経営関連

2018年4月19日 (木)

近畿圏で住みたい街一位になった姫路

報道で、住宅情報サイトが運営する「LIFULL(ライフル、東京)」がまとめたところによると、2018年の「(住宅を買って)住みたい街ランキング」で、姫路が近畿圏で1位になったとのこと。実は、2017年には、それまで9位とか10位であったのに、4位に急上昇していた。

同社によると、姫路城のグランドオープンで、以前より、観光客の増加で、経済や雇用が活気づいた結果と見ている。また利便性重視の都心一極集中で地価が高騰し、その影響で郊外に広がったようだ。更に姫路は、新幹線や新快速が止まるため、アクセスがよいことが人気に拍車をかけている。

住民や市外からの移住者によると、ほどほどの市街地の利便性と多くの自然が残されていることが支持されている。市政においてもバランスのよい政策が実施されている。ただ、公報がやや弱く、政策を浸透させる力が若干弱い。

その原因は「繰り返し」公報がなされていないことだろう。公報は、一度やっただけでは浸透しない。更に市外から人を呼び寄せるには、しつこいくらいの、きめ細かい政策の公報が望まれる。

現在のところ、「住みたい街」になったことが、人口増加に直接的につながっていない。しかしながら、播磨圏の核として経済を更に活性化させれば、必然的に人口増加地域になっていくだろう。そのためには、姫路が消費地として、様々な需要開発を更に行っていく必要がある。

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2018年4月18日 (水)

セクハラ禁止法の必要性

度々、セクハラ問題が話題になるのだが、日本では、「セクハラの定義」が曖昧だと思う。異性に対する肉体的接触による不快、または危害を加えた場合は、アウトであろうが、それ以外は、明確な規定はない。企業では、均等法に基づきセクハラマニュアルを作っているところもあるが、海外進出企業を除いて、一般的に普及はしてない。

残念ながら、日本には、セクハラを禁止する法律がフランスなどのようにない。それゆえ、各人のセクハラに対する理解が異なり、曖昧になっている。確かに職場では、男女雇用均等法があり、それ基づく、措置に対する指針はあるが、セクハラの主体は事業主であり、セクハラの加害者は主体ではない。

そのため、セクハラに対する意識が一般に遅れているように感じる。もちろん異性問題とセクハラは微妙な関係にあることも事実だ。これを解消するには、具体的にセクハラに該当する行為を列挙して明確にする必要がある。その上で、加害者に対する罰則規定を設ける法律が必要だ。

それが、はっきりルールとして謳ってあれば、第三者も判断しやすいし、皆、気をつけるだろう。ルール違反をすれば罰すればいいことだ。ところが、今は、被害者当人の個別の判断で感情的にセクハラと理解して訴えているだけだ。

ここら辺は男女の感性の違いだが、男女を問わず、誰にでも理解できるセクハラを禁止する法律が必要ではないか。曖昧なルールのもとでは、いろんな混乱を生じ、いたずらに時間を無駄にするだけだと思う。

*注記

なお、専門家によると、セクハラの時効は3年のようだ。

*追記

財務省福田事務次官が辞職の申し出をしたらしい。今回の件は、他の問題と異なり、多少違和感がある。昔のように、軽口が通用しない時代なのかもしれない。もちろん、次官という立場を忘れ、女性に対して放言したことは問われるかもしれない。でも、若干騒ぎすぎの感がある。

また、ある専門家は録音は編集された可能性もあると指摘していた。もし、そうなら、マスコミ等の追及は誤ったことになる。こんな事件で、有能な人材を国が失ったことは残念だ。ただ、他の官僚同様、驕りがあったのかもしれない。そうであれば、それが元で足をすくわれたと見ることもできる。

*追記

報道によると、テレビ朝日の女性社員が、一年半前から福田氏と会食した際、セクハラを受け、身の危険を感じ録音したとのこと。ただ、どの程度のセクハラなのかは曖昧。作為を感じないわけでもない。取材と報道の関係は複雑だ。もちろん、福田氏の脇の甘さは責められていい。鼻の下を長くしたのだろう。

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2018年4月12日 (木)

姫路も「駅」を核にした開発

都市部では当たり前だが、姫路市も、諸駅の開発に着手する。JR姫路駅周辺の開発は順調に進んでいるが、その他の駅周辺は、必ずしも活性化しているとは言えない状況。高齢化が進む中、「脱車社会」に突入し、人々は駅周辺での催しを楽しみにしている。

老舗百貨店ヤマトヤシキは閉店してしまったが、かつて地域からバスに乗って多くの人が訪れていた。彼女らの話を時々聞いていたが、「息抜きに、ここで買い物することが楽しみ」と言っていた。今は、姫路駅周辺に商業施設が集中しているが、案外、彼女らの行先は失われたのが実情。

ピオレは若者中心だし、山陽百貨店は高級品志向を強めており、対象顧客も限定的だ。戦略上は正解だろうが、中間層の高齢者は、買いたい物を探すのに苦労するという話も聞く。結局、必ずしも買いたいものに行き着かない。

いろんな高齢者が楽しめる施設づくりに焦点を当ててもらいたいものだ。姫路駅周辺になければ、移動コストがそれほどかからなければ、周辺の駅周辺でも構わないと思う。

さて、姫路市は、人口減少や高齢化に備えて、「立地適正化計画」を作成したようだ。その目論見は、「コンパクトなまちづくり」を目指すというようだ(*注)。

法定の都市機能誘導区域として、JR、山陽姫路駅周辺を中心拠点に指定した。中心拠点は北は姫路城、南は市役所と手柄山中央公園まで含めたエリア。

大型商業施設や多様な金融機関、高度医療を提供する総合病院のほか、2000席のホールを擁する文化交流施設「市文化コンベンションセンター」(21年開業予定)、広域防災施設となる手柄山中央公園を擁し、播磨圏の中枢も担う。

次に、山陽飾磨駅、網干駅、JR野里駅の各周辺地域を副次拠点に指定する。山陽飾磨駅、網干駅周辺は、かつて、飾磨町、網干町として、商業圏を形成していた。JR野里駅周辺は高層住宅が目立つ地域。歴史もあり、開発次第で、いろんな可能性を秘めている地域だ。

更に、地域生活拠点としてJR網干駅周辺、山陽広畑駅周辺、山陽白浜の宮駅周辺、JR御着駅周辺、JR余部駅周辺、JR香呂駅周辺、山陽大塩駅周辺、JR英賀保駅周辺、JRはりま勝原駅周辺、JRひめじ別所駅周辺を指定した。

これらの地域は、公共交通網を活かして、人口密度の低下を防ぐ。開発は、未だ手つかずの状態と言えよう。それぞれの文化を活かしつつ、個性のある街づくりが求められる。地域住民が楽しめる場所を駅周辺に作ればいい。地域住民が楽しめば、他所から人も呼べる。

また生活拠点として、JR溝口駅周辺と林田出張所周辺を指定。市独自の準都市機能誘導地域として中心部から離れた地域の活性化を検討する。可能性に期待して、将来的に、都市機能を想定する。

これらの諸「駅」を核とした周辺開発を繋げていくことにより、相乗効果が期待できる。そのためには、これらの駅周辺開発は、各駅間の移動交通手段の検討も必要だ。また行政主導の似たような開発でなく、民間を巻き込み、それぞれの地域に相応しい独自性のある開発をしてほしいものだ。

*注

「コンパクト」と言って、何もかも揃うワンパターンのまちづくりは、街の特徴を失くしてしまう。

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2018年4月 8日 (日)

トップのあり方

一般に、職人型の直情径行タイプの上司は裏表がなく、部下としても分かりやすい。だが、現役時代の上司にもいたが、顔は笑って目は笑っていない上司は付き合いにくい。何を考えているから分からないからだ。彼は、部下に本音を知られたくないというこもあるのだろう。

国際社会を見ても、某大国のトップは比較的分かりやすい。ところが別の大国のトップは、何を考えているか全く分からない。すなわち観測気球が内外に発信されるからだ。更に身内にも、本音を明かさない。よって誰も信用していないように見える。

よって、これは部下を遠ざけたからと言って、左遷したわけでもなさそうだ。その時の状況によって部下を使い分ける。人事は国際社会にオープンになるから、そのことにより国際社会の反応を見ている感じだ。

このような強かなトップと付き合うのは骨が折れることだ。ただ言えることは、当方は、それに惑わされず、スタンスを変えずに一貫して留まっていることがいいだろう。彼の発言に右往左往しないことが求められる。

ただ、このようなタイプのトップは、部下からは信頼はされない。駆け引きが過ぎ、疑心暗鬼を生む彼のやり方は巧みかもしれないが、トップのあり方ではない。むしろ彼はテーブル下で暗躍する参謀タイプなのだろう。これは残念ながら国際的悲劇と言えよう。

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2018年4月 3日 (火)

中国人は商売が達者

某百貨店が、売り出した、ある画家の人形が中国人により100体すべて買い占められたという(*注1)。大体、中国人は、転売で儲けるのがうまい。鵜の目鷹の目で市場を見渡し、中国国内で需要の強い商品を日本で買い求め、それを転売する。

転売価格は様々だ。買値の数倍ののこともあるし、2割程度の上乗せのこともある。マスコミは転売が問題だと言うが、販売の仕組み上、問題はないはず(*注2)。中国人は、日本の販売の仕組みをよく研究しており、その隙間を突いてくる。

大体、中国人は商売が達者。本来、モノづくりより販売の方が優れた能力を発揮する。日本は、顧客に配慮してモノづくりを行う。そして、こつこつとコストを吟味して、価値と価格が一致するように努める。

ところが、彼らの市場は日本国内と異なるわけで、物に対する価値観も需要価格も違う。すなわち、日本とは別の市場があるということ。日本は、彼らの行動に目くじらを立てずに、むしろ彼らの能力を活用した方がいい。そうすれば、両者ともにウィンウィンとなるだろう。

*注1

その手法は、先着順で1人当たり2体までということだったので、販売当日、本人は、一番入りして、店に並ぶ人をアルバイトで49人雇い並ばせる。そして、各人に2体ずつ申し込ませ、オープン同時に、本人に続く49人分の支払いをすべてするというもの。

マスコミはルール違反と言っていたが、そういうものがあるわけではない。あくまでも、日本人であれば、暗黙の了解で、他者の分を横取りしないということ。彼は日本の販売の仕組みの隙を突いたわけで、文句をいうなら、販売の仕組みを変えるしかない。

*注2

法的には、継続的転売は問題があると言うが、彼らには通用しないだろう。代わりの人間はいくらでもいるわけだし。いちいちチェックをすることは事実上不可能。

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2018年3月29日 (木)

地植えと鉢植え

今年は、姫路城周辺の桜の開花も早く、来月予定している、いろんな催しに影響が出るかもしれない。何とか咲き続けて欲しいものである。家でも、さすがに梅の花は終わり、いろんな花が咲き始めている。まず、木瓜。白い花を密に咲かせている。沈丁花も満開だ。いい匂いを放っている。

そして、ユキヤナギも、細かい白い花をいっぱい咲かせている。今年は例年より元気だ。ラッパスイセンも満開。後は、源平桃、花桃がぼちぼち咲いている。ハナズオウ、カリンやハナカイドウは、もう少し時間がかかりそうだ。

さて、ガーデニングをやっていると言うと聞こえはいいが、前にも記したように極めていい加減(笑)。基本的に、地植えと鉢植えがあるが、圧倒的に地植えが多い。鉢植えは、少し手入れを怠ると枯れてしまう。水やりも大切だが、タイミングを間違え、やりすぎると根腐れして枯れてしまう。それほどに管理が難しい。

その点、地植えは楽だ。もちろん、植えた場所が、その植物に相応しくなければ、成長は遅い。でも、枯れることは稀だ。確かに、日当たり等で、虫に食われて木が弱ることはある。そういう場合でも、手遅れにならない程度に、植え替えてやれば復活する。

ただ、本当のガーデニングの学習は、鉢植えから人生を学べると言う達人は多い。枯れそうになれば無用の枝葉を切り取る作業が必要で、これは、経営に通ずるというのだ。鉢は、いわゆる事業の器。その中で、皆が暮らせるように運営する。そういう意味では、私は経営者に不向きということになる。ならなくてよかった(苦笑)。そういうわけで、今後も、地植え中心に気楽にやっていくつもり(笑)。

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2018年3月25日 (日)

日報を書くこと

現役時代、上司から日報を書くことをうるさく言われた。新人の頃は、仕事も定型で特に目新しいことはない。よって日報を書くのに苦労した。当日あったことを羅列的に書いていると、「お前は小学生か」と怒鳴られる始末。

要するに、何も考えずに仕事をしているのかという責めであった。そのように言われると、仕方なく新聞を読んだり、本を読んだことの感想を書いたり、一見、仕事とは関係のないことを記すのだが、それに対しては叱られることはなかった。

今、ブログで、とりとめのないことを記しているが、それで一応、日頃の考えは整理できる。日報にも、そのような効果があった。いろんなことに関心を向けると仕事に取り組む意欲も不思議と違ってくる。

後は、その日の行動予定と行動実績による反省。その次には週間予定と実績、月間予定と実績、年間計画と実績に連なっていく。これが習慣になると、仕事に対する取り組み方も少し進歩していたように思う。

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2018年3月21日 (水)

エジソンは、「時計を見るな」と言ったが、、、

サービス残業をはじめとして、労働時間に関しては、様々な見方がある。定型業務と非定型業務では、労働時間のあり方も異なることも確かであろう。ただ、これは使用者側だけで決めるものでもないし、逆に労働側だけでも決められない。

そこには様々な事情が伴う。国としては、ある程度のガイドラインは示せても、絶対的な政策はありえない。そのことを現在の政府は勘違いしていると思う。それほどに労働政策は難しい。

さて、表題のようにエジソンは、「時計を見るな」と言っている。およそ学問や仕事をするのに、時計を見ていては極めることはできないと言うのだ。時計を気にしていては、集中力に欠けるようになるのは確かだ。

熱中するほど勉学や仕事に集中すれば、いずれ成果は出る。問題は、現在、よく言われる「ワーク・アンド・ライフバランス」だ。エジソンの言うことも分かるが、生活とのバランスを崩せば、長期的には仕事にも影響する。

ただ、時には物事に集中することも必要だ。わざとバランスを崩すことも求められる時があるかもしれない。しかしながら、それをずるずるとやってはいけないと思う。その判断を適切にする仕組みが必要だ。

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2018年3月15日 (木)

一文惜しみの百知らず、ということ

昔から、一文惜しみの百知らず、という言葉がある。「百知らず」の部分は「百失い」という人もいる。一文は現代で言えば、10円とか20円の世界。それでも、若い時は手元にお金を持っていないと、わずかなお金さえ、無駄に思え、折角の購買や投資のチャンスを失ってしまうことがある。

逆に、少しばかりの欲に釣られて、買ったり投資して、大損する場合もある。チャンスというのは、結構いかがわしい面もある。それを見誤ると、大きな利益を受ける機会を失い、あるいは大損する。

要するに、チャンス・タイミングをいかに把握するか。これが結構難しい。それなりの経験と度胸がいる。概ね、経験だけを重視すると失敗する。運と言うと、そういう言葉は合理的でないと否定する向きもあるが、運をつかむのも成功の是非を握る。

よって、成功しても失敗しても、さらっと流す心持が求められる。

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2018年3月14日 (水)

最低限の生活維持ということ

少ない所得で惨めな生活にならないのは、多分、若い時から、慎ましい生活をしてきたからと思う。それは親を見習ってのものだ。臨時収入とかボーナスがあって、それを使って一時的に楽しんでも、後は困難が待っていることが多いという教えだ。

また、世間に目立たず、ひっそりとした生活を送ることができれば、いかに出世しても、大きく身を持ち崩すことはないと先人は言う。それは事業でも同様だ。派手なビジネスはマスコミからもてはやされるが、長続きしないもの。

結局、面白くはないかもしれないが、堅実経営が、長続きする。それを社員や従業員が理解するレベルまでに持って行くのは大変なことだけれど、経営者は口を酸っぱくして言い続けるしかない。

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