米国が実質ゼロ金利としたため、日本の政策金利の運営はなかなか難しい。すなわち、米国より高い金利を設定すると、その金利差により、円高を促進することになる。しかしながら、日本もゼロ金利に近い金利であるので、為替に及ぼす影響はそんなに大きくないと推定される。

むしろ、金利の低さが景気の足を引っ張っていると認識すべきだろう。確かに、今は金利が上げられる状況でないとも言えるが、むしろ日米の金利差を生むことで、日本に投資を呼び込み、株価市場を活性化させる可能性も捨てきれない。つまり過度に円高になることを恐れてはならない。

また国は米国債をたくさん持っている(4000億ドル程度)ので、その評価減が気になるようだが、これを米国等で活用すれば、また別の道が開ける。いろんな可能性を考え、どのような状況なっても、対応しうる方策は準備しておくべきだろう。

⑤為替の動向

各国の経済動向、各国の金利動向、原油動向、金の流れ等によって、為替は決まる。基本的には、ドル安、超円高に進もう。ドル=80円突破は時間の問題だろう。80円までは、本来円高とは言えないので、80円突破から、実質円高と言えるだろう。多分、2009年中に、1ドル=60円台を経験するかもしれない。

それは一時的なことかもしれないが、その程度までは円高化が進む可能性は高い。政府は、介入の誘惑に取り込まれるかもしれないが、介入は慎重にした方がいい。価値の落ちたドルを買っても、それは無駄になる可能性が高い。最終的には、80円台に回復する可能性もある。

⑥国内株価の動向

国内株価は予測が難しいが、全体的に市場は低迷するだろう。可能性は日経平均6500円~8500円程度とも考えられるが、何とも言えない。金融、為替状況により、大きく変化する。

投資家は慎重にならざるを得ないだろう。既に多くの投資家が傷ついており、彼らがそれを取り戻すことは不可能と判断し、市場から退出している。海外の投資家にも、その余裕はないだろう。新規投資家も、十分注意しないと大きな火傷を負う可能性が高い。

割安感からだけで、投資すべきではなかろう。これからしばらくは、現金・預貯金で持った方が、金利がつかなくても有利だろう。つまりデフレ下の対応をして、投資への誘惑は封印すべきだろう。

⑦日本の政治動向

選挙対応で選ばれた麻生内閣は、選挙を嫌がり、結局、選挙の機会を失った。実質、自公政権は機能していないので、政権維持することは難しいだろう。結局、それでは国民に迷惑をかけるだけである。早く総選挙を実施し、国民の選択に委ねるべきだろう。

どのような政権が成立するのかわからないが、まず言えることは、一つの内閣で、一期にできることは限られるということを知るべきだ。あれもこれもと欲張らず、一つのことを成し遂げることに精力を注力すべきだ。現在、まず必要なのは、雇用を含めた社会保障体制の再確立であることは間違いない。次の政権は、それに命をかけてもらいたい。

⑧衆議院選挙とその後の政権

いつかわからないが、2009年、衆議院選挙は行われる。与党を支持していた人も、野党に政権を渡してみた方がいいのではないかと言う人が増えている。野党が参議院を握っている限り、仮に次の衆議院選挙で与党が勝っても、ねじれは解消しない。

そうであれば、民主党に政権を担わせて、その大変さを経験させるのもいいかもしれないという意見が大勢だ。大連立などは、とんでもないという意向も強い。大連立の発想は自民党の延命工作に過ぎないことがはっきりしているのは、国民の目にも明らかだ。民主党も、拙速な判断は、しないようにしてもらいたい。

ただし、民主党が、政権を握っても、過度の期待をしない。政権を担った経験がない上に、自民党の失政を整理するだけで数年かかる。本格政権にするには、数年かかるだろう。辛抱強く政権維持することだ。

また、民主党政権になっても、消費税は、相互扶助的な社会保障体制充実のため、上げる分は名称を変えるかもしれないが、上げることは間違いない。

なぜなら、日本には、二つの大きな課題、①人口構成の歪みや非正規雇用の増加で、社会保障体制が崩れかけているので、若い世代のために、再構築が求められること、②国債残高を次世代に残さないようにするすること、があるからだ。

税率の上げ幅は5%が想定されるが、何年程度かけて上げて行くかは、その時の経済状況にもよるが、数年間かけて漸次上げる方向になる可能性が高い。また所得税の累進課税は強化されるだろう。

また民主党政権になった場合、一番心配なのは外交だ。過去に実績がなく、現在、米国民主党と接触を強めているようだが、今まで主張してきたことがぶれないようにしてもらいたいものだ。

外交戦略転換が求められる時期に入っており、日米関係も、新しい発想で臨む必要がある。米国の古い友人とも、考え方を改める必要がある。外交の継続性に注意が行き過ぎるなど、古い発想に捉われる必要はない。

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2008年12月27日 (土)

最近の労働問題概観

最近の日本の労働市場は、非正規社員の派遣切りで騒然となっているが、これはかつての下請け切りと似ている。下請企業は、仕事を切られて、リストラしても、資金の目途が立たず、倒産していた。結果的に失業者を生み出していた。

今回は、下請企業を切る代わりに、直接個人の労働者を切る事態になっている。個人は個人である限り、弱い。派遣者も、自営業者の自覚があれば、まだいいが、それがないと、苦しい。企業に属している気持ちが強いので、企業に対する依存度は高い。

だから仕事を切られると、路頭に迷うという不安に覆われる。それは厳しく言えば、将来に対する準備が足りないとも言えるが、現在のような製造業に対する労働派遣が認められたことが、多くの不幸を生んでいることは間違いないだろう。

経営者にとっては、これほど都合よく人材コストを切れる法律はない。経営者は、この結果、人をコストとして捉え、モノのように扱った。しかし、法律上は問題はない。だが、社会的倫理上、大きな課題を抱えている。極めて社会の不安定化を促進する法律なのだ。

もちろん、いつの時代も、整理しやすい人材はいる。パート、アルバイトのような直接採用の社員もそうだろう。だが、一般的に、彼らの収入は、家計において主たる収入源ではなかった。しかし、製造派遣社員は、主たる収入源であり世帯主であることが多いことが、問題を深刻化させている。

そもそも、このような労働を生んだのは、バブル崩壊と、企業内で進んでいた年代別人材のアンバランスが生んだものと言えよう。バブル崩壊による金融収縮により、企業はコストの見直しに迫られるが、従来のコストダウンだけではどうしようもなく、人材コストに手をつけるしか解決方法は見つからなかった。

しかし、労働保護政策から、正社員のリストラに経営者は苦慮する。しかし、リストラを遂行しないと企業はもたないことから、多額の退職金を用意して、リストラを敢行する。だが、給料の高い熟年世代をリストラすると、人材バランスを崩し、それを補う社員が必要になった。

それが他社からスカウトしたり、転職などによって人材を補うことだった。しかしながら、企業文化の異なる転職者は、高コストをかけたのにもかかわらず、必ずしも成果を上げてくれない。そこで、企業の都合に合わせて、人材を提供してくれる専門技術者の派遣を歓迎し、そこそこの成果を上げた。

そして次に人材のコストダウンを推し進めるため、ITの導入により、正社員の間接人員を整理し、派遣社員に頼るようになった。いわゆる一般派遣というものである。派遣社員は時間給は正社員より高いものの、契約社員であるため、社会保障費の負担も必要がないし、いつでも切れるので歓迎された。

これで味を占めた経営者の欲望はさらに大きくなる。製造業の人材は固定費で、景気変動による負担が大きい。更に、産業の高度化に限界を感じ、海外の賃金の安い国との競争に勝つには、製造人件費のコストダウンが必要と経営者は感じるようになった。そこで固定費にメスを入れるため、政府に製造業派遣の規制緩和を要求。国の規制緩和の流れに乗って、政府は許可し、現在に至っている。

こうして見て来ると、派遣はバブル崩壊後の流れであった。それに対して、労働の主体となりつつある派遣者の生活を守る政策が遅れたのが、現在の状況だろう。大体、行政というのは、問題が起こらないと、対策を出せない。法律とは、現況認識があって、初めて動く。なかなか予防的措置というのが取られないのが、法治国家の限界かもしれない。

しかしながら、ここまで問題が大きくなると、その対策は求められる。まず求められるのは、(つぶしの利かない)製造派遣の禁止であろう。ちょうど2009年は、製造派遣の3年期限の年度にあたっており、ちょうどいいタイミングだ。バブル崩壊は一応終了しているのだから、今後は正社員での採用が望ましい。

そして、バブル崩壊後、苦難の道を歩んだ派遣社員の救済は大切だ。彼らには、労働転換させるための技術を習得させて、転職先を紹介する必要がある。更に、彼らの社会保障面でのバックアップをどのようにするか。これらの問題は、一般国民にとっても他人事ではなく、社会を安定させるためにはどうしても必要である。そのための相互扶助的な負担は止むを得ないと思う。やはり消費税は、早々に上げる必要がある。

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2008年12月25日 (木)

2009年度の国の過大な予算と自民党政権の行方

来年度の国の予算が過大かと問われれば、過大と言えるだろう。歳入の倍近い予算を組むのは、常識では考えられない。いくら景気刺激が必要とは言え、国債発行を増やしてまでして、来年度の予算を組むのは、大いなる疑問である。現在の国際的状況からすれば、何をしても、当面景気が上向くことはありえない。

前々から記しているように、定額減税は何の意味もないし、無駄遣いそのものだ。そんなものは、本来、国債の償却に当てられるべきで、それを無駄遣いするのは、国を害することだ。自民党は政権を維持するため、公明党の主張を受け入れざるを得ないのかと考えると嘆かわしい。本当に、国家国民のために政治を執り行っているのか。

予算全体も過大だ。社会保障費の増加は止むを得ないとしても、他の予算を削る努力を怠っている。もちろん、自民党政権が長年続けてきた前年度からの積み上げ予算であれば、それは普通の予算のなのかもしれない。

しかしながら、歳出削減は、未だ中途半端だし、歳出削減への切り込みは何もされていない。公務員改革は、麻生政権で著しく後退した。官を使いこなすと言っていながら、官にしたい放題にされている。

例えば、公務員の人件費削減は、不十分だろう。流風は、公務員の人件費削減は、あまり望ましくないと考えているが、現在の局面からすると、バブル崩壊の責任は誰も取っていないし、組織のリストラは行われていない。

その結果、無駄な仕事は、バブル時と変わらず、たくさんある。それに切り込まないと、いずれ国家公務員は、全員給与3割カット、ボーナス不支給ぐらいの対策は必要になってくる。公務員の方々は、それでいいと言うのだろうか。

景気が悪化し、歳入が少ないのだから、国債を増発するのは仕方ないとするのは、あまりにも安易な方法だろう。そんなことは誰でもできる。それなら政治家はいらないということになる。

確かに増大する社会保障のための消費税増税は止むを得ないとしても、その他の無駄な歳出が多いのだから、そこにメスを入れない限り、国の財政状況はいつになっても改善されないだろう。

結局、自民党政権では、いつまでも歳出削減はなされず、国の財政状況は悪化するばかりである。ということは、民主党が主張するように、予算の優先順序を組替え、無駄な予算を徹底して認めないようにするしか方法がない。

将来の社会保障の安定させるため、民主党政権なっても、消費税(あるいは社会保障税とか名称を変えて)は上げるだろうが、現段階の判断では、民主党政権を望む人が増えるだろう。

自民党は、いずれ政権を手放さなければならなくなるのだから、痛手を大きく受けないように、来年早々に解散するべきだろう。遅れれば遅れるほど、壊滅的打撃を受けるだろう。もう手遅れかもしれないが。

*追記

本来のブログの意図からすると、上記のような記事は書きたくない。しかし、政治の混乱は常軌を逸している。ぼやかざるを得ない状況だ。

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2008年12月24日 (水)

英語教育は選択科目で

英語教育を英語で行う、ということが情報として流れていたが、英語を必要としている人たちには有効かもしれない。しかしながら、義務教育において、英語教育は大半は不要だ。

前にも記したように、日本は英語を既に必ずしも必要としていない。多くの研究者にとっても、海外の研究を調査するより、自ら考える研究が中心になる。物真似の研究調査は過去のことだ。未だに、海外の研究が気になるというのなら、それは意識が遅れているということだ。どうしてもというのなら、海外文献の調査は、別の専門機関がやればいいことだ。

もちろん、外交官や政治家、商社員、一部研究者は英語力が必要だろう。外交官や政治家が、英語をある程度話せなければ、それは問題だろう(但し、外交官に求められるのは、各国の言語で、必要なのは、英語だけで事足りるとは言えない)。彼らには、若い時から、英語教育は求められる。そのために、英語教育を英語で行うことは、有効かもしれない。

しかしながら、大半の学生は英語が必ずしも必要ではないだろう。それは全世界に英語が通用するわけでもないということからも明らかだ。英語は世界万能言語ではない。世界各地で、ほとんが通用しないと考えた方がいい。

それにもまして、これから、世界は多極化していく。英語は、世界の言語の、“One of Them”であることは明らかだ。ということは、学校教育における英語教育は選択科目で十分ということになる。それに対応した語学教育をするというのなら、それはそれで教育の意味があるかもしれない。そして外国語教育をやるというのなら、もっと多様な言語に接する機会を与えた方がいい。

だが、学校の語学教育で全てが完成するわけでもあるまい。学校における語学教育はきっかけ作りに過ぎない。教えるべきことは、これからの世界のあり方や構造を踏まえて、学生に必要な語学を選択させることだ。英語教育を必須から選択科目への移行が望まれる。

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2008年12月19日 (金)

政策金利引き下げとこれからの企業経営

本日(平成20年12月19日)、日本銀行は、政策金利を0.2%引き下げて、0.1%にすると発表した。政府首脳は、日本のアピールのため有効と発言していたが、(CPなどの買い入れなどの、その他の政策の有効性はともかく、金利の引き下げは)円高を止めるには何の意味もないだろう。もはや金融政策で、円高を止めることはできない。

結局、当局は為替介入に食指が動くだろうが、それさえも有効な手段とは言えない。為替介入は、無駄にドルを抱え込むだけになるだろう。こういう時は、流れが行き着くところまで行かせて、様子を見ればいいのだ。

どちらにせよ、海外市場は金融、モノ共に壊れているのだから、輸出を増やすことは困難だ。当面は輸出企業も体制を建て直し、新たな戦略構築をするのに時間をかければいい。円高が、どれくらい進むかは、誰も予測できないが、1ドル=80円突破は、来年には十分ありうるだろう。

しかし、慌てず静観すればいい。じたばたするのが一番いけない。最終的には、どこかに落ち着く。底を打った段階で、改めて事前に錬った対策を講じればいいのだ。今は事態の推移を見守りつつ、耐える期間だ。経営者も従業員も辛い立場が続くが、それも永遠に続くわけでもない。ただ今回は、耐える時間が長引くということだろう。結局、企業と企業の我慢比べに勝った所が生き残るのだろう。

もちろん耐えるだけでは駄目で、新しいパラダイム(paradigm,模範)を創造したところが、今後の新しい日本経済を支えることになるだろう。それによっては産業構造が大きく転換する可能性もある。少なくとも、自動車産業が基幹産業でなくなる可能性は高い。

*追記

基本的には、円高を有効に使う国の政策や、企業の体質転換が求められる。まず、仮説設定として、1ドル=50円になったら、どういうビジネスの可能性があるか、追求すればいい。

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2008年12月18日 (木)

埋蔵金なるもの

以前、徳川埋蔵金とか、騒いで、実際に試掘してテレビ番組にもなっていた。これは大久保長安が謀反のために、隠していたと云われるもので、小説にもなっているが、真偽は不明だ。その他にも、旧日本軍が金塊を隠していたとかいう話も、まことしやかに流れていた。人々は、「金塊」というものには、どこか惹かれるのだろう。

ところが、この埋蔵金が政治の世界で少し前に囁かれるようになって、今では大きな話題になっている。これは何を指しているのかを流風の理解では、特別会計の不明朗かつ不活性な資金のことを指しているように思う。

確かに、特別会計には、巨額の資金が埋もれている。これは従来、国会で問題にされなかったことである。それで官僚がやり放題している噂が立ち、実際、無駄な投資や不要不急のことに使ったり、天下り官僚の高額な俸給にも使われていた。

そういうことで、国民の不信感が募り、国会も、その問題を取り上げざるを得なくなったのが実情だろう。確かに無駄遣いは多そうだ。

ただ、その問題を除けば、特別会計は特別な理由で国民から集めた資金や、一般会計から当てられた資金から成っているだろう。国民から集めた資金は、いずれ国民に返す必要のある資金も多い。いわゆる預かり資産とも言える。

問題は、国民にどのような時系列で、どの程度ずつ返すかということだろう。年金のように、政治が国民に約束していれば、資金の運用も必要になってくる。経済は長期的に見ればインフレだから、預かった資金より多くの資金を積み立てていくことが求められる。1千万円預かって、45年後に1千万円返すのなら、何の問題もない。しかし、それでは国民は困るだろう。

ところが、特別会計は、年金のように、全てが全て100%以上国民に返すものではないだろう(ただし、今のままでは、かけた保険金額より戻りが少ない世代も今後出てくる)。保険によっては、50%でいいものもあれば、20%でいいものもあるだろう。しかし、運用する側の常として、余裕率を大きく見がちだ。50%でいいものを70%まで安全率をかけて積み立てし、あるいは20%でいいものを40%まで積み立てしているかもしれない。

埋蔵金というのは、どうも見方の差異のようである。これは安全率を厳しく精査すれば、捻出できるかもしれないという性格のものだろう。だから、これは一旦使ってしまえば、後は何も残らない。ということで、あくまで緊急に流用する資金でしかない。

このように考えると、埋蔵金はあまり期待できない資金と思う。埋蔵金は打ち出の小槌ではないだろう。埋蔵金を探し出すより、むしろ考えるべきは、不要あるいは縮小すべき特別会計のあぶり出しだろう。その特別会計が本当に必要であるか、吟味することが大切と思う。官僚の方々も、保身に走らず、協力すべきだろう。

*追記

埋蔵金なるものの使い方は、やはり国債の償却資金として積み立てるべきだろう。一般予算に戻して使ったりするのは、やはりおかしい。政治家の方は、その発想から脱しないといけない。必要なのは、歳出の見直しで、埋蔵金の流用では何も解決しないことを認識すべきだろう。

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2008年12月15日 (月)

与党2009年度税制改正大綱を読む

与党より2009年度税制改正大綱が発表されたが、国や地方の無駄遣いが克服されれば、その示した内容は理解できる。その内容の一部を簡略に示して、感想を示せば次のようになる。

 一、個人所得税は、累進課税を強化すること

    (感想)

    格差縮小政策は求められる。

    以前のように、大部分が中間層になるような政策が求められる。

 二、法人税は、課税ベースを拡大させること。

    その上で、法人実効税率を引き下げれるか議論する。

        (感想)

    日本の企業は、社会保障の負担が国際的に低い。

    それゆえ、企業負担率は両者の合算されたもので考える必要がある。

    その部分を国際競争力を踏まえて、どう考えるか。

 三、消費税は、社会保障給付や少子化対策の費用のためにのみ有効

        (感想)

    但し、民主党の主張するように、流用されないように厳しく制限すべきだろう。

 四、自動車関係諸税では、暫定税率の見直し

        (感想)

    時代の役割を終えた暫定税率は一般税化するというより廃止に。

 五、資産課税の見直し

        (感想)

    バブル崩壊後、甘くなった課税標準を見直しし、以前の体系に戻す。

この中で、消費税については、首相が景気の動向を踏まえて、3年後に消費税を上げたいと述べている。多くの批判はあるが、首相の予告的発言は、決して悪いことではない。

消費税は本来、景気がよくなってから、上げることが望ましいが、3年後に景気がよくなる保証はない。

しかしながら国家の財政状況からすると、3年後、景気がよくなっていなくても、望まないけれども、社会保障を確実なものにするため、税の性格を踏まえて考えると、消費税を上げざるを得ないだろう。

つまり社会基盤を安定させるには、残念ながら仕方ないと判断される。国民が皆、消費税アップを「相互扶助税」と考えればわかりやすいだろう。そういうことだから、社会保障に当てる消費税アップ分の名称は変えて、「社会保障税」と変えた方が、国民の理解は得られやすいかもしれない。

問題は、過去の自民党政権が、消費税は社会保障に使うと言っておきながら、その約束を守らず、他のことに流用したから、麻生首相があのような発言をしても、信用されない。自民党議員は、そのことがわかっているから、麻生首相の発言に反発しているのだろう。それは明らかに選挙で不利になるからだ。

しかしながら、政府は、社会保障体系のいくつかのシミュレーションをわかりやすく国民に示して、納得が得られるよう努力すべきだろう(今までも、一時的に発表されているが、それが浸透しているかは疑問)。マスコミも、それには協力すべきだ。

この点に関しては、与野党は、選挙を意識しすぎているが、政府の対応を単に批判するのを控えるべきだろう。この部分は、与野党を超えて知恵を出すべきなのだ。

*追記

なお、国等の借金の処理については、もちろん消費税の増税を充てるべきではない。しかしながら、財務省には、そのような意図が感じられる。国等の借金は、社会保障関連予算を除く一般予算や特別会計から充てられなければならない。今は、まだ無駄遣いが多すぎる。それは各省庁ごとに無駄が多い。地方も無駄遣いはいっぱいある。

だから、消費税アップの論議と予算の縮減は同時に進行する必要がある。

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2008年12月 9日 (火)

パンドラの箱を開けたのか~米国のビッグスリー救済の意味

どうやら米国政府は自動車産業のビッグスリーを救済するようだ。総額150億ドルの公的資金を短期融資として支援するらしい。これは何を意味するのだろう。とうとう米国は自由主義を放棄したということだろうか。このような私企業を救済をすれば、それは止め処なく続く。

それに、現状のままで、ビッグスリーは復活できるだろうか。資産も査定せず、公的資金を投ずるとすれば、それはかなり無駄金の投入になりかねない。それに現在の経営陣のままでは、建て直しは不可能だろう。事態をさらに悪化させるだけのことである。

支援は、相当の無駄遣いになる可能性も高い。目先だけ見て、将来を見据えていない。確かに、米国経済はパニックになって大変だろうが、これを機会に、ビジネスを再整理して、立て直さない限り、米国に未来はない。今のままで、生き残れるのは幻想と早く気づくべきだろう。

救済して、一時的に、市場が持ち直しても、基本的に、このままでは米国は売りだ。日本は、相当注意して、今後の取り組みに配慮せざるをえない。また日本は、これを機会に、世界市場への展開戦略の再構築が早く求められる。

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2008年12月 4日 (木)

例外に基づく立法は有効か~国籍法改正案

国籍法改正案が、衆議院を通過しているし、参議院でも採決の方向のようだが、拙速な感じがする。その国籍法改正案は、外国人と日本人の間に生まれた子供の国籍取得要件から婚姻をはずすというものだ。

裁判所が、その立法を後押ししているようだが、例外の事象による判決で、それを一般化するのは無理があるのではないか。国民社会に及ぼす影響が十分考えられていない立法は非常に危いものと感じられる。

この法律が、すべて善意の人々に適用するのなら、それはある程度認めたい気持ちもわからないでもないが、それをやり過ぎれば、国を正しく守れるか疑問も多い。世界には、いろんな人たちがいるし、不正に彼らを手引きする方法も各種あると思う。

この法律改正案は、あまりにも世間知らずの人たちによる立案のように思われる。その方法も非常に稚拙だ。いわゆる誰の子供かわからない場合も、日本国籍を取得する可能性もあるのだ。そんなことは当局を簡単に騙すことが出来るだろう。あまりにも善意の人ばかりという前提で法律を作っていないか。

某国には、国籍のない人がたくさんいる。まかり間違えば、そんな人たちの受け皿にもなりかねない。善意で物事を考えることは悪いことではないが、それを利用する人たちも多いだろう。全ての法律に対するように、「原則」ということを無視して、法律を変えても、社会を混乱させるだけだろう。

国会は、まともに議論しているのか、極めて疑問である。「国籍法」は改正せず、「例外規定」にしても、もっと慎重に議論すべきだろう。一つの事象に惑わされてはならない。マスコミも、情緒的にならずに、もっと冷静に報道すべきだろう。

*追記

法律は通過したようだが、問題は多い。いずれ大問題になるだろう。これは裁判所の判断ミスとして、後世、物笑いになる可能性が高い。なお、偽装任地に対する罰則は、1年以下の懲役か、20万円以下の罰金を科すだけである。これは、ほとんど偽装を止められないことを容認するものだと考えられる。

果たして、これは人口減少対策なのか。しかし、移民を増やすなら、もっと根本的な対策を講じるべきだろう。

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2008年11月30日 (日)

税金を“取る”“取られる”意識の転換を

一般に、税金を取るとか、取られるという表現がある。この「取る」という意識は、本来、封建制度の意識だ。残念ながら、この意識が、現代日本においても、続いていることは悲しむべきことだ。それは国家側も、国民側も同じである。

この取るという意識は、孔子が、「臣より取る、これ取ると謂ふ、と。仮ると曰(い)はず」と言い、君臣の位置づけを明確にしたことから始まっている。すなわち、お上は、臣下から欲しい物を取り上げるが、臣下から借りるということはありえないとしたのである。

従来、税金を納めることはしても、その使い方は知らされておらず、庶民は無関心にならざるを得なかったが、現在は、与野党伯仲で、いろんな情報がもたらされることになった。マスコミはそのことを報道し、庶民は否が応でも関心を持たざるを得なくなった。

政官は、今までのような運営の仕方では、切り盛りすることは不可能になった。政官は、国民が納得のいく、税金の使い方と、その集め方にせざるを得ない。政治も、官僚も、もはや特別の仕事ではなくなった。ある意味、代わりはいくらでもいる時代になった。少なくとも、もう学校エリートの職場ではないだろう。

政治家は、政治で金儲けは最早出来ないし、官僚も、年功序列、天下り、高額の俸給や退職金は、もう続けられないだろう。変なエリート意識は捨て、普通の政治と行政を執り行うことが求められている。

そして、一般国民も、もう孔子の時代ではないのだから、国に納得を求める必要がある。しかし、それは公私のレベルでバランスして考えることも求められることを忘れてはならないだろう。すなわち、国任せではなく、自分でも、どうあるべきなのか、考えなくてはならない、厄介な時代であることを認識する必要がある。

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2008年11月27日 (木)

表現能力の足りない麻生首相の限界

高齢者医療について、「たらたら飲んで、食べて、何もしない人の分の金まで、何で私が払うんだ」とは、一国の首相の発言だろうか。どこか、金持ちの驕りが感じられる。彼がどれほどお金持ちか知らないが、お金持ちも多くの人に支えられて、金持ちなのだ。それを忘れた発言に聞こえてくる。謙虚さがないとすれば、国のリーダーとしてはそれは非常に危い。

別に、言葉狩りするつもりはないが、一国の首相の度々の軽口には、閉口する。善意に取っても、彼の思いと、口から出でくる言葉には、あまりにも誤解されやすい表現が多すぎる。これは教養のなさを示すものかもしれない。首相は、こういうことを言えば、人々はこういう反応をするだろうと、もっと考え予測して、慎重に発言して欲しいものだ。

ある意味、彼はお坊ちゃんで、正直すぎるのかもしれないが、庶民の思いに対しては鈍感なようだ。いつまでも、このような発言を続けていると、国民から見放されるだろう。いや、もう既に見放されているかもしれない。

これ以上、混乱を招く発言が続くのなら、はやく退陣して欲しい。それにしても、与党は首相の人選を間違ったようだ。それとも、首相になりうる人材がいないのか。国民の選択肢はますます限られてくる。いずれにせよ、ベストの選択はないけれど。

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2008年11月26日 (水)

現代の日本国家の胸算用

今、世界は経済的には混乱している。日本は、まだ一般人には、その感じが遅れているように感じるが、いずれ、その波はやってきて、人々は実感することだろう。しかし、悲観するには及ばない。混沌の中で時代を先読みする感覚が、国家にも、個人にも求められる。すなわちそれが胸算用だ。

胸算用と言えば、西鶴の『世間胸算用』が頭に浮かぶが、現代の胸算用は、どのようなのだろうか。彼の語っていることは、現代の相場の話に通ずるものがある。商売をするのは、最終的には、金儲けのためである。もちろん、お金儲けだけが目的では、稼ぐことができないのも世間だが。

  世になきものは、銀(かね)といふは、よき所を見ぬゆゑなり。

  世にあるものは、銀なり。

つまり西鶴が、この小説を書いた頃、明暦の大火で、江戸経済は壊滅的な打撃を蒙っていた。しかし、これをきっかけに、大阪は復興物資の供給により、飛躍的に発展した。兵庫県の知事は、東京圏の震災はチャンスと言って、非難されたが、現実は、まさにそのようだ。

これを今に引き写せば、米国の災難を、日本が機会にして、さらに経済を発展させる時であると言える。だから、日本の経営者は悲観的になる必要はない。混沌は新しい芽を生む。世界をどのように、「調理」するかが問われているのだ。必要なのはセンスだ。

確かに米国市場は、当面期待できないが、米国の弱い面を徹底的に補完し、それをビジネスする可能性もある。また米国が進出して中途半端になった国家・地域に対して、日本的な進出をする可能性もある。

また21世紀はアジアの時代と言われて久しいが、まさにそのチャンスがやってきたと言うこともできる。中国、インド、西アジアと、どのように絡んで、市場を整備し、いかに参画していくか。

日本として、アジアの時代に相応しく、中国、インド、西アジアの市場を創造し、拡大していくことが中心活動になるべきだろう。そして、米国等も含めて、環太平洋市場の成長をさせることが大義というか、目標になるだろう。

だから、そのためには、米国におんぶに抱っこの外交政策では全く駄目で、日本の独自の外交が求められる。それは過去の米国の政策がいつも正しかったとは言えないことから、当然だ。米国の外交に付き合っていると、結局、遠回りしなければならないようになって、大変非効率なのだ。

中曽根政権以後、日本外交は、日米同盟を基軸に、という、頭を使わない外交になってしまったが、今こそ、主体性を取り戻し、日本独自の外交を取り戻すべきなのだ。そして、それは日本経済にも大きく影響していくし、結局、、中長期的には、米国経済の復活にもつながっていく。今こそ、国の胸算用が問われている。そして、経営者も、個人も、それに対応して、手を打っていく準備が求められる。

*追記

いつまでも、政権に捉われて、くだらない政争を続ける与野党は、はやく目を覚ますべきだろう。器の小さい政治トップは日本の不幸だ。

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2008年11月23日 (日)

国連による日本の死刑批判は余計なお世話

国連のB規約(市民的及び政治的権利)に関して、国連の人権委員会による対日審査で、死刑や代用監獄を批判しているらしい。余計なお世話と言うしかない。日本は政治犯が死刑になる国ではない。どこの国と勘違いしているのか。

まったく国連のセンスを疑いたい。国連の画一的な政策を世界のあらゆる国に押し付ける態度はB級センスと言えるだろう。また本題とは別の視点だが、高い報酬を受け取っている国連の官僚は、どこが出している資金で賄われていると思うのか。こんなことを勧告するのなら、国連官僚をリストラすべきだろう。

死刑制度は、各国の運営状態によって違うのかもしれないが、法治国家である限り、死刑制度は必要だ。法三章の時代から、統治のために、死刑は必要な制度だ。国を運営するということが何もわかっていない国連官僚にいちいち口出しされるのは不愉快というしかない。国連が、こんなことにお金をかけるのなら、日本は国連拠出金を減らせばいい。

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2008年11月22日 (土)

新自由主義経済の崩壊

サブプライムの崩壊に端を発し、世界経済の破綻への道を歩んでいる。米国が標榜する民主主義と自由主義の躓きはいろんな示唆を与えてくれる。米国経済は、砂上の楼閣だったということだ。やっかいなことだが、今後の世界経済は、山が高かった分、その谷底も深い。多くの人が巻き込まれて覚悟せねばならないのだろう。

また民主主義の輸出については、他の項で触れているので、詳しくは記さないが、国家運営の多様性を理解しない米国指導者の無知が世界を混乱に落としいれ、無用の摩擦を繰り広げている。

そして自由主義、今は新自由主義と言われるが、あらゆる規制を取り除いて、自由競争させると経済は、その思惑通りには機能せず、市場は暴走するということを皆は学んだのではなかろうか。規制緩和と新しい規制は時代と共に調和させる必要がある。

さて日本に関しては、バブル崩壊後の処理に追われて、たまたまサブプライムのビジネスに乗り遅れたため、直接の被害は小さくて済んだようだが、日本のメガバンクの経営者に、それに参加しないという哲学があったかと言うと、それは多分に疑わしい。

それは米国の金融機関が破綻した後、投資銀行に投資しようとしたことからも窺える。彼らは投資銀行の危さを真に理解していないのだろう。そのビジネスモデルは、凡そ、『詐欺ビジネス』であろう。それをそのまま受け入れたところで、米国の金融機関と同じ過ちをする可能性は極めて高い。

もちろん、その『詐欺ビジネス』でさえも、練り直して純化させれば、正しいビジネスになるという見方もできるが、そんな回りくどいことをやるぐらいなら、自ら新しいビジネスモデルを確立した方がはやい。全ての金融機関は、真の役割を再認識し、正しい哲学を持ち、国家経済、世界経済の血となるべく、資金が正しく循環するように努めるべきだろう。

だが、バブル崩壊後、日本国民は、金融機関救済のために多くの犠牲を払った(そして現在も低金利で犠牲を払わされている)にもかかわらず、現在の日本の金融機関が、将来、今回の欧米の危機を再度同じことをしない保証はない。

二度と、こんな馬鹿な金融機関を生まない仕組みを早急に求めたい。早く解決するには、過去に捉われず、あらゆる仕組みや運用のシステムを改革することが求められる。過去を踏襲する官僚的発想では何も解決しないだろう。

いずれにせよ、日本でも、小泉改革でもたらされた「新自由主義」は今後大きく修正されるべきだろう。もちろん、それで大きい政府にする必要はなく、国は大きく関与することは避け、新しいシステムと制度を設け、民間でブレーキのかかる「民間規制」の仕組みを今一度作るべきだろう。

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2008年11月13日 (木)

東京圏災害リスク拡大

井戸敏三兵庫県知事が、関東大震災が起これば、関西にはチャンス、というようなニュアンスの発言をして非難されている。確かに、「チャンス」という言葉は日本ではまずい。

「chance」には、いろいろな意味があるが、日本では、一般的には、「好機」という意味で捉えられている。単に「機会」とか「可能性」と受け取られればいいが、日本では難しいだろう。言葉の選択を間違ったのだろう。

ただ、実際、阪神・淡路大震災で、兵庫県下の有力企業は、東京やその他の地域に工場や本社を移動し、復興後も、戻っていない。結果的に、産業力は低下している。仮に東京圏も震災等の大災害が起これば、著しく経済力が低下することは否めない。それは兵庫県の比ではない。また東京に、あらゆる機能が集中しているため、国家的にも甚大な被害を受ける可能性は高い。

まあ、別の見方をすれば、兵庫県は、石原都知事に、阪神・淡路大震災について、当時の政府の対応の悪さを忘れて、兵庫県の対応に関して非難・暴言を吐かれていたので、その意趣返しとも考えられる。県民にしても、マスコミ報道のように、何も怒っている人たちばかりではない。

さて、それはそれとして、東京圏の災害リスクは年々拡大しているのは確かだ。災害は何も自然災害だけに止まらない。いわゆるテロを含めた災害リスクも、あれだけ人口と機能が集中していると被害を受ける可能性も高い。

企業も、個人も、そのリスク分散の意味で、東京圏から離脱することも考えていた方がいいだろう。そして、国も、機能分散を真剣に考える時が来ている。また東京圏に関しては、その規模から、災害が起こってから手を打っても遅すぎることを再確認して欲しい。だが、もう残された時間は少ないと思う。

*追記

仮に、現状のまま、機能分散せずに、東京圏で大震災等が起これば、その処理のために、巨額の資金を要し、税金が上がることは間違いないだろう。その場合、消費税は、20%近くになることも想定される。東京圏以外の人々も無関心ではいられないはずだ。

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2008年11月12日 (水)

国の借金と政権の行方

日本の財政問題には、社会保障体制の揺らぎと、巨大な国の借金問題がある。社会保障の揺らぎは、厚生労働省の行政能力不足と腐敗によるものだ。もちろん、他省にも同様のことがある。天下りを重視するあまり、多くの無駄をしてきた。

こうなってくると、お金に関する管理は、財務省に一任した方がいいとも考えられる(財務省も、もちろん天下りはある)が、扱う金額が多すぎて、歳入と歳出を両方担当するのは問題があるかもしれない。いずれ歳入庁と歳出庁に分離することになるかもしれない。

他方、国の借金については、財務省が発表した所によると、国の借金である、国債、借入金、政府短期証券の合計が、今年の8月末現在で、5兆9602億円減って、843兆2794億円になったとのことである。しかし、減ったといっても、国民一人当たりの負担に換算すると、約660万円になる。

いろいろ議論はあるだろうが、国が貧乏で、国民が金持ちであるということはある程度修正される必要があるかもしれない。国に借金がある限り、公共投資もまともにできない。時と場合によっては、国の役割を小さくする必要もあるが、国が国家全体をならすことは重要な役割だ。そのためには、公共投資のその内容や予算の透明性は高める必要があるが。

ということで、内需拡大政策も国の借金に縛られることになる。そういう意味では、国の借金は、もっと減らす必要がある。ただ、国には、どれくらい借金返済のためのお金があるのかは、国民には見えない。まだ隠された返済に充当できる資金は十分あるという人もいるし、それは考え方によって左右されるという人もいる。

しかし、それが不透明では、国民にとって、消費税アップも納得がいかないということになる。消費税が一体何に使われるのかが不明であれば、国民の納得は得られない。特に、今の政府のその使い方は不明である。麻生首相は、3年後に消費税をアップする可能性に言及したものの、どのように使うか表明していない。自民党政権では、今までの経過を見ると誤魔化す可能性がある。過去の政権では、約束した目的外の流用も多い。

そのような状況下、政府は、「定額給付金」を、政権維持のため、お金をばら撒く。そんなものは、政治の利己心によるもので、決して国民のためではない。金が2兆円もあるのなら、借金をまず減らすべきではないか。それをやらないということは、国の借金を返済する資金がまだ、どこかに隠されているのではないかと疑われても仕方ない。

麻生政権のやることは、まったくちぐはぐだ。今、政権信頼性が問われている。衆議院選挙を遅らせて、政権にとって、ますます状況が悪化しているように見える。彼は選挙の顔になるべく選ばれたのだろうが、状況が悪化しているとすれば、自民党は、次の顔が必要になるかもしれない。政治の迷走による無駄遣いは無くしてほしいものだ。

*追記

それにしても政権を狙う民主党も、選挙を意識しすぎて、ふらふらしている。自党の主張をきちんと続けるべきだろう。さもないと有権者から、そっぽを向かれるだろう。それは自民党政権の延命を援けるものになるだけだ。

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2008年11月11日 (火)

今後の米国経済の行方と一つの可能性

現在、米国市場は、乱高下しているが、不気味な感じだ。それほど人々は疑心暗鬼になっているのだろう。そういう意味で、市場が壊れているのは確かだ。これはまだ膿は残っているだろうことを示すものかもしれない。金融業界の更なる不正はこれから摘発されるのだろうか。それとも公的資金を投入して、それを政治的に誤魔化すのだろうか。

かつて日本の金融機関を、極めて、いい加減で恣意的な数字(解釈の仕方で、どのようにでも見える)で、罵った欧米金融機関や格付会社が、今、いかに出鱈目な経営・運営していたかが問われている。まあ、いつの時代も、偶像というものは、いつか化けの顔を剥がされるものらしい。

まさに「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を顕す」そのままだ。欧米の経営者も、『平家物語』を読んだ方がいいかもしれない。驕りは凋落の前触れということだろう。

実際、その経済実情は破綻していると言って間違いない。大統領が変わっても、その回復の足取りは極めて重いだろう。つまり打てる手は、全て時間がかかるということだ。それにしても、自動車産業のビッグスリーと言われた企業が国に支援を求めているのは異様な感じだ。米国は、自由主義を放棄したのだろうか。自由主義の限界をやっと感じているのだろうか。

もちろん、学習能力に優れている米国は、同じ過ちは今後しないと思うが、その経済を回復させるには、戦争経済から脱して、国内経済の再確立が求められる。例えば、インフラの再整備が考えられる。一部で米国新幹線の可能性が持ち上がっているが、それも有効な手段かもしれない。

米国は国内の移動に、どちらかと言うと、航空機産業に依存してきた。ただ航空機産業に依存するということは、国家の全てに目が届かないとも言える。国家の開発が粗いと言える。今後、米国が鉄道産業の見直しで、国家の血管のように巡らせば、国全体の再開発になる可能性もある。そして、それが自動車産業の復活につながる可能性もある。日本も場合によっては、発展途上国並みと見なして、「対米国版ODA」の実施が有効かもしれない。

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2008年11月10日 (月)

現代日本教育の課題と不要なPTA

過激発言で目立つ、例の大阪府知事が、「PTAを解体」とか発言して、問題になっていた。しかし、流風は、PTAの存在自体に懐疑的だ。父も、PTAが日本の教育を歪めていると、常々言っていた。こんなものは、必要ないとのことだった。

詳しくは聞いていないが、教師が、一々PTAにお伺いを立てるのは、明らかにおかしいと指摘していた。PTAが完全に中立的存在で、学校側と生徒側の橋渡しになるのなら、よいのだが、得てして、それはPTA役員のための組織になりがちだ。

学校教育に過度にPTAが関与することは、教育を歪める結果になりかねない。もちろん、学校教育者の監視は、どこかで求められるだろう。不良教育者が犯罪を犯す例もある。しかしながら、大半が、良心的な教育者であろう。むしろ彼らの悩みを解消する仕組みを作る必要があろう。外部から見ても、あきらかに、教育以外の雑用が多すぎる。

まず生徒の質の問題がある。教育を受ける態勢になっていない生徒を全体の中で、活かすことは大変難しい。すなわち、教育目標は何なのかを明確にした修業前教育が不十分なのだ。それをどのようにするか。

それを誰がやるか。家庭なのか、地域なのか。そういう問題を解決せずして、学校側に押し付けても、問題が複雑化するばかりである。いずれにせよ、教育の主体は家庭にある。それを放棄して、どのようにでもなるものではなかろう。

次に指摘するのは、教師の持ち時間の限界であろう。教師は、ただある教科書を機械的に教えれば済む問題ではない。もし、そんなことで済むのなら、今では、ネットシステムでマンツーマンで十分だ。よって、その教師でないと教えられない、学問の研究と教え方の常々の工夫が求められる。しかし、それをするのに十分な時間は与えられていない。

さらに、国民やマスコミが教育の現場の諸問題をすぐ問題化させるため、担当官庁は管理面を強化さぜるをえない。そうなると、結果的に、教師の前は、書類の山で、それに相当時間を割かれることになり、本来の教育準備時間を減少させる結果になる。

そして、最初に挙げたPTAとのお付き合いなどが増えると最悪である。個々の役員との対応に時間を割かれると、もはやPTAは教育側にとって、お荷物に過ぎない。PTAは解散して、就業前教育に腐心するべきだろう。そうすれば、教育者側からも歓迎されるだろう。

現代教育は、生徒父兄側がいろいろ権利を主張しておかしくなった。学校教育はその学校を選択した段階で教育側に任せた方がうまくいく。教育側と生徒側のお互いの信頼関係再構築が求められる。それと共に、国家的には、教育側のシステム再構築(教育目標の再設定と、その構造と運営の再編)も求められる。

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2008年11月 2日 (日)

自衛隊は大丈夫か?

防衛省の田母神俊雄航空幕僚長が、くだらぬ論文「わが国が侵略国家だったというのはぬれぎぬだ」と発表して、物議を醸している。全く馬鹿な人だ。それとも自衛隊には、こういう考えの人が蔓延しているのだろうか。それに幕僚長という立場も弁えず、こういう発言をするレベルの低さには、あきれ返る。彼をこの地位に指名した人間も責任を問われるべきだろう。

また防衛省としても、隣国との信頼関係醸成の重要な時期であるというのに、全くそのことも理解していない。防衛は外交の一環であることが忘れ去られ、それなりの地位にある発言とはとても考えられない。本来、シビリアン・コントロールの上からも、彼は獄につながれるべきだろう。そうしないと、今後も、こういった事件は十分ありうる。

シビリアン・コントロールの上からも、自衛官が、民間に自己の意見表明することは、差し控えられるべきだろう。民間の論文募集に応募することも本来禁止されるべきなのだ。彼らには、言論の自由は制限される。但し、省内において、意見は自由に上げられる雰囲気作りは求められる。今の防衛省は、戦前の古い体質を引き継いでいる。それも改革が求められる。

*追記

ちなみに日本が国内の苦境から満州に「進出」して、満州経営していた段階では、中国は、認めたわけではないが、本来、漢民族の領土ではないので、当時、清朝の崩壊で混乱していたこともあり、黙認というか、静観していた(日本が満州経営しなければ、他国からの侵略を受ける可能性が高かった。よって当面、日本に預けるという感覚)。

そういう意味では、日本は満州経営に専念しておれば、問題は満州に進出したかった米国との確執だけが問題だった(米国のある鉄道産業は満州でのビジネス展開を考えていたので、権益を望んだが、日本は拒否して、結果的に、米国を敵にまわす遠因になった)。もちろん、ここでは記さないが、軍部による満州経営には多くの問題が横たわっていたことは確かである。

ところが、日本軍が暴走して、満州経営を逸脱して、漢民族の領土を「侵略」したことから日中戦争が始まったと言って間違いない。この歴史的事実は明確で、それを否定する発言をするのは、歴史認識が足りなさ過ぎる。

日本は、中国本土への侵略により、結果的に、当時、欧米列強の植民地であった、アジア地域への展開を余儀なくされる。それは全世界を敵にまわす勝ち目のない全面戦争に突入するということを意味していた。

確かに、最終的には、戦後、これらの地域は、民族自決の精神で独立を果たし、それは日本が欧米列強に対して戦争を挑んだ結果という、後付理屈を言って、この戦争を正当化しようとした。

しかし、この戦争で、非常に多くの人が亡くなり、国家を滅亡させる危険性があり、指導者の誤まった戦争であったことは間違いない。防衛省のそれなりの地位に就く人たちは、きちんとした歴史認識が必要であり、省内教育の徹底が望まれる。

*追記

防衛省は、田母神俊雄元航空幕僚長を定年退職させたそうだが、なぜ定年退職なのか。当然懲戒免職であるべきだろう。こういう処置がきちんとできない防衛省に危惧を感じるのは流風だけではなかろう。膿は徹底して出すべきだ。

それに彼は会見で全く反省の気持ちは表していない。また、彼は、日本ほどシビリアン・コントロールの機能している国はないと言ったようだが、シビリアン・コントロールの意味を全く理解していない。自衛隊は、大変、心配な存在になってきた。

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2008年11月 1日 (土)

意味のない政策金利利下げ

市場からの圧力に屈したのか、日本銀行が、政策金利を0.5%から0.2%引き下げて、0.3%とすることを決定したようだ(2008年11月1日現在)。しかし、この金利下げは何の意味も持たないだろう。明らかに政策ミスと言える。

今回の金融界の混乱は、米国にあり、米国はいずれゼロ金利とするかもしれないが、日本は何も協調する必要はない。すでに十分低金利なのだ。もちろん、円高への配慮があるのだろうが、円高への流れは止められない。

円高、円高と大騒ぎするが、適正レートは、ドル=80円であることは、明確であり、企業の設定レートが100円前後というのが、すでにおかしいのだ。もちろん、企業は社内設定レートと外部に発表するレートは違うと思うが、いくら急激なレートの変更とは言え、大騒ぎしすぎである。各社の経営姿勢がむしろ問われる。

そもそも、日本の貿易依存度は、16%~17%であり、それほど高くない。だからマスコミは騒ぎすぎなのだ。輸出企業は今まで、円安で過剰に儲けてきたのだから、今になって助けてくれとは虫が良すぎる。

また金融機関は、バブル崩壊後、公的資金を入れてもらって復活したかのように見えるが、それは遅々としたものだ。未だに公的資金を返却できていない所もある。それに、円高で評価損だと騒ぐが、それは運用を間違えた結果だ。

金融機関は、リスク管理が依然として甘いのだ。米国の危機は相当前から言われており、少し真面目に研究すれば、こういう事態は避けられたはずなのだ。それをなぜ一般国民が被らなければならないのか。

だから日本銀行の政策金利の引き下げに期待するのは、そもそもおかしい。無能な金融機関や輸出企業は、さっさと市場から退出してもらいたい。大体、日本の異常な低金利は、景気回復を遅らせる。なぜ低金利であるといけないかというと、それは経済の発展を阻害するからだ。

普通、金利が上がれば、景気を悪化させると判断しがちだが、日本銀行の政策金利が1%未満である場合は、事情が異なると思われる。すなわち、金利政策が機能していないのと同様なのだ。およそ経済社会は、金利を生んで社会は発展する。金利が経済を刺激するからだ。しかしながら1%未満では、実質、経済発展には寄与しない。

もちろん、0.5%と0.3%では大した違いはないではないかという意見もあろう。しかしながら、金利が下がる気分は、最初の説明のように悪い影響をもたらす。内需は、それを反映して気分的に縮む可能性もある。であれば、政策金利は下げるべきではなかった。

また日本銀行が金融政策で金利の上げ下げで経済に有効になるのは、政策金利1%以上であることを改めて確認して欲しい。金融機関を助けるための金融政策は、現況の日本では必要ない。むしろ、改革できない金融機関を整理すべきなのだ。

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2008年10月30日 (木)

薬物犯罪には罰則強化を

現在、日本でも薬物犯罪が広がっているようだ。相撲界も変な外人を採用して、ますますおかしくなっている。全ての外国人力士が悪いとは言わないが、西欧・東欧系は非常に危ないと感じる。彼らは日本の治安を乱すだけだ。

しかし、当局の処分は甘すぎると思う。外国人の扱いは面倒と思っているのだろうか。外交問題に発展すると思っているのだろうか。彼らは事件を起こせば、即、国外追放の措置を取ればいいのだ。もっと厳しくしないと、治安は守れない。また、その他の蟻の穴のような犯罪でも見過ごすべきではないだろう。

また最近は、大学生による薬物犯罪も多い。興味本位からかもしれないが、未成年であっても氏名を公表し、社会的制裁を加えるべきだろう。薬物犯罪は、未成年であっても、他の犯罪より厳しくて当然なのだ。社会を乱す輩には、厳しい制裁は当然である。それにしても、慶應大学も堕ちたものだ。いろんな学生がいるから仕方ないと言い訳しても、それは通用しない。

国は、薬物犯罪の更生が難しいことを知っているだろう。広がった汚染をクリーンにするには時間がかかる。まず社会の風潮を糾すべく、厳しい法体系の確立が急がれる。そして、若い人中心に、無防備な人々に警告教育を施すことも求められる。人生を無駄にしないためにも。

*追記

この薬物犯罪の原因は、次のようなものが考えられる。これらすべてを断つ方策が望まれる。

 ①国際交流の悪い面が出た結果

 ②犯罪を目的とした外国からの持ち込み

 ③ネットによる入手

 ④大麻取締法における種子の販売が可能なこと

 ⑤薬物リスクについての知識不足

*平成21年8月7日追記

芸能人の薬物犯罪に対して、当局は厳重に対処すべきだろう。かつては、甘い対応もあった。基本的に、一般人への影響を考慮して、芸能界から、永久追放を業界に求めていくことも必要だ。

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2008年10月29日 (水)

大手食品会社の食品事故から考える

食品会社のナショナルブランド(NB商品)を信頼していたのに、最近、大手食品会社の食品事故の報道に接して、この業界がいかに病んでいるかを再認識する。監督官庁にも問題があるのだろうが、業界がまず姿勢を正さないと、大手食品会社であっても、消費者から見放されて、業界から消えていくかもしれない。

どうも基本的な品質管理が十分でないようだ。社内情報管理もまだ未成熟のようだ。企業規模は大きくても、社会的使命を忘れているのかもしれない。利益優先の経営になっているのだろう。創業者は地下で泣いているかもしれない。

実際の経験では、ある大手パンメーカーの食パンを食べると必ず、体調が悪くなるし、ある大手調味料メーカーが出している加工品で調理すると、体調が悪くなる。それは時間をずらして何回試しても症状も同じだ(*注)。

最初は、流風の体質と合わないのかと思ったが、最近の事故を考えると、必ずしもそうでないのかもしれない。消費者の周りは危険な食品がいっぱいなのかもしれない。

更に、スーパーなどが出すプライベートブランド(PB商品)では、製造会社を商品に明示していないので、食品の場合は、決して購入しない。大手食品会社を製造依頼する例もあるらしいが、消費者には見えてこない。今回のカップラーメンもどうもそのようだ。

また、ある業者によると、PB商品は、スーパー等の要請で価格を安く設定するため、商品グレードを下げるらしい。一般消費者には、その内容はわからないが、NBブランドとは、明らかに違う物を買わされている。スーパー等は、PB商品に熱心だが、そういう戦略は見直した方がいいかもしれない。利益より、消費者をまず守るべきだろう。

*注追記

どのような症状か、問い合わせがあったので、記しておく。

最近は、ほとんど食しないが、ある牛丼チェーンの牛丼を食すると、必ず頭痛がしていた。ところが、その他のチェーン店の牛丼や自分で作った牛丼では一度もそういうことがない。

あるメーカーの食パンは、トーストすると、必ず口腔内を傷つける。まるで針が刺した様になる。口の中は血だらけだ。ところが、他社品では同じ様にトーストしても、そういうことには決してならない。これは数年前からだ。

次に、ある調味料メーカーが出している、麻婆豆腐の素で、麻婆豆腐を作って食すると、必ず身体の一部(主として足)に蕁麻疹が出る。始めは豆腐を疑ったが、品質の良い新鮮な豆腐で作っても同じだ。これも数年前からだ。

そういう症状に懲りて一旦買い控えるのだか、しばらく間を置いて、そのことを忘れて購入すると、同じ現象になる。これが流風の体質によるものなのか、商品に問題があるのかはわからない。

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2008年10月28日 (火)

住宅ローン減税の拡大は必要か

先般のブログでも、記したように、住宅市場は変化している。戦後と違って、住宅ストックは十分ある。もちろん、地域レベルでの需要と供給のミスマッチングの問題は残っている。

しかし、贅沢を言わなければ、一応、市場は完全とは言えないが、整っていると言える。だから、新規物件(一次)取得のための住宅ローン減税は、政策としては終わっているのではないか。

よって、現在、住宅政策に求められるのは、ローンをわざわざ作って、家を買う時代ではないのだから、住宅ローン減税を、現状より拡大することには、有効性が疑われる(:減税拡大は高所得者にしか有効でないということについては、ここでは敢えて述べない)。

住宅市場に刺激を与え、内需を拡大させようという意図は理解できるが、住宅ローン減税は過去の政策だろう。もちろん、現況のある一定程度の減税は継続してもいいかもしれないが、もう廃止してもいいだろう。

むしろ、今後、必要なのは、住宅ストックをどう動かしていくか、という政策が求められる。住み続ける人は問題ないとして、遊休化した不動産の活性化が求められる。地方に行くと、たくさんの遊休住宅不動産がある。

住宅というのは、住まなければ、傷んでいく。国家としては、そのような遊休不動産をできるだけ少なくすることが望ましい。それを支援する税制が必要なのではないか。

またバブル時に取得した住宅は、その資産価値も落ちて、転売が難しくなっていたのは確かだ。しかし、バブル崩壊後、20年近く経ち、ローン返済も目途が立っている人もいるだろう。所有者も若干買い替える余裕ができていると推定できる。

買い替えるなら、不動産がやや下落している今がチャンスと言えないこともない。そういうことを考えると、住宅ローン減税の拡大は必要がないだろう。むしろ買い替え促進税制の更なる充実(*注)やリフォーム・ローン税制の充実が求められるのではないか。

*注

例えば、都市住民が、地方の不動産を取得するための情報提供や、税制の支援やその他の支援が考えられる。その場合、それは国の支援と地方の支援が合わさったものになり、支援内容が都市住民に認知される方策が望まれる。

また地域住宅・不動産を取得して、一定期間住まなくても、売却しなければ、優遇措置は受けられるようにした方がいいかもしれない。そして転居すれば、継続して優遇措置が受けられるようにすればいい。

*追記

米国のバブル崩壊で、多くの人々が実物資産の重要性を再認識したであろう。不動産所有の価値見直しは必ず来る。但し、住まない不動産の所有は意味がない。そういう意味でも、不動産の市場の活性化に期待がかかる。

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2008年10月27日 (月)

政治とマスコミ報道の関係

政治とマスコミの絡み方は、複雑だ。双方、持ちつ持たれつの関係だ。しかし、その関係は難しい。大阪府知事が朝日新聞の報道内容と姿勢を批判している。激昂しているようだ。彼一流のポーズなのだろうか。でも、子供ぽいなあ。ああいう姿は、あまり見られたものではない。見苦しいだけ。君は若すぎる。

権力者というのは、常に批判されるものだ。その批判を見方にするのも、その人の器だ。今のままでは、大阪をまとめるのは難しいだろう。それに大阪はスマートさだけでは、人々を束ねることはできない。彼はスマートさを全面に出し過ぎなのだ。

人物のメッキがはげてきたのは事実だろう。もっと地に足をつけた政治が求められる。マスコミに露出しすぎた反動が来た証拠だ。現在は、マスコミを利用したツケが来ているのだ(宮崎県知事も、いずれそのようになるだろう。もっとも、彼はもっとずるがしこく立ちまわるだろうが)。

別件では、鹿児島の阿久根市の市長と地元新聞社の南日本新聞社が報道のあり方について揉めているらしい。市長がその報道の仕方を批判して、取材を拒否して、「あっかんべー」をしたとして問題になっているらしい。

原因となった公人のブログが、果たして私人のブログと分けられるかも疑問だ。政治家にとって政治活動としてのブログも、私人としてのブログにも境界はない。それを別物と考えるのは、少し甘い。政治家としては、慎重な姿勢が望まれる。選挙活動に使うのも、将来はわからないが、現況、問題だ。

他方、マスコミの取材方法にも、政治取材の方法も難しい問題を孕んでいる。政治家と近づかないと情報は取れない。しかし、近づきすぎると、政治とマスコミの癒着になる。バランスを取るため、マスコミとしては、権力に対する批判も含めて、批判的な記事になりがちだ。そうかといって、政治と談合すれば、それは業界雑誌になってしまう。問題は、程度問題だ。

そのように、政治とマスコミ報道のあり方は難しい。報道は民意に影響するので、結果的に政治にも影響を及ぼす。それは当局の政策を歪める可能性もある。しかし、政治家の立場としては、マニュフェストを謳って選挙に勝っているわけだから、修正すれば、選挙公約を破る結果になる。それは野党からの攻撃材料にもなる。

報道の偏りは、あるべき民意を歪めることもある。住民が政治に対して、本来意見を陳述すべきなのだが、直接民主制でない日本は、選挙で選ばれた議員に任せるしかない。そこで、報道が住民を代表して意見を述べることになるのだが、この市長が指摘するように、報道は住民に心地よい意見を述べがちだ。報道もビジネスだからだ。

報道のバランス感覚は必要だ。最近の各社の報道は、社説に止まらず、意見報道になりがちだ。それは新聞以上にテレビの時事番組はそのように受け取れる。ストレートな表現も多いが、もう少しオブラートに包んだ表現も求められる。新聞も、社説以外の意見報道は控えるべきだろう。特に匿名記事はあまり感心しない。それはブログや週刊誌などで意見表明すればいいのだ。

そして政治家の方々も、マスコミ報道批判も時には許されるが、彼らの立場を良く理解して、包み込むような態度も必要だ。マスコミをその政治家のファンにする機会も与えられているのだから。

またマスコミの取材方法も工夫が求められる。政治家も人間だし、感情もある。夜討ち朝駆けの取材も否定はしないが、何がしかのルールも必要だろう。品のない取材は、読者や視聴者も遠ざける。

これらの問題は、案外、根が深くて、今後も各地で起こりうる問題である。単に地方都市の話題で終わるわけでもなかろう。政治家とマスコミ報道の相互の器が問われる問題とも考えられる。

*追記

権力者に対するマスコミ報道には、重箱の隅をつつく報道も散見される。例えば、麻生首相のホテルでのたびだひの会食と批判するが、そんなことは、どうでも宜しい。報道するマスコミのレベルが疑われる。

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2008年10月23日 (木)

定額減税の有効性

政府与党が2兆円の定額減税を決める方向にあるようだが、景気に対する有効性は極めて疑問である。大体、このタイミングで、減税するのは、選挙対策と見られても仕方ない。自民党は、嫌々ながら、選挙対策のために公明党に押し切られたようだ。だらしない。

サブプライムに端を発した米国金融危機は、確かに日本の景気に影響を与えるが、消費者の懐に響くのは、来年以降のことである。すなわち、タイムラグがある。現時点では、日常的な消費は、そんなに落ち込んでいない。このタイミングで減税しても何の意味もない。

さらに、今は、円高で、物価高騰が収まり、むしろ物価下落の兆候もある。だから、公明党の主張する、急激な物価上昇だから、定額減税をする必要があるという条件は最早崩れている。

それを不況対策の先取りした政策だと、当局は言うかもしれないが、それは論理のすり替えだ。「活き金・死に金」理論で行くと、所得の返りがあることは、死に金にはならない見方もあるが、現況、預貯金に消える可能性も高い。

そうなれば、消費は増えず、活き金にもならない。結果的に、国から国民への所得の移転になるだけだ。今、国は貧しいのに、さらに貧しくして、どうするのか。減税というのは、費用対効果が明確でなければ、現在の日本では打てない政策なのだ。

そもそも、この定額減税に対しては、流風は否定的だ。消費を刺激したいのであれば、一時的な消費税減税の方が利く筈だ。凡そ、人々は、税引き収入で生活しており、関心があるのは手取りで、よくないことかもしれないが、そこに至るまでのプロセスに無関心なことが多い。一時的に所得が上がっても、それは一瞬だ。記憶に残らない政策と言える。

それに対して、自分の懐からお金が出て行くことには、大変敏感だ。だから所得税減税するよりも、支払い時に毎回意識するのは、内税であっても同じだ。よって消費税減税する方が、その有り難味は大きく感じるはずだ。そういうことで、その政策効果は大きい。それは錯覚だと言う人もいるが、庶民感情は、そのようなのだ。為政者は、庶民の気持ちが、もう少しわかって欲しいものだ。

結局、定額減税は、無駄遣いに終わるだろう。そして、それはいずれ国民に余計な負担をかけることになる。かつての小渕政権のように。

*追記

一般に、減税というもの自体、それが悪いものではないかもしれない。しかし、今は、そのタイミングではない。

また、その減税も、現在と、将来を睨んで、国民のトータル・コストを踏まえたものにする必要がある。

*平成20年11月1日追記

結局、「定額給付金」ということになったようだが、意味のない政策に変わりはない。将来に負担を増加させ、それにからめて3年後に、消費税増税をする可能性を麻生首相は示唆した。しかし、自民党による消費税増税は信用ならない。何に流用するかわからない。もちろん、民主党政権になっても、消費税増税に近いものもあるだろうが、彼らの方がまだ使用目的が明確な点がまだ評価できる。

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2008年10月19日 (日)

マンションの価値と住宅新時代

都市部において、マンションが売れ残り、価格が下落しているらしい。東京圏を中心に都市部でミニバブルが生じていた。しかし米国のバブル崩壊に伴い、国内不動産会社も破綻の憂き目にあっている。そのため、マンションが見切り売りされている。その結果、価格が暴落していることのようだ。

しかしながら、家賃相場は今のところ、そんなに下落していない。それからすれば、マンション価格は、正しい価格に調整されているといえる。マンション業者が設定した価格が家賃相場と乖離し、ブームに乗って異常に高く設定されていたと推定できる。

ところで、マンションの価値について、どのようにお考えだろうか。

まず、言えることは、マンション市場の変化は、購入者の購買行動の価値観の変化がある。以前はマンションは、一戸建てを買うまでの第一段階と考えられていたが、マンションの転売価格が、購入価格を下回るようになってからは、そのような行動を取れなくなった。それゆえ、マンションが終の住まいになっているようだ。

他方、マンションをローンを組んで借金して、わざわざ購入する時代ではなくなったとも言える。ローンを組むぐらいなら、借りた方がましなのだ。仮にマンションを買っても、それは、「修繕費の負担が上乗せされた賃貸の家賃の先払い」という見方ができる。これは考えようによっては、一般賃貸より割高(*注)だ。ということは、家賃が高くなるインフレ時の場合を除いては、経済的メリットは薄いということになる。

さらに、マンションは、まだ実験段階にあり、どれくらいの寿命があるか保証されていない。それゆえ、その価値は、まだ未確定だ。30年と言う人もあれば、50年くらいは大丈夫と言う人もいる。ただ、それは建設業者によって、寿命が違うような気がする。

また、管理会社のメンテナンス意識によっても、それは違うだろう。修繕計画のでたらめなマンション管理会社は依然として多い。マンション購入時の修繕積立金が異常に少ないのも気になる。販売業者の売らんかな、売りっぱなしの傾向を反映している。結局、追加の一時修繕負担金が必要になり、家計計画が狂ってくることもあるだろう。

更に、その品質面に関しては、建設時期によっても、それは違う感じだ。まず、1981年の建築基準法改正前のマンションは、相対的に価値が低い。大震災があれば、倒壊の可能性が高いからだ。中古のマンションであれば、それ以後のものに基本的価値がある。ところが、それがわかっていない購入者も多いようだ。いくらリフォームしても、外見的にはきれいになっても、基本的な構造に問題があれば、その価値は低いはずだ。

ついでに言えば、1981年以後のマンションで、バブルの頃に立てられたマンションは、意外としっかり建てられており、価値が高いと言われる。それに比べて、最近のマンションはデザインはいいが、やたら広い部屋が多く、設備は最新の物を採用していても、見えないところでの手抜きマンションも多いという。もちろん、それは全てはそうとも言い切れないかもしれないが。

結論的には、マンションは、相対的価値が低くなると見てよいだろう。今後の住宅需要は、現役時代はローンでマンションなどの家を買わず、相続不動産が無ければ、定年近くになって、地方都市の一戸建てを現金で買う時代かもしれない。もちろん、それまでに土地の手当てとか、土地勘は養っておく必要があるかもしれない。

都市部のマンションは、借りるためのものと割り切る人は増えそうな気がする。中古マンションを活用した賃貸ビジネスが流行るかもしれない。また部屋の広さも、ワンルームマンションではなく、ファミリーマンションタイプの賃貸が主流になるかもしれない。

国は、そういう人たちのための住宅政策が望まれる。また地方も、元住民が都市に出てしまって空き地・空き家になっている所を積極的に関与して、都市住民が入手できるように、不動産が有効活用されるような方策を取るべきだろう。

*注

もちろん、借りる側も、修繕費が実質家賃に含まれている(名目では、含まれていない)が、それは一応短期的なのに対して、マンションの所有は、いつまで所有するかわからないのに、売却するまで、修繕費の負担をしなければならない。

*追記

ちなみに都市部の高層億ションと言われるものも、価値はそんなに高くないと思われる。基本的に、その価値は錯覚に過ぎない。そんな金を出すなら、ホテルに住んだ方が快適だろう。

*追記

そもそもマンションの価値に疑問を持ったのは、阪神・淡路大震災を経験してからである。マンションは共同住宅の宿命とは言え、実質、個人の自由にならないことを再認識させられたのだ。一戸建てであれば、土地があるので、個人の判断で再建が可能だが、マンションでは、それが簡単にいかない。

あの震災で倒壊したマンションは再建の合意をするのに非常に手間取ったと言われる。特に合意形成に、高層マンションは最悪だ。そういう意味を含めると、少しましだということで、今後は中低層のマンションが価値を持つだろう。

*追記

高層マンションにはいろいろな弊害がある。神戸は震災後、人口を増やすために、高層マンション建築を容認したが、それは景観を著しく損ねている。そのため、海側から見ると、六甲山が十分に見ることができないケースが出てきている。そして、その結果として、神戸の価値・魅力を落としている。

また神戸市の政策は誤まっている。人だけ増やしても、税収は増えない。将来、新たな負担が増大するだけである。人は産業と共に招かなければ、それは有効な政策ではないのである。

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2008年10月17日 (金)

中国製冷凍インゲンの事件

中国製冷凍インゲンの事件が起こっている。原因は不明だが、故意の可能性があり、事件性が強いとの報道だ。流風は、野菜の冷凍品は全く購入しないので、被害にはあっていない。

大体、野菜の冷凍品を買うこと自体、良くわからない。野菜は、調理して冷凍するのならわかるが、野菜の冷凍品を買うなんて、ちょっと考えられない。茹でるのも手抜きしたいのか。インゲンなんて、買ってきて、茹でて冷凍すればいいではないか。それさえもできないと言うのか。そこまで家事を手抜きする必要があるのだろうか。それに冷凍品で野菜を一年中食べようという発想もおかしい。

まあ、それはそれとして、今回の事件は、故意とすれば、何らかの意図があるということになる。それは中国内の問題なのか、日本に対する嫌がらせなのかはわからない。あるいは、何らかの事情で経営者を困らせようとしているのかもしれない。

製品に穴などは開いていないというから、それは生産地で薬品が仕込まれた可能性が高い(*注追記参照)。野菜の生産過程で問題が無いとすれば、後は包装過程で、薬品を入れた可能性が高い。事実関係を早く調査して公開してもらいたいものだ。政府も過度に外交問題に発展するのを心配すべきではない。国民を守ることを優先すべきだ。

また専門家によると、輸入野菜や加工品をなくすことはできないと言うが、そうだろうか。それは一般家庭というより、外食産業や中食産業に対しての言葉だろう。コストの問題があるのだろう。よって外食産業や中食産業で、我々は必ずしも安全とは言えないヘンな物を食べさせられている可能性は高い。

しかしながら、一般家庭向けには、少なくとも、このような冷凍商品は国産に切り替えても、十分やっていけるだろう。改めて、専門家の常識と一般人の常識は異なることを理解した。また輸入野菜や加工品に頼る食品産業、商社、流通産業、外食産業や中食産業は意識転換が望まれる。そうしないと、国民から見捨てられるだろう。

*平成20年10月17日追記

問題の商品の空気穴の近くに約1ミリの穴が開いていることが判明したらしい。そうなると、事件は、いろんな場所で考えられ、工場外も考えられることになる。袋に製品にしてから穴が開けられたのか、製品になる前から穴が開けられていたのか、解明が望まれる。

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2008年10月11日 (土)

株価暴落、どこまで続くか

今年は阪神が優勝を逃すなど予想外の展開が多い。前半は、超特急だったのに(ちなみに阪神電車に超特急は無い。やりなれない急発進するものだから、チーム全体がおかしくなってしまった)、途中から脱線。巨人に優勝をさらわれてしまった。岡田、お前はアホか。リーダーとしての資質を星野と共に問われる。

そういうと、百貨店の阪急・阪神は高島屋と経営統合するらしい。そうなると、チーム名はどうするのだろう。まさか、阪神のままというわけにも行くまい。チーム名を「大阪湾」とでもしますか(笑)。

さて、株価市場はそんな暢気な気分でなく、日本の株価が、暴落している。一体どこまで下がるか、わからないと報道では盛んに伝えている。まあ、これは米国金融市場の混乱から十分予測されたことだ。流風は、先のブログでも日経平均1万円割れを予測していたので、別に驚きはない。

報道の気持ちはわからぬでもないが、そんなに慌てた気分を伝えてどうするのか。もっと明らかなことがあるだろう。報道はあまり感情的になってはならない。まあ、報道の限界と言うべきか。そういうことで、以下、流風が妄想的に今後の動きの予測を記してみよう。もちろん、内容にはもちろん一切責任持ちません(笑)。是非は各自でご判断してください。

基本的に、ヘッジファンドなどの投資ファンドが換金売りして、日本市場から資金を引き上げざるを得ないのが実情だろう。決算も迫っている。現実的な穴埋めの可能性も高い。それに輪をかけて、今は米国の市場の投資家が冷静さを失っていることが市場を混乱させている。

だから、実物投資中心の日本やアジアの投資家は慌てる必要はない。過大な信用創造が大元の原因だから、それが修正されるには時間がかかるだけのことだ。ただ短期資金を回していた人々は自業自得とは言え、大変だろう。まあ、デイトレーダーが減るのはいいことで、市場から消えてくれればいい。彼らも、別の意味では、投資銀行のやり方に乗じたわけだから、同じ穴の狢だ。

それでは、どれくらい株価は暴落するかと大胆に予測すれば、日経平均で最大5000円程度が考えられる。しかし最終的には(一時的に5000円近辺に行っても)、現実的に、6500円程度で落ち着く可能性が高い。日本の投資家が、慌てて売らなければ、その程度で株価下落は止まる。確かに、リスクマネーで運用している金融会社などの破綻は、まだ考えられるが、輸出企業を除けば、ほとんどの企業はそれほど今期の業績には響かないだろう(但し、決算は株式は時価評価のため、評価減で企業によっては大きく影響が出る)。

もし、日経平均が5000円を割る事態になれば、それは恐慌の始まりと言える。景気に大きく影響する。時代は大きくデフレ時代となり、相当長期に不況が来る。欧米の景気回復は当面考えられないし、内需も弱いとなると、景気回復の見通しは全く立たなくなる。

ただ当面は、円高は更に進むだろうが、日本市場には、アジアで資金に余裕ある投資家等が、日本に投資することが考えられる。どこかに投資する必要に迫られ、比較的安定している日本に資金は向かうだろう。そういうことで、急激な下げは、ちょっとした機会で、急激な上げにもなりうる。その場合は、日経平均で、底値から50%アップ程度まで戻す可能性はある。

しかしながら、いずれにせよ、その後、株価は、数年低迷するだろう。それにIMFが予測するように、景気も悪化が考えられ、来年の経済成長率はゼロパーセントの可能性が高い。場合によってはマイナス成長もありうる。

また、米国があらゆる方策を打っても、その効果が現れるのには数年かかるため、景気が上昇するのは、数年先のことになると考えられる。それまでは、なべ底株価になるだ可能性が高い。しかし、優良株は銘柄によっては、気長に保持するつもりなら、投資チャンスにもなりうるかもしれない。辛抱できないタイプは、当面投資は諦めて、旅行や温泉にでも行けばいい(笑)。

以上、独断と偏見による流風の見解でした。さて、皆さんの予測は?

*追記

ただ次の危機は、何らかの理由で株価が急伸した場合だ。その場合、再度、株価は急落する可能性がある。個人投資家は、上げ相場と間違った判断をして、無闇に投資しない方がいいだろう。本格的な上げ相場になるまで、投資は休んだ方がいい。

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2008年10月 7日 (火)

社会保障は雇用問題

社会保障の問題が話題になって久しい。最近は、厚生労働省の組織・運営事態に問題があると、大手新聞も叫び始めた。確かに、厚生労働省の、組織疲労と機能不全は、問題を大きくしているかもしれない。

しかし、根本問題は、社会保障は雇用問題ということに尽きるのではないか。まず、ここにスポットを当てて、どう解決するかを考えなくてはならない。かつて雇用の確保は、国の命題だった。それがバブル崩壊により、それを維持できなくなったのに、社会保障の仕組みは従前通りという矛盾が生じていることがまず指摘できる。

それでは、雇用にどのような問題が生じているのか。まず、公共投資の減少に伴い、当然、雇用量は減っている。その減少を補う政策が取られているかといえば、疑問だろう。民間で、それらの労働者を雇用する仕事は増えていないだろう。

次に電子化の影響がある。まず事務職の価値が下がった。企業は一番にリストラし、外部化し、正規雇用を減らした。そのために、非正規社員が増え、所得を減らしている。さらにネット化により、流通のカット化が進められ、その人員の余剰が労働市場に溢れている。彼らの雇用及び所得をアップさせる職種転換教育制度が求められる。

次に、労働需給のアンバランスが指摘される。経済のサービス化に伴い、都市に偏った産業に雇用が集中し、地域の産業(農林水産業など)に人を回す政策が取られていない。それは都市に人が集中することを避ける人為的な政策が求められる。

また伝統芸能や伝統工芸を引き継ぐ職人の養成も、十分に為されていない。これは現在の学校教育の仕組みに問題がある。中学校を卒業すれば、そのような人材を育てる専門学校の普及が望まれる。宝塚専門学校がいい例だ。

そのためには、伝統芸能や伝統工芸を魅力的に見せる工夫が求められる。これらは日本の価値を高める重要な仕事である。伝統の継承保護基金などを設立して、社会的にバックアップする必要がある。

更にもう一つは、男女雇用均等法の施行により、女性が社会進出してきたが、雇用は増えていないのに、女性労働者だけ増えたものだから、労働需給のバランスが取れなくなったことが大きい。

結局、一人当たりの所得が減り、共稼ぎしないと生活の質を維持できなくなっている。所得の低い人からは、税金はなかなか取れない。そういう人が増えすぎて、自業自得だが、国を困難に追いやっている。

以上のことを鑑みると、言えることは、国は、国全体としての仕事量を倍増させるか、共稼ぎを止めさせて(女性の雇用を減らせという意味ではない。男女どちらかが働きに出ればいい)、仕事量と労働者の総量をバランスさせることが求められる。

すなわち、雇用を確保するには、それに相応しい仕事量を確保しないといけないことになる。すなわち、新産業の育成も必要だろうし、産業の仕組み全体を日本国内だけに捉われず、世界でどういう位置づけで雇用を確保するか考えなくてはならない。

ただ海外に進出している大企業の経営者の発言を見ていると、国内の雇用を確保する意識は、昔の経営者と比べて薄い。経営者の意識転換が求められる。そして国もそのように仕向ける必要がある。

あるいは、新しい産業を育成し、雇用を増やせないのであれば、一人当たりの所得を倍増させて、その代わりに、労働人口を半減させることが求められる。

ということは、かつてのように男が働いて稼いで、女性は家を切り盛りすることに専念する時代から、男女のどちらか優れたほうが働いて稼いで、もう一方は家事全般を取り仕切る仕組みにする必要がある。

そうすれば、国は確実に税金を取ることができるし、社会保障も低所得の非正規社員(*注1)を規制すれば、一応維持できることになる(*注2)。

いずれにせよ、国は、もう一度原点に戻り、雇用の確保を国の命題とすべきだろう。そうすれば、社会保障問題にも光が見えてくるだろう。

*注1

現在問題になっている派遣社員も、特別な能力のある仕事で高給の仕事は制限されるべきでないだろう。問題なのは、あくまでも所得が低所得で不安定なものは制限すべきであろう。

*注2 

但し、人口構成アンバランスによる社会保障体制の是正は求められる。是非はあるが、後期高齢者医療制度のような制度導入もその一つであろう。消費税の増税も、全額がその充実に向けられるのなら、国民から賛意は取り付けることが可能だろう。

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2008年10月 6日 (月)

株式投資の原則?

知り合いの高齢者の方たちは、今回の株価暴落で、多くが評価損を抱えているらしい。しばらくは旅行もできないと嘆いている。でも、詳しく聞いて見ると、あまり株についての知識もお持ちでない。定年退職して、退職金を使って、少しお小遣いを稼げばという感覚なのだ。どうも危なっかしい。

流風も、あまり偉そうなことを言えるほどの投資をしたことはないが、株式投資するなら、もう少し研究してもらいたいものだ。でも、本来、高齢者は、よほどの余裕資金がなければ、株式投資や投資信託には手を染めてはならないだろう。そういう意味では、国が高齢者の投資を期待するのはお門違いだ。

そういうことで、以下、株式投資について、若干触れておこう。しかし、若い人たちは、基本的に仕事に集中して、株式投資に時間を費やすのは好ましいことではない。但し、一定の配当のある一流優良株を資産として長期に持つのなら、それは意味のあることかもしれない。

さて、昔から、株式投資にも、原理原則があるらしい。父の遺品を整理していたら、メモ帳に記載されていたものがあった。どこかから転記したのだろう。その内容が正しいかどうかは、流風には判断できないが、父が後生大事にメモとして残しているのだから、あながちはずれてもいないだろう。もちろん、その通りにしても利益の保証はないが、リスク管理には役立つかもしれない。以下にそれを示す。

一、要するに商売と同じこと。

つまり安く買って、高く売ること。往々にして失敗する人は、人気とか話題で判断して、高値で買い、安値で売っている。つまり、商売感覚の無い人は、株式投資に手を出してはいけないということ。

二、確実な利回りを第一とすること

持株が買値より上がっていくと、ついつい深追いして、売り損ねる。そして、ついには相場が終わって、買値より下がり、塩漬けとなる。これは資産効率を悪化させる。企業と同様、在庫を多く持つことは、利益を損なう。最初から、確実な利回りで売ることを決めておけば、損することが少ない。未実現利益ほど危いものはない。

三、その会社の現状の業績と将来性を鑑みて、銘柄を選択する。

そのためには、日本だけの動きだけの観察では不十分で、世界の動きを観察しなければならない。そういう勉強がやりたくないのなら、株式投資はやめておいた方がいい。

四、経営者の発言を注視し、その人格を観察しなければならない。

経営者の言葉は重い。そのことを理解しているかとどうか判断するだけで、投資に相応しい企業かどうかはわかるものだ。

五、株式投資は、適度に休むことが大切。

多くの人が、このことは指摘している。投資し続けて、儲かるほど市場の動きは一定ではない。長期サイクルで、上がったり下がったりしている。投資し続けると、結局、トータルで損することになる。

六、余裕資金で投資するわけだが、それも全額一遍に投資してはならない。

常に、投資資金に余裕を持たせて、投資することが求められる。つまり相場が急落した時の場合に備えておくというのだ。

七、同じ銘柄で、何回も続けて儲かると思ってはならない。

売値より安くなれば、買って儲かることもあるが、相対的に難しい。また株価が下がった時に、追加投資する(ナンピン買)のは危険だ。相場が下がった時は、別の銘柄に注目すべきなのだ。

八、底値で買えると思わないこと。天井価格で売れることはまずない。

何事もほどほどにするということ。神でもない限り、全てを見通すことは不可能。テクニカルな方法で、それが得られるほど、相場は単純ではない。

九、全て自分の判断によって投資すること

相談して、うまく行った例はない。うまく行くのなら、その人が投資して儲けているはずだ。すなわち、投資は、よく言われるように、自己責任で行うことが求められる。他人任せで、利益を上げることは難しい。大抵が損をする。

十、儲けたお金は別会計とし、投資資金に回さないこと。

投資資金と儲けたお金を一緒くたにすると、いわゆるどんぶり勘定になって、投資としては成功しない。

*追記

確か父は、投資明細を記録していたが、全生涯の決算は、若干のプラス程度ということだった。長い間に、インフレが続いていたわけだから、実質、運用はマイナスであろう。流風から見て、父の失敗は、見切りが早く、売り買いを頻繁にしていたことだろう。最近のデイトレーダーと似ている。小売の商売なら、それでもいいが、相場では必ずしも通用しない。まあ、父は投資金額も少なく、頭の体操とは言っていたが。

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2008年9月29日 (月)

サービス社会は地域中心社会

現代はサービス社会ということに異論を挟む人はいないだろう。サービス社会というのは、サービス提供者とサービスを受ける顧客の距離が近いことである。

ところが、公共サービスについては、依然、国が一律のサービスを提供しようとしている。しかし、それでは、地域ニーズと異なるものを押し付ける結果になりがちだ。それは無駄が多いし、地域住民の満足も得られない。

ということは、国は大半の予算の裁量権を地方に委ねる時代だと言える。そうしないと、きめ細かいサービスの提供は不可能だ。

すなわち、外交、防衛、教育は国が担当するにしても、その他の大半の予算を地方に渡す必要がある。それが国力を充実させる。

官僚は自己防衛に走るべきでない。むしろ官僚は地方で腕を振るう時代に入っていると認識すべきだろう。

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2008年9月27日 (土)

年金は大丈夫か

年金不信は、何も若い人に限ったことではないだろう。次々と発覚する社会保険庁の不正。年金は社会の安定を担っているという自覚がないのだろう。もちろん、裏には評価システムの問題がある。これは単に末端の個人レベルの問題ではなく、組織犯罪と言える。

ところで、先日、升添要一厚生労働省大臣の大きなサイン入りの説明書つきの「ねんきん特別便」が社会保険庁から送られてきた。流風の加入記録はシンプルだから、誤りはないと思うが、問題は、年金がきちんと支給されるかということ。流風の年金は僅かだが、それでも、大変不安だ、

最近の報道では、厚生労働省が、年金の運用に失敗しているという話も聞く。それは、最近、既に5,6兆円損失を出しており、米国の金融破綻により、10兆円~20兆円ぐらいの損失になる可能性があるとのことだ。

大体、運用の素人官僚・公務員が年金を運用しているというだから驚きだ。また年金をリスクマネーで運用すること自体に問題があるのかもしれない。また、それには政治家も一枚かんでいる噂もある。

よく株価が低迷すると、年金資産を運用しようという企みが政治家より提案されるが、迷惑なことだ。政治家も、お金の運用については、官僚と同様に素人だろう。それに他人のお金に、そんなに神経質になるとも思えない。

そのような状態で、年金支給に支障は出ないのか。最近は、支給年齢をさらに引き上げる可能性も指摘されている。年金支給額が既にカットされた上のことである。こうなってくると、もう国家犯罪ではないか。

仮に支給年齢が70歳に引き上げられると、平均寿命が男では、大体80歳、女性で、大体88歳とすると、男は、年金が10年間、女性で18年しか支給されないことになる。女性はともかく、男はたった10年のために、年金を積み立てるのかと思いたくなる。何か、空しい感じがする。

流風の年代でそのように感じるのだから、若い世代だったら、なおのこと不安であろう。年金を積み立てても戻ってくるかわからないからだ。おおよそ、数十年後のことを予測することは難しいのはわかる。それに、いくら順繰りと言っても、人口構成のアンバランスは、年金体系を狂わせる。

でも、そういうことは、ずっと前にわかっていたはず。それを国民に告げなかったことは、国や政府の怠慢であろう。国民に長期的なリスク情報は事前に情報提供する制度が求められる。そうしないと、国民は国に不信感が募るだけである。

しかし、年金は本当に大丈夫なのか。今から、人生設計のやり直しをするのは、少し辛い感じだ。ちょっと、やるせないなあ。しかし、若い世代は、もっと心配かもしれない。彼らの心配を取り除く施政を望みたい。それにしても、食と同様、国民は何を信頼すればいいのだろうか。

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2008年9月25日 (木)

短期政権と官僚政治

麻生政権が誕生した。今後どのように政権が運営されていくのだろうか。難題山積で、大変な時の政権でもあるだろう。とんでもない貧乏くじを引いたものだ。何といっても、二代に亘って投げ出された政権を引き継いだのだから。相当、信頼回復は難しいが、内閣の陣容を見ると、小粒な感じだ。大丈夫だろうか。

さて、そのことはさておき、今までの自民党中心の政権(一時期の野党政権も)を見ていくと、短期政権が多い。特に竹下政権以後、延々と短期政権を続けてきた。小泉政権だけが、5年も続いたのは例外的だ。政権の就任年で、追いかけてみると次のようだ(カッコ内は首相就任年)。

  竹下登(1987)

    宇野宗佑(1989)

    海部俊樹(1989)

    宮沢喜一(1991)

    細川護熙(1993)

    羽田孜(1994)

    村山富市(1994)

    橋本龍太郎(1996)

    小渕恵三(1998)

    森喜朗(2000)

    小泉純一郎(2001)

    安倍晋三(2006)

    福田康夫(2007)

    麻生太郎(2008)

このように見ていくと、1、2年の政権が多い。病に倒れられた小渕氏の場合を除いて、それ以外は、政権を維持していく努力を欠いている。政権が維持できない要因は、いろいろあるだろうが、リーダーに信念というものが欠けている。

仮に目標が明確であれば、政権は、1年や2年で、その目的を達成できるものではないだろう。目標達成意欲が足りないのだ。単に権力闘争で、首相の付け替えをしてきたのが事実だろう。首相に任命されても、首相にはなったものの、というタイプが多かったのではないか。

その結果、実際の政治は官僚が取り仕切ってきた。最近、与党の政治家も官僚批判をよくするが、それは政治の怠慢が招いたものとも言える。ただ、官僚政治は前例踏襲になりやすい。そのため、政治の中身が時代にそぐわなくなる可能性も高い。

そこに時代の閉塞感や諦めを国民に招きやすい。それが無党派を作り出している。それに乗じて、政治家は、時として、目立つ実績作りのために暴走して、あるいは、よく考えもせず、海外の要求に応じてしまって、国益を損ねている。

それを今まで、官僚が尻拭いしてきた。そこで、政治家は官僚に尊敬されないようになり、官僚を使いこなせない要因になっているのだ。現在のような、官僚政治打破のためには、まず政治家が、明確な国家哲学に基づき、政策をリードしていく姿勢が求められる。

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2008年9月23日 (火)

米金融混乱後の日本経済雑感

米国の金融破綻は、日本の経済に大きく影響するだろう。破綻の影響は軽微というのは楽観的過ぎる。そういうことを言う人には、政治を行って欲しくない。以下雑感的に箇条書きで記してみよう。

一、時間差はあっても、金融機関に影響を与えるだろう。

リーマン・ブラザーズの日本の金融機関に与える影響は、「ハチが刺した程度」と表現した政府首脳がいたが、そんなに甘くないだろう。これは序章で、今後、ショッキングな事態になる可能性が高い。米国経済は暗闇の迷路に入ったも同然だ。長期的に米国経済は立ち直れない可能性がある。それが世界経済に、相当響いていく。

ところが、今がチャンスとばかり、危機に陥った米国金融機関に投資するメガバンクもあるが、早すぎる感じだ。彼らの資産を精査するには、時間がかかるだろうし、リストラさせて、十分な価値があると判明してからでも遅くないはずだ。バタバタ支援を表明するのもおかしなものだ。投資が無駄になる可能性もある。もちろん、裏事情があると推定されるが。

今後、日本の金融界も、相当マイナスの影響を受けることは避けられない。場合によっては、日本金融界の解体・再編もありうると思っていた方がいいのではないか。特に地方の銀行は破綻するところも出てくるだろう。

二、ドル下落、円高へ。

いずれにせよ、ドルは下落する。大体、今まで過剰に評価されていた。問題は下落の程度だが、米国の政策にもよるが、近い将来、1ドル=70円程度は、十分にありうる。

過去に海外投資している投資家は大きく傷つくだろう。また外国為替や投資信託に投資している人々も、大幅に元本割れになるだろう。まあ、外国為替に関しては、個人は、その国に用事がなければ、投資してはいけない。

また海外旅行にはチャンスかもしれないが、世界経済悪化に伴い、治安が悪化する国々も増えよう。旅行先には十分調査が必要だ。団体旅行でも安心はできない。

三、投資家は機関投資家、個人投資家共に、厳しい状態が続くだろう。

株価は、数年間低迷するだろう。日経平均が1万円を割るのも時間の問題だ。上げ下げしながら、下げていくだろう。急激な上げや、急激な下げは、相場が傷んでいる証拠だ。そして、時価会計である以上、多くの資産は毀損する。

既に、投資評価損を出している個人投資家は多いはず。所得の高い人や投資家は、その多くが収入減になる可能性が高い。マネーの売買で儲けていた人たちは、市場の暴落で、ある意味、首根っこを押さえられた状態になりつつある。

その結果、消費が低迷する可能性が高い。但し、今がチャンスとばかり追加投資しても損する可能性は高い。追加投資などはせず、じっとしておいた方がいいだろう。

またドルが安くなり、結果的に円高が続けば、海外投資家は、一流株式には投資残高を増やす可能性はある。

四、中低所得者への影響

中低所得者が、あまり影響は受けないかというと微妙だ。彼らは投資余力を持たないので、投資による損害は受けないだろうが、国内経済の悪化が彼らに与える可能性は高くなった。

例えば、リーマン・ブラザーズの発行した円建て外債が債務不履行になる可能性があるからだ。これらを買っているのは地方銀行を中心に、大手銀行、証券会社という。特に地方銀行がこの不良債権を抱え込むことになれば、当然、地方の中小企業への融資にも影響が出てくるだろう。

そうなれば、融資が回らなくなり、中小企業の破綻も予測される。もし、それを中低所得者に皺寄せさせるなら、社会問題になるだろう。そうなれば、地方に失業者が出る可能性もある。それに低所得者の所得は限界に来ている。

ただ、中低所得者にも若干の朗報があるかもしれない。円高になる可能性が高いし、原油価格も当面下落を続けるだろう。そうなれば、タイムラグはあるものの、輸入物価は落ち着くと考えられる。それに伴い、国内物価は安定または下落するだろう。しかし、所得低下での物価安定は、消費を刺激しない。そんなところに、定額減税をしても全て貯蓄に回るだろう。

五、米金融破綻前に計画された補正予算は、中身を見直す必要があるだろう。

選挙前に補正予算を通すと言うが、これは問題が多い。状況が変わったのだから、中身は当然見直しされて当然だ。必要のない政策に、お金をばら撒く必要はない。必要な政策が変わったのだから。

自民党総裁選も終わり、総選挙のムードが漂っているが、補正予算の中身を見直ししてから、選挙に臨むべきだろう。自民党政権は、吉田に始まり(正確には違うが)、皮肉にも麻生で終わる可能性も高い。それまでに最後のご奉公をすべきだろう。

六、以上のような状態で、果たして景気対策というのは何なのか。

多分必要なのは、中小企業に金融が回るような政策だろう。そして求められるのは、国の補助金等のばら撒きではなく、市場が動く政策だろう。すなわち知恵の提供なのだ。

例えば、脱炭素政策もいいし、省エネ政策の更なる推進もいいだろう。また新住宅政策の立案も求められる。東京リスクは相当積み上がっているから、都会からの人口分散政策も有効だろう(但し、これらの政策は景気の即効性はない。政治家の方々は、即効性を求めすぎるが、それは政治ではない)。また中小企業の提携・合併を意識した全国レベルでの広域連携の推進も求められる。

七、規制緩和か、新たな規制か

規制緩和を依然としてまだ騒ぐ人たちも多いが、規制も規制緩和も市場が動かなくてはならない。これらは、市場を動かす手段なのだ。そして規制も規制緩和も永遠ではないことを知るべきだろう。

時代が変われば、規制緩和も必要だが、同時に新たな規制も必要である。いかに時代に対応するかが問われている。機械的に、緩和したり規制しても、国民の利益にはならない。

八、税制の見直し

ブログの別項で述べているので、ここで改めて記さないが、時代の流れを、中長期で計画しながら、社会の雰囲気を察して、短期的に柔軟な運用をしていく当局の姿勢が求められる。しかし、戦略と戦術をごちゃまぜしてはならない。そして具体的実践のためには、それを中長期に国民の理解を得るべく、情報を流しながら、現実に処していくということだろう。

まず、所得税の累進課税の強化や各種控除の引き下げ、財産税の見直し(控除の引き下げ)が求められる。消費税を上げるのはその後だ。また消費税は本来、景気が上がってから上げるべきだが、世界経済の状況から景気を上げることは、いかなる政策を打っても可能性は低い。経済成長による財政再建の道は閉ざされたと判断すべきだろう。

しかし、財政再建が滞ると、将来、国が身動きできなくなる。そうなると、現在考えられるより、増税になる可能性がある。時に、政府は、将来のシナリオを明示して、消費税増税を国民に頭を下げて協力を求める時がくるかもしれない。

それには、民主党が主張するように、社会保障の分野で国民に安心感を持たせるための十分な説明を行い納得を得て、国の無駄な仕組みをなくし、官僚の天下りを制限し、国家公務員の大幅な人件費カットすることが前提になる。これは自民党政権ではできないかもしれない。

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2008年9月20日 (土)

米国の公的資金投入

米国が公的資金を数千億ドル(*別の報道では上限約7000億ドル)投入し、金融を安定させると発表した。そのためか、株式市場は値を上げているようだ。しかし物事は、そんなに単純ではないだろう。

公的資金の準備はできたとするが、一体どのようにするのだろうか。米国は、巨大な財政赤字を抱えているし、現在の経済状況で増税もできないだろう。そうなると、残された手は、国債の増発だ。

しかし、今後どのようになるかわからない国債を引き受けてくれるところは、国内外にあるだろうか。

日本は、米国債を大量に持っているが、もう買えないだろう。そんなことをすれば、国益を犯す可能性も高い。本来、米国債は売却すべきなのだが、そんな度量のある政治家もいない。それでも、追加で米国債を買う馬鹿はいないだろう。そんなことをすれば、非国民扱いされる。

後は、石油で潤うアラブ国家などに依頼するのかもしれないが、すでに購入した米国債でかなり損失を出しているので、敢えて買おうとしないだろう。その他の国家も同様だろう。米国の投資家でさえ、もうすでに米国を見放している。一体どうするのだろう。

そうなると、相当高金利を約束しないと資金を集められないが、そんなことをすれば、更に財政赤字が積み上がる。結局、身動きできない状態になるのではないか。バブル崩壊後、財政赤字で苦労している日本と同様のプロセスを歩むとすれば、米国の景気はなかなか上がってこないということになる。

結局、米国は売られ、ドル安が極端に済む可能性も高くなる。ということは、日本は、決して、現段階で、いかに米国政府に頼まれても、米国債を買ってはならないということになる。国内投資家も、ドルが暴落するまで、しばらく大人しくしている方がいいだろう。

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2008年9月19日 (金)

農水省の被害者意識

今回の汚染米事件の農水省の対応を見ていると、農水省の被害者意識が見え隠れする。すなわち、政治家によって、農政が振り回されているという感覚だ。確かに、自民党の農政はふらふらしているのは事実だ。特に海外からの攻勢に弱いと感じられる部分も多い。国家としての主張が弱い。

そもそも、今回の混乱の元は、ウルグアイ・ラウンドにおけるミニマム・アクセス米の輸入(正確には、最低輸入機会。輸入するのは任意)に日本政府が同意したことだろう。確かに、当時は仕方なかったかもしれないが、世界を取り巻く状況は大きく変わっている。それなのに、矛盾した政策を継続することに問題があるのだろう。まず、ミニマム・アクセスを止めるべきだろう。

そして、輸入米の事故米以外にも、国内の備蓄米の事故米についても、基本的に焼却処分することが望まれる。仮に、事故米の需要が工業用に強い場合は、トレーサビリティーを明確にし、その責任の所在も明確にして、それでも需要があれば、国内流通を許可すべきだろう。しかし、基本的に需要はないということだ。それなら、今回の事件の元を断つべく、流通をさせないことが求められる。やはり焼却処分しかないということになる

また農政が、生産者や流通業者重視の結果が、今回の混乱に輪をかけていると言える。今回の事故米の流通先の公開についても、農水省は、政府からの命令に嫌々対応しているような感じだ。しかし、これは農水省に問題がある。現在のように消費者重視に政策転換した現在、大切なことは、消費者がまず第一で、生産者や流通業者は、その次の問題であると理解しなればならない。その点で、農水省は意識転換が遅れているように感じる。

農水省は、やたらと被害者意識を持つのではなく、消費者第一の観点に立ち、政策運営していく姿勢が求められる。もし、それができないのなら、もう農水省はいらない。農水は一つの生産産業として把握し、経済産業省に管理移行させることになるだろう。

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2008年9月17日 (水)

米金融破綻と日本の金融機関

サブプライムローンの破綻以後、色々噂されていた米金融機関が次々と破綻している。これはかつての日本のバブル崩壊と同じプロセスを歩んでいるように思う。リーマン・ブラザーズの破綻は、山一證券の破綻と同じ様なものだろうか。

しかし、リーマン・ブラザーズの場合は、日本市場においても、ライブドアなどを利用して、危ない取引に手を出していた。彼らの企業体質が破綻を生み出したとも言える。これは一部の社員の暴走で破綻した山一證券と異なり、企業全体が腐敗していたような感じだ。

もちろん米金融界全体が、サブプライムローンなどの過剰信用創造によって、破綻したのも事実だろう。やはり不健全な経済発展は、そのマイナスの影響も甚大ということだろう。

そして、翻って、日本の金融機関を見てみても、バブル崩壊時同様の状態だった。その後、約十年を経て、バブル崩壊を脱したからと言って、金融機関がしっかり機能しているかといえば、そうではないだろう。

それは、これだけ日本銀行の政策金利が低いのに、利益を十分に出していないことからもうかがえる。法人税さえまともに支払っていないのだ。日本の銀行は、バブル後の後遺症は依然として深く、人材が十分でなく、実質機能していない。

それは、実際、大手銀行の行員と話せば、すぐわかる。あまりにもレベルが低い。リストラされて、残った行員のレベルにも問題があるのだ。これで、銀行の行員が務まるのかと思うことは度々だ。新人ならともかく、ベテランにして、そのようなのだ。本部にも、大した人材がいないと推定できる(*注)。

そして、今回のリーマン・ブラザーズの破綻に伴い、日本の金融機関もかなり大きな痛手を被る可能性も高い。米政府が財政赤字で救済しないということだが、それほどに内容が悪いということだろう。

そんなところに投資または融資して利益を上げようとした日本の金融機関の調査能力には疑問を感じざるを得ない。そう言うと、欧米の金融機関と比べれば、被害は少ないなどと言うが、そんなことと比較することに何の意味もない。自らの能力を棚上げしているだけのことだ。

日本の金融機関も、もっと地道な努力をして、社会貢献すべきだろう。投資家への配慮も必要だが、まず安易に利益を上げようとする姿勢は改めるべきだろう(利益を上げることは大切だが、その仕組みが十分ではない)。社会的に見て、銀行の存在意義を再確認し、明確な企業哲学を有し、多くの人々から支持され、周辺の利害関係者からも支持されるよう、バランスよく堅実な道を歩んで欲しい。

そうすれば、仮に危機に陥っても、いろんな協力者が現れるだろう。日本のマスコミも、米国の金融機関危機について、騒ぐだけではなく、足元の国内の銀行の経営姿勢をもっと問題視すべきだろう。

*注

日本の金融機関の人たちは、名刺にいろんな資格を記しているが、ほとんどが無用の長物と思われる。テクニカルなことにいかに知識があっても、現実の経済を見通す眼がなければ、それらは意味をなさない。多分、資格を得ることに汲々としているのだろう。多くの人々は、その役職名や資格に惑わされてはならないだろう。彼らは素人と思った方が間違いがない。

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2008年9月13日 (土)

ミニマム・アクセスの廃止を

農水省が、輸入米の事故米を国内に流通させて、大問題になっているが、そもそも、ミニマム・アクセスを廃止すべきだろう。過去、日本で、米の不作時、輸入米の議論が起こり、多少輸入し、そういうことと関税問題が絡まって、ミニマム・アクセスを導入したのだろうが、時代も状況が大きく変化しており、時代遅れの政策になっている。

それに、本来、「ミニマム・アクセス」は「最低輸入機会」であり、輸入義務はないのに、輸入をしなければならないニュアンスで、政府が政策を誘導してきたことに問題があると言う。

それなら、問題は簡単で、世界の食糧事情が逼迫した現在、自国でお米を自給できる日本が、海外の米をわざわざ輸入する意味はない。ミニマム・アクセスを廃止すれば、今回のような問題は起こらないはずである。

日本は、過去の政策の見直しがなかなかできない点が、今回にも、噴出している。政策は数年ごとに定期的に見直すことをしなければならないのは、他官庁も同様であろう。過去の政策をあくまでも踏襲する悪弊を打破すべきだろう。

*追記

現実に、ミニマム・アクセスを廃止することは、付き合い上、難しいようである。そうなら、全て、援助物資にすればいい。日本に一旦入れないとカウントされないと言うが、その辺は交渉して、日本には、一粒も入れずに、援助物資にすべきだろう。そういう努力を怠らないようにして欲しい。

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2008年9月12日 (金)

コンビニの24時間営業規制について

京都でコンビニ24時間営業について、制限を加えることが行政が突然の話として出してきて混乱しているらしい。まあ、流風は、コンビニに限らず24時間営業はあまり、その必要性を感じていない。

確かに、24時間営業は不健康な社会を招きがちという気持ちはわかる。しかし、なぜコンビニだけに規制をかけるのだろうか。その他の24時間営業の店には、どのように対応するのだろうか。

それに、人々は既に24時間営業の店の存在を前提に仕事や生活をしており、ある日、そのような施設がなくなれば、不便を感じるだろう。ということは、まず仕事のあり方や生活のあり方を変えるよう、誘導や指導がまずなされるべきだろう。

そして、なぜそのようにしなければならないのか、人々に説明して同意を得なければ、いきなり規制しても、それは有効に働かないだろう。行政は思いつきで、規制をかけてはならない。

*追記

但し、地方においても、コンビニが深夜まで、看板や店内の照明の光が煌々と照らし出されているのは違和感を感じる。田舎であれば、農産物に悪い影響があるだろう。京都がどのような状態にあるのか知らないが、地区の状態差を把握して、政策にはメリハリがなければならない。

*平成20年12月11日追記

本日のNHKの「クローズアップ現代」で、コンビニの24時間営業規制について取り上げていた。その中で、コンビニ経営者にとっても、24時間運営は、生活を奪われ、大変なことであることを伝えていた。ビジネスとして、無理があるのなら、別の視点で、それは修正されなければならないだろう。何事も無理は長続きしない。

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2008年9月 7日 (日)

なめられている農水省は何をすべきか

次々と発覚する食品偽装。そして今度はメタミドホスが混入した輸入食用事故米を業者に転売される事件。もう、これは業界が、農水省を完全になめきっている証左だろう。どうせ見つからないと思っているのだろう。彼らに見つかることなどありえないと業者は判断し、仮に見つかっても、大した処分を受けないと考えているのだろう。

それほどに、農水省の業界監視システムが甘いのだろう。さらにもっと深い事情があるのかもしれない。発覚した事件は氷山の一角に過ぎないのだろう。業者は言うではないか。「皆、やっているのに、なぜ自分の所だけ摘発するのか」と。この問題は、慣例のように、長い間、続いていたのだろう。知らないのは、一般消費者だけだ。

もっと農水省にはしっかりしてもらいたい。人の口に入るものを十分に管理できないのは困る。よく事故品は、人体には影響ないと、無定見に発表するが、根拠はない。国民の健康を害するような農畜産物が市場に流通するようでは、農水省は、その役割を果たしていない。

農水省は、現在の仕組みそのものを見直すべきだろう。業界管理は、経済産業省から、そのノウハウを教えてもらうべきだろう。そして、悪慣習に慣れた食品業界を相当締め上げる必要がある。

もちろん、農水省が、業者の不正を一つ一つ管理するのは事実上不可能だろう。であれば、それぞれの業界で管理させればいい。そして、その業界団体に所属する会員が不正を行えば、共同責任で、所属団体が、相当厳しい罰金を国に納付させる仕組みを作ればいい。一種の五人組システムだ。

業界団体は、毎年、会員から、それ相当の会費を徴収し、それを積み立てておく。不正があれば、業界で負担する仕組みを作れば、業界内で監視する仕組みが作られ、不正が発生する前に、事前チェックできることになる。

ただし、ムチに対するアメは必要だ。つまり、その業界団体に属するメリットは、それなりに大きくなければならない。業界と対話しながら、さまざまな支援作りは求められる。そういうことが、結局、業界全体で取り締まることになるだろう。

*追記

そもそも農水省が、輸入食用事故米を売却して、国内流通させたことが問題の根本だ。国際公約であろうと、国民を害する可能性があるのなら、輸入すべきではない。そいうことをきちんと判断できないのなら、農水省の存在価値はない。こうたぴたび問題が起こるなら、次の政府は、機能不全に陥っている農水省を解体再生させるべきだろう。

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2008年9月 6日 (土)

首相の条件

首相の条件は一体、どのようなのだろうか。かつて自民党は、有望議員に、主要大臣等(旧大蔵大臣、外務大臣、党幹事長)の要職を経験させて、首相になりうる人材を育ててきた。そのようにして、内外に通用する議員を育成したのだ。それは今でも意味があるだろう。

ただ最近は、そのような意識は薄く、誰をどのように育成していくのかの指針もないようだ。今回の総裁選にも、大した実績もないのに、あまりに多くの政治家が立候補しており、節操がない。結局、リーダーの人材育成を怠ったことが、こういう事態を招いている。これは自民党の衰退を意味し、自業自得ということかもしれない。

さて、それでは、首相になるには、どのような条件が求められるのだろうか。

一、首相は与野党を超えた存在であることを理解していること。

たとえ、与党から選ばれようと、首相は、国を代表していることを忘れてはならない。そのためには、野党からも、一目置かれ尊敬できる人物であることが求められる。

二、基本的な信念・政治理念などの考え方にブレがないこと

信念が強くないと、いろんなことを即時決定できない。意思決定の基準が明らかであれば、迷うことはない。

三、経済及び外交で重責(大臣)を担った経験があるか。

国内経済や外交問題に知悉していないと、首相の役割は難しい。国内景気と海外動静とのバランスを取る嗅覚が求められるので、官僚任せでは、リーダーシップは発揮できない。

四、国内選挙を指揮して、勝利した経験があるか。

民意を背景とした政権は強い。選挙で勝った経験があれば、厳しい場面でも乗り越えられる。

五、政権を握った場合の、首相の意を理解して、手足として動いてくれる表のスタッフと(変な意味ではなく)裏のスタッフが整っていること。

政治はある意味、灰色で、ドロドロしている部分がある。それをうまく捌くには、表向きの野党との折衝だけでは必ずしもうまく行かない場合がある。

六、副首相を三名指名できること

日本の内閣の仕組みは、首相の負担が大きすぎる。そのことを理解して、分業の発想ができることが望ましい。そのためには、副首相の指名が求められる。そういうブレーンを日々養っているか。

   第一副首相 外交、防衛担当

   第二副首相 金融、財政担当

   第三副首相 国内経済担当

このように見て来ると、与野党に適任者はあまりいない。自民党は人材を育成していない。仮に今からスタートしても、人材が育つのは十年後だし、政権を手放せば、それも難しくなる。

他方、民主党は、政権を握ったことがないので、小沢氏以外適任者はいない。民主党は、政権を握って、「吉田学校」ならぬ「小沢学校」を創れるかが、民主党の将来を決めることになる。

人材育成は、あらゆる分野で重要だと、改めて認識させられる。

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2008年9月 2日 (火)

理解できない退陣

福田首相が退陣表明をした。しかし、なぜ、この時期に退陣なのか、まったく理解できない。この難局に、特別、失政もあったわけではないし、手堅い政局運営は評価できる。折角、政権を投げ出した安倍前政権のミスをカバーをして、これからだというのに、なぜ福田氏は退陣するのだろう。

このブログでは、福田政権になって、比較的、政権批判はしてこなかったと思う。あのオリンピック男子柔道チャンピョンの言ではないが、誠実さは、国民に伝わっていた。それを評価していた人は少なくないはずだ。

けれども、ここで退陣してしまっては、全ては水の泡だ。やはり二世議員をトップに据えてはならないということか。簡単に諦めてしまって、粘り腰がきかないようだ。確かに、参議院は民主党に勢力を奪われているので、心労は多いだろうが、それをうまくやるのが政治のプロではないか。また健康不安はないというから、ますますわからない。

ただ与党が追い込んだイメージはある。案外、敵は民主党のような野党ではなく、選挙対策に明け暮れる与党に政権放り出しを督促されたのかもしれない。いずれにしろ、陰で糸を引く人物がいるのだろう。

しかし、誰を後継にするのだろう。もはや自民党に、まともな後継者はいない。巷間持て囃される人物なども、トップの資質に欠け、皆小粒だ。長期計画的に、トップの人材育成を怠ったツケが今来ている。

ローテーションで複数の重要閣僚ポストの経験のない、誰を選んでも、政局はますます混迷を深めることになるだろう。そういうことで、次回、衆議院選で、自民党が勝つ可能性は極めて薄くなった。政局は、ますます混迷して行くことになるだろう。民主党が政権を握るのは時間の問題だ。

それにしても、あの民主党トップも二世議員なんだよな。政権を握っても、彼には首相になって欲しくないな。今回の光景が、デジャ・ヴュにならないとも限らない(笑)。でも、当面、彼しかいない。権力を握って政権にこだわるのも困るが、政権に淡白すぎるのも問題だ。民主党が政権を握っても、最低、3年程度は、政権を担って欲しいものだ。

*追記

福田首相が、インド洋での給油活動継続を安易に米国と約束してしまったことが退陣の原因かもしれない。本来、憲法違反していることも踏まえて、法案を通す意味はない。さらに原油高だし、アフガンの情勢は更に悪化し、最早、給油活動は不可能と判断するのは大方の見方だ。状況判断を誤まったことが退陣に追い込まれた要因かもしれない。

声高に、給油活動継続を主張する前防衛省大臣には、決して首相になって欲しくない。彼らの外交センスは、最早時代遅れということがわかっていない。過去の政策にこだわる人はトップの資質としても欠ける。

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2008年8月30日 (土)

政争と蝸牛角上

  蝸牛角上 何事をか争う

  石火光中 この身を寄す

  富に随い 貧に随いて しばらく歓楽す

  口を開いて 笑わざるは 是れ癡(ち。愚かな)人

                                             (白楽天、「対酒」より*参考)

近頃、政治家の皆さんは、選挙が迫ってきたのか、なりふりかまわずの政争だ。選挙民に対するご機嫌取りの政策をごり押しする政党もあれば、無理な財政出動を主張する議員もいる。そして、この期に及んで、政党離脱騒ぎ。無責任極ると言うのは、このことを指すのだろう。

さて、そのことはさておき、先に挙げた詩の元になった、「蝸牛角上の争い」という話は、『荘子』則陽篇第二十五の三にある。魏の国の恵王が、盟約を破った斉の王の仕打ちに激怒して、斉を攻めようと言い出した。しかし、臣下の意見はまとまらない。その中で、賢人、戴晋人が、蝸牛の二つの角に例えて、この二つの角が戦う無駄を示して、戦争を諌める話だ。

確かに、物事を大きく視る目を養えば、そのように捉えられるだろう。しかし、目前の選挙という現実ばかり見て、保身に捉われると、見えるものも見えなくなる。政治家の皆さんは、真に国民・国家のために汗を流してもらいたい。また、そういった政治家を選びたいものだ。

*参考 詩の大意

 蝸牛の角の上のような狭い世界で、何を争っているのか。

 人の人生は、火花のように短い世界に寄りかかっているのだ。

 富のある人は、富のあるように、貧しい者は、それなりに、人生を楽しもう。

 口を開いて笑わないのは、馬鹿げている。 (気持ちの持ちようで、人生はどうにでもなる)

まあ、彼はエリートだから、詠える歌でもあるのだが。でも、どうでもいいことに捉われて、無駄な時間を過ごさないようにしたいものです。

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2008年8月28日 (木)

異常なドル高は迷惑

サブプライムで混乱している米国のドルが異常に高いと思っていたら、米国の主導で、日米欧が、秘密合意で、ドル安防衛をしていたらしい。なんだかねえ。そんなことをやっても、却って、米国の衰退を早めるだけなんだけれど。

市場介入に、あれだけ批判的だった米国が、いざ自分の身に火の粉が降りかかると、そんなことは忘れて、介入する。まったく、外交と同じで、ご都合主義。また、それに、はいはいとついていく日欧もいい加減だ。

そして、それなのに、日本は、おかしな低金利を続行している。適正な金利水準は必要だ。為替も、明らかに円安の度が過ぎる。それが、原油高と共に、輸入インフレで、景気を悪化させる。結局、迷惑するのは、国民だ。米国のバブル崩壊の尻拭いをなぜ日本国民が被らなければならないのか。

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2008年8月27日 (水)

元首相の方々は、すぐに引退を

元首相の方々がいろいろ発言して、物議を醸しているが、彼らの存在は正直言ってうっとうしい。首相在任中に、どれだけの成果を上げられているだろうか。後輩議員に影響力を残したいのだろうが、これは政治を停滞させかねない。

そもそも首相になった方々が、議員に留まるのも、けったいなことである。双六であれば、上がった人が、そこにいるはずがない。彼らは、即、引退して、他国の首脳同様、思い出(回想録)を出版でもすればいいのだ。

次の選挙では、引退して、選挙には出ないでもらいたい。選挙民の方も、世代交代を意識して、新しい議員を選んでもらいたいものだ。

*平成20年9月25日追記

小泉元首相が引退を表明をされたようだ。賢明な判断と思う。他の元首相たちも早く引退してもらいたい。

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2008年8月25日 (月)

景気対策の行方

現在(2008年8月末現在)、政府により景気対策がらみで、財政出動の必要性が謳われているが、疑問が多い。現在の経済停滞は、原油価格の上昇が主たる原因で、そこに財政出動させたところで、経済が活性化されるかどうかは多分に疑わしい。

例えば、漁業関係者からの要請で、燃料代を負担したのは、いろいろな要素があるが、本来あるべき姿ではない。燃料代を国が負担しても、漁業全体が活性化するかどうかは、疑問だ(*注)。

問題は、漁業全体が抱えている諸課題を解決することなしに、漁業の将来の見通しは語れない。仮に、燃料問題を解決しても、全てが解決するわけではない。業界の後進性打破、流通の既得権打破、消費構造の改革、漁業マーケティングの強化なしには、明日はない。

これらは、何も漁業だけではない。国内のあらゆる分野の業種にも当てはまることだ。そんなところに、仮にお金をいくら、ばら撒いても、経済効果は短期的で、結局は、国民の負担が増すだけである。輸入物価の上昇は、単なる財政出動では解決しない。

それでは、どうすればいいのかと言うと、原油情勢は見極めながらも、その問題とは切り離して、国内問題を解決していくことが求められる。全ての業界の問題を洗い直しし、業界に課題を投げかけることが求められる。その上で、それを支援するのなら反対はしない(しかしながら財源は限られる。無駄遣いしている分を振り分けるぐらいか)。

そして、景気対策として残される政策としては、租税政策の変更と、そのアナウンス効果を利用した景気刺激策が望ましい。日本のように、ある程度、確立された市場では、強い政策誘導か、税制の変更しか、市場を刺激できないからだ。

ただ、一部議論であるように、高齢者の投資を増やすために、配当や投資利益の控除枠を増やすような政策は、決して取らないでもらいたい。そんなことで、高齢者の国内投資は増えないであろう。聞く所によると、証券会社等に勧められて、火傷している高齢者も多いようである。彼らが、もう一度、市場に戻るとは考えにくい。

税制の変更は、所得税の累進化税制度の強化(所得の二分化の是正)であり、財産税の見直し(現在バブル破綻後の優遇措置が続いているので、以前の制度に戻す)であろう。但し、財産税の改正による増収は限られるだろう。

結果的に、問題の消費税も、残念ながら、数年後、上げざるを得ないだろう。これは民主党政権になっても、税の名前を変えて、上げる可能性がある。それなら、上げる日程を早めに発表して、アナウンス効果を経済活性化に活かすべきだろう。

もちろん、上げ幅で獲得できる税の使用は、社会保険関係に使われるように制限すべきだろう。そうしないと、国民の納得は得られない。民主党が主張するように、流用禁止法案の成立も必要だろう。そのようにして、国民の不安が解消されるのなら、国民の賛意は得られるだろう。

上げる幅は、数年に分けても、合計で5%程度になるだろうが、食料品控除の問題は、消費税10%までは難しいだろう。但し、10%を超えた場合の、10%を超える部分については、食料品控除問題として、もう議論されていいのではないか。そのように、景気対策は、財政政策ではなく、租税政策の議論が優先されるべきだろう。

*注

実際には、補助金には省エネなど条件が付いており、申請が大変なこともあり、漁業者は敬遠しており、補助金の実績はないようだ。

*追記

公明党が、定額減税を主張しているようだが、ピンボケ。時代遅れの政策だろう。この政党には政策提言能力がないのかもしれない。あるいは、自民党と距離を置きたくて、自民党に嫌がらせをしているのかもしれない。そのように国民に見せたいのかな。まあ、選挙対策だな。せいぜいその程度の政党だ。

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2008年8月15日 (金)

西欧とアジア

一般に、日本人に限らず、世界のあらゆる人は、自分以外の世界の人々は全て自分と同じ考えを持つと判断しがちだ。だが、国際社会において、それぞれの考え方は大きく異なっており、「違い」「異差」を知らなければ、調和することはできない。

特にアジアと西欧では、思考方法が大いに異なる。それは大きくは、文化の基礎が異なるからだと云われて来た。だから、今でも、西欧の思考、アジアの思考の差を、はっきり認識しておくことは大切だ。

特に、日本人は、明治以降、どうも日本人の思考も、西欧の思考も同じだと考えてきたフシがある。鎖国から目覚めた江戸末期から明治時代の指導者は、従来の日本文化などより、単純に西欧文化が優れていると錯覚して、日本文化の延長線上で、物真似してしまった過去がある。

それは以前にも指摘したように、翻訳などに如実に表われている。真に西欧の文化・思考を深く考えなかったのかもしれない。本来、キリスト教布教を先兵とする侵略志向の西欧文化は、日本文化とは全く異なるものであったのに。そして、そういうことを戦後も、現在まで、引き摺っている。

他方、西欧人は、そのように考えないようだ。全て自分が基準で、他はそれに倣うべきだと考えるようだ。彼らは常に他者を見下した感じを常に受ける。流風が今までに会った西欧の人々は、表面上は繕っても、本音の所では、差別感丸出しである。常に自分に都合のいいように基準変更するのは、その表れと言って過言ではないだろう。

我々日本人は、今一度、原点に戻って、西欧の侵略文化を理解すべきかもしれない。それなりに相手の思考方法の差異を理解する必要がある。日本人は、西欧人に憧れを持つといわれてきた(例としては、ファッション、音楽、化粧、ブランド品、茶髪など)が、これは大きな錯覚であったと言える。彼らが必ずしも尊敬できる相手ではない。

そうであるなら、彼らに対しては、彼らの流儀に準じて、アジア的に対抗していく必要がある。ところが、どうも最近の流れは、日本の学者、研究者、官僚の方々は、西欧の考え方が正しいと思いがちだ。彼らの基準に準じる傾向が強い。自らの基準を作る遺子が弱い。それは何も若い方々のみならず、結構高齢の方々でも、そういう考え方が見られるのは危険だ。

もちろん、いろんな情報を取り、それを研究し参考とすることは許される。すなわち取捨選択する限りにおいては、西欧の考え方を参考にするのは問題はない。

だが、どうも西欧の資料・データを入手することに精を出しても、その後、自分の頭で考えることが欠けていることが多い。彼らの論理で攻め立てられ、同意することが多いのだ。それは考える行為を侵略されているに等しい。主体性を取り戻し、自ら考え、世界をリードしていく思考がトップ層には求められる。

そして、アジアの中では調和しながら、西欧とは競争していく時代になるのは間違いない。尤も、西欧とアジアの溝はなかなか埋まらないのかもしれないが、時間をかけて、そのように努力することも大切だ。だが、西欧と協調していくのは、彼らが独善主義を廃した、ずっと先のことになるだろう。

*追記

日本が西欧社会の一員と捉えられていると思うのは、大きな錯覚である。そして、彼らの文化を理解することは大切だが、基本的に、良いものだけ、アジアの文化に取り込むのが基本だということを忘れてはならないだろう。

*注記

現在の「西欧」の範囲は、東欧も含まれている。ただ、米国は含まれていない。米国は西欧の亜流だが、若干、雰囲気が異なる。ただ歴史がない割りに、独善主義の国であることは間違いない。それは今回の論点とは別である。

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2008年8月 8日 (金)

内閣支持率は国民の意見か

内閣支持率は国民の意見か、と問われれば、多くの人は首肯するかもしれない。しかしながら、マスコミ各社の福田政権の支持率はかなりばらついており、果たしてマスコミの示す支持率が絶対かと言われると、それは怪しいものがある。

それはマスコミ自体の支持率であり、国民全体の支持率を反映していないことが多いからだ。大体、アンケートは、質問の仕方で、回答は大きく異なるはずである。むしろ各社、誘導尋問的な質問が多いのではないか。そうならば、各社別々の質問項目でなく、ある一定の基準に基づいた全社共通の質問の仕方でなくてはならない。

支持率を問う前の質問事項に、回答者は大きく回答が左右されると考えられるからだ。それに、マスコミを利用した権力闘争の上での情報戦の場合もあるだろう。だから、某有名知事が、「支持率は国民の意見」で、絶対的なものだと言うのは、疑問を持たざるを得ない。

もちろん内閣支持率は無視できないが、それにはもっと合理的な世論調査(アンケートのとり方)が求められるだろう。決してマスコミの願望であってはならない。歪められた世論調査を100%信じるのは危い。それにしても、福田政権の本当の国民の支持率はどうなのだろうか。

*追記

福田首相や自民党は、内閣支持率が正しいと思ったのか、政権を投げ出してしまった(あくまでも与党内のことだが)。一つ一つの政策を精査すれば、それほど悪くないのに、すぐ諦めて政権を投げ出してしまう、政治意思の弱さの方が心配だ。

更に後継の麻生政権が、もたついて、かえって、実質支持率を落としているだろうと、個人的には感じる。どうも本当に野党に政権を投げ出すのも、そんなに遠いことではないだろう。それが国民にとって、よいことか、悪いことかわからないが、落ち着かない政権では困ることは確かである。

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2008年8月 1日 (金)

連帯責任の重要性

最近、連帯責任を軽視する傾向は憂えることである。問題を起こした野球部員の所属する桐生第一高校の甲子園出場が高野連によって容認された理由が、そのようであるのは、決して望ましいことではない。

これは日本の社会秩序を考える上で、重要なことであるからだ。最近の多くの犯罪も、人々が近隣の人に無関心になったことが、その原因と言えなくもないからだ。

江戸時代には、五人組制度があり、それがお互いの牽制になり、社会秩序を守ってきた。それは明治維新後も、その意識は残り、戦後も、多かれ少なかれ影響を受けてきたのだ。

もちろん、五人組制度の連帯責任の負の部分もある。問題を起こせば、例えば、村八分ということもあった。罪を犯した当人だけでなく、その家族も、そういう扱いになり、精神的に追いつめられてきた。

しかしながら、いかに法律が整い、法権力や警察が頑張っても、全ての治安をカバーすることは現実、難しいだろう。やはり、それを補うには、民間で牽制しあう何かが必要で、それで始めて、社会の均衡が保たれる。

そう考えると、連帯責任を軽く考えることは、あまり宜しくない風潮だ。

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なぜ辞退しない?

高校野球チームの部員が不祥事を起こしているのに、夏の全国高校野球大会出場を辞退しない学校がある。一部マスコミは同情的だが、間違った判断だろう。彼らマスコミの精神が緩んでいる証拠だ。辞退すれば、その他の野球部員は辛いだろうが、それも人生だ。組織責任を免れない。辞退すべきだ。

*追記

文科相が、出場を容認するような発言をしたようだが、福田政権の資質を問われることになるだろう。内閣改造で、文科相は替わるだろうが。彼は、兵庫県選出の議員だが、女性を中心に、もう支持されることはないだろう。

それにしても、小学生の英語教育も含めて、国の教育行政の歪みが感じられる。文部科学省のレベルの低さは否めず、省の解体と、文部省の再生が望まれる。

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2008年7月31日 (木)

若い人に仕事がないとは

最近、一部の若い人が、追いつめられて、各種犯罪を起こしている。その中で、仕事がないとか、今後の人生に見通しが立たないとか、よく言う。

しかし、それは本当だろうか。留学生や海外から来ている人々に言わせると、日本ほど仕事が溢れている国はないという。もちろん、単純労働だったり、面白くない仕事が多いかもしれない。だが、仕事がないということではない。

今の若い人は、自分に合う仕事とか、よく言うが、そんなものはどこを探してもないだろう。基本は、労働需要のある中から、どんな仕事でも、いかに楽しみを見つけるかにある。自分が主体となって、何か課題を抽出し、解決できれば、どんな小さいことでも、嬉しいものである。

次に、仕事は実績の積み重ねだということ。人生の時間軸で、どのように実績を積み重ねていくかということをもっと考えなければならない。よく所得の低さが問題にされるが、それはどんな生活を望むかによって、見え方は違ってくる。所得が全てではない。

そのためには、いかに経験を積ませてくれるかということで職場を選択する必要がある。派遣とかアルバイトでは限界があるだろう。そういう仕事を選択しないことも重要なことだ。少々給料が安くても正社員の道を選択した方がいいかもしれない。

更に、流風が思うには、都市における他者との比較で仕事を選びすぎではないか、ということが、指摘される。都会での生活を中心に考えすぎないことだ。それには、現在住んでいる地域に縛られる必要はないだろう。

また、高齢者時代には、体力の要る仕事は、花形になる。中途半端に頭を使う仕事より、実入りはよくなるかもしれない。もっと手足を動かす仕事を選択できないか。

例えば、地方に行けば、人が足りないので、いろんな仕事が考えられる。今、問題になっている農業者の不足もあり、いずれそういう需要は拡大する。確かに年収は上がらないかもしれないが、食い物に困ることはない。

また、人付き合いの嫌いな人も、作物が相手なので、ストレスはあまりたまらないだろう(但し、地域の付き合いは濃密かもしれないが、地域も変わりつつある)。天候に左右される作物の成果については、心配もあろうが、それなら、どうすべきかという課題も楽しめばいい。

また職人の世界も人不足である。ちゃんとした職人になるには、十年以上の修業が必要だが、モノに向き合うので、考え方で専門性を高めることができる。修業は大変かもしれないが、その技術は一生どこでも役に立つものになる。

結局、言えることは、仕事の内容も大事かもしれないが、自分が真に楽しめる仕事にしていく思考が望まれるのではないか。そして、どんな仕事でも、極めれば、それなりに人格が形成されるものだと思う。そして、それが社会の質を向上させ、ひいては社会貢献にもつながる。

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2008年7月17日 (木)

呆けてきた石原東京都知事

石原東京都知事が呆けてきたのは確かなようだ。オリンピックの誘致に皇族の方々を利用しようとして、宮内庁に反対されて、暴言を吐いている。もうこんな人は、早く終わりにしてもらいたい。それにしても、マスコミは、静かですなあ、彼に対して。何か弱みでもあるのかな。

以前、阪神淡路大震災の対応への前兵庫県知事を批判して、馬鹿にされたのは、少し前のことだ。東京にはどうしようもない知事がいるものだと思ったものだ。軽率な発言を繰り返し、思い遣りに欠ける人物だ。このような人を東京の方々は、いつまで知事をさせているのだろう。東京の品位を落としていることに、都民は無関心なのだろうか。裸の王様を放置していいのか。

また、自ら指示をして作った銀行は、散々な状況なのに責任も取らない。出処進退ができない最低の人物だ。東京都の税収は、何に使ってもいいものではない。なぜなら、東京は地方のお陰で成り立っているのだから、東京都の中小企業に融資するためとはいえ、いい加減な運用をすることは許されないのだ。

自民党も、彼に引導を渡さないと、党が傷を負うことがわかっていないのではないか。それができる人だけが、次のリーダーになりうるのだが。彼を早く、“老人ホーム”に入れるべきだろう。もう、彼の時代は終わっている。

*追記

裏読みすれば、彼は暴言を吐いて、早く引退したいのかもしれない。マスコミはもっと後押しすべきだろう。

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2008年7月 1日 (火)

原油高騰は最後のあだ花か

原油価格が異常に上昇し続けている。省エネの進んでいる日本でも、さすがに物価の上昇は避けられない。いろんな所で、語られているように、その原因は、新興諸国の需要増と資金が投機的に原油に流れているというのは、確かにそうであろう。

しかしながら、今回のオイルショックは、過去のものとは異なるかもしれない。というのは、最後のオイルショックになりかねないということである。歴史的にも、過度の資金が資源に流れる時、それは最終章ということも多い。

例えば、石炭もそうであった。その前では、薪とかも、そうだったかもしれない。そのようになるには、確かに新エネルギーの登場が必要かもしれないが、それは目前に迫っているのではないか。

かつて新エネルギーに対して、及び腰だった政府も、太陽光発電等に注力すると言うし、ガソリンを使わない車も、いずれ市場を席巻するだろう。少なくとも、原油がらみの消費は、直接・間接に減っていくだろう。

そして、これは新興諸国を含めて展開される可能性もある。そうなれば、原油需要は低迷することになる。もしそういう展開がなされるなら、原油価格は、暴落し、低迷することになる。今は、その嵐の前のしかけのような気がする。

賢い投資家や投機家にとって、今は、誰が婆を抜くのか、虎視眈々と狙っている段階だろう。いずれにしろ、過剰な投機マネーは調整されると見ておいた方がいい。世の中は、そのようにして発展していくのだ。まあ、投資している方々は、婆を抜かないようにね(笑)。

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2008年6月30日 (月)

困ったもんだ、円安。

円安に、振れている。だが、日本にとって、これは悪い円安だろう。輸出業界は、円高になると騒ぐが、一般消費者からすると、円高の方が望ましい。

また別の角度から見ると、日本への投資が必要だと騒ぐ人たちも、円高が必要だとは騒がない。不思議なことだ。海外から、投資を仰ぐのであれば、円高が望ましいのは言うまでもない。

ところが、米国や、欧州がそれぞれの事情で通貨高を望んでいるそうで、円高に誘導するのが難しいという。しかし、政治家は、そのように努力しているだろうか。原油高が続く限り、国内経済は停滞する。それをカバーするには、円高が強く望まれる。

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2008年6月28日 (土)

綸言汗の如し

年金公約を守れなかった安倍前首相は、早く議員辞職して、政界を引退すべきだろう。彼は、基本的に政治家としての資質に欠ける。いつまでも、政界にいるべきではないだろう。それに、彼は、死ぬ覚悟で仕事をしなければならないのに、首相の職責を途中で放棄するほど、トップとしての資質にも欠けていた。

昔から、「綸言汗の如し」と言うように、君主やトップの発言は重い。一旦発言したことは取り消すことができない。それは汗が一旦体の外に出てしまえば、戻すことができないのと同じだ。トップは、言葉を選んで、慎重に発言しなければならないのだ。

そういうことさえ理解していなかった前首相は、トップとしての政治学を学んでいなかったのだろう。早く政界を去って、いい加減なことを言っても許される政治学者にでもなればいいのだ。そして、彼を指名した元首相も責任を取ってもらわなければならない。彼らの時代は終わりつつある(*注)。

*注

もちろん、竹中平蔵氏も、未だにあちこちで色々発言しているが、彼の役割も終わっている。彼の考え方はもう古い。学者崩れの元政治家が何を言っても、信じてはもらえないことを彼は残念ながら理解していない。

彼の考え方の誤りは、人間がベースにないことだ。頭の良い人にありがちだが、物事を重視するあまり、人を無視することになる。そのような発想では、正しく国を導けない。マスコミも、もう彼を引っ張り出すことを止めるべきだろう。

*平成20年9月26日追記

麻生政権の中山交通国土省の大臣が、どうしようもない発言を連発している。いつもいつも新内閣で、大臣就任後、失言をする人が必ずいる。これらの人たちは、「綸言汗の如し」という言葉も知らない教養の無い人たちなのだろう。そういう人を選んだ首相も首相だ。大臣は、能力の前に人間力重視で選ばれなくてはならない。

*平成20年9月29日追記

中山成彬交通国土省大臣が辞任したが、いろいろ言い訳をして、みっともない。大臣という立場の意味を全く理解していない。65歳にもなって、正しい見識もない。謝罪してすむものではない。彼は議員を辞し、引退し、次の選挙も辞退すべきだろう。

また麻生内閣に、中山成彬をごり押しした森元首相も引退すべきだろう。首相としては何の実績も無い森氏が、陰でこそこそ政治遊びをして、国民にとっても迷惑な存在だ。

*平成20年9月29日追記

小泉元首相は引退を表明したが、安倍元首相は未だに表明していない。次の選挙には出ずに引退してもらいたい。

*平成21年2月13日

小泉元首相は、麻生首相の出鱈目さに、堪忍袋の緒が切れて、腹を立てたようだが、麻生首相も、このことわざをまったく理解していない。漫画総理に、国を治めることなどできない。こんな、ちゃらんぽらんな彼を総理・総裁に選んだ自民党も、早く下野すべきだ。そうしないと、衆議院の解散というより、自民党の解散になりかねない。

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2008年6月 8日 (日)

老老医療へ

後期高齢者医療制度について、なかなか論議がまとまらない。しかし、あまりにも不平を言う人が多すぎるように思う。確かに、前にも触れたように、この制度の周知徹底が不十分だったのは国の責任だろう。

だが、私達は、いずれ皆死ぬ。皆が皆、ぽっくり死ねればいいが、多くは、最終段階で医療機関のお世話になる。その時のために、何か手を打たなければならない。それは個人で経済的に準備するのか、保険をかけて準備するのか、ということになる。

ところが、残念ながら、今まで、国民は皆若いと思って生きてきたのだろう。高齢者がこんなにたくさん世の中に出るようになって、慌てたのが国という感じだ。それで、この制度を慌てて作ったが、仏作って魂入らず。

そして、病気の多くなる後期高齢者で、自分の保険をかけることは矛盾しているという見方もあながち否定できない。個人差はあるものの、後期高齢者の方が病気に罹るリスクは大きい。今のために保険をかけるのはおかしいかもしれない。

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贈賄を厳しく罰する法律を

現在、官僚に対するタクシー接待疑惑で騒いでいるが、今に始まったことではないだろう。始めは小さいことから始まったのだろうが、段々、規模が拡大したのだろう。それはタクシー会社の競争激化が背景にあることは間違いなかろう。

民間企業でも、同様なことが行われると思うが、官庁ほどには厳しく見られていないかもしれない。企業によっては倫理規範が確立している所もあるが、全体としては十分ではないだろう。但し、交際費の税金がらみでコスト負担しなければならないので、軽率な行動はできないはずだ。

ただ、この問題の根本は、官僚の残業が多いことだろう。この異常さを解消しないと、単に官僚批判しても仕方ない。疲れ切った状態でタクシーに乗り込めば、正常な意識も働かない場合もあるだろう。異常な残業という元を断たなくては、将来も起こりうる問題である。

次に、官僚への贈賄は無くす事が求められる。贈賄側は、今回の問題に限らず、官僚の家族まで巻き込んで、あの手この手で贈賄してくる。現在のまま放置すれば、いずれ違う形で贈収賄は起こりうる。これをなくすには、収賄を厳しく取り締まるのではなくて、元の贈賄を厳しく取り締まる必要がある。基本的には、贈賄無くして、収賄はありえない。

確かに、官僚側から業者に賄賂を要求するということがないとも言えない。その場合は、警察に逮捕された段階で、懲戒免職を下すことを法律的に作ることが求められる。しかしながら、まず贈賄を断つための厳しい罰則法律が求められる。

*追記

但し、官僚の脇の甘さも問題であることは当然否定しない。倫理規定を再度確認することは求められる。これは管理者責任でもある。

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2008年5月25日 (日)

景気の変化とこれから

景気が弱含みと指摘されている。日本銀行も、今後2年間は景気が低迷すると予測している。また白川日銀総裁は、従来金融政策を金利を上げる方向で検討していたのを修正し、今後は機動的に対応するとしている。

この「機動的」ということは、金利の上げ下げの可能性を持っているということだ。米国のサブプライム問題はピークを超えたという人もいるが、今後も米国経済が停滞し続ける可能性もある。

また好調だった欧州経済もサブプライムの影響で悪化している。原油価格も一向に下がる気配もなく、危機ラインを超えて、さらに上げ続けている。そのため、食糧価格は上がり、世界を不安定な状況に追い込みつつある。

日本国内を見ても、いろんなものが値上がりしている。値上がりのピッチは速い。便乗値上げもあるだろうが、止むを得ない値上がりもあるだろう。いずれにせよ、やはりあまりいい状況とは言えないようだ。

全体的に見れば、消費はそんなに落ちているようには思えないが、暫定税率の復活がガソリン価格の上昇にオンされる結果、今後はじわじわと個人消費に影響を与えていくだろう。

ただ高齢者市場は、後期高齢者を除けば、その消費は堅実で、それが消費を意外にも下支えしているとも言える。これは今後も続くと考えられるが、これはある意味、今までの貯蓄を食いつぶしている様なもので、これだけでは将来的には、国力を衰えさせる。

そういう意味では、若い世代や現役世代の新しい産業の振興が望まれるのだが、なかなかこれが見当たらない。さらに後期高齢者医療制度の改革は、現役世代に配慮したものだが、それが潰されると、彼らの心理がどのように作用するのかも注目点だ。

結局、言えるのは、都市から人口拡散と世帯規模の拡大で新しい展望を考えることが望ましい。三世代同居に対する支援が考えられているようだが、地方の仕事を増やさないと、絵に描いた餅になってしまう。地方が都市から人を誘引する政策が望まれる。

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2008年5月20日 (火)

空気動力自動車(エア・カー)は普及するか

現在、エコ・カーとして、燃料電池車、電気自動車あるいは水素自動車や天然ガス自動車などが検討されているが、市場投入は遅れている。技術革新によるコストダウンにまだ目途がついていないからだ。特に燃料電池車に至っては、本格的な市場投入は十年後ぐらいと言われている。

ところで、フランスのベンチャー企業が開発した空気動力自動車(エア・カー)の製造・販売をインドの自動車大手のタタ・モーターズが計画しているらしいが、日本の企業はどうするのだろう。

圧縮空気をタンクに満たして動力とするらしいが、燃費性能も高く、それなら環境的にも、ハイブリッド車よりいいかもしれない。自動車価格も安く設定されているようだ。日本の価格で言えば、軽自動車を買う感覚だ。もちろん、公表されていない、いろんな障害があるのかもしれない。

そうであれば、市場は限定されるかもしれないが、更に高度化すれば、燃料電