仕事と経営

2009年11月20日 (金)

年金による生活設計

イタリアでは、年金が破綻し、年金型宝くじが流行っているそうだ。あちらの国の人々も、年金不安になると、このような行動をとらざるを得ないのだろう。それでは、日本はどうか。日本でも、年金不安がいろいろ噂されるが、本当は、そんなに心配いらないと言う人もいる。

もちろん企業年金については、日本航空のように企業が傾けば、予定された年金が受け取れない事態は、今後も発生するだろう。退職金を取るのを後回しにした人々は、判断ミスしたことになる。退職金の代わりに割増しの年金がもらえると判断したことが裏目になるのだ。

そのように未来を予測することは難しい。ということは、もらえるものは今、受け取っていた方がいいのかもしれない。老後の生活設計を誤らないためにも、そういう判断は求められる。それはケースパスケースではあるけれども。

だが、自分で運用するとしても、運用を間違えば、損失が出るわけだから、それは自業自得ということになる。結局、他者に運用を任せるのも、自分で運用するのも、大変なことだ。時代を読むのも必要なのかもしれない。

ところが、現在、国民年金にさえも、掛けていない人々は、将来、無年金になって、老後は苦しい生活を強いられるのは確実だ。一体、そういう人たちは、どういうことになるのだろう。生活保護で救済するにしても、今後、生活保護適用は厳しくなるだろう。若い時に、定職に就かず、我儘を通せば、あまり楽な人生を送れない。

若い人々は、仕事を辛抱できず、短気を起こして、人生を台無しにするようなことのないように、社会に貢献している仕事なら、選びすぎないことを望みたい。そして、仕事を通じて、確実に、どこでも通用する力をつけて欲しい。

また若い時は、年金など、あまり気にしないものだが、高齢になると、収入はあまり期待できないわけだから、年金の意味を早くから把握してほしい。国には、年金が崩壊しないようにしてもらいたいが、個人としても、生活設計を確かなものにしたいものだ。

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2009年11月16日 (月)

中華料理店は大丈夫か

今日の朝から、急に寒さが増して、本格的な冬到来の感じである。これからは、温かい鍋物が楽しみだ。流風、やはり食べることには関心が強い。贅沢はしないが、食材には、まずまず、それなりにお金をかけているかもしれない。

さて、話は変わるが、数ヶ月前、知り合いから、「流風さん、最近、どうも中華料理店がまずい気がするが、どう思うか」と聞かれた。最近は、あまり外食しないので、即答は避けたが、確かに、たまに外食すると、おかしいと感じることはある。

例えば、料理の質が落ちていると感じるのである。神戸市内の中華料理店で、彼の言うことを確認しながら、食してみると、確かにおかしい。価格は、変わっていないか、むしろ若干上がっているのに、味が落ちている。どうも料理人が変わった感じだ。

ある店は、以前、リーズナブルな価格で、比較的美味しい料理を出していた。しかし、味がどうも違うし、料理も雑な感じがする。出来たての料理ではなくて、出来合いの料理を温めたのではと、勘ぐりたくなるものなのだ。

別の店では、定食を始めたのはいいが、素材の質を落としている。料理人に代わりはなさそうだが、なぜ素材を落とすのか。外食における素材のコストは、そんなに大きくないはずだ。コストダウンの仕方を間違っているのではないか。

更に、もう一つの店は、店舗を改装して、きれいになったが、味がぐっと落ちた。店名は同じだが、経営者も、料理人は代わっているようだ。以前、穴場として、よく利用していたのに残念。もう、誰も連れて行けない。

そして、つい最近利用した店も、たびたび利用していた店だが、料理人が、ここも代わっていた。なぜこんなに料理人が代わるのか。いいように代わるのなら許せるが、みんなグレードダウン。

これは経営の何かが間違っている。確かに、客の入りが悪いから、人件費を削っているのかもしれない。だが、顧客からすれば、店の都合で、味を落とされれば、ますます利用出来ない。

まさに悪循環のサイクルに中華料理店は嵌ってしまっているのかもしれない。これは、案外、外食全般に言えることかもしれない。

*追記

もちろん、流風の利用する店は、庶民的な店で、決してグルメと言えるような店ではない。探して、それなりにお金を出せば、美味しい店はあるのだろう。しかし、こう軒並み、いい加減な店が増えてくると、探す意欲も萎える。

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2009年11月 7日 (土)

中小企業のビジネス

ある中小企業の社長と話していて、これからの美味しいビジネスは何だろうか、という話になった。はっきりしていることは、中小企業は、大企業と同じことをしないことと、国の方針にあまり同期しないこと、という風に落ち着いた。

凡そ、国が旗振りをして、そこにビジネスの中心が行くのだろうと思って、中小企業が進出すれば、ほとんど破綻している。もちろん、ほんのわずかの成功例もある。国は、それをアピールするが、多くの中小企業とって、あまり参考にならないのが事実だ。

やはり国が旗振りするビジネスには、大企業が参画するしかない。そうかと言って、時代に逆行するようなことをやれば、それも難しい。時代を読みつつ、大企業が食い荒らした残骸を整理する中に、ビジネスチャンスがあるのかもしれない。

基本的に、大企業は、ある規模の市場がないと、進出しがたい。費用対効果の点でも、資本効率の意味でも、経営者は、ある一定期間内に実績を求められる。となると、手間暇のかかるビジネスには、二の足を踏む。

やはり中小企業としては、大企業の嫌がるビジネスに進むしかない。だから、中小企業が手間暇を厭うようでは、最早、生きる道はないと考えた方がいい。若い経営者の中には、楽して儲けようというような安易な発想があるが、それでは成功は覚束ないと言えるだろう。

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2009年10月31日 (土)

食の実演販売

百貨店では、あいかわらず物産展が多いが、あまり買いたいものはない。価格も、安くはなく、高いものも多い。最初は、物珍しさから、それなりに人気があったが、今は、どうなのだろう。テレビでは、結構売れていると言っているが、限られた物品だけではないのか。

それに、どうしても人気のある地域の物産展に偏りがちだ。催す側から行くと、成果の上がらない地域の物産展は、開催できないということだろう。でも、そういうやり方が、流風には、あまり面白くない。いつも同じ地区の物産展の広告を見ると、もういい加減にせい、と言いたくなる。

ただ、その中で、興味を惹くのは、実演販売だろう。子供のころから、実演販売を見るのが好きだった、実際は、お小遣いが少ないから買えないのだが、そのにおいを嗅ぐだけでも満足だった。

それは、コロッケの実演販売だったり、煎餅職人が店頭で焼いている姿を見たり、回転焼きや鯛焼きの実演などをよく見たものだ。そのたびに、お腹がグーグー鳴り、よだれが出てきて、それを見た店主のおばさんから、試食させてもらったりもした。

ところで、客前で実演するということは、結構気合いを入れないと、うまく行かない。ある職人さんによると、健康管理が大切という。食べ物商売は、すべてそうだろう。体調が狂えば、舌の感覚が鈍くなるから、味を維持できない。

実演販売で、そのような裏の事情を慮りながら、観察するのは、いいかもしれない。それぞれの地区の一流の職人は、どのような味を追求しているのかを知りたいものだ。百貨店の物産展も、最早、地区に捉われず、いろんな地区の職人の食の実演物産展にしてはいかがだろうか。

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2009年10月27日 (火)

景気は自ら創りだすもの

電機業界が、エコポイント制度の延長を政府に申し出ているらしい。大変おかしなことだ。民間で本来やるべきことを国に依存するのは、何とも情けない。それに、もともと、この制度自体、歪んだ制度で、恩恵を受ける者が偏る、極めて不真面目な制度だ。これに国が関与すること自体、おかしい。

また、一時的に、売り上げが上がっても、それは売り上げの先食いに過ぎないことも明らかだ。前政府に、業界が、どれだけ政治献金したのか知らないが、国民の税金を不適正にばら撒く制度は、当然、廃止されるべきものだ。民主党政権は、この要求を拒否すべきだろう。

それに、大体、このような仕組みは、やりたかったら業界で話し合ってやればいいことで、何も政府を巻き込む必要はないはずだ。景気は自ら創りだすものであるべきだ。電機業界は、そういうこともできない状態なのだろうか。依存心が増せば、それは衰退を意味する。昔の業界人が生きていれば、きっと嘆くことだろう。

商売を国に依存するなんて、基本的にとんでもないことで、商売の主体性を放棄しているに等しい。それなら公共投資に依存する建設業界と何ら変わらない。電機業界は、いつからこんなに堕落したのだろう。

かつてサラリーマン経営者でも、オーナー経営者ほどではないが、意地を見せたものだ。それが失われているとすれば、今後の電機業界の未来は視界ゼロだろう。新市場を創造し、新取の精神を取り戻してほしいものだ。

*追記

以上のことは、自動車業界も同じ。エコカー減税など、馬鹿げたことだ。時代の必要としている物を、新取の精神で、挑戦していないから、こういう発想になる。今後は、基本的に電気自動車が普及するだろうし、いろんな業界からも新規参入も増える。そうなると、新市場が形成され、業界は再編される可能性が高い。基本的な戦略を練り直さないと、最早、既存の自動車企業も、世界で将来は残れるか怪しいものである。

*追記

小沢鋭仁環境大臣が、エコポイントを残すことに賛成の方向が予算に向けて、にじむが、環境政策を誘導するためのエコポイントというのは、おかしいだろう。民間企業が自主的に、あるべき姿の方向に誘導するのは、ばら撒きだけではないはずだ。それは古いやり方だ。彼は、とかく企業とのつながりが噂されているので、より注意すべきだろう。

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2009年10月26日 (月)

食産業の行方

9月のデータでは、外食産業は連休が多かったため、家族連れの客が多く、実績は、昨年を上回っているようだ。だが、今月も、外食店に、時々行くが、どこも割と客数が少ない感じだ。流風が行くのは、高級店でなくて、一般の庶民的な店だが、どこも閑散としている。大丈夫かな。人々の節約志向はより強まっているのだろうか。

そういうと、物販店では、水筒が売れているらしい。昔の大きなものでなくて、小型の物がたくさん展示してある。確かに、そういうものは、小さい鞄にも入れられるし、重宝だろう。喫茶店も、店によるが、飲食店ほどではないが、客足は落ちているらしい。一部店舗は、割引を始めている。

まあ、外食も喫茶も、無駄と言えば無駄なのだが、余裕を失っているのだろうか。しかし、皆が皆、何もかも節約しているとも思えない。節約しつつ、何かに消費している。いわゆる選択的消費だ。家計の予算の中で、メリハリをつけたいのだろう。その代表的な例が、お惣菜の店で、その勢いは落ちていない。

特に量り売りは、支持されているようだ。確かに予算内で、いろんなものが、選べるということがいいのだろう。消費者に選択を委ねるのは、マーケティングでも、その有効性は指摘されているが、それを地で行っている。もちろん、それでいて、味は確かさが求められる。

そして、従来は、駅地下など、会社帰りなどに求めることが支持されたようだが、最近は、それだけでなくて、自宅の近所の惣菜店が支持されるようになっている。いわゆるコンビニ型惣菜店だ。これがどのように進化していくのか、わからないが、外食店の不振に比べれば、まだまだ開発余地があるようだ。

それでは、外食産業は、どうすればいいかというと、規模の経済を追わないということだろう。昔から、飲食産業は、立地の選択と店を小さくして、運営するのが大切とされてきた。

つまり、人々の嗜好は年々変わるし、それに適宜対応しようとすれば、大きい店では、設備投資も過大になり、融通が利かなくなり、時代に取り残されてしまうことを先人は理解していたのであろう。小回りの利く運営規模にすることは意味がある。外食産業も原点に戻るべきかもしれない。

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2009年10月10日 (土)

中小企業の金融

現在、貸し渋りと貸し剥がしが話題になっているが、これは5~6年前にも話題になり、金融庁に、ホットラインが敷かれた。この中で、貸し渋りも、運転資金を充てにしているところは貸し渋りされると、確かに困るが、最悪なのは、何と言っても、貸し剥がしであろう。

これは融資の約束を、貸し手が一方的に破り、融資資金を引き揚げるものだ。確かに、貸し手側からすると、借り手の経営状況が悪化して、将来資金の回収が危ないと判断し、資金を引き揚げるのは、一種の防衛本能だろう。

だが、かつて貸し手の事情で、資金を引き揚げたのが、バブル崩壊後の金融機関であった。それで多くの中小企業は破綻した。あれはひどかった。金融機関も、差し迫った事情があったのだろうが、人間のすることではない。

ただ、今般の事情は、あの時とは異なる。基本的に、中小企業の経営問題だ。もちろん金融に対するBIS規制問題が複雑に絡んでいることは確かだ。メガバンクは、手間のかかる中小企業への融資は、最早、敬遠気味だろう。

それに大手金融機関に、企業を立て直す能力のある人材は、リストラ後、不足している。結果的に機械的に、融資作業をしているところも少なくない。それは規模が大きくなればなるほど、そのようだ。それが、貸し渋り・貸し剥がしにつながる。

まだ中小の金融機関は、中小企業とも共に考える姿勢がある。だから、中小企業も、大手金融機関による安い金利で融資という甘い誘惑に負けず、将来どれくらい面倒見てくれるかも勘案して、融資してくれる金融機関を選択すべきだろう。そして、自己資本比率を高め、過剰な従来の他人資本依存の経営を改めるべきだろう。

*追記

こうなると、将来問題になるのは、やはり雇用問題である。国内で、いかに新しい産業を興していくか。それに尽きるようである。

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2009年9月18日 (金)

人材の登用基準は何か

今回の鳩山新内閣では、どういう基準で大臣が選ばれたのだろう。報道によると、勢力バランス内閣だそうだ。昔で言う、派閥均衡内閣なのかもしれない。党内の勢力をバランスよく配置し、その上に乗っかる。

まあ、賢い選択だろう。このように人材の登用というのは、案外難しい。人と人の組み合わせを間違うと、組織はごたごたする。一角が崩れれば、脆いのも確かだから、しっかりやってもらいたいものだ。

ところで、大臣の登用もそうだが、一般企業での人材の登用はどのようになっているのだろう。大企業の場合は、変革時を除けば、すべではないが、ピラミッド型で、抜擢は少ないかもしれない。

中小企業の場合は、人材が少ないので、年齢ではなく、実力主義で、抜擢する場合もあるだろうが、平凡な企業は、家族的なしがらみゆえ、あまり思い切ったことができないのではなかろうか。組織内の登用は、それぞれの企業文化に基づき、ある程度、やり方は決まってくる。

しかしながら、外部からの登用の時は、少し事情が異なる。中小企業でも、外部から新しい人材をスカウトして、招いて、重要なポストを任せ、発展したところはある。現在、上場している企業の中にもある。一体、そのような人材発掘は、どのようになされるのだろうか。

各種関係先の紹介だろうか、あるいは金融関係からの斡旋だろうか、あるいは大学の研究者との関わりでスカウトしたのだろうか。いずれにしても、採用する基準は何だろうか。彼らを採用して、初めからうまいこと行くとは思っていなかったに違いない。

企業の風土、経営者の人柄、人材評価システム、スカウトした人材のネットワーク利用、社内人材との融和、良好な人間関係等が、うまくいった結果、力が発揮されたのだろうか。でも、どうして、その人を採用したか。

基本的には、その人材の情報を膨大に集めることなのだろう。つまらないことから、日常生活に至るまでの基本的な考え方や行動様式などが大切なのだろう。組織風土に、まず馴染める人材が第一条件だろう(それがいいかどうかは別として)。その上で、能力の査定をする。

となれば、面接する時には、やはり本人が記す履歴の内容が重要かもしれない。その表現で、経営者の感性に響くものがあれば、登用されることもあるだろう。結局、それは当事者同士の人柄のマッチングかもしれない。これは双方における、縁であり、運であるとも言える。人と人の出会いは、ある意味、奇跡なのだろう。

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2009年9月16日 (水)

タレント米は成功するか

兵庫県では、新規就農者が増えているそうだ。農業への関心が強くなっている。やはり国民一人ひとりが、食糧の自給率が危ういことに対して、疑問を持つようになったことは望ましいことだ。海外から調達すればいいという考え方は、今でもあるだろうが、それは海外に常に供給余剰があっての話だ。

これから、人口の多い国々が、少し需要を海外に求められば、たちまち、供給不足に陥るのは明らかだから、国内農業の立て直しは、喫緊の課題だ。そういう雰囲気の中で、一部タレントが、農業への参加や、米の販売をされている。

それは自分で作付けしたものや、地域の協力を得て作られたものに、オリジナルの冠をつけて販売したり、あるいはされようとしている。例えば、藤田志穂さんの「ギャル米」や、大桃美代子さんが手がけられている「桃米」(詳しくは、彼女のブログ『桃の種』はリンクを張っているのでそちらを)だ。

地域は、彼女らを広告塔にすることによって、地域活性化も図っている。だとすれば、多くのタレントの出身地は分散しているのだから、出身タレントに働きかけて、「タレント米」と作ることも可能だろう。そして、競わせればいい。

有名タレントは、出身地の米が、誇れるものであれば、故郷に錦を飾るではないが、販売促進の協力も必要だ。そうすれば、流風でも、ファンのタレントが、タレント米を発売すれば、買ってしまうかも(笑)。

もちろん、自ら農業するかどうかは別として、上っ面だけの協力では、あまり意味がない。農業への真の理解や、地域の掘り起こしの観点も必要だ。自分なりの考え方を発信することは、新しいファンを作る可能性もある。ミーハー的な観点だけでなく、タレント米はタレント自らの掘り起こしにつながると思うのだが。

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2009年9月 8日 (火)

デザインによる付加価値

別に秋が近くになったからと言って、デザイナーでもない流風が、デザイン論を展開するのもおかしいと思うが、一応、企業におけるデザインの自分なりの認識を示しておこう。いつものことだが、専門家でもないので、確認しながら、読んでください(笑)。

商品の機能で差別化できなくなると、企業は、デザインでの差別化を検討する。それは価格競争に巻き込まれないようにするということを意味している。競争は大切だが、行き過ぎた競争は、企業を疲弊させる。そこで、付加価値を高めるため、デザインを利用する。

しかしながら、商品は本来、機能が優れていれば、デザインは、基本的に決まってくる。優れた商品は、優れたデザインのはずだ。それをデザインで差別化しようとするということは、その商品の機能が、まだ十分でないことを意味している。

もちろん、市場価格の問題があるので、絶対的な機能を持った商品は、市場にはない。絶対的な機能を持った商品は、とてつもない価格になるので、市場に受け入れられない。そこで、まさに市場と折り合いをつけた「適正価格」での、商品供給になる。

以上のような制約条件のもとで、企業は他社と差別化を図るべく、魅力あるデザインを考案する。だが、全ての人に受け入れられる商品はない。そこで、人々のデザイン嗜好を調査して、いくつかのグループを作り、そこに対応するデザインを検討することになる。

つまり、平均的なデザイン、最大公約数的なデザインは、量産しても、基本的に売れないということを経験しているからだろう。ということは、売り上げの極大化は望めず、いくつかの山の頂点を目指す戦略を打ち出すことになる。いわゆる次善の策だ。

これは中小製造企業に有利に働き、ビジネスチャンスがあるということである。小回りが利いて、小ロット生産もできる中小企業は、デザイン差別化戦略になじみやすい。もちろん、あまり細かく過ぎると、その弊害もあるが、今はネット販売も可能だから、認知度を高める努力をすれば、それなりに売上アップも可能だ。

これらのことは、現在では、自動デザイン、コンピューター設計、ロボット生産でも可能かもしれない。そうなれば、大企業でも、対応可能ではないかと反論が来そうだが、時代の空気を読む感性は、人間しかできない。またモノの作り込みも職人の経験には、ロボットは及ばない。

これは何を意味するか。つまり、まず作り手の意思を明確にすることだ。その中で消費者とコミュニケーションしながら、グレードアップを図っていく。そうすることが固定客を生む。

ただ、中小製造企業者に一番欠けているものは、消費者とのコミュニケーションできる製品であろう。いい技術があっても、コミュニケーションがなければ、ビジネス拡大ができない。それに、新しい切り口を見つけ、支援するのが、いわゆるデザイナーであろう。

*参考

以上のことを意識したものかわからないが、現在、神戸市立博物館を中心に4会場で、『感性価値創造ミュージアム』が開催されている(平成21年9月13日まで)。博物館では、西日本エリアで生まれた60品目が展示されている。

展示されているものの多くは、多分に、遊び心が備わっている。もちろん、全てが実用的である。ただ、参考価格も提示されていないのが気になる。価格は、大変大切で、価格も、ある意味、デザインであることを忘れてもらっては困る。それによって、ビジネスで成功したり、失敗するわけだから、いくら公共の施設を使った展覧会でも、片手落ちである。

そういうことを除けば、デザイン重視の展覧会としては、まずまずである。設営も、行き届いているし、雰囲気もいい。提供された冊子を見ながらの展示品の展覧はよかったと思う。ただ、こういう展覧会は、継続して、繰り返して、何回も開催する必要がある。そして、今後の市場や消費者への販促は、企業の個別の努力であろう。

   『感性価値創造ミュージアム』のホームページ

       http://www.kansei-kachi.com/

       

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